ヨルムンガンド ChiNaTsu, She Can Stain Her Life.   作:伯方のお茶

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※お断り※
登場人物が行っている医療行為に関してはなるべく調べてから書いているつもりですが、正確な内容でない場合が多々ありますのでご了承ください。

今回のお話は本編とは関係なく、ストーリーもオリジナルです。ココ達はほぼ出てきませんのでご了承ください。


第十.五話

「コッヘル鉗子!」

 

「はい!」

 

東洋系の顔立ちで銀縁眼鏡をかけた男が看護師に叫ぶ。現在、外傷で右側頭部に発生した血腫を除去し縫合する段階だ。男は目を細めながら、器用に鉗子を操り素早く縫合を行う。手術用帽子をかぶっている額からは汗が流れ出ている。

 

「縫合完了、次の病院行きの車両に乗せて下さい。」

 

「わかりました。東野先生、次の患者麻酔導入完了してます。

 15分後にオペに入ります。」

 

「わかりました。急いで準備します。」

 

東野は手術用エアーテントから出ると横に置いてあるゴミ箱へ手術衣と手袋を捨てる。そして準備用テントに入り手術の準備を行う。

メガネを外し顔を洗うと、汗が流れスッキリとする。手術用エアーテントはある程度空調が効いているとはいえ、手術衣を着ていると暑いのだ。

 

朝8時から連続6人目のオペだ。朝食だけ食べ昼食抜きで行い既に8時間は経過している。

一息付く間も無く民間人、軍人問わずに負傷者が立て続けに来る。これが深夜まで続くのだ。

 

顔を拭くと手術衣を着て、手洗いを始める。休んでいる暇はない、素早く丁寧に手術時手洗いを行う。

手洗いを終え手袋をつけ、手術用エアーテントに向かう。

 

「準備できました。お願いします。」

 

「はい、開けます。」

中から看護師がファスナーを下げて入り口を開ける。テントに入ると15歳くらいの子供が手術台に寝ている。

 

「容態は?」

東野が看護師に尋ねる。

 

「不発弾で左足を負傷しています。術前計画では切除と…」

 

「私が執刀ということは…整形外科のユルヤナ先生は手が空いてないんですね?」

 

「はい、他のオペを今行っています。

 術前計画はユルヤナ先生がされたものです。」

 

「わかりました、計画書を。」

 

「こちらです。」

東野は渡された術前計画書をに目を通す。四肢切除は実際に執刀した経験が三回がある。

 

(不発弾で左足、脛中程下から負傷。現在は止血してあるが壊死が始まっている。

切除は可能な限り膝から上、執刀医の現場判断で変更しても良い…ですか。

ユルヤナ先生、私が執刀すると知ってて書きましたね。)

計画書を台へ置きいつでも見られるようにする。

 

「オペを開始しましょう。

 計画では可能な限り膝より上の切除と書いてありますが、この子の将来を考え膝下の切除とします。

 お願いします。」

 

東野はメス、と言いオペを開始する。

 

―――

 

「ふぅ、今日も疲れました。」

 

東野が担当するすべての手術が終わり寝るテントの前でタバコを吸っている。午前2時32分、空には星が輝いている。

 

ここはアフリカにあるL国南部、AAMST医療支援キャンプ。東野がAAMSTに登録し初めて来た場所である。

 

L国では政府、新政権の内戦が発生し多くの負傷者が発生している、男、女、老人、子供、民間人、軍人。どの人間も傷ついている。東野が支援しているのは政府側で、相手は新政権側である。新政権側は金で民兵を雇っており装備の差で政府側を圧倒している。

 

通常、NGOが軍に対しての支援は行わないが軍の負傷者が軍病院のキャパシティを超えているらしく、軍の支援ではなくあくまでも人道支援ということでこのキャンプでも治療を行っている。

 

そして支援キャンプの人手不足も解消されない、物資は問題ないのだが。外科手術ができる医師は自分の領域を超えてそれを行わなければならない状況だ。現に東野の外科の専門は心臓血管外科であるが整形外科の手術も行っている。それに加え回数をこなさなければならない。

 

東野はゆっくりと煙を吐き出し、吸い殻を灰皿へ捨てる。

「報告書を書いて寝ますか。」

 

テントの中に入りファスナーを閉める。

報告書を書き終えたのが1時間半後、そして床につく。

 

 

床についてすぐに朝になってしまった。

東野は着替え外に出るとL国兵士と医師たちが話している。

 

「ですから、あなた方に来ていただきたいと何度も言っているでしょう!」

 

「しかし、我々は…」

 

東野はその話の輪の中に入ってゆく。

「どうしたんですか?

 緊急のことでしょうか。」

 

医師の一人が答える。

「あぁ、東野。緊急の話といえば緊急なのだが…」

 

「自分から話しましょう。」

L国兵士が口を開ける。

 

「先程も話した内容ですが、前線付近のメディック1名が昨日の戦闘で負傷してしまい後送するまでの手当が難しい状況です。

 現在、我が部隊のメディックが残り2名しかおらず重傷者の搬送等も難しくなっております。

ですから、AAMSTの先生方どなたか1名でいいですので我々の手伝いをしてもらえないでしょうか、というお話です!

3日でよろしいのです!そうしたら新たなメディックが来るのです!」

L国兵士は内容を述べるが、医師達は苦い顔をしている。

 

第一に危険な場所に行きたくないということだ。このキャンプが完全に安全とは言い切れないが、少なくとも前線のメディックに比べれば安全だ。

第二に軍への介入という形になってしまう可能性があるということだ。NGOが一つの軍の兵士を助けるために前線へ行くというのはあまり良い形ではない。あくまでも全体的な人道支援であるべきなのだ。

 

「先生方、お願いです!どなたか1名でよろしいのです!」

 

「我々はあくまでも医療支援が目的で…直接的なものは…」

 

「ですから、そこをなんとか!」

 

「私達だけの判断だけではそれはできないのよ。」

 

「まだ、民間人もいるのです!」

 

「うーん…」

 

押し問答を聞いている東野がゆっくりと手を挙げる。

「私が行きましょう。上に掛け合います。」

 

「東野!危険だぞ!」「そうだ、新政権側の民兵がいるんだ。」「危ないわ!」

他の医師は口々に東野に言葉を投げかける。心配しているのだ。

 

「民間人がいる地域はどこでしょう?」

東野は兵士に質問する。

 

「はっ、この付近です。」

兵士は地図を取り出し場所を指し示す。この医療支援キャンプから北に向かった市街地だ。

 

「そうしたら私はその地域限定で動きましょう。

 それなら民間人を助けるという名目で活動ができると思います。多分それなら上も承諾します。」

 

「先生!ありがとうございます!!」

兵士は東野の手を握り強く振る。

 

「では、自分は待機しておりますので、出発可能になりましたら声をかけて下さい。」

兵士はキャンプ入口に停めてある車に向かった。

 

兵士が離れると医師達が東野に詰め寄る。

「東野、本気か?」

「えぇ、本気ですよ。」

「戦闘している地域なのよ、危険よ。」

「ここだって安全ではありませんから、同じですよ」

「オペをする医師が…」

「3日間だけです、申し訳ないですがお願いします。」

皆、詰め寄るがちょっと待って下さいと静止する。

 

「皆さんが心配してくるのはわかりますが、軍人も人間です。

 民間人が取り残されているとなれば放っておくわけにはいかないでしょう。

 みなさんが心配してくれるのは感謝しますが、私には行く義務があるのです。」

東野の言葉に医師達は押し黙ってしまう。

 

一人の医師が言う。

「わかった、君の考えを尊重しよう。そして医者がすべきことは人の命を救うことだ、君の考えは素晴らしい。

 必ず戻ってきてくれ。」

 

「もちろんです、皆さんありがとうございます。」

 

