NC705年―――大陸統一を目前とした藤原石丸率いる藤原家は、突如として襲ってきた魔軍に対して成す術無く蹂躙される。
いかに藤原石丸が強くとも、魔人の無敵結界の前では悲しい程に無力であった。
魔人ザビエルを先頭に、魔軍は藤原家の領地を次々と蹂躙していく。
そこには老若男女関係なく血が流れ、容赦なく殺されていく。
それでも魔軍の進行速度が速いのは、魔軍の目的が人類を遊びで殺すのではなく、藤原石丸と月餅という存在を殺すためという事に集約しているからだ。
本来であれば魔人ザビエルも男は殺し、人間の女は遊びで犯し殺す。
だが、魔人ザビエルは決してその歩みを止めない。
それは自分の主である魔王ナイチサの命を一番に考えているからだ。
そんな魔人と魔軍を前に、藤原石丸率いる藤原家もたった3ヶ月で潰される―――はずだった。
この世界の創造神の気まぐれ…そして願望によって、この世界の歴史はまた新たな方面へと向かって行く。
「全く…まさか我らが本隊を外されるとは…」
「それは言いっこなしですよ、将軍。それにある意味こちらの方がいいかもしれませんよ」
今でも納得が行かない魔物将軍を前に、魔物隊長が下卑た笑みを浮かべる。
確かに本隊から外されはしたが、逆に言えば魔人ザビエルの指揮下から抜け出せたことも意味している。
傲慢でプライドの高いザビエルは配下の魔物達からは嫌われている。
確かに強く、魔人の中では珍しく魔軍の指揮も取る事が多い。
だが、その傲慢さが魔物のみならず他の魔人にも嫌われている要因となっている。
それでも魔王がザビエルを重用するのは、ザビエルが魔王ナイチサに忠実であると同時に、魔王に対しては決して礼を失せぬ存在であるからだ。
「お前達はそれでいいかもしれないがな…俺は戦いで己の力を認めてもらいたいのだ」
「将軍は真面目ですな…少しはバートリー様を見習ったらどうですか?」
「魔物大将軍バートリーか…」
魔物大将軍の名前を聞いて、魔物将軍は忌々しそうに舌打ちをする。
確かに魔物大将軍はその名に違わず、自分達魔物将軍すら束ねる力を持つ、魔軍の中でも7体しか存在できない者達だ。
魔人か魔物大将軍がいなければ、本当の意味で魔軍はその力を発揮する事は出来ないだろう。
が、その魔物大将軍は全て人格に問題を抱えていると言ってもいい。
今回の自分達を束ねる魔物大将軍バートリーは、人間の血を浴び、その血を飲み干す事を生きがいとする魔物大将軍だ。
恐らくは今も捕えた人間から血を絞りだし、その血でシャワーを浴びているのだろう。
「全く…俺は前線で戦って武功をあげたいというのに…」
「ハハハ! 将軍は真面目ですな!」
魔物隊長の言葉に魔物将軍はため息をつくが、それでも命令は命令なので従わなければならない。
「うむ、今日はこの辺で野営を取る事にするか。お前達、準備をしろ」
「ハッ!」
魔物将軍の言葉に魔物兵達が一斉に野営の準備を始める。
それを満足そうに見て、魔物将軍が目的の地を眺めていた時、
「死ねーーーーー!!!」
「え…? ぎゃーーーーーー!!」
