死憶の異世界傾国姫 ~ねぇ、はやく、わたしを、殺して~   作:ぎむねま

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ユマ姫観察記録2

 23.帝国暦1028年 夏中月4日 6刻

 最近平和だな、こんな平和がずっと続けば良いのに、

 とユマ姫を見ながら綴る。今日は物憂げな表情が可愛い。

 

 24.帝国暦1028年 夏中月4日 6刻

 >>23 平和になったらユマ姫ともお別れだな。

 

 25.帝国暦1028年 夏中月4日 6刻

 >>24 そんな事言うなよ。でも、戦場でこんなのおかしいよな。

 王国だって人質のユマ姫が居るから動けないだけだろうし。

 

 26.帝国暦1028年 夏中月4日 6.四半刻

 >>25 そう言えば、コッチから王国に仕掛けない理由ってなんなの?

 

 27.帝国暦1028年 夏中月4日 6.四半刻

 テムザン将軍がユマ姫を恐れてるから?

 

 28.帝国暦1028年 夏中月4日 6.四半刻

 >>27 ンな馬鹿な。

 落とし所を探ってるんだろ? 将軍も。

 

 29.帝国暦1028年 夏中月4日 6.半刻

 なぁ、テムザン将軍の騎士団を最近見ないけど、ドコ行った?

 

 30.帝国暦1028年 夏中月4日 6.半刻

 魔女を捕まえに行ったらしい。

 

 31.帝国暦1028年 夏中月4日 6.三四半刻

 >>30 マジか! やっぱりアイツが全ての元凶なんだな。

 

 32.帝国暦1028年 夏中月4日 6.三四半刻

 まさか魔女を処刑ってのは無いよな? 皇帝のお気に入りなんだろ?

 

 何にせよ、そろそろ終わるな、つかの間の平和が。

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

『俺、一旦帰るわ』

 

 檻の中、『参照権』で本をぼんやり読んでいた俺に、木村が別れを告げに来た。

 あっけらかんと話し掛けて来るが、衆人環視のど真ん中。俺は囚われのお姫様らしい、憂いを帯びた流し目で一瞥し、お上品な仕草で言葉を紡ぐ。ただし、粗野な日本語で。

 

『そもそも、何で来たかもワカランが?』

『心配で来たんだよ、言わせんな。で、どうやらテムザンの騎士団が戻ってくるらしい』

『へぇ?』

 

 テムザン直属の騎士団は、持て余した俺を引き取らせる為に、魔女を探しに出発したハズだ。それが戻ってくると言う事は、魔女が一緒に来ると言う事。

 

『魔女を、黒峰を捕まえたわけ?』

『どうやらそうらしい、先行して早馬が来た。黒峰さんも終わりだな』

 

 木村は椅子に座ったまま、大仰に肩を竦めるが……嘘くさい。

 

『信じられないんだが?』

『だよね、俺も信じてない』

 

 白けた様子で、帽子を目深に被ってみせる。なにせこの世界で、情報機関に誰よりも投資してきたのが木村だ。

 なのにプラヴァスで逃がしてから、魔女の足取りはまるで掴めていない。素人の騎士団に見つけられるとはとても思えなかった。

 それでも魔女が来るならば、俺を殺す算段でも付いたのか? 悩む俺を見て、木村は立ち上がる。

 

『何にせよ、応援を頼みに行くから』

『頼むわ、実は俺、結構不安よ』

『散々好き勝手してどの口で言うんだよ。一応、少数精鋭の潜入部隊は確定で、全軍での突撃準備もオーズド様にお願いしてみる』

『うむ、苦しゅうない』

『はぁ……』

 

 露骨なため息を残して去って行く木村を涼しい顔で見送って。その裏で俺は戦いの予感に血が沸き立つのを抑えるのに必死だった。

 

 すり鉢状の土地の底、檻の中から見回すと、俺を観察する帝国兵がズラリと並ぶ光景が目に入った。

 コレで、全員殺せる。全部メチャクチャに出来る。

 いやいや、憎いのは魔女。俺だってなにも、帝国兵を皆殺しにしたいワケじゃ無い。

 何故って、俺は別に快楽殺人者じゃないからな。

 

