【完結】幕間の物語 『贋作者と魔法少女/夢幻虚構結界:冬木』   作:耳 a.k.a 腐れケバブ

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どうも、イリヤ親衛隊隊長です。
宣言通り、今回は衛宮士郎(敵の方)の過去編です。
イリヤを失う所までは5節『揺籃の銀雪』と同じですが、そこからの分岐という事になります。
何故、士郎があんなにも壊れてしまったのか、その理由が明らかになる今話ですが、殆どが説明みたくなってしまい、説明下手のせいでかなり分かりにくい話になってると思います。

なのでもし疑問、矛盾等ありましたら感想頂けたら幸いです!あと、宜しければ後書きも参照下さいませ。




見上げるは地獄の焔。
星も、月も、理想も、全てを失った少年にとって、その禍々しい焔の輝きだけが、道標だった─────




第九節『焔下の誓い』

張り詰めた空気が居間を占領していた。

特にイリヤは緊張しているのか、先程からソワソワと落ち着きがない様子を見せている。

──────そう。今回、少女はイリヤの身体に憑依するという事をしていなかったのだ。

結果、同じ顔をした人間が3人も一堂に会しているという奇妙な状況に置かれている訳だが、当然落ち着けるはずもない。

邂逅から、10分。凍るような静寂の中、聞こえてくるのは秒針と心臓の鼓動のみ。

心臓の鼓動は常時より、その速度を上げていた。

 

「··························今回は、イリヤに憑依しなかったんだな」

 

それを誤魔化すかのように、俺はそんな事を聞いた。

少女はイリヤを一瞥すると、

 

「ええ、その子に憑依する前までは上手くカタチを得る事が難しかったから。今はあの時憑依した影響である程度存在を確立する事が出来るけど···························」

 

目覚めた。カタチを得る。存在の確立。

気になるワードは幾つかあるものの、取り敢えずは後回しだ。

 

「何故、またここに?」

 

「そうね。けどその前に────『彼』とは会えた?」

 

『彼』、というのは衛宮士郎の事だろう。

この街を投影(つく)り、バーサーカー他のサーヴァントをまとめて使役する怪物。

 

「─────ああ」

 

頷くと、少女はどこか懺悔するかのように目を伏せた。

少女が初めて見せる表情に心臓がチクリと痛む。

 

「··································ごめんなさい」

 

ポツリ、と顔を俯かせてから少女は謝罪する。

何に対しての謝罪なのか。この少女がそうする理由なんて、どこにも無いだろうに。

 

「どうして『彼』がそんな凶行に及んだのか。その理由を、アナタ達は知っているはずよ」

 

「アナタを生き返らせようとした·················んだよ、ね?」

 

恐る恐る、といったふうにイリヤが口を開く。

同じ顔というだけならばイリヤとクロだってそうなのだが、イリヤと少女は肌の色や声音すら同じなので、会話をしている所を見ると本当に合わせ鏡のようだ。

 

「その認識で間違いないわ、もう1人のわたし。彼はわたしを生き返らせるためにこの道を選んだ。聖杯を使ってわたしの命を救済する事だけを考えて、ね」

 

少女の表情は曇りきっている。

─────さっきの謝罪は、そういう事か。

自分を生き返らせるため、全てを捨て去った少年。

さっきの謝罪は奴と、その奴の凶行に巻き込まれてしまうであろう俺達に対する謝罪だったのだ。

 

「···················一つ、聞かせてくれ」

 

俺の確認に少女は首肯で応じる。

この問いは、きっと核心に迫るものだろう。

故にだろうか。俺の両手は握り拳になっていて、手の中はじっとりと汗ばんでいた。

深呼吸をして、肺に酸素を送り込む。

それで、ある程度覚悟は決まったみたいだった。

 

 

 

 

 

 

「──────君が、私達のマスターなのか?」

 

 

 

 

 

驚く声はイリヤ、クロ、美遊のものだった。

少女は突き付けられた問いに動じる事なく、真紅の双眸で俺の瞳を射抜いている。

数秒後、彼女はゆっくりと口を開き始めた。

 

「─────厳密に言うのならわたしじゃないわ。顕界に必要な魔力を提供しているのはわたしだけど、アナタのマスターは変わらずカルデアのマスターよ。そして、わたしが魔力を提供しているのはシロウ、アナタだけ」

 

「え···················じゃあ、わたし達はどうして·····················」

 

「アナタはミユ···············だったわね。どうしても何もないわ。そもそもアナタ達は普通のサーヴァントのように完全なる霊体というわけでは無いもの。顕界に魔力なんて殆ど必要ない。唯一、クロエだけは存在するのに魔力を必要としているみたいだけど、それだって半分は別の何かで補っているでしょう?」

 

少女の言葉は最もだ。確かにこの中で、顕界するのに楔を必要とするのは俺だけだろう。

 

「──────で、アナタがわたし達をこの世界に召喚したのは結局の所、『彼』を止めるためって事?」

 

クロの問いも、かなり切り込んだものだった。

しかしイリヤは首を横に振って、

 

「クロエ。アナタの言葉は半分は正解だけど、もう半分は不正解よ」

 

「······················は?だってアナタさっき─────」

 

「わたしは確かにシロウに魔力を供給しているし、あの子を止めるためにこの世界に引きずり込んだのもわたしよ」

 

「······················クロは、違うんですか?」

 

イリヤが少女に恐る恐るそう言うと、少女はじろりとイリヤを一瞥した。

 

「はぁ。歩んだ道が違うとは言え、どうしてそっちのわたしってばそんなにも能天気なのかしら?」

 

「ひ、酷いっ···············あ、アナタだってお兄さんの事をシロウって呼び捨てにしたりしてお姉さんぶってるじゃない!わたしお兄さんの事呼び捨てにしたりなんかしないもんね!クロからのお姉ちゃん呼びはいつでも受け付けるけど!」

 

「アナタをお姉ちゃん呼び?そんなのお断りよ。だってわたしの方がお姉ちゃんなんだもの。妹はアナタの方でしょ、イリヤ」

 