突如として聞こえてきた声に、魔物将軍は反応すら出来なかった。
魔物将軍は頭から真っ二つにされて崩れ落ちる。
「がはははは! こんな所で呑気にキャンプとは間抜けな奴等だ」
「本当に凄いわねランス君…本当に人間かしら」
「私はどうでもいいから早く大まおー君と一緒にお茶したいんだけど」
突如として聞こえてきた悲鳴に魔物達は声を無くす。
声の方向を見れば、自分達を纏める役割を持つ魔物将軍が真っ二つになって殺されていた。
「な…き、貴様!」
「あ、そういうのはいいから」
激昂して突っ込んできた魔物隊長を、ランスの横に居た人間の子供程の大きさしかないはずの少女が、その身の丈に合わぬ大きさの剣を振り回して魔物隊長を斬る…いや、打ち砕く。
「魔物は魔物将軍がいなければ戦線を維持できない…これが唯一の欠点って訳か。消えなさい! 氷雪吹雪!」
その混乱している魔物兵達に吹雪が襲い掛かり、まともに吹雪を浴びた数体の魔物兵が凍りつく。
「…に、逃げろー! 将軍と隊長が殺されたぞ!」
「わ、お、押すな! 俺が先だ!」
我に返った魔物達は我先にと一斉に逃げ出し始める。
魔軍…魔物スーツを着た魔物は確かに強い。
だが、その魔物達は魔物隊長、そして魔物将軍が居なければ軍隊として行動する事は出来ない。
これこそが魔物達の唯一の欠点であり、人間が魔軍に対抗できる手段なのだ。
「あー面倒臭い。でもこれも私の仕事だしね…沈みなさい!」
同じくランスの隣にいたやはり人間の子供程の大きさの少女が、その手に持ったハンマーを地面に叩き付けると、魔物達の逃げる先が急に崩れて魔物達は悲鳴を上げながらその穴に落ちていく。
「全く…よくも私達聖女の子モンスターを便利に扱ってくれるわね、この男は」
「今回それを言うのは無しよ、ハウ」
「ハウって言わないでよ。べー」
ランスの隣にいる二人の少女は、ランスが探していた聖女の子モンスター、べゼルアイとハウセスナースだ。
何故この二人と出会ったかは、それは少し時間が遡る。
「殺せ殺せ! 人は皆殺せ!」
「ぎゃー!」
そこでは恐ろしい地獄絵図が展開されていた。
人は魔物兵に殺され、女子供でも容赦なく殺されていく。
この戦いは魔軍にとっては人間達を玩具にする戦いではなく、藤原家の殲滅のための戦い。
なので魔軍の進行速度は非常に速い。
人間が陵辱されるのは、次の移動のための間の暇つぶしの意味合いが強い。
戦える者は必死に魔物兵と戦うが、数に勝る魔軍に加え、この時代にはまだ魔軍に対する戦術が確立されていなかった事も有り人間達には最早成す術も無い―――はずだった。
「へっへっへ、こいつは中々よさそうだな。この間の奴はちょっと輪姦しただけで死んじまったからな」
「どうせ一晩でぶっ壊すんだ。どっちでもいいだろ」
「それもそうだな」
魔物兵達が恐怖で顔を歪めている母娘を見て笑う。
この戦いは魔物兵にとっては既に人間を思う存分好きなようにするためだけに存在している…全ての魔物兵がそう思っている。
だからこそ、自分に逆らう人間が居るなんて考えてもいなかった。
グサッ!
