カイズ…それはAL教団の本拠地であり、最も神に近い場所と言われている。
が、今はそれは見る影も無く全てが破壊しつくされていた。
魔王ジルの命令で全ての人間の国家は破壊され、人間は魔物に管理される事で生きながらえている。
カイズも例外では無く、抵抗したテンプルナイト達は全て命を落し、この地は殉教者の血に染まったとされている。
そんな地で、一人の神が楽しそうに笑っていた。
「こんなものかしらね」
それこそがカイズにて法王ムーララルーに指示をするAL教の黒幕であり、女神ALICEだ。
人類管理局という役職で有りながらも、常に人類を苦しめる方向に舵を取る存在。
いや、それこそがある意味正しい人類管理局という存在なのかもしれない。
そしてそんな女神ALICEは一つの迷宮を前に首を傾げていた。
「人間達の言う古代迷宮を真似したけど…流石にアレほどの階層は無理か」
LP期においてヘルマンの地にあるマルグリッド迷宮を模して作ったダンジョンだが、流石に1000階の深さに造る事は不可能だ。
もっと時間をかければいいかもしれないが、そもそもこの『試練』はクリア出来るものでなくてはならない。
クリア不可能だと、それは最早試練では無いからだ。
「地下100F…この辺りかしらね。そのままあの地をコピーした形になるけど…それで十分か」
時間があまり無い故に、マルグリッド迷宮をそのまま持ってきた形になってしまったが、それはもう仕方が無い。
どうせこの1回で崩される地であり、そこまで綿密に作る必要も無いのだ。
「後は待つだけ…何だけど、どうしてクエルプランなのかしらね…」
今回試練を到達した暁には、クエルプランが人間にラ・バスワルドの力の欠片を使う方法を教える手はずになっている。
これはラ・バスワルドの上司であるラグナロクから言い出した事なので、ALICEとしても何も言う事は出来ない。
それこそクエルプランの言う通り管轄違いという奴だ。
「私だったら使い方を教えても使えないくらいの事はするのにね…」
ALICEとしては試練を突破しようが、バスワルドの力を人間に使わせるなど問題外のはずだった。
だが、ラグナロクの言葉とあってはALICEも何も言えなかった。
「まあいいか…しばらくは他の奴等でも見てるか」
ALICEはそのまま何時もの様に下界を見下ろしていた。
そしてランス達がカイズを目指して進んでいる中、それを追っている集団が存在した。
「ラドゲフ様、アロゾット様、本当にこちらで宜しいのでしょうか」
1体の魔物兵が、2体の魔物隊長に話しかける。
「いいのだ。ドーイクス将軍がこちらでいいと言っているのだ。我等はそれに従えばいい」
「ハッ!」
魔物隊長の言葉に魔物兵は敬礼して走り去っていく。
その魔物将軍が率いる魔物兵は、今の時代の魔軍とは思えぬほどに規律正しく行動をする。
いや、この魔物兵だけでは無く、この部隊の全ての魔物兵が、魔物兵とは思えぬほどに規律正しい。
そこに巨大な魔物将軍が現れる。
「ドーイクス将軍!」
「ラドゲフ、アロゾット。痕跡は見つかったか?」
「ハッ! ドーイクス将軍の仰る通り、例の人間達はこちらの方向に向かっているようです」
魔物隊長の言葉にドーイクスは満足そうに頷く。
「何としても見つけよ。この作戦には既にカミーラ様も動いている。我等を拾ってくれたカミーラ様への忠義のためにも、何としても成功させるのだ」
「「ハハッ!!」」
ドーイクスの言葉にラドゲフとアロゾットは敬礼して部下達に指示を出すべく奔走する。
その光景を見ながら、ドーイクスは手に持った地図を見ながら思案していた。
「件の人間達がJAPANを出てから既に数日…予想以上に動きが速い」
この時代の人間が自由に動く事は不可能…これが魔軍の共通の認識だ。
隠れながら移動するにしても、こうやって自由に動く事の出来る魔軍に比べればその移動は格段に遅い…はずだった。
だが、問題の人間達はドーイクスの予想よりも遥かに早く進んでいるようだ。
