マグナムはよ…
プロローグ
その神は自分を持て余していた。
自分が初めて真似ではない「感情」というものに振り回されていた。
『騙される方が悪いんですよー、っだ』
その言葉を思い出すだけで怒りがこみ上げて来る。
「クルックー・モフス…!」
今すぐにでも殺してやりたいが、自分の創造主がそれを許さない。
いや、それどころか今は神そのものが干渉することが出来ない。
「ランス…!!」
そしてそれ以上に許せないのがランスという男。
神に従順だったクルックーを変え、自分と同じ1級神すらも変えた男。
そして『魔王』というシステムを破壊した世界最後の『魔王』だった男。
「…やはり殺しておけばよかった」
何度でも殺す機会はあったはずなのに、たかが人間と思い結局は何もしなかった。
世界を統一したのは別にいい。
最強の魔人ケイブリスを倒したことも別にどうという事は無い。
魔王になった時は、これからの人類の悲劇を思うと胸が躍ったものだった。
魔王の血に負けて人類はおろか魔物にすらその牙を向けた時は大きく嗤ったものだ。
勝てないと分かっていても魔王を倒そうとする人類を見るのも楽しかったし、その度に魔王に蹂躙される人類を見るのも楽しかった。
だがそれは唐突に終わりを告げた。
自分の主が楽しんでいたシステムはその主の冒険によって終わってしまった。
「ハァ…」
もう言っても仕方が無いし過ぎた事はもうどうにもならない。
主が新しい『遊び』に夢中の間は、自分はもう何も出来ない。
何れはまた新しい世界が出来るかもしれないが、その時にはもうランスもモフスもこの世界にはいないだろう。
結局、自分はもうあの二人に対しては何も出来ないのだ。
(いや…でもまだ何かあるはず)
自分と同じ1級神―――クエルプランも手段はともかくあの男に会うためにあらゆる手を尽くしたのだ。
(何か…何かあるはず…!)
そして思いついた。
(あの神なら…何とかなるかもしれない)
「いるかしら。システム神」
「何の用でしょうか。女神ALICE」
システム神と呼ばれた神は魔法TVを見ながらポテトチップスを食べていた。
(相変わらずこの神は…)
光の神G.O.Dもそうだが、この神も妙に俗っぽいと思う。
以前光の神G.O.Dはランスに干渉したと聞いていたが、理由は何だったのだろうとふと思う。
もしかしたら何か有効な手段になるかもしれない―――そう思いつつ本来の用件に戻る事にする。
「ねえシステム神。私を別の世界にとばす事は出来るかしら」
その言葉にシステム神は眉をひそめる。
お前は一体何を言っているんだと言わんばかりの表情だ。
その表情に若干イラッとしながらも、ALICEは続ける。
「今のこの世界で無い所。別の世界に送れるかという事よ。記憶もそのままでね」
「…そういう事ですか」
その言葉でシステム神は全てを理解する。
女神ALICEが現状に不満を抱いている事はシステム神も知っている。
というよりも現状に不満があるのは女神ALICEだけだろう。
いや、本来であればそんな感情を抱けるはずが無いのだが。
「自分の好きな未来を作りたい、という事でしょうか?」
「あら、それが何か悪いかしら? 無数の世界の中で一つくらいそんな世界があっても構わないのではないかしら」
女神ALICEの言う事も別に間違ってはいないが、それが出来ると聞かれれば答えは一つしか無い。
「答えはNOです。あなたは1級神ですから、そのような事が出来るという保障はありません。何かしらの障害が発生する可能性が高いと思います」
システム神の言葉は女神ALICEが望んでいた言葉ではなかった。
だがそれでも女神ALICEは引き下がる訳にはいかなかった。
「別に構わないわ」
その言葉にシステム神は一瞬の迷いを見せた後、
「分かりました。ですが1回だけです。2回目は無理です。それ以上は…」
「分かってるわよ」
女神ALICEもそれは理解していた。
ルドラサウムがかつて望んだのは、あくまでも神による支配ではなく、現状のメインプレイヤーが苦しむさまを見ることだった。
自分が直接作る世界など望んではいない。
だが、自分がやるのは世界のバグを取除くことだ。
そう、ルドラサウムの世界が生み出し、放置して巨大に膨れ上がったバグを。
「ではいきますよ」
その言葉と同時に女神ALICEの意識は遠のいていった。
そして女神ALICEが目を覚ましたとき―――目の前にいたのは何故か豪華なローブを身に纏ったイカマンだった。
「…は?」
目の前のイカマンは肩(?)を震わせながら必死に土下座している。
「も、申し訳ありません、女神IKALIS様…」
「え?」
こいつ今何と言った?
私は女神ALICEであり断じて女神IKALISなどでは無い。
「このイーカラルー、必ずやIKALIS様の望むように致します」
(イーカラルーって何よ…?)
辺りを見渡すとそこは確かに自分が歴代の法王・ムーララルーと会っていた場所だ。
だが歴代法王は全て人間でありこんなイカマンでは無かったはず…
「ようやく戦争が始まる予定であります。イカンティ・カラーでも最早止められません。ですから何卒…」
(いや、イカンティ・カラーって誰よ!?)
