【完結】幕間の物語 『贋作者と魔法少女/夢幻虚構結界:冬木』   作:耳 a.k.a 腐れケバブ

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お久しぶりでございます。逢咲シュウです。前と名前が変わりましたが、同じ人物なので安心して下さい。

このSSはHF3章記念に書いたものです。
去年、自分は幕間の物語 『贋作者と魔法少女/夢幻虚構結界:冬木』という作品を執筆していました。その時にイリヤ‪√‬的な物を書いた事を皆様は覚えていますでしょうか。今回書いたのはその番外編的なものになります。

内容はイリヤが士郎たちと桜の花を見に行く話......みたいな。

SSを書くのは去年以来で内容は伴わないかもしれませんが、読んで頂けると幸いです!! 感想もお待ちしてます。それでは、決して起こりえないifの世界のお話、スタート!!!

··········タイトルが文字化けしてる? なんの事やら()




番外編
第█節『冬n█残r█b█』


 冬の厳しい寒さが遠のき、春の到来を予期させる時節の頃である。

 俺――衛宮士郎はいつも通りキッチンで朝食を作っていた。いつもなら一緒に朝食を作る間桐桜だが、今日の午前中は忙しいらしく不在。よって、

 

「シロウ、卵焼き出来たわ。そっちはどう?」

 

 先程まで卵焼きを作っていた少女が、一度フライパンの火を止めて振り向きがちにそんな確認をしてきた。

 少女の名前はイリヤスフィール・フォン・アインツベルン。

 銀色の髪と紅の瞳が特徴的な美しい少女だ。体格は華奢で小柄。夜空の下に降り積もる銀雪を思わせる容姿は、その体格と相まってある種の儚さを見る者に感じさせる。

 何処からどう見ても年端もいかない少女であるが、実年齢は18歳と俺よりも年上だ。

 イリヤは格好こそいつものレースが付いた高級そうな服だが、その上に花柄の可愛いらしいエプロンを重ねていて、家庭的で柔らかい雰囲気を醸し出していた。イリヤが動く度に左右にエプロンの紐が小さく左右に揺れている。その様子がなんだか可愛らしくて、俺は思わず笑みを零すのだった。

 春の木漏れ日にも似た団欒風景。傍から見れば年の離れた兄妹が仲良く料理を作っている風景に見えただろうが実際は――

 

「もう、シロウ聞いてる?」

 

 イリヤが怒ったように頬を膨らませる。これ以上は本気で怒られるな、と思った俺は焼き魚をひっくり返しながらイリヤに声をかけた。

 

「ん。順調だぞ。焼き魚も良い感じに焼けてるし、鶏と大根の照り煮も良い仕上がりだ。後は盛り付けるだけだな」

 

「そう。じゃあ後はわたしに任せて座ってて」

 

「む……そういう訳にはいかない。せっかくここまで一緒に作ったんだから、最後までやるよ」

 

「はぁ。シロウったら頑固なんだから。それぐらい任せてくれたって良いじゃない。そんなに私の事が心配?」

 

「そんなの、当たり前だ。イリヤは華奢で小柄だからな。重い物を落とさずに持てるか俺はいつも心配で心配で――」

 

「……そんなに心配するなら、昨日あんなに激しくシなくても良かったじゃない」

 

 恨めがましそうな瞳を俺に向けて、イリヤはボソリとそんな事を口にした。

 

「なっ……う……」

 

 その言葉で、俺は昨夜の情事を思い出す。

 何を隠そう――俺とイリヤは恋人同士だ。事の発端は2ヶ月近く前。俺は願いを叶える願望器、聖杯を巡る七人の魔術師と七騎の英霊(サーヴァント)同士の戦い、聖杯戦争に巻き込まれた。召喚した英霊はセイバー。本来ならとても勝ち抜けるような戦いでは無かったが、イリヤや遠坂凛と結んだ同盟関係のおかげで幾度の死闘を制し、無事にとまではいかないものの聖杯を手にする事が出来た。

 しかし――実際に手に入れた聖杯で願いを叶える事はせず、セイバーの宝具で1片も残さず破壊してしまった。

 それによって聖杯戦争は終結し、今の平和な時間に至るという訳である。

 

「もう、シロウったら本当にエッチなんだから。こんなにも華奢で小柄な女の子を抱くのに少しも手加減しないなんて」

 

「っ……!?」

 

 妖艶な微笑みを浮かべてイリヤは俺に近付いてくる。

 そして俺の下腹部辺りに人差し指を伸ばし、くるくると触れているのか触れていないのか、酷く曖昧な強さで円を描く。

 イリヤの細腕を跳ね除ける事は簡単に思えた。イリヤが自分で口にしたように、イリヤは子供のように華奢で小柄なのだから。しかし、どうしても抗えない。簡単に跳ね除けれるはずの人差し指を前に、俺は身体を硬直させて小さく息を零す事しか出来ない。

 これ以上はまずい。昨日出し尽くしたとは言え、そこは若い男の身体の事だ。イリヤの細指に眠っていた情欲を煽られる。視界が狭窄し、イリヤ以外の存在にフォーカスが合わなくなる。

 熱い、溶けた飴細工に沈んでいくかのような感覚に全身を蝕まれながら、俺はイリヤに向かって手を伸ばした。跳ね除けるためでは無い。イリヤの身体を胸に引き寄せ、抱き締めるために。

 しかし――

 

「はい、お終い」

 

 くるりと、踊るようなワンステップを踏んでイリヤは俺が伸ばした腕をすり抜ける。

 

「くす、シロウったらいっけないんだー。こんな朝早くから女の子に欲情してしまうだなんて」

 

「お、おいイリヤ……」

 

「そんな物欲しそうな顔してもだーめ。ほら、後もう少しで朝ごはん出来上がるんだから早く席に着きなさい」

 

 トン、と間抜けな背中を押されて俺はあっさりと調理場から叩き出される。抗議の声を上げようかと思ったが諦めた。イリヤがそこまで言うのなら無駄に意地を張って調理場に立ち続ける理由は無いし、何より詳しい事は割愛するが下半身が大変な事になっているのだ。

 一度イリヤから離れて、心と身体のとある一部分を落ち着かせなくてはならない。俺は言われた通り大人しく席に着こうとして――

 

「その、おはようございますシロウ」

 

「うわ! せ、セイバー!?」

 

 いつから居たのだろう。畳に敷かれた座布団の上で、どこか気まずそうに金髪の小柄な少女が正座していた。

 彼女はセイバー――真名、アルトリア・ペンドラゴン。俺が召喚した英霊であり、この家に暮らす住人の一人だ。本来、聖杯を破壊したセイバーは消滅する運命にある。しかし消滅する寸前、遠坂と俺が何とかセイバーを現世に繋ぎ止め、こうして今まで消滅する事なく現界し続けているという訳だ。

