【完結】幕間の物語 『贋作者と魔法少女/夢幻虚構結界:冬木』 作:耳 a.k.a 腐れケバブ
そんな中書いた話なので色々とぐちゃぐちゃになってる気がしますが、指摘等ありましたら是非お願いします!
日常パートはやはり難しい·············
魔を紡ぐ者ならば、その事実を認識した瞬間に目を剥いて倒れて然るべしだろう。驚天動地なんて生温い。
『投影魔術』で地方都市を形成するなんて、あまりにも馬鹿げた夢物語だ。
──────誰もが、きっとそう口にするだろう。
無論、俺とてその例に漏れなかった。
それどころか、なまじ投影魔術に深く触れている事もあってその驚愕は並の魔術師を上回る。
その差は明確にイメージ出来るか出来ないかだろう。
「───────有り得ないわ」
第一声はそれだった。クロエ・フォン・アインツベルン。
彼女もまた、投影魔術に触れる者である。
「ああ、私とて信じられん··············しかし事実である以上受け入れねばなるまい」
「えっと、つまりどういう─────?」
「この街が全て、魔術オンリーで作られた偽物かもしれないって事!!そんなの出来る訳ないわ!そんなの貴方が一番分かっているでしょう!?」
「無論だ。ここまでのものを作るには途方も無い魔力、時間、何より強固なイメージが必要だからな。しかも作って終わりじゃない。投影したものを維持するための魔力も必要で·················」
─────そう、
そんな事が出来るのは···············
「·············いや、有り得ない」
脳裏に浮かんだ予測を首を横に振る事で否定する。
────思えば、己にそう言い聞かせていただけに過ぎなかったのだが。
「ここで可能かどうかなど議論しても仕方あるまい。現にこうして目の前に広がっている以上、受け止めるしか無いのだからな。重要なのは仕組みじゃない。どうすればこの世界から抜け出せるかという事だ。私達はこの世界を作った者を探すだけで良い」
そう、俺達の最終的な目的はカルデアへの帰還だ。この世界の仕組みなんてもの、解明する必要がない。
──────明るみにする必要なんて無い。
その『事実』を改めて認識したところで、こちらに利は無いのだから。
《少し、宜しいですか》
平坦な声はサファイアのものだ。
「何かな、カレイドステッキ」
《その呼び方だと姉さんと被ってしまうのでサファイアとお呼びください。──────もし、もしもこの街が投影魔術によって成されたのだとしたら街に居る人達はどうして何の違和感も感じずに生活しているのですか?》
あ、という呟きがイリヤとクロの口から零れた。美遊は既にその疑問に行き着いていたのか、考え込むように瞳を伏せている。
「ふむ、鋭い指摘だな。だがなカレイドステッキ。いや、サファイア。それはこの街に闊歩する人間が
《それは、どういう──────?》
「なに、単純な話さ。この街の人間は
商店街の雑踏の中をわたしは歩いていた。
こうして実際に歩いていると、この街が投影によって編まれた偽物だというのが嘘みたいに感じられた。
信じられない、というよりは実感が湧かない。
建物も、人も、匂いも、空気も。
わたしには偽物だとは思えない。
思いたく、ない。
「私が遠坂凛の去り際に、君は『誰』なのかと問いかけたのは覚えているかね?」
「·············はい。あの時少し不思議に思っていたんです。凛さんの事を知っているような接し方だったからどうして今更そんな事を聞くのかなって」
ミユが、躊躇いがちにそう口にした。
躊躇いがちに、というのは彼に話しかける事がじゃない。
踏み込んだ話をする事に対してだ。
視線を合わせる事すら恐れていたように見えた昨日とは大違いである。
「知り合いだと言った覚えは無いのだが··········どうしてそう思ったんだ?」
「あ·················ごめんなさい」
「いや、謝る必要はないよ。どうして分かったのか不思議に思っただけだ。ここを否定すると私の言葉に信憑性を持たせられなくなるからな、認めざるをえない」
「つまり、アナタには思えなかったって事?