確かに目障りな黒髪のカラーであるハンティ・カラーはいたが、イカンティ・カラーという妙な生物を自分は知らない。
「そ、そう。下がりなさい」
だからこそ女神ALICEはそう言う他無かった。
理解が完全に追いつかなかった。
「は、ははぁぁー」
イカマンの姿が土下座したまま消えていく。
そこで女神ALICEは初めて自分の姿を認識した。
その空間に写っていたのは、頭上にエンジェルナイトと同様の輪をいただき、背中に三対の翼と光輪を背負い、ローブを纏った―――イカマンだった。
「キャアアアアアアアア!!!」
女神ALICEは今までした事も無い悲鳴を上げる。
(な、何コレ何コレ!?)
自分の姿はその時代のメインプレイヤーと同じ様な姿になるはず…それなのに何故自分がイカマンの姿になっているのか理解出来なかった。
何かの間違いかと思い、自分の右手を動かすと、目の前のイカマンの触手が動く。
同様に左手を動かすとやはり目の前のイカマンの触手が動いた。
それを見て女神ALICEはついに意識を失った。
「―――CE、ALICE!」
声、懐かしい声が聞こえる。
ああ…そうだ、この声は自分の同僚の声。
お互いに睨み合いをした事も有り、あの男の事で争いを起こしそうにもなった声。
「ええ、大丈夫よ。クエルプラ…ン″!!!」
「そうですか。急に連絡が来ましたからどうしたのかと思いましたが…」
声は間違いなくクエルプランの声だ…ただし声だけ。
目の前にいるのは自分と同様に頭上に天使の輪をいただき、大量の書類を周りに浮かべている―――ピンク色のイカマンだった。
「…うーん」
「ALICE! ALICE!?」
それを認識した時、やはり女神ALICEは意識を失った。
「どういう事よ! システム神!」
女神ALICEが再び目を覚ました後、彼女は真っ先にシステム神の元を訪れていた。
「おや女神ALICE。どうしましたか?」
「どうしたもこうしたも無いわよ! 一体どういう事よ! しかも何でアンタはイカじゃないのよ!」
システム神は以前のまま、つまりは自分の知っているメインプレイヤーである『人間』を模した姿をしていた。
「待って下さい…今情報を把握しています…ああ、あなたは別の世界のALICEのようですね」
「言いたい事は山ほどあるけどまずは説明しなさい」
イカの姿のままだと今一迫力が無い、そんな事を思いつつシステム神をその口を開く。
「これはあなたの望んだ世界―――魔物が人類に勝利した世界です」
「いや魔物が勝利した世界なのになんでイカマンが法王やってんのよ」
「それですが…あなたが居た世界から5万年後の世界だからです」
「ご、ごまんねん!?」
流石の女神ALICEもこれには驚きの声を上げる。
まさか自分が5万年後の世界に飛ばされる…さらにはメインプレイヤーの交代まで起こっていたなど到底理解出来る話ではなかった。
「ルドラサウム様も人間というメインプレイヤーに飽きたんでしょうね。ですから次のメインプレイヤーにイカマンが選ばれただけです。ですのであなたもAL教ならぬIL教…IKALIS教の神という訳ですね」
その言葉に女神ALICEは呆然とする。
もしかつてのメインプレイヤーの姿だったら大きく口を開けていただろう。
「あ、それとランス君もいますよ」
「…は?」
ランスがいる?
5万年後の世界に?
「ホルスの冷凍睡眠って凄いですよねー。5万年後も機能しているんですから」
システム神が空間をいじると地上の世界の様子が見える。
「がーーっはっはっは!!」
見ると人間達に担がせた巨大な輿の上でランスが馬鹿笑いを上げていた。
「……どういうこと?」
「この世界は人類がモンスターなんですよ。これからメインプレイヤーに支配されていたモンスターがそれに反旗を翻した所ですね」
(人類がモンスター…)
自分はもう何回驚いたのだろう…最早回数を数える気にもならない。
「女神ALICE、あなたも自分の仕事に戻ればどうですか。私も私の仕事に戻ります。久々にランス君の冒険を見れて私も嬉しいですから」
「じゃああんたがその姿なのも…」
「私は主人公担当の神ですから」
そう言ってシステム神の姿が消えそうになって…
「ちょ、ちょっと待った! もう一回! もう一回戻してちょうだい!」
「2回目は無理だと言ったはずですよ」
「いや…でもこんな…」
(いくらなんでもこれは無いでしょ…)
別の世界と言ったがこんな世界は最初から想定すらしていない。
しかもこの世界でのランスはモンスターなので、自分の管轄外になってしまった。
そもそもこんな世界でランスを消滅させたとしてもまったく意味が無いのだ。
「仕方ありませんねえ。特別にもう一度やりましょう。ただし、次は本当にありません。そして2度目ですので、どんな影響が出るかは分かりません」
「それでも構わないわよ!」
「じゃあいきますよ」
その言葉と共に再び女神ALICEの意識は遠のいていった。
最初からみんな大好きイカENDです。
女神ALICEは結局最後までランスと絡むことが無かったのでこんな風に書いてみました。
女神ALICEがランスに執着した事でとんでも無いことになる話です。
基本的に気軽に楽しめる作品を目指してまいりますので、もし感想等があればよろしくお願いします