【完結】幕間の物語 『贋作者と魔法少女/夢幻虚構結界:冬木』 作:MC隊長
タイトル通り最後の日常話ですが常々口にしているように日常話を書くのは大変苦手としておりまして、読んでる上で不満も多く浮上してくる事と思います·················本当に申し訳ない。
さて、ネガテナィブな話はここまでにして皆様はプリズマ☆ファンタズム見ました?
自分は金曜日の学校帰りに見に行ったのですが、感想は『カオス』の三文字につきましたねw
自分はそこそこ楽しめたんですけど、少しイリヤ達の出番が少なかったかなぁと思ったり。
ネットの評価はあまり良くないみたいです。
周りがアニメのTシャツ多い中、一人制服姿というのはなかなかに気まずいものがありました······················w
まだ見てない方で興味がおありの方は、ぜひ劇場へと足を運んでみてください!
··················宣伝完了!
そうして、銀色の少女は再び眠りについた。
─────少女は祈る。
雪解けを待つ花々のように淡い切望を抱きながら、目覚めの時を静かに待っていた。
目覚めたのは昼を僅かに過ぎた頃。
昨日────いや、今日の深夜に話が終わってから直ぐに訪れた眠気は容赦なくイリヤの意識を刈り取った。
疲れのせいだろう。ずっと張り詰めさせていた身体と心は、どうしようも無く休息を必要としていたらしい。
「···························朝だ」
ポツリ、とイリヤは呟く。
当たり前の朝。当然の如く、青い空に浮かぶ太陽。
太陽の傍には真っ白な雲が寄り添っていて、吹き抜ける風は冬のものにしては暖かい。
空気は清水の如く澄み渡っていて心地が良い。
衛宮の屋敷は、これ以上無いってぐらいの朝の色に染まっていた。
「うん、朝だね」
独り言に応える声があって、イリヤは瞠目する。
ミユだった。イリヤよりも数分前に起床したのか、微かに乱れた髪を直している最中だった。
隣の布団に視線を落とすとクロが居なくなっている。
既に起床し居間へと向かったのかもしれない。
「おはよぉーミユ。··················何だか、ミユのそういう姿見るの珍しいかも」
そういう姿、とは寝起きの無防備な姿の事だ。
エーデルフェルト邸でのメイド歴のせいなのか、ミユはいつも起きるのが早い。
それは衛宮邸に来ても変わらず、いつもしっかりと身なりを整えた状態なので、こういった髪を直すという仕草を見るのは珍しかったりするのだった。
「あ·······················うん。わたしも、今起きたばかりだったから」
恥ずかしそうに、ミユは頬を赤く染める。
別に女の子同士なのだし恥ずかしがる事でも無いと思うのだが、そこはミユにもミユなりの事情があるのだろう。
ただミユのそんな姿は間違いなくレアなので、今のうちに存分に拝んでおくとする。
眼福眼福。カメラがあったら思わずパシャリと撮ってしまいそうなぐらい目の保養になる。
寝汗で頬やうなじに張り付く艶やかな黒髪。微かに上気する肌。ホットパンツ型のパジャマから惜しげも無く晒された白磁器のような足。普段見せる姿とは違う、今まで秘められていた少女の素顔に対しイリヤは一言。
「ふむ·····················ミユのえっち」
「どうしてそうなるの!?」
その暴言に、あんまりだとミユが悲痛な声を上げる。
《確かに、今のミユさんの姿はどことなくエロティックな香りがしますねぇ························キャップ萌えというやつでしょうか。ルビーちゃん的に、ポイント高いですよ?》
「アナタからの評価なんてどうでもいい」
ルビーに対し、ミユはピシャリと冷たく突き返す。
「あはは························そういえば、少しお腹空いたかも」
昨日の夜から何も口にしていないので、それも無理はない。きゅるる、と胃が情けない音と共に空腹を訴える。
ミユも同じ気持ちなのか、下腹部をそっと抑えながら頬を赤く染めた。そんな反応に苦笑しつつ、イリヤは居間へ行く事を提案。2人並んで、居間へと向かう事にした。
「·········································」
「·········································」
互いの間に会話は無い。板張りの廊下を踏む音と吹き抜ける風の音だけが耳朶を打つ。
廊下から望める景色は平穏そのものだ。
────これが全て
「イリヤ」
ミユが、イリヤを呼び止める。
振り返ると、ミユは少し沈痛な面持ちをして立ち止まっていた。ただならぬ雰囲気だ。
目に見えて伝わってくるその緊張に、こちらの背筋もピンと伸ばされる。