 そんな風に思い込もうと努力したが、どうにも上手く行かなかった。

 俺を眺めてズラリと並ぶ、鼻下伸ばした馬鹿面を、残さず胴体から斬り裂きたくて堪らない。

 

 帝国兵と触れ合って、コイツらだって何も変わらぬ同じ人間と理解出来た。俺の事を可愛いと好意的に観察してるのも知っている。

 だけど、憎い。

 俺の家族が皆殺しになって、なんでッ! お前等が! 温々と楽しそうに俺の事を観察してるんだ! 全員まとめてぶち殺してやりたくなる。

 帝国兵だけじゃない。本当は王国の奴らも、むざむざ生き残ったエルフだって憎い。どうして俺たちを守ってくれなかったんだ。いっそ全部壊れてしまえと思うほどに。

 

『はぁ……駄目だな』

 

 ただの八つ当たりだ。俺がロクな目に遭わないのも納得だろう。

 

 そう考えると、ジクジクと痛み、痒みを訴える背中の傷も正当な物に思える。

 

 ……いや、コレは流石にオカシイだろ! 良く考えりゃ、なんで俺はヨルミ女王に鞭を打たれたんだっけ? 捕虜になって鞭を打たれるなら納得だけど、味方を嬲るのはただの趣味だろ。お姫様としては外道極まる衆人環視の今の環境のが、よっぽどマシってのがどうかしてる。

 

 自嘲気味に笑った後、ゆっくりと息を吐き、俺は戦いの予感に精神を研ぎ澄ませる。

 

 魔女、いや黒峰。

 待ってるぞ、ぶっ殺してやる。

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 これは終戦後に奇跡的に見つかったユマ姫観察日記の最後のページである。

 

 1.帝国暦1028年 夏中月5日 1刻

 騎士団が到着したみたい。

 

 2.帝国暦1028年 夏中月5日 1刻

 嘘だろ? ド深夜だぞ?

 

 3.帝国暦1028年 夏中月5日 1刻

 マジだ! 召集掛かった。

 

 4.帝国暦1028年 夏中月5日 1.半刻

 第三部隊のロンです。

 補給担当の僕以外全員が召集されたので、良く解らないけど、逐一記録します。

 

 眠っているユマ姫が叩き起こされました。可哀想。

 篝火が大量に焚かれてます。何事でしょうか? 解りません。

 すり鉢状の底、ユマ姫を囲んで全軍が召集されています。

 魔女クロミーネが来ているらしいです。魔女はユマ姫がバケモノだと言っているらしいです。

 発表があった瞬間にブーイングが起きました。ユマ姫の人気が凄いです。

 魔女とユマ姫、真実をハッキリさせると言っています。テムザン将軍です。

 

 4.帝国暦1028年 夏中月5日 1.三四半刻

 第三部隊のロンです。

 いよいよ魔女が出てくるみたいです、皆、魔女が嫌いみたいで場がピリピリしています。

 テムザン将軍の直属騎士団が大きな木箱を運んできました。

 魔女が中に詰め込まれているみたいです。魔法の対策らしいです。

 

 箱が開封されました。

 でも煙ばかりで魔女の姿が見えません。

 ユマ姫が叫んでいます。聞き取れません。ロアンヌの騎士達が抜刀しました。

 見間違いかも知れませんが、魔女を運んできた直属騎士達の体が大きく見えます。

 

 爆発しました。パニックです、逃げます。

 何が起こったか解りません。

 

 4.帝国暦1028年 夏中月5日 3半刻

 第三部隊のロンです。

 

 大変な事になりました。みんな、みんな死んでしまった。

 死体がそこら中に転がっています。

 

 ……ああ、でも。

 血まみれのユマ姫も、美しい。

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 真夜中に叩き起こされた。

 テムザンの直属騎士が魔女を連れて戻ったとの事。

 マズイ。予定よりずっと早い。きっと木村だって王国陣地へ戻ったばかりのタイミング。

 