「なぁっ······························!」

 

「ちなみに、わたしお姉ちゃんぶるも何も本当にシロウのお姉ちゃんだから。そこの所、勘違いされては困るわ。歳も18だし」

 

突如勃発する姉の称号を巡る戦いに、3人のイリヤは互いに額からバチバチと火花を散らしている。

そんな3人の様子を見て、美遊はどうしたら止められるのかとオロオロし始めていた。

────────話が、壮絶に脱線している。

完全に取り残された俺は一人静かに頭を抱えていると、

 

「───────コホン、話を戻すわ」

 

咳払いと共に少女がこちらへ向き直る。

 

「是非、そうしてくれると助かるな。イリヤ達を召喚したのは君ではないという話だったが·························」

 

「そうよ。少し考えれば分かると思う。その子の(カラダ)を求めているのか、一体誰なのかを」

 

「·································つまり、それは」

 

「ええ。イリヤを手中に収めようとカルデアにアクセスし、イリヤをこの世界に引きずり込んだ者────無論、『彼』の事よ」

 

「衛宮士郎、か」

 

どうやってそんな芸当を、なんて事はどうでもいい。

しかし、それを差し引いても少し疑問が残る。

何故クロと美遊をこの世界に召喚───いや、引きずり込んだのか。目的を達成するためだけならば、世界に引きずり込むのはイリヤだけで良いはずだ。

そんな疑問を見透かしたかのように、少女は口を開く。

 

「本来ならば、イリヤ1人をこの世界に(いざな)うつもりだったのでしょうね。けど、そうはいかなかった。カルデアは言うに及ばず堅牢なセキュリティを誇っている。だから、迅速に目的を達成する必要があったの。そのために、『彼』はフィルタを設定した。そのフィルタが────聖杯の『器』を持つ者以外を認識から除外する事。そうすれば余計なモノは付いてくるけれど、確実にイリヤをこの世界へと誘えるでしょう?その甲斐あってか、計画はいとも容易く成し遂げられたわ」

 

カルデアは確かに堅牢なセキュリティを誇っている。

しかし今まで幾度となくそれが破られている以上、こういう事例は割と珍しくはない。

実際、カルデアの全サーヴァントがとある建物の素材になってしまったりという事件もあったぐらいだ。

 

「─────────では、私は」

 

「ええ。アナタを呼んだのはあの子の────シロウの目的を阻止するためよ。『彼』が作り出した穴を利用して、わたしはアナタをこの世界へ誘った」

 

少女の話で、今まで謎だった事柄が一気に解消された。

どうして己がこの世界に喚びだされたのか。それは、長らく疑問に思っていた事だったのだ。

一人納得していると、少女が不安そうな面持ちでこちらを見詰めている事に気が付いた。

 

「怒って、ないの?」

 

「? どうして、私が怒る必要がある?」

 

問い返すと、少女は俯きながら訥々と話し始めた。

 

「わたしは、シロウを止めて欲しくてアナタを喚んだ。けどそれは、本来アナタには全く関係の無い事よ。なのにわたしはアナタを巻き込んでしまった。だから、その························」

 

少女は申し訳無さそうに頭を下げる。

─────ああ、全く。

普段はわがままのクセに、どうしてこの少女はこういう時だけそんな悲しそうな顔をするのか。

俺は、少女へと手を伸ばす。そして瞠目する少女の額に、やんわりと力を込めたデコピンをかました。

 

「ふぇうっ···························!?」

 

大きく仰け反る少女。唖然とこちらを見詰める彼女に、俺は言い放った。

 

「手間が省けた事に感謝こそすれど、君に対して腹を立てる道理などあるまい」

 

「手間が、省けた······················?」

 

額を手で押さえながら、少女は不思議そうに首を傾げる。

 

「ああ。なんせ、この子達が何処の馬の骨とも知れぬ輩に攫われたんだ。もし私がカルデアに取り残されていたとしても、必ずこの世界へ辿り着く方法を見つけ出し、助けに来ていただろう。しかし、君はその手間を省いてくれた。──────だから、君が謝る必要などないんだ」

 

俺だけじゃない。イリヤ達が、仲間達が攫われたのだ。

マスターはもちろん、カルデア内の全サーヴァント並びに全職員が総出となってこの世界へ辿り着く方法を見つけ出していただろう。あそこはそういう場所だ。

今もきっと、俺達の捜索に全力を費やしているに違いない。

 

「·····························やっぱり、アナタは」

 

変わらないわね、と。少女は微笑んだ。

そんなの、当たり前だと思う。

人はそう簡単に性根までは変わらない。

 

「─────私達については、もういい。聞きたい事は全て聞けたのでな。次に聞くべきはやはり、君の事だろう」

 

「·························うん。ここまで来たら、教えないわけにはいかないかな」

 

儚げに笑って、彼女はゆっくりと話し始める。

─────その姿が、俺の目にはどこか寂しげに映って見えた。

 

「『彼』はイリヤを─────わたしを生き返らせようとして、そして壊れてしまった。けど、わたしがそんなのを黙って見過ごすと思う?」

 

「いや、思わないが」

 

即答する。その即答っぷりに少女はくすぐったそうに笑ってから、再びあの寂しげな表情を浮かべた。

チクリと胸が痛む。少女のそういう表情は、見たくない。

だって、その表情はあまりにも辛そうだ。

俺と奴が抱えた懊悩と悔恨。

それに劣らない程の激情を感じる。

見れば少女は、その手を血が滲まん勢いで固く握り締めていた。まるで、自らの内より込み上げる何かに堪えるかのように。

 

「·····························もう分かっているとは思うけど、わたしは実体を持たない、『夢』のような存在よ。いえ、夢そのもの(・・・・・)と言うべきかしら。わたしはこの『世界』が見ている夢に過ぎない。だからカタチは無いし、存在も霧のように不確か」

 

「夢·························?」

 