まだ追いつけないとなると、相手は相当なやり手であるとも予想できる。
「ドーイクス将軍! こちらの方に、モンスターの死体が多数転がっていました!」
「そうか。ならば私も行こう」
魔物兵の言葉に、魔物将軍自らがその光景を見に向かう。
そして魔物将軍の目に広がる光景は、どんな威力を受けたのか、バラバラに転がる魔物達の死体だった。
「こちらの死体はまだそこまで古くないと思われます。ですが…」
「ああ…凄まじい光景だ。これが人間がやったとは到底信じられぬくらいにな…」
どこか脅えたような魔物兵の言葉を、ドーイクスは咎める事無く頷く。
地面は大きく抉れ、サイクロナイトと思われる死体がバラバラになって転がっている。
それ以外にも多くの魔物の死体が散らばっているのを見れば、これが人間がやったとは到底信じられないだろう。
魔人が腹いせに魔物を殺したと言った方がまだ説明がつく。
「それ故にあの魔王様が魔人を動かした、とすれば納得はいく話だ」
「…あの魔王様ですからね」
魔王ジル―――魔物達の絶対的な王にして、この地獄を作り上げた張本人。
地獄は人間だけでなく魔物にも及び、この世界で自由に暮らしている者などそれこそ魔人しか居ないと言われている。
その魔人に、魔王直々に命令が下された。
それこそがある人間の捕獲だ。
そして、魔物牧場の管理者だったドーイクスに声をかけて来たのが、魔人カミーラの使徒である七星だった。
優秀な魔物将軍だったドーイクスはすぐさま七星の言葉に飛びついた。
魔物牧場の管理はドーイクスにとっては苦では無かったが、同時に変化の無い状況に飽きてもいた。
それ以外の事が出来るのならば、例え人間を捕獲するという仕事だろうが喜んで受けた。
最初は簡単な仕事だろうと思っていたが、それは想像以上に困難だと気付いたのは2日経過してからだ。
「ドーイクス将軍! あちらには人間の痕跡はありません! っと、どうやらこちらが本命だったようですな」
報告をしに来たアロゾットが目の前の光景に顔を顰める。
「うむ、アロゾット。ラドゲフを呼べ。急いで移動をするぞ」
「ハッ!」
ドーイクスの言葉にアロゾットは敬礼して同僚を呼びに行く。
「あ、あの…ドーイクス将軍…人間の隠れ家を見つけたんですが…どうしましょうか?」
魔物隊長が去ったのを見て、1体の魔物兵がドーイクスに声をかける。
そこには魔物特有の下卑た言葉が混じっているのをドーイクスは見逃さない。
ドーイクスは魔物兵の頭を掴む。
「貴様。今の我等の立場を分かっているのか? 貴様のストレス解消のために、我等の命を危険にさらせと本気で言っているのか?」
「そ、そそそそ、そんな事は! ただ俺は皆疲れているからその休憩がてらにと…」
「愚か者が! これは魔王様直々の命令だ! それも理解出来ぬ愚か者など私の隊に必要無い! 死ね!」
「ひ、ひいいいいいいい!」
ドーイクスは激昂すると、その手に持った巨大なハンマーで魔物兵を押し潰した。
苛立ち気に魔物兵の死体を見るドーイクスは、
「いいか! 余計な事をして規律を乱す奴は皆こうなると思え! 私に殺されればまだ幸せだと思え! もし作戦を失敗すれば、我等が皆こうなると思え!」
ドーイクスの言葉に誰もが震えながら頷くしかない。
もし失敗すれば、良くて魔物牧場送り、悪ければそのまま処刑場に送られて死ぬまで争いの日々を過ごす事になる。
魔物牧場ならばまだ生きる芽があるが、処刑場に送られれば絶対に助かる事は無い。
例え生き残っても、魔王によって惨たらしく殺されるのが処刑場に送られるという事なのだ。
そしてそのまま魔物部隊は人間達を追い始める。
「ドーイクス様! こちらに不自然な跡が有ります!」
「何だと」
魔物兵の報告に、ドーイクスと二体の魔物隊長がその跡を見る。
そこには確かに不自然な大きさの跡が存在して居た。
「人間共がここでテントでも張ったのでしょうか? それにしても大きすぎるとは思いますが」