昨日訪ねてきたリンが、本物の遠坂凛だって。
でもそれって世界が違うんだから仕方なく無い?私はあまり気にならなかったけど·········」
「────そうだな、私も最初はそう思っていた。何か根拠を示したい所だが、生憎と私の感覚でしか無い。それも曖昧で、言葉には表し難い感覚でね。こればかりはそちらの判断に任せるよ。信じるか否かは君達の自由だ。半信半疑で聞いておくと良い」
そう言って、彼は踵を返していく。
─────その背中は、とても似ていた。
『夢』の中で見た、あの背中に。
「──────信じるよ」
気付けば、そう声に出していた。彼は意外そうに目を丸くした後、
「─────ほう、君は疑わないのだな。根拠が無い以上は半信半疑で聞いておくべきだと思うがね。どうして私の言葉を信じられるのか、その理由を参考までに聞かせてもらっても良いかな?
彼は口元を引き締めて、責めるような口調でそう言った。
──────イリヤでは無く、
その他人行儀な呼び方に、開こうとしていた口が自然と閉じた。壁のような隔たりが、喉奥を塞ぐ。
言葉に詰まっている私を彼は冷たく見下ろしてから、
「───────まあいい。信じようが信じまいが君達の自由だ、と言ったのは私だからな」
どこか、突き放すような態度だった。
その声に込めらていたのは怒り。
しかしそれはわたしに向けられたものではなく、彼が彼自身に向けられた行き場のない怒りだった。
何か─────私に負い目を感じている?
私には、そんなものを抱かせるような出来事があった記憶は無い。未だ知り合って数日なのだ。
忘れているという線は無いだろう。
いや、そもそも彼とわたしでは存在している世界が違うのだったか。詳しい事は難しくて分からないけれど、過ごした世界、経験が違うのだから自分達の知る衛宮士郎とは完全に別の存在だと彼は言っていた。
──────つまり彼が負い目を感じているのは
「···············もう怒った」
「──────は?」
うん。自分は今、凄く怒ってる。
彼は言った。わたし達が彼を衛宮士郎として見ようとした時に、自分はイリヤ達の知る衛宮士郎じゃないと言って突き放した。なのに彼は今、
「貴方に何があったのかとかそんなの分からないし、きっと聞いても教えてくれないと思う」
「お、おい。急にどうし───────」
「けど、私は私だもん!!そんな誰とも知らない人と私を重ねて、勝手に避けないで!!」
「っ────────────」
きっと、彼も無意識のうちにそういう態度を取っていたのだろう。浮かべていた表情はこれ以上無いぐらいの驚愕だった。無意識のうちに自分を責めてしまうぐらい、彼は追い詰められている。わたしとイリヤを重ねて、負い目を感じてしまっている。だからこそ言おう。
──────そんなもの、知った事か。
私は私だ。他の誰でもない唯一無二の『わたし』だ。
それは彼も例外じゃない。確かに、彼の事を
けど、今は違う。彼ならば信じられると思ったから、そう思ったまでに過ぎなかったのだ。
──────奇しくもそれは、今朝ミユが抱いた想いと似たものだった事に、誰が気付いただろう。
「················そうか、私は未だ──────」
「え··············?」
彼は小さく呟きを零した。毒気の抜けたような声。
─────今まで感じていた疑問が氷解したかのような、そんな響きだった。
「いや、何でもない。済まなかったな、イリヤスフィール。どうやら押し付けていたのは君ではなく、私の方だったらしい」
自嘲するような笑みだった。
─────何だろう、何故か分からないけれど。
「今の発言は忘れてくれ。信じてくれるというのなら有難くその信頼を受け取るさ。その方がやりやすくはあるからな」
──────不安が、臓腑の内から湧き上がって来る。
正体不明のソレは泥のように私の心に絡み付いてきて、知らず心臓が鼓動を速めていた。
何か触れてはいけない箱に触れてしまった。そんな予感がどうしようも無く付き纏う。
──────今まで、イリヤの言葉は確かに誰かの心を揺さぶり、正しい方向へと進ませてきた。
··············しかし、その言葉がいつだって正しい方向へ働くとは限らない。気付かなければ良かった事実を気付かせる、或いは気付かないようにしていた事実を気付かせてしまう事も往々にしてあるのだ。
「────────」
『そうか············私は未だ───────』
未だ、に続く言葉は何だったのか。
それを知る術は、残されていない。
『············そうか、私は未だ──────イリヤの死を、本当の意味で受け止められていなかったのか』
遠い、昔話だと思っていた。
彼女の『最期』を見届けて、受け止めて、もうこれ以上の不幸は繰り返させないと心に誓った。
──────だがそれは誤りだった。
俺は受け止められなかったからこそ、正義の味方なんてものを振りかざしてきたのだ。
イリヤの指摘で、それに気付かされた。
いや、元から気付いていたのだろう。
ただ認めたくなくて、ここまで我武者羅に走り続けてきたのだ。
「────────は」
全く、自分の愚かさに呆れるを通り越して笑えてくる。
何がお前と私は関係ない、だ。何よりも、誰よりもその関係を意識していたのは、俺の方だった────
