【完結】幕間の物語 『贋作者と魔法少女/夢幻虚構結界:冬木』   作:MC隊長

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初めましての方は初めまして。そうでない方は自分の作品を読んで下さりありがとうございます!


この作品はかなり勢いで書いた部分があって、プリヤコラボに触発されて書きたくなった物です。
少し諸事情があって投稿が遅れてしまい、プリヤコラボがとっくに終わりバレンタインイベが既に始まりCCCコラボが始まろうとしている昨今に投稿した次第。

前述の通り勢いだけで書いた細かい設定をあんまり踏んでないお祭り的な作品なので、原理では有り得なくてもそこは、考えるな!空想しろ!というイリヤスタイルで何とか一つ...................。

注意事項

もう一つの作品と同時進行&テスト週間中なので亀更新。

時系列はあまり考えていないです。

エミヤですが、イリヤ‪√‬に近い世界を駆け抜けた士郎、というのが一応の設定です。

長くなりましたが、この作品をよろしくお願いします!


多分5、6話ぐらいで終わるかなぁ。



序節『交錯』

Prologue/ truth

 

 

 

────この世に『地獄』があるとするのなら、まさにこの場所がその名を冠するのに相応しいだろう。

空の光を遮る天蓋。それを支えるようにぐるりと広がる、光沢のある奇妙な色の岩肌。鍾乳洞と呼ばれる、自然が長い時をかけて造りあげた巨大な洞窟が、視界いっぱいに展開される。

その規模たるや凄まじく、直径3キロは下るまい。

洞窟というよりも、荒涼とした大地そのものだった。

あまりにも巨大な円蓋(ドーム)型の大空洞は、無機質でありながらも『生』の色で溢れている。

────まるで、生物の胎内。

龍洞の名を冠する通り、ここは生暖かい生気に満ちた龍の(はらわた)その物だった。

人の願いも、生命も、苦悩も、死も、何もかもが泥のように溶け合い絡み合う地獄の釜。それが、形作られ定められた、この場所の在り方である。

 

────その『地獄』の最奥に佇む者が、一人。

 

「·····················」

 

────その者は原初からして夢幻の如く。

いつからこうして存在しているのか。

どうしてここに存在しているのか。

自分は、どこの誰なのか。

分からない。分からない。分からない。

分かるのは、ただ止めてはならない(・・・・・・・・)という強迫観念にも似た衝動だけ。

 

「·····················」

 

分からないから吸い続ける。

分からないから求め続ける。

分からないから悩み続ける。

分からない事は怖いから、自分の存在を確立するために自身の骨子を明確にしていく。

怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。

覚めてしまうのが怖い。

この『夢』を、『世界』を回し続けなければならない。

消えてしまえばそれで終わり。

既に筋道から外れ、変化してしまった『世界』だ。泡沫(うたかた)の如く消えるのは道理だろう。

 

「ああ、けどそれでも──────」

 

拒絶する。拒絶する。拒絶する。

その滅びを、剪定を、摂理を、『俺』は拒絶する。

それを自己中心的だと蔑むか?

構わない。元より、ここはただ一人の『男』の祈りから生まれてしまった『世界』だ。

故に、終焉(さいご)までこの(セカイ)を回し続けるとしよう。

─────そして、『俺』は蒐集の果てに思い出した。

 

 

 

 

 

「─────い、りや」

 

 

 

 

守りたかった。

守れなかった、大切な彼女の名を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

内側に緩く湾曲しながら続く廊下は、その中を歩く『俺』に無限に続くのではないかという錯覚を与えた。

ここは人理継続保障機関フィニス・カルデア。

そして俺はカルデアが確立させた召喚システムによって喚びだされた一人の英霊、という事になっている。

なっている、とどこか控えめな表現なのは己が英霊だという意識が低いためだ。

俺はただのしがないサーヴァント。英霊なんて呼ばれるほど立派なものでは無く、俺を召喚したマスターの指示に従い、戦うだけの機械である。

──────もっとも、俺を喚びだしたマスターはサーヴァントをサーヴァントらしく扱わない事に定評があるためそんな意識はこちらが持つだけ無駄なのだが。

 

────さて、前置きはここまでにしよう。

今の俺の心を端的に表現するのなら、雷鳴轟く嵐の海とでも言おうか。つまり自分の今の現状を説明する事が億劫に感じるぐらいに、気持ちに余裕が無いのである。

冷たい廊下に靴底が床を叩く音だけが残響する。

その音が徐々に強く、速くなっている事を意識しながら歩を進める事数分。俺はマスターの部屋の前に辿り着いた。

 

