【完結】幕間の物語 『贋作者と魔法少女/夢幻虚構結界:冬木』 作:耳 a.k.a 腐れケバブ
かなり遅くなった割にあまり進みませんでしたが、よろしくお願いします。
「──────────」
遠ざかっていた世界が引き戻される。
引き伸ばされていた時間の流れは均一に。
過去から現在。夢より
耳鳴りのようなノイズがクリアになると同時に、闇の中で揺蕩っていた誘蛾灯の如き光が徐々にその照度を上げていく。
閃光に目を焼かれ、我慢出来ずに目を閉じた。
光が収束した、と瞼越しに感じた瞬間に目を開ける。
すると、そこは見慣れた衛宮邸の居間だった。
あの夢の中じゃない。確かな現実の感触がそこにあった。
目の前にはイリヤの姿がある。
正しくは、イリヤの身体に憑依した何者か、だが。
「いま、の·····················」
静寂を破った第一声は、呆然とした様子のクロの声だった。今見たものは、どうやらこの場にいる全員が見たものらしい。
「──────趣味が良いとは言えないな。人の過去を掘り返しそれを他人に見せるとは」
「拗ねないの。言ったでしょ、これは貴方達にとっても大切な事だったの。生半可な気持ちで『彼』と挑めば、貴方達は『彼』の在り方の前に敗北するでしょうね。これは実力以前の問題なの。シロウ、貴方が過去と対峙しない限り『彼』に勝ち目は無いと思いなさい。半端な想いは、より強固な想いの前に打ち砕かれる。それは当然の摂理でしょ?」
「·····················『彼』、だと?」
「本当は『黒幕』が誰か分かっているはずよ。ただそうする理由と、不可能を可能にする術が思い当たらないだけ。
そう、不可能。いくら自然に消えないとはいえ、投影によって一つの街を形成するなんて絶対に出来ない。
それは、貴方自身が一番理解しているんじゃないかしら?」
決して自然には消えない投影。
そんな芸当が出来る者など、1人しかいない。
しかし、彼女の言う通りそれが出来た所でこの規模の街を形成する事は不可能だ。無論、する理由もない。
「──────1つ、聞かせてもらう」
どうぞ、と彼女は視線で先を促してきた。
「君は···············私の知るイリヤなのか?」
先程見せられた記憶は間違いなく
その記憶は見せられる前から俺にも多少は残っていた。
何故か、なんて問うのは悪趣味だ。
そんなのは決まっている。ただ、忘れるにはあまりにも凄絶な話だったというだけの事。
幾度の戦場を越えて摩耗した己の記憶ではあるが、覚えている事だってある。
だからこそ、問わねばなるまい。
─────君は、俺が
「·················結論から言えば違うかな。
でも数奇な事にわたしも『彼』も、今見せた貴方の『過去』と同じ『過去』を辿っているわ。イリヤスフィールという1人の少女を愛し、そして失った」
「─────完全に同じ道を辿った平行世界という事か?」
俺の疑問に、彼女は僅かに寂しげな表情を浮かべた。
「─────ううん。わたしを失って、聖杯戦争に勝利する所までは一緒だけどそこから分岐してる。
『彼』はある意味、貴方とは対極な選択をしたのよ」
「対極、だと?」
「それは本人に聞きなさい。
だけど─────そうね。少しだけ、ヒントをあげる」
彼女は悪戯っぽく笑うと、
「───────人が絶望と対峙し、そしてもう絶望に抗う手段が無いと悟った時··········与えられる選択は凡そ2つよ。
1つは、諦める事。もう尽くせる手が無いのなら諦めてしまえば良い。逃げると言い換えても良いかしらね。殆どの人間が手詰まりになった時はこの選択を選ぶでしょう。それは当然と言えば当然なんじゃないかしら。もう手を尽くせないのなら、その現実を覆す手立てが無いのなら、もう諦めるしかない。··············その現実を、受け止めるしかないんだもの」
「─────────」
覆せない絶望。
──────例えば、『死』。
死んだ人間を生き返らせるなど不可能だ。
だからその死を受け入れ、諦めるしかない。
絶望を拒んだ所で、その人が生き返る訳では無いのだから。
「そして2つ目は───────」
彼女は僅かに躊躇った素振りを見せた。
だがそれも一瞬で、
「──────奇跡に追いすがる事。
絶望すら覆す事が可能な、人の身に余る奇跡を」
「····························まさか、それは」
彼女は、憂いの感情を宿した瞳で俺を見ている。
仮に奴がアレを使ったとして、失われた命まで取り戻す事は不可能だ。いや、それ以前に奴がそんな方法で────
「··················ヒントはこれで終わり。後は貴方達に任せても良いかしら?わたしの言葉は、もう彼には届かないもの」
