【完結】幕間の物語 『贋作者と魔法少女/夢幻虚構結界:冬木』   作:耳 a.k.a 腐れケバブ

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前回からかなり間が空いてしまいましたが、3話です。
カルデアボーイズ、プロトアーサーの強化クエ来なかったの残念············うちのカルデアセイバー陣が結構弱いんでプーサー強化楽しみだったんですけどね笑

さて、前回か前々回で恐らく5、6話ぐらいで本編は終了と言っていたのですが、意外と長くなりそうな予感がします。今回とか字数重ねたクセに全然進んでませんし·············まあ、のんびりとやっていこうと思います。


第二節『記憶の澱』

/alternative

 

 

──────ずぎん、という鋭い痛みと共に1つの令呪が薄れ、数秒も経たないうちに消えてしまった。

確かこの令呪はライダーのものだったか。

それが消えてしまったという事は、あの武家屋敷周辺に設置していたライダーが撃破されたのだろう。

無感動に、かつて令呪があった場所を見詰める。

しかし直ぐに視線を外した。ライダーには初めから大した成果を期待していない。

本命はこちらにあるのだから。

 

しかし────『彼』は一つ、疑問を抱えていた。

何故、アーチャーのクラスが召喚されなかったのか(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)

それが、自分にとって最も不可解な事だった。

 

 

「───────構わんさ。駒はまだ残っている」

 

戦いは始まったばかり。

幾ら剣の英霊が最優とはいえ、この軍勢を前に勝ち残れる道理は無い。そう。目に見えている事柄だけで判断するならば何の問題もありはしない。勝利は既に揺るがぬものとなっている。

 

─────だというのに、何かが引っかかる。

 

「いるか、アサシン」

 

「···························」

 

「お前は『彼女』の捜索を。まだ手出しはしなくて良い。そしてその後ライダーが消滅した場所へと向かい何があったのかを確認してから、俺の元へ情報を送ってくれ」

 

音もなく現れた漆黒の影に命を飛ばす。

意識はあらかた削ぎ落としてあるものの、簡易的な命令の遂行ぐらいは可能だった。

命令を受けたアサシンが先程の巻き戻しのように姿を消すのを確認し、『彼』は再び『作業』へ戻っていった。

 

 

「もうすぐだ─────あと少しで、お前を救う事が出来る。待っててくれ、■■■」

 

 

そう、うわ言のように呟きながら。

─────虚ろな瞳で、『夢』を回し続けている。

 

 

 

 

 

 

 

─────♢

 

 

俺は居間にかけられた時計を一瞥した。

時刻は午前0時。このおかしな特異点に迷い込んでから、早くも12時間程経過した事になる。

本来ならば明日に備えて休眠を取りたい所なのだが、生憎それはもう少し後の事となってしまいそうだ。

疲れの篭った溜息を漏らし、視線を前方へ向ける。

───────視線の先には赤いコートを纏った少女と、銀色の甲冑を着込んだ小柄な少女が座っていた。

 

「─────ねえ、これどんな状況?」

 

「そんなものこっちが聞きたい」

 

クロの疑問に、にべもない返答をする。

─────事の次第を話すには、今から5分程時間を遡らなければなるまい。

突如として鳴り響いた侵入者用の警報を聞きつけて、俺は門の前へと急ぎ駆け付けた。

しかし俺は侵入者の姿を目にした瞬間、驚愕のあまり数秒間程絶句し、石化の魔眼でもくらったかのように固まった。

その侵入者────いや、来訪者があまりにも見覚えのありすぎる人物だったからである。

 

『───────セイバーのマスター、遠坂凛よ。いきなりで悪いんだけど、貴方を従えているマスターを今すぐ出して貰えるかしら?』

 

そんなお願いなのか命令なのか分かりゃしない言葉を突き付けられた時は、思わず頭を抱えたものだ。

 

「な、何でリンさんがここに············! ?」

 

「落ち着いてイリヤ。多分、この凛さんは私達の知ってる凛さんじゃないと思う」

 

美遊の言う通りだ。無論、俺の知る遠坂でも無い。

いや、『アレ』はそもそも─────

 

「貴方達、私の事知ってるの···············?もしかして、どこかで会ったかしら?」

 

そんなやり取りが気になったのだろう。

遠坂は怪訝そうな表情でこちらを見ていた。

 

「いや、気にしなくていい。君にそっくりな御仁と知り合いでね。とても似ているな、と思っただけだ」

 

「ふぅん·············ま、いいわ。それより、早く本題に入りましょう」

 

「本題·············マスターを呼べという話かね?」

 

「そうよ。あ、もしかしてそこに居る女の子達のうちの誰かが貴方のマスターだったりするのかしら?」

 