「入るぞ、マスター」

 

短く、形だけの断りを入れてマスターの部屋に踏み込む。

何の特徴もない、必要最低限の機能性だけを備えたシンプルな部屋だった。

白いベッドと無機質なモニター、申し訳程度に置かれた緑の葉を付ける観葉植物。

置かれている物はそれだけであり、非常に殺風景な部屋であるが、別段俺は気にしない。むしろ好ましく思う。

─────しかし、そんな無色透明な部屋に目が痛くなるような色彩を落とす存在が3つ。

 

「お、ちょうどいい所に来たね!紹介するよ、新しくカルデアに召喚された魔法少女3人組だ!」

 

「──────────」

 

嬉々として胡乱な紹介をするマスターの声は、残念ながら俺の耳に入ってこなかった。

─────如何なる運命の悪戯か。

部屋の中央には随分と奇抜な格好(常識に当てはめれば自分の格好も充分奇抜だが)をした3人の少女が佇んでいた。

その3人のうち、真ん中に立つ少女に目を奪われる。

銀そのものを梳ったかのような繊細な髪。

ルビーを思わせる大きな瞳。

処女雪を思わせるような、抜けるように白い肌。

華奢な身体を魔法少女っぽい桃色の衣装に包んだその少女は、私の知っているとある人物に良く───────

 

「お、おーい?どうしたんだい、そんなお化けでも目の当たりにしたような顔して。はっ、まさか本物の魔法少女を見て感動のあまり固まってるとか·············!?」

 

「───────君と一緒にしないでくれマスター。マシュから聞き及んだぞ。この子供達を召喚するために随分と聖晶石(モノ)を犠牲にしたと」

 

「あはは···········クロはちょっとだけここに来た経緯が違うんだけどね。俺の勘が言ってたんだよ。どうしてもこの3人をこのカルデアに召喚しなきゃ、と!」

 

「──────────」

 

力強くそう言い放つマスターであったが、俺は今それどころじゃない。先程のマスターへの軽口だって、動揺しないよう細心の注意をはらった物だ。心構えはしていた。

話に聞いた時、暮らしていた世界が異なるのだから、もしかしたらそういう事もありうるのでは無いかと。

しかし────実際に目の前に現れると、どう反応していいのか分からなくなる。

その少女が、俺の知っている『彼女』では無いのだと、頭では理解出来ている。しかし、そんな認識は意味をなさなかった。

 

 

「は、初めまして!そ、その········イリヤって、いいます。お恥ずかしながら魔法少女をやっている者でして········」

 

彼女は確かに、自らの名をイリヤと名乗った。

俺の知っているものよりも、少しだけ高い声で。

紅の瞳に宿すのは期待と不安、高揚だろうか。

そんな純粋な感情表現が、目の前の少女をどこか幼く見せている。

 

《恥ずかしがっちゃダメですよ、イリヤさん。魔法少女たるもの、いつも笑顔を絶やさず堂々とした態度を心がけてくださいな。まあ、世の中には3話あたりで頭をパクッと食べられて本当の意味で笑顔を絶やされる魔法少女も居るようですケド》

 

「そんな殺伐とした魔法少女はわたしの知ってる魔法少女じゃない········!魔法少女なんだから切った張ったの表現はもうちょこっとやんわりした感じにして!」

 

「·············殺伐度合いで言えば、わたし達もそれなりだと思う」

 

《美遊様の仰る通りです。弱体化しているとはいえ、英霊の残滓や封印指定の執行者との戦いを踏まえるととても穏やかとは言えないかと》

 

「あー········確かに。現実の魔法少女ってマンガやアニメみたいにほのぼのできらきらとは程遠いものなのかなぁ」

 

しんみりと言うイリヤ。

···············とても楽しそうだ。

くるくると変わる様々な表情は見ていてとても微笑ましく、きっと彼女の振り撒く笑顔に誰もが頬を緩ませる事だろう。

────イリヤにも友達が出来て、あんなふうに益体もない話で笑い合える世界もある。

そう思うと、少しは救われる気がした。

無言でそのやり取りを見詰めていると、

 

「·······················」

 

不意に、視線を感じる。視線を辿ると、イリヤにそっくりの女の子が俺をじっと見ている事に気が付いた。

─────いや、そっくりなんてレベルじゃない。

赤いバトルクロスに浅黒い肌、イリヤのものと比べてより銀に近い色を持った髪と赤色より金色に近い瞳。

差異と言えばこれぐらい。身長から顔の造形まで、何もかもがイリヤそのものだ。

視線が交錯する。しかし、ふいっとその視線を逸らされてしまった。何かしたんだろうかと模索する俺に、イリヤが申し訳無さそうに頭を下げた。

 