「··················いかんな、今は私情に流されている場合ではないというのに」
屋敷に戻ってきてから彼女とは一度も話せていなかった。
穏やかな昼下がり。冬の寒さも、この穏やかな日差しの前には少しばかり緩和されているような気がした。
昨日、美遊と話した場所である。
こうして柱に背を預けて日差しを受けていると、どうしても眠気を誘発されてしまう。
「む···················」
欠伸が漏れそうになった。
気を抜くと直ぐに瞼が落ちそうになる。
そういえば、昔もこんな事があった。
気候が良い日にここで寝るのが気持ち良くて、今と同じ場所で良く昼寝をしていたのだ。
「························」
気が付くと過去にばかり意識がいってしまう。
縁側から見える庭は、閑散としていて何も無い。
─────その中で、幻想を見た。
雪の降る庭で、銀色の髪をもった『少女』が屈託の無い笑顔を浮かべながらくるくると楽しそうに走り回っている。
そんな光景を『少年』は縁側に立ち、穏やかに微笑みながら見守っていた。
その少女は少年の姿に気付くとそちらに走り寄ってきて、少年の手を取って再び庭に出る。
『おいおい■■■、寒くないのか?』
『ふふーん、これぐらいの寒さなら平気だよ!
··················あのね。雪国はね、もっと寒いんだよ?冷たくて、暗くて、誰も居なくて、寂しい場所』
『····························そう、なんだ』
『うん。でもね、今は凄く暖かいの』
『冬木市は気候が暖かいからな。■■■の住んでた雪国よりはかなり暖かいと思うよ』
『むぅ、そうじゃなくて────────』
少し不機嫌そうに頬を膨らませると、■■■は立ち止まる。こちらの手を離すとバフッ!と勢い良く抱き着いてきた。
『─────■■■が居るからだよ。魔術師としてはダメダメで、マスターとしての技量も全然無いけど。
···············うん。凄く、暖かい』
夢を見ているような口調で少女は言った。
恥ずかしがっている顔を見られたくないのか、少年の胸あたりに顔を埋めている。
『·················甘えん坊だな、■■■は。ああ、俺も■■■と居れて嬉しいよ。ここに住ませる事にセイバーと遠坂からは文句を言われっぱなしだけど、安心しろ。何とか説得してみせるからさ』
『そんな事、■■■に出来るの?』
『も、もちろん!人間、成せばなるっていうだろ?幾らセイバーが鬼で遠坂が赤い悪魔だとしても絶対に成し遂げてみせるっていう気概があればなんとか─────』
『───────ふーん、■■■ってば私の事をそんなふうに思ってたんだ』
『な、遠坂!?』
『ねえセイバー、今の聞いた?■■■ってばセイバーの事を鬼だって!』
『───────ほう。それは聞き捨てなりませんね』
『ひ、ひいっ!!セイバーまで!?』
『■■■、今すぐ道場へ。本当の鬼がどんなものか、剣をもってお教えしましょう』
『あ、その次は私の部屋ね。本当の悪魔がどんなものか、遠坂流のスパルタ教育で教えてあげるわ』
『·························』
『あははははははははは!頑張ってね、お兄ちゃん!』
2人の少女に引きずられていく少年を見て、銀髪の少女は可笑しそうに笑い転げている。
その笑顔が楽しそうで、嬉しそうで、幸せそうだったから。
──────守りたいと、思ったのだ。
「ううう··············幾らなんでも言い過ぎたよね、アレ」
「言ってる事は間違って無かったと思うけどね。良いんじゃない、ちょっとあのお兄ちゃんうじうじし過ぎだし。まるでイリヤを見てるみたいだったわ」
枕に顔を埋めながら発した言葉に、クロが辛辣な感想を返してきた。
「何があったのかは知らないけど、貴方も随分と嫌われたものよね〜わたしやミユはそんな事無かったけど」
「き、嫌われてなんか··············ない、よね?」
あれは嫌われているんじゃなく、彼がイリヤに何らかの負い目を感じていて、避けられていただけだと思う。
─────だからわたしは怒ったのだし、それが事実だったから彼もあんな反応をしたのだろう。
「うん、そんな事は無いと思う」
「なら─────イリヤが言った事はあながち間違いじゃないかもね。何があったのかは知らないけど、あれは相当な何かを抱えているに違いないわね」
神妙な顔付きで、クロがそんな事を口にした。
「何かってそりゃあ················」
クロに疑問を投げてみる。するとどうした事だろう。何故か言葉に詰まらせ、頬を僅かに赤く染めてしまった。
「た、例えばの話しよ。イリヤとあの人が、その·········」
無論、この場合のイリヤとは
いつもハキハキしているクロにしては珍しく言葉に詰まっていて、最後は消え入りそうな声だった。
やがて意を決したように気合を入れると、
「こ、恋人だったとするじゃない」
「ぶふっ!!」
「な───────!?」
あまりにも予想外過ぎる方向性の言葉に、わたしは思わず吹き出した。─────今までお兄ちゃんでそういう妄想をした事なんて無い、と言えば嘘になってしまうだろう。
というか大抵してる気がする。
もし、もしもだ。そんな未来があり得るとするのならわたしにもお兄ちゃんと結ばれる可能性が─────!?
