ランス再び   作:メケネコ

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戦いの終わり

 ランスの一撃を受け、魔人レキシントンが大の字になって倒れる。

 それを見てランスはふら付く体を剣を支えにして何とか立っている。

「た、倒した…?」

「ま、魔人を倒したの?」

 何とか鬼を撃退した人類は、大の字になって倒れるレキシントンを見る。

 そこには肩から腰にかけて大きな傷を付け、そこから大量の血を流している魔人の姿があった。

 人間ならば致命傷であり、死んでいてもおかしくない程の傷だ。

 人類達は倒れたレキシントンに恐る恐るといった感じで近づこうとした所を、

「来るな! 魔人はまだ死んでない!」

 レダの声によってその歩みを止める。

 それに合わせるようにして、魔人レキシントンがその体を起こす。

「な…!?」

「そ、そんな…」

 魔人が起き上った事に人類は声にならない悲鳴、そして落胆の声を出す。

 これ程までのダメージを受けたというのに、まだ魔人は倒れないという現実を突き付けられたのだ。

 レキシントンは立ち上がると、大きく裂かれた自分の傷に触れる。

 そこからはまだ血が流れているが、その己の血を見てレキシントンは笑う。

「ぐわっはっはっはっは! ランス! やるではないか! この儂にこれ程の傷をつけるとは、あのセキメイにも出来なかったぞ!」

 レキシントンがまだ魔人となる前、かつての自分と争っていた鬼、セキメイの事を思い出す。

 鬼として何度もセキメイとはぶつかったが、そのセキメイにもこれ程の傷をつけられた事はなかった。

 しかも魔人となりより強固な体になった上に、自分の無敵結界をも無視してダメージを与えてきた。

 レキシントンにとっては無敵結界を破られた衝撃よりも、己の体にここまで傷をつけるという相手の登場の喜びの方が遥かに大きい。

「大丈夫かい、レキシントン」

「レキシントン様! 大丈夫ですか!?」

 全裸の二人の使徒がそれぞれ声をかけるが、レキシントンはただ豪快に笑うだけだ。

「儂がこの程度で死ぬ訳が無いだろうが! それよりも酒だ! 景気づけに酒でも飲まねば収まらんわ!」

 そしてこの状況にも関わらず、尚も酒を要求する始末だ。

「ほら、レキシントン」

 本当に何処に隠し持っていたのか、ジュノーがレキシントンに酒瓶を手渡す。

 レキシントンはその酒を一気に呷ると、そのまま自分の傷口に向かってその酒を吹きかける。

「くあーーーーーーっ! たまらんな!」

 レキシントンは確実に傷むであろう傷を見て尚も笑う。

「ランス! 楽しくなってきたな! だがまだ戦いは終わってはおらんぞ! さあ儂と戦え!」

 そして衰えぬ戦意を漲らせてランスを睨む。

「ぐ…なんつうしつこい奴だ」

 ランスはレキシントンのしつこさに辟易するが、同時に今の状況のまずさも嫌でも理解する。

 確かに魔人レキシントンに傷を負わせたが、その傷は致命傷には届かなかった。

 それもレキシントンがランスの攻撃をギリギリの所で避けたからだ。

 レキシントンは無敵結界があるにも関わらず、戦士としての勘でランスの一撃をギリギリの所で回避したのだ。

 もしこれが普通の魔人なら…人間を見下している魔人ならば無敵結界があるからと決してランスの剣を避けなかっただろう。

 避けるとすれば、それはランスの事を良く知るカミーラとケッセルリンクくらいだろう。

「おいスラルちゃん! さっきのヤツはもう一回出来ないのか!」

「ご、ごめんランス…もう無理…私ももう魔力が底をついてる…」

 ランスの声に、スラルはとても辛そうな声で返すだけだ。

 それだけでランスはスラルがかなり無茶をしたという事を理解する。

(ヤバいぞ…一度逃げるしかないか)