「あっ··········ごめんなさい、私達だけで勝手に盛り上がっちゃって」

 

「ん、ああ·············別に構わないよ。聞いていて、中々愉快な話だったのでね」

 

「うんうん。魔法少女の日常会はどんな財宝よりも貴重な物だから気にしなくていいよ。世界中の財を蒐集したギルガメッシュの蔵の中にも無い、唯一無二の財宝だ」

 

うんうん、とマスターは少しズレた調子で俺に同調する。

それを聞き安心したのか、先程まで帯びていた緊張が少し解れたようだった。

 

「さて、目的は済んだ。俺はそろそろ厨房に戻るとしよう」

 

無論、目的とはイリヤという名前を持つ魔法少女がカルデアに召喚されたという噂の真偽を確かめる事である。

 

「あ、ちょっと待って。例のアレ、お願いしても良い?」

 

「む────了解した。腕によりをかけて作るとしよう」

 

なるほど。厨房の中に妙に材料が多く貯蔵されているなと思ったらそういう意図だったようだ。

俺は一人納得しつつ、マスターのマイルームから出て行く。無機質な自動ドアを通過し、廊下へ出た。

 

「··················」

 

マイルームから出て、一人廊下で立ち尽くす。

 

────かつて、聖杯戦争と呼ばれる戦いがあった。

万能の願望器である聖杯を巡り、七人のマスターとそのサーヴァントが覇を競い合う殺し合い。

その中で、『少年』はその『少女』と出会ったのだ。

遥か昔。もう、詳しく思い出せないぐらい置き去りにしてしまった、記憶の中で。

戦いの最中、『少年』はその『少女』を死なせてしまった。自分の力不足で、守る事が出来なかった。

守ってやるって、一緒に暮らそうって、誓ったのに。

果たせなかった約束は未だ己の中に。

果たされないまま、埋まっている。

 

「─────戦う理由が、一つ増えたな」

 

ポツリと呟いて、来た道を引き返す。

廊下に響いた足音はいつもより大きくて、不思議と厨房までの道を急がせた。

 

 

 

 

「さっきの人、どことなくクロに似てたような············」

 

赤い外套を着た男の人が立ち去った後、イリヤ達も直ぐにそれぞれ自分達の部屋に案内してもらった。

部屋はなるべく近くの方が良いという要望を聞いてもらい、部屋の並びは美遊、イリヤ、クロとなっている。

各々の部屋で一度落ち着いた後、3人はカルデアに召喚される前みたくこうしてイリヤの部屋に集まっていた。

上がる話題は、先程会った『妙に親近感の沸く赤い外套を着た男性サーヴァント』、である。

 

「ミユもそう思った?服装とかちょっと似てたよね〜。名前聞きそびれちゃったけど、また会えるかな?」

 

マイルームに設置されたベッドにだらしなく寝転びながら、イリヤは美遊の言葉に同意する。

 

「─────そりゃあ似てるでしょうよ、わたしの『元』になった英霊なんだから」

 

「ん、何か言った?」

 

「··············べっつに。マスターがあの人と話してた例のアレって何なのかなって思っただけよ」

 

ふーん、と興味なさげにイリヤは生返事をする。

クロは『アーチャー』のクラスカードを核として受肉した存在だ。クラスカードは、英霊の座にアクセスする機能を持っている。故にクラスカードを核とするクロはカードがアクセスしている座の英霊の力────つまり、アーチャーの力を行使出来るのだ。しかし長らく、その英霊の正体······『真名』を掴む事が出来なかった。

 

セイバー────アーサー王

ランサー────クー・フーリン

キャスター────メディア

ライダー────メドゥーサ

アサシン─────ハサン

バーサーカー────ヘラクレス

 

アーチャー以外のクラスの真名はその特徴から直ぐに割れたものの、アーチャーに関しては本人たるクロですら分からない。剣を投影し、それを弓に番えて射る弓兵など、どんな歴史にも居やしないからだ。

────しかし、まさかというかやはりというか。

 

(流石、英霊達が集うカルデアよね。こんな形で会う事になるなんて、思いもよらなかった)

 

クロは一目見た瞬間に理解した。あの赤い外套を纏った英霊こそ、自身の内に内包したクラスカードに宿る英霊の力、その持ち主であると。流石に真名までは分からないけれど、そんなのは本人が居るのだから直接聞けば良い事だろう。

 

《もしかしたら、イリヤさん達が使っているクラスカードに宿る英霊御本人様も居るかもしれませんよ?》

 

