ランス再び   作:メケネコ

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陰陽師が残したもの

 ランス達の目の前には巨大な鬼が鎮座している。

「なんだありゃ…」

 ランスは鬼とは何度も戦っており、それこそ鬼の魔人であるレキシントンとも戦った。

 そして目の前に居る鬼は、そのレキシントンに勝るとも劣らない存在感を放っていた。

 が、レキシントンと違うのは、目の前の存在が動く気配が全く無い事だろう。

「まさか…これがセキメイか…」

 お町が目を見開いて鬼を見上げる。

「なんだお町。知ってるのか」

「ああ…昔…それこそ我が生まれるよりも前の話だ。それこそ初代妖怪王黒部が起こした、妖怪戦争…その時に黒部と戦った鬼だと言われている」

「あん? 妖怪戦争?」

 ランスの疑問にお町は頷く。

「そうか…お前達はその後の事は知らないのだったな」

 お町は既にスラルからある程度の事情は聞いている。

 聖女の子モンスターであるセラクロラスの力で時間を移動している…信じ難い話ではあるが、恐らくはそれが事実であろう事も分かっている。

「昔…藤原石丸がJAPANを統一するまえに、大きな戦争が行われた。その中の一つが『妖怪戦争』じゃ」

「…は?」

「初代妖怪王黒部殿が帝となる事で、妖怪達を救おうとした…という事になっておる」

「ちょっと待て。黒部の奴は別に妖怪を救おうなんて思ってなかったぞ」

 ランスの言葉にお町は薄く微笑む。

(この事を知っている…という事は、やはりこの男が…)

「そう、黒部殿は別に妖怪を救う気など無かった。じゃが、それでも黒部殿は妖怪…そして一部の人間の協力を得て、藤原石丸を苦しめたとされる」

「藤原石丸…確かそんな奴が居たような気もするな」

 ランスにとっては藤原石丸は、ちょっと強かった程度の人間が居た程度の事でしかない。

 戦場でしか会った事が無く、その後の戦いやジルの事も有り、藤原石丸の事はランスは殆ど覚えていない。

 男ならば尚更だ。

「じゃが実際には…妖怪戦争の際には、大陸の人間が干渉していたと言われている。尤も、魔王によって人間の地は破壊されたため、それを示す記録も碌に残って無いじゃろうがな」

 お町は一度ため息をつく。

 その魔王ジルの存在こそが、お町の存在意義を奪っていると言っても良かった。

 特に何かを思う訳でも無いが、もし魔王が存在して居なかったら自分はどうなっていたのかと思わなくもない。

「とにかく、妖怪戦争だのと言っているが、実際は人間同士の戦争でもあった。お主ならばそれが分かるじゃろう?」

「当たり前だ。思い出したぞ。藤原なんちゃらとか言うのは、俺様の邪魔をした奴だ。俺様がぶっ殺す前にザビエルに殺された奴だな」

 ランスの言葉にお町は微笑む。

「そうか…お主がか…まあそれは今はいい。そして藤原石丸にはその偉業を支えた者達が居た。そしてその一人が北条早雲…優れた陰陽師であり、目の前の鬼を使役して黒部殿と戦った人間よ」

「北条早雲…なんつーかややこしいな」

 北条早雲はランスにとっても覚えがある名前だ。

 ランスが知る北条早雲はメガネをかけた、あんな姿でもランスより年下の童貞野郎だ。

 男には興味は無いが、流石に名前くらいはランスも覚えていた。

 勿論ランスもお町の言う北条早雲と、自分が知る北条早雲が別人だという事は分かっている。

 ただ、ランスからすればややこしいというだけだ。

「その鬼こそ、セキメイ…JAPAN最強の鬼と呼ばれる存在よ」

 お町は目の前にいる鬼、セキメイを見る。

 かつて妖怪王黒部と激戦を繰り広げ、互いに倒す事が叶わなかったとされる存在。

 そして、初代北条早雲以外には制御する事が出来ず、封印されているとされた存在。

 それが今目の前に存在している。

 それはある意味でもお町にとっては一度会ってみたかった存在でもある。

(そう…このセキメイを倒せば、我は真の妖怪王になる事が出来る…と思っていたのじゃがな…)