「え、と··············どうしたの、ミユ?」
ミユはすぐには応じなかった。
しかし深呼吸をしてから、ミユは意を決したように訥々と口を開き始めた。
「─────もし。もし、イリヤに大切な人が居て。
世界と、その大切な人を天秤にかけなければいけないとしたら。イリヤは、どっちを救う?」
ミユの問いかけは、分かりにくかった。
·················いや、違う。イリヤが、その問いに対する答えを持ち合わせていなかったのだ。
大切な人と、世界。
どちらを取れば良いのかなんて分からない。
しかし、分からないままにしておいて良い問いでも無い事は、イリヤも理解していた。
この戦いにおいて、その問いかけは重要な意味を持つ。
それを踏まえた上で、イリヤは答えを口にした。
「·····························わたしは、選べないと思う。だって、重すぎるよ。誰かの命と世界なんて、わたしが背負うにはどちらも重すぎるから」
ただの小学生であるイリヤには、選べない。
多くを救うか、1人を救うか。
どちらの選択も間違いじゃない。
─────故に、悔いの残らない選択を。
「──────だから、きっと両方を救う道を選ぶよ。欲張りかもしれないけど、希望を失わない限りわたしはその道を全力で突き進む」
ミユが、イリヤの答えに目を見張る。
自分でもどうかと思う答えだけど、どちらが正解かでは無く自分に悔いを残さない選択を選べと言われたら、わたしはきっとそうするだろう。
「もし、両方失う事になっても························?」
「──────うん。何かを犠牲にして得たものに、わたしはきっと、笑顔を向ける事なんて出来ないもん」
真っ直ぐミユを見据えて答える。ミユは僅かに目を丸くした後、クスリと口元に笑みを刻んだ。
─────イリヤらしい答えに、安心したからだ。
無論、子供の戯言だと言われれば否定する事は出来ないだろう。
二者択一の問いにおいて両方を選ぶなど、ルール違反にも程がある。
しかし、子供の戯言と決め付けているのは成長し、物の道理を多少学んだ大人だけだ。
子供だからこそ出せる結論。
それはあまりにも未熟であり、同時に
突き付けられた現実を受け入れられず、両方を選択する事。
それは即ち、大人がもう忘れてしまった、
「─────イリヤは、変わらないね」
「そ、そうかな?」
《良いことじゃないですか、イリヤさん。やはりロリっ子は未来永劫ロリっ子であるべきです!ぺったんこサイコー!》
「ミユの言ってる事はそういう事じゃなーい!!」
イリヤが、茶々を入れてくるルビーに向かって拳を振り上げる。そのいつも通りの光景に、ミユは呆れながらも安堵するのだった。
机の上に規則正しく置かれた食器から湯気が立ち上っている。メニューは唐揚げを始め味噌汁、白米、ハーブチキンのサラダと続き、ごく普通な、しかし細やかな手間のかけられた、作る者の拘りが感じられる料理の数々が並んでいた。
その料理を皆で囲む光景は、さぞかし平和に満ちたものとなる··················はずだったのだが。
「ちょっと待ってくれ。何しに来たんだ、君は」
「何って、決まってるじゃない。お昼ご飯のついでに作戦会議しに来たの。ほら、早く私達の分も作ってよね。色んな準備に忙しいんだから」
その平穏も、唐突に屋敷を訪ねてきた(押し入ってきた)あかいあくまによって木っ端微塵に破壊される事となる。
─────遠坂凛。
突然の来客は居間にドカリと腰を下ろすと、我が物顔でそんなふざけた要求を口にするのだった。
唐突に居間の障子が開く音がした。
俺は調理をする手を止め障子の方へ振り返る。
入口に立っていたのはイリヤと美遊だった。
しかし、2人は石化の魔眼でも受けたかのようにピクリとも動かず、居間の様子を呆然と見つめている。
──────より詳しく説明すると、居間に当然の如く居座る遠坂凛を見て目を丸くしていた。
その傍らにはセイバーも座っている。
遠坂とは違い、どこか居心地が悪そうな雰囲気だ。
「なに二人ともぼうっと突っ立ってるの?早く入ってきなさいよ」
「いや、その·······················クロはこの光景に何も疑問を覚えないの?」
「最初は驚いたけど、リンの事だし。別にさほど不思議な事じゃ無いわよ」
妙に説得力のある言葉だった。
「リンは彼女達に随分と信頼されているのですね」
「····································信頼って言うのかしら、これ。どう見ても呆れられてるようにしか感じられないんだけど」
