【完結】幕間の物語 『贋作者と魔法少女/夢幻虚構結界:冬木』 作:耳 a.k.a 腐れケバブ
ゴールデンウィーク明けには投稿しようと思っていたのですが、模試、中間テスト期間、そしてそれが終わったらまた模試という怒涛の試験ラッシュでなかなか時間が作れず···················
書かなかった期間が多いせいで会話や地の文に多少、あるいは多大な違和感があるかもしれませんが、ご指摘を頂ければ修正致しますのでよろしくお願い致します。
───────かつて、一つの選択が行われた。
一人の男は愛する女性を失った失意の中、虚ろな心で聖杯戦争を勝ち残り、聖杯を手中に収めた。
手に入れた聖杯を壊すか、使うか。
それが、一人の少年に委ねられた選択だった。
結論から言おう。俺は、聖杯を破壊した。
セイバーの手も借りず、心の内に蔓延る迷いを断ち切るように、俺は俺自身の手で聖杯を破壊した。
しかし、思うのだ。もしもあの時、聖杯を使う事を選択していたら、どんな未来が訪れていたのだろうか、と。
─────その答えが、目の前にある。
衛宮士郎。俺がついぞ選ぶ事はなかった未来を選んだ、もう一人の『俺』。正義を捨てて、イリヤだけの正義の味方になると決めた男。そしてその果てに、『悪』を背負ったモノ。
「·································································」
果たして、どちらの選択が正しかったのだろう。
共に、同じ一人の少女を愛した。
共に、その少女を失い絶望の底に堕ちた。
そして────俺は少女の命を諦め、『奴』は諦めなかった。
それだけが、俺と奴の違いだったのだろう。
「っ·············································!!」
─────ああ、なんて酷い話だろう。
古い鏡を見せられているかのようだ。
その選択は、俺と対極である。
しかし対極にあるからこそ、ソレは俺と同じ存在であると言えた。すなわち、表と裏。光ある所に闇が生まれるように、対極にある遍く存在はその全てが影響し合っているのだ。
それが、ただ反転させただけの同一存在であるが故に。
──────僅かに少年の面影を残した、その姿。声はどこか錆び付いていて、口調はもはや別人のそれと化している。しかし、それでも分かってしまう。
幾ら人格や見た目が変わろうとも。
──────その在り方は、変わらなかったのだろう。
「ひ、がん···················?どういう、事?」
「そんなの、決まっているだろう?俺達のイリヤをこの手に取り戻すんだ。それが、俺達の悲願。悠久の時を経て成就する、奇跡なのだから」
男はさも当たり前のように口にする。
─────話が噛み合っていない。
まるで、奴の悲願とやらがこの世全ての人間にとっての福音だとでも言うかのような口振りだった。
異常。この一言に尽きる。衛宮士郎という男が元来持ち合わせていた異常性を反転させると、ここまでのモノが生まれるのか。
「え、と·························」
イリヤは混乱していた。兄と同じ姿を持つモノがいきなり目の前に現れ、意味の分からない事を言っているのだから無理もない。しかし、形容し難い恐怖だけは感じているのか。イリヤは奴から少しずつ後ずさり、距離を取ろうとしていた。奴はイリヤの反応に不思議そうな顔をする。
「どうしたんだ、イリヤ?」
「ッ─────────!」
その言葉に、イリヤは顔を恐怖に染め上げる。
悪意や殺意があった訳では無い。
その逆だ。奴は至極真っ当な顔をして、得体の知れない言葉を発しているのである。
「どうして、怖がるんだ?」
色の抜け落ちた声がした。冷たいとはまた違う。
本当に、奴には分からないのだ。
どうしてイリヤが自分を見て恐怖を感じているのか、奴には理解する事が出来ない。
「───────早く、こっちに来るんだ。こっちに来れば、イリヤは救われる。救済を、遂げられるんだ。だから、早く。早く俺の傍に」
奴が手を伸ばす。その手はイリヤに向けられていた。
いや、手だけではない。瞳も、言葉も、何もかも。
奴はイリヤにしか、意識を向けていなかった。
同じく状況が読めないまま固まっているクロや美遊、そして俺の事は意にも介していない。
───────否、本当の意味で言えばイリヤにだって興味を示していなかった。
それが、イリヤが感じていた恐怖の正体。
奴はイリヤを見ながら、イリヤの事を見ていない。
奴に必要なのは、イリヤの
「おにい、さん························?」
前に出る。奴から庇うように、イリヤの前へ。
「下がっていたまえ。アレは、君が相対して良い相手ではない」
「で、でも··························あの人は···················」
─────あの人は、苦しんでる。
イリヤの心は恐怖と憂慮の中で揺れ動いていた。
苦しんでいる人を放っておけないその優しさは、イリヤの美徳だと俺も思っている。
しかし、今の奴に必要なのはそんな優しさでは無い。
奴の言う『救済』がどんなものなのかを知る俺だからこそ、それを確信出来た。
イリヤの頭にポン、と手を置く。
大丈夫だ、と言外に告げる。
「─────悪いが、そういう訳だ。この子を貴様に渡す訳にはいかない。そう易々と渡しては、我がマスターに何を言われるか分かったものでは無いのでね」