 まさか真夜中に叩き起こされるとは……

 

「テムザンめ、真夜中に何を考えているのだ!」

 

 タリオン伯、言ってやって、言ってやって! コレはあまりに非常識。あれよあれよと言う間に、俺の周囲、すり鉢の底にはほぼ全軍が集められ、煌々と篝火が焚かれている。

 これじゃ明日は全員寝不足確定だ、戦争の真っ只中にこんな采配は正気じゃ無い。

 

「どうやら、魔女は真実を話したいと言っているとか」

「そんな事で全軍を召集するとは良いご身分だな。それに従う将軍も何を考えておられるのか」

 

 ロアンヌの騎士達もザワついている。誰も詳細を知らないみたいだ。

 そうこうしていると、本当に全員を招集したらしく、ザワザワと喧噪が大きくなってくる。

 篝火がバンバン焚かれ、反射する甲冑がキラキラと輝いて昼間の様な明るさになっていた。

 落ち着かない。肌がザワザワと粟立つ。一体何が起こるのか?

 

 痛ッ!

 

 首筋に、チリチリとした痛み。俺の運命が、削られている!

 

「将軍と騎士団が来たぞ!」

 

 誰かが叫んだ。すり鉢の淵、見上げる高い場所に、テムザンとその直属騎士が並んでいる。

 

「皆の者、こんな時間に良く集まってくれた。今日は皆に重大発表がある」

 

 テムザン将軍が拡声器で叫ぶと、いよいよ夜とは思えぬ騒がしさになった。

 背筋がぐっしょりする程の冷や汗を俺は自覚する。なにせ見てしまったのだ、目を瞑った時、真っ暗な世界を。

 当たり前に聞こえるだろうが、違う! 俺は目を瞑っても人間の気配が、運命光が見えるんだ。

 なのに、このすり鉢は暗かった。つい先日まで、花畑みたいに多くの運命光が見えたのに。

 

「ユマ姫、どうしたのです? 大丈夫ですか?」

 

 ロアンヌの騎士団長、マークスが心配そうに尋ねる。

 馬鹿のくせにこういう所は目ざといな、流石はイケメン騎士団長サマか。

 

「嫌な……予感がします」

「私もです」

 

 そりゃそうか、誰が見たって尋常じゃ無い。

 見上げれば、テムザン将軍の指示の元、すり鉢の淵には大きな木箱が運ばれて来た。

 あの箱は、一体なんだ?

 

「皆の者、見えるか? コレが、魔女じゃ」

 

 え? あの箱が魔女? 箱の中に魔女が居るのか???

 

 違う! 運命光は、箱の中に生物は居ないと言っている。俺はマークスに囁く。

 

「あの箱からは人の気配がしません! 爆弾かも! 気をつけて!」

「ッ! 解りました」

 

 マークスは俺を庇う様に牢屋の前に立った。前が見えないが仕方ない、いま頼れるのはコイツらだけだ。

 

「我々は、魔女を捕獲するために西に向かった」

 

 テムザンに続いて、語り出したのはテムザン直属騎士の騎士団長を名乗る男だった。図抜けた巨漢で田中より大きいかも知れない。全身鎧に身を包んでいる。

 威圧感のある大きな鎧姿、対するは極小の運命光。つまり、ああ見えて、アイツは既に死にかけている!

