【完結】幕間の物語 『贋作者と魔法少女/夢幻虚構結界:冬木』   作:MC隊長

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大変お待たせしました
約1ヶ月ぶりの投稿となりましたが、この作品を覚えている方がいらっしゃるか不安になる今日この頃。
期末テストと模試の勉強が重なった受験生の投稿ペースは亀の歩みが如し·························。

ちなみに闇堕ち(?)士郎の口調がやけに定まらないのは仕様です。彼にはもうイリヤへの歪んだ愛しか残ってないので衛宮士郎という人格すら危うくなってます。
それにしても書いてる時期がバラバラだと文章が乱れるので嫌ですね···················これからの課題です。



第十一節『鶴翼重奏』

「───────」

 

柳洞寺円蔵山。

その最奥にある巨大な大空洞に一人の男が佇んでいた。

たった一人のために、この世全ての絶望を背負ったモノ。

人である事を捨て、かつて業火の下で立てた『誓い』だけを胸に抱き走り続ける機械である。

 

「喜べよ、バーサーカー。お前も会いたかっただろう?かつての主に。お前を最後まで残しておいたのもそれが理由なんだぜ。とは言え、流石にお前はイリヤの事を覚えていないか。────お前はイリヤ達同様、カルデアから引っ張ってきた(・・・・・・・・・・・・・)サーヴァントだもんな。あの子の記憶が無いのも無理は無い」

 

「──────────」

 

バーサーカーは当然ながら俺の言葉には答えない。

キャスターやライダーなどは、カルデア風に表現するとシャドウサーヴァントと呼ばれる存在に該当する。

しかし、ここに居るバーサーカーは違う。

前述の通り、カルデアから奪ってきた霊基なのだ。

そして、それとは別にもう一騎(・・・・)

 

「························全く。事を成すためにはそんな躊躇は枷にしかならないって、充分理解してるってのに」

 

誰に向ける訳でもなく、言葉を紡ぐ。

口元に浮かぶ笑みは自嘲の色を孕んでいて、痛々しい。

 

「お前をここまで引き摺り出したのは俺なのに何言ってんだって話だけどさ。それでも、俺は。お前にだけにはいつものお前で居てもらいたかったんだよ─────セイバー」

 

その言葉はもう届かない。

少なくとも数時間後には、俺とアイツはこの場所で対峙する事となるだろう。

─────殺すべき、敵同士として。

 

「俺は誰にも止められない。いや、止める訳にはいかないんだ。─────だから、さ。俺はお前達を殺すよ。それでイリヤの命を救えるのなら、俺は躊躇いなんてしない」

 

「····················································」

 

その独白を聞いていたのは、傍らに侍ていたバーサーカーだけだった。聞いた所で、バーサーカーにはなんの意味も無いだろう。

だが、彼は気付いただろうか。

───────イリヤ。その三文字の音色が発せられた瞬間、微かにバーサーカーの巨躯が震えた事に。

 

 

 

 

「さあ、行こうかバーサーカー。これはお前の主を取り戻すための戦いだ。存分に、その戦斧を振るってくれ─────」

 

 

 

 

 

 

♢

 

 

 

 

 

「ちゃんと来たわね」

 

開口一番、遠坂凛は鋭い声で俺達を迎え入れた。

傍らには既に銀の鎧を纏ったセイバーが控えている。それに対し、遠坂凛は見覚えのある制服姿で腕を組んでいた。

 

「何だ、来ないとでも思ったのか?」

 

「まさか、念のための確認よ。それより─────」

 

チラリ、と遠坂は俺の後方に立つイリヤ達を一瞥する。

 

「前もちょっと思ったけど何なのその格好。今からコスプレパーティしに行く訳じゃ無いのよ?」

 

「う······················これは一応、わたし達にとっては正式な戦闘服と言いますか」

 

「そんなのが?わたしだったら死にたくなるわね」

 

「リンさんの方がわたし達より先に着てたからね!?」

 

《完全に自分の事棚に上げちゃってますねぇ〜。世界線が違うので無理はありませんが》

 

「やっぱりコレ、恥ずかしい格好だったんだ························」

 

「いいえ美遊様。とっても良くお似合いです」

 

「···················お兄さん、その··············わたし、似合ってますか?」

 

「どうしてそこで私に話を振るんだ美遊·······················」

 

急に話を振られ、俺は少し困惑する。

しかし、その問いを無碍にする訳にもいかない。

美遊にとっては勇気のいる質問だったらしく、美遊は微かに頬を赤らめて恥ずかしそうにしていたからだ。

方向性はともかくとして、美遊のような女の子が勇気を出して聞いてきたのだから真摯に答えるのが男としての矜恃というものだろう。

 

「まあ、なんだ。似合っているかいないかで言えば、これ以上無いぐらい似合っていると思うぞ。完璧だ。ベストマッチだ。落ち着いたデザインが美遊の楚々とした雰囲気が良く表現されている。························少しばかり露出が多過ぎる気がしなくもないがね」

 

俺が出来る最大の賛辞を送ってみる。

今の言葉に偽りはなかった。露出こそ激しいが、美遊の魔法少女姿というのはなかなかどうして悪くない。

イリヤが元気に飛び回る小鳥だとしたら、美遊はさながら花が咲き誇る野原を優雅に舞う蝶々だろう。

ベースはスクール水着を改造したかのような、紫と黒を基調とした衣装で、所々に鱗翅を思わせる意匠があしらわれている。落ち着いた、美遊らしいクールな雰囲気を漂わせる色彩と魔法少女らしい形の衣装は鬼に金棒、弁慶に薙刀と言っても過言では無いぐらい合いすぎているのだ。

 

「うわ······························」

 

「························ちょっと待てトオサカリン。どうしてそこで私がそんな生ゴミを見るかのような目で見られなくちゃいけないんだ」

 