然もありなんと遠坂は頷き、見当違いな問いを投げる。

──────未だ現状は掴めていないが、それでもあちら側の言動から分かる事は幾つかあった。

俺は遠坂の横に正座するセイバーを一瞥する。

間違いない。目の前に座しているのは本物の英霊だ。

つまり···············この街で、かの『儀式』が行われているのだという解釈で恐らくは間違いあるまい。

しかし──────

 

「残念ながら、私にマスターは存在しない」

 

「················何ですって?」

 

遠坂の双眸が僅かに細められた。

明らかに信じていない。細められた双眸から放たれた絶対零度の視線が、容赦なく俺へと浴びせられる。

瞬時に場の空気が凍り付き、張り詰めたものになる。

真実を包み隠さず口にしている訳では無いが、嘘を言っている訳では無い。実際にマスターは不在である。

伏せているのは、無論カルデアの事だ。

 

「──────待ってください。貴方がサーヴァントであるならば、それを召喚したマスターの気配を少しは探知出来るはずでしょう」

 

今まで押し黙っていたセイバーが、張り詰めている空気を裂くように割り込んだ。

─────セイバーの姿が少し、懐かしい。

カルデアのセイバー···········アルトリアは俺の知るセイバーより雰囲気が少し柔らかく、最近ではすっかり腹ぺこキングとしてカルデアを席巻する程であるが、目前に座しているセイバーは、俺が初めて見た時の雰囲気そのものだ。

セイバーの問いに俺が返答する前に、

 

「ちょ、ちょっと待って!いきなり話が進み過ぎて良く分からないんだけど──────この世界では·········じゃなくて、この街では『聖杯戦争』が、本当におこなわれているの!?」

 

イリヤが半ば身を乗り出しながら、遠坂に問いかける。

その問いかけは、俺に少なからずの衝撃を与えた。

マスターから、イリヤは魔術世界と何も関わりのない普通の小学生として育てられたと聞いていたので、その存在すら知らないと思っていたからである。

 

「はぁ?今更何を言って············もしかして貴方達、私を馬鹿にしてるの?聖杯戦争が行われてるから、セイバーもアーチャーも召喚されているんじゃない」

 

心底呆れたとでも言いたげに、遠坂は嘆息する。

─────これで確証は得た。

この世界では、どうやら本当に聖杯戦争が行われているらしい。

 

「···············脱線してしまったが、話を戻そう。先程のセイバーの問いに対する答えだが────そもそも私には誰かの手によってこの世界へと召喚された、などという認識はない。気付いたらこの世界に居たというだけだからな。聖杯なんて代物に興味は無いし、聖杯戦争とやらに参加する気もさらさらない。今は、他に調査しなくてはならない事柄が幾つもあるのでね」

 

「気付いたらここに居たって··················」

 

遠坂は呆れたように嘆息した。

無理もないだろうと思う。俺も聖杯戦争に参加する側だったならば、そんな話一笑に付す所だ。

しかし本当の事なのでそう言うしかないのだった。

 

「───────リン。私にはアーチャーが嘘を付いているようには見えない。事の真実はともかく、アーチャーの言葉は信用して良いでしょう」

 

「うそ············じゃあ本当にコイツにはマスターが居ないっていうの?そんなの···········」

 

「ええ、本来ならば有り得ないでしょう。

ですが─────この聖杯戦争はどこかおかしい。

そんな事態が引き起こされる可能性も、捨てきれはしないでしょう」

 

どこかやるせない様子のセイバーの言葉を聞き、遠坂は考え込むような素振りを見せて押し黙る。やがて大きく頷き、

 

「まあ、いいわ。理性を失っていないサーヴァントと出会うのは初めてだったから協力出来る事が何かあるなら協力し合おうみたいな感じに思ってたんだけど、そういう事なら仕方ないわね。お邪魔したわね」

 

そう言って、遠坂は立ち上がった。

だがその前に、問うておかなければならない事がある。

 

 

 

 

「待ちたまえ。一体君は─────誰だ(・・)?」

 

 

 

俺の問いに、目の前に座る女が不思議そうな顔をする。

女はさも当たり前のように、

 

 

 

「さっきも自己紹介したでしょう?私の名前は遠坂凛よ。それじゃあね、はぐれサーヴァントさん」

 

 

 

そう言って、トオサカリン(・・・・・・)は居間を後にした。

最後に、自身のマスターへ付いて行こうと立ち上がったセイバーが、俺に向かって意味ありげな視線を向けた。

何か用でもあるのかと思ったがそれ以上は追及せず、俺はただ黙って、正門から出ていくマスターとサーヴァントを見詰めていた。

 

 

 

 