 現界に必要な魔力は俺と遠坂の2人で補っている。つまりセイバーのマスターは俺と遠坂の2人という事になるのだが、遠坂はその事を口実にして時折セイバーを自宅に呼び出し、魔術研究の手伝いをさせている。昨日も同じで、てっきりセイバーは遠坂邸に居るものだと思っていたのだが――

 

「驚かせてしまい申し訳ありません。何やら2人がその、とてもじゃないですが邪魔出来ない雰囲気に包まれていましたので声をかけられず……」

 

「そ、そうだったのか。ごめんな、セイバー。変に気を遣わせてしまって」

 

「いえ、仲睦まじいのは良い事です。お2人はその、恋人同士なのですから」

 

 僅かに頬を赤く染めたセイバーがそんな事を口にする。そう恥ずかしがられるとこちらも何だか恥ずかしい。

 

「し、しかしですねシロウ!!」

 

「は、はいっ!」

 

「こんなにも朝早くからああいった行為をしようとするのはあまり感心しません! 貴方は私のマスターなのですから、その辺りはしっかり自覚し節度を持った生活を……」

 

「聞き捨てならないわね、セイバー。セイバーのマスターである前にシロウはわたしの恋人(もの)よ。いち居候である貴方に節度うんぬんを正される筋合いはこれっぽっちも無いんだから。ね、シロウ」

 

 そう言って、イリヤは俺の首に腕を回して背中に抱き着いてくる。そのささやかな重みに、再び心臓が跳ねた。

 

「む、イリヤスフィール!」

 

「セイバー、朝ごはんを相伴に預かりたいなら早く運ぶの手伝って。その為にこんな朝早くからトオサカ邸から戻って来たんでしょう? リンは朝弱いし元々朝ごはん食べない派だから、待ってても朝ごはん出てこないもの」

 

「くっ……流石ですねイリヤスフィール。貴方ほどの魔術師(メイガス)ともなると、私の思惑なんて全てお見通しという訳ですか」

 

「いや、多分これは魔術の腕とか関係ない……というか、セイバーが来るから3人分作ってたのか。今日は桜が居ないのにどうしてだろうと不思議に思ってたけど、納得した」

 

「この前リンの家から戻って来た時、もの凄い切なそうな顔で帰ってきたもの。そのせいで作った昼ごはんが瞬時に消えちゃったの覚えてない? ついこの間の事だけど」

 

「……ああ。そんな事も、あった…かな」

 

 記憶の人を手で手繰り寄せ、ようやくその記憶に思い至る。いつもはどんなにお腹が空いていても行儀よく食べるセイバーが、まるで生肉を前にした飢餓状態のライオンのように昼飯にがっついていた覚えがある。

 即座に思い出せなかったのは、春の陽気に当てられてぼうっとしていたからだろうか。

 ともかく、セイバーに餌やりを忘れると大変な事になるらしい。是非とも忘れずに記憶に留めておいた方が良いだろう。

 

「……今、何か失礼な事を考えませんでしたかシロウ」

 

「っ!? さ、さあ早く朝飯にしよう。お腹空いてるだろ、セイバー?」

 

「……イマイチ釈然としませんが、良いでしょう。シロウは座ってて下さい。イリヤスフィールの言う通り私は居候の身。朝食の配膳程度は手伝わせて下さい」

 

「あ、ああ。それじゃあお言葉に甘えて」

 

 イリヤを首にぶら下げたまま立ち上がろうとした俺だったが、セイバーの言葉に従って腰を下ろす。セイバーには聖杯戦争の最中、何度も命を救ってもらったので居候だとか全く気にしなくても良いのだが、頑固なセイバーの事だ。俺がそう言ってもきっと聞きはしないだろう。

 数分とかからず配膳が完了する。イリヤは俺の首からようやく腕を離すと、俺のすぐ隣に腰を下ろした。いつもの定位置だった。

 

「それじゃあ、頂きます」

 

「頂きます!」

 

「頂きます」

 

 三者三様の頂きますを終え、箸を手に取って各々朝食を食べ始める。

 

「お、美味い……イリヤも料理の腕を上げたな」

 

「シロウに同意です。初めはパンをトースターなる機械で焼くのもままなりませんでしたが、この2ヶ月の間で格段に進歩しましたね」

 

「ふふん、凄いでしょう」

 

「ああ。黒くてガリガリのトーストを作っていたあの時が遠い昔の事みたいだ。凄いぞ、イリヤ」

 

 そうイリヤを褒めながら俺はイリヤの頭を撫でる。しかし褒められた当人は少し複雑そうな顔をして、

 

「恥ずかしいからあまりトースターの話を持ち出さないで欲しいんだけど……えへへ、シロウに頭を撫でて貰えるなら何でも良いかな」

 

 そう言ってイリヤは相好を崩すと、俺の胸に食事そっちのけで猫みたいに擦り寄ってきた。本来なら行儀が悪いと窘める場面なのだろうが、イリヤにはとことん甘いと藤ねえ、遠坂、桜から評判の俺の事だ。ついつい頭を撫でるのを継続してしまう。

 

「でも、本当に上達が早いな。イリヤが料理を本格的にするようになってから、まだ1ヶ月も経ってないだろ? 俺が教えられてない部分ももう出来てるようになってるし……」

 

「そっか、シロウにはまだ伝えてなかったっけ。わたし、最近たまにアインツベルンのお城に帰ってるでしょう? その時セラにお料理を教えて貰ってるの」

 

「そうだったのか?」

 

「ええ。セラったら料理の事になると厳しくて。『ほほう、エミヤ様に振る舞う料理を、ですか。お嬢様のような気高い存在がエミヤ様のような低俗極まる凡人に手ずから料理を振る舞うなど私としては是非とも止めたい所ではありますが……他でもないお嬢様の命令ならば仕方ありません。しかしお嬢様。エミヤ様に振る舞うおつもりでしたら、手は抜きません。幾らお嬢様と言えど厳しくいきますので覚悟して下さいまし』、なーんて言って本当にこれ以上ないぐらい厳しく教えるんだから。教えてもらうならやっぱりシロウの方が良いわ。シロウの教え方優しいもの」

 

「低俗極まる凡人、か。余程セラから嫌われてるんだな俺。けど、それぐらい厳しい方が上達が早いんじゃないか? 現にこの短期間でかなり料理の腕が上達してるだろ?」

 

「料理の腕はね。その理由は『私がお嬢様に料理を教えて、もしお嬢様が振舞った料理に味が伴わなかったらまるで私の料理が負けたみたいでは無いですか!! こうしては居られません。お嬢様、今すぐかのエミヤシロウを超える料理人へと進化するべく修行を再開致しましょう!! さあ、早く!!』という極めて私怨が混ざったものだけど」

 

「……遂に様が消えたか。でも、そんなに厳しくされても逃げ出さなかったのは偉い。良くやったな、イリヤ」

 

「あ…………う、うん……えへへ」

 