 ランスは別に逃げる事がプライドを傷つけるという考えを持ってはいない。

 今は逃げても、後で相手を倒せればそれでいいと思っている。

 しかし問題となるのはアトランタに捕らわれて鏡にされたエルシールだ。

 自分の女が捕らわれて、それを黙って見ているランスでは無いのだ。

「うぐぐ…」

 ランスは呻くが、彼をもってしてこの状況は既にどうしようもない所まで進んでしまっていた。

 レダも、黒部も、大まおーももう限界だ。

 後はベゼルアイが居るが、彼女と協力しても魔人レキシントンには勝てないのは明らかだ。

 何よりもランス自身がもう限界に近いのだから。

「行くぞランス! 戦いはこれからだ!」

 レキシントンは尚も戦意を滾らせてランスに向かって来る。

(ヤバいな…)

 ランスは何とか必死に考えを巡らせるが、取れる手段はもう無い。

 だがそれでも諦めずに何とか剣を構えるが、もう足がついてこない。

 流石のランスも嫌な汗が流れ、何とか体を動かそうとした時、

「ここまでだ。レキシントン」

 ランスに迫っていたレキシントンの拳が何者かに止められる。

「む! 貴様…何故ここにいる!? カミーラ! ケッセルリンク!」

 レキシントンの拳を止めていたのは、今回の戦いにおいて参戦を禁じられているはずのカミーラ、そして魔物領に居るはずのケッセルリンクだ。

「何のつもりだ! 儂は今こいつと遊んでいるのだ! 邪魔をするな!」

 レキシントンの恫喝にもカミーラは表情一つ動かさない。

「退け、レキシントン。既に戦は終わった。藤原石丸は死んだ。同時に魔王は全軍の撤退を命じた」

「何だと!?」

 カミーラの言葉にレキシントンは目を見開く。

 藤原石丸が死んだ事は別に驚くべきことでは無い。

 魔人ザビエルが藤原石丸に負けるとはレキシントンも全く思っていない。

 しかし魔王が全軍の撤退を命じたのは完全に予想外だ。

 何しろ魔王ナイチサは残忍、残虐、人間を言葉通り玩具のように壊し、破壊するまさに死の権化だ。

 そんなナイチサが全軍の撤退という決断を下したのは信じられなかった。

 信じられなかった―――が、

「…フン、貴様がそんな下らん嘘をつく意味は無いか」

 あの魔人カミーラがそんな嘘を言うはずが無い。

 カミーラ、そしてケッセルリンクが止めたのならば、魔王は本当に全軍の撤退を命じたという事だ。

 レキシントンも魔人の一人、魔王の命令には絶対服従を強いられている。

「分かった、退こう」

 レキシントンはあっさりと拳を退くと、そのままランスに背を向けて歩き出す。

 が、唐突に立ち止まりランスにその鋭い視線を向ける。

「ランス…今回はここまでだ。次にやる時までにはもっと強くなっていろ。そして儂を楽しませろ」

「男に言われても嬉しくも何とも無いわ。とっとと消えろ」

「ぐわっはっはっは!」

 ランスの言葉にレキシントンは笑いながら歩いていく。

 そこに使徒であるアトランタとジュノーが続くのを見て、ランスはアトランタに向かって剣を向ける。

「おい! エルシールを返してもらおうか!」

 その言葉にアトランタはランスの方を振り向くと、そのまま唇を上げて薄く笑う。

「嫌よ。この女は私が預かっておくわ。ランスが次にレキシントン様と戦うようにね」

 ランスがこの鏡にした女を取り戻そうとしているのは手に取るようにわかる。

