ヨルムンガンド ChiNaTsu, She Can Stain Her Life. 作:伯方のお茶
登場人物が行っている医療行為に関してはなるべく調べてから書いているつもりですが、正確な内容でない場合が多々ありますのでご了承ください。
また、医療知識に関してもなるべく調べてから書いていますが、正確な内容ではない場合がありますのでご了承ください。
東野 達は計測ミスかと思い2度の血圧測定をしたがミスではなかった。
(1回目は上が165の下が105、心拍数が108、2回目が167の109で102…)
血圧測定をするつもりは初めはなかった。だが、コップを渡すときに微かにチナツの手が震えていて、腕と肩に妙に力が入っている様子を東野は見逃さなかった。
(ベットに安静にしていて、しかも、起床すぐにこの血圧は高すぎる…そして高齢者ならまだしも17才でこの数値は確実に異常値ですね…)
(身体は休めていても精神が休まっていない、常に周りを警戒しているから常時緊張状態に置かれている、ということですか…
よく今まで身体が持っていましたね、何かしら異常を訴えるのが普通なのですが…)
ノートに測定記録を取る。自分の所感も書き込んだ。日本語で書いたので読まれてもチナツには判読は出来ない。
「はい、終わりました」
チナツは何も言わずに目を瞑っている。
「昼食は何がいいですか?大抵のものならこのホテルは出してくれますよ。」
「何でもいい。」
東野の問いかけにチナツは素っ気無く答える。
「そうですか…そしたらサラダとフルーツ、トマトパスタにでもしましょう。」
東野はそう言い部屋の机の上の電話からルームサービスを頼む。不足しがちなビタミン類を補いたいのと、あまり高カロリーなものはベットで横になっているだけのチナツには健康に良くない、大雑把だがカロリーを考え基礎代謝+αのカロリーを取れれば良いと思っている。
「しばらくしたら来ますから待ちましょう。」
チナツはその声には何も答えない。ただ目を瞑っている。
(薬剤の投与はまだ早いですかね…始めは生活スタイルの改善から、体と頭が通常の環境に適応してくれると嬉しいのですが…)
考えを巡らせる、少なくとも一週間はこの状態を維持して孤独は敵ではないと思わせる、生きることへの欲を溜めさせるのが目的だ。重篤なフラッシュバックや明らかな不眠、下痢や頭痛などの体の不調が出たらの対処の方が良さそうだ。
30分程経つと扉のノックされルームサービスですという声が聞こえた。東野はチナツに目をやると瞑っていた目を見開き扉の方を睨んでいたのを見た。まだ警戒が解けていないのを改めて確認できた。
「はい、いま出ます。」
東野は立ち上がり扉の方へ行き食事を受け取る。そして机の方へ戻り、食事を置くとチナツの分をトレーに乗せて差し出す。チナツはそれを受け取り太ももらへんに置く。
「食べましょう、いただきます。」
手を合わせそう言うと東野は食事を食べ始める。それを横目で見ていたチナツもサラダから口に運ぶ。サンドイッチの野菜同様みずみずしい食感で少しかかっているバルサミコソースの酸味が食欲を刺激する。そこまで空腹を感じていなかったチナツだが一口食べると意外とお腹が空いていたのがわかった、サラダをまた口に運び咀嚼する。
一方東野はトマトパスタを食べている。カロリーや栄養も考えてトマトパスタにしたが単に東野の好物でもあった。だが、フォークに巻くのが下手で日本人らしくズゾゾと豪快に音を立てて食べてしまう。
それを聞いたチナツが眉間シワを寄せて言う。
「おい、すすって食べるな。行儀が悪いぞ。」
東野はチナツの方を振り向く。唇にトマトソースがついているが気付いていない、
「あっ、あぁ、すみません。日本人の悪い癖ですねー。」
チナツは器用にパスタをフォークに巻きつけパクっと食べ飲み込むと、呆れながら言う。
「…全く、これで本当に医者か…」
「普通の医者ですよ、一応。」
「…フンッ」
チナツは東野から目線を外し食事を食べ始める。
だが、東野はまたズゾゾと音を立ててしまう。外科手術は得意中の得意なのに変なところで不器用な男だ。
チナツは叫ぶ。
「だから、音を立てるな!」
「あっ、あれっ?すみません!」
___
騒がしい昼食が終わった。あの後、東野は扉のイスの所で食事をした。
13時半、部屋は再度静寂に包まれる。
何もすることがないチナツは枕を背にベットの上で横になり窓の外を見ている。東野は扉の前のイスに座り医学書らしき本を読んでいる。
14時、15時、16時と何も起こらない時間が進む。あるかといえば時々トイレに立つくらいだ。
チナツの頭の中は怒りと不安と安らぎの感情が混ざり合っていた。ここに寝転がりただ外を眺め遠くの雲の動きを見る安らぎ、しかしこうされてるのはココ・ヘクマティアルの意思でなっているかと思うと怒りが湧いてくる、私を飼い慣らそうとしているとしている。そしてこの東野という医者が私の治療らしきしていることについての疑問、自分の独断だというが信用が出来ない。
考えても仕方がないことだが頭の中を考えが走り回る。逃げ出した方がいいのか、このままここにいたほうがいいのか。
時間は過ぎ外は夕暮れの日差しになった。
(復讐はどうしたんだ、私。こいつらの仲間になんてならない、この医者も誰も彼も信用できない。)
少し薄暗くなった部屋の中でチナツは頭の中で自分を思い出す。こんな奴らに絆されたりしない。
(思い出せチナツ!私は殺し屋、殺し屋 オーケストラだ!)