東野はテントに入り衛星電話を取り出しAAMST本部へ電話かける。

これこれこういう理由です、承認をお願いします、と東野が話すと少し待ってくれと言われた。

5分程待つと相手が言った、民間人がいる地域での活動のみ許可する、軍人だけではなく民間人の治療も行うこと、指定区域以外の危険地域の活動は自己責任となる、これが条件だ、書類は直ぐに作成するので電子署名をしろと言われた。東野はもちろん快諾した。

 

電話を切ると、持ってゆく物の準備を始める。AAMSTと書かれた赤いメディカルバックにどんどんものを詰めてゆく。

準備をしているとパソコンがメールが来たことを知らせる通知音を発した。先程の書類だ。電子署名をすると直ぐに送り返した。

 

必要なものを詰めたバックを肩に掛け東野はテントを出る。入口に数人の医師がおり、見送ってくれるらしい。

「東野、気をつけろよ。」

「戻ってきてね。」

 

「皆さん大げさですよ。

 負傷者が居るのはある程度戦闘地域から離れた場所ですから、大丈夫です。」

東野は笑顔で見送る医師に話す。

 

「では、先生行きましょう。」

「わかりました。」

東野は車に乗り込む。車が走り出すと先程の兵士に話しかける。

 

「で、実際はどうなんです?少なくとも安全ではないでしょう。」

「そ、それは…」

兵士は口ごもる。まさか出発早々そんなことを言われるとは思わなかった。

 

「大丈夫ですよ、覚悟してきてますから。

 まさかあそこで本当のことは言えないでしょうから。お願いします。」

 

「…市街地南部に我々、北部に敵がいると言った状況です。

 民間人もまだいるため侵攻もしずらく敵兵はそれを逆手にとっています。」

 

「なるほど、なかなか危険ですね。」

 

「先生の身は我が部隊が守りますので、治療をお願いします。」

 

「えぇ、こちらこそお願いします。」

ニッコリと笑顔で兵士を見ると不思議な顔で見返される。

 

(なぜ、この医者は戦場に行くってのに笑顔なんだ…不気味な医者だ…)

 

東野はその顔を横目に窓を開けタバコに火を付ける。

 

―――

 

市街地南部につくと政府側の軍人が土のうで陣地を組んでいるのが見られた、他にテントや装甲車もある。銃声も聞こえてきた。

東野と兵士を乗せた車が止まる。

 

「ここ周辺が現在、我々が占領している地帯です。

先生は市街地手前で活動をお願いします。」

 

「わかりました。」

 

東野と兵士は車を降りる。東野は車から降りると赤文字でAAMST、赤十字が描かれた腕章をメディカルバックから取り出し、左の二の腕に白衣の上から付ける。次は腕章ではなく同じものが描かれた布を取り出し、兵士にそれを自分の背中に付けさせる。

 

「先生、念の為これの持っていてください。」

先の兵士がVektor Z88とホルスターを差し出してくる。

しかし、東野は手のひらを差し出し受け取るのを拒否する。

 

「私はあくまでも医療要員としてここに来ています。武器の携行は望ましくないでしょう。」

 

「敵兵が来る可能性もあります。携行をおすすめします。」

 

少し考えたあと東野は手を伸ばし銃を受けとる。

「…わかりました」

東野はホルスターを腰に巻きVektor Z88を挿す。

銃の扱いはAAMSTに登録したときに教育を受け、実際に撃った経験も一応ある。

 

「負傷した者はあちらにいます。先生、お願いします。」

兵士が手を指した方向に負傷兵や保護された民間人がいるタープテントがある。

 

「もちろんです。」

東野はそちらに向かう。

 

L国のメディックは2名とも現在、市街地前線の方におり後方の治療がほぼできていない状況であるということは先程聞いた。

軍人は基本的にはやはり銃創が多く、やけど、破片や瓦礫等による創傷、打撲。形態は様々だ。民間人は擦過傷などの小さい怪我が多い。

物資が入っているとみられる木箱はタープテントの横に1つだけ置いてあった。

 

それを見た東野は近くにいたL国兵士に言う。

「医官…いえ、軍医や看護師はいないのですか?」

 

「いない。今は俺達が出来る限りの処置をしてるだけだ。

 あんた、医者だろ?早く直してやってくれ。」

兵士は苛立ちの表情を浮かべながら吐き捨てる様に言うとどこかへと行ってしまう。

 

それを無言で見送った東野は木箱に近づきふたを開けて中身を確認する。

緊急圧迫包帯、消毒液、輸液用のリンゲル液、医療用モルヒネ、強心剤、外科用術具などが入っていた。

 

(本当に最低限の物しか入っていない…)

 

東野は木箱を閉めると、自分が持ってきた手術用手袋をはめると重傷者から治療を始めた。

 

重傷者も止血処置はしてあったので輸液を行う。止血帯を緩めると再出血してしまうような者は縫合を行い、四肢が切断されてしまっている者は傷口の保護をし、やけどの者には消毒液で傷口の化膿を防ぎ保護をする。

幸い、前線からの負傷者は現在は軽傷の民間人が主であり大きな処置を必要な者はいない。

 

東野が懸命に治療をしていると、到着した時間から既に4時間程経ち昼過ぎになった。

大方のことはやり終え少し落ち着いた。

 

東野を連れてきたL国兵士が話しかける。

「先生、そろそろ昼食を取られては?」

 

「もうそんな時間ですか。そういえば、私朝食も食べてませんでした。すっかり忘れていました。」

 

「これが先生の分です。我々の戦闘糧食ですが…適当な場所で食べてください。」

 

「全く問題有りません、頂きます。」

 

 

東野は戦闘糧食を受けとる。真空パウチされたパン、野菜と肉のスープ、チョコレートバーだった。後ろのカロリー表示を見ると合計で2500 kcalに届く程だった。こんなものを運動をせずに毎日食べていたら3日で太ってしまう。朝から何も食べていない東野にとっては丁度いい。

真空パウチを切り食事を始める。味はそこそこだ、パンが異様にパサパサで口の中の水分が全て持っていかれてしまう以外は。

 

昼食を食べ終えタープテントから少し離れた所でタバコを吹かす。

周りが迷彩服を着ている兵士しかおらず、その中で白衣を着ている東野だけ景色から浮いている。そしてL国兵士達も異様な目で東野のことを見ている。聞こえてくる声もなんだあの医者は、大丈夫なのかあいつなどだ。

タバコを吸い終わるやいなや、一人の兵士が担架で運ばれてきた。

 

「ここだ!ここに置け!」

「大丈夫か!」

担架を運んでいる兵士が叫んでいる。

 

東野はその様子を見るとタープテントに駆け寄った。

「撃たれたのですか?」

 

「見りゃわかるだろ!そうだ!」

「とっとと、やってくれ!仕事だろ!」

 

「わかりました、どいて下さい。」

二人の兵士を両手で押しのけた。

東野の顔は無表情だが、若干眉間にシワが寄っている。先程の兵士の言動にほんの、ほんの少しだけ苛ついたのだ。

 

寝ている兵士の腹部には緊急圧迫包帯が巻きつけてある。意識は朦朧としており、血圧の低下が考えられる。

(この様子だと、腹部の銃創…もたもたしていると失血死してしまう…)

 

医療品が入っている木箱に近づき止血剤を探す。

(パウダータイプでも、パッドタイプでもいいから何かないでしょうか…)

直ぐに箱の奥の方に2箱ではあるがパッド型止血剤があるのを見つけた。

(よし、これがあればだいぶ楽になりますね。)

 

止血剤を取り出すと、まず輸液を始める。そして腹部の包帯を解く。傷口は3ヶ所あり血が溢れ出してくる。兵士をの持ち上げ背中側を見ると、そこにも傷があり弾丸は貫通したものだとわかった。東野は腹部と背中の傷に丸めた止血剤を突っ込む。40秒程で止血剤が血を吸い膨らむことで患部の止血をしてくれる。消毒液で傷口を丁寧に拭き、新しい包帯で巻く。

包帯を巻くと言ってもたった一人で、寝ている男の腹部に大きい包帯を巻くのだから慣れていない人間ではなかなかうまく行かないのだが東野は平然とやってのける。

 

(輸液で血圧は保てるでしょうから、病院に運んで外科手術で正常な状態に戻せればなんとかなりますかね…)

 

「大丈夫なのか。」

担架を担いでいた兵士の一人が東野に尋ねる。

 

「とりあえずは、ですね。」

 

「そうか。実はそいつ前線のメディックの一人なんだ。

 運悪く撃たれちまって、前線での重傷者の治療が出来なくなっちまった。」

それをうつむいて黙って聞いていた東野だが、兵士はいきなり叫んだ。

 

「俺たち政府側は装備も人も足りねぇんだ!クソッ!

