妖精さんの勧めで提督になりました   作:TrueLight

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53.一騎討ち―SIDE朝潮―

「朝潮、島風を迎撃しつつ私たちから遠ざけるよう引き付けなさい」

「扶桑!?」

 

「了解! よし……突撃する!!」

 

 敵駆逐艦、島風がこちらへ接近を開始すると同時。背後から合流したであろう扶桑さんの指示が耳に入った。

 金剛さんが非難するように声を上げるが、艦隊旗艦である扶桑さんの指示は絶対。

 

 私は迷うことなく艦隊から離脱し、島風へと向かって全速力で航行を始めた。丁字有利を長引かせるよう、敵艦隊に向かって左方向に航行していた私たちに対して、挟撃を図るためか島風は迂回して接近している。

 

 私が一人で迎撃すれば、扶桑さんの指示通り両艦隊の砲撃戦から離れることは容易いはずだ。

 

 それに司令官の言葉を信じるなら、島風より私の方が練度が高く、装備も充実していると思われる。一対一を避ける理由は無かった。

 

 そのことに思いを巡らせて、再び実感するのは妖精の存在だった。急発進、高速旋回、主砲の射角調整。どれもが驚くほどスムーズに行える。まるで四肢を繋いでいた枷が外れたような、そんな心地だ。

 

 海面を引き裂いて、私はぐんぐん仲間から離れて行き。同時に、島風への距離を詰めていく。島風も私を無視することは無く、一騎打ちの構えに入った。

 

 こちらを放って仲間たちを狙えば、逆に挟撃されるのだから当然と言えば当然だった。けれど、思惑通りに事が運んで内心安堵する。

 

 ――さぁ、取り戻そう。

 

「一発必中……!」

 

 小口径主砲の有効射程圏内。私と島風は交戦に入った。航行による遠心力に従って腕を跳ね上げ、すぐさま水平に固定。照準を島風に合わせる。普段なら無理のある駆動も、艤装に宿った妖精が難なく成功させてくれる。

 

「はやーい。それに自信家だね」

 

 自信家はどちらだろう。主砲を発射する様子も、魚雷を射出する素振りも島風は見せていない。どういう意図で話しかけているのか。

 

()ぇっ!!」

 

 彼女に取り合わず、私は主砲を発射した。当然島風は回避行動に移るが、こちらもたった一発で終わらせはしない。

 

 彼女はここで落とす……!

 

「わっ、わわっ? これはっ、予想外かもっ!」

 

 しかし……当たらない。島風の航行挙動から進路を予測して連続射撃を行うも、まるで踊るように回避し続ける。激しい水飛沫を上げ、慌てた声を上げているが、有効弾は無い。

 

 なぜ……っ?

 

 焦りと疑問がじわじわと頭を塗りつぶしていく。話が違う……最初から妖精に頼ってばかりで、練度が低いという話では無かったのか。

 

「おぅっ……」

 

 ――これは、ちょっと楽しめそうかも?

 

 苦しい体制で主砲を避けた直後。多分、島風はそんなことを呟いたと思う。でも、私はその言葉に何かしらの感想を抱きはしなかった。

 

 理由は二つ。一つは……島風の髪が、光ったからだ。数秒前までは傾きだした太陽光を反射して橙に輝いていた黄金のそれは、刹那淡い蒼に染まった。私は一瞬、その幻想的な光景に思考を奪われてしまい。

 

 そして二つ目。

 

 ――シャッ

 

 停止した時間の隙間を縫うように、微かに聞こえたそんな音。空気が勢いよく抜け、何かから漏れるような……あるいは、射出するような。

 

「っ!!」

 

 その正体に思い至った瞬間、目の前の水面へ全力で主砲を叩き込めたのは奇跡だった。何かを狙った訳でもない私の弾丸は、それでも狙った通り(・・・・・)の結果を齎す。

 

 それは……爆発。島風が放ったであろう酸素魚雷が、私の発射した主砲によって水柱を立てたのだ。運よく魚雷そのものに命中したのか、はたまた弾丸が起こした波によって信管が誤爆したのか、それは分からない。

 

 それでも、一瞬の状況判断が功を奏したのは確か。

 

 史実で使用された魚雷と違い、私たちが扱う魚雷は海面からそう深くない場所を泳ぐ。艦娘同様、深海棲艦も海上を疾走するように航行するためだ。

 

 なので比較的波の影響を受けやすく、こうした演習の、しかも雷跡を視認しやすい昼戦では防ぐのがそう難しくない。そして実際に防ぐことに成功した今は、畳みかける絶好の好機だ。

 

 ――落ちろ……っ!

 

 風に流されていく目前の水飛沫に向かって、私は砲撃を続行した。魚雷を放つには、身体を一瞬でも停止させる必要があるはず。

 

 次弾を発射するのであれば、彼女はまだ霧のカーテンの向こうにいる。発射を防ぐにせよ、敵の接近を防ぐにせよ、ここで牽制弾を惜しむ理由はない。

 

「おっそーい」

「っ!!」

 

 驚いて動きを止めてしまう。

 などという愚は犯さない。いつの間に回り込んだのか、そんなことは考えなかった。右舷、島風の航路に遅れて上がっている水飛沫をなぞる様に腕を振るい、瞬時に照準を調整。発射――!

 

 ――やるね

 

 それはまるで……人間の、フィギュアスケートの選手のようだった。

 知識にしかないその姿が、舞うように空中で身体を捻る島風の肢体と重なる。その髪は……まるで晴天の凪いだ水面のような、蒼。

 

 軍艦どころか、明らかに艦娘として……人体として、駆動域を無視した回避行動。私の主砲の射角からの予測回避じゃない。どう考えても弾丸を見て避けている。

 

 まだどうにか平静を保って分析していた私の脳裏が、次の瞬間……ついに困惑で染まることになった。

 

 ――シャッ

 

「っ!?」

 

 つい今しがた耳にしたばかりの、魚雷射出音。おかしい……あまりにもおかしい! ――いつ射出した!?

 

 島風の魚雷発射管は腰に搭載されている。射出時はこちらに腰を向けて、一瞬の姿勢維持が要求されるはずだ。でなければ魚雷のジャイロスコープが彼女の異常なまでの移動速度、挙動に耐えられず、迷走を起こしてしまう。

 

「くっ……!」

 

 ――ブラフ……!

 

 確実にこちらへ接近するための釣り餌だと断じた私は、舞うように海上を滑る島風を撃ち続けた。

 

「……っ!?」

 

 しかし、というか、やはり、というべきか。

 目の前の島風が……練度で勝ると予想していたこちらの砲を、考えもしなかった神がかった動作で回避し続ける彼女が。

 

 ただ私に近づくためだけに、主砲に比して数に限りがある魚雷を簡単に無駄撃ちするだろうか?

 

 答えは……否だった。

 

 雷跡が視認しづらい酸素魚雷、水に溶けてすぐに消えてしまうその道標がちらりと眼下の海面に見えた気がした。

 それは目的を見失い、遠く離れた私の背後で静かに沈んでいくのだと、そう思っていた。……そう、願っていたのだ。

 

 そしてその願いは、当然のように裏切られる。

 

「使い切っちゃった。引き分けかなー」

 

 戦場に似合わない楽しそうな声を聞いた直後――。

 

 

 私の視界は、白く染まった。

 

 


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