アロゾットが地面に残った痕跡を見て顔を顰める。
「確かに…このサイズは魔物将軍クラスの持つテント程の大きさになるかもしれません。ですが、そんな物を運べばどう考えても目立つでしょう」
ラドゲフも不思議そうにその痕跡を見る。
魔物将軍達が使う大型のテントは、それこそ運ぶのにも苦労する。
ドーイクス達はなるべくは休憩を控えて行軍しているが、それでもどうしても休息は必要となる。
その際には寝所の作成、そして食料の用意などと、それらを運ぶための魔物兵も必要だ。
「七星様の話では、多くて4,5人と言っていたな…そんな連中がこれ程大がかりな施設を持ち運べるとも思えん。だが、人間達が居た痕跡も無い…」
周囲を見渡しても、人間が生活していたような跡は見つからない。
それに、ここは崖も近くにあり、生活にもあまり向いていない。
「このような痕跡は前にも見たな」
「ええ、確かに有りました。もしやこの痕跡が例の人間の通った跡では?」
「その可能性は捨てきれんな…何しろ連中はカミーラ様を含めた魔人様が直々に探している存在だ。これまでの魔物の死体の事も考えれば…」
ドーイクスは少し迷う。
これを七星に報告するか、それとも先に進むべきか。
ドーイクスの予想以上に、人間の動くスピードは速い。
この世界を好き勝手生きるのは目立つと思っていたが、どうやら相手は一筋縄ではいかないようだ。
「…この跡を追っていく。今ある可能性はそれしか考えられん。まさか連中が魔王城の方に向かって行くとは考えられんからな」
「そうですね。流石にそこに近づく可能性は無いと思います」
「よし行くぞ! この痕跡を辿るぞ!」
「「ハッ!!」」
今、ランス達を追って1隊の魔物部隊が近付いている事をランスはまだ知らない。
「ここがジフテリアか」
「ジフテリア? 何処だそこは」
ランスの言葉にスラルが聞き返すが、
「気にするな。だが…何にも無いな」
ランス達はついにLP期におけるジフテリアへと辿り着いた。
辿り着きはしたのだが―――そこはランスの予想通り、人が住んでいる気配は全く無かった。
そこにあるのは見渡す限りの荒野だ。
「ここから例の場所に向かうには…どうすればいいものかな」
スラルは地図を見ながら嘆息する。
カイズ…それが現在の目的地であり、何としても辿り着かねばならない場所だ。
が、そのためには重要な問題がある。
「船…は無いな」
レイは周囲を見渡すが、当然船のような物は見当たらない。
「ランス。ここからどうするのだ?」
「どうと言われてもな…」
お町の言葉にもランスは何も返せる言葉が無い。
川中島には船を使って向かっていたが、当然そんな物は見当たらない。
船そのものはあったのだろうが、魔王ジルが人類の国や町を全て潰してしまったのと一緒に、船も破壊されてしまったのだろう。
「レン。お前が空を飛んで行く事は出来るか」
「私一人ならともかく、この場にいる全員は無理ね」
レンの言葉にランスは本格的に困ってしまう。
ランスとしては、ここに船があっても良いと考えていた。
人類は意外としぶといので、こういった交通手段は残っていると思っていた。
だが、流石にGL期となるとその考えは厳しかったようだ。
「じゃあ何度か往復する事で運ぶことは出来ないか?」
「難しいわね。向こう側が安全だなんて保障は無いし、今ここで誰かが欠ければそれだけ大変な事になるし」
「そうか…」
スラルもその言葉には悩んでしまう。
確かに向こう側が安全だとは限らないし、何よりも戦力が分散されるのは非常に良くない。
特にレンが戦闘に参加できないのが辛い。
今の彼女はランスに匹敵する力を持つ存在なのだ。
ランス達が向こう岸に辿り着けないのを嘲笑うかのように、川は何時までも流れ続ける。
「君達、向こう側…カイズに行きたいのかね」
そんなランス達に声をかける男が現れる。
巨大なローブに身を包んだその姿は、ランスの目から見てヘルマン人程の大きさがある。