 せめて、弾を銃を!よこしやがれ!!そしたらあのクソッタレ共にしこたまブチ込んでやるのに!!!

 なんだって、民兵ごときに!仲間が…!国の奴らが!!」

 

兵士の心の声だった。自分の国で余所者が闊歩し、自分達にそれを止められるだけの力がない。兵士は握りしめた拳を振り上げることもなく震わせている。その震えに同調し肩に掛けてあるAKがカタカタと音を立てている。

もう一人の兵士もうつむいて地面を見つめている。

 

それを見た東野は顔を上げる。

 

「私が前線まで行きましょう。」

 

「バカヤロウ!お前みたいな医者がでる幕じゃねぇ!」

兵士は叫ぶ。

しかし、東野はそれに食い気味に答える。

「いえ、前線で処置をしてここまで運べればその分生存確率は上がるでしょう。

 もちろん、私は危険に晒されますが。」

 

「お前、正気か?戦場を舐めてるだろ!?飛び交う弾丸とバカでかい銃声。それを聞いただけで震え上がっちまう兵士だって居るんだ。敵がこちらに銃を向けて殺そうとしてくる。あちらこちらで爆発だぁ、叫び声だぁが聞こえる。お前みたいな医者じゃ5分も持たねぇよ、すっこんでろ!」

 

「さぁ、やってみなければわかりませんよ。実際の戦場ではないですが医療現場という戦場にはいました。」

 

「同じにするんじゃあねぇ。命の奪い合いだぞ。」

 

「命をやり取りするってことなら全く同じです。」

 

しばらく東野と兵士は言い合っていた。

兵士は前線に医者など連れて行ったら足手まといだと思っている、しかし実情は劣勢で猫の手もならぬ医者の手も借りたい程だ。上官に言ったら多分即刻オーケーが出るだろう。使えるものは何でも使え、しかも自ら言い行ってくれるならこちらも大助かりだ。

だから、ここで食い止めたいのだ、一般人を戦場に連れて行たくないという兵士のプライドだ。

 

東野は東野で人命救助が目的で更に市街地に行けばまだ民間人がいる。民間人を助けるという可能性を少しでも自分の手で上げたいのだ。この人間は顔こそ優しそうだが、自分の信念を突き通そうとするとしつこく、頑固になる。

 

10分程言い合いをすると兵士がわかった上官次第だと言い、その旨を上官に伝えにいった。ここで議論しても埒が明かない。上官命令なら自分は実行するしかないと諦めを付けたのだった。

 

兵士は直ぐに戻ってきて行った、ついてこい医者、と。

東野はそれにわかりましたと答え自分のメディカルバックを抱え兵士について行き前線へ向かった。

 

―――

 

市街地内につき車を降りると銃声は大きくはっきりとしたものになり、あちらこちらで叫び声が聞こえる。

降りた場所は迫撃砲陣地になっており周りには多くの兵士がいる。

 

東野を連れてきた兵士は地図を開き説明する。

「ここが俺達のいる場所だ。」

兵士は市街地中央より南2kmほど手前の場所を指差す。

「ここから市街地中央に進む。中央より南側は味方が多い、が、敵も浸透してきているから気をつけろ。北に行くにつれて敵は多くなるという認識を持て。

 武器は携行してるか?」

 

「念のため、拳銃を持っています。」

東野は右手で腰のあたりをポンポンと叩く。

 

「わかった。行くぞ、ついてこい。」

兵士と東野は歩いて市街地中央へ向かう。

 

少し歩いたところで東野が言う。

「そういえばお名前を伺ってませんでした。

 私は東野 達といいます。言いにくいでしょうからドクターとでも読んでください。」

 

「そうさせてもらう。俺はローレンス・オリセー軍曹だ。

 ローレンスとでも軍曹とでも読んでくれ。」

 

「わかりました、軍曹。」

東野は笑顔で答える。

 

「ハッ、気楽なもんだ。」

呆れ口調で言った後、ローレンス軍曹は胸ポケットからタバコを取り出し吸い始める。

それに合わせ東野もタバコを吸う。

 

「医者の不養生、だな。お前達、医者はこういうのを止めろって言う側だろう。」

ローレンスが皮肉を言う。本心で言っているわけではなく、単なる冗談として言った。

 

「確かにそうですね。長生きしたいならこんなものは吸わない方がいいです。」

指と指の間に挟んでいるタバコを自分の目の高さまで上げて、続けて言う。

「ですが、人はいつか死ぬ。どんな人間にでも死は平等に訪れる。死ぬのが病気か、戦争か、早いか、遅いか。ただそれだけ。

そして、私は死を恐れていない。恐れるのは他人の死です。」

タバコをくわえ、息を吸い吐く。

 

「だから、いいんです。」

 

それを聞いたローレンスは言う。

「よくわからねえな。答えになってるような、なってねぇような。」

 

「自分でもそう思います。」

 

 

しばらく歩き市街地中央のすぐそばに着いた。

「ここからは油断するな。味方部隊から離れるなよ。」

 

「わかりましまた。負傷した人がいたらここにつれてくるか、私が向かいます、軍曹。」

 

「わかった、下に伝えておこう。俺はこの近くで指揮をしている、何かあったら回りの奴らに言え。」

 

味方の、土嚢を積んだ機関銃陣地、家の2階に陣取っている部隊などが展開している。

もう、双眼鏡などを使えば敵が待ち構えてるのがありありと見れる距離だ。

 

東野は既に負傷者が集められていた土嚢陣地の1つで治療を始める。

銃撃音、爆発音、声、エンジン音、いろんな音が頭上を通りすぎて行く。

 

「優先順位をつけないと…」

そう呟き患者たちを一通り見回した東野は頭の中でトリアージをする。実際にトリアージカードは無いが、頭の中で優先順位を決め記憶する。彼にとっては容易いことだった。

 

「よし、やりましょう。」

メディアバックから取り出した手術用手袋をつけると治療を開始する。

やれることと言っても大がかりなことはできない。先程と同じように止血をし傷口を清浄に保つ、簡易な縫合が出来そうならしてしまう。血圧を計り、低いものにはリンゲル液を投入する。また、負傷者が運ばれてきてその処置。それの繰り返しだ。

 

「ドクター!こっちに来い!!」

不意に隣の陣地にいるローレンス軍曹の叫び声が聞こえる。

 

「直ぐに行きます!」

東野はそう答えるとメディアバックを抱え移動する。

敵からは直接見えない位置になので撃たれはしなかった。

 

東野がローレンス軍曹のいる陣地にたどり着く。横にはL国の兵士が土嚢からAKを構えている。

「軍曹、どうしました。」

 

「前線で負傷者だ。しかも、さっき運ばれたメディックが担当していた地域でだ。お前、行けるか?

行くなら俺と数人の兵士が付いて行く。もちろん、お前は軍人じゃないからこれは命令じゃない。行かなかったとしてもお前に何も損は発生しない。」

 

「なるほど。軍曹、その地域に民間人はまだ取り残されていますか?私の上との条件は民間人がいる地域のみでの活動となっています。既に退避しているなら私はそこへ行けないです、私が誓約を破るとAAMST全体に迷惑がかかってしまいます。」

 

「いる。大勢とは言わないがある程度の人数が建物の中に避難している。国民を助けるのも我々の義務だからな。」

 

「それならば。

行きましょう。」

 

「そんな安請け合いでいいのか。ここならまだ安全だ。最前線だと本当に死ぬかも知れんぞ。」

 

「先程も言いました、私は死を恐れていない、恐れるのは他人の死だと。」

 

それを聞いたローレンス軍曹は鼻で笑う。

「まるで宗教だな。よし、お前ら行くぞ!」

 

回りの兵士が返事をすると最前線へ向け移動を始める。

 

―――

 

 

「あそこだ!移動する!