「いや、だって普通『可愛いと思うよ』とかそんな感じで答えるでしょ。それをあんな本気っぽく解説してるのはちょっと·················ねえ?」

 

《事案ですね。通報しましょう》

 

「お兄さん·······························」

 

「安心しなさい。わたしはお兄さんがどんな趣味を持ってたって、ちゃんと愛せるから♪」

 

《おお、流石クロさん!真実の愛ですねぇ〜》

 

「····························································」

 

男の矜恃、敗北。遠坂凛はともかくイリヤの視線が痛い。

いつもはキラキラと輝いている紅の瞳だが、それが今は蔑むかのような視線に変わっていた。

そして肝心の美遊はより一層顔を赤くして、遠坂凛の背中に隠れてしまった。

 

「と、とにかくだ。この子達の格好はこれが普通なのだから、これ以上はあまり突っ込まないように」

 

「一番深く突っ込んでたのアナタだけどね」

 

遠坂凛の言葉をスルーして、俺は面持ちを戻した。

一体どうしてこんなにも話がズレてしまったのだろうか。

それを考え始めるとまた時間をロスしそうなので、さっさと本題に入ってしまおうと俺は口を開き始めた。

 

「─────それで、どうやって攻めるんだ?何か作戦があるのなら聞いておきたいのだが」

 

「残念ながら、そういった類のものは無いわね。何せ相手の力があまりにも未知数なんだもの。無理に作戦を立てて動くより、お互い臨機応変に立ち回ってくれた方が有難いわ。あまり緻密に作戦練ろうとすると、上手くいかなかった時に混乱を生むでしょうしね」

 

「同じ意見だ。それなら──────」

 

「ええ。正門からの正面突破あるのみよ」

 

敵の本拠地に何も考えず正面突破をかけるなど、本来ならば愚策と言う他ないぐらいの愚行だろうが················そもそも柳洞寺には正門からしか入る術が無い故、その選択肢しか選べない。

 

「大丈夫、なのかな·····················?」

 

イリヤが不安そうな声を零す。

脳裏を過ぎるのは『泥』の鎧を纏い、巨大な戦斧をもって全てを粉砕せんとする漆黒の狂戦士。

バーサーカーとの戦力差は一目瞭然。俺達が全員でかかってもその差を覆せるか分からない程、壁は厚く高い。

 

「遠坂凛、もしも俺が戦闘不能に陥ったら──────」

 

言うべき言葉は最後まで続かなかった。

口を開いた瞬間、トスッ····················と俺の腰辺りに、イリヤが自身の身体をぶつけてきたからだ。

抱き着くとはまた違う、拙い主張。

瞠目する俺に対して、イリヤは雨雫を滴らせるかのような訥々さで言の葉を紡ぎ始めた。

 

「いや······················そんな事言っちゃ、やだよ·····················」

 

「イリヤ?」

 

「約束、した。カルデアに帰ったら、わたし達に料理教えてくれるって、約束したもん。だから、だから···························っ」

 

「···························ああ、そうか。そうだった、な」

 

言って、イリヤの頭に手を置いた。

─────この戦いに、勝たなければならない理由がある。

今は、それだけで充分だ。

 

「─────それじゃ話もまとまった事だし、行くわよ」

 

遠坂凛を先頭に俺達は柳洞寺への階段に足をかける。

──────そこで不意に、俺は奇妙な視線を感じた。

振り返ると、すぐ後ろに視線の主が立っていた。

視線の主はセイバーだった。憂いに染まった顔は彼女らしくなくて、思わず俺は声をかけていた。

 

「何か、用でも?」

 

セイバーは驚いたように蒼い瞳を丸くしたが、直ぐに表情を引き戻す。

 

「いえ。あまり大した事では無いのです。ただ、イリヤスフィールの言っていた、カルデアという言葉に何故か違和感のようなものを覚えただけで────────」

 

「違和感?」

 

聞いてみたものの、かなり曖昧な答えが返ってきた。

いや、待て。カルデアという単語に違和感─────?

 

「セイバー、君はまさか······························」

 

「二人とも、何話してるのよ。置いていくわよー!」

 

俺達の歩みが遅かったからだろう。既に数段階段を登っていた遠坂凛がこちらを振り返って声を飛ばしてきた。

余計な疑問は出来るだけ戦闘前に解消しておきたいのだが、急かされてしまっては仕方がない。

それに─────俺の『推理』が正しければ、きっとその答えは彼女にとって心を揺るがすものになる。

それだけは、あまりしたくない。

 

「······················すみません、この話はまた後ほど」

 

セイバーは遠坂凛を追って、階段を駆け登っていく。

俺もそれに倣って階段を登った。

──────足取りは重い。

この先に待ち受けているであろうバーサーカーをどうすれば倒せるのか、その方法がどうしても思い浮かばないのだ。

直接矛を交えた俺だからこそ理解出来た。

あのバーサーカーは、規格外に過ぎる。

ただでさえ敵に回す事が躊躇われるサーヴァントだというのに、奴が手を加えてくれたおかげで更にその度合いが増してしまった。

──────勝利へのビジョンが見えない。

俺達ではどうしても、後一歩及ばない。

 

「···································いや、何も無いわけではなかったな」

 

今の予測は、少しばかり計算が甘い。

何故ならば俺が目指そうとしたのは、全員が生存した上で勝利するという理想の光景だったからだ。

結論から言えば、まだ手はある。

─────────バーサーカーに一歩及ばないというのなら、その一歩を生み出してしまえば良いだけの事。

無論、それは簡単ではない。

その代償として失われるのは────俺の『命』だ。

 

「イリヤ達には、すまないと思っている。俺が非力なばかりに、君達に辛い思いをさせてしまうだろう」

 

一人、俺は言葉を紡ぐ。

先程はイリヤに止められて言えなかった言葉だった。

イリヤ達は俺が消えてしまったら、きっと悲しむだろう。

それは俺も望む所じゃない。

イリヤ達の願いは俺と一緒にカルデアへ帰る事であり、俺のやろうとしている事はそれを真っ向から否定する行為だからだ。

 