「ふ、ふーん。きょ、きょきょ兄妹なんだからこ、恋人とか有り得ないと思うけど腐っても男の子と女の子なんだしそんな禁断の恋的な展開が起こる未来も有り得なくはないというかむしろいつでも受け入れ状態オールグリーンというか············!」
「·················で、彼が浮気したとするじゃない」
「─────潰すわ。ペンチはどこ?」
「い、イリヤ!?何を潰す気なの!?」
浮気・ダメ・絶対。そんな男は再起不能にしてから人形にでも意識を移してずっと手元に置いておくに限る。
イリヤが潜在的にドSだと言われているのはたまにこういった言動をするからであった。
「そんな出来事がもしあったなら、彼の不器用な態度も頷けるでしょ?─────それにほら、わたし達のお兄ちゃんで考えてみて。浮気とか十分有り得そうじゃない?」
「た、確かに··············」
「お兄···············士郎さんなら、有り得るかも」
ミユからも賛同されるとは流石お兄ちゃん。
もの凄い信頼度(?)である。しかし、だ。
「けど──────本当にそんな事なのかな?」
「男女間のいざこざは大抵が恋愛関係なんだってスズカが言ってたわよ?」
何とも不安にさせる情報ソースだった。
しかし、引っかかる。あの時浮かべた彼の表情は、そんな単純なものじゃ無かったような気がするのだが─────
「うーん、やっぱりしっくり来ないや」
「ま、現実的に考えてみればそうよね。適当に言ってみたけど無駄に長いくだりだったわ」
「適当に言ってたの·················?」
ミユの疑問に当たり前でしょ、とクロが答えた。
適当に言ってた割に本人は結構乗り気だった事は触れないでおこう。
「はあ、ここで考えても仕方ないよね。ちょっと気分転換に外出てくる」
緩慢な所作で立ち上がって障子を開ける。
肌を刺す冬の空気が今は心地良かった。
縁側には陽の光が射していて、その安穏とした気候に自然と欠伸を誘発された。
──────実の所、今朝見たおかしな夢のせいであまり眠れていなかったのだ。
《おや、あれは····················》
「ふわぁ············どうしたの、ルビー··········?」
《あの柱を見てみてください、イリヤさん》
「柱···········?」
ルビーの言葉に促されて視線を向ける。
─────そこには、柱に背を預けて安らかな寝息をたてている『彼』の姿があった。
「······················」
吸い寄せられるように、近付いた。
意識しての行動ではない。彼の姿は誘蛾灯のようで、それに無意識に引き寄せられる虫がわたしだった。
彼がこちらの接近に気が付いた様子は無い。
かなり不安定で寝ずらそうな体勢なのに、静かで規則正しい寝息を立てている。
───────もっと、近付きたい。知らず、わたしの心はそう訴えかけていた。
《あの·············イリヤさん?》
「ッ!?」
無意識のうちに伸ばしていた手を慌てて引っ込める。
あ、危ない危ない。ルビーの声がなければ、褐色の頬に触れてしまっていたところだろう。
「あ、危ない············何かイケナイスイッチが入っちゃいそうだったよ」
《気を付けて下さいよ〜?頬に触れたら流石に起きてしまいますからね〜》
「う、うん·············気を付ける」
未だ心臓の動悸が止まらなかった。しばし深呼吸を繰り返してから、もう一度視線を向けた。
─────子供みたいな、あどけない寝顔だった。
ここに来てから見る彼の表情は、どちらかというと不機嫌そうというか、いつも眉間に皺が寄っていた気がした。
しかし·················今わたしの目の前で眠る彼の表情はそんな重しから解き放たれたようで、見ていて安心する寝顔だった。
《あはー、こうして見ると本当にシロウさんですねえ》
「うん····················」
髪を下ろしている彼は、本当にお兄ちゃんそっくりだ。
特にこうして眠っている時は、それが如実に現れている。
縁側に腰掛けて、わたしはしばらくその寝顔を見詰めていた。ゆったりと穏やかな時間の流れはまるで
しかし幾ら陽射しのおかげで暖かいとはいえ、風に晒しておくのは宜しくない気がする。