嵐が過ぎ去った後、というのはこういう静けさを言うのだろう。風のように現れ風のように去っていった来訪者が居なくなった居間は痛い程の静寂に包まれていた。

一瞬だけ、イリヤ達に向かって視線を投げた。

そろそろ休息を取らせるべきだろう。

擬似サーヴァントとして元の肉体より頑強な霊基(からだ)を得ているとは言え、精神は小学生のそれだ。

いきなりのレイシフト(?)に見えない疲れが溜まっているだろう。現にイリヤはこくり、こくり、と座りながら器用に船を漕いでいる。

──────もしかして、俺に遠慮しているのかもしれない。ここは、先に俺が切り出すべきだろう。

 

「私はもう休む。君達も明日に備えて休みたまえ。あの女の言葉が正しいのなら、既に聖杯戦争は始まっているらしいからな。参加する気も意味もないが、巻き込まれる可能性だって無きにしも非ずだ。いざという時になって足でまといになれば困るのは私の方で──────」

 

《あらあら、素直じゃありませんねぇ〜。素直にイリヤさん達の身を案じていると仰ればよろしいですのに》

 

「今更よ、ルビー。ほら起きなさいイリヤ。寝るなら部屋の方に行ってからにしなさいよ」

 

「うみゅ···············セラ、未だ外暗いよぉ」

 

「···············はぁ、仕方ないなぁ」

 

寝惚けているらしきイリヤを背負って、クロは居間から出ていく。··········カレイドステッキが吐いた台詞について議論したい事があったが、ムキになるのも馬鹿らしいと思い流しておく事にする。

 

《美遊様も部屋に戻りましょう。寝不足はお肌にも影響を与えます》

 

「うん················」

 

心做しか浮かない顔をして、美遊は居間を出ていこうとする。しかし、

 

「──────ごめん、サファイア。直ぐに行くから先に戻ってて」

 

《美遊様────?》

 

障子に手をかけながら、美遊はこちらを振り返る。

自分に聞かせたくない話だと判断したのか、

サファイアは《それでは、あまり遅くなりませんようお気を付けください》とだけ告げて退室した。

必然的に、残されたのは俺と美遊だけとなる。

 

「わざわざ寝る時間を遅らせてまで私に何か用かな·········と聞くのは、流石に意地が悪いか。良いだろう、何か聞きたい事があるのなら聞こう。最も、君の御期待に添えるような答えが出せる保証は無いがね」

 

真っ直ぐ美遊を見詰めて、言葉を促した。

美遊は一瞬言葉に詰まったように俺から視線を外す。

しかし直ぐに俺の瞳を真っ直ぐ見据えて、震える唇から言葉を紡ぎ始めた。

 

「─────さっき貴方は、イリヤ達も知らないはずの、私の本当の名前を口にしました。どうして、その名前を知っていたんですか?」

 

微かに足が震えている。毅然とした態度だが、それが仮面である事は明白だった。

美遊は先程、イリヤ達も知らないはずの、と口にした。

恐らく美遊は自分の出生を隠し続けてきたのだろう。

だから、震えている。今まで隠し続けてきた己の内面を見せる事に、恐怖を感じているのだ。

 

「──────かつて、とある男(・・・・)が奇怪なカード型の魔術礼装を用いて私の英霊の座にアクセスしてきた事があった。無論、無意識的にだがね。私はその男の記憶を断片的にだが読み取り、力を求める理由に多少の共感を抱き、一時的に力を貸していた。普段ならそんな記憶はアジャストしているはずなのだが、さっき君に抱きつかれた時に呼び起こされたようでね。全く、我ながら厄介な記憶を押し付けられたものだよ」

 

「そ、それって────────」

 

「『奴』から読み取った記憶はほんの一部分だった。

だがそんな記憶の断片でさえ、君を守り抜き幸せにする事で頭がいっぱいと来た。全く·············君の兄は、よほど妹想いだったと見える」

 

「っ··················!」

 

込み上げた感情を押し殺すように、美遊は俯いて唇を噛み締めていた。 ────俺は一体何をしているのか。

こんな事をして、何になる。

俺の言葉は気休めに過ぎないだろう。本当に美遊が望んでいる言葉は、俺から与えられるものではないからだ。

美遊と『奴』が再会する可能性など限りなく低い。

俺は美遊に叶わない希望を押し付ける事になるだろう。

──────しかし、これだけは。

 

「君は今────幸せか?」

 

「え·····················」

 

──────これだけは、問うておかねばなるまい。

大切な人のためならば、自分は悪で良い。

その生き方が正しいのか否かには興味が無い。

俺は既に選択を終えている(・・・・・・・・)

終わった選択に未練など無い。

─────ただ、知りたくなったのだ。一人の愚かな男が歩んだ道の果てに残ったものが、何だったのかを。

美遊は難しい顔をして思案に耽っている。

やがて迷うように、しかし真っ直ぐこちらを見据えて美遊は答えを口にした。

 