そして何よりも、この男が只者で無い事は直ぐに分かる。
ランスもそれだけの観察眼が身についていた。
「何だお前は」
ランスは剣を抜いて身構える。
そんなランスを制止するように男は手を上げる。
「失礼した。決して怪しい者では無い。私も君達と同じ目的なのだよ。だが確かにこの恰好では失礼だな」
そう言って男は身に纏っていたローブを外すと、
「死ねーーーーー!」
「うお!?」
突如として斬りかかってきたランスの一撃を何とか避ける。
「な、何をする!?」
「やかましい! 貴様のような奴が怪しくなければハニーですら怪しくないぞ」
「「「「あー…」」」」
ランスの言葉にスラル達は思わず納得してしまう。
目の前の男はあからさまに怪しい…というよりも、怪しすぎて逆に怪しくないと言わんばかりの姿だ。
「大体なんだ貴様。そのアフロと仮面で怪しくないとか本気で言ってるのか。じゃあお前は馬鹿だな」
「フッ…認めたく無いものだな。自分自身の若さゆえの過ちというものを…」
その男の特徴は巨大なアフロだった。
明らかに人間の頭以上の大きさのアフロをしているため、非常に目立つ。
そして怪しげな仮面をつけているとなれば、これを妖しいと言わずとして誰を怪しいのかと言わんばかりの格好だ。
ただ、一応服装だけはまともで、AL教団のテンプルナイトが使っている鎧を加工した鎧を身に纏っている。
「私の名前はエドワウ・亜空。ご覧のとおり人間だ」
「どう見てもモンスターだろうが。さてはレアモンスターだな。経験値は持ってるんだろうな」
「いや、だから私は人間だ。君達、彼を止めてくれないか? これでは話をする事も出来ない」
エドワウと名乗った男の言葉に取り敢えずスラルとレンは頷き、ランスの動きを止める。
「落ち着きなさいランス。あいつは人間よ…多分」
「一人でこんな所をうろついているのだ。余程腕に自信があるのだろう。ならば話を聞いてみても良いだろう」
「感謝する」
そしてランス達は取り敢えず物陰に隠れながら改めてエドワウを見る。
「…やはり変態にしか見えんの。大陸というのはこういうのが沢山いるのか?」
「俺に聞くんじゃねえよ。少なくとも俺が知ってる限り、こんなイカれた格好をしている奴は知らねえよ」
お町の言葉にレイはどうでもいいと言わんばかりにため息をつく。
が、
(こいつ…中々やるな。立ち振る舞いに隙がねえ。ランスとは違ったタイプだな…)
内心ではそう感じて少し警戒をしていた。
(ランスは…隙だらけのようで、そこを狙ったらなんか知らねえけどカウンターが来るからな…)
ランスとは何回か喧嘩を売っているが、軽くあしらわれている感がある。
何となくだが、強さのレベルが違うと思っている。
「で、アンタは何者なのよ」
「先程名乗った通り、私はエドワウ・亜空。ある物を求めて旅をしている」
エドワウと名乗った男は落ち着いた様子で話し始める。
「私の生まれ育った里では、ある書物が今も残っている。そこには過去に人が魔人を倒したという記録があるのだ」
「魔人を倒しただと? 無敵結界があるのにか」
「あの恐ろしい程に強い魔人を倒した…俄かには信じられぬがな」
エドワウの言葉にレイとお町が眉を顰める。
つい最近に魔人と出会った二人としては、魔人の厄介さは身を持って味わっている。
その魔人を倒したというのは、いくらなんでも信じられない事だ。
「信じられないのも無理は無い…だが、その書物には間違いなく記されている。しかも…その書物には魔王ジルの事も書かれている」
「あー…」
エドワウの言葉にスラルとレンは複雑な顔をし、レイは露骨に顔を顰める。
ランスはというと、無表情のまま黙っている。
魔王ジルはこの世界を地獄へと変えた魔王というのが人類、そして魔物の全ての認識だ。
その魔王がかつて魔人を倒したとなると、到底信じられるものでは無い。
「うむ、皆の疑問は尤もだ。私とてそれを見た時は信じられなかった…だが、私の遠い先祖はその魔人を倒す戦いに参加したらしい。尤も、それを証明する事は出来ないがな」