 イリヤの頭をそっと撫でてやると、より一層俺の胸に顔を埋めて甘えた声を鳴らした。そんな時だった。コトリ、と食器を置く音が妙に大きく室内に響く。音のした方を見ると、お箸とお茶碗を持ったら敵襲が無い限り離さない(遠坂談)と噂のセイバーがまだご飯が半分程残っているにも関わらずお茶碗を置いている所だった。

 

「シロウ。少しイリヤスフィールの事を甘やかし過ぎでは? 勿論褒めるべき所は褒めるべきですが、それ以外でも最近のシロウはやけにイリヤスフィールを甘やかしているように思えます。イリヤスフィールが何をしても『全く、しょうが無いなイリヤは』と言って頭を撫でているようではただでさえ自儘なイリヤスフィールがもっと調子に乗ります。この辺りで少し厳しく接するべきではないでしょうか」

 

 厳しい瞳を掲げてセイバーがそんな事を口にした。語気は強く、凛と佇むその姿は見ているだけで気圧される。

 ――口元に付いたご飯粒が無ければの話だが。

 

「む。何よセイバー。もしかして嫉妬? シロウが私にばかり構ってるからひっがんでるんだー」

 

「ち、違います!! そんな理由では断じてありません!! イリヤスフィール、貴方とは一度本格的かつ徹底的に話し合う必要があるようですね……!」

 

「上等じゃない!! 大飯食らいの胃袋バーサーカーになんて私は負けないもん!!」

 

「バーサ……っっ!? これ以上無い恥辱です! 私の胃袋のどこがバーサーカーだというのですか!!!」

 

「……」

 

 顔を真っ赤にして吠えるセイバーから、俺はそっと視線を外した。セイバーは知る由もあるまい。衛宮家の食費の内、実に6割近くをセイバーが消費している等と。胃袋バーサーカー。言い得て妙なのかもしれない。

 とはいえ、このままではセイバーが言い負かされてそんなセイバーを慰める為に更に食費がかさむという負の連鎖に陥ってしまう気がする。イリヤは遠坂に勝る程口喧嘩には強いのだ。という事で、俺は喧嘩の仲裁役を買って出る事にした。

 

「ま、まあまあ2人共。喧嘩はその辺にして早く朝飯を――」

 

「「シロウは黙ってて(下さい!!)」」

 

「……はい」

 

 撃沈だった。俺はすごすごと引き下がり部屋の隅っこで1人きりの朝食を再開する。味噌汁は少し冷めていて、心做しかいつもよりしょっぱく感じたのだった。

 

 

 

 

「――よし、こんなものかな」

 

 朝食時の騒動から数時間後。時刻は11時を回った所だった。俺は再び厨房に立ち、料理をしていた。イリヤは自分の部屋で出かける準備を、セイバーは遠坂の手伝いをしに再び遠坂邸へと戻って行ったので今リビングに居るのは俺一人だ。

 俺は調理し終えた食材達を重箱というお弁当箱に詰めていく。これで準備完了。後は皆が待つ公園へと向かうだけだ。

 

「ん……ちょっと張り切り過ぎたかもな」

 

 弁当箱の中を覗き込み、俺は僅かに苦笑する。弁当箱には様々な色彩が見目麗しく敷き詰められていた。卵焼きや唐揚げ、ミートボールや鳥の照り焼き等々定番のおかずは勿論、ポテトサラダやレタスのサラダ、そして純白が目に眩しいお握りに至るまで。

 その量は実に15人前は下るまい。

『参加者』を考慮するにこの量でも全く足りないのだが、他の参加者も何かしら準備してくるだろうし、これとは別に食後のデザートとして大判焼きや三色団子等を用意してあるので恐らく足りるはずだ。、これで足りなければ、家から調理器具を引っ張ってきて青空ライブクッキングするしかあるまい。

 

「ふぅ……」

 

 座布団の上に腰掛けてそっと息を吐く。テレビを付けようとリモコンを操作したが、

 

「あれ、壊れてる」

 

 テレビは付きはするのだが、液晶画面にスノーノイズと呼ばれる現象が走っていた。ザー、ザー、ザー。耳の奥で異音が擦られる。チャンネルを切り替えてもスノーノイズは止まず、しかし他にやる事も無いので、俺は仕方なく秩序無き黒と白の炸裂を見つめ続けた。

 スノーノイズとは不思議なものだと思う。スノーノイズとはアナログテレビ放送を受信する際に信号レベルが低下した事によって雑音が混じったり映像が乱れたりする現象の事だ。名前の由来は黒い画面に白い点々が連続で発生する様が降り注ぐ雪のように見えるから、というもの。

 スノーノイズを不思議なものだと思った理由は、隔絶されているにも関わらず見ている者に画面のなかへ引きずり込まれるような感覚に陥らせるからだ。

 いや、引きずり込まれるというのは少々大仰な表現だったのかもしれない。現実とそうでない領域の境界線を掻き乱されるとでも言うべきか。白と黒の炸裂を見続けているだけで、自分の魂が異なる領域に沈んでいく感覚に襲われるのだ。自分という存在が曖昧になって薄れていく。お前の『居場所』はそこでは無いと無秩序なノイズに糾弾される。

 

 ――ガシャン、と。

 

 遠くで何かが割れる致命的な音がした。気が付けば俺の拳がテレビの液晶部分に突き刺さっていて、破片が畳の上に飛び散っていた。耳障りなノイズが鳴り止む。世界は再び静寂に包まれた。

 ズギ、と鋭い痛みが拳に走った。どうやら飛び散った破片によって拳を損傷してしまったみたいだ。赤い血が手を伝い、畳の上に零れ落ちる。赤い斑点。そこでようやく、呆然とした意識から俺は解放された。

 曖昧だった世界が、忘れかけていた境界線を自覚し始める。

 

「何やってんだろ、俺」

 

 破片を慎重に広い集めながら呟く。幸い、拳の怪我は大した事無かった。皮膚の表面を破片で切っただけなので数日もあればすぐに回復するだろう。

 

「シロウー準備出来た?」

 

「あ、ああ。すぐにでも出れるよ」

 

 イリヤが襖を開けて居間へと入ってくる。いつもと変わった様子はない。かなり大きな音だったように思うのだが、先程の破砕音は聞こえなかったのだろうか。

 俺はそっと怪我をした拳を背後に隠しながら、イリヤと会話を交わしていく。

 

「今日って結局誰が参加するの?」

 

「えっと、まず俺とイリヤにセイバーだろ? 加えて遠坂、桜、慎二、ライダー、一成、藤ねえ、後は来るかどうか分からない面子がリズとセラ。そういえば、あの二人結局どうなったんだ?」

 

「あはは…リズはすっごく行きたがってたんだけど、セラがね……」

 

「ああ……」

 

 セラが、というだけでその時の状況が何となく浮かんできて、納得出来てしまう自分が悲しい。

 

「――っと」

 