両手には干将・莫耶。胸に固い決意を刻み、俺は自身の闇とでも言うべき存在と対峙した。
奴の瞳がようやくイリヤ以外のものに向けられる。
最も、それは明確な憎悪に歪んだ瞳であったが。
「·························離れろ。今すぐにイリヤから離れろ!!!全てを投げ出した半端者の贋作者が、俺の邪魔をするなぁッ!!!!」
「ふん。耳が痛い話ではあるが、私とてこんな破綻した舞台に興味は無い。だが、私には彼女達を然るべき場所に帰さねばならない責任があるのでね。それは間違っても、貴様の膝元などでは無いぞ狂人」
奴の憤慨を一笑に付す。
有り得たかもしれない結末を、否定する。
イリヤを渡す訳にはいかない。
悲願。救済。そんな綺麗な言葉で取り繕ってはいるが、俺の推測が正しければ奴のやろうとしている事はそんな綺麗なものではないからだ。己の思惑が看破されている事に思う所があったのか、奴は激昴を微かに収める。
「アーチャー·················俺はお前を召喚した覚えはない。なのにどうして、お前がここに居る。この世界にはもう
「っ、待て。抑止力が働かないだと?」
抑止力に召喚されたという認識は確かに無かった。
しかし、抑止力が働かないとはどういう意味だろう。星を運営する上で抑止力の存在は不可欠のはずだが──────
「ああ、そうだ。今更抑止力が介入するはずもない。
だというのに─────何故、貴様がここに存在し俺の邪魔をする。そこの2人が引きずり込まれたのはまだ頷ける。物理的な距離が近かったという事もあるのだろうが、聖杯という同じ性質を持つ同士だ。引かれ合うのは道理と言える。しかし、貴様に関しては理由がない。道理ではない。ここは俺の世界だ。俺の許しを得た者しかこの世界へ立ち入る事は叶わない。だからもう一度聞くぞ、アーチャー。どうして、貴様がここに存在する?」
そこの2人、というのはクロと美遊の事か。
確かに共通点があるならば引かれ合うのは道理だろう。
しかし、今思えば奴の言う通り俺が呼ばれた理由だけは謎のヴェールに包まれたままだった。
一体、俺は何処の誰に召喚されたというのだろう?
「························いや、今考えるべき事ではなかったな」
一瞬揺らぎかけた思考を取り纏める。奴にさえ分からぬ事柄が存在したとて、俺のやる事は変わらない。
奴がイリヤを狙うというのなら、その思惑ごと叩き斬る。
それだけで、今は充分だ。
「························お兄ちゃん。聞く限り、そう気軽に呼べるような存在じゃなさそうね。お兄さん、わたし達はどうすれば良い?」
「君達はイリヤの傍に。─────私が、奴の相手をする」
「1人で戦うつもり?その、上手く言葉には言い表せないんだけどあの人からは、何か·····························」
クロが、言葉を彷徨わせる。
その認識は俺も間違っていないと思う。
敵の戦力が未知数、というのは以前にも話した通り。
そして俺達をこの場へ誘い込んだという事は、向こうには何かしらの策がある事に他ならない。
そんな俺達の思考を知ってか知らずか、奴はこれが最後だとでも言うかのように、もう一度感情を消した声と表情で問いかける。
「───────もう一度だけ、もう一度だけ聞く。
イリヤ、俺の隣に来るんだ。お前はそんな『半端者』と共に居るべきじゃない。俺だ。俺にしか、イリヤは救えない。ああ、そうだ。そこの忌々しい半端者なら理解出来るだろう!イリヤを救えるのは俺だけだ!この方法なら、絶対にイリヤを救える!だから、俺の元へ·····························!!」
イリヤに向けられたその言葉は、もはや慟哭に近かった。憐れな一匹の獣の慟哭。
それは、揺れていたイリヤの心を動かすに事足りる。優しい少女はこう思ったハズだ。
苦しんでいる彼を救いたい、と。
「わたし、は································」
イリヤが震える足で一歩を踏み出す。
それが少女の選択だった。
苦しむ彼を見ていられない。その苦しみから解放する事が出来るのならばと、少女は奴に歩み寄ろうとしていた。
それが少女の選択である以上、俺に止める権利など無いのかもしれない。しかし···························
「───────
これだけは、奴に問わねばならない。
「貴様は言ったな。イリヤを救済出来るのは自分だけであり、その事を私ならば理解出来るはずだ、と。それは何故だ?何故、貴様はそのように考えた?」
「何故、だと?そんなの決まっている。貴様だって後悔しているはずだ。イリヤを死なせてしまった事を、あの子を幸せにしてやれなかった事を。なら、どうすれば良いのか。どうすればあの子を幸せにしてやれるのか。答えは簡単だ。─────そう、死んでしまったのなら、
イリヤ達の間に戦慄が走る。
─────俺だけが、その答えを知っていた。
何故ならそれは、俺が一度捨てた選択肢だったから。
聖杯戦争に勝利した後、衛宮士郎に残された選択は2つあった。聖杯を使うか、壊すか。
結論から言えば、奴は聖杯を使ったのだ。
イリヤを生き返らせるため、決して触れてはならない奇跡に手を伸ばした。故に、対極。俺と奴は同じ存在でありながら、決して交わる事の無い時針だった。