「──────承知した。私達の目的と重ならない訳でもないからな。どちらにせよ、事の黒幕には用がある」
俺の答えに彼女は淡い笑みを浮かべた。
すると次の瞬間、イリヤの身体がビクン、と一度だけ大きく震えて、畳の上に倒れ込んだ。
慌てて駆け寄ろうとしたが、その前にイリヤは緩慢な動作で起き上がった。
「何か、身体に異常はないか?」
イリヤは無言で小さく頷いた。
顔は深く俯いていて、表情を拝む事は叶わない。
美遊やクロでさえあの『記憶』を見てしまったのだ。
この様子だと、イリヤも
全く、本当に悪趣味だ。何もイリヤ達に見せる必要など皆無だというのに。
「·················君達には、見苦しいものを見せてしまったな。すまない」
「················あれ、本当にあった事なの?」
どこかやるせない表情を浮かべたクロが、掠れた声で聞いてきた。─────事実、あれは起きた事だ。
実際に体験したのはどこかの世界の
真実、その記憶は今の俺にも思い出せる。
その記憶があまりにも、衛宮士郎という人間にとって忘れる事の出来ないものだったためだろう。
「──────事実だ、残念ながらな」
クロの、そんな表情を見るのは初めてだ。
あんな話を聞かされれば無理もないかもしれない。
対峙するにも未だ幼い3人には土台無理な話だろう。
·················全く、本当に趣味が悪い。己と対峙するだけなら、俺一人に見せるだけで充分だろうに。
「しかし、彼女のおかげで私が立てていた仮説が証明された。──────イリヤスフィール。奴らが狙っているのは、間違いなく君だろう」
「え·························?」
イリヤの俯いていた顔が上がる。
驚愕というよりは、ワケが分からないと言いたげな表情を浮かべていた。
クロも美遊も同様の反応を見せ、首を傾げる。
「まず、私がその仮説を立てるに至った経緯から話すべきかな。怪訝に感じたのは数日前、キャスターとアサシンがここに攻めてきた時だ。イリヤスフィール、そして美遊の背後にアサシンが突如として現れた事を覚えているかね?」
イリヤと美遊が、僅かに表情を曇らせてうなずく。
あれほど気にする必要などない、と言ったのだが完全に忘れろというのは無理な注文だったのかもしれない。
「覚えているけど、それが何だっていうのよ?」
「あの時、アサシンはイリヤスフィールを殺そうと思えばすぐに殺せる距離だった。だが奴は私の接近に気が付いた瞬間にイリヤスフィールの首に伸ばそうとした手を引っ込めてわざわざ投擲剣を取り出し、こちらを迎撃しようとしたのだ。いくらアサシンのクラスとはいえ、奴ならば少女の細首ぐらい簡単にへし折る事が可能だろう。なのに················奴はわざわざ俺を迎え撃った。さっさとイリヤスフィールを始末して離脱するぐらいの猶予はあっただろう」
判断を見誤った、とは思えなかった。黒化した英霊は黒化しているが故に、その判断は機械的で無駄がない。
殺せたはずなのに殺さなかった。
──────それはつまり、殺す事以外に何かしらの目的があった、という事になるのではないか。
「キャスターに関しては初めからおかしかった。魑魅魍魎の類を召喚し、私達の動きを止めてから本番の攻撃を叩き込むのなら未だ分かる。しかし、奴は召喚だけに専念し自分からは一切手を出さないというあまりにも回りくどいやり方をしていた。ようやく奴自身が動いたのは俺がイリヤスフィールを受け止めた瞬間·················」
「えっと、つまり··················?」
「向こうには、初めから私達を殺す気は無かったという事だ。そして、奴等はイリヤスフィールにしか狙いを定めていない。私に直接攻撃を仕掛けてきたのはイリヤスフィールを確保してからだからな。奴等は最初からイリヤスフィールだけを目的に攻め込んできたという事だ。それも殺す事ではなく、捕らえる事を目的としている」
「イリヤだけを···············?」
美遊が不可解そうな顔をする。
当然と言えば当然か。敵の目的が分からない以上、イリヤだけが狙われていると言われても腑に落ちないだろう。
───────そう、敵の目的が分からないのなら。
彼女のヒントが役に立った。
あんなの、殆ど答えみたいなものだ。
同じ境遇に立たされた俺だから、同じ選択肢を与えられていた俺だからこそ、それが分かってしまう──────
「···················なに、それ」
ポツリ、と。イリヤは堪えきれないとばかりにそんな呟きを漏らしていた。
「どうしてわたしが狙われてるの············?