 二代目妖怪王と言っても、今の時代に妖怪王の立場になど殆ど意味が無い。

 妖怪が争うべき人間がああいう状態なのだから、そもそも戦う相手が存在しないのだから。

 だが、このセキメイを倒す事が出来れば、自分は黒部を超えられるのでは無いか…そんな事も考えていた。

「なんか見た事があるような無いような…まあ俺様からすれば大したことは無いな」

「よく言う…じゃが、お主ならば口だけでは無いのだろうな」

 魔人すらも相手にするこの人間ならば、絶対に口だけでは無い。

 そこはお町も信じている部分だ。

「初代北条早雲しか使いこなせぬと聞いた事がある…という事はここがセキメイを封印した地なのか…」

 お町がセキメイを見上げていると、

「ランスー! お町ー! 大丈夫ー」

 突如として光と共にレンが降りてくる。

「おー、レンか。俺様は何も問題無いぞ」

「そう。まあ無事だとは思っていたけどね。それよりも…何よコレ」

 レンもまた巨大な鬼を見上げるが、それよりもお町はレンが非常に気になる。

「それよりも我はお主の背中にあるものが気になるのじゃが…」

 お町の目にあるのは、翼を生やしたレンの姿だ。

 自分達のように、水溜りに落ちるという音はしなかった。

 つまり、彼女の翼は本当に空を飛べるという事だ。

「うーん…これ鬼よね。でもこの鬼、何処かで見たこと有るような…あ、その前にスラル達を呼んでこなきゃ」

 レンは何処かで見覚えがあるような鬼を見ながら、スラル達がまだ上に居る事を思い出す。

 そしてそのままランス達が落ちてきた穴を昇っていく。

「本当に空を飛べるのか…」

「あいつはああいう奴だ。特に気にするな」

 ランスはそう言うが、気になるものは気になるものだ。

 だが、ランスに聞いても恐らくは曖昧な答えしか返ってこないであろう事に、お町はため息をつく。

(直接本人に聞くか…)

