妖精さんの勧めで提督になりました   作:TrueLight

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42.あかしにごめんしにきたのー

「バッッッカじゃないのっ!? そりゃあもともと潤沢とは言えない量だったけど! どうやったら三時間やそこらで鎮守府の貯蓄資材使いきれるわけ!?」

 

「面目ない……」

「ったく。……はぁ」

 

 夕食を済ませた後。再び霞に先導されて、僕は工作艦明石が詰めているという工廠に向かっていた。艤装を始めとした兵装や資材を管理している彼女との顔合わせは急務と言っていいからね。装備の解体や建物の改修の件もろもろ、相談するべきことは山積みだ。

 

「でも一応、お礼は言っておくわ。正直昨日までの寮生活で、皆しっかり休めてるとは言えなかったから。その……ありがと」

 

「僕が直したんじゃないけどね。どういたしまして」

「けどっ! 今度からは相談してからになさいっ! 私でも明石でもいいから。分かった!?」

 

「仰せのままに」

「口調が変!!」

 

 さっき雑って言われたから改めたのにこれだもんね。ひどい。

 げしげしと尻を蹴られながら案内されることしばらく。提督室や食堂がある本館とは少し離れた一角、無骨な作りの工廠に辿り着いた。

 周囲が闇に包まれる中、人が通れる程度に開かれたシャッターから明かりが漏れている。

 

「入るわよ、明石」

 

 霞が躊躇無く進入するのに続くと、何やら台帳らしきものに難しい顔で視線を落としていた女性が顔を上げた。彼女が明石だろう。

 

「あっ、霞? お疲れ様。ねぇ、もしかして今日、新しい提督が……」

 

 少し先を行く霞に話しかけていた明石だったが、僕が霞に追いつくとびくりと動きを止めた。

 僕の姿は影になっていて見えなかったのだろうか。霞に気を取られていたのかも知れない。とにかく明石は、思いもよらなかった存在の闖入に硬直してしまう。

 

「その新しい提督をご案内したわ。挨拶なさい」

「初めまして、明石。今日からこの鎮守府の提督を務める、海原海人です。よろしくね」

 

「……はっ、はじめまして! 工作艦明石ですっ! こちらこそよろしくお願いしますっ……!」

 

 固まってしまったことを恥じるように、明石は勢い良く頭を下げた。他の艦娘に挨拶した時も夕食の席でも明石の姿は見えなかったし、彼女は僕の存在を今知ったんだろう。

 できればしっかり自己紹介したいところだけど、あまり悠長にもしてられない。枯渇した資材を取り戻せるよう計画を立てないといけないからね。

 

「そう畏まらないでいいよ。事前に僕のことをどこまで知らされてるかは分からないけど、ただの素人提督だから。あまり立場を気にせず、仲良くして欲しいな」

 

「ふっ。自分で素人提督って名乗ることほど無様な挨拶も無いわね」

「ははは。事実なんだから仕方ないさ」

 

 鼻で笑う霞に乾いた笑いを返すと、明石は恐る恐る顔を上げ、呆気に取られた様子で僕と霞を交互に見やる。……やっぱり、初対面の艦娘の警戒を解くには、霞や天龍に協力を仰ぐのが良さそうだ。思いがけないところで収穫があった。

 

 まぁ、それも今は置いておくとして。ひとまず明石に色々聞かせてもらおう。

 

「明石、今時間大丈夫かな? ちょっと確認したいことがあってね」

「は、はい。もちろん大丈夫ですけど……」

 

 僕が問いかけると、明石はちらりと掛け時計に視線を送り、次いで手元の台帳を一瞥した。

 ……きっと僕に遠慮してるんだ。出来れば早く仕事を済ませたいのだろう。それに、夕食もまだのはずだし。

 

「霞、悪いんだけど……」

「分かったわ。一旦食堂に戻るから、変な事すんじゃないわよっ!」

 

「しないよ……」

 

 眼を吊り上げて、ズビシッ、っと僕に指を突きつけて。意図を汲んでくれた霞は、食堂にご飯を取りに向かった。口調はきついとこもあるけど、やっぱり人一倍気遣い屋なんだろうね。