 

「魔女は怪しげな施設に我々をおびき寄せた。卑怯な罠に掛かったが、そんな物ハ我ラニはキカナイ。ワレラハ魔女の捕獲に成功する」

 

 叫ぶ直属騎士の様子がおかしい。落ち着きがなく、声も震えて聞きづらい。滑舌の悪さに苛立ったテムザンが拡声器を奪う。

 

「結果、魔女は人に化けるバケモノだと判明した。そして、魔女はこうも言ったそうじゃ、ユマ姫も同類のバケモノとな」

 

 テムザンの言葉はあまりにも荒唐無稽。兵達は一斉に怒号を挙げて抵抗を示した。

 

 そりゃそうだ。人に化けるバケモノってなんだよ? ンなモン有るワケ無い。

 かつて俺は『ルイーンの宝飾』という、姿を変える宝石のレプリカでカディナール王子を釣り上げた。

 あんなのは、あくまでお伽噺のアイテムだ。そんなモンが無い事は子供だって知ってるし、古代文明にだってそんな便利アイテムは存在しないのだから。

 

「鎮まれぇい! このテムザン。実はユマ姫に一度殺されかけておる」

 

 ギョッとした兵の視線が、一斉に俺に集中する。まさかと言う空気だが……ソッチは本当。

 しかし、俺は檻の中でふるふると首を振るだけ。

 そんな姿を見たロアンヌの騎士達は、ギリリと奥歯を噛み締めた。難癖をつけられたお姫さまを心底心配している感じ。

 しかし、テムザンは空気を読まずに叫び続ける。

 

「陣地にやって来て、檻に閉じ込めた夜、当日じゃ! 皆がユマ姫から目を離したのは湯浴みのときの僅か四半刻。あり得ぬハズの凶行じゃが、夢では無い。現に諜報員が無惨な姿になり果てていた」

 

 ザワザワと混乱する兵士の声が聞こえる。荒唐無稽に聞こえても、なにせ相手は歴戦の大将軍様。信じる者も少なくない。

 それでも俺の人気も大した物で、何を馬鹿なと鼻で笑う声の方が若干だが多そうに聞こえた。

 ここ数日の頑張りもムダじゃなかった。暗殺を恐れるあまり、兵達に俺を監視させ続けたテムザンの策が、見事に裏目に出ている証拠。

 白けた空気を感じただろうに、それでもテムザンは唾を飛ばして叫ぶ。

 

「確かに、我が陣内でそんな事は不可能! だが、その不可能も。姿が変えられるなら可能となる! 檻も幕も全ては無意味。それを証明する為に、今日はツボに閉じ込めたクロミーネ殿の変わり果てた姿をご覧に入れよう」

 

 そう言って、テムザンはすり鉢の底、俺が居る檻の前まで箱を運ばせた。

 近くで見ると、思ったよりも小さい。芋とかを入れる大きめな木箱。

 それが…………開いた。

 

「この小さなツボの中に、クロミーネが入っておる! 挨拶せい!」

 

 中にあったのは……小さな黒い球体。コレは? まさか小型の…… 

 

霧の悪魔(ギュルドス)!!」

『私はクロミーネ、皆さんにユマ姫の正体についてお話ししますわ』

 

 俺の叫びに反応したみたいに、小さくて黒い球体からは、黒峰の声がした。

 

 そして……真っ白な霧が噴き出す。

 

 やられた! コレはタダの録音! スピーカーが鳴っているだけ!

 

『私はクロミーネ、皆さんにユマ姫の正体についてお話ししますわ』

 

 だから、馬鹿みたいに同じセリフを繰り返す! しかしテムザンは録音もスピーカーも理解が出来ない!

 こんな小さな球体から声がすれば、中に黒峰が居るのだと信じてしまった。

 不定形のバケモノをツボに捕まえただと? クソ馬鹿ジジイが!

 後はそうだな、バケモノが逃げたら大変だと言って、フタを開けさせなければ良いだけだ。

 

 その証拠に、同じ言葉を繰り返す球体の異変に、サッとテムザンの顔色が変わる。

 今更に、騙されたのだと気が付いたのだ! ボケジジイが!

 

「何じゃコレは?」

 

 噴き出す霧の中。呆然と呟くテムザンに応える声は無い。代わりとばかりに聞こえて来たのは、メキメキと騎士団が『変形』する音だった。

 

 さっきは変身するバケモノなど居ないと言ったが、居た。

 但し、美しい姫に化けるバケモノではなく、バケモノに変わる元人間だ。

 

「オオォォォ!!!」

 

 全身鎧だったモノの下から肥大化した筋肉が姿を現し、体高までもが二割増しのサイズになった。

 凶化に近い、歪んだ生物兵器。

 

 俺はコレを見た事がある。

 橋での一騎打ち、その先鋒だ! 巨漢の兵士かと思ったが、普通の男を改造しただけ。その証拠に、一流の騎士を元に作った怪物は、橋で見たソレよりも更に大きい!

