妖精さんの勧めで提督になりました   作:TrueLight

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14.まじめなおはなしなのよ?

 

「ねー、かいー」

 

 艦娘の皆が遠征へ出撃するため部屋を退出した直後。

 一息つこうかと思った僕に、未だ手のひらの上で鎮座する妖精さんが声をかけてきた。

 

 鎮守府に着任してからは海提督(かいていとく)と呼んでいたはずだけど、一体どうしたんだろう。

 というか。

 

「えっと……妖精さん? 僕の手から降りてくれないかな。さすがに腕が痛くなってきたんだけど。話はそれからでも」

 

「こらっ、まじめなおはなしなのよ?」

「しずかにききんしゃい」

 

「あ、うん」

 

 ピシャリと言われてしまうと従わざるを得ない。これは僕が下に見られている訳じゃなく、妖精さんが無意味に僕へ苦痛を強いることなんて無いと知っているからだ。

 でも出来れば早めに済ませて欲しい。

 

「かい、つらいでしょ?」

「くるしいでしょー?」

「……うん?」

 

 これまた漠然とした内容だ。一体何を指して言っているんだろう? 両手? 辛いです。言わないけど。

 

「触れたこと無い分野だし、勉強とかはまあ、辛いかな」

 

「それじゃないー」

「それもあるでしょーけど」

「いすずとさー」

 

「五十鈴と?」

 

「はなすのつらいでそ?」

「? …………!」

 

 一瞬何のことかと思ったけど、言われて思い出す。大淀ノートの件で五十鈴に詰問された時、確かに僕は言い表しがたい辛さを覚えていた。

 今まで同級生や大人たちに迫られた時には感じなかった、身に覚えのない息苦しさ。

 

 そう、僕はあの時、五十鈴に対して罪悪感(・・・)を感じていたのだ。怒りを露に迫る彼女に、何故だか申し訳ない(・・・・・)、と。

 ただ、それが辛いから五十鈴と話すのが嫌なのか、と聞かれるとそれも違う気がする。

 

「かいはもうきづいてるよ」

「……何に?」

 

「かんむすはにんげんじゃないって」

「…………」

 

 妖精さんの言葉は、ただの事実確認じゃない。僕が確かに感じていて、自分では言葉に表せないそれを。気づかせようとしてくれているんだ。

 

 艦娘は人間じゃない。一般論じゃなく、それが僕にとってどういう意味を持つか。

 まず、僕にとって、人間とはなんだ?

 

 ――異端な存在を、自分とは違うものを排除する冷酷さだ。

 ――本心を隠して、遠回しに己の考えを押付ける傲慢さだ。

 ――周りに倣って、正義を下すように拳を振るう暴虐さだ。

 

 

 僕にとって、人間とは――――悪意そのものだ。

 

 

 では逆に、僕にとって艦娘とはなんだ?

 

 大淀、夕立、雷、時雨、響、五十鈴。僅かに接した時間の中で、彼女たちから何を感じた?

 

 

 艦娘として最初に出会い、二日間机を共にした大淀。彼女は――とても生真面目だった。大本営の命令に振り回され、僕みたいな素人に提督として必要な知識を叩き込んだ。

 

 急にこの鎮守府を()つことが決まってからも、決して妥協はしなかった。別れの時、僕に気付かれまいと化粧で隠そうとしていたが、目の下は隈で黒ずんでいた。

 これから作戦海域に出撃するというのに、携帯端末を渡し、最後まで僕の行く先を案じていた。……僕はそれを、僕のような厄介ごとから解放されて清々しただろう、などと軽んじたけれど。

 大淀は最後まで、懸命に僕を支えようとしてくれていた。

 

 

 最初の建造によって着任した夕立。夕立は初めて言葉を交わした時から、とても好意的に接してくれた。嫌いだった名前を褒めてくれて、動揺した僕を心配してくれた。

 誤魔化すように口走った、初期艦として頼りにしている、という言葉に、心底嬉しそうに笑ってくれた。改めて思い起こすとよく分る。夕立は僕に、何度も喜びをくれたのだ。

 