援護射撃を!お前らはここに残って回りのと交代しろ!」

 

ローレンス軍曹はハンドサインで援護射撃方向を示すと兵士がLMGやAKで射撃を始める。

「今だッ!行けッ!」

 

東野とローレンス軍曹は銃撃音を背に受けながら全力で負傷兵のいる土嚢陣地へ向かう。

 

制圧射撃をしてる間は敵も撃ってはこないと思われるが、めくら撃ちで応射している敵もいる。

 

5,6秒ほど走ると味方の土嚢陣地の中に飛び込む。

東野は勢いよく飛び込んだので一回転して危うく頭を打ちかけた。

 

「スリル満点ですね。ハァ、もう一度やりますか?」

東野は地面に手と膝を着いて少し息を荒らげながら言う。口角が少し上がっておりおどけた顔だ。

 

「バカ野郎、気が可笑しくなったか?」

 

「そんなのは元からですよ。」

 

「違いないな。おい、負傷者はどこだ。」

ローレンス軍曹は少し笑ったあと陣地の兵士に訪ねる。

 

「ジャジリ一等兵であります。あちらに寝かせておりますが…」

兵士が顔を向けた方向にジャジリ一等兵が寝かされている。年の頃ならまだ18歳か19歳、顔にあどけなさが残っている。

 

彼は左手が肘から先が無くなっており、包帯で傷口が巻かれている。その包帯からは血が滴っている。顔も火傷をおっており腹部にも包帯が巻かれている。

目は閉じており、口を半開きにして胸を大きく膨らませて呼吸をしている。

 

「どうした、負傷した状況を教えろ。」

 

「敵の手榴弾であります…こちらに投げ込まれ、それに気付いたジャジリ一等兵が投げ返したのですが彼の目の前で爆発しあの様に…」

 

「わかった。他の者は警戒を続行しろ。

ドクターやってくれ。」

 

「わかりました。」

ジャジリ一等兵に東野とローレンス軍曹が近づく。

 

「だ…誰で…すか…?」

ジャジリ一等兵が絞り出すように声を出す。

 

「俺だ、ローレンス・オリセーだ。今、医者を呼んできた、もう安心だ。」

 

「軍曹…でありますか…申し訳ありません…このような…」

 

「大丈夫だ、お前のお陰で皆が助かったんだ。今から治療するから、安心しろ。」

ローレンス軍曹はジャジリ一等兵の残った方の手を握る。ジャジリ一等兵もそれを辛うじて握り返す。

 

「処置をします。楽にしていてください。」

東野はメディカルバックから医療品を取りだし処置を始める。止血、輸液、傷口保護。手際よく進める。

処置はほぼ終わった、後送が可能なときに彼を戻らせるだけだと。

 

しかし、先程まで息をしていたジャジリ一等兵の呼吸がおかしくなる。

口は息をするように動いているのに胸が動いていない。まるで、呻き声の様な、啜り上げる声の様な音が聞こえる。東野はそれを見逃さなかった、そして即判断する。

 

死戦期呼吸(ギャスピング)…!

 軍曹!!」

東野は叫び軍曹を呼ぶ。

 

「どうした、治療は終わったんじゃないのか?」

 

「説明はアトです!心肺蘇生法(CPR)を!!」

 

「わ、、わかった!」

ローレンス軍曹は直ぐに胸骨圧迫を始める。

 

「しっかりと胸が沈み込むまでしてください!!最悪、骨が折れても構いません!!死ぬよかマシです!」

東野はそう言いながらメディカルバックをあさり小型AEDとアンビューバックを取り出す。AEDは通常の物より小型で持ち運びがしやすいタイプだ。

 

「軍曹はそのまま続けてください!」

ローレンス軍曹が心臓マッサージをしているが、医療用ハサミで器用に衣服を切り小型AEDのパッドを貼る場所を露出させる。皮膚にパッドを貼り付け、小型AEDの電源を入れる。

 

「患者から離れて下さい」という音声が流れる。ローレンス軍曹は胸骨圧迫を止め一旦離れる。心電図解析中という表示が液晶モニターに表示され、数秒経つと「電気ショックが必要です」と音声が流れる。

 

「離れて!」

東野が叫ぶ。誰もジャジリ一等兵に触れていないことを確認すると通電ボタンを押し電気ショックを流す。しかし、ジャジリ一等兵は息を吹き返さない。

 

「私が代わります。軍曹は私が合図したらこれを口に当てて押して下さい。」

東野がローレンス軍曹にアンビューバッグを持たせ胸骨圧迫を再度始める。見るとローレンス軍曹が行っていたときよりも勢いよくやっており、しっかりと胸が沈み込んでいる。

約5cm以上沈ませそして6cmを超えない、一分間に100回から120回、しっかりと沈み込ませ戻ったのを確認してから再度沈み込ませる、肘は曲げずに掌の基部でしっかりと押す。

模範的な胸骨圧迫の姿、東野はこの感覚を体に叩き込んである。

横目で一心不乱に胸骨圧迫をする東野を見たローレンス軍曹はこの男のどこにそんなエネルギーがあるのだろうと思った。そして、この状況でなぜこの男は冷静に判断し行動できるのか不思議に思った。ここはほぼ最前線の場所、敵兵の銃弾がこちらに向かってきているのだから。

 

2分程の時間胸骨圧迫をしてもジャジリ一等兵の反応はない。小型AEDから「患者から離れて下さい」という音声が流れる。心電図解析が行われると「電気ショックが必要です」という音声がまた流れる。東野が「離れて!」というと通電ボタンを押す。

だが、依然としてジャジリ一等兵の自発呼吸は見られない。

もう、小型AEDのバッテリーはあと2回しか持たない。予備バッテリーは持ってきていない。

 

「軍曹、変わって!」

東野がローレンス軍曹に言うと「わかった!」と返事の後、胸骨圧迫がまた始められる。

 

東野はその間にメディカルバックの中からエピネフリンと書かれたアンプルと注射器を取り出す。アンプルの蓋を折り、注射器で溶液を吸い上げ、しっかりと空気を抜いたのを確認する。

 

それをジャジリ一等兵の残っている右腕に注射する。そして、空になりそうな輸液パックを交換する。

 

「軍曹!もっと強く!」

 

軍曹に激を飛ばしながら、東野は無くなっている左腕の切断面の止血具合を再度確認する。止血材がしっかりと血を止めているのを確認できた。腹部の傷口も確認する、こちらも包帯の圧迫で止血できている。

胸骨圧迫をローレンス軍曹から東野に交代する。

 

また、2分程経つと小型AEDから音声が流れる。

電気ショックが必要だ、通電ボタンを押す。

 

体がすこし動くと、大きく胸が動き始める。

 

呼吸音も正常だ。

 

東野はそれを確認すると小型AEDの液晶画面を心電図モードにする。一定のリズムの正常な拍動が流れている。

 

「拍動、戻りました。このまま安静にしておけば大丈夫だと思います。」

ローレンス軍曹に東野が伝える。

 

「そうか…よくやってくれた…」

安堵の表情を浮かべたローレンス軍曹がそう言う。

 

「礼は要りません、仕事ですから。」

東野も笑顔を見せる。

 

「それで、ドクター、悪いがしばらくは移動できん。

現在時刻だと、味方部隊が移動中だ。」

ローレンス軍曹は腕時計で時間を確認しながら言う。

 

「敵も直ぐに近くにいる。味方の到着を待ってから移動だ。お前も後方に戻す。

味方が着くまで休んでおけ。いつ今みたいな自体が起こるかわからんからな。」

 