「ランスキーック」
自嘲気味に笑うエドワウに、ランスが蹴りを入れる。
「こ、これが若さか…いや、そうではなく、いきなり何をする」
「やかましい。お前が悪い」
「落ち着きなさいよ。ランス」
不機嫌な顔をするランスをレンが宥める。
確かに、この話題はランスにとってはタブーなのかもしれない。
「と、とにかく、私は先祖が残してくれた書物の中に、魔封印結界というのがあると知った。それが嘘か真は分からぬが、魔人を倒せるというのであればその真偽を確かめたかった。私の先祖のためにもな…」
「魔封印結界か」
その言葉を聞いて、スラルも複雑な顔をする。
それは確かに真実で、魔封印結界を用いて魔人トルーマンを弱体化し、ランスがトドメを刺した。
「じゃあカイズに行きたいのは?」
「カイズはAL教の本部があった場所…ならばかの地には聖遺物があるかもしれぬ。それを聞いて私はここまで来た」
「…一人で?」
「無論。このような馬鹿げた事に付き合う人間はいないだろう」
レンの言葉にエドワウは自嘲気味に笑う。
確かに今の時代でそんな事をするのは自殺行為だ。
だが、レイという前例がある以上別におかしな事では無い。
「それに…私は魔王ジルという存在が分からないのだ」
「何でだよ。非常に分かり易いだろ」
レイの言葉にもエドワウは複雑な表情を浮かべる。
「いや…その魔王ジルは、人間であった時はまさに賢者と言える人物だったようだ…少々危ない所もあったというが…だが、それよりも、魔王ジルには心から愛した者が居たそうだ」
エドワウは一度仮面を外し、その仮面を拭いてから再び顔に装着する。
「魔王ジルは前魔王ナイチサに無理矢理魔王にされたらしい…そして愛する者と、その者との間に生まれた子を目の前で殺され、狂気に走ったと…」
「うーん…」
その言葉にスラルは思わず首を傾げてしまう。
(ジルが魔王になってから400年…大筋の所は合ってはいるが、やはり細かい部分は違っているようだな。現物を見ていないので何とも言えんが…少なくともランスやレン、そして我の事は残っていないようだな。それとケッセルリンクも…)
あの時の出来事は今でも忘れられない。
ジルがナイチサの手によって魔王になった時、そしてランスとジルの子供が殺された事。
それはスラルにとってはまさに悪夢としか言えない。
「なんだそりゃ。そんな方法があるのかよ」
レイは魔人を倒す事が出来るという術に純粋に興味があるようだった。
「魔人を倒す術を魔王が編み出した…か」
お町もジルの事に興味があるようだ。
魔王ジルといえばこの世界を生み出した最悪の存在…だが、その魔王が人間の時に何をやっていたのか、それは確かに謎だ。
「私は魔封印結界を求めてカイズに渡りに来た」
「来たのはいいのだが…どうやってこの川を渡るつもりなのだ?」
スラルは目の前に流れる川を見る。
流石にこの川は泳いで渡るのは不可能だ。
「それに関しては噂は聞いた事がある。何でもハニーが渡し船をしているらしい」
「…ハニーが?」
ハニーが渡し船をしている、という言葉を聞いてスラルは眉を顰める。
ハニーはスラルが魔王の時代でも、スラルに従わなかった種族だ。
どうやらモンスターとも違うようで、魔王の絶対命令権が通用していない。
そしてそのハニーの王であるハニーキング…あいつは得体の知れない存在だ。
「まあハニーはモンスターではあるが、魔王には従う必要の無い種族だ。そのハニーが渡し船をしているのか…」
「ハニワのやってる事なんぞ考えても無駄だ。で、そのハニーの船とやらは何処に来るんだ」
「そこまでは分からない。だから私もここに来たのだよ」
ランスの言葉にエドワウは苦笑を浮かべるだけだ。
「ランス。ハニーが船を出しているのが本当なら、それを探すべきだと我は思う」
「ハニワがなぁ…まあいい。文句を抜かすなら襲って奪えばいいだけだ。よーし、とっとと探すぞ」