「…へ?」
女に手を伸ばした魔物兵の頭に剣が突き刺さる。
それはいとも簡単に魔物兵の頭を貫き、魔物兵はそのまま後ろに倒れる。
「な、何だ!?」
「ど、何処から飛んできやがった!?」
赤魔物兵と青魔物兵が周囲を見渡した時、そこには一人の男が立っていた。
「がはははは! 貴様らのような雑魚が女を襲うなど百年早いわ!」
左手で黒い剣を肩に背負い、その右手には一本のロングソードが握られている。
「に、人間が!」
青魔物兵が激昂し男―――ランスに詰め寄ろうとした時、ランスが投げた剣が青魔物兵の頭部に突き刺さる。
「へげ!」
そのまま青魔物兵は絶命し、残るは赤魔物兵だけになる。
「き、貴様!」
「はいはい。雑魚はとっとと死になさい」
「へ?」
赤魔物兵の背後から声が聞こえてきたと同時に、魔物兵の頭に剣が突き刺さる。
赤魔物兵は自分に何が起きたか分からないまま絶命する。
「全く。何がどうなっとるんだ」
「一つはっきりしている事は…魔王が指示したという事よ」
ランス達がセラクロラスの力で新たな場所に来た時、そこでは既に多くの魔物兵が人間を襲っている光景だった。
その光景には流石のランスも驚いたが、魔物兵程度ではランスを止める事は不可能で、ここに来るまでに多数の魔物兵と魔物隊長を斬ってきた。
だが、流石にこの数の前にはランスも逃げる以外に他は無く、この集団と行動を共にする形で移動していた。
まずは情報収集で、今の時代がNC705年…ランス達が飛ばされた時代から然程時間が経過していない事にも驚いたが、それ以上に驚いたのは大陸の約半分が藤原石丸の領地となっていた事だった。
もしランスがこの大陸の歴史を知っていればこの状況を理解出来たかもしれないが、生憎とランスはこの大陸の歴史には興味が無く、今の状況が全く分からない。
「ランス。これからどうするの?」
「フン…」
スラルの言葉にランスは難しい顔をする。
今の状況はハッキリ言って最悪の状態にあると言ってもいい。
何しろ本格的に魔軍が動くのを見るのはランスでも初めてだ。
リーザスの時には3体の魔人…ノス、アイゼル、サテラと戦いはしたが、主力はあくまでもヘルマン兵だった。
ゼスの時も3体の魔人…カミーラ、ジーク、サイゼルの他、複数の魔物将軍とも戦った。
JAPANの時も魔人ザビエルと魔軍の部隊と戦ったが、魔物将軍の数は3体だ。
今の状況はその時よりも数が多く、聞いた話では魔軍は藤原石丸の軍200万を越える数で襲い掛かってきたのだ。
流石のランスでも、この数の魔軍と戦った事は無い。
「今はとにかく逃げる以外に無いわよ。私達だけでは防ぎきれない、そうでしょ」
「まーお!」
レダの言葉に大まおーが頷く。
エルシールは既に襲われそうになっていた母子を助け起こして、兵士に引き渡していた。
「ランスさん…ここは退くしかないと思います。数が多すぎます」
「わかっとるわ。取り敢えずは移動するぞ」
ランスはエルシールの言葉に同意するが、内心は結構ヤバい状態にあるのを理解していた。
恐らくランスは、今この世界にいる人間の中で正しく魔軍の脅威を理解している唯一の人間だろう。
だからこそこの状況のまずさが嫌でも理解できる。
ランスがいた時代であれば、信頼出来つつ、権力も能力もあるランスの女たちが居るが、生憎とこの時代にはそんなコネは存在しない。
それに人材の問題も有る。
魔軍との戦いの時は、世界でも有数の人材が揃っていた。
リック・アディスンやバレス・プロヴァンス、ラグナロックアーク・スーパー・ガンジーやウルザ・プラナアイス、パットン・ミスナルジといった強者がランスの周りに居た。
しかし今の状況ではその知り合いもいない。
(俺様はスーパー無敵だが、俺様の周りが弱すぎるからな…レダとスラルちゃん、まおーはともかくエルシールでも不安だぞ)
エルシールは人を纏める才能があるが、魔法使いとしての腕前はランスから見れば並といった所だ。
これはランスの周りで共に冒険をした魔法使いが、世界でも有数の実力であるという事もある。
それを考えれば今の状況は非常にまずい。
(この俺様が逃げの一手しかないとは…絶対に許さんぞ!)
