「はぁ……」
しとしとと雨が降る鎮守府で、僕は……駆逐艦時雨は、ぼんやりと水面に波紋を広げる雫を眺めていた。
提督の執務室を最上階に仰ぐ本館の一階。廊下の窓を開けて、上半身を窓枠に預けていると、思わずため息が漏れてしまう。
「……はぁ……」
今度は意識的に、もう一度。
雨は嫌いじゃないけど、どんよりと暗い曇天は、どうしても僕の心情と重なっているように思えて、少し憂鬱になる。
というのも、少し前からこの鎮守府を……というか、提督を取り巻く雰囲気が変わったような気がするんだ。
きっかけは多分、夕立と提督が二人で海に出た一件。
あの日から夕立は提督に心酔……と言ったらちょっと違うかな。もの凄く懐いているって感じだ。
心配になって迎えに行ってみれば、護衛として提督と寝所を共にするなんて言い出したり、それを提督が固辞して追い返そうとひと悶着起こしていたり。
もう片時も提督から離れたくないって感じだね。海で提督と何があったかは、こっちが聞いていないのに嬉しそうに何度も話すから、知っているし気持ちも理解できるんだけど。
姉妹をこんな風に表現したくはないけど、もう忠臣って言うより忠犬だ。
雷はと言えば、提督への世話焼きに拍車がかかった。
ばつが悪そうに海水と砂で汚れた軍服の洗濯をお願いされた時、「司令官は私が見ててあげなくちゃっ!」と思ったらしい。本人が言ってた。
いつもより起きるのが遅ければ提督の私室に様子を見に行くし、定期的に部屋を訪れては洗濯や掃除の必要が無いか確認してる。
これに提督が甘えて、雷に雑事を全部押付けてるなら僕も思うところがあるんだけど。
お願いする時はいつも申し訳なさそうに頭を下げてるし、執務が滞ってない時は雷に教えてもらいながら一緒に片づけてるところを目にする。
僕や他の艦娘が手伝いを申し出たりしても、雷はやんわり断るから、この二人はもうこれでいいのかなって気もしてくるね。
変わってないように見えるけど、五十鈴さんもちょっと様子がおかしい。
提督に座学の指導をする時は、以前から凛とした厳しい表情で教えているんだけど。
教えたことを実践していたり、五十鈴さんの問いかけに満点の答えを提督が返すと、驚くほど頬が緩んでる。
口元に手を当てて、提督には見られないようにしてるみたいだけど、僕たちには丸見えだった。どうやら五十鈴さんも相当提督に入れ込んでるみたいだ。
まぁ最近まで一般人だったのに、
一歩下がったところで活躍を見守る姿は、陳腐な表現だけど、家庭で夫の仕事を支える奥さんみたいだ。……うん、考えていて恥ずかしくなってきた。
だってそれくらい、五十鈴さんの提督を見る目が優しいんだもの。
でもこの三人はまだマシなほうだね。……一番雰囲気が変わったのは、僕にとっては意外なことに響だった。
夕立に五十鈴さん、雷は着任当初から割と提督に好意的だったから、今の様子も納得と言えば納得なんだ。
ただ、僕は提督のことが嫌いなわけじゃないけど、上官と部下の関係を逸するような感情は抱いていない。
そしてそれは、響も同じだと思っていたんだ。言葉の上では提督の立場を
でも、今の響はどうだろう。
提督と響が鎮守府で出会うところを見かけると、響が別れ際に必ず口にする言葉がある。
『司令官。
ロシア語だろうと当たりはついたけど、意味はさっぱりだった。
気になって共用の端末で調べてみると、端的に『大好きだよ』。
何があったの!?
頬を桃色に染めて。微笑みながら言葉を交わす響は、外野の僕が表現するのも恥ずかしいくらい恋する乙女って感じだ。
夕立も五十鈴さんも雷も、その好意の向け方や変わり方は理解できるよ。
でも響は、まったく分からない……。勝手な話だけど、僕と同じ立ち位置というか、提督との距離感にシンパシーを感じていたから、なんていうか、ちょっとショックだ。
「はぁ……」
僕の一人相撲だとは思うんだけど、他の子たちの提督に対する気持ちと自分の気持ちに温度差を感じて、どうしても居心地悪く感じてしまう。
……腑抜けた表情で、どれだけそうしていただろう。
降ったり
「こんにちは、時雨。こんなところでどうしたの?」