少女の言葉に、イリヤが不思議そうな顔をする。

この世界が見る夢。

それが己の本質なのだと、目の前の少女は言う。

─────それで、俺は少女が何者なのかを理解した。

夢。ああ、確かにその言葉は的を射ている。

以前、俺がイリヤ達に挙げた話に、この世界は誰かが投影魔術によって作ったものであるというものがあった。

無論、その誰かとは奴────衛宮士郎である。

そしてこの街を生み出したのが衛宮士郎だというのなら、ある一つの可能性が導き出される。

それは────────

 

「もう、アナタは分かっているでしょう?この世界は彼の投影魔術によって成されたもの。─────その下地に、彼は己の『心象風景』を用いた」

 

「─────つまり、この世界自体が一種の『固有結界』である、という事か」

 

固有結界。術者の心象風景を具現化させ、現実を侵食し世界の法則を塗り潰す大魔術。

それがこの世界の下地となっている。

世界が見る『夢』。

それは即ち、奴の心象風景に刻まれた記憶。

──────この少女は奴の心象風景が、奴の心が生み出した幻想に過ぎない、という事だろう。

文字通り、少女は心象風景(セカイ)が見る夢だったのだ。

奴の根底にあった、強過ぎる想いが生んだ『幻想』。

それが、目の前の少女の正体だ。

 

「それって、ファースト・レディみたいな事をお兄ちゃ··················ううん、あの人がしたって事?」

 

ファースト・レディとは確か、イリヤ達がカルデアのマスターと知り合うきっかけになった事件の黒幕だったか。

データだけしか見ていないが、その認識に間違いはないだろう。ファースト・レディが統べていた世界も固有結界で形成されたものだと記述されていたのを覚えている。

 

「けど、それは莫大な魔力があってこそでしょ?普通に考えてそんな事出来るはずが························」

 

「──────そうね。普通に考えればそれは奇跡としか思えない所業よ。けど、奇跡ならすぐ傍にあった。聖杯戦争の勝者であった彼が取った行動って言えば、分かるでしょ?」

 

思い当たる節があったのか、クロは僅かに歯噛みして押し黙る。一瞬生まれた静寂。その静寂を機とするように、俺は気になっていた事を聞く事にした。

 

「·························先刻、君は言ったな。自分があの凶行を見逃すはずがないと。それは、奴の説得に失敗したという事なのか?」

 

「─────ううん。まず、わたしは彼に存在を認識すらして貰えなかった。だから彼はわたしの姿を見ることも、わたしの声が届く事も叶わない」

 

「なに····························?」

 

「だから、わたしはアナタをカルデアから喚んだの。わたしには彼を救う事は出来ないから、代わりに彼を救って欲しかった。──────全てを話すわ。あの後、彼が聖杯を手に入れてから何があったのか。その全てをね」

 

そうして、少女は訥々と語り始めた。

少女が見てきたであろう、遥か遠き夢の足跡を。

────ある一人の男が歩んだ、地獄の軌跡を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ザン、と肉を穿つ音がした。

もう幾度となく聞いた音色だ。目の前で倒れ伏す男が死んだのは既に1日前。

俺───衛宮士郎(・・・・)は都合半日の間、その男の身体を自らが投影した剣でメッタ刺しにしていたらしい。

そのせいか男の身体は既に原型を留めておらず、潰れた身体は殆ど赤い液体になってしまっていた。

金色の髪はもはや見る影もない。

────そこにあるのは、かつてギルガメッシュ(・・・・・・・)と呼ばれていた英霊の残骸だけだ。

 

「····················································」

 

原型を留めているのはあと顔だけ。

顔を潰せば、この世界にコイツが存在した形跡が完全に消え去る。それだけを考えて、俺は剣を振り下ろした。

ザン。ザシュ。グシャ。グシャ。グシャ。グシャグシャグシャグシャグシャグシャグシャグシャグシャグシャグシャグシャグシャグシャグシャグシャグシャグシャグシャグシャグシャグシャグシャグシャグシャグシャグシャグシャグシャグシャ。

最初に、目を潰した。その紅の瞳はムカつく。ムカついたから、その双眸を潰した。

次は口。あの声がムカつく。だから潰した。

次は耳。これもムカつく。潰した。

後は特に何も無いけど、ムカつくから全て潰した。

そうして気が付けば、男の姿は無くなっていた。

どうやら本当に、剣で男の身体をミキサーのように液状にしてしまったらしい。

後に残ったのは血溜まりと細かい肉片。

それが─────イリヤの命を奪った男の成れの果てだった。

 

「──────満足した?」

 

後方から固い声音。肉を穿つ音以外の音色を聞いたのは、約半日ぶりだった。──────遠坂凛。

アーチャーのマスターであり、俺の、大切な『仲間』だ。

 

「······························分からない。ただ、酷く空虚だ。まるで自分が自分じゃないみたいに思えてくる」

 

「でしょうね。ギルガメッシュを殺したところであの子がアナタの元に帰ってくるわけじゃないもの。ギルガメッシュを殺す。アナタはそれだけを原動力にしてここまで聖杯戦争を勝ち残ってきたんだもの。葛木先生を殺し、綺礼を殺し、慎二を殺し、臓硯を殺し─────桜を殺して、ね」

 

「···························仕方、ないだろ。これも全て、イリヤを救うための犠牲なんだ。決めたんだよ、俺は。イリヤだけの、正義の味方になるって」

 

「············································」

 

遠坂は何も言わない。

ただ黙って、俺の事を見詰めていた。

氷のような緊迫感は、2つの足音によって破られる。

セイバーとアーチャー。殺戮の果て、最後に残ったサーヴァントがその2騎だった。

 

「ねえ、士郎」

 

傍らに立つ遠坂が話しかけてくる。

 

「─────私、やっぱり士郎に聖杯を渡すわけにはいかない」

 