「私にとっての幸せというものがどんなものかは、あまり良く分かりません。············けどイリヤが居て、クロが居て、学校の········友達が居て、凛さんが居て、ルヴィアさんが居て。そんな日々は、すごく──────」

 

───────暖かくて、優しかった。

浮かべた笑顔は綻んだ花のよう。

囁くような声には胸中に渦巻いているであろう様々な感情が込められていて、双眸からは微かに涙を滲ませている。

 

 

「─────なるほど、これが貴様の············」

 

守りたかったものなのか、と。

そう感じた時、俺は知らず口元を綻ばせていた。

─────見届けられる事は無かった。

その笑顔を最も望んでいた男はそれを見届ける事無く、願いだけを託して少女を見送った。

しかし────託された願いは消える事無く、世界すら越えて、その未来を描き続けている。

いや、男の願いだけじゃない。

少女が。そして少女の傍に寄り添い、共に歩む者達が、自らの手で不確定の未来を斬り開いていくだろう。

───────それを叶える強さが、今の少女にはあるのだから。

 

「··············今日はもう休むといい。さっきも言ったと思うが、足でまといになられるのは困るのでね」

 

「····················はい、そうします」

 

「む、何を笑っているのだね?」

 

「い、いえ············その、ルビーの言ってた事もたまには当たってるというか·········」

 

「························?」

 

美遊が何を言わんとしているか、良く分からない。

本人は追及する間も無く「お、おやすみなさい!」と慌てて出て行ってしまった。

 

「──────────さて」

 

こちらもそろそろ自室へ戻るとしよう。

電気を消して、俺は居間を後にした。部屋に戻ってからは早かった。畳に布団を敷き、その上に体を横たえた。

──────明日からは本格的に調査を進める。

この街で行われているという聖杯戦争とは極力関わらない方向で事を進めたいが·················。

 

「果たして、問屋がそう許してくれるかな」

 

これはあくまで予感に過ぎないが·········全く関わらずに事を済ますのは不可能かもしれない。

そんな気がしてならなかった。

気苦労が絶えないな、と苦笑してから瞳を閉じる。

きっと、俺も疲れていたんだろう。

直ぐに意識は、暖かくて深い眠りに落ちていった。

 

 

 

 

 

 

サーヴァントは夢を見ない。

だからこれは─────夢などではなく、もう遥か遠くに置き去りにした、誰かの記憶なのだろう。

視界は目障りなブロックノイズで覆われている。

そのノイズが、自分とそうでない者の境界線を曖昧なものに変えていく。映し出された光景に胸が痛くなる。

『正義の味方』を志した少年は嬉々として、『少女』に自分の願いを口にする。

 

 

 

『この戦いが終わったらさ。この家で、一緒に暮らさないか?俺は今の生活が、■■■と一緒に居られる時間がとても大切なものに思えるんだ。だから──────』

 

 

 

叶わない願い。分不相応な希望。歪な欲望。

 

 

『どうして···········何だよ。一緒に暮らそうって、言ってたじゃないか。なのに···········何で、こんな』

 

 

暗転する舞台。汚泥の澱。絶望の囀り。

 

 

『我─────聖杯に願う』

 

 

行き着いた果て。奇跡による救済。崩壊の誘い。

────その末に、少年は全てを失った。

友達も家族も、そして世界すらも。

杯から溢れた黒い泥が、全てを灰燼に帰していく。

─────そうして全てが消失した世界で、少年は『夢』を見続ける事しか出来なかった。

そうする事でしか、もう自分を保てなかったのである。

月下の誓いはとうに失われた。

あるのは··········歪な願いだけ。

その先に待つのは破滅以外有り得ない。

いや、もう既に破滅している。

破滅してもなお、少年にはその終わりを認める事が出来ないのだ。

 

 

『待っててくれ、■■■。俺が必ず、お前を─────』

 

 

──────そうして、歪な救済が始まった。

 

 

 

 

「あれ───────?」

 

気付けば、イリヤは何処とも知れない不思議な場所に立っていた。さっきまで割り当てられた部屋で寝ていたはずなのだが、これは一体どういう事だろう。

周りに視線を巡らせる。そこには、墨で塗り潰されたかのような、見渡す限りの深い闇が広がっていた。

 

「ルビー?」

 

いつも傍に居る陽気な魔術礼装の名を呼ぶ。

返事は無い。寝ているのだろうかとも思ったが、そもそもルビーの姿など何処にも無かった。

隣で寝ていたはずのクロも、ミユも、サファイアも。

広大な武家屋敷─────否、そこに街があったという痕跡すら残らずに消えてしまっている。

 

「クロ················ミユ················?」

 

不安で声が掠れているのを自覚する。

心臓の鼓動が痛く、速い。

イリヤは無意識のうちに走り出していた。

何か思い当たった訳では無い。

その不安から抜け出したくて、逃げ出したくて、振り返る事もなく必死に走り続けた。

 

