妖精さんの勧めで提督になりました   作:TrueLight

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46.存在意義

「それじゃあ文月、今日はよろしくね」

「はーい! えへへ、よろしくぅ~」

 

 一日の指揮執務を終えた僕は、寝室に文月を招いてベッドに腰掛けた。文月は思いのほか楽しそうに、僕に続いて寝台に横たわる。

 

 響達と何度も一緒に寝ているので添い寝自体は慣れてきた僕だけど、相手の艦娘が緊張していればきっとそれが移っていたはずだ。文月にその様子が無いのは僥倖だった。

 

 緊張どころか、文月がうつ伏せでパタパタと足を遊ばせる様子を見ていると微笑ましい気分になってくる。

 

 彼女の様子にどことなく安心感を覚えた僕は、一つ息を吐いて室内灯のリモコンを手に取り、部屋の明かりを落とした。完全に暗闇と言う訳ではなく、窓からの月明かりが薄く文月の姿を照らしている。

 

 視線で断ってから彼女の隣に仰向けで横たわると、文月はもぞもぞと僕の右腕に擦り寄ってきた。

 

「えへへぇ~」

「……文月はさ」

 

 どこか嬉しそうな文月の声音(こわね)になんとも言い難い気分になりつつ、僕は口を開いた。

 

「僕と寝るの、嫌じゃないの?」

「えー? 嫌じゃないよぉ~」

 

 まぁ、嫌なら提督室で断ってるだろうけど。ここまで添い寝をすることに前向きな理由が分からない。

 

「……今までの提督に、ロクな人間がいなかったって聞いたからさ。僕もここに来て日が浅いし、まだこの鎮守府の艦娘は……僕を毛嫌いしててもおかしくないと思ってたんだけど」

 

「う~ん……。もちろん、そういう艦娘()は居ると思いますけどぉ……。

 でもでも、司令官なら大丈夫って。ううん、もう司令官じゃないと嫌だって艦娘()の方が、多いと思うよ~」

 

「そうなの?」

 

「今まで来た人ってね、最初は大丈夫って思った人でも、次の日には大体分かっちゃったから。あ、この人も同じだなぁって。でも、司令官は違うんだぁ」

 

 僕の腕を大事そうに抱えて、頬を擦りながら文月は続ける。

 

「魔法使いみたいに妖精をあやつってて……。酷いことしたり、言ったりしてる天龍ちゃんとか霞ちゃんとも、なんでか仲良さそうで。……あたしたちに、きれいな部屋とお布団くれて……。この人が信じられなかったら、もう艦娘として戦うなんて無理だなぁって、そう思っちゃったから」

 

「…………」

「だからね、司令官」

 

 話すにつれ感極まってしまったのか、文月が僕の腕を抱える力は徐々に強くなり。一度言葉を切った彼女は、どこか縋るような瞳で僕を見つめた。

 

「……あたしたちを置いていかないでね?」

「……うん」

 

「……あたしだけじゃなくて、司令官と一緒に寝たいって艦娘()、けっこう居るんだよぉ? 夕立ちゃんが、羨ましくって……。だから今日、みんな遠征がんばったんだぁ~。……司令官のためにっ、て。がんばり方、思い出せたから……。司令官が居なくなっちゃったら、あたしたち……もう、がんばれないと思うから……」

 

「うん……居なくならないよ。約束する」

「えへ……良かったぁ……。……ごめんねぇ、しれーかん……。もっと、お話したいんだけどぉ…………死ぬほど眠くてぇ~……」

 

 僕の言葉に安心してくれたのか、文月はほっと息を吐いてしばらくすると、うとうと船を漕ぎ始めた。

 

「頑張ってくれたもんね……。明日は非番でしょ? ゆっくりお休み」

「……また、こうやって……お話できるぅ……?」

 

「もちろん。文月が、そう望んでくれるなら」

「ぇへ……じゃあ今日は、おやすみぃ~……」

 

 小声でそう言ったきり、文月は小さな寝息を立てて夢の世界へと旅立った。

 