 不意にイリヤが俺の腰に抱き着いてきた。いつもの事なので俺は頭を撫でつつ、そのままイリヤの身体を受け止め続ける。

 

「ね、お兄ちゃん」

 

 その呼び方は随分と久しぶりだった。イリヤと恋人になってから、お兄ちゃんと呼ばれる事が少なくなってきたように思う。以前それとなく理由を聞いてみたのだが、曖昧に笑ってはぐらかされてしまった。

 

「どうしたんだ? イリヤ」

 

「あのね。その、イリヤのお願いを聞いてくれてありがとう」

 

「お願い…?」

 

「今日の事。皆で桜を見に行きたいっていうわたしのお願いを、お兄ちゃんが叶えてくれたから」

 

 そう、事の発端は3月初め。朝食の席でのイリヤの一言が原因だった。

『皆でサクラを見てみたい』。

 少し恥ずかしそうにそう言ったイリヤの願いを叶えてあげたくて、俺は顔馴染みに声をかけて一緒にお花見をしてくれる人を集めたのである。

 

「まさか、叶うなんて思ってなかった。ずっと見たいと願っていたけど、一生叶わないと思ってた」

 

「おいおい、そんなに俺が信用出来なかったのか?」

 

「そうじゃないの。……私が初めて桜を知ったのは10年も前。まだ……キリツグとお母様が居た頃なの」

 

「……」

 

「お母様がね。目をキラキラ輝かせてキリツグのお話を聞いてた事を良く覚えてる。日本には桜という春になると桃色の花を咲かせる美しい木があって、満開に咲いたサクラは目を奪われる程綺麗なんだって。後、満開の姿だけじゃなくて、散っていく姿もまるで桃色の雪が舞い降りてくるみたいに綺麗なんだって。わたしもお母様も白い世界しか知らなかったから、桃色の花を咲かせるというサクラを見てみたかったんだと思う。お母様はいつか家族3人で見に行きましょうねって約束をして、それで――」

 

 その先は言われなくとも分かる。きっと、その約束が果たされる事はなかったのだ。その約束が果たされる前に第四次聖杯戦争が勃発し、切嗣とは離れ離れに。そしてイリヤの母親は帰らぬ人となった。

 その時の光景を俺は想像する事しか出来ない。白く監獄じみた世界の中で、かつて両親と交わしたささやかな約束を想い続けながら佇む真っ白な少女。あくまで俺が作り出した光景でしかない想像だが、胸が引き裂かれるような痛みに苛まれた。

 俺は波涛のような衝動に駆られて、イリヤの身体を強く抱き締める。イリヤは俺の腕をなぞるように触れながら、静かに問いを投げた。

 

「シロウは、キリツグとサクラを見た事ある?」

 

「……ああ、ある。毎年この時期になると、今日行く公園で咲いているサクラを一緒に見に行ってたんだ。俺と親父、そして藤ねえを含む藤村組の皆でさ」

 

「……そう」

 

 花見と言いつつも桜を見る事より酒を飲んで騒ぐ事に比重を置いたものであり、風情も何も無い催しだった。その有様と言ったら、最後には公園で巨大なバイクが走り回る始末である。バイクのエンジン音と排気音に混じって野卑で野太い笑い声が夜空に響き渡り、時折近所の人達が文句を言いにやってきたのを良く覚えている。

 そんな様子を見て、今にも消えてしまいそうな希薄な微笑みを浮かべる切嗣の横顔も、俺は鮮明に覚えていた。喧騒の中で、桜を見詰めるその横顔はあまりにも孤独だったから。

 今この場所に確かに居るはずなのに、ここでは無い何処かに心を飛ばして夢想しているらしい切嗣は、俺の言葉に対する反応も定かでは無かった。あの時は酒のせいだとも思ったが、今なら分かる。

 切嗣は正しく夢想していたのだ。有りもしない夢を現実へと投影させ、それがもう決して叶わない事だと知っていたからこそ、今にも消え去ってしまいそうな横顔を浮かべていたのだ。

 そして、その役割は俺へと受け継がれた。父から子へ。切嗣が果たせなかった願いを、俺が受け継いだのだ。

 俺はイリヤの小さくて華奢な手を取り、笑顔を向ける。

 

「今日の花見は俺たちにとって良い思い出になる。藤ねえ、セイバー、遠坂、桜、一成に慎二。他にも大勢が集まって、皆が同じものを見るんだ。――――かつて切嗣も見つめた桜を。それはイリヤが真に望んでいた形とは違うかもしれないけど、きっと楽しいぞ。俺が保証する。今日の花見は、今までで一番楽しい花見になるって」

 

 どう足掻いても俺ではイリヤが望んでいた光景には届かないだろう。過去の叶わなかった思い出が霞む事は無い。それ故に、その光景への渇望も留まる事は無い。しかし、新しい思い出を作ることは出来るだろう。俺とイリヤの生活は始まったばかりなのだから。

 

「……うん。楽しみにしてる、シロウと一緒にお花見をするの」

 

 俺の言葉を聞いたイリヤは嬉しそうに、そしてほんの少しだけ寂しさを滲ませた声音でそう答えた。そして俺の手を握り返して、遊園地を前にした子供みたいに明るい笑顔を浮かべる。

 

「早く行こ、シロウ! 遅いとリンに文句言われちゃうわ」

 

「ああ、遠坂はそういうのうるさいもんな」

 

 2人は手を繋ぎ、空いた片手に弁当箱が入った包みを持って衛宮邸を後にした。春の匂いに胸を踊らせながら、足取り軽く集合場所の公園へと駆け抜けていく。

 暫く歩いていくと、やがて桃色の色彩が視界に踊るようになった。集合場所の公園である。

 

「あ、やっと来た! 士郎とイリヤ遅い!! 早くこっちに来てこの混沌極まった状況を何とかしなさい!」

 

 公園に辿り着いた直後、遠坂にそんな怒声を浴びせられてしまった。確かに指定された集合時間を5分程過ぎている。しかし遠坂は俺達が遅刻した事を咎めているのではなかった。俺とて息を切らす遠坂の肩越しにその光景を見て、戦慄を隠せずにいた。

 

「何でランサーやキャスター、それにバーサーカーまでこんな所に居るんだよ……!?」

 

 遠坂が混沌極まると口にしたのも無理はあるまい。何せ聖杯戦争の関係者が勢揃いなのだ。遠坂とアーチャー。桜と慎二とライダー。キャスターと葛木とアサシン。リズとセラとバーサーカー。そしてセイバーとランサー。後は藤ねえを始めとした藤村組の皆、美綴綾子、その弟である美綴実典、そして陸上部の蒔寺楓、氷室鐘、三枝由紀香、そしてエトセトラエトセトラ。