 

「ユマ姫! 早く!」

 

 マークスに手を引かれてハッとした。

 呆然としていた俺に引き替え、騎士団は瞬時に抜刀し、変わり果てた直属騎士に向き直っている。

 そして、マークス達は剣をバール代わりに鉄格子をねじ曲げて、俺が出られる程にこじ開けていた。

 勿論、牢を開けるのも忘れない。

 

「出て下さい! 早く!」

「は、ハイッ」

 

 伸ばされた手を取り、引っ張り出される。

 うぅ、我ながら情けない。マークスに助けられるとは。

 檻の中、すり鉢の底に居た俺は、霧を思い切り吸い込んでしまっている。魔法が使えない俺は、もはや普通の女の子。

 凶化して、多少はマシになったがソレでも魔力を奪う霧は辛い。蒼い顔でフラつく俺は、マークスに抱き寄せられた。

 見つめる先、ロアンヌの騎士達が次々とバケモノに轢き殺されている。

 膂力(りょりょく)が違う! アレは人間と言うよりも魔獣だ。

 俺は、マークスの腕の中、殺されるロアンヌの騎士を見て、胸が押しつぶされる様な気持ちになった。

 それが、なんとも情けない。

 残らず殺したいとか威勢が良い事言っておきながら、内心じゃすっかり(ほだ)されて居たのかよ。

 余りにも身勝手で、意志が弱い。

 戦わずに逃げてと叫びたくなる。でも、俺が言うべき言葉はソレではない。

 

 俺が鳴らすべきは、皆殺しの号笛だ。今更後に引くなど許されない。

 

 ギリッっと奥歯を噛み締めて、命を削って魔法を練る。

 霧の影響はあるが、昔セレナがやったのと一緒。元の魔力が高いからちょっとした魔法なら使える。

 セレナと違って、人間を切り飛ばすような派手なのは無理だけど。俺にだけ使える魔法がある。

 驚いたのは、抱きしめるマークスも、周りで俺を守るロアンヌの騎士達も。まるで俺の魔力を阻害しなかった事。

 コイツらは、正真正銘、俺に殺されても構わないと思っているのだ。

 そうして、ようやく練り上げた魔法が完成する。

 ひどく簡単な魔法だ。詠唱だって必要無い。

 

「みんな! お願い! 私を、守って!」

 

 大声でそう言った。使ったのは拡声の魔法。

 声を大きくする、ただソレだけ。

 

 たったのひと言。涙声で、心の底から助けを求めた。俺の声はすり鉢状の土地で、集まった帝国軍に隅々まで響いた。

 

 だってさ、俺の為に戦っているのに、逃げろだなんて余りに野暮だ。

 だからせめて、お姫様らしく「助けて」と言いたかった。

 そして、俺は本心から助けて欲しいと願っていた。

 

 俺にしては何の嘘も無い、ただ助けてと願うだけのひと言が、その場の空気を一変させる。

 

「オオォォッッ!」

 

 一斉に雄叫びが上がった。

 ロアンヌの騎士だけで無く、呆然としていた兵士達が一転、直属騎士だったバケモノに突っ込んで行く。

 一方で、虎の子だった騎士団の変貌に、正気を保てなかったジジイが居た。

 

「殺すな! 操られておるだけじゃ! 押さえ込め!」

 

 霧の悪魔(ギュルドス)で壊れた拡声の魔道具を片手に、テムザンが怒鳴っている。にも関わらず、兵士達は誰もが抜刀して、殺す気でバケモノへと斬り掛かっていた。

 

「やめろ、殺すな! ワシの、ワシの騎士じゃ」

 

 ぐったりとするテムザン将軍を、もう誰も見ていない。

 

「グオォォォォ!」

 

 しかし、それでもバケモノと化した直属騎士は強かった。

 三人で囲んでも、平気で押し返す膂力がある。

 三人で駄目なら四人、四人で駄目なら五人で掛かる。

 

 直属騎士達はたったの五十人。万にも届く帝国軍全員で当たれば、対処は難しくないと思われた。

 ……その瞬間。

 

 ――ドオオオオオォォォォン!