「そんなの···················おかしいよ。だって、そんな──────」
「おかしい?」
イリヤは震えながらも、言葉を絞り出す。その言葉を耳にした奴は聞き捨てならないとばかりにイリヤへと鋭い視線を向けた。
「おかしい事なんてあるものか。イリヤの死は誰にも望まれなかったものだ。俺は勿論、セイバーも、遠坂だってその死を悔やみ悲しんでいた!そんな、誰も幸せにならない結末を拒んで何が悪い!そんな結末を無かった事に出来るのならば、縋り付くのが当然だろう!!!」
─────ああ、誰だって同じだ。
大切な誰かの死はとても受け入れ難く、出来ることならばその死を無くしてしまいたいと考えるのはおかしな事ではない。俺とて、かつて自分の願いを天秤にかけて、懊悩した。
「おかしいのは、お前の方だろうアーチャー」
奴の矛先が俺へと向く。
その声は怨嗟を孕み、澱んでいた。
「お前はイリヤを愛していると言いながら、イリヤを救う事を諦めた半端者だ!!何故だ、何故彼女の命を諦める事が出来た!?お前はイリヤの死を何とも思わなかったっていうのか!?」
「···············································」
「答えろアーチャー!!お前は、どうしてイリヤの命を諦める事が出来た!!お前は俺であるはずなのに、どうして道を踏み誤ったんだ!!」
半端者。ああ、奴の言う通りだ。俺という存在を表すもので、これ以上の言葉はない。
いつだって、俺は間に合わなかった。抑止の守護者という機械に成り果てた今とて同じだ。
何もかも中途半端な、憐れな贋作者。だから、そんな俺が出す答えは、きっと変わらず中途半端なのだろう。
「──────イリヤを生き返らせる。無論、その願いが浮かばなかった訳では無い。貴様の言う通りだ。あんな、誰も望まなかった結末を無かった事に出来るのならばその方が良いに決まっている」
「それが分かっていながら、何故────────!」
「貴様の姿を見て気付いた事が一つだけある。俺はその選択を選ばなかったんじゃない。
そう。俺は、選んだのではない。
─────時は遥か昔。俺がまだ、衛宮士郎であった時に遡る。聖杯戦争に勝利した俺が、聖杯と相対していた時だった。
『·······················イリヤを生き返らせる事は、聖杯をもってしても難しいでしょうね。遺体が残っていれば別だっただろうけど、完全な死者蘇生は魔法以上の奇跡だもの。その上で、貴方に聞くわ。貴方は聖杯を使って、イリヤを蘇生させる?それとも───────』
『···················································俺、は』
『シロウ、時間がありません。もしもシロウがこの聖杯を使わないというのなら、我が聖剣をもってこの杯を破壊します』
『································選べ、ない。俺は選べないよ。だって、イリヤを生き返らせる事は、イリヤへの························!!』
『······························良かった。それが分かっているのなら、貴方は狂気に呑まれる事はないもの。貴方に決断出来ないというのなら、私が聖杯を破壊する。─────アーチャー、お願い。』
『·····························承知した』
空を穿つ一条の光。アーチャーのそれが聖杯を貫き、微塵も残らず破壊し尽くす様を俺は黙って見詰めていた。
イリヤを生き返らせる。その願いが浮かんだ瞬間、俺はその願いだけは、絶対に叶えてはいけないような気がしたのだ。
理由は分からなかった。
しかし─────『答え』を得た今だからこそ、気付けた事がある。
「選ばなかった、だと?」
「そうだ。イリヤを生き返らせたい。その願いは紛れもなく本物で、故に
───────俺が歩んでいた道は、決して間違ってなどいなかったのだと」
俺と奴。果たして、どちらの選択が正しかったのか。そんな事は、俺の預かり知る所ではない。
今の自分がイリヤに誇れるような道を歩んでいると、胸を張れる。それで、いいのだ。
もう一度、俺は一歩踏み出した。
イリヤを守るように、両手に握る干将・莫耶を構える。
「──────イリヤが託してくれた『願い』を踏み躙るような輩に、この子は預けられない。悪いが、貴様の救済とやらはここで阻ませてもらうぞ」
「願い、だと····························?」
「分からない、か。無理もあるまい。私とて気付けたのは後になってからだからな。その道を歩んできたお前なら尚更の事だ」
「ッッ································!!!!」
ギリ、と歯噛みした奴は後方へと跳躍した。
憤怒の色に顔を染め上げ、眦を釣り上げている。
「─────最後の、問いだ。俺の隣に来てくれ、イリヤ。俺達の救済を果たすためには、お前が····························」
縋るような奴の言葉は、しかし、
「─────ごめんなさい。貴方の隣には行く事は、出来ません」
揺れる心を押し留め、確固たる決意と覚悟を宿した一人の少女の言葉によって、拒絶される。
もう身体の震えは止まっていた。
その堂々たる様子に俺は目を見張る。