「──────だが、もう見て見ぬふりは許されない。俺が衛宮士郎である限り、奴だけは必ず俺が止めなくてはならないんだ」

 

イリヤは息を引き取る直前、俺に言った。

──────自分は幸せだった。だから俺にも幸せになって欲しい、と。誰よりも幸福を求める権利があったはずだ。

誰よりも報われなくてはならなかったはずだ。

なのに、イリヤは·····················最後にその願いを、俺に託してくれた。雪のように儚い、幸せそうな笑顔で。

 

「────────」

 

だから、これは俺が成さねばならない事。

そのために、俺は·······················

 

「ちょっと、さっきからどうしたのよ。何か心配ごとでもあるの?」

 

いきなり遠坂凛の顔が視界いっぱいに映し出された事によって、思考が寸断される。

両腰に手を当てて、下から覗き込んでいるらしい。

可愛らしく、同時にお姉さん然とした、どこか頼もしさを感じさせる仕草だった。

 

「いや、何でもない。それより、君の方はどうなんだ。しっかり夕飯と休息は取ったか?土壇場になって取り返しのつかないうっかり(・・・・)をされては堪らない」

 

「何その心配。アンタは私の保護者かっての」

 

「ふ、どうやら聞くまでも無かったか」

 

「当然でしょう?私達の手に負えないような化け物が相手だもの。宝石の用意は潤沢。魔術回路には一切の淀み無し。有り体に言っちゃえば、絶好調ね」

 

「ほう、それは良かった。では君の技量に期待するとしよう」

 

任せときなさい、と胸を張る遠坂凛。

しかし不意に表情を翳らせて、

 

「──────私としては、アナタの方が心配なんだけどね」

 

「·························それは、どういう意味だ?」

 

俺の問いに遠坂凛は「別に、何でもないわよ」と答えて、山門へと続く階段を駆け上っていってしまった。

遠坂凛が残していった言葉の真意を計ろうとして、やめる。先に述べた通り、戦いの前に余計な迷いは抱くべきではない。俺は迷いを掻き消すように深く深呼吸をしてから、階段を上り始めた。

あんなにも重かった足取りが今は軽い。

─────俺は冷たい心で、暖かな幻想を切り捨てる。

ここはさながら、処刑台まで続く十三階段だ。

そんな事を考えてみてから、その喩えが実に的を射ている事に気が付き、苦笑が漏れた。

そして、遂に長い階段を上りきる。

眼前には古びているものの、大地に強く根を張る大木の如き荘厳さを感じる山門が──────地獄への入口が、俺達を誘うようにその口を開けていた。

 

 

 

 

「誰も、いない·····························?」

 

境内の中に踏み込んだ俺達を待ち受けていたのは、肌を突き刺すような冷気と深海の如き静寂だけだった。

奇襲を仕掛けてくる雰囲気もない。

横たわる空虚さが、俺達以外の何者もこの場に存在していない事を証明していた。

 

「もしかして、移動した··················?けどそれなら·························」

 

《ハイ、美遊様。『彼』が自ら攻めてこないのは何かしらの制限があるという見解ですが、そもそも自由に移動出来るのなら今までのように回りくどく私達を攻撃する必要がありません。どこかに拠点を移したという線は薄いかと》

 

《ですねぇ〜もし自由自在に行動できるのなら遠回りなやり方をせずにイリヤさんの寝込みを襲うだけでジ・エンドですから》

 

「ね、寝込みを襲うって······················!変な言い方しないでよ、もう!」

 

「ちょっとそこ、気を緩めない!どこから奇襲されるか分からないんだからもっと真面目に································」

 

遠坂凛がイリヤに声を上げた、その瞬間。

何の前触れもなく─────今自分達が立っている地面が、轟音と砂塵を撒き散らしながら崩壊した。

 

「な···········································!?」

 

驚愕と同時に胃が持ち上げられるかのような、奇妙な浮遊感が俺達を襲う。このままでは数秒を待たずして、落下エネルギーを伴い地の底へ激突するだろう。

 

「セイバー、着地任せた!!」

 

「了解です、マスター!」

 

しかし流石と言うべきか、唐突な落下に見舞われても遠坂凛の判断は早かった。

セイバーは遠坂凛の指示を受ける前からそうするつもりだったのか、言い終わったコンマ1秒後には遠坂凛の身体を受け止め、落下体勢へと移行する。

それを横目に、俺はイリヤ達の様子を確認する。

しかしその心配は杞憂だったようだ。

イリヤも美遊も、突然の落下に顔を青ざめさせながらも既にカレイドステッキの力によって空気中に浮いている。

となれば────────

 

「きゃああああああああああああっ!?」

 

悲鳴を上げながら、地の底へ吸い寄せられるようにジタバタと落ちていくクロだけだろう。

俺は足元に一振りの巨大な剣を投影し、それを蹴り付けてクロの元まで一息に跳躍する。

そのまま華奢な身体を、胴と足を両手で支えるようにして受け止めた。俗に言う、お姫様抱っこというやつである。

 

「無事か?見た所怪我は無いようだが」

 

「う、うん·······················大丈夫··················あ、ありがとう」

 

「構わん。それより、しっかりと私の身体に手を回せ。着地の衝撃に備えるぞ」

 

「て、手を回すって····························ああもう!分かったわよ!やれば良いんでしょう!?やれば!」

 

「あ、ああ··················頼む」

 

疑問符を浮かべる俺を他所に、クロは躊躇いがちではあるものの俺の首に手を回す。

直後──────普通の人間ならば身体の骨という骨が粉砕しかねない衝撃が、足元から頭蓋まで走り抜けた。

 

「っ·····························流石に、多少は堪えるか」

 

「だ、大丈夫·································?」

 

「ああ、少しばかり身体が痺れているが問題ない。君の方はどうだ?衝撃はある程度殺したつもりだが」

 

