彼はなんの取り柄もなくこの世に生まれてきた。
生まれてこの方褒められたことも、何かが成功したこともなく、教師には叱られ、両親にも呆れられる始末。
何もしようとせず、口だけは一丁前…どうしようもない人間、それが彼だった。
そんな彼にもただし一つできることがあった、音楽だ。
彼に学問の才や文才は無かったが、音楽だけは人一倍出来る。彼はそれなりに自信を持っていた。
何をしてもだめ、どうやっても褒められることのなかった彼は、だんだんと音楽へと熱心に取り組むようになっていった。
自分にはこれしかないと、これでしか自分は評価してもらえないと。
だから歌った。作詞もした。作曲もした。
そのどれもがそれなりに評価された。彼は喜んだ。
どうだ見たか。これが自分の実力だ、段々と彼を見る周りの目は変わっていった。
しかし、その分野に入れ込むにつれ、あるものが見えてきた。
歌のうまい男がいた。いい歌詞を作る女がいた。並外れた作曲の才を持つ男がいた。
得意な事は違ったが、それぞれの分野で彼が勝っている所は無かった。
彼は絶望した。自分の唯一と言っていい取り柄は、天才たちに取っては全く取るに足らない物だったのだ。
自分は天才だと思っていた。周りより歌えた、曲が書けた、作詞も出来た。
しかしそうではなかった。世界は広かった、彼が思っている以上に、ただ、ひたすらに。
彼は何もしなくなった。最初は心配していた周囲の人間も、いつからか彼に関心を持たなくなった。
自分より才のある人間がいると知ってしまった以上、彼にまた曲を書き、歌詞を作り、歌え。というのは無理な話だった。
もう何も出来ない、したくない。
社会は僕に一体何を望んでいるというのか。何一つ出来ない僕に、何一つ成し遂げられない僕に。
友人は、家族は、教師は、何をさせようというのか。
普通であることを望まれてきた。それはとても難しいことだった。
普通であることに我慢ならなかった。だから違う選択肢を取ってきた。
だが、結果はどうだ。何一つ出来ない人間が社会に放り出されただけだ。
今や彼にはなにもない。地位も、学も、金も。
所詮、彼の才能はそんなものだったのだ。
彼を救える人はいない。
彼自身、救われることを望んでないし、何より
赤の他人に、一体彼の何がわかるというのだろうか。救うということ自体がおこがましい。
彼の出した結論が変わることはない。どのように説得されても、所詮は気休め。
事実が変わることはないのだ。
自分のような人間を、この社会は必要としてくれない。
嗚呼、こんなことならば
生まれてくるんじゃなかった。