「こ……これは……」
「前代未聞だわ……」
「さすがに気分が高揚します」
場所は例のごとく提督室。その日の遠征部隊の作戦報告を、この時は霞・加賀の二人と共に聞いていた。
先日の遠征で回復した資源を使ってさらに部隊を送ったこの日は、三人揃って艦隊の帰還を楽しみに待っていたんだ。
資材が尽きた原因とも言える僕は勿論のこと、実際に資源を消費して出撃することになる霞と加賀も回復量の推移は気になったらしく、艦隊の帰投予定時間の随分前からこの部屋に集っていた。
しばらく世間話に興じていると、遠征任務から続々と艦隊が帰投し。それぞれの艦隊旗艦が作成した報告書に霞と加賀の二人と頭を寄せた。
するとどうしたことだろう。どの艦隊も想定を上回る量の資源を持ち帰ったのだ。今までの同作戦とは比べ物にならない戦果に霞は目元を引きつらせ、対照的に加賀は満足そうな面持ちで頷いている。
「一体どういう……遠征先の資源が増えた……?」
「なわけないでしょ。仮にそうでも、一人当たりが運搬できる限界量に変わりは無いんだから。……まあ、そういうことよね」
つまり、限界まで回収して運搬してきてくれたってことだ。普通は積載量にもある程度
荷物が増えれば速度も落ちるし、会敵時の危険は跳ね上がる。実際に出撃することは無い僕だと想像しか出来ないけど、普段より多く資源を持ち帰るって言うのは、口にするほど簡単なことじゃないはずだ。
一瞬で資材を使い尽くした僕のため……というのは自惚れだろうけど。全力で僕のミスをカバーしようと尽くしてくれたのは心底嬉しい。
「みんな、改めて遠征お疲れ様。無理させちゃったみたいで申し訳ないね。けど……感謝してる。たくさんの資源を持ち帰ってくれて、本当にありがとう。
知っての通りしばらくは持ち回りで出撃してもらうから、君たちは明日非番になると思う。ゆっくり身体を休めてね」
一人ひとりに視線を移しながら感謝を伝えると、みんな恥ずかしそうにしつつも嬉し気に頬を緩めてくれた。お礼くらいで苦労に報えたなんて思わないけど、そんな表情を見せてくれるなら、きちんと言葉にして良かったなと思う。
「それじゃ……一応、MVPの話をしておこうか……っ?」
今日は暁光鎮守府の艦娘しか任務に参加していない。でも施設内のスピーカーを使って全員に説明した手前、一応話だけしておこうかなと考えたんだけど……。
僕がMVPと口にした瞬間、明らかに室内の雰囲気に緊張が走った。
眼を閉じてふらふら浮遊していた妖精さんが一瞬びくりと顔を上げ、きょろきょろ周りの艦娘を見回した後、再び鼻提灯を膨らませたくらいだ。ってまた寝るんかい。
まぁ、それはともかく。強張った皆の様子を見るに、天龍が言っていたほど好意的には捉えられていないみたいだ、MVPに添い寝をお願いするっていうアレは。
それは仕方ないにせよ、話した以上規則は規則だ。強制では無いにしても、MVPの選出だけはしないと作戦報告が終わらない。手早く済ませてしまおう。
「今日は部隊が多いし、霞と加賀も報告書を見ながら意見を聞かせて欲しいんだけど、どうかな?」
「そうね、この回収量……。普段ならMVPに選ばれても見劣りしない戦果の
「……由良ではなくて? みんな頑張ってくれましたが、回収比で言うなら彼女の艦隊が最優です。艦隊を率いた由良がMVPに相応しいのではないかしら」
「妥当なところね。異論は……なさそうだけど。どうするの? クズ司令官」
霞の僕に対する呼称は『クズ司令官』になってしまったようだ。大変遺憾である。いつぞやの『シーマン』に比べたら親しみを感じないでもないし、そこまで抵抗も無いけど。