「わかりました。タバコを吸っても?」

自分の胸ポケットのあたりをトントンと叩く。

 

「かまわんぞ。」

 

「ありがとうございます。」

東野は地面に座り、壁に寄りかかってタバコに火をつける。

 

「おい、医者、俺達にもくれよ。」

「1本でいいからよ。」

警戒をしている兵士たちが首だけ動かして言う。

 

「いいですよ。」

東野はポケットから新品のLucky Strikeを取り出すと兵士達に渡す。

 

「おっ、新品じゃねえか。悪いな、ヘヘッ。」

兵士達はそれを受け取るとくわえタバコをしながら警戒に戻る。

 

(戦地ではストレス解消が限られてきますからね、いいでしょう。)

東野はそう思いながら煙を吹いた。

 

―――

 

一時間半程の時間が経った。時刻はちょうど15時半を回ったところだ。

火線は未だに収まらず、敵民兵もL国政府軍も殺し合いを続けている。

 

東野がいる陣地の兵士達も散発的に撃ち返している。味方部隊が到着する時刻まであと30分程と少し、それまでこの地域一帯を保持する必要がある。

 

ジャジリ一等兵の容態は既に安定している。東野の適切な応急処置のお陰だ。味方部隊が合流すれば彼を後送することも出来る。

今、東野が出来ることと言えば、姿勢を低くして辺りを見回し民間人がいないか探すくらいだ。

 

何となしに今いる場所から道路を挟んだ反対側の建物を東野は見た。2階の窓にさっきまでは居なかった人影の様なものが見えたのだ。

 

(見間違い…?)

 

中は暗く良く見えない。東野はローレンス軍曹に頼み双眼鏡を借りるともう一度、建物の中を見た。窓枠のところから外を覗いている人間が見えた。背は高くない。多分、年が12,3歳くらいの子供、男の子だろう。

東野はローレンス軍曹に双眼鏡を返しながら言う。

 

「軍曹、双眼鏡ありがとうございます。それと、あそこの建物の2階に人、多分子供がいるみたいです。」

東野は先程見た建物の方向を示した。

 

「あそこか…助けに行きたいのは山々だがこの状況だと難しい。

 敵との交戦もまだ止んでない。味方部隊の合流を待ってからだ。」

 

「わかりました。」

東野はそれを了承した。

 

それを言うやいなや、近くで爆発が起こった。ドンッ、ドンッ、ドンッ、と東野とローレンス軍曹のいる位置よりも約200m奥の家屋に3発命中した。

 

「クソッ、迫撃砲だ。お前ら伏せろ!

 民間人もいる地域にぶち込むなんて奴ら狂ってやがる…!」

 

東野はジャジリ一等兵に多い被さるようにして彼を守る。

飛翔音などは聞こえずにいきなり爆発が起きる。また、同じようにドンッ、ドンッ、ドンッと先ほどより土嚢陣地側に弾着した。

 

「爆発規模から見て81mm程度か…この距離なら伏せていれば大丈夫だ。土嚢より上に頭を出すなよ!」

 

「こちら側は敵の迫撃砲陣地に対射撃できないのですか?」

東野はローレンス軍曹に問いかける。固定されている陣地ならばそこへ砲弾を降らせるのは難しくないことだ。

 

だが、ローレンス軍曹はその問いに即答する。

「できないな。」

「こっちが使ってるのはL16 81mm迫だ、民兵共は東側の82mm迫だろう。俺たちの迫砲陣地からだとだと、街中央部より奥、ちょうど我々がいる位置がギリギリ射程距離ってとこだ、精密な支援なんざ当てにならない。それで、こちらには100mm以上の重迫が今はないからな…相手はどうだか知らないが、持っていると考えるのは妥当だろうな。」

 

「そうなのですか…」

 

「武器も弾薬も足りていない、これが現状だ。この砲撃もやり過ごすしかない。」

 

東野はその言葉に頷き答える。そう言ってる間にもまた砲撃が降り注ぐ。修正射を終えたのだろうか、先程よりも近距離に落ちる。ドドン、ドドン、ドドンと一定のリズムで爆発が起こる。土嚢陣地の中の兵士達は姿勢を低くして砲撃を止むのを待っている。東野も同じだ、ジャジリ一等兵を庇う。

 

鼓膜を劈く(つんざく)ような轟音と衝撃波。爆発が起こった後には砂が風に運ばれてくる。霧雨の雨粒のような砂埃があたりに漂う。また、轟音と衝撃波、まだ止まない。この鉄と砂埃の雨はいつ降り止むのだろうか。轟音と轟音の間に聞こえる悲鳴や叫び声、東野がこの音が嫌にスローモーションに聞こえた。日本にいた頃にテレビで見たであろうバラエティ番組の芸人かなにかのスローモーションシーンの声に似ている感じだ。ピッチが低くウォォアと唸るよう、聞いたものが笑いか不快感を呼び寄せる声、少なくともこの場所で通常の人間なら笑いはないだろう。

実際の時間にしたら4,5秒ほど、それが20秒にも30秒にも感じられるのだ。

 

東野は口角を上げている。

 

彼は感じていた、これも生きるということか。

 

東野は今までに心的外傷後ストレス障害(P T S D)になってしまった兵士の話を聞いたことがあった。皆が口を揃えて言うことがあった「生きている実感がしない。」これを必ず言うのだ。他には「できるならまた戦場に戻りたい。」「頭の中に声が聞こえる、爆発音が聞こえる。」これもよく言われる。

 

日本にいて命の危険に晒されたことなどなかった。こっちに来てからも数回危ないことはあったがここまでではなかった。

まさにこの場は自分が知らなかった命をやり取りする場所の1つであると認識した。ここに来るときに銃撃の中を走ったのとは訳が違う。もしここに砲弾が落ちてくればここにいる全員が人間から肉片になる、その後には何にも成り得ない。

 

手術が成功したとき、人を助けたとき、人から感謝されたとき、東野はそういうことに生の実感を得ていた。それは言わば人から与えられて初めて得られる実感、人間が織りなす社会の中で得られる人為的な実感だった。

これは違う、自分の生命に対する危機感から感じる、もっと奥深く本能的な、生命が自らの死を忌避する願いだろうか。心の奥底とかそんな物ではない、もっともっと根本的な恐怖が叫んでいるのだ、そう、お前は生きていると。

 

東野は思う、あぁ、これは病みつきになる、だけどこの感情はしまっておこう。自分を現実に引き戻した。

 

 

 

「そろそろ止むか…?」

ローレンス軍曹が伏せた状態で時計を見る、修正射終了後の迫撃砲による砲撃が始まってから約2分経っていた。弾着の間隔から最大射撃ではなく、持続射撃の砲撃であるとローレンス軍曹は踏んでいた。あたりを耕すなら2分の持続射撃でも長いくらいだ。

最後の1発が飛来した。その砲弾は先程、東野が子供がいるといった家の屋根を半分吹き飛ばした。皆、まだ伏せていてそのことには気づいていない。

 

最後の砲撃が爆発してから15秒ほど経ってからローレンス軍曹が口を開く。

「止んだな…

 よし、お前ら警戒に戻れ。土嚢から銃を出すときは必ずよく確認してから出せよ。」

 

兵士たちは顔を上げる、その顔は安堵の表情であるが疲れも見て取れる。迫撃砲弾の轟音と衝撃波、いつ死ぬかわからないという状況に2分間も晒されればそうもなる。

 

「ドクター、とりあえずは大丈夫だ。ジャジリの様子はどうだ。」

ローレンス軍曹が東野に言う。

 

「負傷等はありません。容態も変わりなさそうです。」

東野は体を起こしローレンス軍曹の方を向いて言う。

 

「ならいい。というか、ドクター…お前…」

ローレンス軍曹は困惑した顔で問いかける。

 

「何故笑ってるんだ?」

 