セイバーのどこか抜けた言葉に、遠坂凛はため息混じりに返答する。そのタイミングで、ちょうどこちらの調理も完成した。居間に配膳し、全員で「頂きます」の唱和。妙に緊張感のある昼食が始まった。
「む·······························」
「ほう、これは────────」
感嘆するような声。どうやら味に文句を言われるような事は無さそうで、密かに安堵する。
昼食後。後片付けをしようとした俺に遠坂凛が自分も手伝うと言い、遠慮しようとしたのだが「ご馳走してもらったんだし、後片付けぐらいやるわよ」と言ってさっさと始めてしまったのだ。
互いの間に会話は無い。
水の音と食器の触れ合う音だけが、二人の間に流れている。一方、居間ではセイバーとイリヤ達が何やら楽しげに話していた。
「ほう。アーチャーの作る料理はそんなにも美味なのですね。ですが確かに、先程の料理はその評価に値するものでした」
「うんうん、セイバーさんご飯お代わりしてたもんね」
「アーサー王が食いしん坊なんていう伝説あったかしら?水を得た魚の如き勢いで白飯が無くなってたわよ」
「く、クロエ!人が食い意地が張っているみたいに言わないで下さい!こ、これはあくまで英気を養うための食事です。どこかの国にもあるでしょう。腹が減っては戦ができぬ、と。まさしくその通り。空腹状態で敵と戦うなんて言語道断です。食事とは、サーヴァントにとって魔力と同じぐらい大切なものなのですから························!!!」
「凄い、力説····························」
「ええ。でも説得力は無いわね」
「ま、まあ食べないと大きくなれないし·························」
「イリヤ、そもそもサーヴァントは成長しないんじゃ·····················というかマスターさん曰く食事も摂る必要が無いって··················」
──────とまあ、こんな感じである。
その光景は、どこか懐かしかった。
イリヤが居て、遠坂が居て、セイバーが居る。
張りぼてでしか無い贋作だとしても、その光景は酷く俺の心を揺さぶり波打たせる。
そう、
この屋敷も、そして傍らに立つ遠坂凛でさえも、作られた存在に過ぎない。遠坂凛を含めたこの世界の住人は恐らく、彼女の話に出ていたエインズワースという魔術家系が生み出したとされる置換魔術。
それによって生み出された、『ドールズ』と呼ばれる人格を植え付けた人形────その原理を応用したものだ。
聖杯の泥に呑み込まれた奴は、2000年の時を経て完全に同調した。そして呑み込まれた自身の人格を取り込んだように、器に泥によって呑み込まれた他の人格を植え付けたといった所か。
─────第三魔法とは似て異なる、魂へのアプローチ。
不完全ながら、それは充分奇跡と呼称するに相応しいものだろう。
「─────その様子だと、貴方は知ってるのね」
唐突に。遠坂凛は、俺に向かってそう言った。
「───────君は知っていたのか?自分が、何者かによって作られた存在だという事を」
「そりゃ、誰だって気付くわよ。この世界はあまりにもおかしな点が多かったし。何より────私が
「············································」
「全く、私を造った奴も悪趣味だわ。人形なら人形のまま、いっそ感情とかそういうのを一切排してくれれば良かったのに。そうしたら───────」
カタカタと、音がする。
それは、遠坂凛の持つ食器が立てる音だった。
食器を持つ手が震えているから、そんな音がするのだろう。
「残酷なものよね。『遠坂凛』として17年間を生きてきた記憶は確かにあるのに、私は遠坂凛の偽物でしか無いなんて。自分の存在を根底から丸っきり否定されてるようなものだわ。
──────本当に、残酷」
「怖くは無いのか。自分が偽物でしか無いという事実が。遠坂凛を模しただけの人形に過ぎないという、現実が」
「··························意地悪な質問ね。怖くないわけないでしょう。人形って事はいつ自分が廃棄されるかすら分からないって事だもの。そんなの、怖くないわけが無い。─────けど、それ以上に私は許せないの。私が、
──────ああ、確かにそれは残酷だ。
遠坂凛という少女はいつだって前を向いていた。
故に自身が何者かによって作られた人形、贋作でしかないと自覚しながらも、少女は『遠坂凛』という人格を植え付けられているが故に、『遠坂凛』を曲げる事が出来ないなんて。
「─────ううん、それだけじゃないわ。何が目的なのかとかそんな事はもうどうでも良い。こんな事をしでかした奴に、一発でもお見舞いしてやらないと気が済まないってものだわ·······················!!!」