ランスは割と理不尽な怒りを覚えながら、周りの者達と共に逃げるしかなかった。
そして逃げている内に、本隊と分断されランス達は北…リーザス方面のさらに北の方に逃げる以外に無かった。
「…石丸」
藤原巴は、今はここに居ない己の親戚の事を思い、眉を顰める。
この躍進は巴にも嬉しかったが、まさかこんな状況が待っているとは思っていなかった。
そしてそんなランス達だったが、ここで大きな幸運が待っていた。
それは逃げている最中の出来事。
「殺セ! 殺シツクセ!」
魔物隊長を先頭に、魔物兵が攻め込んでくる。
兵達は必死で魔物兵を止めようとするが、やはりこの数の前には成す術は無い―――はずだった。
その魔物兵達が不運だったとすれば、そこに居たのがランスだったという事だろう。
「やかましい! 死ねーーーー! ラーンスあたたたーーーーーっく!!」
ランスが今の状況にストレスを感じていた事から、怒りに任せたランスの必殺の一撃が魔軍に炸裂する。
「ぎゃーーーーーー!!!」
その一撃に巻き込まれた数十体の魔物兵達がランスアタックの光に飲み込まれて倒れていく。
それを見ても数に任せて魔物兵が襲い掛かって来るが、
「エルシール! 合わせて! 氷雪吹雪!」
「はい! 氷雪吹雪!」
スラルとエルシールの二人の放つ氷雪吹雪の威力の前に、数体の魔物兵の身体が氷漬けとなる。
「まーおー!」
そこに放たれる大まおーのデビルビームを受けて魔物兵の体が崩れる。
「な、なんだこいつ!?」
「この人間…強いぞ!」
本来ならばランスはこんな所で魔軍と戦う事など選ばないだろう。
しかし今はそんな事を言っていられない状況である。
ゼスでの時も、自分を頼らないからという理由でゼスの義勇兵に参加しなかったが、今回はそういう訳にはいかない。
あの時よりも状況が格段に悪い上に、シィルやかなみ、マリアや志津香といったランスも認める程のメンバーもいない。
そんな状況では、ランスが先頭に立たない限りは全滅するのは目に見えている。
ランスとしても不本意だが、ここは先頭に立って魔軍を撃退する以外ない。
それにランスにも算段が有り、過去の魔軍との戦い置ける相手の弱点も理解している。
「一斉にかかれ!」
「うおーーーーー!」
魔物達は一斉にランスに襲い掛かるが、
「まーおー!」
その魔物達の前に大まおーが立ち塞がる。
大まおーの鎌が魔物兵の体を薙ぐと、それだけで魔物達がその場に崩れ落ちる。
浮かんできた魂を大まおーが飲み込むと、大まおーはそこからファイヤーレーザーすらも遥かに上回る熱線を放つ。
「ひ…」
「に、逃げ」
悲鳴を上げて逃げ出そうとした、熱線の直線状にいた魔物兵が全て焼け焦げる。
後に残っているのは黒い塊だけであり、その同僚の死を見て他の魔物兵は無意識に一歩下がる。
この戦いは魔物にとっては勝ち戦であり、後は思う存分に人間を殺し、凌辱するだけなのにこんな所で死ぬのはゴメンだという思いがある。
「人間程度に何をやっている!」
そこに大きな足音をたててきたのは、一体の一際大きな体格を持つ魔物隊長だ。
「こいつを殺せばいいだけの事だろう! 貴様らが出来ぬであれば俺がやってやる!」
魔物隊長はそのまま大足でランスに近づいてくる。
そんな魔物隊長をスラルは飽きれた様子で見ている。
「魔物隊長にもああいうタイプがいるのね。まあ人間と同じで魔物も千差万別って事かな」
「どっちでもいいわ。どうせ殺すのには変わらんからな」
「何をぶつくさ言っている! 死ね!」
魔物隊長はそのままその体格に見合った巨大な剣をランスに勢いよく振り下ろす―――前に、魔物隊長が真っ二つになって崩れ落ちる。
「フン、雑魚が」
倒れた魔物隊長を踏みにじり、ランスは魔物達を見る。
「どうした。次にこうなりたい奴は誰だ」
「う、うう…」