「よし··················」
《おや、どちらに?》
「ちょっとね。直ぐ戻ってくるから待ってて」
わたしは一度部屋に戻り、自身が使っていた毛布を持って再び縁側へと向かった。
持ってきた毛布をそっと、彼の身体にかける。
彼は僅かに身じろぎしたものの、起きた様子は無かった。
「············それにしても、気持ち良さそうに寝てるなぁ」
幾らなんでも、無防備過ぎやしないだろうかと思う。
クロ辺りが見たらこっそりイタズラを仕掛けかねない。
─────ここは姉として、妹の蛮行を阻止しなければ。
「そ、そう。これはクロから守るためなんだから。クロがこんな無防備な姿を見たら何をするか分からないし!」
《幾らクロさんでもそんな事は··············おや、そう言うイリヤさんはどうして余った毛布の中に入ろうとしているのですかぁ〜?》
「だ、だからクロから守るためだって!た、他意なんてこれっぽっちも無いんだからね」
《ハイハイ、そういう事にしておきましょうか〜》
何やら含むような笑みを浮かべるルビーに恨めしげな一瞥をくれた後、今度は横目から彼の寝顔を見詰めた。
傍目から見れば、一枚の毛布に2人が寄り添っているように見えるだろう。それ程までに彼との距離は近かった。
「ふふふ·············こうして見ると可愛いなぁ」
守ってあげたくなるようなあどけない寝顔。
それは兄というより、まるで弟を見ているようだった。
「ふわぁ·············わたしも、ねむ········い」
ふらふらと頭が揺れて、意識が曖昧になっていく。
脳内に染み込んでくる眠気に何とか堪えていたが、そろそろ限界が近かった。
「··················ちょっとだけなら、良いよね」
撹拌された意識が、そんな言葉を弾き出した。
もぞもぞと、毛布の中に頭を埋めるようにして身体を潜り込ませる。昨夜はおかしな夢のせいで眠れなかったからか、直ぐに視界が狭窄していき───────
「っ──────眠ってしまっていたか」
柱に背を預けたまま、覚醒直後の僅かな酩酊感をやり過ごす。近年稀に見る、随分と心地よい睡眠だった。
日の角度からして恐らく寝ていたのは2時間程、現在時刻は4時を過ぎた辺りと推測出来る。
少しだけ休憩するつもりだったのだが、随分と長い時間をここで過ごしてしまったものだ。
やれやれと自分に呆れつつ、立ち上がるために俺は身体にかかっていた毛布を持ち上げようと──────
「待て、毛布だと···············?」
ここに来る前にそんな物を持ってきた覚えはない。
身体にかかっていた毛布を、怪訝な面持ちで持ち上げる。
──────そこでようやく俺の膝の上に何か。否、誰かが乗っている事に気が付いた。
その正体を確かめるためゆっくりと、慎重に毛布を捲る。
「······················」
──────銀色の髪の毛が、サラリと俺の膝に流れる。
その様は山頂から清らかに流れる清水を彷彿とさせた。
誰かが、俺の膝を枕にして眠っていたのだ。
微かに聞こえる健やかな寝息と、その呼吸に合わせて上下する薄い胸。幼くあどけない寝顔を見せるその少女はあどけなさの中にも、雪のような儚さと美しさを備えていた。
《おや、お目覚めになられました?》
「···············カレイドステッキか」
直ぐ近くに、携帯モードとなったカレイドステッキ、ルビーがふよふよと浮いていた。
口の機能は無いものの、その顔がニヤついているのは最早明らかだった。
「この毛布は、イリヤスフィールが?」
《ええ、貴方が風邪を引かないようにとそれはそれは御心配をなさっていましたよ?》
「·················要らない心配だったな。サーヴァントがこの程度で風邪など引く訳が無いだろう。お前ならそんな事は分かり切っているはず──────」
いや待て。そうじゃないだろう。
これはイリヤが俺の身を案じた故の行動だったのだろう。それを無駄だと斬り捨てるのはあまりにも非情に過ぎる。
「───────いや、済まない。コレに関しては礼を言おう。助かった」
《いえいえ、礼は私では無くイリヤさんに☆貴方から御礼をされればきっと喜びますよ?》