「··························································ふ」
思わず、口から笑いが零れる。
当然傍らに立つ人物がそれを見逃すはずも無く、
「·····························何よ。笑いどころなんて無かったと思うんだけど?」
「いやなに、実に君らしい考えだと思っただけだ。競争相手がいれば周回遅れにし、ケンカを売られれば二度と歯向かえなくするのが君の流儀だろう? ─────ああ、本当に君らしい。多少環境が変わった所では、君の性根を変えられるはずも無いという事か」
「え·········································」
俺の言葉によほど驚いたのか。遠坂凛は目を丸くして俺の事を見詰めていた。
「貴方、もしかして···································」
何かを言いかけて、遠坂凛は言葉を切る。
いつの間にか、洗い物は終わっていた。
会話をしている間にも、どうやら無意識に休む事なく作業を続けていたらしい。
「──────今夜0時」
ポツリ、と。背中に投げかけられる声。
「今夜0時に、もう一度私は柳洞寺へ行こうと思う」
「─────分かった。私もその時刻に向かうとしよう」
その言葉に遠坂凛は淡い微笑を浮かべて、背を向けた。
─────ありがとう。
去り際に、そんな声が聞こえた気がした。
昼食後に訪れる、穏やかな昼下がり。
イリヤは「何をして過ごそうかなぁ」、なんて暢気な事を考えながら廊下を歩いていた。
すると、柱に寄りかかって眠っている『彼』を見付けた。
午後の暖かな陽射しが降り注ぐ中、あどけない寝顔を見せている。
「·········································」
ぼっ、と自分の顔が赤くなるのを感じる。
別にお兄さんの寝顔に見惚れたという訳では無い(多分)。
ただ、その隣りで自分も眠ってみたいなどと考えてしまった自分の思考に対して赤面したのだ。
「す、少しだけなら························いいよね?」
ゴクリ、と生唾を飲み込みつつ彼へと近付く。
浅く上下する肩。微かに耳朶をはむ吐息。いつもとは異なり、あどけない雰囲気を放つ寝顔。
─────カチリ、と。
イケナイスイッチが入る音がした。
「お、お邪魔しまーす」
恐る恐るといった様子で、彼の横に腰を下ろす。
そのまま彼の身体に自身の身体を預けようとして────
「ん··································」
女の子らしい、どこか艶っぽい吐息が漏れる。
イリヤのものでも、当然ながら彼のものでも無い。
嫌な予感をひしひしと感じつつ、声が聞こえた方向へ首を動かしてみた。
「ッ··············クロ!!」
なんとというかやはりというか。
彼の膝で、クロは猫のように丸まりながら眠っていた。
どうやら彼に気を取られて気が付かなかったらしい。
いわゆる膝枕状態である。まるで極上の枕でも見付けたとでも言いたげに、クロは幸せそうな顔で眠っていた。
「ぐ、ぐぬぬ····························クロってばまたお兄さんにベタベタして·················!」
そしてここに、自分の事を棚に上げてわななく白猫が一人。
「ていっ!!」
「ふにゃあ!?」
彼の膝に乗せられたクロの頭を一閃。
ゴロン、と彼の膝の上からクロの頭が転がり落ちる。
いきなりの暴挙にクロはイリヤを睨むと、
「な、何すんのよバカイリヤ!」
クロは至極当然の反応を返した。
誰だって、いきなりこんな事をされれば怒るに違いない。
クロとてその例外に漏れなかったようだ。
「大方、わたしがお兄さんの膝で寝てる事が理由でしょうけどそれなら前にイリヤもシて貰ってたじゃない!自分だけなんて不公平極まりないわ!」
「うぐ·································」
それを言われると恥ずかしいやら正論すぎて言い返せないやらで言葉に詰まるイリヤだった。
「じゃ、じゃあ片膝だけわたしに·································」
「·························はぁ。結局それが狙いだったわけ?」
クロの呆れたような声には返答せず、イリヤは赤くなった顔を隠すかのように彼の膝へ顔を埋めた。
「ん································」
昨日は夜遅くまで起きていたからだろう。
目を閉じてみると案外直ぐに眠気は訪れた。