 ランスとお町がセキメイを見上げていると、

「ランス!」

「…何で俺だけはロープなんだ」

 スラルを抱えたレンと、明らかに不満気な顔をしているレイが降りてくる。

「良かった。突如として消えたから驚いたぞ。だが…これは意外なものが見つかったな」

 スラルは目の前にいる巨大な鬼、セキメイを見上げる。

「あの時黒部と戦った鬼だな。ランスは藤原石丸と戦っていたから気づかなかったかもしれないが、これは間違いなくあの時の鬼だ」

 あの時の事はスラルも覚えている。

 黒部と互角に戦う鬼の存在は非常に興味深かった。

 同時に、ランスと黒部率いる軍団と、藤原石丸が率いる軍団との地力の差も思い知った。

 あの時、ランスがもっと早くに黒部と出会えていれば…1年出会いが早ければ、ランスは藤原石丸にあれほど早く負ける事は無かった。

 悪魔の介入はあったが、どのみちあの戦いは負け戦だった。

 ランスは認めないだろうが、あの戦いは完全に自分達の敗北だった。

「強力な鬼だとは思っていたが…そうか、封印されているという訳か」

 魔法と知識に長けたスラルには今の状況が理解出来る。

 鬼を操る事は難しいと陰陽師達から話を聞いていた。

 それ故に、魔物大将軍との戦いがあった時は鬼を使う陰陽師はいなかった。

「これも鬼ってやつか。当然強いんだろ?」

 レイもセキメイを見て好戦的な笑みを浮かべる。

 あのレキシントンもそうだが、鬼というのはレイの闘争本能を刺激してくれる。

 退屈を何よりも嫌うレイにとって、鬼というのは中々に面白い存在だった。

 その中でも目の前にいる鬼は別格だという事はその気配で分かる。

「ふむ…しかし封印されている以上手出しは出来んな。しかも相当な力だ。陰陽師の技能が無ければ封印を破る事は叶わぬだろうな」

 スラルは目の前の鬼を封印しているのが相当な力なのは分かる。

 それこそ陰陽師のスペシャリストで無ければ封印を解く事は不可能だ。

「って事はやれねえって事か。つまらねえな」

 スラルの言葉を聞いて、レイは本当に残念そうにため息をつく。

「しかしここに鬼が封印されているか…お町の事を考えれば、陰陽師達にとってはここは余程大切な所らしいな。」

 その言葉を聞いて、お町は少し複雑そうな顔をする。

 自分が生まれた地下に、まさかセキメイが封印されているなど考えてもいなかった。

「でも人間の気配は感じられないわね。封印だけして隠れたって所かしらね」

 レンは一通り周囲を見渡したが、そこには人間の気配は感じられない。

 先程の鬼が居た事は、ここの見張り役と考えれば納得はいく。

「あ、スラル。こっちの方に色々な書物があったけどどうする?」

「ほう、それは興味深い。ジルの事もそうだが、お町の事を知る良い機会だ。是非とも頂いて行こう」

 レンの言葉にスラルは目を輝かせて後についていく。

 ランスは女が居ない事に不満気だが、それでも大人しく二人の後について行く。

 するとそこには確かに色々な書物が纏められていた。

「ふむ…魔法で維持されているが、確かに人の気配は無いな。恐らくは後世に残すために保存されているようだな」

 スラルは書物を手にするが、それは古いものや新しいものが入り混じっている。

「この古いのが…恐らくは遥か昔に書かれたものか。そしてこの新しいのが最近になって書かれたものか。よし、全部持って行こう。という訳でレイ、これを全部持って行ってくれ」

「あ? これ全部かよ!?」

 スラルに話を振られたレイが驚愕の声を出す。

 レイは周囲を見渡すが、かなりの数の書物が存在して居る。

 これを全部となると相当な重さだし、何より1回で持っていける量では無い。

「スラル。必要な物だけにしなさいよ。流石に面倒よ」

「む、そうか。まあ確かに我は陰陽師では無いからな…ならば魂に関する記述のあるものにするか」

 レンに止められて、スラルもその通りだと思い考え直す。

 素直に話を聞き入れたスラルを見て、レンはため息をついて安堵する。

(もう本当に今更だけど、なるべくこういった物の持ち出しは控えないと…)

 レンとしてはこの世界の歴史を壊すのは本当に今更だが、なるべくは避けておきたい。

 この書物1冊を持ち出すだけで、将来の歴史がどれだけ変わるか見当もつかない。

 ただ、ランスが好き勝手やった結果、遥かに歴史が動いているのだが、1エンジェルナイトでしかない彼女にはそれが分からなかった。

「では、すまないが少し待ってくれ。我は持っていくものを確認するからな」

 そう言ってスラルは何処か楽しそうに書物を読み始める。

 知識を増やすことが好きなスラルとしては、こうした書物を見るのは非常に楽しみだ。

 それに何よりも、ジルの事を何とか出来る情報があるかもしれない。

(ジルの事は…我が何とかしなければならぬ。ランスのためにも、ジルのためにも…)

 ランスは表面上は普段通りだが、やはりジルを失ってからは少しイラついている事も多くなった。

 だが、決してスラルを責める事はしない。

 前向きにジルの事を何とかしようとする意志は強いが、それでもランスも人間だ。

 内心では魔王に対してどうすればいいか分からないでいるのは明白だ。

(だから何としても我が切っ掛けを掴めればいいのだが…)

 ここにジルを何とかする手段が有るとは限らない。

 ましてや対象は魔王…この世界最強の存在だ。

 だがそれでも、決して無駄になる事は無い、そう信じてスラルは書物に目を通していた。

 そして一方のお町もまたこの書物に手を付けていた。

 今でも自分の生まれた理由に嫌気が出るが、それでもこうして行動をする事は無かった。

 それは諦めに近い感情であり、それが永遠に続くと思われていた。

 だが、それはランス達との出会いで吹き飛んでしまった。

 そうなると、お町自身が己の事を知りたくなってきた。

(どうやって我を生み出したか…確かに気になる…)