 アトランタは当然の如くこの鏡を人質にして、レキシントンがより楽しませるように画策するだけだ。

「むっ! 待ちやが」

 ランスは当然のようにアトランタに剣を向けようとするが、

「そこまでだ、ランス。エルシールは必ず私が何とかする。だからここは抑えてくれ」

 ケッセルリンクがそれを抑える。

 剣を持つランスの拳を押さえるケッセルリンクの手は非常に優しい。

「ぐっ…」

 ランスは呻くが、それでも己の体力が限界に近い事も有り、直ぐにその手から力が抜けていく。

「すまない…ランス」

 ケッセルリンクもランスの葛藤はよく分かる。

 ランスが自分の女を見捨てるはずが無い…それは長い付き合いでよく分かっている。

 だがそれでも、今は抑えねばならない時なのだ。

「石丸様が…死んだ」

「そん…な」

 そしてレキシントン達が消えた後で、人類軍はその場に崩れ落ちる。

 藤原石丸の死と、それに合わせるかのような魔軍の撤退。

 それこそがハッキリと藤原石丸の死を受け止める結果となっていた。

「そっか…石丸、死んだか」

 与一も大きくため息をついてそのまま大地に腰を下ろす。

 石丸との戦いに負け、彼に仕えるようになった20年…それが終わった瞬間だった。

「…何だかんだ言っても結構楽しかったな。ランスさんとはまた違った意味で」

 与一はこの20年を思い返す。

 それは決して平坦な道では無かったが、退屈はしない日々だった。

「石丸…本当に死んじゃったのね…」

 巴は涙を流してその場に崩れ落ちる。

「結局…アレから一度も会えなかったか」

 20年経過してたのは驚いたが、彼がその内に大陸の統一間近までいっていたのはもっと驚いた。

 しかしそれでも…藤原石丸の力を持ってしても魔軍…いや、魔人の一人も倒す事は出来なかった。

(無念…だっただろうなぁ…)

 志半ばで倒れた石丸はさぞ悔いが残っただろう。

 だが、それもまた戦いの常…それは藤原石丸でも例外では無かったのだ。

「ランス…生き延びたか」

 そしてそんな人間の悲しみなどどうでも良いかのように、カミーラがランスに近づく。

「フン、流石にお前まで相手はしてられんぞ」

 ランスも限界が来たのか、倒れそうになるのをケッセルリンクが支えている状態だ。

「ククク…レキシントン相手にあそこまでやった事…誉めてやろう。どうやら昔よりも腕を上げたようだな。それに中々面白いモノを見せて貰った」

 カミーラは表情が読めぬ顔でランスを見る。

 まさか魔人の無敵結界を無視してその剣を当てるとは思ってもいなかった。

 無敵結界はこれまで破られた事は無い…だからこそ無敵と呼ばれる所以なのだ。

「今のお前と戦うつもりは無い。だが、次の時までにはもっと腕を上げておけ。私は全力のお前を叩き潰す事が何よりも楽しみなのだからな」

 そう言うカミーラだが、その顔には微笑すら浮かんでいる。

 そのままカミーラは宙に飛ぶと、そのまま空の向こうに消えていく。

「…なんだあいつは」

「そう言ってやるな。カミーラはお前が死なないように色々と根回しをしていたんだ。今回の事も、レキシントンを退かせるために色々と手を尽くしたのだからな」

 ケッセルリンクはランスにしか聞こえないように耳元で囁く。

「しかしカミーラの勘も大したものだ。まさか本当にお前が絡んでいるとは私も想像していなかった。だがこうしてお前は生き延びた…相変わらずだと感心すべきか呆れるべきか…」