そう言われて東野は何も答えず、すぐに手で自分の頬を触る。笑っているときの頬が上がり具合といよりかは、ニヤケ顔の片方だけの頬が上がった状態だ。考えは押し込んだが表情が残っていた。

 

「あ、あぁ、軍曹、気にしないでください。癖なんです。」

 

「何の癖だ…まったく…?」

 

「気になさらないで下さい」

 

ローレンス軍曹はその言葉を聞いて鼻で笑い、状況確認を始めた。東野もあたりを見回し始めた。すぐさま先程子供がいた建物の屋根が崩壊しているのを見つけた。

 

「軍曹、あそこの建物…!さっき私が伝えた子供がいた所ですよ!」

 

「あぁ、さっきの砲撃が当たったんだろう…」

 

「砲撃が止んでからまだ時間が経っていません。すぐに行けば助けられます。」

 

「どうやって移動する?俺たちが行ったら蜂の巣だ。」

 

「私だけで行きます。」

 

それを聞いたローレンス軍曹は呆れる。

今いる土嚢陣地から目的の建物までは道路を斜めに横断しないと行くことができない、しかも2階部は確認できるが1階部は他の建物で半分ほど隠れてしまっていて全容の確認は難しい。また、1階部付近にたどり着くだけでも大人が全力で走ったとしても6秒はかかる、足場は良いとは言えない。その間は敵陣地からの銃撃が飛んでくる、もちろん今見えていないとこからもだ、たどり着いたとしても現在地からの援護は非常に厳しい位置取りになってしまう。

 

「バカ野郎、お前だけでも無理だ。奴らは民間人であろうと発砲してくるクソ野郎共だぞ。赤十字背負ってるから撃ってこないなんて保証なんてない。」

 

「大丈夫です、たどり着いて帰ってきますので。」

 

「何故だ、何故、そこまで固執する。」

ローレンス軍曹にはこの東野という人間の行動が理解出来ない。この医者が言っていた、自分の死は怖くない、他人の死が怖いというのは本当なのだろうか。あまりにも利他的すぎる。

 

東野は言う。

「私は自分の死は恐れない、恐れるのは他人の死です。」

 

自分が考えていた言葉をそのまま東野から聞いたローレンス軍曹は顔を歪めながら小声で吐き捨てるように言う。

「狂ってやがる…」

 

そして一呼吸置き言う。

「わかった、好きにしろ。

 こっちも仕事だ、できる限りの援護は行う。」

 

「ありがとうございます。ジャジリさんをお願いします。」

東野はそう言うと靴が脱げないようにしっかりと紐を結び直した。腰につけている銃も脱落しないように確認した。

 

「ここに来るときと一緒だ、3,2,1で飛び出して全力で走れ。わかったな?

 お前らも制圧射撃をするんだ。」

 

「わかりました。」

「「「了解しました、軍曹!」」」

 

「行くぞ、3,  2,  1, 」

 

 

「行けっ!!」

 

 

その声を聞いた東野はクラウチングスタートのような体勢から一気に土嚢を飛び越え道路に走り出す。

 

東野が飛び出すと同時に背中から発砲音が聞こえる。だが、背中以外からも聞こえる発砲音もある。先程まで兵士たちが打ち合っていた陣地からだ。それはすぐ過ぎた。

 

交差点の様になっている場所の奥に敵陣地があった。ここから射線が最も長い時間晒される。白衣を纏った男が走ってゆく横姿を見てすぐに備え付けのM2重機関銃が火を吹き、ダダダダダともドドドドとも聞こえる音を発しながら東野に向けて50口径の弾丸が飛んで行く。

その音を聞いたローレンス軍曹はもうダメだ、と目を背けたくなった。

 

1つの弾は頭の後ろを通り抜けた、1つの弾は腹の前を通り抜けた、1つの弾は翻る白衣を掠めた、1つの弾は喉元の前を掠めた、1つの弾は地面を叩いた、1つの弾は走っている右足と左足の間をすり抜けた、1つの弾は目の前を掠めた、1つの弾は頭上を通りすぎた。

50口径だけではないAKの弾も当たらなかった。

 

放たれた弾丸は全て東野の周りを通過して行った。磁石がお互いに反発し合う、と言うよりか東野は何かに覆われていて、まるでそれに沿うように弾丸を通過して行ったのだ。かすり傷一つ負っていない。

 

「どうなってやがるんだ…」

ローレンス軍曹は目を疑った。

まさかあの火線の中を無事に援護も無しに通り抜けるなど自殺行為も甚だしい。すぐに撃たれて死んでしまう、なのにあの医者は体のどこにも弾丸を受けず通り抜けた。神の加護かそれとも奴の信念が弾丸を弾いたのか、そんなもので撃たれないようになるなら俺達は苦労しない。そう思いながら東野の背中を見つめていた。

 

東野はその弾幕の中を通り抜け目的の建物の1階部にたどり着いた。幸いにも敵民兵の陣地からは晒されていない、だが元いた味方陣地からも姿は見えなくなる。

入り口はすぐ見つかった、家と家の間にある人が一人通れるくらいの道に面していた。東野はその入口から1階に入る。家の中にあまり物は見当たらない。椅子、机、棚などがあった。入り口から見て奥の壁に二階に通づる階段があった。だが、普通の階段と違うのは足場が陽の光で照らされている、屋根が砲弾で破壊されたせいだ。

東野はゆっくりと階段を登り2階に上がる、階段の途中からでも青い空が見えている。

 

ゆっくりと頭を出すと屋根の瓦礫がベッドや衣装タンスのようなものを押しつぶしていた。その向こうに見えたのは部屋の角でうずくまった少年、運良く屋根が崩れなかった側にいたらしい。

 

「大丈夫かい、そのままそこにいてね。」

東野が少年に声をかける。その声を聞いた少年は顔だけ上げ東野の顔を見るとうなずいた。それを見た東野は2階に上がる。屋根がポッカリと崩れ落ちており壁はその崩れた側の上部が欠けている。これ以上崩れそうな気配はない。瓦礫につまずかないよう壁伝いに少年に近づく。窓があり、ギリギリ見えるように頭だけ出すとローレンス軍曹達がいる陣地が見えた。その窓の下を這うように移動し角にうずくまっている少年のもとにたどり着くと少年の前でしゃがむ。

 

「おじさん…誰?」

少年はL国で話されている言語で東野に話しかけた。

 

「僕はお医者さん。君を助けに来ました。」

東野もL国の言葉で返す。

その言葉を聞いた少年はまた顔をうつむかせしゃくり上げるような声を出し、肩を上下させながら言う。

 

「お父さんも…お母さんも…どっか行っちゃった…」

 

それを聞いた東野も視線を床に落とした。この子も戦災孤児、東野はキャンプでも同じ境遇の子供を何人も見た。彼らは戦争で両親を亡くした、戦争の動乱の中で両親とはぐれた、そのような子供。孤児院や難民キャンプに行ければまだ良い。どこかの武力勢力に加わって使い捨ての少年兵になるか、捕まって人身売買の商品になるか、ストリートチルドレンとなってしまいただ飢え死ぬか、殺されるか。

 

彼の両親は捕まったか、殺されたか、それとも運良く難民キャンプに逃れたのかわからない。少なくとも東野が出来ることはこの少年をL国政府に保護してもらうか、東野がいたAAMSTの医療支援キャンプに連れていき保護することだ。

 

「ここから逃げましょう。もっと安全な場所に行くんです。」

 

「そこに、お父さんとお母さんはいる?」

 

東野は言葉につまる。嘘を言うのか、本当のことを伝えるのか。東野の良心は後者を選んだ。この少年に嘘を言ったとしてそれは後々の心の傷になるかもしれないと思ったからだ。

 

「わかりません。けど、手がかりはあるかもしれません、もしかしたら無いかもしれません。

それでも、僕についてきてくれますか?」

少年は少し考えたあと言う。

「…うん、行くよ。」

 

「わかりました、行きましょう。気をつけて。」

 