「わたしの方も大丈夫よ。ふふっ、これも頼りになるナイト様が優しく抱きとめてくれたおかげかしらね?」

 

クロは楽しげに笑いながら、そんな事を口にする。

 

「ふ、ナイト様と来たか。生憎と私にライダークラスの適性は無い。しかし、その名に恥じぬようお姫様を守る剣の務めぐらいは果たすとしよう。お姫様と呼ぶには少々、わがままでおてんばな気がしなくも無いがね」

 

「そりゃそうよ、女の子だもの。奔放に、わがままに、自分らしく。それが女の子の特権でしょう?」

 

彼女らしい言葉に、俺は苦笑を零す。

わがままに自分らしく居るのが女性の特権だと言うのなら、男の特権はそのわがままに付き従い甲斐性を見せる事·················なのかもしれない。

 

「──────全く、君には恐れ入ったよ」

 

言って、クロの身体を降ろす。

クロの挙動に異常は見られない。その事に軽い安堵を覚えつつ、俺は辺りを見渡した。

──────この世に『地獄』があるとするのなら、まさにこの場所がその名を冠するのに相応しいだろう。

空の光を遮る天蓋。それを支えるようにぐるりと広がる、光沢のある奇妙な色の岩肌。鍾乳洞と呼ばれる、自然が長い時をかけて造りあげた巨大な洞窟が、視界いっぱいに展開される。

その規模たるや凄まじく、直径3キロは下るまい。

洞窟というよりも、荒涼とした大地そのものだった。

あまりにも巨大な円蓋(ドーム)型の大空洞は、無機質でありながらも『生』の色で溢れている。

────まるで、生物の胎内。

龍洞の名を冠する通り、ここは生暖かい生気に満ちた龍の(はらわた)その物だった。

人の願いも、生命も、苦悩も、死も、何もかもが泥のように溶け合い絡み合う地獄の釜。それが、この場所の在り方だった。

 

「····································ここ、か」

 

間違いない。ここが奴の用意した祭壇であり────俺が何としても殺さなくてはならない『地獄』の源流だ。

 

「なに、この膨大な量の魔力のうねり························こんなの普通じゃないわ」

 

傍らに立つクロが呆然と呟いた。

クロの言葉通り、濃密な魔力がこの胎内を満たしている。そういった類の力を感じにくい一般人でさえ、ここに足を踏み入れれば何かしらの異常を感じるだろう。

 

「お兄さーん!!!」

 

「無事ですか、お兄さん!!」

 

イリヤと美遊の声が近付いてくる。

飛行が可能である2人は、当然無傷だった。

瓦礫が上から落ちてきたとしても、ルビーとサファイアが物理保護障壁を常時張っているはずなのであまり影響は無いだろう。

 

「ちょっと二人とも、わたしの心配はしてくれないの?」

 

「·······················クロはお兄さんに助けて貰ってたじゃない。しかもお姫様だっこで」

 

「べ、別にわたしから頼んだ訳じゃ·····················っ」

 

そんなやり取りが繰り広げられる中、俺はセイバー達を探そうと視線を張り巡らせていた。

地表に緩急があり見通しづらかったが、幸い両者は直ぐに見つかってくれた。

距離にすれば100メートルもない。

何やら火花を散らし合っている3人を呼び止めて、俺達は遠坂凛とセイバーの元へと向かった。

 

「─────取り敢えず、全員無事みたいね」

 

遠坂凛はこちらを一瞥した後、もう一度この大空洞の奥に視線を移した。数キロメートルに渡って広がる大空洞。

その奥に、崖が見えた。

ゴツゴツと岩が隆起しているので、人並みの筋力さえあれば簡単に登る事が出来るだろう。

後は別段、目立つようなものは見当たらない。

 

「このあからさまに禍々しい魔力─────間違いないわね。ここがアイツの工房とでも言うべき場所よ」

 

「ここが······························」

 

「·······················································」

 

イリヤが固唾を呑む一方、美遊は険しい表情でその『祭壇』を睨んでいた。胸中から込み上げる想いを抑えるかのように、両拳を握りしめている。

──────まるで、その場所を知っているかのように。

 

「セイバー、何か感じる?」

 

「リン。その問いに対する答えを述べるのは少々躊躇われる。ここはあまりにも魔力の濃度が高い。もしもその何かがあったとしても、余程のものでない限り探知は出来ません」

 

「··························そうよね。全く、こうも魔力の濃度が高いと異常を探知するのも一苦労だわ。強い磁場が発生している場所でコンパス使って方角を調べようとしてるもんだし」

 

「的確な喩えだな。さて、これからどうする?」

 

「決まっているでしょ。ここがアイツの根城だってんなら速攻で叩き潰しに行くだけだわ。例え、何が待ち受けていようとね」

 

自分を鼓舞するようにそう言い放って、遠坂凛は歩き出す。そこからは全員、終始無言で足を動かし続けた。

前述の通りこの大空洞は数キロメートルに渡り広がっていて、地上の(ひかり)を拒絶している。

大空洞の中は(よど)んでいた。

その澱みは歩を進めるごとに濃くなっていく。

魔力とはまた違う。

これは───────怨嗟か。

奴が背負うもの。その一端が、この怨嗟なのだろう。

この場所に堆積している想念ですらこれだ。

奴が実際に背負い込んでいるもののおぞましさは、マトモな人間ならば数秒と持たず発狂してもおかしくはない。

なんせ、奴が背負っているものは己が奪い尽くした人類60億人の怨念そのものだ。

ただの人間が背負うにはあまりにも重く、深い絶望の澱。

その果てに奴は、何を得たのだろう?