決別の言葉を、俺は空虚な気持ちで聞いていた。

本来ならば悲しんだり、怒ったりする場面なのだろう。

しかし、俺は不思議なほど何も感じなかった。

まるで心まで鉄になってしまったかのよう。

──────だから、受け入れられた。

遠坂凛は殺さなくてはならない、『敵』である、と。

 

「休戦協定はこれで終わりよ。今のアナタを放って置くのは危険過ぎる」

 

「···························俺が、大人しく従うとでも?」

 

「思わないわね。─────ええ、分かってる。アナタが、一度やると決めた事をそう簡単には曲げないって事ぐらい。私はそんなアナタを、ずっと昔から知ってるんだから」

 

アナタは知らないでしょうけどね、と。

遠坂はどこか温かみのある笑顔を浮かべて、そんな事を口にした。それは、遠坂凛の思い出でしかない。

少女は幻視する。

────校舎を覆う夕暮れ。その黄昏を背に受けながら、決して跳べない高さの走り高跳びに挑戦し続ける少年の姿を。

 

「そうか────お前も、俺の邪魔をするんだな」

 

「ええ。ここで止めさせてもらう。アナタの選択はとても危険なものだもの。この街の管理者(セカンドオーナー)として。

──────そして、数少ない友人として。アナタにこれ以上、道を踏み外させるわけにはいかないわ」

 

遠坂を中心として膨大な魔力が踊る。

色とりどりの輝きは十指に挟んだ宝石によるものだ。

キン、キン、キン、という金管楽器のような高音。

高まる魔力は限界を越えて臨界へ。

その全てが、俺へと牙を剥く。

 

「シロウ································」

 

こちらを(おもんばか)る声は、セイバーのものだ。

───────だからどうした。

俺はもう、引き返せない所まで来てしまっている。

遠坂の言う通りだ。まず、キャスターを統べていた葛木先生を首を撥ねて殺した。

ランサーを統べていた言峰は、ランサーとセイバーが交戦している間に四肢を斬り落とし胴体を両断して殺した。

逃げ惑う慎二は心臓を穿ち、

間桐臓硯は『破戒すべき全ての符(ルールブレイカー)』でその存在を霧散させた。

真にライダーを統べていたらしい桜も、殺した。

ライダーをセイバーが抑えている間に、抵抗する事も逃げ惑う事もなく桜は俺の剣を受け入れたのだ。

──────最後まで。俺が大好きだったあの笑顔を浮かべて、彼女は死んだ。邪魔となる者は全て殺した。

ならば、目の前で俺の邪魔をする遠坂とて同じ事だろう。

 

「·········································」

 

そう考えるだけで、遠坂を殺す恐怖は止まってくれた。

身体を支配していた熱が引き、代わりに凍てつくような冷気が身体に忍び寄る。

まるで、全身を巡る血潮が全て凍り付いたかのよう。

 

「良いのですか、それで。リンは················アーチャーは、これまで共に戦ってきた仲間でしょう!確かに最初は敵同士だった。互いに命を鬩ぎ合うような関係だった。しかし、しかし今は·····················!」

 

五月蝿い。俺はもう、止まれないんだ。

 

「······························第七のマスター、衛宮士郎が令呪をもって命ず。セイバー。その全霊をもって、アーチャーを始末しろ」

 

「ッ····················シロウ·················!!」

 

「重ねて令呪をもって命ずる。

─────セイバー。全霊をもって、アーチャーを、始末しろ」

 

己の意志とは関係なく、セイバーの躯が迸る。

銀色の風を纏い、アーチャーへと不可視の斬撃を叩き込む。

危なげに、アーチャーはセイバーの剣を受け止めた。

 

「──────ふん。どうやら、お互いロクでもないマスターを引き当てたようだな。私はとんでも無くお人好しなマスターを。そして君は、そこの破綻者を」

 

「ッ··············アーチャー····················速く、離れ····················!」

 

「別に君が気に病む事ではあるまい。元々、私は君のマスターが気に入らなくてね。ここで始末出来るのならばそれに越した事はない。

──────故に、全力でかかってくるが良い。

でなければ、己のマスターを失う事となるぞ」

 

剣戟が夜闇に響く。

直後、俺の視界が眩い閃光で埋め尽くされた。

言わずもがな、遠坂の宝石だ。宝石を十指どころか周囲にすら浮かばせ、自身の身を守るかのように、或いはこちらに砲身を向けるかのように構えている。

徐々に大きくなる高音は、ジェット機のエンジン音じみていた。

 

「·······························」

 

対して、俺は投影した数十本の剣を宙に浮かばせた。

その刃は全て遠坂に向けられている。

一度(ひとたび)俺が命じれば、全ての剣が遠坂へと豪雨の如く降り注ぐだろう。

互いの距離は10mも無い。

この距離でそれらがぶつかり合えばどうなるか。

言うに及ばず。それを踏まえた上で、両者は己の敵を滅ぼさんと、全ての力を解放した。

 

Neun(九番),Acht(八番),Sieben(七番)────!

 Stil,sciest(全財投入),(敵影、)eschiesen (一片、)ErscieSsung(一塵も残さず……!)───!」

 

キン、キン、キン、キン──────!!

甲高い音が連なり、反響する。

宝石から宝石へ。まるで木の枝の如く光条が巡り、複雑な模様の魔法陣を虚空に描いていく。

それは、まるで夜空に燦然と輝く星々の如く。

炉心たる遠坂はその中心で、左腕を掲げていた。

イメージは砲身。自身を巨大な砲身と見立てるように、遠坂は広げた掌を俺に向けている。

扱っている魔力量による影響だろう。

遠坂は苦痛に顔を歪める。

しかし、その目だけは違った。苦痛に顔を歪めながらも、爛と見据えた双眸で俺の事を射抜いている。

迸る雷光。うねり狂う魔力は大蛇の如き紫電を纏う。

大気。自身。宝石。

持ちうる全ての魔力を収斂し、一息に解放する。

それらが星々の輝きであるならば、魔法陣から放たれる幾条もの魔弾は正しく流星と呼ぶべきだろう。

夜空を斬り裂くべく殺到する流星群。

しかし、

 