東野がそう言った時に何か物音がした。一階からだ。東野はローレンス軍曹の部下の誰かが来たのではないかと一瞬思ったが、その可能性は低いとすぐに払拭した。

東野は少年に背を向けしゃがみ階段の方を見る。瓦礫だらけのこの部屋に隠れられる場所はない。

 

一階を物色しているらしく物音がまだ聞こえてくるが話し声はしない、どうやら一人のようだ。

 

その人物は2階へ通ずる階段を昇る。瓦礫がジャリやガリッと音を立てる。

 

帽子のようなものが見え、すぐに柄の悪そうな顔が見える。上半身はタイガーストライプと暗色草むら系迷彩を合わせたような軍服を着ている、ズボンも同じだ。

背中にはAK系の銃を背負っている。

 

その男は2階に上がると東野の方をみる。

 

「どっかの野郎が走ってきたと聞いたけど、何で医者がここにいんだ?」

 

その男の話す言語はL国の言語ではなかった。しかし、語学に堪能な東野はこの言語を知っている、そして話すことが出来る。

分類的にはインド・ヨーロッパ語族に位置する、特にセルビア語に語彙が非常によく似ている。

その言語はバルカン半島にあるT共和国で話されている言語だ。

 

その男の帽子は黒いベレー帽であり、赤い盾の中に龍をあしらった部隊彰であった。その下には英語で「BALKAN DRAGON」とある。

 

東野はBalkan Dragonの名を聞いたことがあった。バルカン半島一帯で悪事を働いている無法者の民兵組織、大金を払えばどんな紛争でも行き暴虐の限りを尽くす。

 

東野はT共和国の言葉で言う。

「私はNGOの医師です。民間人救助の名目で来ています。」

 

「んなことは知らねえよ。後ろにガキがいるみたいだなこっちに寄越せ。」

 

「それは出来ません。この子は保護施設まで私が連れて行きます。」

 

それを聞いた男の顔は不快の表情になる。

 

「いいから寄越せって」

男は東野の前まで行き、

 

「言ってんだろッ!!」

蹴りを思い切り東野の腹に入れる。軍靴での蹴りだ重い一撃だった。

 

「…ッグ」

それをまともに受けた東野は自分の腹を押さえてうずくまってしまう。

 

「手間取らせんじゃねぇよ、クソッタレ。」

そう吐き捨てた男は、東野の後ろに居る少年を連れ去ろうと腕を引く。しかし、少年はそれに抵抗した。早く来い、クソガキ!と男が文句を言っている。

 

「…やめなさい!」

東野は痛みを我慢し、少年の腕をつかんでいた男の手を振りほどく。

 

「何しやがる!」

男は東野がもう痛みから回復したのかと驚くのと同時に東野にもう一度蹴りを入れる。

 

東野はしゃかんだ状態でそれを両手で受け止める。そして素早く男の軸足の左足を内側から右足で払い、同時に受け止めた右足を自分側に寄せる。

すると男はバランスを崩し背中から倒れる。

 

「1階に逃げて!!」

東野は少年に叫ぶ。

だが、少年は恐怖で足が竦み立ち上がることができない。部屋の角で頭を抱えこんでうずくまっている。

 

 

「テメェ、舐めた真似しやがって!」

男は左足で東野の胸のあたりを蹴ろうとする。しかし、それを予想していた東野は体を反らし右肩で蹴りを受け止める。

東野はつかんでいる男の右足を、自分の左脇に抱える。相手のアキレス腱の辺りに自分の橈骨の出っぱりが当たるようにする。

そして、自分の両足を内側と外側から絡める様に男の右足をホールドする。ホールド出来たら体を横に倒しそのまま身体を反らす。

 

「痛ッてぇ!やめろ、このやろっ、ってぇ!」

 

アキレス腱固めをされた相手は痛みにのた打つ。その間に東野は左足で、男が右肩に下げたAKのスリングベルトに引っかけそのまま男の腕から引き抜く。東野のホールドはプロレスや総合格闘技で用いられる相手の足を完全に固定する仕方なので、エスケープ方法を知らない一般人は技から逃れることは出来ない。

 

東野は上体を更に反らし圧迫を強くする。

 

「ああぁ!!やめろ!!

あっ、がっ、足がっ、切れる!!」

 

アキレス腱固めは強く極めれば、まるで自分の足の筋が切られるのではないかと思わんばかりの激痛となる。

 

「大丈夫ですよ、実際に千切れはしませんから。」

 

「そういう問題、じゃっ、ねぇ!

やめッ、てくれ!」

 

「このままこの少年を連れ去らずにおとなしく帰るなら止めましょう。」

 

「わかった!わかったから、はっ、離してくれ!」

 

「本当ですね?」

そういうと同時にアキレス腱への圧迫を少し強くする。

 

「いっでぇ!!嘘じゃねぇ、嘘じゃねぇ!」

 

「その言葉、信じましょう。」

 

東野は足のホールドを解く。

 

「はっ、はっぁ、ふざけんじゃねぇ…」

男は床に座り込んだまま自分の右足首をさする。

 

「そこにある銃はそのままにして、おとなしく戻って下さい。」

東野は白衣についた埃を払いながら言う。

 

「はっ、へへっ、わかったよ…」

男は立ち上がる、その様子を東野は鋭い眼光で見つめる。

 

「戻るさ…

 

テメェとガキを殺したらな!!」

 

背中の腰ベルトと上着の間に隠してあったTT-33トカレフを抜き、男はそれを東野に向ける。

 

が、それすら察知して予測していたのだろうか、男が銃を構え顔の前に持ってくると同時に左手でトカレフの銃口を自分の体の外へ向け、なおかつ下方向に向けるようにする。右手は顔や喉元を守るためにその前に持ってくる。

銃と言えど銃口さえ向いていなければ怖くはない。

 

銃口がそれると左手を男の手首から滑らせハンマーやリアサイト辺りをしっかりとつかむ、右手はバレル部のスライドを上からつかむ。そのまま、雑巾を絞る様にして互い違いに捻る。この動きを全て一挙動で行った。

 

すると意図も簡単に男の手からトカレフが離れ、東野の手に収まった。そして、東野は相手を抱きかかえるように手を回し、相手を寄せ鳩尾に膝蹴りをぶち込んだ。

 

男は膝から崩れる。そのまま、尻もちをついた。

 

「あぁ、これ装填不良にな(ジャム)ってますよ。」

東野が相手から奪い取ったトカレフのエジェクションポートを見るとスライドが少し下がっており、薬莢が2つ見えている。二重装填、ダブルフィーディングジャムだ。

 

「…んだと…?」

男は鳩尾を押さえながら東野の顔をみる。

 

「精度の良い弾丸を使ってないか、このトカレフはコピー品の粗悪品か、あなたのメンテナンスが悪いか」

そういうと東野はマガジンを抜き、銃共々放り投げる。

「あなたはあまりよく訓練されてないようですね、一般人相手に近接格闘で負けるなんて。民兵は元軍人が多いと聞いたのですがそんなことはないのですかね。」

 

「これ以上の私達に危害を加えるのなら許しません。

 おとなしくそこで動けるようになるまで待つか、ここからすぐに出て行くか。」

東野の顔は無表情だが、冷徹で尖った眼光で見下ろしている。もし、普段の同僚が今の東野の顔を見たら彼のこんな顔を見たことがないと口を揃えて言うだろう。

 

10秒ほど静寂がな時間が流れる。

 

「どうしますか?」

東野が再び男に問いかける。

しかし、男は無言のままうつむいている。この男はなにか企んでいる、素直に帰りそうにないと東野は身構えている。

 

「…ハァハッ、ハァー」

男は先程まで短くしていた呼吸を一旦整えた。その徴候を東野は見逃さなかった。

 

男が息を吐ききると、後ろに振り向き角にいる少年に向かって駆け込んだ。人質にでもするのか。距離は2mもない、一歩半踏み出して手を伸ばしたらうずくまっている少年に手が届く。東野は男の呼吸の様子からこの男が何かしら行動をすることを予測していた、男が振り返った瞬間に東野も男に素早く手をのばす。

