妖精さんの勧めで提督になりました   作:TrueLight

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35.孤独な闘い―SIDE霞―

 また、この時が来た。

 以前に比べればかなり期間が開いたほうだけど、やることは変わらない。

 

 丁重にお出迎えして、そいつの命令に従って。

 どうせしばらくしたら居なくなる。それまで無難にやり過ごせばいい。

 何人目かなんて忘れたし、これからも覚える気はない。

 

 きっと私たちはこの孤島で、人間を守っているという実感もなく、仰ぐべき提督もなく、何者かにつけてもらった両足で日ノ本の大地を踏むこともなく、いずれ海に帰るまで戦い続けるんだろうから。

 

「大丈夫?」

「っ! ……加賀じゃない。(おど)かすんじゃないわよ」

 

「ノックはしたのだけれど。……代わりましょうか?」

 

 着任する提督への対応を間違えないよう、その日私は準備に奔走していた。

 書類に集中し過ぎていたみたい。一般の鎮守府では提督室と呼ばれているその部屋は、いつの間にか薄闇に包まれていた。

 

「いいえ、私が一番慣れてるもの。私がやるわ」

 

 加賀の申し出は有り難いけど、この役は誰にも譲ってやる訳にはいかない。

 何かあったとき、何かあるのは(・・・・・・)私だけで充分なんだから。

 

「……今回は、今までのようにはいかないかも知れない」

「えっ?」

 

 代役の申し出は初めてじゃない。だからこの時も、ここでやり取りは終わって、ちょっとだけ罪悪感の残る瞳に見送られて、私は出迎えの準備に戻る。そうだと思っていた。

 

「着任される提督は、何人か艦娘を引き連れて来るそうなの」

「数は?」

「六。軽巡洋艦が一、残りは駆逐艦らしいわね」

 

 はあ、と。思わずため息が漏れる。

 私たち(・・・)は変化が嫌いだ。艦娘というのは、どんな絶望的な状況でも、希望を見出すことを止めない。絶体絶命でも諦めない。そういう風にできている、と私は思う。

 

 ……だから、新しい提督が着任すると知らされた時、何度も仲間と顔を見合わせて期待した。次は大丈夫かも知れない。今度こそ、誇りをもって海に出られるかも知れない。

 

 ……もう姉妹の、仲間の。悲しみに暮れる涙を見なくて済むかも。夜中に押し殺してすすり泣くその声を、聞かない振りをしなくて済むかも知れない。

 

 もううんざりだ。もう期待なんてするべきじゃない。今日も生き残った。昨日より仲間が減らなかった。それだけを喜びに生きていくべきなんだ。

 

 新しく着任する提督は、今までと同じであることが望ましい。そうすれば、そいつがここを去るまで同じように過ごせばいい。

 

「全員建造艦よね?」

「もちろん」

 

 でも知っておかなければならない。変化とは期待すべき良いものとは限らないんだから。

 むしろ悪いものであると仮定して臨まないと。

 

「階級は?」

「少佐と聞いているわ」

 

 ……頭が痛い。この鎮守府に流されてくる(・・・・・・)のは、基本的に新米少佐か大佐のどちらかだったのに。

 訓練生時代に優秀な成績を残して、過剰な自信をつけた新米少佐が身の程を弁えずに着任を希望するか、少将以上の階級にのし上がるための手っ取り早い箔付けに大佐が足を運ぶ。

 

 少数の艦娘を引き連れた少佐ということは、少なからず鎮守府の運営経歴があるはずだ。であればこんな危険な鎮守府になんで来るのか。無知な新米少佐か、ある程度艦隊指揮に自信のある大佐が来るのは分からなくもない。

 

 少佐ってなによ、少佐って。

 そもそも連れてくる艦娘の種類もよく分からない。戦艦や空母を連れてくる提督は何人もいたけど、わざわざ連れてくるのが水雷戦隊一部隊。何の参考にもなりゃしないったら。

 

「それと」

「……まだ何かあるの?」

 

「……妖精を、たくさん連れて来るらしいわ」

「……………………はぁ?」

 

「数は五十を超えるとか」

「……加賀、あなた疲れてるのよ。もう部屋でゆっくりしたら?」

 

「貴女が部屋に戻ったらそうするわ」

「……はぁ。分かったわよ。どうせこの資料もアテにならなさそうだし」

 

 今まで着任しては去っていた提督の目録を閉じて、この日は提督室を後にした。

 

 

 そして、運命の日。

 予測不能な未知の提督に対し、何の対応策も捻りだせなかった私は、寝不足のままこの時を迎えてしまった。

 

 しかも、船着き場から降り立った一行が目の前に歩み寄ってくるまで、全くその気配に気づかなかったのだ。

 

 ――なんて不覚。だらしないったらない。とりあえず気分を害さないよう、丁寧に挨拶しなくては――。

 

「ようこそおいで下さいました、海原提督。駆逐艦、霞。お迎えに上がりました。どうぞよろしくお願いします……」

 

 素早く頭を下げ、ゆっくりと上げる。

 

 ――まずは顔を確認しないと。目を見てどの程度(・・・・)か判断しないと。場合によっては、一部の艦娘と接触しないよう立ち回らないと――。

 

 

 そうして視線が重なったのは、軍人というには柔和な男性だった。幼い、と言ってしまって差し支えない、それくらいの印象だ。

 でもこの時、この提督がどういう人間なのか、どういう意図でここに来たのか、測ることは一切出来なかった。思考が真っ白になった。

 

 

 

 なぜなら。

 

 

 

 彼の頭上には数えきれないほどの妖精が浮遊していて、空を覆っていたのだから。

 

 

 

 ――なにが五十よ、加賀。百でも足りないんじゃないの? これ。

 

「海原です。こちらこそよろしく、霞。早速で悪いけど、まずは講堂まで案内を……霞?」

 

 丁重にもてなすはずだった提督に、顔を覗き込まれるまで気づかなかった私は。

 

「……はっ、ぇえ、そうね。っ、いえそのっ! ……こちらです。どうぞ……」

 

 お世辞にも、今までの通り無難に対応できているとは言い難かった。

 




※加賀が得た情報と海原が率いる艦娘の内容に差異があるのは物語上の都合です。

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