 

 

 

「───────熾天覆う七つの円環(ロー・アイアス)

 

 

 

 

─────そこに、第二の光が割り込んだ。

俺と遠坂のちょうど中間辺り。

流星群の輝きはそれを上回る存在によって霞んでいく。

咲き誇る花弁は万物を呑み込む太陽の如き有様。

展開される花弁は遍く攻撃を防ぐ無謬の盾となり、その姿を燦然と夜に刻み付けた。

刹那の後、2つの輝きは邂逅を経る。

その邂逅は本来、決して有り得まい。

本来ならば決して交わる事の無い星と太陽。

本来ならば決してぶつかり合う事の無かった俺と遠坂。

─────奇しくも。その二つの在り方は示し合わせたかのように酷似していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

攻防は5分に及んだ。

地面にはいくつものクレーターが穿たれている。

そのクレーターと濛々と立ち上る砂塵が、その戦闘の激しさを物語っていた。

 

「か、は·····························」

 

砂塵越しに聞こえてくる掠れた呻き声。

びしゃり、という水音が何の音なのかは、もはや問うまでもないだろう。徐々に土煙が失せていく。

そのせいか、土煙の奥の光景が顕になった。

─────遠坂が、赤い絨毯の上に身体を横たえていた。

遠坂の血で出来た赤い絨毯は遠坂が身じろぎする度に円形の波紋を広げていき、揺らぎを生んでいる。

赤い。紅い。朱い。

網膜を蹂躙する、鮮烈の赤。

 

「························································」

 

構わず、俺は遠坂に向かって歩を進めた。

遠坂はまだ生きている。

だから──────殺さ、ないと。

 

「······················································」

 

凍らせた心で、遠坂を見下ろす。

顔は鮮血で染め上げられ、瞼は半分開いていなかった。

苦痛によるものだろう。荒い呼吸と共に不規則なリズムで上下する胸は、痛ましかった。

先程までは確かにあった左腕は無くなっている。

その答えは後方10メートル程にあった。

地面に描かれた血の軌跡。それは、地に落ちた腕の断面から迸ったものだ。

腹部からの出血が酷い。そこは、間違いなく俺の剣が貫いた場所だった。

 

「負けちゃっ················た、か」

 

俺の事を見上げながら、弱々しく遠坂が呟く。

どこか、遠い夢を見ているような虚ろな瞳。

喉に血塊が引っかかっているのか、声にひゅーひゅーという掠れた音が混じっている。

俺が斬り飛ばした腕は魔術刻印が刻まれた左腕。魔術刻印が失われた以上、刻印による自然治癒も有り得まい。

つまるところ、このまま放っておけば間違いなく遠坂は死ぬという事だった。

 

「アー················チャー·······················は····················」

 

遠坂は自身の右手の甲に視線を落とす。

────先刻まで、確かに存在したはずの令呪が消えていた。それが何を意味するのか、もはや言うまでもないだろう。

遠坂は「そっか」と呟き少し寂しそうに苦笑する。

セイバーとアーチャーの戦闘は終わっていた。

剣を振り抜いた体勢で、セイバーは胸中から込み上げてきた何かに耐えるように、その動きを止めている。

 

「本当は····················冬木の管理者とか、そんな事どうでも良かったんだ」

 

不意に、遠坂がそんな事を口にした。

 

「私ね、士郎が桜を殺したって聞いた時─────本当に、憎んだんだ。それがお門違いの憎しみだって事は、分かってた。聖杯戦争なんだもの。マスターが他のマスターを殺す事は、当然だもの」

 

「····························だったら、どうして?」

 

冷たい心で、何も無い感情で問いかける。

そして、遠坂の心臓辺りに狙いを定めた。

苦しげに上下する薄い胸。

そこを貫けば、遠坂凛の命は終わる。

 

 

 

 

 

「桜はね、私の─────妹だったんだ」

 

「···········································な、」

 

凍り付いていたはずの心臓がドクン、と跳ねた。

何だ、それは。聞いていない。俺はそんな事聞いていない。

だって、そんなの─────────

 

「だから、士郎の事が凄く憎かった。毎晩、思い悩んだわ。士郎を殺すか殺さないか。屋敷に居る時の士郎はあまりにも無防備だったから、幸い手を下すのは簡単そうだったもの。寝てる間にナイフで首でも切り裂けばそれで終わる─────けど、私には出来なかった」

 

本当に可笑しそうに、遠坂はクスリと笑みを零す。

 

「士郎の部屋に近付くとね、聞こえてくるの。

ごめんなさい·················って。何度も何度も、誰かに謝ってる声が、聞こえてきた。その声が凄く苦しそうで···················そんなの聞いたら、士郎を殺す事なんて、出来なかった·····················」

 

本当、バカみたい···············と。

遠坂は笑う。死を目前にしながら、彼女は笑っていた。

 

「ッ······························ああ、本当に···············遠坂は、バカだ。アーチャーの言う通りだよ。俺は桜を、お前の妹を殺したんだぞ。お人好しにも、限度がある。そんなの、いつものうっかり癖よりもタチが悪いじゃないか·················」

 

「む、失礼ね··············私、いつもって言われるほどそんなにうっかりしてないと思うけど?」

 

「···························何、言ってんだ。俺はいつもそのうっかりに付き合わされてきたんだぞ。いつもはしっかりしてる癖に変な所で不器用で、肝心な所で失敗するだもんな、遠坂は」

 

「そんなの、お互い様でしょ。士郎だって···············魔術の知識なんて殆ど無くて、常識外れで、どうしようも無いぐらい唐変木で····················一度決めた事を曲げる事が出来ない、バカ正直な奴···················」

 