 

 突然の爆発。それも、砂で固めたすり鉢が崩れる程の大爆発。

 コレは? 去年見た迫撃砲もどき!

 いや、威力はもっと高い! 完成してたのか!

 

「グオオオオォォォオオオ!」

 

 そして、次々着弾する迫撃砲はバケモノもろとも兵士達を吹き飛ばした。

 全くの無差別爆撃。しかし、無差別なら俺の『偶然』は確実に俺を狙うのだ。俺を守って取り囲む、ロアンヌの騎士をも巻き込んで!

 

「ここから、逃げて!」

「!? はいッ!」

 

 ――ドオオォォォォン!!!

 

 爆音、そして衝撃波、少し遅れて砂粒が雨の様にパラパラと降り注いだ。

 

 俺を守っていた騎士はマークスを入れて四人。

 そのうち、俺が叫ぶと同時に駆け出したマークスだけが生き残った。もちろん、マークスに抱きしめられた俺も無事だった。

 

 でも、さっきまで居た場所を見れば、無惨な挽き肉が三つ転がっていた。

 俺は歯を食いしばり、その死体を目に焼き付ける。だけど、マークスはそれを遮った。

 

「ありがとう、姫のお陰でこのマークス。一命を取り留めました」

「そんな!」

「我々は騎士です。こんなモノは何でもありません」

 

 違う! 本当は俺が殺したも同然なんだ。

 いや、この状況を魔女に作らせた原因が俺だと言って良いだろう。

 

 兵士は逃げ惑い混乱を生み、バケモノは恐れを抱かずに暴れ回る。おまけに爆弾を適当に放って混乱を加速させれば完成だ。

 コレは『偶然』で殺す為の、俺専用のキルゾーン!

 俺は怒りと悔しさに、思い切り奥歯を食いしばる。

 

「気に病む必要はありません。これが我々の仕事です」

「ですが!」

 

 俺は敵国の姫だろうがッ! そんな騎士の誉れがあるかよ。

 

「こんなもの、火が熾せない程度の事ですよ。あの時のお礼で十分です。ああ、どうやら私の仕事のようです。姫はお逃げ下さい」

「なっ?」

 

 俺はマークスに投げ捨てられた。

 覆い被さる巨大な影。変わり果てた直属騎士が『偶然』にコチラに突っ込んで来たのだ。

 

「早く! お逃げ下さい!」

 

 叫ぶマークスを背に、俺は走った。一瞬だけ振り返ると、マークスは襲いかかるバケモノを必死に押し止めていた。

 

 奥歯を噛み締め、すり鉢状の砂地を必死に駆け上がる。しかし、か弱い女の子でしか無くなった俺にはただの急な斜面が辛い。少し駆けただけですぐに息が上がってしまう。

 単純に運動不足だ。なんとか鍛えていたつもりだったが、囚われの身で運動するのは案外難しい。

 と、そんな俺の目の前に、バケモノ以上に大きい影が差す。

 

「サファイア!?」

 

 それは、あの不気味なまでに賢い馬だった。

 

「助けてくれるの?」

 

 これぞ、渡りに船。俺は嬉々として近寄ったのだが……

 首筋にチリリと痛み。

 

 ――クシャッ!

 

 飛び退いた瞬間、俺が居た場所を蹄が思い切り踏みしめていた。

 間一髪! お前! 俺を殺そうと!! この期に及んで!

 見上げるほどに大きな白馬と睨み合う。コイツ、俺が弱ってると見て、勝負に出やがった!

