妖精さんの勧めで提督になりました   作:TrueLight

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57.価値―SIDE扶桑―

 演習が終わり、不測の事態はありつつも勝利を手にした私たち。そのまま鎮守府へ帰投するのかと思っていたけれど、なぜか提督は私だけを伴って土産屋を物色していた。

 

 艦娘が私だけという話で、彼の周囲には十程度の妖精がうろついているが。あまり多いと衆目を集めるので、妖精に大勢ついてくるのは止める様に言ったらしい。それでも一人でこれだけ引き連れているのは十分異常だということを、提督は微塵も理解していないみたい。

 

「……何を買われるのですか?」

「うん? ああ、妖精さんにちょっとね。艦娘の皆が欲しがる嗜好品は、備品とか食料の発注に合わせてたんだけど。妖精さんは直接見て選びたがるんだよね」

 

 そもそも妖精に嗜好品を買い与える提督なんて聞いたことが無い。妖精も人並みに甘味を好んだりするのだろうか。

 

 ……いや、そんなことはどうでもいい。

 

「それで、私に何か?」

 

 大本営の施設を借りて入渠している朝潮はともかく。実際私のみに声がかかったとき、他の四人は程度の差はあれど残念そうにしていた。それに気づかなかった訳でも無いだろうし、ならば私個人に用があるはず。

 

「んー……あると言えばあるけど。無いといえば無いかなぁ」

「……馬鹿にしているのですか?」

 

 私が少し険のある声を出すと、彼は困ったように苦笑した。

 

「まさか。演習中、金剛と何か言い争ってるように見えたから。ちょっと二人には距離を置いてもらおうと思ってね。せっかくだし、扶桑とも色々話してみようかなと」

 

 ああ……なるほど。演習に勝利したのだから、普通はそれを皆で喜ぶものだろう。でも、私と金剛がその場に居てはどうしても口論が続いてしまう。想像を巡らせれば、確かに置いてきた四人は談笑しつつ今回の勝ち星を称え合っているはずだ。

 

 邪魔者を引き離すには、なかなか悪くない手だ。もし他の艦娘が同じ事をされても、好意を寄せている提督と二人で買い物となれば逆に喜ぶかも知れない。……まぁ、私にとっては関係のない話だけれど。

 

「お話はご自由に。私からは特にありません」

「そっか。金剛とは仲が良いのかな?」

 

 ……また唐突な。

 

「付き合いは長いですが。特別良好な関係を築いているということはありません」

「へぇ? 金剛は君の事をいたく気に入っている様子だったけど。わざわざ妹との出撃を蹴って、君を旗艦に推したくらいだし」

 

「……前の鎮守府では同じ艦隊で出撃することが多かったので。単に勝手が分かっているだけやり易いと考えたのでしょう」

「ふーん……なるほどね」

 

 私とのやり取りで何が分かったのかは知らないが、思案するように手を顎に当てていた。……一体何を考えているのかしら。私のような艦娘にかかずらっているほど暇人でも無いはずなのに。

 

「逆に、扶桑が一緒に出撃すると動き易いって艦娘は居るのかな?」

「居ません。誰と編成されようとも、指示されたとおりに動くまでです」

 

「今回はちょっとトラブルがあったようだけど?」

「謝罪はします。……が、今後同じことを起こさない約束は出来ません。他のやり方を知らないので。お気に召さないのであれば、私を旗艦に据えるのは避けたほうがよろしいかと」

 

「うーん……その辺はおいおい考えるけどね。あっ、ちょっ、妖精さん!? 分かったから髪引っ張らないでっ!」

 

 どうやら土産を真面目に考えず私との会話に集中していた提督に、妖精から不満がぶつけられたよう。袖や髪をぐいぐい引っ張られてたたらを踏んでいる。学生を終えたばかりらしいが、店に連れ込まれている様子を見ると、ただの子どもにしか見えなかった。

 

 大本営には基本的には軍人しか足を踏み入れないが、組織の健全さをアピールするために一般人へ開放することもある。頻度こそ少ないが、外部客へ向けてある程度独自の土産屋が軒を連ねていた。

 

 その中の一つに妖精の気に入るものがあったらしく、提督はその中へ消えていく。……私まで行く必要は無いだろう。どうせ妖精が欲しがったものをそのまま買うのだろうし、時間もかからないはず。

 

 そう考えて店の前で待っていると、やはりそう経たないうちに。両手にいくつも紙袋を提げた提督が出てきた。

 

「容赦ないな……お金足りて良かった。扶桑は何か買うものは?」

「いえ、特には」

 

「分かった。じゃあ戻ろうか……金剛にもお土産渡さないといけないし」

「……? なぜ金剛に?」

 

 演習を労って全員に、というなら話しは分かるけれど。何故金剛だけに……?

 

「あぁ、すっかり忘れてた。これが扶桑への用事だったんだ」

 

 うっかりしてた、などと言って頭を掻く提督。一体なんだというの……?

 

「前島……って名前に、心当たりはあるよね」

「!!」

 

 その、名前は……!