分からない。分からないよ、そんなの················」
きゅ··········っと、不安に怯えるように両拳を握るイリヤの肩は震えていた。無理もない。
あんな『記憶』を見た後に己が素性も知れぬ輩に狙われていると聞かされては、不安になるのも当然だろう。
「··············今日のところはもう休むといい」
それだけ告げて、俺は居間を後にした。
安易な言葉はその場しのぎにしかならないだろう。
こればかりは本人に受け止めてもらうしかあるまい。
そんな事を思いながら、庭に出る。
一気に跳躍して、屋根の上へと飛び乗った。
ここならば異変が起こった時にすぐ対処出来る。
これぐらいしかしてやれる事はない。
だからせめて、この役割だけは全うするとしよう────
「······················」
全てが寝静まった深夜。
イリヤは身体を起こして、部屋の中を見渡した。
未だ夜明けまでには程遠いようで、深い夜の闇が部屋に降りている。微かに聞こえてくる寝息はミユとクロのものだろう。どうやら、眠れないのは自分だけらしい。布団に入ってからずっとこんな感じだ。
目をつむって寝ようと努力してみるけど、しばらくしたらまた目が覚めてしまう。
寝苦しい、という訳ではない。
ただ─────脳裏に、浮かんでしまう。
今日、わたしの身体に乗り移ってきたという誰かが見せてきたあの人の記憶。
意識こそ無かったものの、わたしにはしっかりとその記憶が脳に刻み付けられていた。
─────あの人が最初にわたし達を避けていた理由が、何となく分かった気がする。
今のわたしは、あの人にどう接すれば良いのかが分からなかった。そんなわたしの心情に気付いていたのか、クロは『あの記憶は貴方のものってワケじゃないんだから、いつも通りに接しなさい』と布団に入る直前に言われたのだが、そのいつも通りとやらが今の自分には難しかった。
《おや、どうされました?イリヤさん》
「··················ルビー」
《む、元気がありませんねぇ。ダメですよ、イリヤさん。魔法少女たるもの、いつも太陽の如き笑顔を浮かべていなくちゃ!ホラホラ、スマイルスマイル!》
「ちょ···········わ、分かったから鼻つまんでぐりぐりするのやめてぇ!!」
ルビーに蹂躙された鼻を押さえ、不満の声を上げる。
このステッキの突拍子のない行動には慣れてきたつもりだったが、甘かったらしい。
「もう、いきなり何するの··············?」
《イリヤさんに元気が無いからです!》
「そ、それはだって·····················」
《大方、あの人との距離感が··············という理由なのでしょうが、そんなの今更ってもんですよ。イリヤさんはこれまであの人の懐にズカズカと土足で上がり込んでいたようなものなのですから堂々としてりゃ良いんです、堂々と!》
ルビーは珍しく怒ったような口調をしていた。
─────けど、気にするな、なんていうのは無理だ。
あの記憶は、痛かった。
破裂しそうなぐらい胸が締め付けられて、痛かったから。
「っ··················」
─────それは、彼がわたしに抱いてたであろう感情と似たものだったのだろう。
彼を救いたい。彼の傍に寄り添いたい。出来る事ならば傷付き渇き、摩耗した心を癒してあげたい。
しかしそれは·············わたしには、出来ない。
資格があるかどうかの話ではない。
あの記憶を見たら誰だって分かる。
わたしでは、彼の傷を癒す事が出来ないのだと。
「わたしだって···········あの人と一緒に居たいよ。でも、あんな記憶を見せられたら、分からなくなる。
──────わたしと話している時のお兄さん、笑ってたけど、でもどこか辛そうな顔してたから」
それは恐らく、彼自身でさえ気が付いていない
『彼女』を守れなかった事に対しての罪悪感と、自身に対する無力感。無論、それをわたしに向けるのはお門違いの感傷というものだ。しかし────あの記憶を見てからだと、見方も変わってくる。
「そりゃあ、あの時はあまりにもわたしを避けるから思わず踏み込んじゃったけど················わたしはお兄さんを苦しませたいわけじゃないもん」