東野が部屋の明かりを付け、チナツに話しかける。
「18時半過ぎですけどお腹は空いてますか?まだなら、夕食はもう少し待ちますよ。」
「食べる。」
チナツはその問いに答える。
「わかりました、うーん、夕食はリゾットでもどうでしょう。お肉も食べて栄養をつけましょう。」
「あぁ」
また30分程で食事が部屋に運ばれてくる、リゾットと小さいサラダ、焼いた牛肉だ。昼と同じように東野からチナツに食事が渡され、二人同時に食べ始める。
チナツは少し急いだ様子で食事をしている、東野の方をチナツは見るが特に変わった様子は無くのほほんと実に美味しそうに牛肉を食べている。
食事をしおえルームサービスが食器を受け取ったのが20時前。チナツは就寝の時間を待っていた。
そして22時になると東野が出てきて「電気を消しますね、おやすみなさい。」と言い部屋が暗くなる。扉の方の明かりはダウンライトがついていた。
(2時くらいまで待とう、さすがに医者といえど寝るはずだ。)
チナツはそう思い目を閉じる。寝ないように気をつけなが時々開け、音を聞き東野の様子を伺う。
銃はどこにあるだろう部屋の中を見回す。外からの光に照らされて目を凝らせば様子は見える。
机の下のメディカルバックを見つけ、その中に入っているかもしれないと思い後で見ることにした。銃でなくても刃物の類があるかもしれない。武器が何もなかったとしても奴らの誰かから奪うそれかどっかから適当に調達すればいい。
(医者…あんたは命を助けてもらった礼だ、殺さないでおいてやる。)
___
午前2時07分、チナツは起きていた。
ゆっくりと掛け布団をどけて、足を下ろし靴を履く。
扉の方にいる東野の方を見ると、イスに座って上半身を壁に預け頭を下に落とし寝ている様子だった。
すぐ横にあるメディカルバックに手を伸ばし音を立てないようサイドジッパーの袋の所に手のひらを置く。
硬い感触はない、何か布の様な柔らかい物のようだ。反対側のサイドジッパー部も同じように探る。こちらも硬い感触は無い。
上面中央部にあるコの字になっている部分を開けようとゆっくりとジッパーを引っ張る。ジ、ジジ、ジと音が出たが小さい音だ。上面部を開くと中には厚手のビニール容器に手術器具のような物、ゴム手袋や包帯、大きめのガーゼや注射器、何かの薬品が数種類入っていた。その他にチナツが何に使うかわからない様なものもある。
(武器になりそうなのがあんまりない…)
少し漁っても小さめの刃物くらいしか見つからなかった。
チナツは袋に入った小さめの刃物、医療用メスをポケットに2本突っ込み、1本は袋から取り出し右手に持つ。
メディカルバックは開けっぱにしてゆっくりと立ち上がり振り返る。まだ、東野は寝ている。
チナツは一歩踏み出す。
(そのまま寝てろよ…)
もう一歩踏み出す。
もう一歩踏み出し足を地面につけようとする。
その時、下に顔を向けていた東野の顔が瞬間的に上に向き目が合う。同時に息を短く吸い込んだ音も聞こえた。
朝、何故かふと目が覚めてすぐに起き上がる。そんな感じだった。
東野は白衣の胸ポケットに入れていたメガネをかける。
「あ、すみませんね〜」と小さな声で言いイスを少し引いた。どうやらチナツがトイレに立ったのだと思っているらしい。だが、ダウンライトの暖色光に照らされ立ち止まっているチナツの違和感に東野はすぐ気がついた。
手に何か持っている、そして暗く少しぼやけた視界の中だが自分のメディカルバックが開いていることがわかった。そこから導き出される答えは彼にとってさほど難しい物ではなかった。
逃げる、その可能性を東野は十分に考えていた。
起こるなら初日の夜か2日目くらいまでにとも思っていた。だけども、実際に逃げ出そうとするチナツを見た東野は悲しい気持ちになった。初日だから精神が安定してないのはわかってるし、逃げないよう拘束したら逆効果なのもわかっている。わかっていたことだが己の無力さを痛感し、自分はチナツに寄り添い掬い上げることが出来ないのかと錯覚するような、前の記憶を思い出し心が締め上げられた。
「チナツちゃん…?」
東野は当惑した顔で言う。
「…クッ、なんてタイミングで起きるんだよ…」
眉間にシワを寄せ口角の片方を吊り上げさせたバツの悪い顔をしたチナツが言う。
「そこを通せ、おとなしくしてれば危害は加えない。」
それを聞いた東野は頭を下に向けまぶたを下ろし、息を大きく吸い息を大きく吐く。そして目を開き自分の手のひらを見つめ3回開いたり閉じたりした。