「はぁっ、はっ、は───────!!」

 

痛々しいほど乱れた呼吸。

時折ダレカのナマエを呼ぶけれど、虚ろな闇に吸い込まれるかのように音が途切れてしまっている。

─────まるで、回し車の中のハムスター。

永遠に続く、終わらない悪夢に苛まれている。

 

「あっ····················!!」

 

バランスを崩して転んだ。

強く膝を打ち付けてしまったようだ。膝に視線を落とすと、醜い傷が顔を覗かせていた。

しかし─────不思議と痛みは無い。

血は流れ続けているけれど、まるで膝の傷が悪趣味なボディーペイントだとでも言うかのように痛みがない。

───────それも当然だ。

この場所、この空間、この世界の中では痛みを感じようとした事などあまりにも人間らしい。

 

──────ふと、視界を過ぎるものがあった。

 

赤くて丸い···········アレは頭、だろうか。

赤みがかった髪の毛をした少年が前方を歩いている。あまりにも見覚えのある姿に、イリヤは歓喜した。

 

「待って、待って──────お兄ちゃん!!!!」

 

イリヤの叫び声が聞こえなかったのだろうか。

前方の人影は何の反応も示さずにただ虚ろに歩いている。

直ぐに立ち上がって、後を追う。

しかし────その差は縮まらない。

向こうはただ歩いているだけなのに、走っているはずのイリヤは全く追いつく事が出来ない。

チェーンが外れた自転車を漕いでいるかのようだった。

 

 

 

「───────そこから先は、地獄だよ」

 

 

 

「────────っ!!?」

 

後ろから唐突に聞こえてきた声に、イリヤは慌てて足を止めて身構える。─────子供、だった。

イリヤよりもかなり小さい6、7歳ぐらいの男の子。

その男の子を見た瞬間、イリヤは自分の心臓が止まるかと思うぐらい驚愕した。

赤みがかった髪の毛と琥珀色の瞳を持つその少年は、あまりにも自分の兄の幼い頃の姿に似ていたのだ。

 

「か、可愛い·············ってそうじゃなくて!!お、お兄ちゃん!?何でそんなに小さくなってるの!?」

 

おっと、危ない危ない。思わず抱き着いてしまう所だった。ルビーから良く《イリヤさんはスイッチが入るとかなり『アレ』ですねぇ〜》と言われるが、それを否定できなくなってしまいそうだった。

 

「······················」

 

「え、えーと·················」

 

少年は口を閉ざしたまま、上目遣いにこちらを見詰めている。その瞳は悲しげで、妙に胸が締め付けられた。

─────ずっと続くのではと思わせる停滞。静寂を破ったのは、少年だった。

少年はイリヤに向かって駆け出したかと思うと、急に胸に飛び込んできたのだ。そのままイリヤの腰あたりに腕を回され、抱き着かれているような体勢になる。

 

「ふぇ·················えええええええええ!?」

 

驚愕のあまり、今度こそ叫び声を上げた。

急な出来事にあたふたと慌てるイリヤだったが、その少年の様子に尋常ならぬものを感じ落ち着きを取り戻す。

──────少年は、ただ一言。

 

 

「───────ごめんね」

 

 

それだけ言って、少年はイリヤの腰に回していた腕を解く。ワケが分からず、少年に近付こうとしたその瞬間だった。

──────何処からとも無く降り注いできた無数の刃がイリヤの華奢な身体を斬り裂き、穿つ。

 

 

「あ、あ···············あ·····」

 

 

幸いにして痛みは無い。

ただ、千切れた四肢から溢れ出した鮮血が目に痛い。

身体は恐ろしく軽いのに、ピクリとも動かなかった。

間違いなく致命傷、助かる道理などありはしない。

─────揺らぐ視界。薄れゆく意識の中で、イリヤはその声を聞いた。

 

 

 

 

「──────ごめんな、■■■。守るって、誓ったのに·······一緒に暮らそうって、約束したのに············!」

 

 

 

誘われるように瞳を開く。

そこには涙を流してダレカに謝る兄の姿と。

まるで墓標のように無数の剣が乱立する、荒涼とした丘が広がっていた。

 

 

「················こんな悲劇は、もう繰り返させない。俺はこの戦いを終わらせて────必ず、正義の味方になる」

 

 

ガゴン、と歯車が軋んだ。

──────そこで、意識が途絶えた。

断絶した意識は徐々に落下していき············このおかしな出来事は全て夢の中の話だったのだと、今更ながらに、気付かされた。

 

 

 

 

 

 

 

「─────────朝か」

 

覚醒一番の声には重い溜息が混じっていた。

視界に飛び込んできたのはいつものマイルームでは無い。

畳と障子で仕切られた武家屋敷であり、その光景が昨日の出来事が夢ではない事を物語っていた。

 