 

 

「いや、貴様(・・)が何かを得ようとするのはこれからか。その絶望は希望を求むるが故に生じたものに他ならない──────違うか、衛宮士郎?」

 

「──────知ったような口を叩くな、半端者」

 

俺の独白じみた言葉に、応じる声があった。

奴は────衛宮士郎は、まるで俺達の事を待っていたかのように堂々とその姿を晒していた。

その姿は地獄に佇んでいるというのにあまりにも自然体であり、その存在がこの空間と同一の存在である事が如実に伝わってきた。

 

「っ、アナタは·······································!」

 

「やあ、イリヤ。もう来ないと思っていたけど、もう一度来てくれて嬉しいよ。─────ああ、今度こそ君を手に入れてみせる。俺の願いの成就のために。そして、この絶望を終わらせるために。そのためには···························やはり、お前は邪魔だ」

 

濁った琥珀色の瞳にかつての面影など皆無。

目の前に佇んでんいるのは既に終わった命であり、世界を滅ぼした元凶であり、そしてイリヤの身体を使って(・・・)己の身勝手な願いを遂げようとする『敵』だ。

 

「ふん、それはお互い様だろう。

私達をこの世界に引きずり込んだのが貴様だというのなら、出口への鍵も貴様が握っているという事だ。

私達の最終的な目的はカルデアへと帰還する事。

それを邪魔する貴様は障害以外の何物でもあるまい。

故に貴様の妄言に付き合っている暇など塵芥一つ足りとも無く、無論、イリヤを貴様のような輩に渡す理由は皆無だ。

さて。長々と言葉を建て並べてみた訳だが、自分が私達にとってどれ程邪魔な存在か理解出来たか?」

 

言って、眼前の『敵』に瞳を絞る。

俺はイリヤ達を庇うように立ち塞がり、予め投影していた干将・莫耶の柄を両手で強く握りしめた。

─────出来る事ならば、イリヤ達と衛宮士郎をこういった形で会わせたくは無かった。

イリヤ達に『アイツは別の世界の住人に過ぎない』、なんて理屈が通じ無い事は既知の通り。

戦う事に対して、忌避の感情が発生しない訳もない。

─────それはきっと、すごく辛い事だ。

 

「貴様には、指一本触れさせない。絶対にだ」

 

イリヤ達を衛宮士郎には指一本触れさせないのと同時に、俺は彼女達に、衛宮士郎を傷付けて欲しくない。

誰かを傷付けるという行為は、自分自身の心を刀で削り取るのと同義である故に。

 

「····························本当に、バカなんだから」

 

呻吟するように、クロが呟きを零す。クロの言葉の真意を確かめる前に、

 

「─────下らない」

 

怨嗟に満ちた声があった。憤怒に見開かれた双眸は今にも眼窩からこぼれ落ちてしまいそう。

怒りに震える身体は、陳腐な表現ではあるが爆発寸前の火山を彷彿とさせた。

 

「下らない下らない下らないッッ!!!

自分がその子に頼られているのが、寄り添われている事がそんなに気持ちいいか!!!お前のそれはただの自己満足だろう!!自分の失ったものから目を背けて、その子で自分を慰めているだけだ!!!俺は諦めない!!俺は逃げない!!失ったものを取り戻すまで、俺はその現実から目を背ける訳にはいかないんだよ!!!!!」

 

血を吐くような絶叫。

確かに、奴は立ち向かった。

俺と同じく『イリヤ』を失っておきながら、奴は諦める事なくイリヤを救う道を選んだ。

有り体に言えば、俺は怖かったのだ。

俺はかつて『衛宮士郎』と同じく聖杯を使ってイリヤを救うか、使わずに聖杯を壊すか、その二択を迫られた。

─────俺は、自身に問うたのだ。

その願いは本当に正しい事なのか。

それは本当に、彼女の望む願いだったのかと。

 

「──────確かに、そうだな。

俺はイリヤを救う道を選ばなかった。貴様よりも幾分が臆病な性格でね。最後まで自分の望みを、イリヤを救いたいという願いを成し遂げる事が出来なかったんだ」

 

「そんな、そんな事·······························!!」

 

俺の言葉を否定しようとするイリヤを片手で制し、俺は毅然と前方を睨んで言葉を紡ぐ。

 

「そうだ。俺は臆病だった。だが、貴様は理解しているか?」

 

「································何の事だ」

 

「そんなもの決まっているだろう。

──────俺と貴様の、真の意味での違いを」

 

「なに··························?」

 

「俺は逃げた。自分の願いだったイリヤの命を救う事を諦めて、逃げ出した。そしてお前は立ち向かった。その愚直さで、その芯を貫き通す強さでお前は絶望に抗った」

 

ああ、それに間違いなどあるまい。

俺は逃げ、奴は立ち向かった。

俺は弱く、奴は強かった。

その事実は、決して揺らぎはしないのだ。

そして、同時に───────

 

「衛宮士郎。貴様に無かったものはただ一つ。

─────自分の願いよりも、大切な誰かの願いを叶えたいと思う弱さだ」

 

あの子は、イリヤは命を落とす直前に俺に言ってくれた。

──────幸せになれ(・・・・・)、と。

それが、彼女が最後に俺へと遺してくれた真の願い。

聖杯を目にした瞬間。俺の脳裏を過ぎったその願いが、俺をここまで導いてくれたものの正体。

抑止の守護者としての役割はあまりにも凄惨で、とてもイリヤに誇れるようなものでは無いけれど。

──────いつか、もう一度会えた時に。

イリヤに、俺は幸せだったと。頑張って生きたのだと胸を張れるようになりたい。

 

「俺は自分の弱さを、イリヤを救えなかった事を棚に上げているだけかもしれない。だがな、それでもイリヤは俺のために願ってくれたんだよ。幸せになれって。頑張れって、応援してくれたんだ」

 

故に。俺は衛宮士郎を許せない。

衛宮士郎の選択が間違いではなかったと理解していても、俺はコイツを、聖杯なんて物に頼って自分だけ(・・)の願いを叶えようとした衛宮士郎を許せない。

整合性なんてどうでも良い。

何が間違っていて何が正解なのか、そんなお利口な解答など求めていない。

 