互いに軽口を叩き合う。不意に、カランと音がした。

視線を落とすと、先程まで手にしていた剣が落ちていた。

──────もう、この剣は振るえない。

凍り付いていた心は解かされた。

·······················けど。今更どうしようも無い。

遠坂はじきに死ぬ。俺が殺したのだから、それぐらいは手に取るように分かってしまう。

─────あまりにも、身勝手だ。

俺は遠坂を殺しておきながら、今この瞬間、遠坂に死んで欲しく無いなんて事を、思ってしまっているんだから─────

 

「泣いて、るの·······················?」

 

遠坂の声がする。いつものハキハキとした声ではなく、今にも消えてしまいそうな掠れた声。

 

「っ···························俺、は」

 

言葉が見つからない。

こんな時、なんと言葉にすれば良いのかわからない。

だから、嗚咽を零す事しか出来なかった。

──────なんて、無様。

半端者にも程がある。どうせ壊れるのなら、完膚無きまでにイカれてしまえば良かった。

···························そうすれば、こんなにも辛い思いをしなくて済んだというのに。

 

「──────アナタが泣く必要なんて、ないわ。

言ったでしょう?これは聖杯戦争だって。

殺し、殺されるのが当たり前の世界。だから、アナタが気に病む必要なんて無いの」

 

そっと、遠坂の手が俺の頬に触れる。

─────あまりにも冷たい手。

その手が、この刹那の触れ合いに終わりが近付いている事を告げていた。縋るようにその手を取る。

 

「─────それに、泣かれるなんてあまりにも無責任だわ。奪ったからには、その全てを背負いなさい。それがアナタの、果たすべき責任····················なん、だから····························」

 

遠坂は先程とは打って変わり、いつもの厳しく、毅然とした声音でそう言った。

突き放すような言葉。

それで全ての力を使い果たしたとでも言いたげに、遠坂の手から完全に力が失われた。

 

「···································とお、さか?」

 

返事はない。薄らと開かれた瞼から覗く瞳は、役目を終えたかのように輝きを失わせている。

─────穏やかな微笑。

少女は最期の眠りにつく時でさえ、その名の通り凛とした態度を崩さなかった。

それは、少女が見せた誇りだったのかもしれない。

少女らしい最期と言えば、その通り。

凛として咲き誇る花の如く。

それが場違いな感想だと分かっていても。

───────その最期は儚く、美しかった。

 

 

 

 

 

 

「シロウ······························」

 

「································ああ、分かってる」

 

遠坂の亡骸を横たえて、俺は立ち上がった。

聖杯は直ぐもう傍まで迫っている。

──────元から、こうするつもりではあった。

イリヤを救うと決めたその瞬間から、他のサーヴァントを倒す事は決定事項だったからである。

しかし、いざ迎えた結末はあまりにも空虚。

それも当然と言えば、当然だった。

目的のため、俺は言葉通り全てを失ったのだから。

 

 

「··································進まないと」

 

だが、未だ残っているものもある。

求め続けた奇跡までは後少し。

─────さあ、行こう。

たった一つだけ。全てを失った俺に唯一残された、最後の希望を取り返しに。

 

 

 

 

 

 

 

────この世に『地獄』があるとするのなら、まさにこの場所がその名を冠するのに相応しいだろう。

空の光を遮る天蓋。それを支えるようにぐるりと広がる、光沢のある奇妙な色の岩肌。鍾乳洞と呼ばれる、自然が長い時をかけて造りあげた巨大な洞窟が、視界いっぱいに展開される。

その規模たるや凄まじく、直径3キロは下るまい。

洞窟というよりも、荒涼とした大地そのものだった。

あまりにも巨大な円蓋(ドーム)型の大空洞は、無機質でありながらも『生』の色で溢れている。

────まるで、生物の胎内。

龍洞の名を冠する通り、ここは生暖かい生気に満ちた龍の(はらわた)その物だった。

人の願いも、生命も、苦悩も、死も、何もかもが泥のように溶け合い絡み合う地獄の釜。それが、定められたこの場所の在り方である。

 

 

 

「あれが·······················大聖杯························」

 

龍の臟。その最奥に、大聖杯(ソレ)は鎮座していた。

例えるならば、漆黒の太陽。或いは、万物を呑み込むブラックホールとでも言うべきか。

主観で言わせてもらえば、後者の方が嵌る。

あれは、(あな)以外の何物でも無い。

龍の臟、その天蓋近くに開いた孔。

空虚でありながら無尽蔵。

果てが無いという意味では、ブラックホールという喩えは本当に的を射ていると思う。

 

「·············································」

 

知らず、固唾を飲んでいた。

成程、これまで五度に渡って幾多の魔術師がこの奇跡に手を伸ばそうとしてきたのも今なら頷ける。

扱い方を間違えれば奇跡にも絶望にもなる、無色透明で方向性の無い、膨大な魔力の渦。

これだけのモノがあれば、本当にイリヤを生き返らせる事だって可能かもしれない。

 

「──────いや、違う。かもしれないじゃダメなんだ。叶えないと。じゃなきゃ、今まで奪ってきた命に顔向けが出来ないもんな」

 

セイバーは何も言わずに、俺の横に立っている。

ただその表情は、どこか辛そうだった。

仕方の無い事かもしれない。

一時の同盟関係だったとはいえ、遠坂とアーチャーは俺達のかけがえのない仲間だったのだから。

 

「──────行こう、セイバー」

 

「──────はい、マスター」

 

自然と、俺達は手を取っていた。

セイバーと2人、その虚無に向かって手を伸ばす。

 

 

 

「──────我、聖杯に願う」

 

 

 

それが起句だとでも言うかのように。

ドクン、と大空洞全体が胎動した。

さながら、大聖杯はこの大空洞の心臓のよう。心臓から伸びた地脈という血管に、血液という魔力が行き渡る。

ドクン、ドクン、ドクン、ドクン、ドクン。

背筋が凍りそうになる。

その濃密な魔力によるものか。

大空洞内の空気は徐々に熱されているというのに、背筋は畏怖するかのように凍り付いている。

─────構うものか、と伸ばした五指に力を込めた。

意識が孔に引きずり込まれそうになるのを何とか堪えて、俺はその願いを口にした。

 