「目が覚めたら元通り─────なんて、流石に都合が良すぎる頼みだったかな」

 

再び重い嘆息を漏らす。果たしてそれは現在置かれている状況にか、それともそんな都合の良すぎる解決を望んだ自分に対してか。どちらにせよ、ここで呆けていた所で何かが変わる訳では無い事だけは確かである。

 

「さて··················」

 

障子一枚を隔てた隣の部屋で寝ているだろうイリヤ達を起こさないよう居間に行こう。こんな状況ではあるが、朝の支度というのはいつも通りに行わねば気が済まない。

布団を畳み、自室を後にする。

場所も世界も違うのに起床時刻はいつもの通り6時30分を少し過ぎた頃、というのがどこか滑稽だった。全く、習慣というものは侮れない。

そんな事を考えながら居間に入ると、

 

「お、おはよう、ございます·················」

 

僅かに緊張を滲ませた声がした。声の主は美遊であり、居間の真ん中でここを旅館か何かと勘違いしてしまう程の素晴らしい合手礼を見せていた。

流れるような一連の動作には淀みがない。

余程作法が行き届いていると見える。

 

「あ、ああ··················」

不鮮明な返事をして、台所に立つ。

それにしても早起きだ。昨日の就寝時間を考えると、睡眠が充分に取れているのか心配である。

··············いや、何を考えているのだ俺は。

別に彼女達が何時に寝て何時に寝ようが知った事じゃない。別段気にかける必要など何も無いし、何より要らぬ心配は煙たがれるだけだ。

そんな事を考えていると─────ぎこちない挙動で、美遊が台所に立つ俺の隣にやってきた。

 

「む···············どうかしたのかね?朝食ならもう少しかかる予定だが」

 

美遊はそわそわと、何やら落ち着かない様子だ。

やがて意を決したように顔を上げて、

 

「朝ご飯作り、お手伝い········させてください。昨日は全部任せちゃってたから」

 

「······················」

 

予想外の申し出に目を丸くする。もしや──────

 

「まさか、それをするために早起きをしたとでも?」

 

「あ···············い、いえそんな事は···········」

 

「君は隠し事が苦手だな。···········昨日も言ったが君達の判断ミス、失敗は私の負担となる。睡眠不足というのはそれらを引き起こす要因として最たるものだろう」

 

「·····················ごめん、なさい」

 

「それだけじゃない。子供にとって睡眠とは成長を促す上でかなりの重要性を孕んでいる。骨端線付近に存在する骨芽細胞の働きを促す成長ホルモンは、睡眠時に一番分泌されると言われれているんだ」

 

「···························」

 

「成長において睡眠が占める重要性の割合は高く、睡眠を甘く見ていると成長に障害が──────」

 

そこで言葉を切った。最初は申し訳なさそうにしていた美遊だったのだが、後半辺りから笑いを堪えるような、奇妙な表情をし始めている事に気が付いたからである。

 

「···············とにかくだ。君はもう少し休んでいたまえ。人間よりも頑丈な霊基を得たとはいえ、君達自身の身体である事には変わらないのだからな」

 

「心配、してくれてるんですね」

 

「どうしてそうなるんだ·············」

 

「でも、大丈夫です。お兄ちゃ············兄と暮らしていた頃は、こうして一緒に朝食を作っていましたから。早起きするのは慣れてるんです」

 

美遊はそう言うと、本当に調理に取り掛かった。

こうなってしまえば今更止められまい。

 

「················もういい、好きにしたまえ。主菜と副菜は私がやる。君は─────」

 

「ご飯と味噌汁·············ですよね。材料がこれとこれとこれなら··········玉ねぎとジャガイモのお味噌汁が作れそう、かな」

 

「·················」

 

少し、驚いた。美遊が口にした味噌汁は、生前俺が朝食で頻繁に作っていたものだからだ。

 

「何を作るかは君に任せるさ。────折角の機会だ。お手並み拝見といこう」

 

「───────はい!」

 

穏やかな朝日が差す台所。

美遊にとっては懐かしくも、贋作の光景だ。

味噌汁の用意をしながらちらり、と横目に彼を見る。

戦闘時以外は髪を下ろす事にしているらしい。

台所に立つ彼は、やはり『兄』と重なって見える。

彼の事を兄の代わりだと思っている訳ではない。

─────兄の代わりなんて、誰も務まらないのだから。

それを置いても、美遊は彼の人となりが好きだった。

今こうしている間もそれを感じる。

ここが偽物だとか、その人は本当は兄じゃないとか、そんな事は関係ない。一人の人間として親愛を抱き信頼出来るのならば、そんな事は関係ないのだ。

そんな当たり前の事実に、自然と笑みが零れる。

胸を満たすのは恋愛感情とも違う不思議な感情。

その感情の名前が何か分からないけれど、別に今すぐに明確な答えを出さなくても良いと思う。

───────大切なのはきっと。傍に居てこの人の力になりたいと思える事だから。

 