 ケッセルリンクはランスにしか分からぬ様に笑みを浮かべる。

「エルシールは必ず私が助ける。そこは心配するな。だからお前も今は疲れを癒せ…何れ嫌でもお前と顔を合わせる事になるのだからな」

 そのまま誰にも見えぬ様に、ケッセルリンクはランスの唇に一瞬だけ唇を合わせそのままその体が闇に包まれる。

 魔軍はもう撤退準備をしているだろうが、これ以上魔物達が好き勝手しないように魔物大将軍に言っておかなければならない。

 それがケッセルリンクの役目であり、魔王から動く事を許された理由なのだから。

「では私も行くとしよう。ランス、また会おう」

 ケッセルリンクもそのまま闇の中に消えていく。

 残されたのは人類軍のみだが、誰もが疲れて倒れている。

 平然としているのはベゼルアイとハウセスナースくらいだ。

「そうだ…黒部! 黒部! ランス! 黒部が!」

「分かった分かった。今行くからそう喚くな」

 スラルの声に押されるように、ランスは倒れている黒部の元へと行く。

 そこには大の字になって倒れ、そして見るからに致命傷を負っているであろう黒部の姿があった。

「よう、いい格好だな」

「ヘッ…お前ほどじゃねえ…と言いたい所だけどよ…俺ももう動けねえよ」

 互いに悪態をつくランスと黒部だが、

「黒部! 黒部!」

 ランスの剣から姿を現したスラルが黒部を揺すろうとするが、その手はすり抜けてしまう。

「よう…スラル」

「黒部…」

 スラルに向かって笑おうとする黒部だが、その口から勢いよく血を吐き出す。

「そうだ…スラル…お前、俺に何て言い残したかったんだよ…手紙、読めなかったじゃねえか…」

「あ…そ、そうか。私の使っている言葉は今は使われていないんだ…」

 あの時黒部に残した手紙だが、その時スラルは自分がこれまで使っていた文字を使用してた。

 どうやらその文字は既に使われていないという事に今になって気づく。

「…よくも俺を置いていきやがったな」

「何言ってやがる。俺様についてこないお前が悪い。それに男はいらん…と、言いたいがお前は役に立つし安全だから良かったかもしれんな」

「ケッ…俺が悪いってか。お前らしいな…」

 黒部は笑おうとするが、それは血が混じった咳になるだけだ。

「レダ! レダ! 回復を…黒部が!」

「…もう駄目よ。神魔法は万能じゃない」

 黒部はランス達を守るために、レキシントンの攻撃を受け続けた。

 例えレダの援護が有っても、黒部に与えられたダメージは深刻だったのだ。

「よう…スラル。アレには…何て書いてあったんだ…」

「あ、あれはね…また、会いましょうって。何年後、何十年後、何百年後になるか分からないけど、絶対また会おうって」

「そうか…だったら20年で叶ったってんなら僥倖だな」

 黒部は血を吐きながらも笑って見せる。

「おう…ランス、こいつを受け取れや…」

「ん、何だ」

 ランスは意外と素直に黒部がから何かを受け取る。

 それは真っ白い牙だ。

「…これ、お前の歯か」

「妖怪王の…オロチの牙から生まれた俺の牙だ。さぞや加護があるだろうぜ。それを持ってれば妖怪でもこの大陸に来れる」

「…まあ貰ってやる。珍しそうだからな。まあ金に困ったら売ればいいからな」

「ケッ! 最後までお前らしい言葉だな。まあ…楽しかったぜ…」

「黒部…黒部!」

「黒部殿!」

「黒部さん!」

 黒部が目を閉じると、これまで黒部と共に戦ってきた者達が集まってくる。

「悪くない…いや、いい最後だったぜ…スラル…今度は俺が言うぜ。何百年後か…もしかしたら千年先かもしれないが、絶対にまた会おうぜ…」

「黒部!」

「ランス…また遊ぼうぜ」

「分かったからさっさと死ね。お前はしぶとそうだからどうせその内甦るんだろ」

「…ヘッ」

 ランスの言葉に黒部は楽しそうに笑うと、そのまま体にヒビが入ってくる。

 そしてそのまま黒部の体が砕け…妖怪王黒部は死んだ。

「黒部様!」

「黒部さん!」

 黒部の事を知る者…共に藤原石丸に仕え、世界の統一に向けて協力していた仲間がまた死んだ。