「う············勝手に英霊達の力を使ってる事、謝った方が良いのかな」

 

英霊達が生前に培ってきた技術等を勝手に引き出して使っているのだ。申し訳なさそうにするイリヤの気持ちは当然と言えば当然なのだろう。そんな時だった。マイルームのインターホンから、無機質な電子音が発せられたのである。

 

「誰か来たみたいよ?」

 

「そうみたい············ここはわたしの部屋なんだし、私が出た方が良い、よね?」

 

イリヤはそう言って、僅かに緊張した面持ちのまま自動ドアまで向かっていった。

備え付けられたボタンを押すと、極めて静かな駆動音と共にドアが横へスライドする。

─────立っていたのは、金髪の綺麗な女性だった。

歳は恐らく20に届かないぐらい。金を梳ったかのような髪と蒼玉の如き双眸は、まるでそれそのものが魔力を持っているかのように意識が吸い寄せられる。

そして特筆すべきはその雰囲気だ。

オーラとも言い換えられるかもしれない。

物静かで柔らかそうな表情にも関わらず、その女性が視界に映った瞬間に自身が圧倒される。

突然の訪問者に三人が石化の魔眼でもくらったかのように固まっていると、それを知ってか知らずか。

 

「初めまして。私は貴方達と同じようにこの人カルデアに召喚された者です。名を、ジャンヌ・ダルクと申します。以後、お見知り置きを」

 

ほんわかとした笑みを浮かべながら、フランスの超有名な聖女サマは何の変哲もない魔法少女3人に、ぺこりという音が似合いそうなお辞儀をするのだった。

 

 

 

 

 

「わぁ················!」

 

「これは、凄い··················」

 

「ええ、本当に凄いわねコレ···············」

 

異口同音の感想を漏らす2人と、呆れたように嘆息する一人。クロの言葉通り、かのジャンヌ・ダルクによって案内されたカルデアの食堂はまさに仮装パーティーの有様であった。

デパートのフードコートに勝るとも劣らない面積を誇る食堂は、カルデアに召喚されたと思わしき英霊達でひしめき合っていたのだ。鎧を纏う騎士、ドレスを纏う王女様、はてまたとても人とは思えない見た目の巨人etc···········。

クロが仮装パーティーじみていると感じたのも無理も無いだろう。もっとも、彼ら彼女らにとってみれば正装なのだろうから仮装という言い方は当てはまらないのかもしれないが。

 

「どうやら、マスターは貴方達を召喚出来たことを本当に喜んでいるようですね」

 

会場である食堂の様子を見たジャンヌが、柔らかい笑顔を浮かべながら呑気な感想を漏らす。

それからジャンヌはポカンとするイリヤ達にどこがイリヤ達の座る席なのかだけを告げると、「自分も少し手伝ってきます」と言って場を後にした。

 

「ねぇイリヤ。アレ───────」

 

美遊が壁に取り付けられていたモニターを指差す。

 

「えーと、『イリヤ、美遊、クロ。我らがカルデアにようこそ!!byカルデア職員&サーヴァント一同』だって」

 

《ははーん。あのマスター、中々に粋な事をしますねぇ》

 

《美遊様達の歓迎会、という事でしょうか。

しかしそれにしても──────》

 

「うん··········派手だね。新しい人が入ってくるといつもこんな規格外········豪勢なパーティしてるのかな?」

 

「─────いえ、先輩は魔法少女が好きらしいので今回だけが特別なんです。確かに歓迎会っぽいものはしますけど、流石にこんなお祭りテンションではやりません」

 

「あ、マシュさん!」

 

「こんばんわ、イリヤさん。それに美遊さんもクロさんも。あの世界ではお互い大変でしたね··············」

 

ピンク色と紫色を合わせたような髪を揺らして、両手に料理の皿を乗せたマシュが近付いてきた。

マシュとは召喚された直後に少し話しただけで、マシュはその後直ぐに「する事があるから」と言ってマイルームから退出していった。今思えば、この準備のためなのだろう。

 

「ほんとよね。もう二度とあんな目にあいたくない·········って言っても、ここに身を置く以上は起きちゃいそうね。マスターとマシュがあの世界に来ちゃったのも、随分と突発的な転移だったんでしょ?」

 

「はい。今回の原因はファースト・レディさんからの干渉でしたが、割と頻繁に突発的なレイシフトが起きたりするので、皆さんも気を付けてください。ちなみに、先輩はサーヴァントが見た夢に引きずられてしまう事もあるそうです」

「ゆ、夢に!?」

 

《これはイリヤさんにとってはヤバいですよぉー。夢の中でシロウさんとナニしてるか分かりませんからねぇ〜》

 

