「……ん? 来たか。もう二時間経ったんだ」
扉を挟んだ先、廊下の方から複数人の足音が近づいてくるのに気づき、僕は手元の大淀ノートを閉じる。
二時間もどう潰したものかと考えたけど、このノートの中身を網羅しようとすると、到底時間は足りなかった。
居住まいを正して待っていると、コンコン、と扉がノックされる。直後に扉が半分ほど開かれ、五十鈴が敬礼してきた。
「五十鈴、入るわ」
声を張っている訳ではないのに、凛とした良く通る声で彼女は名乗る。
「どうぞ」
右手で入室を促すと、綺麗なお辞儀を見せて室内に歩み入った。もちろん、後ろには駆逐艦の四隻も続いている。妙に堅苦しい雰囲気だけど、一体どういう腹積もりなのやら。
「さっき言った通り、私たち五人で相談したわ。代表して私が考えを報告させてもらってもいいかしら?」
ああ、五"人"でいいのか。船として五"隻"と数えるべきなのかと思っていたけど、五十鈴の言葉を基準にするなら、艦娘の数えは"人"でいいらしい。
なんてどうでも良いことを考えながら、僕は一度頷いて先を促した。
「ただその前に、海原さん、聞いておきたいのだけれど」
「なんだ?」
「提督になるということがどういうことか、貴方はどう捉えてる? どう考えているのかしら」
「……深海棲艦という未知の侵略者に対し、国を守るため戦争に参加する、ということだ」
「直接戦うのは私たち艦娘。けれど、提督にも当然危険はついて回るわ」
「だろうな」
具体的にどう危険なのか、と聞かれたら口ごもるしかないけど。
「家族や友人と気軽に会うこともままならない。大切な人が病や事故で命を落とすかも知れない時、そこに立ち会うことも許されないのよ?」
「俺には関係ない話だ。家族なんて血が繋がっているだけの他人だと思っているし、俺の友とは妖精さんだけだ」
「妖精さん?」
「ン"ン"っ! 妖精だけが俺の友であり、大切な存在だ。鎮守府の外に未練などない」
「きゃー///」
「はずかちぃ」
「これはせきにんをとってもらわねば」
「やっぱりしんぜんしきよね」
「うぇでんぐどれすもいいかも……」
妖精さんたち、今大事な話してるからね?
「……本気で言っているの?」
「無論だ。俺が着任した経緯について、この三日間のことを話したが……。
俺に世俗との関わりが薄い点についても、軍にとって都合が良かったんだろう。死んでも文句を言う輩が居ないからな」
「そんな……」
何となく訳アリなのは察したんだろう、五十鈴は痛ましそうな表情を見せる。
「同情はいらん。言っただろう? 提督として活動することに前向きだと。俺にとっては、友と協力して働ける唯一の場所だ。命を懸けることに躊躇はない」
僕の言葉を受けて、五十鈴ははっと目を見開いた。そして、僕の周りで思い思いに浮遊する妖精さんたちに視線を向ける。
「……そこまで言えるのなら、五十鈴も覚悟を決めるわ」
五十鈴はゆっくり瞳を閉じると、うっすらと微笑んだ。
かと思えば、直後にカッと目を見開き。左手を腰に当て、右手の人差し指を僕に向けてビシッと突きつけてきた。
「海原さん! いえ、海原提督! 五十鈴は……私たちは、貴方について行くと決めたわ!
そんなノートに頼らなくても、一人前の提督になるまでしっかりサポートしてあげる!」
……驚いた。何がどうなってその結論に至ったのか。他の鎮守府に異動願いでも出すのかと思ってたけど。
もしや五十鈴の独断専行か? と思い、彼女の後ろに並ぶ四人に目を向けると。
真っ先に目が合った夕立が、満面の笑みで口を開いた。
「ぽい! 夕立、この鎮守府の初期艦だもの! 頑張って提督さんについて行くっぽい!」
……おそらく、話し合いとやらでも夕立は僕の味方をしてくれたんだろう。本当になんでか見当もつかないけど……止めて欲しい。視界が
「僕も思うところはあるけど……。夕立もこう言ってるしね。協力して、進んでいこう」
「そうね! 私も司令官のために、いーっぱい働いちゃうから! 遠慮せず頼っていいのよ?」
「
時雨、雷、響と続けざま好意的な表明をしてくれる。
しかし、輪をかけて意図が読めない、意味が分からないのは響だ。僕の何を知っているんだ? という気持ち以上に……
「すぅ――………」
彼女たちの言葉を受けてぐちゃぐちゃになった内心を誤魔化すように、机に視線を落とし、細く息を吐く。
今は五十鈴たちの言葉を受け入れ、提督として一歩を踏み出すべき時だ。
「お前たちの考えは分かった。感謝する。この通り右も左も分からない素人だが、懸命に働くつもりだ。今後とも、俺を支えて欲しい」
「「「「「はいっ!!」」」」」