 総勢50人は軽く超えそうな大所帯だ。

 皆この時を楽しみにしていたのだろう。

 集合時間から5分程しか経っていないにも関わらず既に会場の盛り上がりはピークに達している。

 この世ならざる客人(まれびと)が今を生きる人々と同座している光景はどこからどう見ても異常な筈なのに、妙に溶け込んでいるように見えるのが不思議だった。特にバーサーカーなんて道端で見かけたら通報されかねない外見をしていると思うのだが、酒のせいなのか藤村組の皆の気性のせいなのか、あまり気にされている様子はない。

 当のバーサーカーは輪から少し離れた所で、サクラの花弁を黒鉄の身体に受けていた。仏頂面は変わらないが、あれはあれで楽しんでいるのかもしれない。

 

「凄いね、シロウ……」

 

「ああ、今年は例年にも増して凄い。混沌(カオス)という言葉がこれ程似合う状況もなかなか無いってもんだ」

 

「分かってくれた? 全く、何も知らない藤村組の人達が羨ましいわ。今の状況を魔術協会の人間が見たら垂涎しながら卒倒するでしょうに。というか、今まさに私がそうなりそうなんだけど」

 

 無理もない、と苦笑を交えて遠坂に同情する。魔術を正しく学んだ彼女からすれば今の状況は信じ難いものに映っているだろう。イリヤも同じ気持ちなのか、顔を引き攣らせながらその光景を遠巻きに見詰めている。

 だが花見というのはああいった賑やかな中に自らが踏み込んでいかないとあまり意味は無い。俺は華奢な手を引いて、混沌窮まる桜色の世界へ冬の少女を誘う。

 

「ほら、行こうイリヤ。皆が待ってる」

 

「あ――――」

 

 遠坂の茶化すような言葉を無視しつつ、俺はイリヤを伴って宴会と化した花見の席に足を踏み入れた。最初に俺達に気が付いたのは、並々とビールが注がれたジョッキを傾けていたランサーだった。アロハ柄のシャツが妙に似合っている。

 

「お、来たか坊主。いやぁ、花を見る催しだって言うからどんなもんかと思えば、こんなにも俺好みな催しとはねぇ。今回のは坊主主催なんだろ? 遊びを知らないような面して中々やるじゃねえか、見直したぜ」

 

「お褒めに預かり恐悦至極。それよりランサー。何でサーヴァント達がこんな所に?」

 

「この前魚分けに行った時にタイガの姉ちゃんに誘われてな。タダで酒と食い物にありつけるってんなら行かない理由はねぇだろ?」

 

「藤ねえか……」

 

「何だ、来ちゃ悪かったのか?」

 

「来るのは別に構わないよ。こういうのは思い切り賑やかな方が良いからな。……ただ面倒事はくれぐれも避けてくれよ? ただでさえ例年犯罪すれすれの事をしてるんだから、これ以上印象を悪くしたくない」

 

 特に乱闘とか。サーヴァント同士の乱闘など、死人が出るどころの話ではあるまい。

 

「何だ、そんな事か。心配要らねえよ。これでも場は弁えてるつもりだ。宴会に水を差すような無粋なマネはしない」

 

「なら良いけど……」

 

「そら、そんな事より銀髪の嬢ちゃんを楽しませてやんな。今回の催しものは、そういう事なんだろ?」

 

「う」

 

 ニヤリ、とケルトの大英雄はいやらしい笑みを浮かべる。こういう所は相変わらず鋭い。俺は気恥しさを隠すように仏頂面を浮かべ、

 

「……そうだな。アンタとこうして話してるより、イリヤとサクラを楽しむ方が何億倍も良い」

 

「言うようになったじゃねえの。へっ、その意気だ」

 

 酔いを感じさせない軽やかな挙動で立ち上がったランサーに、背中をドンと押される。ランサーに力を込めたつもりは全くないのだろうが、一般人でしかない俺にとってはそんなものでもかなりの強さだった。俺はイリヤと一緒に転びそうになりながら、力強く送り出される。

 

「あっ、先輩!」

 

「げ、衛宮……」

 

 俺達の姿を視認した間桐兄妹が、全く正反対の反応を返してきた。

 

「イリヤさんもこんにちは。今日は誘って頂いてありがとうございました!」

 

「ご機嫌よう桜。こちらこそ半ば私のわがままだったのに、来てくれて感謝するわ」

 

「わがままなんてそんな……私達だってあまりこういうイベント事には縁が無いので、誘ってくれて嬉しいです!」

 

「おい、達を付けるなよ。まるで僕がこの花見を楽しみにしてるみたいに聞こえるじゃないか」

 

「……実際そうでしょう。昨日、シンジはあまり寝付きが良くなかったみたいですが」

 

 そう付け加えたのはライダーだった。あの露出度高めな戦闘衣ではなく、黒いデニムに黒いセーターという至って普通の格好だ。

 

「ッ!? お、おいライダー! 適当な事を言って僕をからかうのはその辺に……」

 

「もう、兄さんってば素直じゃ無いんだから」

 

「いつもは小憎たらしいですが、案外可愛い所もあるという事なのでしょう。最もそんな側面を見せようといつもの態度でプラスマイナスゼロどころかマイナスに振り切っていますが」

 

「そうね。いつものロクでもない態度を考えればマイナスもマイナス。アナタもうちのシロウを少しは見習ったらどう?」

 

「誰が衛宮なんかを見習うか!! おい、このちびっ子を何とかしろよ衛宮! お前保護者だろう!」

 

「でも、この機会に少し改心するってのも良いかもしれないぞ、慎二。桜が喜びそうだ」

 

「名案ですね。まあ、どれだけ足掻いてもシロウに近付く事は無理でしょうが」

 

「当然でしょ。私のシロウにこんなワカメなんかが追い付ける訳ないんだから」

 

「オマエらなぁ……!!!」

 

「あはは……」

 

 前までは不仲というか、あまり上手く行ってなかったように見えた桜と慎二だが、今ではその仲もすっかり改善されているように思える。桜が世話を焼いて、慎二がそれを鬱陶しがりながらも受け入れている。

 遠回りと回り道を繰り返してきた二人だが、冬を乗り越えたこの春にようやく蕾を開く事が出来たのだ。まだ小さくぎこちない花弁だが、もう少し時間が経てばより大きく華麗な花を咲かせる事だろう。

 

「ぐーてんたーく、シロウとイリヤ」

 

 横合いから聞き覚えのある、抑揚が希薄な声で挨拶をされる。声がした方に視線を向けると、そこにはいつものメイド服を着たリズが立っていた。相変わらず感情の起伏に乏しい表情を浮かべているが、最近の付き合いでリズの事を少し分かってきた俺はリズが楽しんでいる事を感じ取った。

 

「ぐーてんたーく、リズ」

 

「リズ! 来てくれたの?」

 

「うん。イリヤとシロウと、お花見、したかったから」

 

「けど、良くセラがここに来る事を許したな。結構キツく来る事を反対してたって聞いたけど」

 

 俺の言葉にリズは首を横に振る。それから少し答えるか迷うような素振りを見せ、

 