 

「えっ、と……」

「あぁごめん。夕飯まだだよね? 霞が取りに行ってくれてるから、その間に話をさせて欲しいな。まずは……妖精さんが解体した装備。何か問題が起こったりしてない?」

 

「……一応、同時に展開可能な作戦の最大数と、そこに編成することになるであろう艦娘、その艦種。特殊な海域での任務や特化した編成は想定していませんが、最低限必要なものは揃っています。ただ……」

 

「ただ……?」

「……あの、提督。装備が解体されたとき、ここにたくさん妖精が来たんですが……今後この鎮守府に、あれだけの妖精が居付いてくれると考えて良いんでしょうか……?」

 

 ……? 考えが読めない質問だ。どういう意味だろう?

 

「うん、多分。僕が離れない限りはここに居てくれるんじゃないかな。まぁ妖精さんが他に行きたいって言い出したら、僕はそれを止めたりしないけど」

 

 僕は妖精さんのために提督として頑張るつもりだけど、妖精さんにも僕のためにそうあって欲しいなんて思ってないから。鎮守府を出るというなら見送るまでだ。

 

 妖精さんが僕に提督を勧めたんだし、鎮守府を出るなんて万が一にも無いと思うけどね。

 

「ほ、本当に……この鎮守府にも、妖精が……」

 

 ふるふると肩を震わせると、なんと明石は涙を流し始めた。

 

「どっ、どうかしたの? 妖精さんが居ると問題が?」

「ち、違います! 逆なんです!」

 

「逆?」

「はい……。普通の鎮守府では、妖精が兵装の開発であったり、戦闘時の主砲発射角度の調節とか……諸々サポートしてくれるんです」

 

 ああ……。提督に勧誘されたとき、大本営のおっさんがそんなことを言っていた気がする。妖精さんが多い鎮守府ほど強力なのだと。

 

「この鎮守府には、今まで妖精が居ませんでした。新人の提督が稀に連れてくることはあったんですが、少ないうえにすぐ居なくなってしまって……。だから、戦闘で妖精の手助けが無くても対応できるよう、用途の少ない兵装もどうにか開発して、保存しておいたんです」

 

 ……それは、つまり。

 

「……普通の鎮守府では、本来妖精さんが手伝ってくれることを。君は一人で頑張ってくれてたんだね」

「……仲間のためです。誇らしくはあっても、辛さはありませんでした。工具を触るの、好きですから」

 

 全部が嘘って訳じゃないだろう。でも、全部が本当でもないはずだ。入れ替わりの激しい指揮官。増えない妖精さん。兵装は開発だけじゃなく、メンテナンスも必要に決まってる。

 

 工廠の隅に目をやれば、くたびれた寝台から薄い布団がこぼれている。明石は一日のほとんどをここで過ごすのだ。明石が寝る間を惜しんでサポートしないと、この鎮守府はまともに機能さえしなかっただろうことは想像に難くない。

 

「……これからは大丈夫だよ。提督はずっと僕のままだし、妖精さんも手伝ってくれる。せっかく作ってくれた装備を解体しちゃったのは……申し開きできないけど。僕と妖精さんで、この鎮守府が良くなるよう頑張るから、許して欲しい」

 

「ゆ、許すだなんて滅相もない! 鎮守府の資材は提督のものですから、ご随意にしていただければと……」

 

 そう言われてきたんだろう、今までの提督には。この鎮守府のあらゆるものは提督の所有物なのだから、方針に逆らうな、と。

 

 だから僕は、少しずつ示していこう。艦娘(みんな)の活躍で勝ち得た物は、艦娘(みんな)の為に使って良いんだと。

 

「ひとまず今日は、夕食を取ったら寮に戻って休んでね。しばらくは軽巡、駆逐の皆に遠征を頼むと思うから。明石の負担も減るだろうし、今まで取れなかった休暇だと思ってさ、ゆっくりしなよ」

 

「寮、ですか……」

 

 僕の、休めという言葉に少なからず驚いた顔を見せた明石。でも、寮という言葉を聞いて目を伏せた。まだ部屋がぼろぼろのままだと思ってるんだろうから、これに関しては安心してもらえそうだ。