「ぶふっ!わ、わたしをえっちな夢を見る変態さんみたいに言わないで!!」

 

《へ?ルビーちゃんはただ、イリヤさんは夢の中でシロウさんと何をするのかなぁと思っただけですよ?というか、シロウさんの夢を見る事自体は否定しない所を見ると············ははーん、イリヤさんってばもしかしてぇ?》

 

「ほ、ほらみんな早く座ろ?ルビーの下らない話なんか放っておいてさぁ早く!!」

 

イリヤはこれ以上話は聞きたくないと言わんばかりに美遊とクロの背中をぐいぐい押し、自分達の席に行こうとする。

イリヤ達の席は真ん中の、一際装飾が激しい席だった。

どうやらマシュはイリヤ達と相席らしく、イリヤ達の向かい側に腰を下ろす。

もう一つ空いている席は、恐らくマスターのものだろう。

 

「ここに居る全員が、英霊···············」

 

最初はその光景に目を奪われたものだが、しばらくして慣れ始めてくるとその事実に驚かされるというものだ。

イリヤ達はあくまで一般人。

過去の英雄達に四方八方を囲まれているという状況には、些か気が落ち着かない。

マシュはそんな様子を感じ取ったのか、

 

「皆さんは黒化した英霊─────カルデア風に言うのならシャドウサーヴァントしか見た事が無かったんですよね?」

 

「うん·············だから英霊っていうとちょっと怖いというか、近寄り難いというか············」

 

「でも────『あの人』は、何か違った」

 

「あの人、ですか?」

 

美遊の言葉に、マシュが可愛らしく首を傾げる。

 

「はい。赤い外套を纏ってて、髪が白くて、クロの男性版みたいな人なんですけど·············」

 

「クロさんの男性版················?」

 

一瞬だけ考え込むような素振りを見せたマシュだったが、3秒ほどで答えに行き着いたようで、直ぐに顔を上げた。

しかしマシュが口を開こうとする前に、突如食堂内の電気が落ちる。突然の停電に驚くイリヤ達だったが、それと時を待たずして緩やかなピアノの音色が場に流れ始めた事によってこれが演出なのだと気付いた。暗闇の中で踊る旋律は高く低く、流れるように鼓膜を響かせる。

その美しさに、思わず息を呑んだ。それもそのはず、演奏しているのはかのモーツァルトである。

音楽の叡智が込められたその十指が奏でる音色は、人を虜にして離さない。音楽の事なんてロクに知らないイリヤ達も、まるで魔術がかけられたかのようにじっとその演奏を聞いている。しばらくして、演奏が終わった。

演奏の余韻で静まり返る会場に、一条のスポットライトが下りる。特別に作ったと思わしきステージに照らし出されたのは、マスターだった。

 

「素晴らしい演奏をありがとう、モーツァルト。さて、あまりにも突然の事だったからビックリした人も居るよね。なのに俺の勝手でこんなにも素晴らしい会場を作ってくれてありがとう」

 

マスターの目は真剣そのものだ。

どこか抜けている所もあるいつものマスターとは違う、敵と相対する時の真剣な眼差し。

 

「今日、こんな急に集まって貰ったのは他でもない。紹介しよう、今日このカルデアに召喚された魔法少女3人組でーす!!!」

 

スポットライトの光がこちらに移動する。

その瞬間、「うおおおおおおおお!!!!!」という鬨の声にも似た音の爆発が湧き上がった。

特に、海賊っぽい格好をした黒い髭のオジサンは凄まじく、「本物の魔法少女ぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」と瞳から血の涙を流しながら叫んでいる。

「な、なんか恥ずかしいね············」

 

「うん··········」

 

「ま、それだけマスターに愛されてるって事なんじゃない?流石にこれはやり過ぎだと思うけど」

 

100人近い人数から注目され、イリヤと美遊は僅かに萎縮する。しかし嫌という訳ではない。

むしろここまで自分達が歓迎されているんだな、と嬉しく思う。

 

「さ、今日は無礼講だ!!日頃の疲れを癒すべく好きなだけ騒ぐぞ皆!!!ビバ・魔法少女!!!!!」

 

─────まあ、それにしてもあのテンションには流石にちょっと引かざるをえないのだが。

 

 

 

 

 

 

「お疲れ様です、先輩」

 

「うん、マシュもお疲れ様。急にごめんね」

 

「いえ、大丈夫です!そ、その。イリヤさん達の召喚を祝いたい気持ちは私も同じですから···········」

 