「セラは、恥ずかしがり屋で素直じゃ無いから。本当は私よりも行きたかったはずなのに、突っぱねるような態度を取って……」

 

「――――リーゼリットッッッッ!!!!」

 

 リズの言葉がそれを上回る怒声によって遮断される。怒声を発生したのは無論、セラだ。セラは顔を真っ赤に染めてズンズンと大きな歩幅でリズに向かってくる。

 

「あ、リズ」

 

「あ、ではありません! いつ私がこの低俗極まりない催し物を楽しみにしていたというのです!」

 

「……誘われてから、今日まで」

 

「なぁっ……」

 

 意外な事に、どうやら本気でセラはこのどんちゃん騒ぎを楽しみにしていたらしい。俺の傍らに立っていたイリヤは呆れたように嘆息し、

 

「セラ、たまにはリズを見習って素直になりなさい。素直になった方が世の中上手く行く事もあるのよ? 例えば――――」

 

 そう言ったイリヤは、俺にちょいちょいと小さく手招きをする。それが少ししゃがんでという意思表示であると見抜いた俺は、頭に疑問符を浮かべつつもしゃがむ事にした。

 

「ん……」

 

「ッ!?」

 

 不意に、暖かく柔らかな感触が頬に発生する。イリヤが俺の頬に唇を当てたのだと気付いた時には、もうイリヤは俺から離れて満足気な表情を浮かべていた。

 

「――――こんな風に、ね」

 

 妖艶さを含んだ笑みを向けられる。俺は無様に硬直するしかなく、さぞかし間抜けな表情を浮かべているに違いない。一方リズは「おー、イリヤ、大胆」等といつも通り感情の起伏に乏しい声音で零し、セラは「な、なななななな」と声と身体を震わせていた。当のイリヤは涼し気な表情で、

 

「ほら、早く向こうに行って座ろう。私お腹空いちゃった」

 

 なんて事を宣っている。あまりの変わり身の速さに、俺は目を白黒させるしかなかった。

 

「あ、ああ。それじゃあ2人共、また後で……」

 

 俺はセラの恨みがましそうな視線を受け止めつつ、イリヤに手を引かれながら一番桜の木に近いレジャーシートへと向かっていく。そこが俺達の定位置のようだ。上座とでも言うのだろうか。参加者全員の顔を自然と見渡せる位置なので、その人数の規模と顔ぶれの異常さに圧倒されそうになる。

 だが同時に感慨深くもあった。

 本来なら決して交わる事の無い者同士がこうして一同に座しているのだ。惜しむらくは、その価値を自覚しているのは聖杯戦争に参加した者だけに限られるという事だろうか。

 そんな事をぼんやりと考えていると、ぽんぽんと2回ほど肩を軽く叩かれた。遠坂だった。

 

「衛宮くん衛宮くん」

 

「ん、何だよ遠坂」

 

「貴方主催者でしょ? 開始の音頭ぐらい取ったら?」

 

「え、それ必要か? もう皆すっかり出来上がってるじゃないか」

 

「何言ってるのよ、必要に決まってるじゃない。今回のお花見は衛宮くんの尽力によって成されたものでしょう? なら、その頑張りを皆に認めて貰わなきゃ割に合わないじゃない。ほら、いつまでその弁当を手に持ってるつもり? さくっと開始の音頭取って早く振舞ってよ。私、朝抜いてきたからお腹空いてるのよね〜」

 

「朝食は毎朝抜いてるじゃないか……」

 

 とは言え、わざわざ拒絶する程の事でもない。ここは一つ、適当に挨拶を済ませてさくっと弁当箱を広げるとしよう。

 

「あー、少し良いかな、皆」

 

 かなり声を張ったつもりだったのだが、やはり50人以上が織り成すどんちゃん騒ぎともなると肉声で遮るのは骨が折れた。数十秒かけてようやく静かになると、人々の視線が俺へと一斉に向けられる。

 背筋の方に僅かに緊張が走るが、あまり待たせるのも皆に失礼だと思い、深呼吸を一つした後、覚束無いながらも口を開いた。

 

「今日は、俺達が主催したお花見に参加してくれてありがとう。今日ぐらいは仕事や面子を気にせず、常識の範囲内で存分に楽しんで欲しい。参加してるメンバーの中には喧嘩をすると文字通りの戦争になる連中が居るので、そいつらは特に無秩序な行動は慎むように。あ、後弁当持ってきたから適当に摘んでくれ。それじゃあ遅くなったけど――――乾杯!!!」

 

『乾杯!!!』と割れんばかりの唱和が響き渡る。無事に音頭を取り終えたと安堵したのも束の間、即座に俺の弁当に人が殺到してそれどころでは無くなった。

 

「おい衛宮、おかわりはないのか?」

 

「無茶を言うな美綴。軽く15人前はあったんだぞ、あの弁当」

 

「桜が作った分ももう無いし、これじゃあ全然量が足りないだろう。おい衛宮。お前今から何か作れないのか?」

 

「馬鹿な事を言うな慎二。衛宮は15人前の料理を1人で作って持ってきたのだ。少し休ませてやるといい」

 

「そうは言ってもさ、柳洞。これじゃあ空腹のまま昼を乗り切る事になるぜ。僕はそんなのゴメンだね」

 

「む……」

 

 一成が言葉を喉に詰まる。一成だって腹いっぱい食いたいという男子高校生の欲求を抑えきれないみたいだ。

 

「分かった。こういう事もあろうかと予備の食材は藤ねえに用意して貰ってるし、何か作るよ。けどこの人数分を1人で作るのはちょっと……」

 

 そう言いかけた時だった。

 

「――――ふん、貴様の技量ではこの人数の食事を一気に用意するのは難儀だろう。力を貸してやる。料理の腕には些かの自信があるのでね」

 

「……アーチャー」

 

 いつもの赤い聖骸布ではなく、黒いシャツを着た長身褐色の男はいつの間にかエプロンを装着して俺の後ろに立っていた。準備が良すぎる。こうなる事は予想済みだったのかもしれない。

 

「シロウとアーチャーの料理、か」

 

「不満かね? イリヤ……スフィール」

 

「……いいえ。楽しみにしているわ。だって貴方の作る料理が美味しくならない筈がないもの。そうでしょう?」

 

「……ふん、精々期待に応えるとしよう。構わないな? リン」

 

「ええ、好きにやっちゃいなさい。私もあれだけではちょっとお腹が寂しいもの。桜だってさっきからお腹がくうくう鳴ってるみたいだし」

 

「もう、姉さん!!」

 

「私もリンに同意します。このままでは朝食を抑え目にした意味が潰えてしまう」

 

「セイバー、貴方ご飯を3杯もおかわりしてたじゃない」

 

「何を言うのですかイリヤスフィール。朝食と昼食は別腹です」

 

「お前はどれだけ胃袋を持っているんだセイバー……」

 