彼女の言葉通り、由良がMVPであることに異を唱える艦娘は居ないようだ。みんな少し気落ちしたような表情を浮かべているのが気にかかるけど。
「うん、僕も由良がMVPで問題ないと思う」
加賀と霞の言葉を参考に決めた僕がそう言って視線を向けると、艦隊旗艦の一人を務めてくれた由良は困ったような、それでいて嬉しそうな。複雑な表情を浮かべていた。
「由良がMVP、ですか……。えと、嬉しいです。ありがとうございます……」
そう言ってぺこりと会釈する彼女の耳は、何故だかうっすら赤みを帯びている。……あぁ、きっと僕が添い寝の件を切り出すのを予想しているんだ。響たちが特別なだけで、多分由良のような反応が一般的なんだろう。
「それで、どうかな。その……夜の事なんだけど」
とは言っても、恥ずかしいのは僕だって同じだ。というか由良がそんな反応を見せると、こっちも直接言うのが憚られる。……でも言って後悔した。曖昧に表現したせいで余計いかがわしい事のように思えてしまう。
「その……すみませんが、辞退したいなって……。てっ、提督さんが嫌いとかじゃないんですけどっ! ……やっぱり、会ったばかりの男の人と、一緒に寝るって言うのは……うぅ」
「うん、分かった。念を押すようだけど、本当に遠慮しなくていいから。嫌だったら無理しなくて大丈夫。前のところだと艦娘は六人しかいなくてね、皆添い寝を好意的に受け取ってくれたからMVPにお願いするって話になっただけなんだ。最終的には僕が連れてきた艦娘に頼むだろうから気に病まないでね」
話すほど顔に朱が差していく由良が不憫に思えて、僕は矢継ぎ早にそう言った。すると彼女は恐縮そうにもう一度会釈して、列から一歩下がる。
今はお互いに遠慮が先に立ってるから気まずいけど、数をこなせば作戦報告もすぐ終えられるようになるのかな……。
そんなことを考える僕の傍ら、霞が報告書に視線を落としながら言葉を引き取った。
「由良は辞退ね。なら……貢献度順に回すという話だったかしら。他の艦隊も含めると煩雑になるし、由良の艦隊以下貢献度順ってことで良いわね?」
「そうだね、分かりやすいし。そうさせてもらおうかな」
「なら……次点だと文月ね」
「! ほんとですかぁっ!?」
霞が視線を向けた先、僕も目を移すと一人の駆逐艦が声を上げた。まだ皆の顔や名前は一致していないけど、文月、と言うらしい。
整列した駆逐艦の中でも小柄な体躯に、間延びした声。ひと際幼さを感じさせる艦娘だ。
そんな文月は……意外にも、きらきらした瞳で僕と霞を交互に見つめていた。
「ええ、今回は会敵こそ無かったみたいだけど。小まめに電探の計器を確認したり、航路の安全確保に努めたって報告書に記載があるわ」
「そっか、頑張ってくれたんだね。それで、どうかな、文月」
言外に添い寝の件を匂わすと、文月は花のような笑顔で頷いてくれる。
「えへへぇ、ご一緒します~」
「ありがとう。悪いけど、よろしくお願いします」
僕が一つ礼を言うと、文月は姿勢を正しながらもにこにこと笑みを浮かべ続けていた。
良かった、彼女は僕と添い寝することにあまり抵抗が無いようだ。勘違いじゃなければ、むしろ喜んでくれているようにも見える。有り難いね。
「それじゃあ作戦報告は以上かな。他に話がある
「小破未満の損傷でもしっかり入渠しなさいよっ!」
僕に続いて霞が声を張ると、艦娘の皆はそれぞれ一礼して退室していった。
思ったより艦娘たちの抵抗なく添い寝の相手が決まり、資源の回復も順調で僕も肩の荷が下りた気分だったんだけど。
「……これはまた、面倒なことになりそうね」
加賀と共に提督室を出ていくとき、霞が呟いていた言葉だけが耳に残った。