「……頑張り方、か……」

 

 右腕に暖かさを感じながら、僕は自室の天井を仰いで文月の言葉を反芻する。

 海に囲まれたこの鎮守府で、彼女たちは今まで何のために戦ってきたんだろう。

 

 日本のため? 実際に見たことも無いはずだ、そんな訳はあるはずが無い。

 自らを指揮する提督、あるいは大本営のため? それこそ、ある訳が無い。彼女たちがどういう目に遭ってきたかなんて、大本営の電文と艦娘たちの様子を見比べれば察するに余りある。

 

 天龍や霞の言動を省みれば、この鎮守府の艦娘たちは、仲間を守るためだけに今まで頑張ってきたんだ。

 

 でもそれは、艦娘として歪な在り方だ。深海棲艦が出現し、海は怪物が跋扈する魔境に成り果てた。

 深海棲艦の襲撃から人間を守るため。在りし日の穏やかな海を取り戻すためにこそ、艦娘は人の形を以って再び海を()く。

 

 そんな彼女たちは、自分のため、あるいは同じ艦娘のためにというだけの理由では、きっと戦い続けることが出来ない。人間の、提督の役に立っていると実感して初めて『生き甲斐』というものを得るのだろう。僕の力になりたいと言ってくれた、いつかの夕立や時雨のように。

 

「それが艦娘の頑張り方なら。僕は……」

 

 僕は、彼女たちのために何が出来るだろう? ただ作戦の指揮を執るだけなら、それこそ今までこの鎮守府に着任した提督にだって出来るだろう。

 

 僕のために、と言ってくれた文月に。この鎮守府の艦娘たちに。僕は何をしてあげられるだろう。

 人を信じられず、妖精さん以外に寄る辺の無い、空っぽの僕に。居場所をくれた。ここに居て良いと……居て欲しいと言ってくれた艦娘たちに、僕だけがしてあげられることはあるんだろうか。

 

「……んみゅ……しれぇかぁん……」

 

 未だ僕の腕を抱いて、甘えるような寝言を漏らす文月。

 

「……僕に……できること……」

 

 彼女の穏やかな表情に、何かヒントを得たような気もしたけれど。

 あやふやに思考はまとまらないまま、僕もいつの間にか、誘われるように眠りに落ちていった。

 




アンケートに答えてくれた皆さん、ありがとうございました。
これからもちょこちょこお願いするかもしれません。

ただ、あくまで参考にさせていただくものなので、必ず過半数の意見を採用する訳ではありません。ご了承くださいませ。


また、感想ページやツイッターのDMでよくいただくご意見ご質問に、この場を借りてお答えしたいと思います。読み飛ばしてもらっても大丈夫です。



①主人公が艦娘の好意に鈍感すぎない?

 主人公は対人関係においてPTSDに近いトラウマを抱えています。
 生来の経験から悪意に対しては敏感ですが、好意については受けたことがほぼ無いので鈍感です。今までは女性に対して、恋愛感情よりも先に嫌悪感を抱いていました。献身的な艦娘たちと接しているうちに、遠からず恋愛感情に目覚めるかも知れません。


②霞の態度悪すぎじゃない?

  主人公が講堂で挨拶するシーンでも霞の心情を描写しましたが、暁光鎮守府の艦娘達は、提督に意見を言ったり、思ったまま気持ちを口にするということへのハードルが高いです。
 霞は率先して主人公に悪口を叩いたり、暴力的なスキンシップを図ることで、他の艦娘が提督に対して気安く接することが出来るよう緩衝材のような役目を果たそうと考えています。主人公が霞の言動を悪しざまに捉えないのは、彼女の意図をおおよそ察しているからです。



 以上になります。物語に関わる内容は出来るだけ作中で収めたかったのですが、私の描写不足のせいか同じようなコメントをいただくことが多かったので説明させていただきました。

 精進して参りますので、今後とも温かい目で見守っていただけますと嬉しいです。

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