そんな俺とは裏腹に、小さな笑みを漏らしたのはクロと美遊であった。
「ようやく決意出来たようね。毎度の事ながら、そこに辿り着くまでが遅いのよ」
「けど、一度決意を固めたイリヤは強い。それは、わたし達が良く知っている。──────行こう、あの人を止めなきゃ。それが彼を救う事が出来る、唯一の方法だと思うから」
きっとそれは、彼女達が幾度となく見てきた背中なのだろう。勇気を振り絞って立つその姿は小さくも、頼もしい。
イリヤはルビーを構えて、真っ直ぐ奴の瞳を見据える。迷いのない紅の瞳が、奴の双眸を射抜いている。
「─────わたしには、貴方がどんな気持ちでその選択をしたのか分からない。どんなに辛く悲しい出来事だったのかも、分かるだなんて、気安く言っていいものじゃない事も。けど、これだけは分かるよ。『彼女』が今の貴方を見たら、きっと貴方と同じぐらい、悲しむって」
「··················································」
「だから、ここで貴方を止める!わたしは、貴方の救いになんてならない!」
その言葉は、奴にとって刃そのものだっただろう。
ぐらり、と大きく上体が揺れる。
踏み留まろうとたたらを踏んだ奴は、5mほど後方へ後ずさってから顔を上げた。
──────感情が失われた双眸。
色の無い視線で俺達を見ている。殺気も何も込められていないはずのその視線に、俺の背筋にゾクリとした冷たい感覚が走った。
「·········································本当は無傷で手中に収めたかった所だが、仕方ない。ああ、最初からこうしておけば良かったんだ。真に必要なのは、君の
夜気に響く虚ろなる声。
その声には、感情らしい感情が欠落している。
─────それも当然だ。
正義の味方という使い捨ての機械が英霊エミヤの在り方だとするのなら、奴は
衛宮士郎の本質は『機械』だ。
願いの根底には確かに感情が存在するものの、何か一つ目的を定めた以上、どれ程時が経過し心身が摩耗しようともその目的に向かって走り続ける『機械』だ。
衛宮切嗣から受け取った正義の味方という夢に向かって、愚直に走り続けた事からもそれは分かるだろう。
つまり、イリヤを手中に収めるという目的を掲げた以上、奴は感情すら捨ててそれを成し遂げんとする。
「──────令呪をもって、我が傀儡に命ず」
ドス黒い光が奴の腕から発せられる。
見るとそれは、左腕を埋め尽くさんという勢いで刻まれた令呪だった。
かつて俺も宿した事のある令呪を中心に、絡み付く茨の如き紋様が伸びている。
その令呪が、かつて無いほどに邪悪な光を灯していた。
「───────来い、
その輝きを、宣告と共に解放する。
硝子細工の如く、一画の令呪が砕け散った。
眩い光に目を細め、収まると同時に目を開く。
─────視線の先に黒い、鉄塊が鎮座していた。
その体躯を覆う筋肉は鎧の如くゴツゴツと隆起しており、まるで巨大な岩、あるいは鉄塊が立ち塞がっているかのような錯覚に包まれる。
胴体が巨大な岩石だとするならば、そこから伸びる一対の黒腕は屹立する巨木だろうか。
丸太の如き両腕は人のそれを優に超えており、手には岩を削って造られたと思わしき巨大な剣斧が握られていた。ソレが放つ一撃は万物を灰燼に帰す破壊槌の如き威力を誇るだろう。
その筋肉は顔面にすら及んでおり、鼻梁も口元も岩のような筋肉に覆われているせいか、顔の輪郭を曖昧なものにしている。
なのに炯々と鋭く灯る双眸だけが、鐡色を纏う巨躯の中で一際強く存在感を放っていた。
──────サーヴァント、バーサーカー。
真名をヘラクレス。筋肉の鎧を纏ったその巨人は、奴の傍らで奴に従属するかのように膝を折り、
「──────それが、貴様のサーヴァントか」
「いや、コイツはまだ未完成だ」
「っ、?」
未完成。妙な言い回しだと、俺は思った。
それは、まるで────────
「─────沈め」
たった一言。その一言で、バーサーカーの巨躯が地面から噴出したドス黒い泥に呑み込まれて、見えなくなった。
「ッ!?」
泥の奥から放たれたバーサーカーの咆哮が耳朶を打つ。
やがてその断末魔すら聞こえなくなり、じぶじぶと泥が肉を侵食していくおぞましい音だけが聞こえていた。
絶句したまま、俺達は泥に呑まれたバーサーカーを固唾を呑んで見詰める。そして───────
「··················································」
『ソレ』は、泥の中から姿を現した。
────赤く、黒く。
漆黒の身体全体に、赤い溶岩のような動脈が走っている。
炯々と光を放っていた双眸は片方が泥に塗り潰されて機能を無くし、握っていた剣斧は一回り大きく、そして禍々しい雰囲気を放つ戦斧と化していた。
「ッ──────!?」
ギシリ、と背中が軋む。目の前に顕現したバーサーカーは、それ程までの圧力を纏っていた。
瞬時に悟る。コイツは、俺達だけで立ち向かうにはあまりにも強大すぎる相手だ、と。
「■■■■■■■■■■■■─────!!!!」
迸る咆哮。
「ッ、」
「は、今更身構えても遅いんだよ。
──────やれ、バーサーカー。イリヤ以外の生命体全てを粉砕しろ」
奴の声と同時、バーサーカーの巨大な身体が掻き消えた。
砲弾の如き跳躍。落ちてくる。殺意なんて遥かに超越した純然たる暴力が俺達目掛けて落下する─────!!