「────────考えておこう。毛布に関してはここで終わりだ。しかし、これはどういう事だ?どうしてイリヤスフィールがこんな所で寝ている」
《おや、こんな所と言われましても。貴方もここで寝ていた訳ですし、同じなのでは?》
「とぼけるな。私が聞きたいのは、どうしてイリヤスフィールが私の膝の上で寝ているのかという事だ」
《さあ?私には何とも言えませんねえ〜本人に直接聞いてみては?》
「·····················はぁ」
──────全く、頭が痛くなりそうだ。いや、もう既になっている。さて、どうやって起こしたものか。
《あ、寝かせておいてあげて下さいね。環境が変わったせいなのか、昨日はあまり眠れていなかったようなので》
「···················意外だな。お前は主人の容態なんか気にしないような奴だと思っていたが」
《な、なんて心外な!ご主人様の容態を気遣うのは愉快型魔術礼装の基本ですよー!》
ふん!とルビーはわざとらしく怒り始める。
少なくとも俺の知るカレイドステッキにそんな信条は無かった筈だが、このルビーはそうでも無いらしい。
──────ロクでもない、という一点だけは変わらないみたいだが。そのロクでもなさを発揮し、ルビーは《それではごゆっくり〜》と言ってどこかに消えてしまった。
「う、ん············お兄ちゃん·············」
きゅ、とイリヤが俺の服の裾を掴んだ。
その顔は幸せそうで、本当に起こすのが躊躇われる。
ルビーの言葉が本当ならば、起きるまでこのまま寝かせておくのが適切か。既に陽射しは淡いものになっている。
毛布一枚で冬の寒さを凌ぐのは厳しいかもしれない 。
俺は毛布をもう一枚投影して、イリヤの身体にかけた。
「·················私は君の兄ではない」
寝言に反応した所で返事が返ってくるはずも無い。
──────しばし、俺はその寝顔を見詰めていた。
髪が顔にかかってしまっているためか、時折寝ずらそうに身体をよじっている。
その髪の毛を梳こうとして、直ぐに手を止めた。
──────俺に、そんな資格は無い。
俺からこの少女に触れる事が、どうして許されよう。
「だというのに君は·················どうして、私に触れようとするんだ」
この少女は、きっとイリヤが歩むかもしれなかった平和で暖かい日常を歩んできたのだろう。
俺が夢見た幸せな日常を。
歩ませてあげたかった、今は遠き未来を。
もう彼女の手を取る事は出来ない。
この血と剣に彩られた手は、触れればきっと彼女を傷付けてしまうだろう。
─────剣に出来るのは傷付ける事だけだから。
そんな存在は彼女に相応しくない異物だ。
「だからせめて──────」
彼女の、平穏な生活を守ろう。
衛宮士郎では果たせなかった日常を守ろう。
─────そうする事でしか、俺は彼女に贖えない。
───────いつまでそうしていたのか、気が付けば辺りはすっかり日が落ちていた。
揺籃の庭は既に夜の帳に包まれている。
暖かな陽射しも穏やかな風も消え去り、あるのは冬の厳しい冷たさだけだった。
空には朧な月とそれを囲むように散らばる砕けた星達。
夜空のスクリーンに映し出された光景はかつて見た光景そのもので、胸が痛かった。
「うにゅ·················あ」
一際大きく俺の膝の上で寝ていたイリヤが身を捩った。
小刻みに瞼を震わせ、やがてゆっくりと開く。
紅の瞳が俺の瞳と交差した。
「··············ようやく起きたか。済まないが、退いてくれると助かる。君が裾をずっと掴んでいたせいで私はここから動くどころか立ち上がる事すら出来な」
「えへへ···············お兄ちゃんだぁ·········」
「───────なに?」
甘える子猫のような声だった。
そのままイリヤは緩慢な所作で身体を起こすと困惑する俺の首に腕を回して、頬を擦り寄せてきた。
「ま、待たないか!私は君の兄ではないと何度言えば」
「おはようの、ちゅー··············」
「なっ·············いやそれは本当に待ってくれ!?」
寝ぼけているのかイリヤの瞳はとろんと蕩けていて、制止の声は全く届いていないようだ。