 スラルにあれやこれやを聞かれると、自分が自分を知らなかった事に気づかされる。

 何故自分はそうしなければならないのか…それを考えると色々と新たな疑問が湧き上がる。

 だからこそ、改めて自分を知るという行動を起こす事が何より楽しみだった。

 そして手持無沙汰になっているのがランスとレンとレイだ。

 ランスは当然の如く本なんかには興味が無く、レンはなるべく下界の事に関しては干渉を避けようと思っている。

 戦闘に関してはランスが絶対に関わっているので関わる必要はあるが、こうした知識等に関しては今更なのかもしれないが、干渉はなるべくしたくない。

 そしてレイも当然の事ながら本には全く興味を示さない。

 だが、その日はランスにとっても非常に珍しかったのかもしれない。

 スラルとお町がいない方の書物を手に取ると、それを見開く。

「ランス…突然どうしたの? すっごい似合わない光景だけど」

 突如として本を読み始めたランスを見て、レンが非常に怪訝な表情をする。

 まるで明日は槍でも降るのではないかと言わんばかりの表情だ。

「やかましい。俺様だって本くらい読む」

「ふーん…どんなの読んでるのよ」

 レンもランスが本を読むという事に興味を持ち、ランスの背後に回る。

 そしてその本の内容が頭に入ると、ジロリとランスを睨む。

「ランス…真面目な顔をして何読んでるよの」

「いや…こんな昔にもこの手のモノはあったんだなと普通に思った」

「…まあ、そうね。人間ってずっと変わらないのね」

 ランスの言葉にレンは思わず同意してしまう。

「む、どうしたランス。何か気になる書物でもあったか?」

 二人の掛け合いに興味を持ったのか、スラルがランスの手にある書物を覗き込む。

 すると、スラルの顔がどんどんと引き攣っていき、レン同様にジロリとランスを睨む。

「ランス。お前は人が真面目に書物を探しているというのに、何故そんなものを読んでいる」

「だから俺様に文句を言うな! 文句があるならこれをここに置いた奴に言え!」

「まあ…確かにそれに関してはお前を責めるのは間違っているかもしれないな。だが、何故こんな所にこんなモノが…」

 ランスが手に持っているのは、所謂エロ小説と呼ばれる物だ。

 本当に、たまたま、ランスが手に取った本がその手の本だったというだけだ。

「ここに隠したのはよっぽどエロい奴だな。間違いなくムッツリだぞ」

「こういう本を堂々と部屋に置いておくお前もお前だ。全く…真面目な顔をしていると思ったら、そういう事か」

 スラルは呆れながらも元の本に目を通していく。

「…こういう娯楽っていうのは何処でも同じだな」

 何時の間にかランスの本を覗き込んでいたレイも、呆れたようにため息をつく。

「なんだ。お前娯楽なんて言葉をしってるのか」

「そりゃどういう意味だ。俺だって人間の隠れ里くらいには行ったことがある。こういう文化ってのは何処にでもあるもんだよ。娼館とかもあるからな」

「…この時代にもあるのか」

 レイの言葉にランスは感心したような声を出す。

 魔王ジルの時代、人々が隠れて暮らしていたとはカオスとカフェからは何度も聞いていた。

 明日を生きるので精一杯と言っていたが、やはりこうした文化は残り続けたようだ。

 どんな状況にもエロを忘れない精神に、ランスは寧ろ感心してしまう。

「まあいい。そんな事よりも退屈だ。おいお前。何か面白い事でもしろ」

「突然何言い出しやがる」

「何だそんな事も出来んのか。まあいい、暇だからとりあえず一発ズバッといくか。よーし、行くぞレン」

「暇つぶしでセックスに誘わないでよ」

「フン、退屈なものは退屈なんだ」

 ランスは読んでいた本を道具入れに仕舞うと、再び近くにあった本を手に取る。

 そしてその本もやっぱりエロ小説なので、流石のランスも少し微妙な顔をしている。

「こんな所にエロ小説を隠して、何をする気だったんだ」

「知らないわよそんなの」

 取り敢えずよさげな小説をランスは道具入れに仕舞うと、次々に本を手に取る。

 確かにこの世界には娯楽は少ない…というか殆ど存在しない。

 ならばこうした本を見るのも立派な退屈凌ぎにはなるというものだ。

(ここが終わったら人間の隠れ里とやらも探すか。レイの奴、娼館もあったと言っていたしな)