こんな無力感に苛まされている時間などないし、そんな物には価値が無い。前の記憶は前の記憶だ、それは過去で今では無い、今目の前にいる彼女を掬い上げる、それが自分の使命だ。
東野は立ち上がる、いつもの朗らかな微笑を浮かべて。
「医療用メスは切れ味が良いので危険です。不用意に使うと怪我をします、返してください。」
右手を差し出し、チナツの方へ一歩踏み出す。
「こっちに来るな!!」
チナツは叫び右手に持った医療用メスを東野に突き付ける。この男の声が頭の中に入ると安心と恐怖が入り混じった感情になる。
すぐに切り付ければいいとわかっているが体が動かない、切りつけたら自分が危ないという恐怖と切りつけたくないという優しさの心が生まれてしまう。自分のどこからか湧き上がる狂暴性が無くなって自分が壊れてしまうかもしれないとも感じる。
この医者が自分の命を救ったことは奴の勝手だとわかっていても、チナツは東野に一片の優しさを微かに感じていた。
「さぁ。」
東野は一歩踏み出す。
「来るな!!」
チナツは一歩後ずさる。
「大丈夫。」
一歩踏み出す東野。
「やめろ!!やめろッッ!!!!」
チナツは右腕を振りかぶり東野を切り付ける。が、その腕を東野はいとも簡単に左手でチナツの右手首を掴み受け止めた。
「はっ、離せッ!!」
振り解こうと右腕に力を入れるが動かない、予想外に力が強い。
東野は受け止めたチナツの右手首を左手でしっかり掴み、自分の右手をチナツの右手を包むように掴む。
そして両腕で自分の方に医療用メスを近づける。
「離せって!!」
チナツも掴まれていない手で東野の腕を掴み引き剥がそうとする。足は踏ん張るので精一杯だ。
ゆっくりとチナツの手の中の医療用メスを東野は自分の左肩に近づける。
「何を…!!」
「私はあなたの味方だ。よく見ててください。」
そう言い一気にメスを自分の左肩に突き立てる。
白衣と服を容易く貫通し痛みが走る。どうやら刃の部分の8割以上が筋肉に刺さったようだった。刃が刺さっている所から血が出てきて白衣が赤く染まってゆく。
チナツは手を離されて踏ん張っていた反動で尻もちをついた。
「ほら、切れ味がいいでしょう?」
左肩に刺さったメスを一瞥したあとチナツに言う。
「お、お、お前、何を、、、バカじゃないのか!?」
チナツは尻もちをついたまま唖然としている。相手の持っている刃物を掴んでそのまま自分に刺す馬鹿なんて今まで見たことなかった。
「よく言われます。」
東野はしゃがむ。
「本当は1週間くらいは休んで欲しかったのですが、早めに話をしたほうが良さそうですね。」
「あと2日待ってその時に色々話をしましょう、どうですか?」
「…何の話をする。」
「それもその時お話しますよ。」
東野は立ち上がり開けっぱなしのメディカルバックのところまで移動する。
「…ッよっと」
刺さっている医療用メス引き抜き袋に入れる。そして白衣とTシャツを脱ぎ傷の手当をする。血が溢れてくるが気にも留めず、パット形止血剤を当てがいその上からガーゼを置き包帯で肩全体を器用に巻く。その後Tシャツを着る。
「イテテ、結構痛いですね。」
チナツの方に向き言う。
「残りも出してもらえますか?」
それを聞いたチナツは無言でポケットの中にある医療用メスを東野に差し出した。
「ありがとうございます。こんな時間ですから寝ましょう、睡眠は体にとって大切です。」
東野はニッコリと笑いベットに戻るよう促す。
「…狂ってやがる」
チナツは立ち上がり東野に聞こえないような小声でそう呟くとベットに潜り込んだ。
それを見届けた東野も扉の方のイスへ戻り座るとふぅと息をつく。
「それもよく言われます。」
小声で呟くと東野はまぶたを閉じ壁に体を預ける。
傷口から鋭痛がするが我慢して眠りに落ちた。
お待たせいたしました!!!!!
作者の伯方のお茶です!!!!
お気に入り、しおり、UA、感想がいっぱいで驚いております!!!!本当にこの小説を書き始める前は少しの方が読んで頂ければいいと思っていましたが、こんなにも多くの方に読んでいただけるなんて感動しております!!!!!あ、これ前の話にも書いてますが本当に驚いているんです!!!!!
投稿ペースは相変わらずゆっくりで申し訳ありません。
更新は続けて行きますのでゆっくりとお待ちください!!!!!
それでは皆さんまたお願いします!!!!