ランスの言葉に魔物兵達は腰が引けている。
まさか魔物隊長…それも武勇で名を馳せた奴が人間にたったの一太刀で殺される等考えられなかった。
それにこれは魔物にとっては勝ち戦のはずなのだ。
誰だって命は惜しい…そう思いランスに向かって踏み込む事が出来ないのだ。
「何をやっている貴様等! 人間など数で踏み潰せ!」
そこに一体の魔物将軍が現れる。
「魔物将軍がこの前線に出て来る?」
その状況にスラルは驚く。
本来魔物将軍は前線に出て来るものでは無く、基本的に後方で指揮を執っているものだ。
中には非常に好戦的で、あえて前線に出て来る魔物将軍もいるのだが、そういうタイプは決まって魔物の中の突然変異が多い。
「行け! 行かねばお前達がザビエル様に殺されるぞ!」
「う…うう…」
「うおぉぉぉぉ! お前なんか怖くねえ!」
「野郎ぶっ殺してやる!」
そう雄叫びをあげながら無数の魔物兵がランスに向かって突っ込んでくる。
「む…」
それを見てランスは難しい顔をする。
正直、この魔物隊長を殺せばここにいる奴等は下がると思っていたのだが、まさかの魔物将軍の登場に相手は持ち直してしまった。
「だがこれはチャンスだな。あの魔物将軍をぶっ殺せば一気に相手は崩れるぞ」
「そうだけど…これはキツイわよ」
襲い掛かってくる魔物兵の数は多く、中には灰色の魔物兵…魔法を使うタイプの魔物兵もいる。
この数に襲われれば流石のランスでも厳しいだろう。
だからと言って逃げるという事も出来ない。
ここでランスが崩れれば、最早魔軍を止める者は誰も居なくなるのだ。
スラルはこんな所で使いたくは無かった切り札をきるべく、魔法の詠唱を始める。
そんな時、
「ぴぎっ!」
「うげっ!」
ランスに向かって来ていた2体の魔物兵の体を矢が貫き、魔物兵が崩れ落ちる。
「弓隊! 目標はあいつらだ! 撃て!」
その声に合わせて無数の弓が魔物兵に放たれる。
その中の一本は正確な射撃で魔物の身体を貫いている。
「ランス! 今!」
「わかっとる! お前もついてこい!」
「まーおー!」
弓の前に足を止めた魔物兵に向かってランスと大まおーは突っ込んでいく。
一度足を止めた魔物兵はランスにとってはただの的にすぎず、ランスの一撃が確実に魔物兵の命を奪っていく。
そして大まおーが口から放つ炎が魔法タイプの魔物兵をそのまま焼き殺していく。
「な、何だと!?」
まさかこちらに突っ込んでくるとは思ってもいなかった魔物将軍は思わず動揺する。
こちらが攻めあぐねているので、喝を入れるために来たのだが、まさかこんな化物達が居るなど考えてもいなかった。
「がはははは! お前はそのまま死ねーーー!」
「に、人間!」
魔物将軍は持っていた鉄球を構えてランスに向かって振り下ろそうとした時、その手を弓が突き刺さる。
「う、うお!?」
その鋭い痛みに魔物将軍は思わず鉄球を落してしまう。
「あ…」
そして魔物将軍の眼前に迫るのは黒い剣の軌跡だった。
それが自分の頭に振り下ろされるのがまるでスローモーションのように感じ―――魔物将軍の頭が宙を飛ぶ。
「がはははは! 魔物将軍だろうが何だろうが俺様の敵ではないわ!」
「まーおー!」
絶命した魔物将軍を足蹴にして、ランスが高笑いをする。
「あ…そんな…将軍が死んだ!」
「ひ…に、逃げろ! 殺されるぞ!」
「うわーーーーー! 将軍が人間に殺されたぞ!」
そこからは脆いもので、自分を指揮する将軍が殺された今、魔物達に士気を維持するのは不可能だった。
魔物兵達が一斉に逃げていくのを見て、
「何をやっている! 逃げるな! もう少しであいつらを…」
「そう簡単に逃がす訳無いでしょ! 雷神雷光!」
スラルはそのままランスの剣に付与しようとしていた魔法を魔物達に向かって放つ。
「ぎゃーーー!!!」
無数の雷光が魔物達を包み込み、そのまま絶命させる。