 それも妖怪王として、藤原石丸と肩を並べていた猛者が。

「終わったわね。じゃあランス君、私とハウはもう行くから」

「あん? 何でだ」

「私とハウがランス君に協力したのは…まあ仕事みたいなものだから。それが終わったから私達は本来の仕事に戻るだけよ。ホラ、行くわよハウ」

「いやー! 私は大まおー様と一緒に居るのー! 子供作るのー!」

「はいはい、また失恋記録を伸ばしたのね」

 ベゼルアイはそのまま泣きじゃくるハウセスナースを引きずって消えていく。

「…何だったんだ、あいつらは」

「さあ…」

 ランスもレダもマイペースに消えていくベゼルアイをただ呆然と見送るしかなかった。

「だけど…終わったわね」

「フン、無駄に疲れただけだった。もう二度と御免だな」

 ランスとしてはこの戦いは得られるものが何も無い、まさに無駄な戦いだった。

 結局は藤原石丸は死に、人類は戦争に負けた。

 それだけでなく、エルシールはアトランタに囚われ、黒部も死んだ。

 ここまでの敗北はランスにとっても初めての事だ。

「ランス。エルシールは…」

「ケッセルリンクが助けると言っていた。あいつだったらやるだろ」

 ケッセルリンクは魔人ではあるが、同時にランスの女である(ランス視点)。

 そのケッセルリンクがやるというのならばやるのだろう。

 これまでの付き合いでランスもそれは分かっている。

 それに魔物の領地に引き返した魔人レキシントンを追うのはランスとしても遠慮しておきたい。

 やはり魔人の強さは恐ろしく、ランスも今の自分が真正面から魔人レキシントンに勝てるとは思っていない。

「ランスさん…戻りたいのですが、いいですか?」

「あん? 好きにしろ。俺様は疲れた」

 巴の言葉にもランスは若干投げ遣りに答える。

「…分かりました。皆さん、戻りましょう」

 その言葉に誰もが疲れた様子で頷くしかない。

 精神的支柱である石丸を失った事、そして魔人の力を嫌という程見せられたせいで、人類は既に戦う気力を失ってしまっていた。

 誰もが疲れた表情で拠点へと戻るが、それを疑問に思う者は誰も居ない。

 そして巴達が何時もの場所に戻った時、

「巴様…石丸様が…」

「そう…もう伝わったのね…石丸が死んだ事」

「はい…ですが幸いと言って良いかは分かりませんが、月餅殿が魔人ザビエルの封印に成功しました。そして北条早雲殿もご健在です」

 その言葉に巴は安堵と悲しみが入り混じった笑みを浮かべる。

「早雲が生きてるのなら…まだ大丈夫かしら」

「いえ…我々は藤原石丸という巨大な柱によって成り立っていました。その石丸様が亡くなった今…再び世界は混沌の時代へと戻ってしまうでしょう」

「そう…そうなんだ。私が知らない間に、石丸は大きな存在になってたんだ…」

 碌に言葉も交わせぬまま、あの時石丸を裏切ってしまった事が最後の言葉になってしまった。

 自分のした行動に後悔は無いが、石丸と話せなかった事は悔いが残る結果になる事になった。

「今は魔人達の傷跡から誰もが動けませんが…勢力をいち早く取り戻した者がこの世界を握るやもしれません。最も、そんな者が現れるかどうかは分かりませぬが」

「世界を制する者か…」

 巴は自嘲気味に呟く。

 石丸は間違いなくこの世界を握る事が出来る器だったのだろう。

 だが、その器も魔人によって破壊されてしまった。

(ランスさんなら世界を手に入れる事が出来るのでしょうけど…本人に全くその気が無いですし)

 今の混乱した世界…それを再び統一出来るのはランスしかいないだろう。

 だが、そのランス本人には全くその気は無い。

(ランスさんは本当に世界なんてどうでもいいんでしょうね)

 まだランスとの付き合いは短いが、それくらいは分かるつもりだ。

 誰が何と言おうと『面倒臭い』の一言で済ませられそうだ。

「そうだ…ランスさんは?」

「彼ならば自分の部屋で休んでいます。魔人レキシントンとの戦いの話は聞きました。彼も流石に疲れたのでしょう」

 

 

 