 

「明石、各資材の貯蓄がほとんど底をついてることは知ってるよね?」

「……はい。何に使われたのかは、把握していませんが……」

 

「あれね、妖精さんに頼んで建物の改修に使ったんだ。この工廠は、明石が手入してくれてたみたいだし、必要なかったから気づかなかったかも知れないけど。この鎮守府の建物は、君の知ってるものとは別物だと思うよ。もちろん、寮の部屋もね」

 

 僕が資材の行方を話すと、明石は目を見開いてこちらを見据えた。……いや、僕というより僕の背後を……あ。

 

「妖精さん。来たんだね」

 

「やぁやぁー」

「よいよるですね」

「こんなひはしざいをとかすにかぎる」

 

「……反省してるんだよね」

 

 いつの間にやら集まっていた妖精さんを半眼で見やると、あせあせと両手を振ったり、ぶんぶん首を左右させだした。

 

「もももちろんですたい」

「ちょうしにのりました」

「あかしにごめんしにきたのー」

 

 なるほど、妖精さんも僕と同じ考えだったようだ。というか僕が明石に切り出すのをどこか影で見守っていたんだろうね。妖精さんは、楽しいことにはとことん盛り上がるけど、ばつが悪いときはどこか及び腰になる。そんなとこも可愛らしい。

 

「えっと……。明石、妖精さんも資材を勝手に使ったことを謝りに来たらしいんだ。言葉は分からないかもだけど、ひと声かけてくれないかな。僕が言うのもあれなんだけど……」

 

 犯人の一人が共犯を許してくれって言ってるようなものだし。情けないったらない。……霞が移ったかな?

 

「っ、いえ! 他の艦娘に比べたら、私は妖精の言葉を聞きとれる方なんです。……提督こそ、妖精と話せるって本当だったんですね。……でも、そっか。妖精が……」

 

 明石は僕の言葉にハッとした表情を浮かべた。しかしその後、何かを反芻するように俯き、数秒考えるそぶりを見せる。……そして。

 

 どこか安心したように、細く息を吐いた。……ようやく、肩の荷が下りたというような。あるいは探していた物をやっと見つけたような。目指していた場所にたどり着いたような。そんな安堵に満ちた顔を見せる。

 

「……資材が突然消えたことには、正直心臓が止まるほど驚きました。でも、きっとこの鎮守府にとって、良いことに使われた。それが分かっただけで、私は満足です。むしろお礼を言いたいくらいに。だから……これからも、よろしくお願いします。私を……この鎮守府を、導いてください」

 

 その言葉を最後に、明石はふわりと微笑んだ。それに安心したのは、僕だけではないだろう。妖精さんも顔を見合わせて、にぱっと笑い合っている。

 

「話は終わったかしら? ったく、立ったままいつまで話してんのよ……っ!?」

 

 僕と明石の話がひと段落すると、シャッターの方から霞が声をかけてきた。振り返ると明石の夕食を持ってきてくれたようなんだけど、何故か明石を見つめて驚愕している。

 

 どうしたって言うんだ。

 

「……あたし、明石に変なことすんなって言ったわよね?」

「うん。言ったね」

 

「なら……なんで明石は泣いてるのかしら?」

「泣いて……? あ」

 

 今後この鎮守府に妖精が住むと聞いて、明石はこれまでの苦労からか、涙を流した。もちろんこの短時間で眼の腫れは引くわけもない。

 工廠という閉じられた空間で、立場は上官と部下。男が女を泣かせているように見えるかも知れない。

 

「なるほど。でも聞いて欲しいんだ、霞」

「このクズ司令官――!!」

「いだぁっ!?」

 

 落ち着き払って説明しようとした僕の尻に、ひと際強い衝撃が走る。

 痛い痛い! その細い足のどこにそんな力がっ!?

 

 ……結局何度もヤクザキックを食らってから。明石の必死の説得の末、ようやく誤解は解けたのだった。

 僕の白い軍服の尻が、霞の足跡だらけになったことはしっかり記憶しておきたい。

 

 


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