「その願いは万能の願望器でも万物の源流たるアカシックレコードでも叶えられない。

───────俺だけだ。

イリヤの願いは俺だけにしか叶えられない、イリヤだけの奇跡だったんだ」

 

一歩、足を前へ踏み出す。

柄よ砕けんとばかりに干将・莫耶を握り締めて、

 

「ああ、これは整合性の問題じゃない。俺は貴様の選択が、その結末が許せないだけだ。

故に─────遠慮は要らん。

貴様と対峙する今だけは、カルデアへの帰還など意識から排斥してやる。これは貴様と私の戦いだ。

互いが互いを認められない、半端者同士の。

その身勝手な願いを貫き通すというのなら、己の全てを賭して来るがいい。俺がその(ことごと)くを凌駕し、貴様の願いを叩き落としてやる」

 

 

長い、長い旅路を終わらせるための戦いの始まりを告げた。

 

 

 

 

 

 

♢

 

 

 

 

「ああ、つまり─────今までとやる事は何ら変わらないという事だろう」

 

パチン、と衛宮士郎の指が鳴らされる。

──────途端。

地面から、漆黒の泥が噴出した。

 

「っ、全員距離を取れッ!!!」

 

干将・莫耶を構えながら後方へ声を飛ばす。

そうしている間にも噴出した泥は徐々に形を成していき、巨人の姿を象っていった。

─────サーヴァント、バーサーカー。

衛宮士郎が使役するサーヴァントにして、本来のバーサーカー以上の力を有する正真正銘の怪物である。

 

「ああ、最初からこうするつもりだったさ。言われなくとも、己が全てでもって貴様を捩じ伏せてやる」

 

再び、パチン、という乾いた音。

その音と同時に、おぞましい程の魔力のうねりが後方から津波の如く押し寄せてきた。

 

「お前達は予想していたはずだ。お前達に襲いかかったライダーも、アサシンも、キャスターも、ランサーも。全てが俺の手駒であると。ならばこの結果も予想出来ただろう。俺は俺の魔力が尽きない限り、投影魔術を応用する事によってシャドウサーヴァントを生み出せる。そしてその魔力の貯蔵量だが──────」

 

「·····························聖杯と密接に繋がってしまっている以上、その魔力総数は兆に届くだろう。ああ、無尽蔵と呼んで差し支えない程の魔力総数だな。このままでは、シャドウサーヴァントが延々と垂れ流されるぞ」

 

「っ、ああもうバーサーカーだけでも手に負えないっていうのに!!」

 

「どうしますか、マスター?一騎一騎は強力ではありますが、通常のサーヴァントと比べれば大した事はありません。数が多い分手こずるでしょうが、波を押し返す事は可能でしょう。ですがそこにバーサーカーが加わるとなると···························」

 

ここに来て、圧倒的戦力差が如実に顕れる。

並大抵では覆せない、質量による暴力が。

 

「うわわ、本当にいっぱい出てきた!?」

 

「イリヤ、気を付けて。いくらシャドウサーヴァントとは言え、数で押し潰されたら危険························」

 

そうしている間にも、バーサーカーの巨躯が完成しつつあった。一方衛宮士郎は、投影した剣を崖に橋の如く繋げる事によって、崖の上へと上っていた。

試すような瞳で、俺達を睥睨している。

 

「──────バーサーカーの相手は、私が引き受けよう。君達は後ろのシャドウサーヴァント共の相手を頼む」

 

動揺の気配が漣の如く走り抜ける。

無理もない。全員で立ち向かっても勝てるかどうか分からない相手だというのに、俺一人でそれを打倒しようというのだから。

 

「そんな、一人じゃ·································!」

 

「一騎一騎は取るに足らないものだとしても、あの数のシャドウサーヴァントを相手取るにはそれなりの頭数が必要だ。バーサーカーは幾ら脅威的とは言え、個体に過ぎない」

 

「だからこっちも一人で·················ってこと?そんなに単純な話が通じる相手じゃないでしょう?」

 

「考えても見てくれ。バーサーカーに戦力を割いたあまり、シャドウサーヴァントの討ち漏れに戦闘を邪魔されてしまっては本末転倒だろう。バーサーカーとの戦いにおいて、他の敵にまで反応している余裕はない。それならば、シャドウサーヴァントが一騎足りとも邪魔をしない状況でバーサーカーと切り結ぶ方がまだ現実的だろう。幾ら有象無象の雑兵とは言え、一太刀貰えばその傷は無視出来るものではなくなる。多勢に無勢、というやつだよ」

 

「───────要するに貴方は、私達に一騎も討ち漏らさずあの影の兵士達を食い止めろと言いたいのですね、アーチャー?」

 

「流石だ。理解が早くて助かる」

 

「け、けどそれは問題を先送りにしただけでしょう?幾ら食い止めてもバーサーカーを倒せなかったら貴方は·······················!」

 

そこまで言ってから、遠坂凛は口を噤む。

その必死な態度に、俺は思わず苦笑を零していた。

 

「な、なによ···························笑う事、ないじゃない!」

 

「いや、失礼。君があまりにも必死だったものでね。あくまで私達は休戦協定を結んでいるだけの関係だ。

─────だというのに、君はそうやって私の事を気にかけてくる。最初はただの同盟関係だからとか何とか言っておきながら、君もつくづく冷徹には成りきれないらしい」

 

それは、もうどこかに置き忘れてしまった思い出を語る時の、寂しさを滲ませた苦笑だったに違いない。

きっと、その言葉や態度があまりにも彼女らしかったから。

思わず、妙な懐かしさを感じてしまったのだ。

 

「─────大丈夫だよ、リン。それに君の心配は有難いが、そう心配されると自分の力に自信が持てなくなりそうだ」

 

少し冗談めかした言葉に遠坂凛はむっと頬を膨らませてから、可愛らしくそっぽを向いた。

 