 正直女には不自由はしていない…というか、スラルとレンが高水準の女の上、何時でもエッチする事が出来るので、そこまで女を求めていない。

 というよりも、出会いが少ないというか、まともに出会った人間が男のレイだけの上、出会った女はまだランスが手を出せないお町だけだ。

 一応アトランタとも出会いはしたが、流石に魔人と戦ってまで手を出すのはリスクがデカいというよりも面倒臭い。

 つまりはまだランスが求める出会いが無い。

 だからまずは人間の居る所を探した方が良い。

 ランスがそう考えていた時、ランスが何気なく開いた本の内容が変わる。

「あん?」

 これもエロ小説だと思って開いたが、突如として違った内容の本にランスは一瞬戸惑う。

 ランスにとってはこれはゴミ…のはずだったが、目に止まった文字に思わずランスの目が止まる。

 そこに書いていた文字は「殺生石」という言葉だったからだ。

 これこそがお町が生まれた石の名前だ。

「おい、スラルちゃん。これじゃないのか」

 ランスは持っている本をスラルに手渡す。

 スラルはそれに目を通すと、

「ああ、これだな。お町、これがお前について書いてある書物だ」

「…そうか」

 お町はスラルから手渡された書物を見て、複雑な顔をする。

 ここに自分が創られた事が書かれている…それを見る事には恐怖も感じるが、今はそれを乗り越える必要がある。

 今まで目を背けていた事実から真正面から向き合う事が何よりも大切なのだ。

「で、目ぼしい物は見つかったのか」

「そうだな…一応は見繕いはしたがな。正直全部持っていきたいが…まあそれは止めておこう」

 スラルは書物を全て道具入れに入れながら目をキラキラさせている。

 その目は新しい発見をしたマリアにそっくりで、ランスは今は会えない自分の女の事を思い出す。

(そういやもう長い事会ってないな…これは戻ったら一発や二発じゃ済まされんな。うむ、一晩中やらなければ収まらんな)

 シィルとかなみは勿論、リアやマジック、シーラといった各国のトップ。

 そして自由都市にいるマリアやコパンドンといったランスと親しい女達。

 JAPANにいる五十六や謙信、そしてカラーの女達、そしてランス城にいるメイド達といった者達にも未だに会えない。

 ランスが知っている女で出会えたのは、魔人カミーラと使徒のアトランタくらいだ。

 勿論他にもいい女は居るのだが、知り合いと出会えないのはランスでも少し考えてしまう。

(とっとと元の世界に戻らんとな…何時戻れるかは分からんが)

 過去の世界と分かっていても、戻るためにはどうしてもセラクロラスに出会う必要がある。

 しかも、戻るといっても一気に戻れるのではなく、少しずつ時間をかけて移動しているし、何よりも会おうと思って出会えるセラクロラスでは無い。

 ベゼルアイが『出会おうと思って出会える娘じゃない』と言っていたが、それは正にその通りだ。

 これまでの経緯を考えても、ランスが意図して出会った事は一度も無い。

 突如として現れて問答無用でランス達を移動させる。

 だからとっとと移動するのも有りかなと考えていたのだが、

(あれ? だが今の状況は良くないぞ。このままだとジルはリーザス城に封印されるのか?)

 そしてランスは思い出す…それがジルの未来の事だ。

 過程は知らないが、ジルはリーザス城で甦り、ランスはジルと戦う事になった。

 魔剣カオスによって封印されていたジルは、魔人ノスの計略により復活してしまった。

 そして復活したてのジルをランスは何とか倒して、Hをして、最後には異空間の中で置き去りにする結果になった。

 その時はそれで良いと思っていた。

 何故なら魔王ジルはそれだけランスから見ても危険すぎた。

 しかし今回は事情が全く違う…ジルはランスの奴隷なのだ。

(だがなあ…魔王はちと強すぎるぞ。いくら俺様が強くても何ともならんぞ)

 一流の戦士だからこそ分かる、人間と魔王の絶対的な力の差。

 それはレベルだの技能だのというレベルでは全く無い、生物としての歴然とした力の差。

 そしてランスはそんな相手と真正面からぶつかるような無謀な真似は絶対しない。

(別に無理してジルを倒す必要は無いからな。何とかしてジルを元に戻せばいいだけだ)