その中には逃げる魔物兵を必死に抑えようとする魔物隊長もいたが、その魔物隊長もスラルの放つ雷光の前に黒焦げになって倒れる。
魔物兵達はそのまま我先にと逃げていく。
その混乱はどうやら他の前線にも伝わったようで、まるで波が退く様に魔物兵達が逃げていく。
「何とか…なったみたいね」
「俺様ならば当然」
逃げていく魔物兵を見ながらランスは忌々しそうに舌打ちする。
もしここにランスが指揮する部隊…それでもヘルマンの時の無法者程の戦力は必要だが、それがあればこのまま相手を追撃出来たはずだ。
今回は運よく前線に出て来た魔物将軍を討ち取れたが、次はこう上手くいくとは限らない。
人海戦術で来られれば、流石のランスでも防ぎようがない。
ランスが厳しい顔をしていた時、
「ランスさーん!」
「ぬおっ!」
ランスの背中に思いっきり飛び込んで来る衝撃を感じる。
ランスはそいつに文句を言うべくそいつを背中から引っぺがし、
「おい貴様! 一体なんのつもり…むぐ!」
そのまま唇を奪われる。
この状況にも関わらず、情熱なキスをしてくる相手には流石のランスも混乱する。
「ランスさん! 良かった! また会えた!」
ランスの眼前にいたのは、おおよそ30前後の女性。
しかしランスにはその女性には何となくだが見覚えがある。
だが、ランスの記憶ではその女性はもっと若かったはずだ。
「お前は…誰だ?」
だからこそランスは一瞬困惑する。
自分が時を超えて来た事を一瞬忘れてしまう程だ。
「与一です! 那須与一! ああ…本当にランスさんだ!」
「………何だと!?」
ランスの目の前にいたには、間違いなくあのJAPANでランスの部下として働いていた元男―――現在は女の那須与一だった。
「ランス殿…ランス殿!」
ランス達一行が今の藤原軍と合流した時、そこに待っていたのはスラルも良く知る者だった。
「会いたかったモリよ! ランス殿! ブモッ!?」
ランスに近づこうとしていた中年の男をランスは容赦なく蹴り飛ばす。
「誰だこいつは。いや、誰でもいい。男が俺様に近寄るな」
「か、変わって無くて安心したようなしないような…でも久しぶりモリよ。と、言いたい所モリが、ランス殿…全く年を取ってないモリね」
「もしかして…森盛!? 平森盛!」
スラルは声の主を思い出す。
確かに年は大分取っているようだが、間違いなくJAPANでランスと共に戦った軍師、平森盛だ。
「そうですよ。レダさんもスラルさんもエルシールも久しぶり。それに…巴様も」
与一は嬉しそうにレダとエルシール、巴の手を握る。
「与一は…あんまり変わってないわね」
那須与一はあの時からあまり変わっていない。
確かにアレから年齢を重ねており、確かにアレからより大人っぽくなっているが、間違いなく那須与一だ。
「森盛、私達の事はいいから詳しい話を聞かせて。生憎と私達は今の状況をあまり理解出来てないの」
「そうモリか…と言っても今の状況ではあまり時間はかけられないから、結論だけ言うモリよ。魔人ザビエルを先頭に、大量の魔軍が攻めてきたモリ…魔軍の前には藤原家の200万の軍もあっさりとやられ…ここは本隊から離れてしまった部隊モリよ」
「ザビエルだと!?」
森盛の言葉に反応したのはランスだ。
その顔には驚愕、そして静かな怒りが込められているのをスラルは見逃さない。
「ランス…知ってるの?」
スラルの言葉にランスは考える。
魔人ザビエル…それはランスにとっても許しがたい敵であり、友である織田信長の体を乗っ取り、その妹である香姫を傷つけた魔人だ。
しかしその実力は高く、最終決戦では魔人となった健太郎と共に、JAPANの精鋭達の力で勝利した相手だ。
その最後は確かに魔王であるリトルプリンセス…美樹によって魔血魂ごと消滅されられたはずだ。