《けど、距離を置きたいわけではないのでは?》
「·······················うん。だから困ってるの。どうすればいいか分からなくて」
起こしていた身体をもう一度布団に預ける。
─────わたしは、あの人にとって『剣』そのものだ。
触れれば傷付けてしまう、鋭利な剣。
そんなわたしに、あの人と話す資格などあるのだろうか。
──────それを考えると、怖かった。
「················はぁ、ちょっと夜風に当たってくる」
このままじゃ寝れそうにない。
わたしはルビーに一言そう告げると、布団から這い出して板張りの廊下へ出た。
冬の夜風は冷たくて、ホットパンツから惜しげも無く晒された生脚を撫でていく。ぶるりと身震いがした。
今着ている物は彼が投影してくれたものであり、クロの物と違って不思議と自然に消滅する事はないらしい。
何と使い勝手の良い便利な魔術だろう、というのがイリヤの感想だった。縁側の足元に揃えて置いてあったつっかけに足を突っ込み、庭へと出る。
ほう、と口から細く軽やかな息を吐き出した。
白い熱を帯びた吐息が夜を霞ませる。
それは夜空へ上らんとするように立ち上ったが、やがて夜に溶けるかの如く薄れて霧散していった。
その行方を追うように上空を仰ぐ。
宝石を散りばめたような星々と
「あれ····················?」
はて、と首を傾げる。当然の事ながら、月というのは一定の時間が経つと見え方が変わるものだ。
新月、繊月、三日月、上弦の月、十日夜の月············といったように、月の見え方は一定の時間で変遷を迎える。
満月が満月として夜空に顕現するのは確か1日程度が限界だったはず。だとしたら、計算が合わない。
──────だって、これまでの夜は今までずっと、欠損の無い満月だったのだから。
「─────────こんな所で何をしている?」
「ひゃぁぁぁっっ!?」
突如、後ろから聞こえてきた声に驚いてビクンと身体が跳ね上がる。絶叫が残響の尾を引いて、静寂の夜に響き渡った。
「はぁっ··········はぁっ···········」
尻もちを着いたまま、赤い外套に身を包んだ彼を見上げる。腰が抜けてしまったのか、必死になって立ち上がろうとしても上手く立ち上がる事が出来なかった。
─────そんなわたしに、差し伸べられる手が一つ。
誰の手なのか、なんて決まり切っている。
恐る恐る顔を上げると、僅かに膝を曲げてわたしに手を伸ばす彼の姿があった。
「あ···························」
「·····························」
わたしは、きっと驚いたんだと思う。
彼の表情は少しだけ固く、躊躇いがちに伸ばされた手が迷っているかのように揺れている。
──────彼からわたしに触れようとしてきたのは、初めての事だった。立てないわたしを引き上げるためとはいえ、その事実が胸の鼓動を高鳴らせ、蟠りを遠ざけていく。
「·····························」
恐る恐る、わたしはその手を取る。
彼は無理に引っ張らず、わたしが立ち上がるタイミングを見計らってわたしに負荷をかけず引き上げてくれた。
「···················すまない。驚かせるつもりは無かったのだが」
「う、ううん············大丈夫。ちょっとビックリしちゃっただけだから」
わたしは僅かに顔を逸らしながら、彼とぎこちない言葉を交わす。そんなわたしの様子を良くない方向に捉えたのか、
「─────何をしていたかは深く聞かないが、もう夜も遅いからな。君も早く自分の部屋で休むといい」
わたしを気遣うようにそう言って、彼は足早に去っていく。屋敷の方ではなく、何故か屋根の上へと跳躍する。
待って、と呼び止める暇も無かった。
「····························」
わたしは言われた通り屋敷の中へと踵を返す。
通ってきた廊下を渡り、自室へと戻る。
そして自分の布団の枕元で眠りこけているルビーを引っ掴み、再び庭へと出た。
《ふわぁ···········どうしたんですかぁ〜イリヤさん?》
自分が外に連れ出されていると気付いたのか、ルビーは欠伸混じりの声でわたしに疑問を投げた。