 とは言え、空腹に喘ぐ人がこんなにも居るのだから作る事自体に異議は無い。俺もあんな量じゃ物足りないと感じているし、どうせなら参加者全員を満腹にして帰してやりたいと思っている。差し当っての問題はアーチャーと共同で料理を作る事なのだが、

 

「――――ついて来れるか」

 

 当人はやけにノリノリで、蔑むように、信じるように、俺の判断を待っていた。視界が燃える。身体を走る血液がクロック毎に脈打つ速度を上げていく。何故だかは知らないが、この男にこんな事を言われては引き下がれないと感じる自分が存在した。

 俺は持参していたエプロンを手馴れた動作で手早く身に着け、調理器具と食材を手にしていつの間にか用意されていた調理台の上に置く。

 

「――――ついて来れるか、じゃねえ」

 

 準備は整った。俺は背後のアーチャーを睨みながら、

 

「てめぇの方こそ、ついて来やがれ――――!」

 

 挑戦状を叩き付ける。アーチャーは不敵な笑みを浮かべると、言葉は返さず調理を始める。俺とアーチャーの間にそれ以降の言葉はなかった。まな板を包丁が叩く音と爆ぜる油の音だけが、俺達の間に走る音だった。

 アーチャーの料理の腕前は見ているだけでプロ級の凄まじいものだと理解出来る。

 手際の良さが尋常ではなく、あくまで日常的に料理をこなす程度の腕前しかない俺は自然と追随する形になってしまうのだが、アーチャーがペースメーカーとなっていつもより早い速度で作っているため次々と料理が出来上がっていった。

 

「おおー!! 衛宮の野郎もレッドの兄ちゃんもスゲー!!」

 

「ふむ、噂通りどうやら衛宮が料理をするというのは本当らしいな。それよりあの御仁は何者なんだ……プロの料理人か?」

 

「2人共凄いなぁ……私じゃ遠く及ばないや」

 

「そう? ユキっちの料理もすげえ美味いと思うけど」

 

「そうだぞ。自分の腕に自信を持て由紀香」

 

「う、うん……頑張る!」

 

 等々、ギャラリーは次々と出来上がっていく料理を前に大きな盛り上がりを見せていた。完成した料理は順次参加者に振る舞われていき、2時間程で全員が程よく満腹になったみたいだった。

 そうなると俺もアーチャーも御役御免であり、お互いの定位置へと戻っていった。

 

「お疲れ様、シロウ。ちょっと冷めちゃったけどシロウの分取っておいたよ」

 

「ありがとうイリヤ。ようやく一息つけるよ」

 

 暫しぼうっとしてから、作った料理を口にする。俺とアーチャーの味付けは極めて似たものではあるものの、やはり比べてみると向こうの方が幾ばくか味が洗練されているのに否応無く気付かされる。俺にもまだまだ研鑽が必要という事だろうか。

 

「むぅ……」

 

「んく……シロウが作ったやつもアーチャーが作ったやつも美味しいけど、やっぱりアーチャーの方が1枚上手ね」

 

 イリヤは上品に口を動かし、食べていた物を嚥下してからそんな感想を口にする。

 

「そうだよなぁ……まだまだ修行が足りないか」

 

「でも、いつかきっとこの領域まで辿り着けると思うわ。それまで頑張ってね、お兄ちゃん」

 

 気休めではない、どこか確固たる自信を感じさせる声音でイリヤはそう言った。確かに決して届かない差ではないと体感で感じている。実を結ぶまで努力を続け、いつかあの赤マントをギャフンと言わせてやるとしよう。

 

「ふぁ……」

 

 イリヤに取っておいて貰った料理を全て食べ終え、俺は小さく欠伸を零した。思い返してみると、今日はずっと目まぐるしく動いている気がする。働き詰めで忘れていた疲労感が春の陽気によって首を起こす。疲労感は徐々に眠気となって、瞼にしがみついて来た。

 暫し何もせず周りの喧騒に身を委ねていると、頭上にあるサクラから、桃色の花弁が実に緩慢な軌道を描きつつ目の前に落下してきた。ひらひらと空中で舞い踊るその様は、まるで雪みたいだ。イリヤの母親――――確か名をアイリスフィールと言ったか。アイリスフィールが桃色の雪が落ちてくるみたいだと言ったのも今なら頷ける。

 アインツベルンの環境を考えれば、その言葉にしたって恐らく何かの資料を見たり、切嗣が語ったものを引用したものに過ぎないだろう。

 そして、きっと理解していたはずだ。家族でサクラを見に行く。そんな夢が決して叶う事はない事ぐらい。俺は横に座るイリヤに視線を移す。

 イリヤは頭上のサクラを見上げていた。

 慈しむように、懐かしむように、悲しむように。紅の瞳には幾重もの感情が複雑に絡まっている。その表情は在りし日の切嗣が浮かべていた表情にとても良く似ていて、俺には2つの表情が重なって見えた。

 浮かべる表情が同じなら、同じものを見て抱いた想いも同じなのだろう。イリヤの瞳はサクラを見詰めているはずなのに、何処か遠くを追い掛けているような気がした。

 

「ね、シロウ」

 

「ん?」

 

 急にイリヤが俺の名前を呼ぶ。イリヤはちょいちょいとこちらに手招きをするだけで、用件は口にしなかった。取り敢えず手招きに従って、俺はイリヤにより一層身を寄せる。

 ――――一瞬だった。

 気が付けば俺はイリヤの膝の上に頭を横たえており、華奢でありながらも柔らかい感触に包まれていた。

 

「イリヤ……?」

 

「今日のお礼。疲れたでしょう? 少し休んで」

 

「別に疲れてなんか……それに、お礼なんか必要ない。これは俺がしたかった事だからな」

 

「むー、良いからお姉ちゃんの言う事を聞きなさい。それに膝枕だって、私がしたいからしてるだけなんだから。それとも、私の膝じゃ不満なの?」

 

「そ、そんな事はない!! その、凄く気持ちいいし不満は全然ないんだけど……」

 

「それなら大人しくしてて。ずっと働き詰めだったんだから、これぐらいの休息は許されるべきよ」

 

 そう言って、イリヤは優しく俺の頭を撫でる。イリヤは俺の頭を撫でるのが好きなようで、一緒に寝る時も良く俺の頭を撫でている。俺も撫でられるのは嫌いではないのだが、気恥しさはどうしても拭えない。

 

「……ん、ねむ……」

 

 イリヤの膝に身体を預けていると、再び瞼に眠気が重くのしかかってきた。寝ぼけ眼で、俺は花見を楽しんでいる人々を見詰める。

 セイバーも遠坂も桜も慎二もライダーも、誰もかもがサクラの下で笑顔を咲かせていた。この光景を『創れて』良かった。どんな奇跡が起ころうとも現実には起こりえない、幻のような光景を前に俺はそう思った。