 と、急にサファイアは踵を返して、お尻を見せる。

 逃げるのか? 違うッ!

 

 俺は慌ててその場にしゃがむ。直後、恐るべき獣の脚力が頭上を切り裂いたのが、ボッっと弾ぜる空気の音でハッキリ解った。

 立っていたら、死んでいた。この馬、どうやっても俺を殺す気か!

 

 しかし、弾けたのは空気だけでは無かったのだ。

 

 ――グチャ!

 

 振り返ると、黒ずくめの男が死んでいた。テムザンが雇っていた暗部の人間に違いなかった。背後から俺を殺そうとしたのだろう。

 

 そうなると、さっきの後ろ蹴りも意味が変わってくる。

 

 ……実は、ひょっとして、この馬(サファイア)。俺を守ってくれた?

 期待を込めて見つめると、サファイアは小首を傾げて可愛らしく、媚びた瞳でコチラを見ていた。

 

 ……わざとらしい! コイツ、変に賢い!

 

 怖いんだが? 本当に馬かコレ?

 でも、まぁ、死ぬならお前も道連れだ! コレぐらい調子が良い方が、巻き込むのに丁度良いだろう。

 俺が不格好に馬上によじ登ると、手綱を握る前にサファイアは駆け出した。暗闇の中、爆発の砂塵を避け、飛び掛かるバケモノをヒラリと躱す。

 サファイアはあっという間にすり鉢を脱出した。

 

「えっ?」

 

 すり鉢を脱出した俺が見たモノは、大量の篝火だった。

 

「何?? なんで?」

 

 呆然と呟く。コレは一体?

 虚空に消えるハズの呟きは、しかし、暗闇の中からの返答を受ける。

 

「そりゃ、真夜中に敵が集会を開くんだ。夜襲でもあるのかと警戒もするだろ?」

『田中!』

 

 驚く程に、近くに居た。黒ずくめだから気付かなかった。今日は鎧も着ている。

 

「助けて! 早く!」

 

 俺は今もバケモノと戦うロアンヌの騎士を指差し、頼んだ。

 利用するだけのハズの在庫処分に、何を入れ込んでいるのかと笑われるかも知れない。でも、助けたい。

 そんな俺を見て、やっぱり田中は笑った。

 

「へぇ、良いじゃねぇか」

「何を?」

「悪ぶってるよりマシだってんだよ。殺したい奴が殺せば良いんだ。俺みたいにな」

 

 そう言い捨てて、田中はすり鉢状の砂地を駆け下りていく。行く手を遮るバケモノが『分割』されたのが、弱々しい篝火の明かりでもハッキリと見えた。

 

「俺も!」

 

 回復魔法は早めの処置が大事なんだ。そう思って馬を走らせようとした俺は、背後から抱えられて、馬から引きずり下ろされた。

 

「なっ!?」

 

 ……暗部の殺し屋? しかし、その体は柔らかい。

 

「駄目よ、行っては駄目。ソレはアナタの仕事じゃ無い」

 

 シャリアちゃんだった。俺は口元を押さえられ、声が出せない。

 

「アナタの仕事は、ここで皆の戦いを見守る事よ」

 

 でも! ああっ、マークスの背骨が変な方向に曲がっている。

 今ならまだ間に合うかも! なのに!

 

「駄目よ、死んでる」

 

 目の前で、人が死ぬ。コレが戦争の現実だと、目の前で見せつけられた。

 

 

 結局、俺は、夜が明けるまで、戦場を見守るしか出来なかった。

 

 最後には到着した王国軍が取り囲み、すり鉢の淵から打ち下ろす格好でマスケット銃を斉射する。

 帝国軍は混乱し、ロクに反撃も出来ないままに敗北を喫する事となった。

 

 結局の所、俺は疫病神としての本領を遺憾なく発揮したと言う訳だ。

 

 朝焼けの中、俺は血まみれのマークスを抱きしめ鎮魂歌を歌う。

 

 涙を流す兵士をよそに、俺はクロミーネへの殺意を新たにしていた。

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