「提督さん? どうしたっぽい?」
僕が夕立の姿に目を奪われていると……いや待て、見惚れてなんかいない。
さっきまで空だったドックから人が現れたことに驚いてしまっただけだ。
とにかく僕がぼーっとしていると、夕立が不安そうな様子で話しかけてきた。
「ぃやっ、どうもしないぞ。ぼ、いや俺がここの提督だ。海原だ。海原海人」
「どもっとるやないかーい」
「おーよどがたいぷじゃなかったの?」
「くちくかんはまずくない?」
「かいってばてぃーんえいじゃーだしいんじゃね? じゃね?」
「かんむすのねんれいをかんがえるのはなんせんすよー」
妖精さんたちが
これから艦娘が増えていくことを考えると、最初が肝心なんだ。一人目にナメられたらお終いだ。
「海原、海人提督? ……素敵な名前っぽい! まるでおっきな海そのものみたい!」
――――不覚にも、目頭が熱くなった。
たかが名前を褒められただけなのに。なんて単純なんだろう。
でも、こんなに純粋に、他人から肯定されたことがあっただろうか。
名前なんて親が勝手につけた、僕を識別するための記号だ。意味なんて考えたこともない。中学時代のあだ名は「シーマン」だったし、むしろ嫌いなくらいだ。
……けれど今この瞬間、少しだけ、自分の名前を好きになれた気がした。
「ねぇ提督さん、ホントにどうしたっぽい? お腹いたい?」
まずい、これで泣いたりでもしてみろ、間違いなくナメられる。
「……いや、本当にどうもしない。ただ……その、ありがとう」
「? 私、何かしたかしら?」
「っ、あぁその、……夕立、お前がこの鎮守府の、えーと……。そう、初期艦だ。最初に着任した艦娘になる。頼りにしてるぞ」
駄目だ駄目だ、こんなことで
そう意識しつつ、僕が腕を組んでそれらしいことを言うと、夕立はパッと顔を輝かせて近づいてきた。
「ほんと!? それじゃあ私、いっぱいいっぱい頑張るっぽい! えへへ、いっちばーん、なんて!」
ちかいちかいちかい! 艦娘にはパーソナルスペースとかそういうのは無いのか!?
ふと視線を感じて背後に目を向けると、妖精さんたちが集まってひそひそ話していた。というか内緒話を装ってるだけで、声を抑える気がまるでない。丸聞こえだ。
「あらあらかいていとくったら」
「おじょうずねー」
「あんなにおさないおんなのこをー」
「もうたらこしみましたわよ」
「たらこがしみた?」
「たらしこみましたわよ」
違うからね! 分かっててやってるね妖精さんたち!
くそう、切り札の「もうクッキー買ってあげないよ」を使っちゃうぞ。