(いや、思えばカミーラや化物ジジイの事もあるからな…)
これまでの事を考えても、ランスが知っている魔人達とは大きな違いがある。
それを考えてランスは少し混乱する。
「スラルちゃんには後で話してやる。で、黒部はどうした」
「黒部殿は本隊にいるモリよ…悪く言えば、森盛達は見捨てられた状態にあるモリよ…確かに藤原石丸はいい帝モリが、その周りが全部そうだという訳にはいかないモリよ」
平森盛は己が降伏した後の事を話す。
藤原石丸に誘われ、平森盛も結局は石丸の下に付く事を選んだ。
それは黒部が藤原石丸に手を貸すのを選んだのが大きい。
それに、藤原石丸の手腕は確かに見事としか言えなかった。
20年程で大陸の半分を制圧するなど常人の出来る事ではない。
「生憎平は外様…それにランス殿の部下だった過去から、あまりいい地位には恵まれなかったモリよ。まあ森盛も軍師としては平凡モリね」
森盛はそう言って自嘲する。
実際には、過去にランスの手下だった平森盛に大きな権力を持たせないように色々の裏で事情があったのだ。
勿論森盛もそれには気づいており、当然の事だとは理解している。
「そして大陸の半分を制圧した時…魔軍との戦いが始まったモリ。魔軍の力は圧倒的で、あの藤原石丸でも成す術が無かったモリよ…」
「それはそうよ。魔人の持つ無敵結界はあらゆる攻撃を受け付けない…藤原石丸が帝の力を持っていようと、無敵結界の前には無力よ」
「そうなんですよね…まさか魔人の無敵結界があれほど凄いなんて思ってもいませんでした」
与一も苦い顔をする。
1対1では敵無し、まさに無敵の存在だった藤原石丸だが、魔人ザビエルの前にはそれこそ無力だった。
「今はまだJAPANまでは追い込まれてませんが…恐らくは時間の問題でしょう。そして私達も…」
与一の言葉に森盛も苦い顔をする。
相手の力はまさに圧倒的であり、質も量も相手の方が上だ。
さらにはこちらは本隊から外れた分隊…森盛の予想では2週間も持たないだろう。
「ランスさん…」
「分かっとる」
エルシールの言葉にランスは一つの決断をする。
「ねえ森盛。あなたがこの全てを纏めているの?」
「いや、藤原家の重臣がこっちに残っているから、そちらモリよ。生憎と、森盛達は捨て駒に近い役割が与えられると思うモリよ」
「そう…ランス」
スラルの言葉にランスは面倒くさそうな顔をしながらも頷く。
「そんな顔をするなスラルちゃん。まあ俺様も少し本気でやってやる」
魔軍との戦いは避けられない事…ランスはLP期でそれを嫌という程味わっている。
恐らくはランスほど多くの魔人と戦い、そして魔人を倒して来た人間はこの世界には存在しないだろう。
そして数多くの危機を潜り抜けてきたランスだからこそ分かる事もある。
「おい。今すぐに精鋭を集めろ。集められなければその重臣とやらを脅してでも出させろ」
「ランス殿…?」
「全く…俺様がいなければ何も出来んようだな。まあ俺様は天才だからな。魔軍共を蹴散らして、お礼として女の子を貰おうか」
ランスは普段と同じ調子で笑う。
この状況でも全く諦めていない、不屈とも言える意志がランスにはある。
「「ランスさん!」」
巴と与一が嬉しそうにランスの名を呼ぶ。
「仕方ないわね…この状況じゃ逃げるという事も取り辛いしね」
そう言いながらもレダの顔には好戦的な表情が浮かぶ。
「まーおー!」
大まおーもその手の鎌を構えて、俺もやるぞと言わんばかりに胸を張る。
「ランスさん…お願いします」
エルシールもそんなランスを支える決意を胸に秘め、
「そうね…諦めるなんてランスが絶対選ぶわけないものね」
スラルも嬉しそうに笑みを浮かべる。
「いいかお前等! 黙って俺様についてこい!」
本格的な魔軍戦の始まりです
あまり長くなりすぎないように余計な事は無しでいこうと思います