「ふん、良いわよ。そこまで言うなら貴方の力、ここで見せてもらおうじゃない。─────信頼、させてよね」

 

「無論だ。ご期待に添えるよう全力で抗うとしよう」

 

互いに、まるで旧友のような笑みを交わす。

直後、天を引き裂くかのような咆哮が耳朶を貫いた。

バーサーカーだ。泥の鎧を纏った漆黒の凶星は、巨大な戦斧を掲げて俺達を睨んでいる。

 

「マスター!」

 

「全員戦闘態勢に移行!!何としてでも、アーチャーの元にコイツらを辿り着かせないで!!!」

 

打てば響くような返答にセイバーが剣戟でもって応える。

不可視の剣が振るわれる度に影から濃い紫色の塵が鮮血の如く飛び散って、大気に溶けて霧散していく。

他の面子も同じだった。

イリヤや美遊は俺の方を心配そうに見ていたが、先程の俺の言葉が効いたのか、最後は信頼を込めた瞳で俺を送り出してくれた。イリヤと美遊が放った魔力砲がセイバーを避けて迂回しようとしていたシャドウサーヴァント達を薙ぎ払う。

遠坂凛は、振り向く事もしなかった。

懐から色彩豊かな輝きを放つ宝石を取り出して、迎撃のための魔術を組んでいる。

そして、後の一人は──────

 

「さてと、行きましょうか。バーサーカーもいつまでもわたし達を待ってはくれないでしょうし」

 

────何故か俺の隣で、クロが手に握った干将・莫耶をくるくると弄んでいた。

 

「ちょっと待て。君は私の話を聞いていたのか?」

 

「お兄さん一人でバーサーカーとやり合うって事?

ええ、それならバッチリ聞いてたわよ」

 

「ならばどうして君がここに居る。見る限り、向こうに余裕があるという訳ではあるまい。だが君が補助すればよっぽどの事がない限り完全に安全圏まで持ってけるだろう。分かったらすぐに──────」

 

「うーん、イヤ」

 

バッサリと、俺の言葉をクロは一刀両断する。

 

「お兄さん言ったじゃない。整合性なんてどうでもいい。これは互いに互いを認められない者同士の戦いだって。

──────なら、わたしだってそうだわ。

これはわたしの戦いだもの。わたしが決めた戦場で、わたしはわたしの願いを遂げるために動く。正直、わたしにとってはそっちのイリヤの願いだとかそういうのもどうでも良いわ。

わたしが背負うにはあまりにも重いものだし、その権利はわたしには無いと思うから。お兄さんも言ってたじゃない。その願いはお兄さんにしか叶えられないものだって」

 

パシ、と手で弄んでいた干将・莫耶を握り直す。

強く。強く。己の武器に、覚悟を篭めていく。

 

「願い···················か。なら、一つ問おう。君の願いは何だ?どんな願いがあって、ここに立っている?」

 

「─────『約束』」

 

ポツリと呟く。恥ずかしそうに顔を赤く染めてから、クロは俺の事を毅然と見上げて続けた。

 

「こんな事言うの、イリヤみたいでシャクなんだけど·····················わたし、楽しみにしてたもの。お兄さんに料理を教えて貰う事。だから、こんな所でお兄さんを死なせはしない。絶対に、ね」

 

「·······················································」

 

きっと、今の俺は相当間抜けな顔をしているに違いない。

あの約束は、何気なく言ったものに過ぎなかった。

しかしそれは俺だけの認識だったらしい。

イリヤもクロも、もしかしたら美遊も。

俺と一緒にカルデアへ帰還する事を、そんなにも望んでいたというのか。

 

「わたしはイリヤと美遊に任されちゃったもの。シャドウサーヴァントは波状で襲ってくるから、魔力砲で広範囲に渡って攻撃出来る自分達はここを動けない。だから、近距離タイプのわたしにお兄さんを支えてあげてって。ほら、適材適所ってやつ?」

 

「む··········································」

 

それは、その通りだと思う。

厳密に言うならクロに広範囲に渡って攻撃出来る術が備わってない訳では無いが、シャドウサーヴァントとの戦いは消耗戦だ。魔力が尽きると存在していられないクロには向かない戦いだという事は否めない。しかし──────

 

「─────あの子達、本当は自分達が戦いたかったはずなのにね。お兄さんにはいつも守られてばかりだから、今度は自分達が守る番だって、常々言ってたもの」

 

「イリヤ達が·····························?」

 

「そ。けどイリヤ達はそんな想いを押し殺し、これが勝つための最適解だと飲み込んであの場に立ってる。

そんな妹達からお兄さんを助けてあげてなんて頼まれちゃったらさ──────姉として、成し遂げないわけにはいかないじゃない」

 

姉だから。その言い回しには少し弱い。

紅色に金色を差したかのような、不思議な色彩を持つ瞳が真っ直ぐ俺の瞳を見詰めてくる。

その言葉は、真っ直ぐだった。本当なら何としてでも止めたいのに、どうしてもそれが出来ないぐらい、その想いは和弓から放たれ矢の如く、真っ直ぐに俺の胸を貫いたのだ。

俺は俺の戦いを。

彼女は················いや、彼女『達』は彼女達の戦いを。

その想いを聞いてしまえば、もう戦う事を止めようとする事なんて出来るはずがなかった。

 

「································やれやれ。本当にわがままだな、君は」

 

「女の子3人分のわがままだもの。当然でしょ?」

 

違いない、と苦笑をこぼす。

──────再び、バーサーカーの咆哮が迸った。

少し会話に時間を割きすぎたせいか、もう身体の殆どが完成しつつある。完全に身体が出来上がるまで、残り10秒ほど。

 

「──────これも、因果か。

どこかの世界に召喚された『私』は一度バーサーカーと真っ向から戦い、これに敗北しているそうだ。

座の記憶でしか無い故に不確かではあるが、それが事実であるならば、ここで雪辱を果たしておかねばなるまい」

 