 

「実は観覧席で偶然会ってね。演習の様子を一緒に見てたんだよ」

 

 あの男と、提督が……? 何故……!

 

「その時、一つお願いをされてね」

 

 鼓動が徐々に速くなり、嫌な汗が滲む。視界の端がじんわりと黒く染まっていくのを感じる。嫌だ、聞きたくない……!

 

「金剛を返して欲しい、って」

「!!」

 

 視界が、ゆらぐ。

 

「……提督は、どうされるおつもり、ですか」

 

 自分の問いかけが、その声が遠く感じられた。周囲の音は、もはや聞こえない。

 

「……今回の演習で勝ったのは、旗艦である君の尽力が大きい。その君と、演習中に諍いを起こしたんだ。君も方針を変える気はないだろうし、僕も変えられると困る。……正直、金剛が居ると鎮守府の不和を招くと思うんだよね。だからまぁ……そういうことだ」

 

「な……何を馬鹿な……!!」

 

 怒りが込み上げる……! 所詮、この男も同じ提督……! 口先三寸で艦娘を誑かして、本心では浮上艦のことなんて路傍の石ころ程度にも思ってはいない……!!

 

「鎮守府の艦娘と、家族になりたいだなどと宣っておきながら……!!」

「? おかしな反応をするね。金剛のことなんて何とも思ってない風だったのに」

 

「貴方の愚かさに呆れているだけだわっ……! よくもぬけぬけと……」

「なら」

 

 その瞬間。

 

 彼が一言、私の言葉を遮るように放ったその時、空気が変わったように感じられた。

 

「君が代わりに戻るかい?」

 

 先ほどまでのへらへらとした、軽薄な口調から。間違いを問いただすかのような、静謐な声音で。

 

 私に決断を迫るように……私を試すように。彼の感情を感じさせない双眸が私を射抜いた。

 

「作戦指揮艦隊拡大のため……。実はね、前島氏が欲したのは君と金剛のどちらか、なんだよ。僕が促しただけで、彼は必ずしも金剛を求めているわけじゃない。君が望むなら……金剛は、僕の鎮守府に残ってもらう」

 

 だが代わりに、私は前島……私たちを捨てた、前の鎮守府に戻る……。

 

 

「どうする?」

 

 

 

 答えなど、決まっている。

 

 

 

「私が戻ります」

 

 

 考えるまでもなかった。問いかけの体すら成していない。

 

 

 

「……随分あっさり決めるんだね?」

「他意はありません。ただ……」

 

 私を捉え続ける彼の眼を、私は射殺さんばかりに睨めつけた。

 

「もしこちら(・・・)に金剛が来ることがあったなら……私は貴方を許しません。どんな手を使ってでも、必ず……」

 

 ――殺す――

 

 言葉にはしない。だが伝わらないわけはない。

 

「金剛だけじゃない、他の艦娘たちも同じこと。私を最初で最後にすることね。でなければ……どんなに距離があろうとも。私は貴方を逃がさない……!!」

 

「……冗談じゃ、なさそうだね」

「当たり前よ……!」

 

 私の言葉に、なぜかくすりと笑みを零す。結局艦娘の言葉など意に介していないとでも言うようなその様子に、私は声を荒げそうになった。

 

 ……が。

 

「まぁ、僕のは冗談なんだけどね」

「……は?」

 

 次いで発せられた彼の言葉に、私は呆気に取られてしまう。

 

 何を……この男は何を言っているの……?

 

「まずそうだね……前島提督。この男はとっくに退役してるよ? 君たちが抜けてからは年々戦果を挙げられなくなっていって、最後は大本営に懇願しても聞き入れてもらえずにクビを切られたらしいね。まぁ、不思議でもないけど」

 

 前島が、退役している……?

 

「……なぜ」

「ん?」

 

「なぜ、そんな嘘を吐いたのです? 趣味が悪いにもほどがある……」

「扶桑はなかなか本心を見せてくれないからね。ちょっとカマをかけさせてもらったよ」

 

「こんなことをして、何の意味が……っ!」

「意味はあるさ。……ほら来た」

 

 私が提督に詰め寄ると同時、彼は私から視線を外す。その方向に思わず目をやると……。

 

「扶桑ーーーーっ!!」

「きゃぁぁぁ!?」

 

 突然現れた金剛に抱きつかれる。

 何? どういうことっ!?

 

「今までの僕と君の会話、実は金剛にだけ通信で聞こえるようにしてたんだ」

 

 悪いね、などと。毛ほども思ってない様子で頭を下げ、彼は悠々と立ち去ろうとする。

 

「積もる話もあるだろうし、僕は先に戻ってるよ」

 

「ちょっとっ、待ちなさい! コレをどうにかしなさい!!」

「扶桑っ! もっとお話しまショウ!! 私たちはもっと腹を割って話す必要があるネ!!」

 

「……っ、分かったからっ。離れなさい! 帰ってからゆっくり話せばいいでしょうっ!?」

「駄目ネ! 私は今扶桑とお喋りしたいんデース!!」

 

 結局、提督の真意は分からないけれど。

 

 少なくとも、一杯食わされたという恨みだけが私に残った。

 


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