本人達を前にして言うのが恥ずかしいのか、マシュは微かに頬を赤らめる。既に周りは宴会モードだ。

あれだけあった食事が、溶けるように無くなっていく。

 

「さ、俺達も早く食べよう。今日は厨房担当の皆が頑張ってくれたからね。イリヤ達も、新しく入ったばかりだからって遠慮とか無用だぞ?」

 

「うん、ありがとうマスターさん!それじゃあ···········頂きます!」

 

イリヤは丁寧に置かれたフォークを手に取って、近くにあった唐揚げを口に運んだ。

 

「···················あれ?」

 

───その味に、イリヤは不思議そうに首を傾げる。

不味い訳じゃない。むしろとても美味しい。

噛んだ瞬間口の中に溢れ出す肉の旨みとカリッと揚げられた衣が絶妙なバランスで組み上げられた逸品だ。

しかし、何かがおかしい。

脳の奥で、火花が散るような感覚。

 

「················」

 

次は卵焼き。皿に規則正しく盛られたそれにフォークを突き立てて、恐る恐る口に運ぶ。

─────再び、頭の中で火花が散った。

ふわりと広がる出汁の味と、舌に乗せた瞬間とろける卵の半熟具合がえも言われぬ幸福感を演出する。

ゆっくりと味わって、こくりと嚥下した。

不鮮明だった感覚が、鮮明に浮かび上がる。

 

「お兄ちゃんの味と、同じ───────」

 

いや、正確に言えばイリヤ達の兄である『衛宮士郎』の作る物よりも美味しい。

しかしその差はあくまで延長線上(・・・・)

この味は兄の作る料理の味をより洗練させたら、恐らくこの料理の味に限りなく近くなるだろう。

クロもそれに気が付いたのか、並べられた料理を無言でじっと見詰めていた。

 

「どうしたの?三人とも。そんなに料理を見詰めて。何かおかしな所あった?」

 

「う、ううん。おかしな所は無いよ。凄く美味しいし。けど、その·········なんだか食べ慣れた味がするなと思って」

 

「食べ慣れた味、ですか?」

 

「どれどれ··············」

 

マスターがフォークを手に取り、イリヤも食べた卵焼きの皿に嬉々として手を伸ばす。そして、

 

 

 

「─────ん、これはエミヤ(・・・)が作った卵焼きだね。うん、美味い!このとろける感じが堪らない!」

 

 

何気なく放たれた言葉。

───────しかしそれは、イリヤ達の身体を固まらせるのに充分事足りた。

兄と同じ味の料理と、同じ苗字。

味が似ているのでは無い。前述の通り、あの味は兄の味の延長線上にある領域だ。

今まで幾度となく兄の料理を口にしてきた自分が、それを間違えるはずが無い。

 

「ね、ねえマシュ。そのエミヤ···········って人がどこに居るか知らない?」

 

クロが、僅かに声を上ずらせながらマシュに向かい、身を乗り出すようにして問を投げる。

マシュは会場をぐるりと見渡し、

 

「会場には居ないようです。エミヤ先輩の事ですから、会場に居ないとなると厨房でしょうか」

 

「うん、きっと厨房になら居ると思う。何か用事があるのなら呼んでこようか?」

 

「───────ええ、お願い」

 

クロは僅かに躊躇う素振りを見せたが、その躊躇いを跳ね除けるようにしてマスターにそう言った。

よし、と立ち上がったマスターが厨房の方へと消えていくのを確認したところで、美遊が重い表情のまま口を開いた。

 

「お兄·············士郎さんが、本当にここに?」

 

「分からない、けど·······あの味は絶対お兄ちゃんの物だった。それだけは、絶対に間違いじゃないよ」

 

イリヤのその言葉を最後に、3人は無言でその時を待ち続けた。急に流れ始めた重い空気にマシュが動揺している。

周りは変わらずお祭り騒ぎ状態なのに、祝われてる当事者達がこんなに張り詰めているのは少々申し訳なかった。

そして、永遠に続くかと思われた数分が終わる。

 

「ほらほら、こっちだよエミヤ」

 

「一体なんの用なんだ、マスター。あそこ一帯に陣取る金色の王様達が次々と料理を食い潰していくので追加の品を急ぎ作らなければならないのだが───────」

 

何かを言いかけた口がピタリと止まる。

漆黒の瞳がイリヤ達に向けられた。

─────その瞳に鏡のように映るイリヤ達は、きっと今間抜けな表情でその人を見上げているに違いない。

その人は、召喚された直後にマスターのマイルームで出会った、赤い外套を纏う男性サーヴァントだった。

イリヤ達がどこか親近感が湧くと話していた人であり、これは現在クロしか知りえない事だが、クロの内に秘めたるクラスカードと繋がっている英霊である。

しかし驚いたのはそこではない。

 