 

 

 

 

 

断絶/暗転。

 

 

惨憺/崩壊

 

 

絶望/濃霧

 

 

希望/歪曲

 

 

願望/汚泥

 

 

投影/開幕

 

 

 

 

 

 

落下。意識は何処までも何処までも永遠に落ちていく。

足掻いても足掻いても手に引っかかるのは空虚な闇。

真っ黒で真っ黒で何も無い。

落ちているという感覚は、やがて溶けているという感覚に変わっていった。身体がではなく意識(ジブン)が、である。

もはや出口は見えず、また終わりも見えない。

照らされ続けるスポットライト。

幕引きは未だ遠く─────夢の中で、朽ちていく。

 

 

 

 

 

「───────さい」

 

懐かしい声がする。ずっと聞きたかった。ずっと待ち望んでいた声がする。

 

「起き─────いってば─────から」

 

もう永遠に聞けないのかと思っていた。

深く暗い海の中で、ずっと。

─────引き上げられる。

目が覚める喜びを知る。

永遠に戻れない、悪夢から──────

 

「起きなさいってばイリヤ!!!」

 

「ひゃい····················っ!?」

 

耳元で発せられた音の爆弾に脳を揺さぶられる。

意識が浮上する、なんて生易しいものじゃない。

まるで、一本釣りから船の甲板に叩きつけられたような感覚だった。

 

「クロ··················?」

 

「やっと起きた···········もう朝ご飯出来てるらしいわよ。昨日遅かったのは分かるけど、もうちょっとシャンとしなさいよね」

 

「うん·············ごめんね。あと、ありがとう」

 

「い、いつになく素直ね············まあ、とにかくそういう事だから!さっさと居間に来なさいよ〜」

 

言って、クロは立ち去っていく。

自分でも良く分からないけれど、何だかクロの声を聞いて安心したのだ。まるで────何十年も、何千年も、何万年もその声を聞く事が出来なかったとでも言うかのように。

 

「───────────」

 

そんなはずは無い。つい6、7時間前までクロと何かしらの言葉を交わしていたのだから。

─────おかしな夢を見ていた気がする。

もう思い出せないけれど、怖くて、冷たくて、暗い夢。

 

《どうかしましたか?イリヤさん。顔色が優れないようですけど》

 

「あ────ううん。ちょっと未だ眠いみたい」

 

《昨日は寝たのがかなり遅かったですからねえ〜。全く、この世界のリンさんにも困ったものです。あんな時間に人の家を訪ねてくるなんて非常識過ぎますよ!》

 

「あはは···········元々私達の家じゃないんだけどね」

 

苦笑いを浮かべながら、イリヤは立ち上がって廊下に出る。空は快晴で、澄み切った空には何も無い。

冬らしい冷たい空気に身を縮こませながら廊下を進み、居間へと入る。

 

「お、おはようございまーす·················」

 

「イリヤ、おはよう」

 

「おはよーミユ·············ってその格好は?」

 

「うん、割烹着············エミヤさんに投影(つくっ)て貰ったの」

 

ほう。いつものメイド服も良いけど、割烹着というのもまた悪くない。良いセンスだ·············。

 

《···················何でしょう、この感じ。割烹着を見ているとこう、不思議なシンパシーを感じるというか。アレですかね?魂に刻み付けられた運命的な。ハッ!これはもしやルビーちゃんの擬人化フラグ············!?魔法のステッキからご主人様を癒す割烹着メイドへジョブチェンジする伏線!?》

 

何やらブツブツとおかしな事を言い始めたルビーは放っておこう。あと、仮にルビーが擬人化したとしても絶対に癒し系にはならない。あれやこれやと奸計を張り巡らせて主から家主の権利やら財産等を略奪し、全てを乗っ取る最悪にして最凶のドクター系ラスボスとかなら相応しいかもしれないが。

 

「わ、凄い本格的な朝食··············」

 

テーブルに並べられた料理の数々を見て感嘆の声を零す。

 

「ああ、勢いで作ってしまってね。もし朝にはあまり食べられない体質なら遠慮なく言ってくれ」

 

台所から顔を出した彼は、イリヤの感想にそんな反応を返してきた。

 

「ううん、大丈夫···············それよりその、起きるの遅くなっちゃってごめんなさい········」

 

この世界に来てからお世話になりっぱなしだ。

せめてこういう所で何か手伝わなければならないというのに、初っ端から大失態である。

 

「君が謝る必要は無いのだが─────良く眠れたか?」

 