 

 雷、時雨、響とはまだほとんど接点が無い。だが、五十鈴が言った、僕が一人前の提督になるまでサポートする、という言葉にしっかりと頷いた。

 三人の表明に、嘘偽りは感じられなかった。特に響の、独りの寂しさを知っている。僕を独りにはしない、という発言。恥ずかしい表現だけど、正直心に沁みた。

 

 

 そして(くだん)の……五十鈴だ。僕が素人なのではと疑い、怒気を隠さず詰め寄ってきた。今までの人生で何度も繰り返した状況。一方的な断罪。そう捉えた僕は、人間に対するやり方と同じ方法で身を守った。……開き直ったような態度で、皮肉を口にした。

 

 それだけが理不尽な外敵(にんげん)に対する、唯一の対抗手段(ぶき)だったんだ。そうすると大抵は、ほら見たことか、認めたぞと僕の処刑に移る。形式だけで耳に入れる気のない、僕の自己弁護の時間を握りつぶす。

 

 しかし五十鈴(かんむす)は……ふざけるな、と声を上げた。これは気を晴らすための無意味な裁判なんかじゃない。そうせざるを得なかったなら理由を教えてくれ、と言外に叫んでいたんだ。

 

「――――ああ、そっか」

 

 得心して呟いた僕に、妖精さんはにっこりと微笑んだ。

 

「五十鈴は……艦娘は、真っ直ぐだった。自分を偽らなかった……」

 

 彼女に対して感じた罪悪感。その正体が確かに見えた。

 自分の思いを隠さず、丸腰で近づいてくれた五十鈴に、僕は……。

 斬りかかった(・・・・・・)のだ。自分を守るため、人間に振りかざしてきた対抗手段(ぶき)を。

 

「僕はずっと、彼女たちを騙してた……」

 

 一人称を俺と偽って。乱暴な言動をとった。今まで通りに、外敵(にんげん)接する(たたかう)ように。

 

 妖精さんたちが気づかせようとしてくれてたものは、これだったんだ。

 心のどこかで彼女たちから感じていた真摯さ。それに対して僕は武器を振りかざし、気づかないうちにストレスを抱えていた。これでいいのか(・・・・・・・)、と。

 

 妖精さんたちは気づいていたんだ。僕が知らない、気づいていない僕の苦悩に。

 

「……ありがとね、妖精さんたち」

 

 昔からそうだった。僕が悩んだ時、落ち込んだ時。いつだって隣で支えてくれるのは妖精さんだった。だからこそ、僕は妖精さんを疑わない。

 そして、妖精さんが困っていたら助けてあげるのだ。僕にできることなんてたかが知れてるけど、だからこそ出来ることをなんだってやってやるんだ。

 

「うむうむ」

「いいのよ、あたちたちのなかじゃない」

「でもこれで」

 

「?」

 

 僕が感謝を口にすると、妖精さんたちは顔を見合わせてにぱっと笑った。

 そして……実は考えをまとめている間、間抜けにも(かか)げっぱなしだった手のひらから飛び立ち、妖精さんたちは僕を取り囲んで両手を突き上げる。

 

「かいていとくがちんじゅふにちゃくにんしましたぁ」

「ばんざぁい! ばんざぁい!」

「あかつきのすいへいせんに!」

「しょうりをきざみなさぁい!」

 

 それはおそらく、僕が初めて鎮守府を訪れた日に。

 建物の入り口で、妖精さんたちが放った言葉だった。

 

 ……きっとこれは、妖精さんから僕への祝福だ。

 この日この時から、本当の意味で艦娘たちの提督になるのだと。

 

 もう痺れて若干感覚が無くなってきた両腕を、僕は力いっぱい突き上げ、妖精さんたちに続いた。

 

「ばんざーーい!! ばんざーーい!!」

 

 迷いを振り切るように、というかもうヤケクソだ! というように。

 僕はしばらく、妖精さんたちと一緒に拳を突き上げ、叫び続けていた。

 

 ……(はた)から見たら変な宗教の儀式だろうな、と落ち着いてから思った。

 


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