─────その英霊は、先程まで逆立つように撫で付けていた髪の毛を下ろしていた。

 

その髪を下ろした時の顔を見た瞬間に、イリヤは地面がぐらりと足元から崩れる感覚を味わった。

その表情はイリヤ達の知るどの表情よりも大人びていて、声も身長も体つきも違う。

多くの悲劇を見てきたであろう漆黒の瞳は(くら)く、静か。

鍛えられた肉体と、多くの物を失い、その反面多くの物を背負って『理想』を追いかけ続けたその背中は()えない傷でいっぱいで、とても寂しかった。

 

────その姿はイリヤ達の知る『彼』とは何もかもが違うというのに、理解(わか)ってしまった。

 

 

 

 

「おにい、ちゃん···········?」

 

 

 

震える声で、無意識にイリヤは呼んだ。

否、イリヤだけじゃない。

クロも美遊も。自覚が無いままに、声を震わせる。

マスターとマシュがギョッとしてイリヤ達と『彼』の間に視線を彷徨わせるが、それを意識する程の余裕は無かった。まるで徐々に水の中へと沈んでいくかのように、周囲の喧騒が遠ざかっていく。

何か言わなきゃと、空白で空っぽな頭を回転させる。

しかし出かかった言葉は喉奥でつっかえて、声になる事は無かった。

 

 

 

「──────まったく、やはりマスターには口止めしておくべきだったか。少々抜かったな。こうなる事など、容易に予想出来たというのに」

 

 

静寂を破ったのは『彼』だった。

彼は自嘲気味に笑ってから、イリヤ達を真っ直ぐ見据える。

 

 

「─────知ってしまったのなら、隠す必要も無い。もう聞いただろう、私の真名を。だが、そうだからと言って案ずる事は無い。私は君達が知る存在とは別の存在だ。そこのカレイドステッキならば私がそちら側(・・・・)から見た場合、どんな存在にあたるかは理解出来るだろう。人格はさて置き、仮にもかの宝石爺が第二魔法を応用させて作った代物だ。理解出来ない、等とは言うまい?」

 

鷹のような鋭い瞳が、イリヤの傍で浮いていたルビーと、同じく美遊の傍で浮いていたサファイアに向けられる。

 

《理解出来るか否かと問われたら、当然答えはイエスです。仰る通りですとも。わたくしとサファイアちゃんはキシュア・ゼルレッチ・シュバインオーグが産んだ至高の魔術礼装。並行世界の運営である第二魔法が用いられてる以上、その言葉の意味は嫌という程理解出来てま〜す☆》

 

ルビーは、いつものふざけた調子で『彼』の言葉を肯定する。 しかしその態度にも眉一つ上げず、

 

「なら良い。もう私の事を気にする必要性も無くなった。私は『君達』の事を知らないし、私も君達の知る者では無いのだから」

 

『彼』はあくまで冷徹にイリヤ達を突き放そうとする。

そこには、明確な拒絶の意思が含まれていた。

目を背けたくなった。その拒絶に、じゃない。

だって、その瞳は───────

 

「え、エミヤ!そんな言い方は··············」

 

「口出しは無用だ、マスター。これは彼女達と私の話だろう。とは言え、もう話は終わった。そういう訳で悪いが、ここで失礼させてもらう。これ以上の話し合いは、誰の益にもなる事は無い」

 

突き離すように『彼』はそれだけをイリヤ達に告げて、厨房へと消えていった。

 

 

だって、その瞳は────計り知れない懊悩と、悔恨に濡れていたから。

 

だからイリヤは目を背けたくなったのだ。

その言葉は鋭くイリヤの心を抉る。

しかしそれ以上に言葉を発する『彼』が傷付いている事をその瞳を見て分かってしまったから。

痛ましくて、見ていられない。

 

「························」

 

その在り方は、まるで一本の『剣』のようだった。

真っ直ぐで。

鋭くて。

冷たくて。

寂しくて。

あまりにも儚い、理想の果て──────

 

 

 

その後どう時間が進んだのか、イリヤは良く覚えていない。気付けば重い身体を引きずるように自分の部屋へ向かっていて、クロと美遊と軽い挨拶を交わし、倒れるようにベッドに沈み込んでいたのだ。

慣れない環境だったからだろう。

あまり眠く無いのに、目を閉じればうっすらと覆うような睡魔が脳に浸透していく。

 

「················やっぱり、あの人は違う」

 