「くっ」
咄嗟に、イリヤ達を庇うように前へ出る。
右手の莫耶と左手の干将を交差させ、頭上から振り下ろされる巨大な戦斧を迎え撃たんとする。
──────しかしそれは、バーサーカーに対しては暴風に晒された木の枝にも等しい。
激突した瞬間、俺の身体は吹き飛ばされていた。
溶けるように流れる視界の中で、砕け散った干将と莫耶の破片が後方へと散っていくのが見えた。
なんて、膂力。一秒の拮抗すら許さずバーサーカーは俺の干将と莫耶を砕き、俺の身体を吹き飛ばしたのだ。
ミシリと身体の芯が嫌な音を立てて軋む。
あまりに圧倒的な力量だったのが幸いだったのかもしれない。俺にもう少し膂力があれば拮抗した分、逆にダメージを負っていただろう。
しかしそうでなくとも今の一撃は効いた。
一歩間違えれば、両腕がへし折られていただろう。
「っ、下がれ!一撃でもまともにくらえば即死は免れんぞ!」
続く第二撃目を今度は躱し、固まったままのイリヤ達へと警告を飛ばす。その声で我に返ったのか、イリヤと美遊は上空へ飛び上がりクロは後方へと飛びずさる。
「っ、図体の割に良く動く·····················!」
縦横無尽に振るわれる戦斧はまさに暴風。
元のバーサーカーを遥かに上回る速度と膂力は、俺に反撃を与えさせてはくれなかった。
「ぐっ································!!」
完全に回避し、完全に受け止めたと思った一撃でさえ余波によって身体が削られ、全身の骨が軋みを上げる。
赤い外套の下は、既に血と汗に濡れていた。
「この··························っ!」
「いい加減に、して!」
バーサーカーの顔面に突き刺さる桃色と蒼色の閃光。
イリヤと美遊が放った魔力砲はバーサーカーを傷付けるにはあまりにも軽い攻撃だった。しかし、眩い閃光はバーサーカーの視界を刹那の間だけ奪い去る事に成功する。
その一瞬が、反撃の機会だった。
バーサーカーの動きが止まると同時、俺は地を蹴り、巨人の懐へと踏み込んだ。
干将・莫耶を走らせる。夜気に刻まれる黒と白。
──────泥によって腐った身体は、元の硬質さを失わせているようだった。干将・莫耶がバーサーカーの体表を削る。直後、頭上目掛けて振り下ろされた戦斧を俺は身体を捻って回避する。
追撃は来ない。クロの放った矢が、バーサーカーを爆風に包み込む。
「大丈夫ですか、お兄さん!?」
「ああ、何とか大丈夫だ。済まない、援護助かった」
俺の返答に、イリヤと美遊は安堵の息をこぼす。
あの援護が無ければいずれあの戦斧によって身体を砕かれていただろう。
「やっぱり硬いわね。結構クリティカルで良い一撃が入ったと思ったんだけど」
クロの放った矢、俺の干将・莫耶の刃はバーサーカーの身体の体表面を削る事には成功したものの斬り裂くまでは叶わなかった。鉄の如き硬度を有する巌の身体の前には、それも当然だろう。泥に呑まれたとて、その頑強さは健在という事か。
ほう、と感心したような奴の微かな息遣い。奴は何をするでもなく、バーサーカーの後ろで戦場を俯瞰していた。
─────それが、妙と言えば妙だった。
これまで身を焦がす程の妄執に駆られていたであろう奴が何もしてこないだなんて······························
「──────もう、今の攻防で理解しただろう。お前達ではバーサーカーに勝てはしない。その様子では、命を一つ削れるかどうかすら怪しいぐらいだ。それでも、立ち向かうと?」
思考を中断する。奴の言葉は正しい。今はまだ危うい均衡を保っているものの、いずれ破綻するのは目に見えている。
傍らで浮遊するイリヤが、きゅ·········っ、と何かに耐えるようにステッキを握りしめた。
──────イリヤは、きっとこう考えているはずだ。
自分の身を差し出せば皆の命は守れるんじゃないか、なんて馬鹿げた事を。
「───────だから、イリヤを引き渡せと?悪いがそれは無理な相談だ」
もう一度、干将・莫耶を構え直す。
─────内心では、焦燥を感じていた。
バーサーカーの力は規格外だ。俺達だけでは倒す事はおろか、撤退する事も叶わない。
「····································往生際が、悪いんだよ」
どこか寂しげな声がした。
瞬間、バーサーカーの巨躯が消え失せる。
否、消えたのではない。その速さ故、消えたというふうにしか認識出来なかったのだ。
バーサーカーの戦斧が神速をもって振るわれる。
干将・莫耶を交差させ、辛うじて受け止める事に成功した。