「う、うん·············そりゃあもうぐっすりと」

 

「ならば別段問題などあるまい。かえって、よく眠れたのならそれに越したことはないからな」

 

微かに笑みを浮かべてそう言った彼の表情に、しばし心を奪われる。見ていて安心するような笑顔だった。

 

「む、何やら顔が赤いようだが···············もしかして熱でもあるのか?」

 

「い、いえ!!何でもないです!!」

 

慌てるイリヤを、彼は不思議そうに見詰めている。

そんな光景を見たクロが、

 

「───────朴念仁な所は成長しなかったのね」

 

呆れたように、そんな呟きを零していた。

 

 

 

 

 

 

「あの············どうですか?」

 

「──────ああ、美味い。正直驚いている。君の歳でここまでの品が作れるものなのだな···············」

 

「ほ、本当に?良かった················」

 

俺の感想に美遊はほう、と安堵の息を吐く。

────美遊の作った味噌汁は本当に美味なものだった。

たかが味噌汁と侮る事なかれ。

料理とは、基本や初心者向けとされる料理ほど奥が深いものなのだ。

 

「むー、なんかミユとお兄さん昨日よりすっごく仲良くなってない?」

 

クロが拗ねたように口を尖らせて、そんな事を口にした。

 

「───────君はアレかね。毎度毎度、そっちの方向にしか話題を捉えられないのかね?私はただ料理の感想を述べたまでだ。君の思っているようなやり取りじゃない。下衆の勘繰りはやめてもらおう。あと、その呼び方もだ。お兄さんはやめてくれと何度言えば分かるんだ」

 

窘めるような言葉は、「ハイハイ」と簡単に流されてしまった。しかしながら、美遊の料理は本当に美味い。

─────才能があったのか、あるいは『師』の教え方が良かったのか。

朝食を食べ終わり一段落ついたところで、俺は本題に入る事にした。

 

「君達はこの世界について、どんな認識を持っている?」

 

急に投げられた問いに、イリヤ達が僅かに首を傾げる。

 

「え?そんなの·············冬木市って事ぐらいしか」

 

イリヤと美遊もクロの言葉に頷く。

─────────確かにここは冬木市だ。

しかし、ここに来てからずっと気になっていることがある。至って普通の街中で感じた、謎の違和感。

今からそれを確かめに行くとしよう。

 

「見た方が早い──────と言っても君達に分かるかどうかは分からないが」

 

「随分と遠回しな言い方ね」

 

「ああ、何せ私も未だ半信半疑だからな。出来ればその予測が外れて欲しいところだが···············これだけは君達に認識しておいて貰いたい。済まないが、出かける準備をしてくれ」

 

特に反論も無く3人は頷く。

30分程経った後、武家屋敷を出た。

 

「私の目は物の構造理解に長けていてね。そのものが贋作か否か見極める事は容易だ。それは君も同じだろう?

クロエ・フォン・アインツベルン」

 

「·················そりゃあ、アナタから力を借りてるわけだし。でもそれがどうかしたの?」

 

「元よりこの街に来た時からある種の違和感を感じていた。その違和感が何なのかは、自分自身で見た方が早い。説明した所でイメージしにくいだろうからな。ただ一つ確実に言えるのは、この街の中心があの武家屋敷という事だけだ」

 

「中心、ですか?」

 

「位置としてではなく存在としての中心だよ。あの武家屋敷はあまりにも『精巧』過ぎるからな」

 

「それってどういう────────?」

 

「──────待て」

 

疑問符を浮かべる三人に制止を呼びかける。

立ち止まったのは深山の商店街より東に進んだ住宅街。

これより先に進めば、冬木大橋という巨大な橋と海浜公園があるはずだ。

俺は、何の変哲もない住宅の壁に触れる。

─────そして、

 

 

 

「───────やはり、か」

 

 

 

予測が真実へと昇華する。

間違いない。これは───────

 

 

 

「何かあったの?」

 

「ああ、これでもう確定だ。───────この世界においてこの街は、本来ならば存在しないか、或いは存在したものの何らかの原因によって滅びたものだろう」

 

その言葉に、三人が顔を見合わせる。

そんな馬鹿なと言いたげな表情だった。

 

「───────まあ、イメージしろと言うのは酷だな。だがこれは紛れもない事実だよ。この街は過去はどうあれ、現在は間違いなく存在しない(・・・・・・・・・・)。存在するのなら、こんな『贋作』を作る必要は無いのだからな」

 

そうして俺は、核心を告げる。

 

 

 

 

 

 

「─────────この街は偽物だよ。

建物も何もかも、全て『投影魔術』によって作られた、『贋作』だ」

 

 

 

 

 




凛との会話があっさりし過ぎたかもというのが反省点ですかね。次はもう少し早くお届け出来るよう頑張ります!
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