「うん、ちょっと屋根の上まで飛びたいから手伝って」
《·················そのためにわざわざ私を起こしたんですか、イリヤさん》
ルビーの恨めしそうな視線(?)を華麗にスルーして、わたしはいつもの魔法少女服へと転身する。
ふわり、と馴れた様子で自身の身体を浮かばせる。
上空から武家屋敷を見下ろすと、案の定、屋根の上に彼が静かに佇んでいるのが見えた。
近付いてみると、彼は片足を立てて目を瞑り、まるで眠っているかのように座っていた。
「───────今日は随分と夜更かしなんだな、君は」
彼は目を瞑ったまま、わたしに声を投げかける。
その声に僅かな呆れの色が混じっていたのは恐らく勘違いではあるまい。つい先程、もう休んだ方が良いと言われたばかりだからである。
「お、お兄さんこそこんな所で何してるの?」
「···························私のは、単なる見張りだ。城の見張りは雑兵の役目なのでね。弓兵は弓兵らしく、こうして高台から周りを警戒しているというわけだ。最も、高台と言ってもそう呼べる程の高さはないが」
彼は僅かな沈黙の後、そう答えた。
確かに、彼は普段着ではなく赤い外套を纏っていた。
髪も下ろした姿ではなくオールバックにしている。
鷹のような鋭い目は健在で、わたしと話している時も辺りの警戒を解いてはいなかった。
「次はそちらの番だ。君はこんな時間に一体何を?先程は流したが、何か際立った理由があるわけでもないようだからな。理由がないのに起きている理由を聞かせてもらおう」
こちらには視線を合わせず、彼はわたしに問いを投げる。
「わたしのは、大した理由じゃないよ。ただ、ちょっと眠れなくて夜風に当たりたかったんだけど··············」
「···················そうか」
彼は短く応えると、それっきり会話が止んだ。
彼は恐らく、わたしが眠れない理由を分かっている。
分かっていて、わたしに遠慮しているから必要以上に踏み込んでくる事をしないのだ。
──────静寂は互いに遠慮した結果。
また以前のような距離感に戻ってしまったみたいで、その事が嫌だった。
ここで立ち去るわけにはいかない。
そう思ったわたしは彼の傍に腰を下ろした。
「───────っしゅん!」
冷たい風が一吹きし、わたしは小さくくしゃみを零した。
魔法少女の衣装は先程のホットパンツと同じくかなり足の露出度が高いため、冬の夜風は天敵となる。
その寒さに足を擦り合わせていると、何かがわたしの身体に頭から覆い被さってきて視界が黒く塗りつぶされた。
覆い被さってきたものを自身の身体から引き剥がしてみると、それは厚手の毛布だった。
誰がこんなものを、なんて疑問はナンセンスというものだ。
「あ、ありがとう·················」
感謝の声には応えず、彼はこちらを一瞬だけ一瞥してから再び視線を前に戻した。
受け取った毛布で身体を包む。
暖かい。暖かくて柔らかいその感覚は、身体を優しく暖めるだけではなく、心までも解していく。
「──────そういえば、前にも似たような事があったね」
その感覚があまりにも暖かくて、優しかったからだろう。
まるで先程の張り詰めた緊張感を忘れてしまったかのように、気付けばそんな事を口にしていた。
前、というのはこの世界に来てからすぐの事。
半袖しか無く、寒さに震えていたわたしとミユに彼が投影したコートを同じように渡してくれたのだ。
「どうだったかな、私の記憶にはないが」
「あ、あったよー絶対に覚えてるでしょ、お兄さん」
分かりやすくとぼける彼に唇を尖らせる。
ルビー曰く照れてるだけらしいが、彼はそれをおくびも表情に出さないので真意は不明だ。
────それからしばらく、2人で他愛のない話をした。
昨日までと違って、少しぎこちのない会話。
わたしから話しかけ、それに彼が淡々と応えるだけのやり取りだったがわたしにとっては嬉しかった。
───────けど、彼にとってはどうなのだろう。
やはり、内心では痛みを抱えているのだろうか。
そう思うと怖くて、会話を止めなきゃならないという考えが頻りに脳裏を掠める。
しかし、会話が止まってしまったら何か大切なものが途切れてしまうかもしれない。
それがもっと怖くて、会話を止めてはならないという強迫観念じみた考えに突き動かされる。