─────しかし、長くは持たない。
一瞬の拮抗の後、干将・莫耶が砕け散る。
そのまま、地面へ叩き付けるように振るわれたバーサーカーの戦斧が俺の胴体を薙ぎ払った。
「っ、ぐ······································!!!!」
漆黒に穢された刃は俺の胴を斬るというより抉る形で袈裟に抜けていった。
咄嗟に刃の動きに合わせて身を捻ったからだろう。胴体は両断される事は無く、しかし刃は決して浅くない傷を俺に負わせた。
──────叩き付けるように振るわれた戦斧は、そのまま地面へと着弾する。
粉砕、と呼ぶのが相応しい。
戦斧は地面を粉砕し、その破片を散弾の如く全方位へと撒き散らした。
「きゃ·····················っ!?」
イリヤ達の悲鳴が聞こえた。
直撃せずとも、地面を中心に拡散する余波だけで華奢な身体は吹き飛ばされてしまったようだ。
俺も同様。戦斧によって抉られた身体は言う事を聞かず、無様に吹き飛ばされた。
吹き荒れた暴力は止み、静寂が闇の中に満ちる。
─────視界の端に真紅が見えた。
間違いなく俺の血だ。無様に寝転がっている俺の胴体から流れた血が地面を侵食している。
「が、ふ」
血の塊を吐き出した。それと同時に、視界が狭窄する。
奴からすれば僅かに触れた程度。
──────しかし、それだけで俺の命を削り取るには事足りたようだ。抉られた傷から、冷気が侵入してくる。
全身が茹だるような灼熱に覆われているというのに、その傷だけが極寒じみていた。
「い、た·····························」
横で何かが動いた。イリヤだった。
あの破壊に巻き込まれたのだろう。色鮮やかな衣装は土と泥で汚れ、白磁器を思わせる白い肌には無数の擦過傷が刻まれていた。
つう、とイリヤのこめかみを伝う赤い雫。
─────それは間違いなく、イリヤの血だった。
美遊とクロも、同じ。
バーサーカーが引き起こした破壊によって傷付き、血を流し、苦しんでいる。
「·····························································」
ズギン、と鋭い痛みが走る。
気が付けば俺は上体を起こして、投影した干将・莫耶を血が滲む程の力で握りしめていた。
─────立ち上がろうとする度に命が削られる。
しかし、構わない。傷口から侵入してきた冷気は思考までもをクリアにしてくれたようだ。
無駄な思考は消え失せる。
─────ただこの剣を奴の身体に叩き込む事しか、考えられない。
「···························諦めろ、と言っているのが分からないのか。その身体では彼女達を守るどころかここから逃げる事もままならないだろう。身に染みて分かったはずだ。これが俺の覚悟、そして力だ。カルデアなんて代物が総出でかかってきたとしても俺を止める事は叶わないだろう。それを、たった4人。しかもそのうち3人は殆ど荷物状態と来た。そんな貧相な戦力で何故立ち向かう。どうして、俺の邪魔をする───────!!!」
その言葉に、動きを止める。
奴が発した言葉。その微かな違和感に、俺は気付いたような気がしたからだ。
「·····························は。まるで、私達にこれ以上立ち向かってきて欲しくないとでも言いたげな口振り、だな。そんなにも圧倒的な武力を有しているのならば、いつでも邪魔者を殺せただろうに。どうして今更、私達にそんな悠長な問いを繰り返し投げ続ける。本当に殺せるのならば手っ取り早いだろう。まずは私から殺してみるがいい、『半端者』」
「ッ、貴様───────!!!」
奴の顔が憤怒に染まる。
─────それを、俺は冷たく見詰めていた。
どこか、空虚。怒りと悲しさが螺旋を描いている。
この胸に去来する感情は、何だと言うのだろう。
「殺れ、ソイツを殺せ!バーサーカー!!!!」
咆哮を上げて、迫り来る巨躯。
─────剣を構える気にも、なれなかった。
何故なら、コイツは··························
「お兄さん、逃げて!!!」
美遊の悲痛な声が聞こえる。
──────逃げる訳には、いかない。
刹那の逡巡の後、剣を構える。
しかし、どうあってもバーサーカーと真正面からの剣戟を交わす事など出来まい。
「ッ─────────!!!!」
干将・莫耶とバーサーカーの戦斧が激突する。
緋色の閃光が闇夜を照らし上げる。
砕け散る干将・莫耶。
その膂力の前に体勢を崩す。