 

 

 

「───────イリヤを、俺の大切な人を、返してくれ」

 

 

 

 

切なる願いは、声を通じて確かに孔へと届けられた。

起動する大聖杯。それに呼応したのか、大空洞全体が地響きを立てていた。

大聖杯の周りを濃密な魔力が取り囲む。

傍らに立つセイバーと共に、俺はその光景をただ黙って見詰めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

──────直後。

俺とセイバーを、孔から溢れ出した『泥』が呑み込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──────暗い、海の中に沈んでいる。

果ては無く、天上も有り得ない海の中。

生と死。そんな当たり前の境界線すら曖昧な世界に、俺は沈んでいるらしかった。

らしかった、とどこか他人事のような表現なのは、文字通り俺は俺という人格を無くしてしまったからだろう。

 

『い、り、や』

 

認識出来るのは、その3つの音だけ。

人格を無くしたとて、その願いだけは無くさなかったみたいだ。それが嬉しかったけど、嬉しいという感情を表す方法が分からなくて、そのまま何もせず闇の中を揺蕩った。

─────何年も。何十年も。何百年も。

体感する時間は、悠久に等しい。

本来ならば完全に自壊するはずの自我は、あろう事かギリギリの所で保たれていた。

 

 

い、り、や。

い、り、や。

い、り、や。

い、り、や。

い、り、や。

い、り、や。

い、り、や。

いりやいりやいりやいりやいりやいりやいりやいりやいりやいりやいりやいりやいりやいりやいりやいりやいりやいりやいりやいりやいりやいりやいりやいりやいりやいりやいりやいりやいりやいりやいりやいりやいりやいりやいりやいりやいりやいりやいりやいりやいりやいりやいりやいりやいりやいりやいりやいりやいりやいりやいりやいりやいりやいりやいりやいりやいりやいりやいりやいりやいりやいりやいりやいりやいりやいりやいりやいりやいりやいりやいりやいりやいりやいりやいりやいりやいりやいりやいりやいりやいりやいりやいりやいりやいりやいりやいりやいりやいりやいりやいりやいりやいりやいりやいりやいりやいりやいりやいりやいりやいりやいりやいりやいりやいりやいりやいりやいりやいりやいりやいりやいりやいりやいりやいりやいりやいりやいりやいりやいりやいりやいりやいりやいりやいりやいりやいりやいりやいりやいりやいりやいりやいりやいりやいりやいりやいりやいりやいりやいりやいりやいりやいりやいりやいりやいりやいりやいりや───────────────────────────────────────────────

 

 

泥に呑み込まれてから体感で約二千年が過ぎた。

二千年という悠久に等しい時間の中で、『ソレ』は3つの音で構成されたその名だけを紡ぎ続ける機械だった。

とうに身体という外殻は失われ、『ソレ』は泥と完全に同化してしまっている。

それでも自壊せずに二千年という時を経ているのは、いりやという名を紡ぎ続けるためだったに違いない。

──────しかし、そこで変化が起こった。

二千年もの時を経て、『ソレ』は完全に泥と同化してしまった。だからだろう。

ひょんな事から、かつて泥に呑み込まれたはずの己の人格を見つけたのだ。ごく自然な挙動でそれを拾う。

覚醒する。二千年眠ったままだった意識が覚醒する。

──────目覚めの時。

『俺』は、二千年ぶりに外の世界の空気を吸った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「─────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────あ」

 

身体は失われているから、覚醒という表現はひょっとしたら違うのかもしれない。

けど、自己はしっかりと認識出来る。

とりあえず、散歩してみよう。

二千年も経ったのだ。外界がどうなったのか、見てみたい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

失われた身体を泥で補って、外へ出る。

世界は漆黒に染め上げられていた。

何か、マグマのようなものが席捲したのだろうか。

どこもかしこも破滅していて、死んでいる。

 

 

かつて、日本と呼ばれた漆黒の荒野。

かつて、太平洋と呼ばれた漆黒の荒野。

かつて、アメリカ大陸と呼ばれた漆黒の荒野。

大西洋、アフリカ大陸、ユーラシア大陸、etc。

──────嗚呼、世界は真っ黒だった。

どうやら俺を呑み込んだ『泥』は世界まで呑み込んで、そのまま丸ごと滅ぼしてしまったらしい。

 

 

2年ほどかけて、世界を一周してみた。

もちろん生存者なんて居ない。

この星は死んでいる。

アラヤ、ガイアといった抑止力が働く暇も無かったのだろう。

世界は『泥』に蹂躙され、跡形も無く滅び去った。

 

 

理由は簡単だ。

『俺』が、その原因だった。

恐らく、あの聖杯は元々何かに汚染されていたのだろう。

─────願いを、破壊を前提とした方法で叶える。

その結果、世界は滅んでしまった。

しかし、破壊を前提として願いを叶えるというのなら願いが叶ってなくては道理に合わない。

俺が願ったのは、イリヤを取り返す事だった。

しかしイリヤは居ない。

それは、つまり───────

 

「は。アタマ湧いてるんじゃないのか。

イリヤはホムンクルスだった。けど俺の一生を費やしたとて、イリヤと同じ存在を作り出す事は出来ない。

─────だから聖杯のクソ野郎は俺を『不老不死』にして、『永い年月を生きればいつかは作れるかもな』、なんて事を(わら)いながら抜かしやがったって事か······························」

 

嗚呼、本当にふざけている。

世界をこんなふうに滅ぼした張本人は自分で死ぬ選択肢すら与えられないと来た。

生き地獄、という言葉があるが、それは今、この瞬間に違いない。

 

「は、ハ」

 

笑いが込み上げてくる。

怒りや悲しみ、そんな感情なんて振り切ってしまった。

だって、スケールが違い過ぎる。

こんな絶望、どうやって受け入れれば良いっていうんだ。

 

「ははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ」

 