相反する2つの思考は摩擦する。
流れているのは中身のない、空っぽな会話。
彼はその
だが、そんなものが長続きするはずがない。
1時間も経たないうちに会話は途切れてしまった。
恐怖が臓腑から染み込んでくる。
どうすれば良いのかと麻痺した頭で考える。
「───────すまない」
「え······················?」
わたしは耳を疑った。
すまない、と。彼はわたしに謝ったのだから。
「少し優柔不断が過ぎたようだ。全く、君には心配をかけてばかりで我ながら呆れるよ」
「そ、そんな事───────」
そんな事、無い。優柔不断なのはわたしの方だ。
どちらの選択肢も選択出来ず、どっちつかずの空っぽな答えを出しているだけ。
彼が謝る必要なんてどこにも無い。
「───────私はな、イリヤスフィール。
きっと未だ、イリヤの死を受け入れていないのだろう」
「っ····················」
「君と話していると、どうにも落ち着かない。胸を締め付けられているような痛みが走る。君に言われたばかりだというのにな。自分と他人を勝手に重ねるな、と」
彼の独白は続く。わたしはそれを、黙って聞いていた。
─────むしろ、わたしの方が謝らなくてはならない。
『わたしはわたしだもん!!そんな誰とも知らない人と私を重ねて、勝手に避けないで!!』
確かにわたしは、彼に向かってそう言い放った。
今思えば、あれ程までに無神経な言葉もそうあるまい。
彼の過去を知っていれば、そんな事は口が裂けても絶対に言えなかっただろう。
重ねるな、なんて無理に決まってる。
─────だって、わたしだって重ねてしまった。
あの記憶の中に居たイリヤと
わたしは
───────今更ながらに痛感する。
わたしはあの時。彼に悔やんでも悔やみきれない程の酷い事を言ってしまったのだ、と。
その事実にわたしは泣きそうになった。
泣く資格なんて、泣く権利なんてわたしには無いのに、瞼から涙が零れそうになる。
「───────だが、私は思うのだ。そもそも人の死というものは受け入れるものでは無い、とね」
「え··············それって、どういう?」
急いで涙を拭い、わたしは彼の横顔を見た。
──────その顔に、憂いなんて一抹もなかった。
「人の死を受け入れる。それは確かに、これから生きていく上では大切な事かもしれない。
───────ならば問うとしよう。
人の死を、大切な人を失った悲しみと喪失感を受け入れるとはどういう事なのか、と」
「どういう事って···················」
「受け入れる、と。言葉にすればそれは簡単だ。
辛い事も憎い事も、何もかもを受け入れてしまえば、もう何も傷付く事はないのだからな」
彼の声が僅かに感情の韻を踏んだものになる。
突如として吹き抜けた夜風が彼の髪を攫っていく。
ざあ、と風に揺れた木々が
「だが、私には到底無理だ。
私はどうしても、イリヤの死を受け入れる事が出来ない。
ああ、受け入れてなんかやるものか。
もっと触れていたかった。もっと幸せにしてやりたかった。もっと一緒に居たかった。そして何より、
声は重く深く、夜の冷たい空気に染み込んでいく。
蒼い月光が、その悔恨を鏡のように映していた。
誰かの死を受け入れるとはどういう事なのだろう。
その死を仕方がなかったのだと許す事か。
運が無かったのだと嘆く事か。
「死とは受け入れるものじゃない。
その悲しみを、蟠る悔恨を、遺した想いを、全て余さず胸に抱いて
────────死を受け入れる。
それは即ち、その死を許してしまう事だと彼は言う。
大切な人を失った痛みと悲しみも悔恨も、全てを脇に置いて仕方なかったと自分に言い聞かせる行為である、と。
仕方が無かった、なんて簡単な言葉で片付けられる死なんてこの世には存在しない。
··············だからこそ、彼は受け入れられないのだろう。
現実から目を背けているのでは決して無い。
───────彼のそれは間違いなく、大切な人の死と向き合った末の『対峙』である。
彼は死を嘆くのではく、死を背負う事を選んだのだ。
「これが、
俺はイリヤが遺したものの全てを背負い、乗り越えて進んでいくのだと·············そう、決めたからな」