 そう考えて、ランスは突如として思い出す。

 それはシィルが氷漬けになる原因となった存在、ランスにとっての現魔王であるリトルプリンセスの事だ。

 あの少女も魔王から元に戻るべく、そして自分を狙う魔人や魔物の手から逃れるべくJAPANにやってきた。

 その時色々と話は聞いたが、ランスにとってはどうでも良いとは言わないが、それ以上に優先させる事が多かった。

 だが、今はランスがその小川健太郎に近い立場へとなってしまった。

 しかも、相手は完全に魔王として覚醒しているため、より状況は悪くなってしまっている。

「ランス。どうした?」

 難しい顔をして考え事をしているランスに、スラルは少し心配そうに声をかける。

「む…いや、何でも無い」

 スラルの声にランスは返事をしておく。

 するとスラルはランスの耳元へと背を伸ばす。

「ジルの事だろう? 今の状況でお前がそんな顔をするのは、彼女の事以外にありえないからな」

 レン達には聞こえないように、スラルはランスに耳打ちする。

 ランスとは長い付き合いだが、今ランスはスラルの目から見ても深刻な顔をしていた。

 そしてランスがこんな顔をするのは、女の事以外はありえない。

 その中でも、ここまで真面目な顔をするのならばそれは今はジルの事しかありえない。

「フン、問題は無い。ジルは魔王を辞める。そして俺様の奴隷に戻る。それだけだ」

 ランスは何時もの様に根拠の無い自信を持って応える。

 そこには先程の深刻な顔など微塵も無い。

 そしてそれは特段強がっているようにも見え無い。

 その顔を見て、スラルは少し笑う。

 ランスは本気で魔王となったジルを何とか出来ると信じている。

 スラルにはそれが無性にうれしかった。

「そうだな。ジルはお前の奴隷だ。本来の所へ戻してやらなければな」

「そうだ。だからとっとと行くぞ。こんな穴倉に居るのはもう飽きた。とっとと戻ってスラルちゃんとやらなくてはいかん」

 ランスはそう言ってスラルの尻へと手を伸ばす。

「こんな所で何を言っている。そ、そういうのは戻ってからやればいい」

 スラルはランスの手を軽く叩くと、ランスからは見えない角度に顔を背ける。

 その顔は少し紅くなっているのだが、生憎とランスからはそれは見る事が出来ない。

「がはははは! 戻ったらしっかり可愛がってやるからな」

 ランスは上機嫌に懐から帰り木を取り出す。

 が、その手にある帰り木を見て顔を顰める。

「おい、もしかして帰り木のストックはこれで終わりか」

「ああ…そうかもね。何しろ補給が出来てないから」

 ランスの声にレンも思い出したように手を叩く。

 何しろ人里が見つからなかったので、こういったアイテムの補給が出来なかった。

 食料に関しては女の子モンスターのメイドさんが保存食を作っていってくれたが、こういった消耗品に関しては補充が出来なかった。

「あの時に補充が出来なかったのが悔やまれるな…」

 スラルも仕方ないという感じで頷く。

 突如として現れた魔王ナイチサの前に、ランスはロクな準備が出来なかった。

 そのツケが今ランスに前に存在して居た。

「チッ。仕方ない、ここは距離も近かったし、歩いて戻るか。レンが抱えて飛んで行けば直ぐに地上に着くだろ」

「まあそうね。じゃあとっととここから出ましょうか」

 ランス達が、落ちてきた穴に向かって歩き始めた時、

「待て! 地獄の門が開くぞ!?」

 突如としてお町が厳しい顔で目の前の空間を睨む。

「な、何だ?」

 ランスもその空間の歪みを確認した時、

「ぐはははははははは!!」

「…この声、すっごい聞いた声なんだけど」

 突如として響き渡る笑い声に、スラルが顔を歪ませる。

「いやー、ここに来るのも久々だね。いい加減、セキメイも目覚めてくれればいいんだけどね」

「私はどっちでもいいわよ。レキシントン様さえ楽しければね」

 そしてお気楽そうな二人の男女の声。

「フン! 動けない奴の前で酒盛りするのも一興だろ!」

 どんどんと明らかになっていく、濃厚な重圧。

「うわー…まさかこんな所に来る?」

 レンもうんざりした顔をしている。

「うがーーーーーっ! どうせ来るならカミーラの方がまだマシだ! あんなむさいおっさんが何で俺様の前にまた現れるんじゃー!」

 ランスは怒りを持って目の前に現れた鬼に怒りを向ける。

「久しぶりだな! 小僧!」

 鬼…魔人レキシントンが地獄に通じる穴から現れた。

 




ブルースクリーンが結構起きるようになってきた
そろそろ限界なのかなあ…
途中保存をしてない自分が悪くて更新が大分遅れました
申し訳ないです

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