···············誰かどうすれば良いのか教えてくれ。
逡巡している間にもイリヤの顔は段々と俺に近付いてくる。
厳密には、開きかけの蕾のような唇が。
「あ、いたいた。ミユが夕飯作ったから居間に────」
「あ························」
声の主はクロだった。廊下の角から現れたクロから見たら俺とイリヤが抱き合って何やら良からぬ事をしようとしているように見えた筈だ。
「·····················」
「······················違うぞ?」
クロは─────聖女かと思うぐらい穏やかな笑顔を浮かべていた。その満面の笑顔が逆に怖い。
廊下が痛い程の静寂に包まれている。
触れれば砕ける、張り詰めた氷のような静寂だ。
「あ、あれ················ここ、どこ?お兄ちゃんは?」
腕の中のイリヤがようやく目を覚ましたようだ。
しばし辺りを見渡した後、イリヤが俺の顔を見る。
最初は不思議そうに首を傾げていたが、徐々に状況を理解したのかその頬が赤くなっていき───────
「ご、ごめんなさいっっっっっっ!!!!!!!!!」
勢いよく俺から離れようとして─────廊下に立つクロと目が合ったのか、身体が固まった。
「ち、ちが················クロ、これは···········」
「どうかしたの、クロ?」
「ミユ!?」
「────────────」
《これは················事案ですね、美遊様》
おたまを持った美遊が、こちらを虚ろな目で見ている。
持っているのはおたまなのに、どうしよう。
俺にはそれが鋭利な包丁に見える················!!
「───────弁解は後だ。取り敢えず、一度そこを退いてくれないかなイリヤスフィール。退いてくれないと、ここから立ち上がる事も出来ないのだが」
「は、はいっっ!!」
イリヤがぴょん、と膝から飛び降りる。
それを見届けてから俺もゆっくりと立ちあがった。
長い間同じ姿勢で座っていたからか、すっかり身体全体が懲り固まっている。
──────本当に随分と長い間をここで過ごしてしまったものだ。早くカルデアへと帰還すべきだというのに、俺は一体何をやっているのか。
「済まない、見苦しい所を見せたな。念の為に言っておくが、君達が思っているようなやましい事は何一つない。なので、早々にその反応に困る表情を収めてくれると助かる」
クロのからかうような、そして美遊の冷たい視線に耐え切れずそんな弁解を一つしておく。
幸い信じてくれた···········というか、最初から本気で疑っていた訳では無いのだろう。
「さっきも言おうとしたんだけど、ミユが夕飯作ってくれたから。早く居間に来てね〜」
「っ··············そうか、夕飯の事をすっかり失念していた。済まない美遊、手を煩わせてしまったな」
「手を煩わせるなんてそんな·············」
「そうそう。ミユってば結構ノリノリで調理してたわよ?『あの人に美味しい物を作ってあげるんだー』って張り切ってたし」
「く、クロ!!それは言わなくても················!」
「ミユママ、早くご飯〜」
「わたしは貴方の母親になった覚えはない···········!」
逃げるクロを追いかけて、美遊が廊下を走っていく。
必然的に、イリヤと二人きりになってしまった。
再び、静寂が訪れる。
「あ、あの···············さっきは、ごめんなさい」
その静寂を破ったのはイリヤだった。申し訳なさそうに、イリヤが頭を下げたのだ。
「─────別に構わないさ。ここで眠りこけて醜態を晒していたのは私の方だからな。君が謝る事でも無い」
「しゅ、醜態なんかじゃ···········凄く可愛い寝顔でした!」
「···············それは、反応に困る切り返しだな」
寝顔を見られていたというのなら尚更醜態だ。
気が抜けているどころの話ではない。
─────しかし気が抜けているからこそ、気付く事もあるのかもしれない。
「················ありがとう」
「え?」
突然の事に、イリヤはキョトンと目を丸くした。
俺から唐突に礼を言われたのだ。
そんな反応をしても何らおかしくはないだろう。