そう言って、彼はわたしの頭に手を置いた。
大きくて暖かい感触が手のひらを通じて伝わってくる。
─────彼は今まで、頑なにわたしに触れようとしてこなかった。いつだってどこか触れる事を躊躇っていて、一線を引いた接し方をしていた。
そんな彼と今こうして触れ合っているという事が心臓の鼓動を跳ね上げる。
「──────ありがとう、
見覚えのある、柔らかい笑顔。
わたしの懊悩はやはり見抜かれていたらしい。
その言葉に、もう翳りは無かった。
吹っ切れたとは言い難いかもしれい。しかし文字通り、彼は悠久に続いた問答への答えを得たのだ。
「あ··························っ、」
涙。瞳から零れた透明な雫が頬を伝い落ちる。
涙腺の決壊はそれだけで終わらず、堰を切ったように溢れ出した涙はすぐに頬を濡らす。
月の輝きを映した涙は淡く光を放ち、キラキラと水晶の如く輝いて見えた。きっとそれは、今まで抱えていた不安に対する涙だったのだろう。
─────そっと、彼の指がわたしの涙を拭う。
顔を上げると、少し苦笑気味な笑顔を浮かべた彼が居た。
頭に置かれた手はそのままに、優しく幼子を宥めるかのような手つきでわたしの頭を撫でている。
わたしは我慢できずに、顔を押し付けるようにして彼の胸へと飛び込んだ。
「っ················怖かった、怖かった、よ·············」
「──────そうか。不安にさせて、悪かった」
彼の穏やかな声が耳朶に響く。
震える身体に、彼の逞しい腕が回される。
それだけで寒さと震えが遠ざかって、胸が暖かくなった。
「落ち着いたか?」
「う、うん·················その、ごめんなさい」
「謝るのはこちらの方だよ。最初に君に言われたように、私は君をイリヤと重ね合わせてしまっていた。君からすれば、それは呪いにも等しいものだっただろう。そんなものを関わりのない君に背負わせていた事は、本当にすまないと思っている」
「でも、そんな事·················」
「───────だから、これからはしっかりと『君』を見据えることにしよう。他の誰でもない、君という唯一無二の存在を、な」
─────それは、ある種の決別だったのかもしれない。
もう彼の瞳には、彼が愛した銀雪の少女は映らない。
乗り越えるとは恐らく、そういう事なのだと思う。
胸に押し付けていた顔を上げた。
わたしは瞳だけで訴える。本当にそれで良いのか、と。
「良いも何も、本来その形が一番正しいだろう。
この運命を君に背負わせるには、あまりにも酷だ。
それに君を巻き込む事は出来ない。私に成すべき事があるように、君には帰る場所がある。故に、君を巻き込むような真似は出来ない。だから大人しく、私にイリヤと呼ばれてやってくれ」
どこか悪戯っぽく笑う彼に、胸が締め付けられた。
しかし同時に胸がきゅん、と甘い疼きを発する。
──────嬉しかった。
ようやく『わたし』を本当の意味で見てくれた事が、何よりも嬉しかった。
暖かい幸福に包まれている。
彼の身体は暖かくて、とても落ち着いた。
だからだろう。ゆっくりと、徐々に瞼が落ちていく。
弛緩した身体が眠気を訴えている。
何とか抗ってみるけれど、どうやら勝てそうになかった。
「───────おやすみ、イリヤ。遅くなり過ぎてしまったが、ゆっくり眠るといい」
その言葉を最後に、暖かい眠りに落ちていく。
これはきっと、夢も見ないほど深い眠りに違いない。
─────おやすみ、お兄さん。
わたしはその言葉を最後に、暖かい眠りの中へと完全に意識を断絶させた。
遠くの空には、夜明けを告げる黄金が差している。
淡い金色のヴェールがまるで見守るように、柔らかく二人を包み込んでいた。
人の死は受け入れるものではなく乗り越えるものだというのは少し自分の体験談も入っています。
曾祖母が亡くなった時に、寿命だし仕方がなかったんだと自分に言い聞かせて何とか納得したのですが、このエミヤくんがそんなふうにイリヤの死に納得出来るかと言われたらそんなわけ無いよな·············と思った所存です。
次回は戦闘&遂に単語だけなら何度も出てきてる奴が姿が表すかもしれない·············次回をお楽しみに!
早く大学生になりたい············