「なぁ海原。何で先生が怒ってるか分かるか?」
「……」
知りたくもない。
「教室のガラスを割ったことだけじゃないぞ。
どういう理由で割ったのか、事故なのか故意なのか。何も話してくれないじゃないか。それとも何か? よっぽど後ろ暗いことでもあるのか? うん?」
「……すみません」
何を話しても信じやしないじゃないか。
「なぁ。お前、謝ってれば許されると思ってるんじゃないだろうな? 小学生じゃないんだぞ。
どうせ悪いことをしたとすら思っていないんだろ? 簡単に謝罪の言葉が出てくる奴は大抵そうだ。破片を片してくれたクラスメイトに礼の一つも言わなかったらしいじゃないか。
一体何様のつもりなんだ? なぁ、教えてくれよ海原」
「すみません」
何したって許されるなんて思ってないし、許しなんていらないよ。
それに割ったやつが自分で片づけただけだ。割れた窓は隠せやしないから僕に押し付けた。礼なんていう訳ないだろ。
「言いたいことがあるなら言えと言っとるんだ!! なぁ海原! 俺をバカにしてるのか!? あぁ!?」
「すみません」
バカになんてしてない。自意識過剰もいいところだ。他人に思うことなんて、関わらないでくれないかな、くらいなものなんだけど。
「…………チッ……。はぁ。良かったなぁ? 海原。世間様が体罰だなんだと
「…………」
自分がルールとやらに守られてるから僕もそうだと思ってるのか。
自分がそうだから他人もそうだなんて、傲慢にもほどがある。小学生はどっちなんだか。
「ハッ、今度はだんまりか! 反省してるフリをするのも面倒になったか? 良いご身分だな、本当に」
「…………」
他の先生の目が気になり出したから早く終わらせたいんでしょ?
もう済みそうだから言うのを止めただけだよ。さっきの「すみません」がフリでも謝ってるように見えたなら眼科に行ったほうが良いと思うな。
「良いだろう、教室戻れ。ただし放課後は残ってろよ。しばらくの間は居残りで校内清掃させてやる。お前がなんとも思わず割ったガラスの一枚も、手を入れる大変さが分かればちっとは反省できるだろ。良かったなぁ俺が担任で。進級までにしっかり更生させてやるよ」
なんだ、今回はその程度か。僕が何も言わないから、個室に連れ込んで殴る教師は何人かいたけど、この人は割とマシなほうみたいだ。
良かった、この人が担任で。しばらくは妖精さんに心配かけないで済みそうだな。
・・・
「……もう朝か……」
嫌な夢を見た。当時は慣れたものだと思っていたけど、夢に見て、汗びっしょりで目覚めるくらいには心に残っているらしい。
夢の中ではどうと言うこともないのに、目覚めてみたら心臓がばくばく跳ねている。
自分のことだけど、その乖離がひどく気持ち悪かった。
「おはよーかいー」
「うなされてたからこえかけたんだけども」
「おみずどーぞー」
「ありがと、妖精さん」
「きのうのおしごとのせい?」
「よるおそくまでおわんなかったもんね」
昨夜の仕事と言うのは、改造によって改二になった夕立のことを文書にまとめる作業だ。
直接指摘を受けない限り問題はないらしいけど、運営を始めたばかりのこの鎮守府では、夕立の存在を隠し通すのは不可能。
定期調査でよその提督や艦娘が訪れれば間違いなく露見する。明石や夕張との接触を果たさず改造を行い成功したことも、練度上あり得ない改二艦が存在することも。
とは言っても素人の僕が一人で
妖精さんや艦娘の皆と相談しながら慎重に作成した。おかげで僕や夕立の身柄がどうこうなることはない、と自信をもって言える文書が完成した。
監査が来る前に大本営に文書を送ることも出来るけど、そうすると変な勘繰りを受けるかも知れない。わざわざ自主的に報告を回すなんて、知られたくないことでもあるのか、と。
そんなわけで、とりあえず改造の件は先送りになっている。ただ定期的な調査とはいえ、初めて監査が入るこの鎮守府ではいつその時が訪れるか分からない。準備は早いに越したことはないと全員の意見が合致したことで、昨日中に急いで用意する運びとなった。
「妖精さんたちも、夜遅くまで悪かったね。今度お菓子買いに行くときは奮発するよ」
「あたちたちがいいはじめたことだしー」
「きにしなくてよろし」
「でもいいとこのおかしはよろしくです」
「任せてよ。さて、お風呂にでも入ろうかな? 今日はやることもないし、ゆっくりしよう……」
五十鈴が指導と管理をしてくれているので、基本的に執務が滞ることはない。
昨日無理に書類を用意したのも、僕の休日になるはずの今日に持ち越さないためだった。
おかげで今日はのんびりできる。顔を合わせたら、五十鈴に改めてお礼を言っておかないとね。
「だったらねー」
「おふろあがったらさんぽしてらっしゃーい」
「しつどひくし。きおんもかいてき」
「しおかぜがここちよいひよりなりー」
よっぽど僕の顔色が悪いんだろう、気分転換を勧めてくれる妖精さんたち。
「うん、そうするよ。ありがとう、妖精さんも今日はゆっくりしてね」
僕の言葉にぐっとサムズアップする妖精さんを尻目に、僕は提督室を後にした。