それは間違いなく、先刻の焼き直しだった。
戦斧が落ちてくる。容赦など皆無。直撃すれば間違いなく霊基ごと粉砕される死の一撃。
─────そう、分かっていた。バーサーカーと単騎で真正面から斬り結ぶのは不可能だ。
ならばどうするか。答えは簡単だ。
「ハァッ────────!!!!!」
簡単な足し算だ。単騎では無かったら。或いは、その絶望的な状況を打破出来るかもしれないというだけの事。
───────俺と戦斧の間に割り込む一陣の疾風。
それは俺との激突によって一瞬勢いが弱まった戦斧と激突し、銀色の閃光を迸らせながらバーサーカーの戦斧を押し戻し、その巨躯に袈裟の斬撃を叩き込んだ。
「◼◼◼◼◼◼◼───────!?」
突然割り込んできた闖入者が放った一撃にバーサーカーは体勢を崩し、たたらを踏みながら奴の元へと押し返された。
銀色の風が吹き抜ける。
澄んだその輝きが
「──────その身体であの一撃に立ち向かったと思えば、最初から私が割り込んでくる事を予測しての行動だったとは。まったく、豪胆と言うべきか他力本願と言うべきか。不思議な御仁ですね、貴方は」
風のように涼やかなる声が耳朶を打つ。
視界に映るのは月明かりに照らされた金色の髪。
闇を貫かんと燦然と輝く碧玉の双眸が鋭く細められ、漆黒の巨人を射抜いている。
──────月の光に濡れた、その姿。
その姿を、俺は覚えている。
互いの立ち位置が変わろうとも、決して変わらないその在り方を忘れるはずも無い。
いつか、共に夜を駆け抜けた。
薄れて欠けた記憶。しかしそれでも、脳裏に焼き付いた少女の姿が色褪せる事は無い。
──────セイバー。
その気高い立ち姿を、俺はみっともなく尻もちを着いて、まるで遠い星を望むかのように見上げている。
──────それは奇しくも、俺にとっての最初の出会いのようで、自然と笑みが零れた。
「───────私は弓兵だからな。ああいった、猪突猛進してくるような輩を相手取るのならば、君のような剣士が相応しいだろう?」
「しかし、私が助勢に来る保証など無かったでしょう。それなのに、どうしてですか?どうして、私に命を預けるような真似を──────」
「どうして、か。そう問われると返答に困るな。特に理由など無いんだ。君の気配がして、君なら助けに来ると思った。───────ただ、それだけだ」
──────本当に、それだけだった。
何となく、この少女なら助けに来てくれると思ったから。
俺はその勘を信頼しただけの事。
「それが、どうしてなのかと聞いているのです。貴方が私を信頼する理由など少しもありはしないではないですか」
俺の返答が不満だったらしい。
セイバーは今にも斬りかからんばかりの剣幕で俺に鋭い視線と声を飛ばす。
「───────理由ならあるさ」
しかしそれは、遠い世界の遠い時空での話。
目の前の少女が知る由もない、しかし確かに俺の中にある大切な記憶。信頼?そんなものしているに決まっているだろう。
──────かつて彼女に助けられ、そして、同じ夜を駆け抜けた。理由なんて、それで充分に過ぎる。
例え。それが、目の前の少女の知らない記憶だとしても。
「セイバー!ゆっくり話をしている時間はないわ!そこの赤マントと··················コスプレ少女達連れてきて!撤退するわよ!」
何か言いたげだったセイバーだったが、マスターである遠坂凛に呼ばれて俺から視線を外す。
「撤退って···············わたし達はまだ···················」
「万全の状態だろうと今のままではアイツには勝てないわ。これは勝つための撤退なの。今は大人しく撤退しなさい。でないと、貴方達を助けた意味がないわ」
イリヤの抗議を、遠坂凛は素っ気なく突き返す。
撤退自体には賛成だった。このまま無策で勝てるほど、バーサーカーは甘い相手ではない。
「待て。イリヤを渡そうとしない以上、俺はお前達を逃がす訳には·····················」
「うっさい!アンタの都合なんか知ったもんですか!セイバー、ド派手にやっちゃって!」
「了解です。ですが、もう少し離れていてください。そこだと巻き込んでしまいます」
セイバーが不可視の聖剣を掲げる。
その気迫に押されるように、バーサーカーが僅かに後ずさった。
「
掲げられた聖剣から、マトモに前方を直視出来ない程の豪風が迸る。束ねられた風はもはや槍に近い。
岩すら砕くであろう風の奔流が、バーサーカーの身体に殺到する。命を削るには至らないだろうが、それでも足止めには申し分ない。
「今のうちに!」
「─────すまない、助かる」