 静かに目を閉じる。春の陽気と花弁が落ちる気配、イリヤの膝と手の感触を感じつつ、俺は意識を底に沈ませていった。

 

 

 

 

 

 

 

 ――――お疲れ様、シロウ。もう、頑張らなくても良いんだよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 時間切れだった。かつて冬の少女を愛し、そして『失った』少年は春の夢を剥奪され、地獄へと引きずり込まれる。

 幻想はここで終わる。

 春の陽気も、桜の木も、サクラの花も、笑顔を浮かべて騒いでいた皆も、そして――――大切な人の感触も。

 あらゆる感覚が消え去った。

 残ったのはただ一つ。自身が起こした災いによって世界を滅ぼした、許されざる咎人。

 かつて()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

 ――――この世に『地獄』があるとするのなら、まさにこの場所がその名を冠するのに相応しいだろう。

 空の光を遮る天蓋。それを支えるようにぐるりと広がる、光沢のある奇妙な色の岩肌。鍾乳洞と呼ばれる、自然が長い時をかけて造りあげた巨大な洞窟が、視界いっぱいに展開される。

 その規模たるや凄まじく、直径3キロは下るまい。

 洞窟というよりも、荒涼とした大地そのものだった。

 あまりにも巨大な円蓋(ドーム)型の大空洞は、無機質でありながらも『生』の色で溢れている。

 まるで、生物の胎内。

 龍洞の名を冠する通り、ここは生暖かい生気に満ちた龍の(はらわた)その物だった。

 人の願いも、生命も、苦悩も、死も、何もかもが泥のように溶け合い絡み合う地獄の釜。それが、形作られ定められた、この場所の在り方である。

 

 ――――その『地獄』の最奥に佇む者が、一人。

 

「·····················」

 

 ――――その者は原初からして夢幻の如く。

 いつからこうして存在しているのか。

 どうしてここに存在しているのか。

 自分は、どこの誰なのか。

 分からない。分からない。分からない。

 分かるのは、ただ止めてはならない(・・・・・・・・)という強迫観念にも似た衝動だけ。

 

「·····················」

 

 分からないから吸い続ける。

 分からないから求め続ける。

 分からないから悩み続ける。

 分からない事は怖いから、自分の存在を確立するために自身の骨子を明確にしていく。

 怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。

 覚めてしまうのが怖い。

 この『夢』を、『世界』を回し続けなければならない。

 消えてしまえばそれで終わり。

 既に筋道から外れ、変化してしまった『世界』だ。泡沫(うたかた)の如く消えるのは道理だろう。

 

「ああ、けどそれでも――――」

 

 拒絶する。拒絶する。拒絶する。

 その滅びを、剪定を、摂理を、『俺』は拒絶する。

 それを自己中心的だと蔑むか?

 構わない。元より、ここはただ一人の『男』の祈りから生まれてしまった『世界』だ。

 故に、終焉(さいご)までこの(セカイ)を回し続けるとしよう。

 ――――そして、『俺』は蒐集の果てに思い出した。

 

 

 

 

 

「――――い、りや」

 

 

 

 

 守りたかった。

 守れなかった、大切な彼女の名を。

 

 

 

 

 

「シロウ……」

 

 少女が少年の名前を呼ぶ。だが、少年がすぐ傍に立っている少女を認識する事は有り得ない。

 少女は『願い』に過ぎない存在だ。かつてイリヤスフィールという少女が衛宮士郎の中に遺した、衛宮士郎が幸せになりますようにという願いの具現。

 しかし、その願いを当の少年自身が見失っていれば認識出来ないのは道理だろう。

 

「このまま放置して置く訳にはいかない。私は、シロウを幸せにするって決めたんだから」

 

 決意を込めた瞳と声音。その意思が、遺物に過ぎない彼女にある選択肢を与える。

 少年はここより遠く離れた世界に存在する、人理継続保障機関フィニス・カルデアに所属している平行世界のイリヤスフィール・フォン・アインツベルンをこの世界へ引きずり込むつもりだ。

 それを阻止する事は叶わない。

 平行世界のイリヤスフィールは、この世界のかつて衛宮士郎だった者によって召喚される事になるだろう。

 しかし、解決策が無い訳では無い。イリヤスフィールを、逆にこちらから招くのだ。

 そして数に限度はあるものの、自分を触媒として幾つかの英霊を召喚する事で衛宮士郎だった者を救済する。決して簡単な道ではなく、カルデアの英霊達には迷惑をかけるが解決策はもう思い付かない。

 そうと決まれば行動は素早かった。

 

「――――告げる」

 

 少女はイリヤスフィールの願いだ。その願いが、衛宮士郎の暴走した固有結界により具現化したモノ。衛宮士郎を救うという名分

 がある以上、その願いはこの歪な世界が叶えてくれるだろう。

 

「――――っ!?」

 

 少女がカルデアから英霊を召喚しようとした瞬間、それよりも早くカルデアのセキュリティに穴がこじ開けられた。少年が少女よりも早く、カルデアのイリヤスフィールの召喚を行ったのだ。

 先を越されたという事は、カルデアに侵入を気付かれるのも早くなるという事。残り時間を考えるにカルデアから召喚出来る英霊は恐らく1騎が限界だろう。

 逡巡している暇は無い。少女はすぐさま意識を召喚の儀式に集中させ――――

 

「え――――?」

 

 ドクン、と心臓が跳ねる。召喚出来る英霊を少女が選ぶ事は出来ない。故に何処のどんな英霊が来るのかは完全にランダムだった。にも関わらず、引き寄せられた英霊は少女が良く知っている存在だった。

 

「…………そっか。貴方が、来てくれるんだ。うん、貴方になら安心してシロウを任せられる。だからお願い。シロウをあの地獄から救ってあげて。シロウの心を、取り戻して!!!」

 

 少女の願いが運命を引き寄せた。錬鉄の英雄に、自身の願いを託したのだ。彼ならこの歪んだ世界を塗り替えてくれる。地獄に囚われた少年を救って、笑顔を取り戻してくれる。

 そう信じて。

 

 

 

 

 

 ――――これは、ある幕間の物語の前日譚。今となっては誰にも語られる事の無くなった物語の、ほんの一欠片である。

 

 

 




タイトルの正式名称は第零節『冬の残り火』です。
ifのお話というか前日譚にあたるお話となっておりますが、作中で登場した黒化シロウが投影魔術で生み出した想像のお話なので、あながち間違ってはいないかもです。
HF3章を見て書こうと思ったこのお話、何とかイリヤを幸せにしてやりたいなぁと思いつつ書き始めたのですが、気が付けばこんなお話になっていました。何故ほのぼのなままで終わらなかったのか......()
さて、この作品を書いていた時もお話しした通り日常シーンを書くのはどうにも苦手なのですが、今回のお話はいかがだったでしょうか。
感想等々お待ちしております。高評価頂けると泣いて喜びます。


PS.HF3章最高でした。まだ見てない人は是非!!




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