しゃがんでいる状態で振り返ってから駆け出すのと、そのまま前に駆け出して手をのばすのでは後者の方がわずかに速い。

 

東野は男の後ろの襟元を掴む。男はそのまま少年の方に行こうとするが首が絞まってしまう。東野は膝を付き腰を回すようにして男を後ろに引き倒す、また尻もちをついた。

 

引き倒れた男は東野の方を振り向きざまに右手で東野に殴りかかる、その右手には手のひらに収まる程の屋根の瓦礫を持っていた。

 

東野はそれを左頬と鼻の間あたりに食らった。モロに直撃はしなかったが、頭が後ろに傾くくらいの勢いはあった。鼻血が出た。

男は腕を振り上げる。

そして、東野の顔面目掛けて振り下ろした。

 

 

東野は振り下ろされた腕を左手で掴む。

「人間としての倫理観すら無いのか。」

 

空いている右手で腰にあるVektor Z88を抜くと、男の腹に向け引き金を引いた。ダブルタップしたので、パンッ、パンッと発砲音がして9mm弾が男の腹を貫く。

 

「ダァッあ!!」

男が叫び声のようなものを上げ、仰向けに倒れる。手で撃たれた場所を押さえている。

 

「なん…で医者が…銃を持っ…てんだよ…」

 

東野が口を開く。

 

「私は2回もお前にここから逃れる機会をやった。それなのにお前は逃げるどころか私を殺そうとし。」

 

「この少年さえ手に掛けようとした。」

 

「許されない。」

 

「どうなんだ。」

 

いつもの口調ではない。表情は先程と変わらない無表情、眼光も同じ様に冷徹で尖った眼光。

 

「ホンの冗談…じゃねぇか…よ」

 

東野はその答えを聞いて、ふらふらと頭を振った。

そして、銃をホルスターにしまい立ち上がった。

 

少年にL国の言葉で話しかける。

「もう、大丈夫ですよ。そのまま目をつぶって僕と行きましょう。」

 

「銃の音がしたけど、大丈夫だったの…?」

 

「えぇ、大丈夫ですよ。」

 

東野は少年の方に行き背中におんぶすると階段へ向かう。階段を降りる前に立ち止まった。

 

次はT共和国の言葉で言う。

「運がよかったら誰かが来て助かりますよ、何も止血をしなかったら5分持てば大したものです。医者が言うんだから間違いありません。

 あと、何故医者が銃を持っているかという質問ですが。」

 

「自分で考えるか、調べたらいかがでしょう。」

そう言い階段を降りていった。

 

「…テ…メェ、っざけんな…待ちや…がれ…!!!

 待てっ…て、死ぬのかよ…!!おい…助け…!!」

 

(こういうの一度言ってみたかったんです。)

 

「あの世で、後悔してください。」

 

東野はその言葉を残して入ったところから路地に出る。

時計を見ると30分程の時間がすでに経っていた。そろそろ政府軍の味方部隊が合流する頃だ。

 

路地を少し歩くと眼の前に人影が現れた、距離がある、東野はVektor Z88に手をかけた。

 

「待て、待て、ドクター!俺だ、ローレンスだ!」

 

「…軍曹!良かった!」

 

「やっと味方部隊が合流した。弾薬も持ってきてくれた、他の戦線の余りだがな。

 表通りの敵陣地はもう潰してある。出ても大丈夫だ。」

 

「わかりました、ありがとうございます。

 あと、この子はどうしましょう。」

 

「ん?」

ローレンス軍曹は東野が背中に抱えている子供をみて驚く。

 

「生きていたのか!砲撃が直撃したというのに。全くの強運な坊主だ。

 まだ、中に生存者は誰かいるのか。」

 

「生存者…はいませんかね。」

東野は先程までいた建物の2階部を見上げる。

 

「どうかしたのか。」

 

「いえ、何でもありません。」

 

「そうか、ならいいが。

 ドクターはその坊主を連れて後方に下がってくれ。ジャジリも心配だ。」

 

「構いませんが、メディックの代わりがいなくなってしまうのでは?」

 

「1人だけ確保できた。流石に前線に民間人をずっとおいておくのは気が引けたんだろう。」

 

「そうなのですか。」

 

「ともあれ、後送用の車両がある。それに乗り込んでくれ。」

 

「わかりました。軍曹、御武運を。」

 

「お前には叶わなそうだけどな。」

そう言ったローレンス軍曹は表通りに出る。

 

東野も続くようにして表通りへ出る。少年を背中から下ろし、もう目を開けて大丈夫だよと言う。

兵士に後送用車両を尋ねそれに少年と乗り込んだ。

 

少年は窓のそとの景色を見ている。

東野はタバコを吸うのに窓を開けようとにレギュレーターハンドルに手をかけた。だが、子供がいるから自制しようと手を引っ込めた。外の景色を眺めるのもいいかと思い、東野も頬杖を付き目を窓の外へ向けた。

 

 

車両は程なくして市街地南部に到着した。

少年はAAMSTの医療支援キャンプに送られることになった。現在の保管されている安否表と照合するらしい。

 

東野は一服した後、負傷者の手当を始めた。

疲労感はあるが動けない程ではない。手を動かし自分のすべきことをした。

 

―――

 

約束の3日が過ぎた。

 

再編成された部隊は民間人の捜索を主に行ったらしい。後方に送られてくるのが民間人が主になっていた。

そして、どうやって調達したのか航空機爆弾で敵の後方迫撃砲陣地、司令部を爆撃したらしい。

 

ローレンス軍曹達は無事で、軍病院に送られたジャジリ一等兵の容態も回復しているとのことだった。

少年の父母は医療支援キャンプにて保護されていた。とても強運な少年だ。

 

人員が補給され東野はAAMST医療支援キャンプに戻る事となった。

 

来た時と同じ様に車で医療支援キャンプまで戻る。

車に揺られながら窓を開けてタバコを吹かしていると、数台のトラックとすれ違った。

 

すれ違ったトラックの助手席にやけに色の白い女が乗っているのを見た。

 

東野は特に何も気に留めずにそのトラックを見過ごした。

 

―――

 

 

「と、まぁ、これが前のキャンプでの一大イベントというか、一大事でしたかね~」

 

東野がココや皆に昔話を話した。

 

全員がドン引きしている。

 

「なんで弾に当たってねぇのか不思議だわ…」

ルツがつぶやいた。

 

「全くだぜ。」

トージョもそれに同調した。

 

「みなさん、意外と当たらないものだとかおっしゃってませんでした?」

東野が問いかける。

 

「いや、お前のそれはおかしい。」

アールが言う。

 

「そ、そうなんですか…」

東野は驚いた顔でうなずいた。

 

「民兵と素手で戦って…しかも、銃を突きつけられてそれに対処したって…ドクターは何か格闘技を?」

バルメが訊ねる。

 

「子供の頃から柔術をやっていまして。拳銃とかの対処は大学時代に部活動でクラヴ・マガをやっていまして、なかなか珍しいでしょう?」

 

「それもなかなか、おかしい話ですね」

バルメはクスクスと笑う

 

「さ、みんなドクターの昔話も聞けたことだしお昼にしよっか。」

ココが皆に言うとそれぞれ部屋を出ていった。

 

「おかしいのかなぁ…?」

まだ納得してない様子の東野は首をかしげながら部屋を出ていった。

 

 




どうも、作者の伯方のお茶です。

時間が経つのは早いものです。
だいぶお待たせしてしまいました。

このオリジナルストーリーは私の中でずっと書きたかったものです。
読んで面白かったら幸いです。

皆さま、感想、お気に入り登録、しおりをありがとうございます。
更新が止まっていたときもこれらが増えており嬉しく思っていました。

リアル生活が忙しく小説を書く時間が大きく取れないので細々書いていたら投稿がおそくなってしましました。

次話も必ず投稿しますので、よろしくおねがいします!!!!!!
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