ランスは少しやる気が出て来たのか、何時もの様に不敵に笑いながらカイズの方向を見ていた。
魔軍のテント…普通のテントよりもより豪勢な作りをした中に、魔人カミーラは佇んでいた。
その顔は何時もの様な退屈そうな顔では無く、その唇に弧を描いていた。
「カミーラ様。魔物将軍が気になる痕跡を見つけたようです」
「そうか…」
椅子に座るカミーラは薄く笑う。
「あの…カミーラ様。これ…」
そのカミーラの横から一人の少女が一つのグラスを持ってくる。
いや、それは少女のように見えるが、実際には少年だった。
カミーラはそれを受け取ると、その少年は嬉しそうにグラスにワインを注ぐ。
決してカミーラに失礼にならないように、洗練された動きをしている。
「七星…お前の探してきた奴は意外と優秀なようだな…」
「はい。これは嬉しい誤算です。尤も、追っているのがランス殿とは限りませんが…」
「いや…間違いなくランスだ。このカミーラが追っているのだ…間違いはない」
カミーラは確信したように薄く笑う。
「そうですよね! カミーラ様が直々に追うんですから! むしろその人間の方がカミーラ様の下に来るべきですよね!」
「ラインコック」
勢いよく喋るラインコック―――新たなカミーラの使徒を、同じ使徒である七星が嗜める。
「ご、ごめんなさいカミーラ様…」
謝るラインコックをカミーラは気にしていないと言わんばかりにワインを飲む。
「今日は気分がいい。出るぞ」
「はっ…」
カミーラはそのままテントから出ると、翼を広げて大空を舞っていく。
それを見届けて、七星はその顔に笑みを浮かべる。
「カミーラ様…凄い嬉しそう…」
そんなカミーラを見て、ラインコックは少し寂しそうに呟く。
主であるカミーラの喜びはラインコックの喜びでもあるが、同時に一体どんな人間がアレほどまでにカミーラを喜ばせるのか、嫉妬心を抱いてしまう。
「ねえ七星。カミーラ様が追ってる人間って…カミーラ様が知ってる人間なの?」
「ふむ…お前には実際にランス殿に会ってから説明しようと思っていたのだが…事前に情報を入れていた方がいいか」
七星はランスとカミーラの因縁を軽く話す。
勿論カミーラの許可無くして、全てを話すような真似はしない。
だが、当のラインコックの顔色がどんどんと紅くなっていく。
「もう! なんだよその人間! 折角カミーラ様が使徒に誘っているのに断るなんて…何を考えてるんだ!」
「だからこそ、カミーラ様は己を力を見せ付けるのだ。ランス殿が自ら使徒になるようにな…それに」
少し楽しそうに話していた七星の顔が真剣そのものになる。
「ランス殿は強い…もし油断をすれば、カミーラ様とてどうなるか分からぬ」
「………えーと。そいつ人間なんだよね?」
「そうだ。だが、今から400年前…そして大よそ1400年前に、ランス殿は魔人を倒している。いかなる手段を使おうが、魔人が倒されたというのは事実だ」
「魔人を…倒す…」
七星の顔は真剣で、とても嘘を言っているようには見えない。
「だからこそ…カミーラ様は己の力を見せ付ける必要がある。そこには魔人カミーラ様ではなく、ドラゴンであるカミーラ様の譲れぬ一線がある」
「ドラゴン…」
カミーラはこの世界に残った最後の雌のドラゴンだ。
魔人となった事で、ドラゴンの王冠としての地位は失ったが、そのプライドは決して失われない。
「で、でもカミーラ様って今本調子じゃ無いんだよね…?」
「それを言い訳にする方ではない。だが、今のカミーラ様こそが、尤も強いカミーラ様だ。それを見ておくのだな、ラインコック」
七星はどこまでも真っ直ぐに主の消えた方角を見る。
(そう…何としてもジル様よりも早くランス殿を見つけねばならぬ。もしジル様に見つかれば…間違いなくランス殿は魔人にされるのだから)
ラインコックが何時の使徒なのかは不明なので、とりあえずここで登場となりました
GI期かどうか迷いはしたのですが、まあ何時登場しても役割は変わらないし…