「この毛布、かけてくれてのは君だろう。それに対しての礼だ。とはいえ、サーヴァントがこの程度の寒さで体調を崩す事はまず有り得ないがね」
「·························」
イリヤは、奇妙な表情をしていた。
まるで込み上げる笑いを堪えるかのような、そんな表情。
──────ふむ。そういう事ならこちらからも一つ、爆弾を投下してみよう。
「·············それともう一つ、君は私の寝顔を可愛いなどと評してくれたが、君の寝顔もなかなかに愛らしかったぞ。写真に収めたいぐらいにな」
「な─────────!?」
ボン、と音がしそうなぐらいイリヤは赤面した。
固まるイリヤの横を通り越して居間へと向かう。
───────全く腑抜けている。
早く帰還の手がかりを探し、カルデアへ帰る。
本来ならばそれだけを目的にし、そのためだけに動く事が最良だろう。だというのに、こんな回り道をしている。
しかし、その無駄でしか無い回り道を············悪くないと感じている自分がいた。
例え、直ぐに終わってしまう幻想だったとしても。
こんな日々が続く未来があったのなら────それはさぞ、幸福に満ちたものだったのだろう。
団欒の終わりは唐突に訪れた。
告げるのは侵入者用に仕掛けられた結界の鐘のような音。
けたましく鳴り響いた警報の音が、引き裂くように屋敷の中を駆け回っている。
「─────────トオサカリンではない。この気配はもっと、おぞましい何かだな」
「おぞましい何か·················?」
「敵襲という事さ。向こうも我慢がきかなかったと見える。─────戦闘の準備をしておいてくれ。今回ばかりは君達も傍観という訳にはいかなさそうだ」
立ち上がり、イリヤ達に短くそう告げた。
黒いシャツから赤い外套へと外見を変じさせ、両手に投影した干将と莫耶を握りしめる。
玄関ではなく、雨戸から外に出た。
白く、白骨のような月が目に痛い。
夜の帳に包まれた揺籃の中─────そこに居たのは視界を穢す、汚泥の如きモノ。
朧な光の下に浮かび上がったのは漆黒のローブだった。
昏く、泥のように深い底無しの闇。
手には三日月を模したかのような飾りが先端に付けられている錫杖が握られており、暗闇の中で鈍色に光っている。
──────その姿には見覚えがあった。
「キャスター············メディアか」
明らかに正気を失っているが間違いないだろう。
──────しかし、妙だ。
昨日戦ったライダーも黒化しており、かなり弱体化しているように見えたが、目の前のキャスターは別だ。
弱体化どころか、より禍々しくなっている。
「■■■■■■■■■」
人では聞き取れない、雑音のような声で詠唱が開始された。四方に魔法陣が展開され、そこから異形の者達が溢れるように生み出されていく。
スケルトン、ワイバーン、竜牙兵···········たちまちそれらは100匹以上の大軍勢と化した。
「これは··············数が多いわね」
後ろから近付いて来たクロが、顔を顰めながらそんな感想を漏らす。少し遅れて到着したイリヤと美遊も似たような反応であった。
「君達は雑魚の処理を頼む。だがあまり突っ込み過ぎるなよ、幾ら雑魚とはいえ囲まれれば厄介だ 。屋敷に近付いてくるのを遠距離から叩くだけで良い」
「──────貴方はどうするの?」
「無論、大本を叩きに行くさ。奴を倒さないと無限に湧き続けるだろうから、な················!!」
エネミーの壁に真正面から突っ込んでいく。
干将と莫耶を縦横無尽に振るう。
その度にエネミーは斬り飛ばされ、細かい破片を散らした。
キャスターはこの壁の向こう。
姿を見せないというのなら、姿を見せるまでエネミーの壁を切り崩すまでだ。
──────月が燻る夜を剣戟と怒号が撹拌する、終わりの見えない戦いが幕を開けた。
どこかのタイミングでエミヤの過去編をやりたいですね。前にも言ったかもしれませんがこのSSのエミヤは既存のエミヤとは異なるルートを辿っているので··········今話でイリヤへの対応が既存のエミヤよりぎこちないのもそのためですw
なんにせよ、当初の6話で終わる発言は撤回します。絶対に終わりませんw