笑い続ける。乾いた笑いは機械のように痛ましい。

いっそ死んでしまいたいのに、死ぬ事の出来ない我が身があまりにも憎い。

─────なら、どうすれば良いのか。

 

 

 

 

「そんなもの、決まっている。

─────イリヤをこの手に取り戻す。この願いだけは、絶対に捨ててはならないものだ」

 

 

 

 

 

あまりにも深過ぎる絶望を振り払い、立ち上がる。

そうして、『彼』の終わりの無い旅路は始まった。

─────滅んだ世界。

ただ独りの孤独な王は、破滅の道へと足を踏み入れる。

(奇跡)は無く、

(希望)も無く、

(理想)は闇に溶けた。

それでも。

それなのに、未だ─────────

 

 

 

 

 

 

───────地獄()が、残っている。

 

 

 

 

頭上には、大聖杯の孔。

この漆黒の世界を生み出したソレは、今なお人々を灼き殺した地獄の(ほのお)が燻り続けている。

その焔の下で、俺は一つの『誓い』を立てた。

必ず、イリヤを取り返してみせる。

その為ならばどんな手段も厭わない。

歩き出す。一歩足を踏み出して、俺は前を向いた。

 

 

 

─────そんな俺を。太陽よりも禍々しい頭上の灯火が、憐れむように、(たの)しむように覗いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──────聖杯の泥の中で二千年という時を過ごした影響なのでしょうね。『彼』は聖杯と密接に繋がってしまった。

手中に収めた魔力の総数は計り知れない。

投影魔術によって冬木市を構築する事すら、少し『制限』が付くとは言え、『彼』にとっては念じるだけで可能なものだった」

 

「────────」

 

言葉が、出なかった。この世界が異常だという事は重々承知していた事であり、ある程度は覚悟していた。

しかし、それは俺の想像の埒外を向いていたのだ。

あまりの壮絶さに、イリヤ達に至っては顔面を蒼白にして、あたかも魂が抜けてしまったかのように呆然としている。

 

「それから、どうなったんだ?」

 

「前述の通りよ。『彼』は固有結界を下地に冬木市を再構築してみせた。そこから、彼の救済への道程は始まったわ。

彼がした事は、まず知識を得る事だった。

聖杯を通じ、ありとあらゆる知識を得ようとしたの。

そして、その中には『平行世界』の知識すら含まれていた」

 

「な··································平行世界、だと?」

 

然り、と少女は頷く。

にわかには信じられなかった。平行世界へのアクセスなんて、もはや魔法の域と言っても良いだろう。

 

 

「『彼』が目を付けたのはエインズワース(・・・・・・・)と呼ばれる魔術師の家系に伝わる秘奥、『置換魔術』だった」

 

「ッ···············································!?」

 

美遊の身体が大きく震えた。

事情を知っているが故、俺とて同じ思いだった。。

こんな所でその名を聞くことになろうとは、思いもしなかったのだから。

 

「正しくは、置換魔術を用いて製造される、『ドールズ』と呼ばれる人形に、かしらね。『ドールズ』と似た原理で、『彼』はイリヤスフィールという人格を人形に付与しようとした。

けど、死者の概念置換には多くの欠陥があるの。

記憶障害、感情の欠損、倫理破綻といった、内面的な欠陥が。だから、『彼』は人形ではなく、適した(カラダ)を用意する事によって、魂と肉体の親和性を高めようとした」

 

「──────その(カラダ)が、わたしって事なの?」

 

イリヤの言葉に、少女は頷く。

概念置換と言うより、改変と言った方が良いのか。

予め備えられている人格の改変。

そうして、奴はイリヤを己が愛した少女(イリヤ)へと生まれ変わらせようとしたのだろう。

どうやって人格────魂を改変させようとしたのかは分からないが、何かしらの方法を画策していたと見える。

それは、一種の『再臨』とも言えた。

 

「わたしは、壊れていくシロウを見ている事しか出来なかった。だから、アナタを召喚したの。身勝手な願いだとは分かってる。ただ、それでも························お願い。

あの子を。──────シロウを、地獄から助けてあげて」

 

「─────────」

 

切なる願いを聞き届ける。

奴は、自分にもう希望なんて無いと思ったのだろう。

─────愚かな奴め。

希望なら、すぐ傍にあったというのに。

少女の抱くこの想いが、希望で無くて何と言う─────?

 

 

 

 

「···························言われるまでもないさ。一時的にとは言え、君はわたしのマスターなのだろう?

マスターの命令には従う。それが、サーヴァントというものなのだからな」

 

 

 

 

少女は、衛宮士郎に己が認識されないと口にした。

そして、壊れていく所を見ている事しか出来なかったとも。

少女はいつだって奴の傍に居た。

傍に居て、叫び続けていた。

なのに、それに気付かず少女を独りきりにし、愚かな行いを繰り返した奴には重い罰が必要だろう。

 

 

「───────うん。ありがとう、シロウ」

 

 

少女は礼を言う。

─────花が綻ぶような、暖かい笑顔を向けて。

 

 

 

 




うわ、見返してみると長文説明ばっかり··················本当に分かりにくくてすみません!自分なりにまとめてみると、

①聖杯戦争を勝ち抜き、聖杯を使用。

②汚染されていた聖杯から流れ出た泥によって世界滅亡。

③二千年の時を経て士郎が覚醒。

④イリヤを救うため、地獄を歩む決意をする。

ざっとこんな感じでしょうか。
そして、5節でも出てきたSNイリヤっぽい女の子。
心象世界が見た夢だとかおかしな言い回しをしていますが、身も蓋もない言い方をしてしまえば幽霊みたいな感じかな、と思います。

そしてファーストレディやらエインズワースやら、ここぞとばかりにFateのネタをぶち込んでいくスタイル。
正直暴走気味に書いたので設定上いけるのか不安はありますが、こんな未来もあるかもなぁぐらいに思ってくれれば嬉しいなと思います‪w

次回は一応日常話を予定しております。いつになるか分かりませんが、ようやく暗い話から逃れられるぜ··················(安堵)
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