 ランスに宛がわれた部屋では、ランスがベッドの上で明らかに不機嫌な様子で横になっていた。

「ランス…随分機嫌が悪いわね」

「当たり前だ。苦労したにも関わらず、俺様は何も得られなかったんだぞ。あのクソ野郎と関わった時以来だぞ、こんな事は」

 執念深いが意外と物事を忘れやすいランスが今でも覚えている男。

 アリオス・テオマンと引き分けた時は本当に何も得る物が無かった。

 これまで大きな冒険や魔軍と関わった時は、苦労はしたがその分リターンも大きかった。

 国のトップクラスと大きな繋がりが出来たため、移動にも苦労する事も無くなったし、自分の女も着々と増やしてきていた。

 しかし今回はそれが全く無かった…これはランスにとっては屈辱な事だ。

「しかもスラルちゃんは寝てる事が多くなっとるし…ベゼルアイもハウセスナースも居なくなったし良い事が何も無いではないか!」

「まあ…そうね」

「それにお前は何でそんなに元気なんだ」

「私はエンジェルナイトよ。あなた方人間よりも回復は早いわよ」

 ランスがベッドで寝転がっているのはやはり魔人レキシントンとの激戦による疲労からだ。

 傷はレダが治したが、その体力までは回復していない。

 その証拠に、魔物将軍や魔物隊長を倒した日の夜もランスは女を抱いていたが、今はそれも無い。

「それよりもあなたも一眠りしたら。どれだけ苛立ってるかは知らないけど」

「言われなくてももう寝るわ! 全く…」

 ランスはそのまま不貞腐れた様に眠りにつく。

 すぐさま眠りについた所を見ると、余程疲れていたのだろう。

「私に怒鳴ってスッキリしたって訳? まあいいけどね…」

 自分に対して八つ当たり気味に怒鳴ったランスに呆れるが、人間とは非常に面倒くさいと思ってしまう。

「スラルも結構無理したみたいね…でもあの力は何だったのかしら。人間に無敵結界を破るなんて本来は出来ないはず…でもランスは間違いなくレキシントンを斬った」

 レダはランスのすぐ横に立てかけている剣を見る。

 あれからスラルも姿を現さない。

「あの時感じたのは…間違いなくラ・バスワルド様の物だった。この剣…一体何なのかしら? スラルを取り込んだ事といい、ラ・バスワルド様の力を感じた事といい…1エンジェルナイトが請け負うには大きすぎるわよ」

 レダもエンジェルナイトとして、バランスブレイカーと呼ばれるアイテムの事は知っている。

 今の時代ではないが、ランスが本来いた時代にはAL教…つまりは人類管理局ALICEが集めさせていた。

 勿論バランスブレイカーの中にはとんでもない性能の物がある…とは聞いている。

 管轄が違うので詳しくは分からないが、中には神が警戒しそうな物もあるのかもしれない。

「時代が時代だから…なのかな。これは十分すぎる程バランスブレイカーよね。私には関係無いけど」

「まーおー!」

 レダが独り言を言っていると、大まおーがお茶を持ってやってくる。

「ありがと。ってあんたも奇妙な奴よね。悪魔のように見えるけど、私の知る悪魔ではない。一体何なのよ」

 レダは大まおーを抱き上げると、そのツルツルしているにも関わらず弾力がある触感が面白くて頬を撫で続ける。

「…あれ、3つ? ランスは寝てるのに」

 大まおーが持ってきた茶碗が3つある事に気づき、レダは怪訝な顔をする。

 ランスの分も持ってきたのかなと思ったが、何時の間にかそのお茶を飲んでいる存在がいる事に驚く。

「あ…セラクロラス!?」

「んー…ランス、寝てるね」

「そうね。疲れて寝てるのよね」

「べーとハウも居たんだ…じゃあ行くよー。てやぷー」

 レダが何かを言う前に、ランス達はセラクロラスの放つ光に包まれた。

 それはまた新たなランスの旅路を意味していた。

 




次のエピローグで一応のイベントの終了となります
色々と考えたのですが、この状況でランスが出来ることは無いので、石丸の運命は変わりませんでした
ぶっちゃけ魔王がいる限りはどうあっても石丸の死は免れない訳で…

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