昼近くまで寝ていたとは言え、実際の睡眠時間を考慮すれば充分眠ったとは言い難い。
そして何より────彼の膝に身体を横たえていると、凄く落ち着いた。そりゃあ瞼も重くなる。
クロも最初は少しからかってみようと近付いた所で、この幸せな罠に引っかかってしまったのだろう。
「ふぁ······························」
そっと欠伸を漏らして、目を閉じる。
─────ズキン、と。微かに胸が痛んだ。
この時間はもうすぐ終わってしまう。
だって彼を倒すという事は───この世界の創造者を倒すという事は、この世界の破壊を意味するのだから。
「世界か大切な人か、か··························わたし、どうすれば良いのかな。あの人を止めたい。けど、そうするには倒すしかなくて──────」
生半可な言葉で彼を止める事は不可能だ。
だから、倒すしかない。両方救える結末なんて、ありはしない。
「ミユにはああ言ったけど、わたしなんかじゃどっちも救う事なんて出来ないよ·····························」
イリヤらしくない言葉だと思うだろうか。
世界も大切なものも両方救う。
それが少女の願いであり希望である。
可能性がまだ残っているか、未だ何か方法が模索出来るのなら迷いなくその希望に向かって手を伸ばすだろう。
────しかし、今回に限って希望は無かった。
もう『彼』は救えない。
イリヤをしてそう思わせる程、『彼』は既に終わっていた。
「お兄さん···················お兄さんだったら、どうする?」
当然ながら答えはない。
そもそもこの問いかけに、正解なんてありはしなかった。
故に、悔いのない選択を。
「お兄さんだったら······················クロだったら·····················ミユだったら···················わたし、だったら─────」
わたしだったら─────諦めたく、無い。
救えないという事実は、これ以上無いってぐらいに定められてしまっている。
ただそれでも、諦めるという事だけは出来なかった。
希望が無いのなら探せばいい。
暗闇しか無いのなら切り開けばいい。
それすら不可能であるとしても、イリヤは走り続ける事を止めたくはなかった。
「───────諦めない。諦めたく、ないよ」
きゅっ····················と彼のズボンを掴む。
その言葉を最後に、イリヤは深い眠りの底に意識を落としていった。
「こ、これは·····································」
ズガーン、とピアノの重低音のような重いBGMがどこからか聞こえた気がした。
美遊・エーデルフェルト。少女は居間から自室へ戻ろうとしていた時に、その光景に遭遇した。
傍からは一枚写真に撮りたいぐらい素晴らしい光景。
美遊にとっては垂涎ものと言って然るべし楽園。
つまり、何か問題があるのかと問われれば無いのだが、衝撃的である事には変わるまい。
《おや、ミユさんもお昼寝ですか?》
イリヤの銀を梳ったかのような髪から飛び出したのは、どこかおもちゃじみた外見のステッキ────ルビーだった。
《あの、ミユさん?》
《姉さん。ミユ様は放心状態になっているようだから少しそっとしてあげて》
《はぁ。色々と大変なんですねぇ〜》
ちっとも大変そうに思ってなさそうな声でそう言ってから、ルビーはカメラモードに変形してパシャリと一枚写真を撮った。その写真は後で内密に貰っておこう。
「もう大丈夫。だけど···················これはどういう状況なの?」
《見ての通りですよ?イリヤさんとクロさんがお兄さんと寝てます》
《それだけ聞くと事案ですね》
「どうしてそんな事に····························」
《いやぁそれがイリヤさん達、まるで電灯の光に誘われる虫さん達みたくふらふらとお兄さんの膝に近付きまして。魅了のパッシブスキルでも持ってるんじゃないですかねこの人?》
「魅了─────」
チラリ、と彼の寝顔を覗いてみる。
なるほど。これは確かに魅了だ。魔的とすら言っていい。
「うん。これは魔的──────なら、一緒に寝なくちゃ」
《ミユ様、その理論は少しどうかと。それにそのネタはかなりアウトな気がします》
《まあまあ、良いではないですかサファイアちゃん。この屋敷に滞在出来るのも残りわずか。少しぐらいは無礼講というものです》
《·············································》
「············································」