靄がかった頭で呟いた。

─────そう、初めから分かっていた。

彼はイリヤの知る『衛宮士郎』じゃない。

だから彼の言う通り、イリヤ達が彼を気にかける必要なんてどこにもありはしない。

 

「だけど、あんな顔、され、たら───────」

 

あんな辛そうな顔をされたら。

────放ってなんか、置けないもん。

意識が完全に落ちる直前。

知らず、そんな呟きが零れていた。

 

 

 

 

 

 

 

─────サーヴァントは夢を見ない。

もし見たというのならそれは、その英霊の持つ『記憶』、つまり過去にあった出来事でしかない。

呼応する心象風景。

視界に広がるのはいつも通りの荒廃した大地。

墓標の如く乱立する鈍色の剣。

上空では、錆び付いた歯車が回っている。

また一つ。丘の上に剣を突き立てた。

ここに剣を突き立てるのは何度目だろう。

そんな当たり前の事を数えた事は無いけれど、きっと途方もない数字になるに違いない。

果たせなかった(ユメ)達はこうして風化していく。

果たせなかった『誓い』は忘却に散る。

散ったモノの在処なぞ分かるまい。

きっと誰に知られる事もなく、誰に理解される事もなく。

 

 

────果たされなかった想いは、消えてしまうのだろう。

 

 

 

 

 

 

引きずり込まれる。

────この場に

取り込まれる。

────この夢に

呑み込まれる。

────この澱に

喰い尽くされる。

────この檻に

それは散らばった残滓を全て集め、やがて一つの巨大な想念にならんとするための蒐集だった。

それは例外なくそれに関するものを喰らい尽くす。

果たされなかった願いを、誓いを、果たすために。

 

 

 

 

───喜べ少年。君の願いは、ようやく叶う。

 

 

 

 

 

 

 

◇───────

 

 

「─────ん」

 

瞼越しに柔らかな陽の光を感じる。

当然の事だが、カルデアに陽の光なんぞ存在しない。

しかしこれはどういう事だろう。

瞼をゆっくりと開けると、そこには青く澄んだ大空が視界いっぱいに広がっていた。

寝惚けているのだろうかと思ったが、あまりにも感覚が鮮明でそれは無いと切り捨てる。

だとしたら、これは一体─────?

 

「ようやく起きたわね、お寝坊さん」

 

どこか不機嫌そうな声が横合いから聞こえてきた。

視線をそちらに向けると、むすっとした顔のクロがこちらの顔をチラチラと覗いていた。

どうして俺の部屋にクロが────と考えた瞬間、俺は自分が砂の上で寝ていた事に気が付いた。

 

「───済まない、状況を手短に話してくれると助かる」

 

話しかけると、クロはツン、とそっぽを向いてしまった。

どうやら、俺は随分と嫌われてしまったらしい。

当然と言えば当然だ。

俺は彼女たちにあんな事を言ったのだから。

しかし状況を掴めないのは困る。

取り敢えず立ち上がって、周りを見渡してみた。

 

「────────公園、だと?」

 

そこは紛う事なき公園だった。

カラフルな遊具と一面に敷き詰められた砂があるだけの、至って普通の公園である。

何故公園に、と疑問を覚える寸前。

気になるものが視界を掠めた。

公園の名前やら、ルールが書かれた看板だった。

気になったのは1番上。

公園の名称である。そこには、こう書いてあった。

 

 

 

────冬木市深山町第3公園、と。

 

 

「·······················」

 

思わず、押し黙る。

何が起きてるのか理解出来ない。

いや、理解はしている。

恐らくそれを俺自身が認めたくないだけなのだろう。

 

「イリヤと美遊は周囲を散策してるわ。じき戻るでしょう。まったく、いつこんな事がまた起きるか分からないって確かに言ったけど、まさかその翌日にこんな事になるなんて··········サイアクだわ」

 

「───────これは、つまり」

 

クロは一瞬こちらを一瞥して、

 

「そ。カルデアで良くあるとかいう突然のレイシフトよ。それもマスター不在、連絡手段皆無の絶望的な状態。で、場所はほんとーに不思議な事に────そこに書いてある通り、冬木市だってさ」

 

極めて投げやりな様子で、今の大変危機的状況を説明してくれたのであった。

 

 

 

 




簡単にまとめると

エミヤ「イリヤ!?」

魔法少女3人衆「お兄ちゃん!?」

翌朝

全員「起きたらなんか冬木とか書いてあるおかしな世界にレイシフトしてた」

こんな感じでしょうかね。本当に勢いだけでプロットも作らず自分の脳内だけで書いてる物なので矛盾とか発生すると思いますが、温かい目で見守ってやってくださいw

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