「ふーん。けどいちいち気にする事じゃ無いわね、そんな事」

 

「ほう。その理由は?」

 

「─────今度は、一人じゃないからよ。わたし、狙ったものは絶対に手に入れてみせるタチだもの。

だからこの戦い、何としてでも勝たせて貰うわ」

 

「敵は強いぞ。恐らく、俺が戦ったものよりも」

 

「承知の上だわ。けど言ったでしょ?わたし達は一人じゃない。イリヤや美遊、リンにセイバー。

─────そして、お兄さん。わたし達全員の想いは必ず勝利へと届く。2000年越しの願い?そんなもの、わたし達が跡形も無くぶっ壊してやるんだから!!!」

 

その言葉は、バーサーカーを挟んだ崖の上で戦場全体を俯瞰する衛宮士郎にも向けられていた。

ギリ、と奴の顔が憎悪に歪む。

その憎悪がバーサーカーにも伝播したのか、隻眼に血の如く鮮烈な光を灯し己が武器を構える。

時間的にも、これが最後の問答。

俺はバーサーカーに向かって、一歩足を進めた。

そして『最期』に、俺の後ろに立っている少女へ向かって言葉をかける。

 

 

 

 

「───────ついて来れるか」

 

 

 

 

「ッ·······················!」

 

トクン、と。クロの心臓が跳ねる。

今まで守られる事はあっても、頼られる事は無かった。

彼はいつもクロ達を守ろうとして、傷付いて、それでも笑って傍に居てくれる。

しかしクロはそれだけでは不満だった。

─────だってそれじゃあ、誰が彼を守るというのか。

突然だが、良い女の条件について話をしよう。

男の人の後ろを3歩下がって歩くような、大和撫子みたくおとしやかな女性も悪くは無いと思う。

しかし。しかし、だ。

クロはその人の後ろをついて行きたいんじゃない。

共に歩きたい。もしもその人が道の途中で立ち止まるような事があれば、手を取りリードしてあげたい。

その人に尽くす(・・・)とは、そういう事だ。

 

 

 

「──────ついて来れるか、ですって?」

 

 

 

心配も手加減も不要。

彼は彼の最高速度で駆け抜ければ良い。

それが自分が追い付けない程の速度で、背中が見えなくなるまで走り去ってしまったとしても関係ない。

追い付いてみせる。追い抜いてみせる。引っ張ってみせる。

故に、少女は高らかに謳うのだ。

 

 

 

「アナタの方こそ、ついて来なさい─────!」

 

 

その大きな背中に向かって手を伸ばす。

彼は笑った。可笑しそうに、暖かい笑みを浮かべて。

その笑顔だけで全身が熱くなる。

何もしていないのに、回路に不思議な魔力が走る。

間違いない。今夜の自分は過去最強だ。

だってこんなにも─────身体が、軽い························!!

 

「■■■■■■■■■■───────!!!!!」

 

漆黒の巨体が大きく跳躍した。狙いは無論、自分達だ。

だが焦る必要は無い。

彼の両手には干将・莫耶。

そして彼女の手にも干将・莫耶。

──────さあ、舞台は整った。

 

「せぇ··················あ!!!!!」

 

「は···················あっ!!!!!」

 

「ッ!?」

 

バーサーカーの跳躍は、地面に着弾する直前に虚空を走った二対の軌跡によって中断された。

空中でバランスを崩したバーサーカーはそのまま頭から地面に激突し、岩肌を掘削していく。

重なり合う黒と白。楽器を奏でるが如く優雅に、そして鮮烈に羽ばたく鶴の両翼。

──────地獄の舞台に、音色が響き渡る。

 

「見事な速度だ。あの速度で振るわれる戦斧······················直撃すれば、そのまま霊基を砕かれかねないな」

 

「それなら簡単。あの泥で錆び切ったポンコツに当たらないよう、優雅に舞うまでよ」

 

「ふ、違いない」

 

怪物を前にして、それでも二対の鶴翼は笑ってみせた。

これより舞台の幕は開く。

それは一夜限りの舞踏会。曇天を裂かんとするため、鶴翼は大空目指して飛翔する。

 

「さて、それでは私達と一曲踊って貰おうか。

なに、遠慮する事は無いぞ狂戦士よ。

貴様のステップがどれ程荒く醜いものだとしても。その拙いダンスに、我が翼が折れるまで付き合ってやろう─────!」

 

拍手の代わりに剣戟を。

喝采の代わりに慟哭を。

─────咆哮と共に、怪物と鶴の舞踏会の幕が開いた。

 

 

 




あのセリフ、一度クロに言わせてみたかったんです。その願いが叶って少し嬉しかったですね‪w
全体を通して美遊とイリヤにスポットライトが当たる事が多かったので、今回はクロがメインになった次第。
文中でエミヤが『どこかの世界の私』みたいな事言ってますが、これは察しの通りSNエミヤの記憶です。
英霊の座にある記憶の扱いについては本来ならば持ち越せないはずですが、FGOでは意外とその設定が希薄になってたりするので薄らとならその記憶を持っててもおかしくないかなぁと思い書きました。もし何か問題がありましたら、遠慮なく教えて頂けると幸いです。

さて、時間空いた&文字数の割に全然進んでいませんが、次回ようやくバーサーカー戦です。
本来ならば今回の話でバーサーカー戦を終わらせる予定でいましたが、予想以上に書く量が増えてしまい、仕方なくバーサーカー戦は次回に持ち越しとなりました。
難攻不落のバーサーカーをどうやって倒すのかは次回をお楽しみに。ああ、感想欄でも何人かの方が言及していましたが、セイバーについては次回触れる事になりそうです。

物語もいよいよ佳境。夏休みはガチで勉強しなきゃなんで夏休みまでには完結させねば····························!それでは、また次回。


P.Sマーリンピックアップはよ

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