これには二人とも押し黙った。
残りわずか。その言葉は、現状をハッキリと認識させる。
胸より込み上げた感情を押し留め、美遊は彼の身体で空いている場所を探す。両膝はイリヤとクロが占領しているため使えない。残っている場所は──────
「ん································」
そっと、起こさぬように彼の胸に頬を寄せる。
美遊が選んだ場所は彼の胸元だった。足と足の間に身体を割り込ませるような形で、身体を彼の胸に預けている。
不思議な事にそれだけで落ち着いて、忘れていた眠気がどっと押し寄せてきた。
「暖かい··························」
ゆっくりと瞼が落ちていく。
──────かつて。
世界か大切な人か。その選択を迫られた人が居た。
彼は大切な人が幸せになってくれる事を祈り、願った。
だからどうしても、重なってしまう。
大切な人のために壊れながらも奔走する姿が、その傷付いた背中が、自分を救ってくれた『兄』に似ていた。
「····························でも」
明確に違う事がただ1つ。
それはもう、きっと彼が無くしてしまったものだろう。
「だから止め、なきゃ·································」
目を閉じる。意識は深く深く、水の底に落ちていった。
「どういう状況だこれは································」
俺が目を覚ますと、イリヤ、美遊、クロの3人が俺の身体に抱き着くようにして眠っていた。
立ち上がりたかったものの、それは叶うまい。
3人はあまりにも気持ち良さそうに眠っていて、起こすのは少し躊躇われた。
「仕方ない、か」
俺は上げかけていた腰を下ろし、空を一瞥した。
太陽がどこか遠くに沈んでいく。
─────あと、6時間。
それが、この平穏が続くであろう時間だった。
時刻は午後11時30分。すっかり寝静まった屋敷を、俺は誰にも見付からないようそっと抜け出した。
街を夜の帳が覆っている。
冬の冷気が容赦なく肌を突き刺し、吐き出された息を白い輪郭で染め上げていた。
ダン、と夜気に響く屋根を蹴り付ける音。
家屋から家屋へ、八艘飛びを思わせる動きで俺は遠坂凛との待ち合わせ場所だった柳洞寺へと向かう。
「お兄さん見付けたー!!」
「サファイア、魔力全開!!」
「全く、手間がかかるんだから···························!」
「ッ!?」
突如、後方から響き渡る声。
驚きと共に振り返ると凄まじい速度で俺に追随するイリヤ、美遊、クロの姿が見えた。
立ち止まり、イリヤ達と対面する。
「────どうして分かったんだ。誰にも気付かれないよう抜け出したつもりなのだが」
「お兄さんの考えそうな事ぐらい、簡単に分かります」
「そーそー。どうして何も言わずに一人で勝手に行っちゃうのかしら。過保護なのも良いけど、そろそろ考え物よね」
少し怒った様子の美遊とは対照的に、クロはどこか楽しそうに笑っていた。
──────しかし、今回ばかりは譲れない。
イリヤ達は分かっていないのだ。
『奴』を倒すという事は、この世界に終止符を打つという事なのだと。その選択はあまりにも、辛い。
この子達には重すぎるものだろう。
「──────分かってる」
「イリヤ?」
「あの人を倒しちゃったら世界が壊れちゃう事なんて、分かってる。─────だから、わたしは行くよ。わたしに出来る事がまだあるのなら、絶対にまだ諦めない!あの人も、世界も、両方救う!」
少女は言う。
アレはもう終わった身だ。
奇跡はなく、希望もなく。
アレは妄執に衝き動かされているだけの機械でしかない。
─────だというのに、まだ終わっていないと。
諦めないと、少女は言う。
「──────両方、か。全く、君らしい『答え』だな」
思わず微笑が漏れる。
それで、俺にも覚悟が決まった。
「──────行くぞ。救うにしろ討つにしろ、奴の凶行を止めるために」
三人は強く頷くと、俺の隣りに並んだ。
目指すは柳洞寺円蔵山。
地獄を内包した龍の
次回、最終戦。
『魔的』の部分で空の境界ネタに気付いてくれた人居るだろうか···············プリズマ☆ファンタズムで空の境界ではないんですけどそんな感じのネタあったんで輸入してみたんですけどコレジャナイ感半端ないw
空の境界、良いですよ。AbemaTVでやるみたいなんでこれもまだ見てない人はぜひ見てみてください!
自分は期末テストあるので見れません(泣)
当然、次の投稿も期末テスト後です(泣)
第四章も早くやりたいし青ブタの映画も見たいのにこの仕打ちはあんまりだ()
それではまた、6月後半か7月ぐらいにお会いしましょう!