「礼ならばマスターに。これは全て、マスターの指示ですから」
イリヤ達がついてきている事を確認してから、砂塵が舞う境内を走り抜ける。─────咆哮。
バーサーカーの咆哮が砂塵のカーテンを裂いて、ビリビリと大気を震わせる。
「────
走りながら、地面に剣を突き立てていく。
それと同時に、奴が俺達に向かって疾駆する。
俺達が居る位置まで、恐らく3秒とかかるまい。
一瞬で、開いた距離を埋められる。
しかしバーサーカーの戦斧の射程内に入った瞬間、地面に突き立てていた剣が閃光を放ち、爆発した。
爆炎は瞬く間にバーサーカーの巨体を包み込み、その姿を緋色で覆い隠す。
その間隙を縫うように正門を抜け、俺達は落ちるような勢いで階段を駆け下りた。
「追って、こない···························?」
夜の帳が降りた街は、静寂に満ちていた。
人の気配は皆無。死んだように眠る街を、螺旋の空から覗く銀色の月の光が照らしている。
白く。白く。まるで、街全体を埋葬するかのように。
バーサーカー、そして奴が追ってくる気配は無い。
しかしイリヤへ抱いていた妄執を考えるに、諦めたとは考えにくかった。
「······················何か、理由があると見るのが妥当だろうな」
呟くと同時、ズギン、と忘れかけていた痛みが胴体に走った。サーヴァントの身である故、胴を薙がれたぐらいで消滅する事は無いが、動きが鈍る事に変わりはない。
命に差し障りがない事だけ確認し、俺は遠坂凛とセイバーに向き直る。
「先程は本当に助かった。しかし生憎、君達に返せるものなど何も無くてね。頭を下げる事しか出来ない」
「え?見返りなんて要らないわよ。確かに魔術師の世界は等価交換が常識だけど、今回のは私が助けたくて助けたんだしね」
「成程、心の贅肉というわけか。ふ、君らしいと言えば君らしいな」
思わず笑みが零れる。
『偽物』であるとは言え、やはり何処に居てもこの少女の在り方は変わらないらしい。
「な、何よその含みのある笑いは······················勿論、私だって100%善意で助けた訳じゃないわよ。目的は一緒なんだし少しは利用出来ると思って────────」
「遠坂凛、それは利用ではなく利害関係と言うんだ。そんなもの、こちらから申し出たい所だよ。情けない話だが、私達では奴等に太刀打ち出来なさそうなのでね。君は構わないか、セイバー?」
セイバーは俺を一瞥した後、静かにコクン、と頷いた。
「なんかすんなり行き過ぎて怖いんだけど···················アナタ、随分と物分かりが良いのね」
「私は現実主義者だからな。それが最善の方法だというなら躊躇い無く飛び付くさ」
肩を竦めて答える。────ふと、背中の辺りに妙な視線を感じて振り返った。
イリヤ達が、何故かジトっとした視線を向けてくる。
何か変な事を言っただろうか?なんて事を考えていると、
「······················どうしたんだ、三人とも。まるで君達が自身の兄の痴態について話している時のような目をしているが」
「ううん、別に。ただ、リンと話している時のお兄さんって凄く楽しげだなぁって思っただけだから気にしないで良いわよ。ね、二人とも?」
クロの含みのある言葉に、イリヤと美遊が妙な面持ちで頷いた。何だか凄い誤解を受けている気がするのだが、そんなに楽しそうな表情をしていたのだろうか。
軽い咳払いを一つして表情を引き締めてから、俺は再び遠坂凛に向き直った。
「──────色々あったが、とりあえずこれからよろしく頼む」
「はぁ、何だかアナタも大変そうね。─────ええ、勿論。お互い良い関係を築いていきましょう」
言って、遠坂凛は手を差出してきた。
差し出された手を握り返す。
────微かに冷たい、柔らかく華奢な手。
その感触が、俺にはどこか懐かしく感じられた。
遠坂凛、そしてセイバーと別れた後、俺達は真っ先に武家屋敷へと足を向けていた。
離れていたのは精々3時間程であるにも関わらず、、酷く時間が空いていた気がする。
屋敷周辺を覆っていた泥の膜も既に消滅しており、屋敷はいつもと変わらない様子でその場に鎮座していた。
「·························良かった」
そっと、イリヤが屋敷の壁に手を触れさせる。
それを穏やかな心持ちで見送ってから、屋敷の扉を開け放った。重たい足取りで居間へと移動する。
今日は疲れただろうから今すぐ寝かせてやりたい所だが、生憎そういう訳にもいかない。
何故なら───────
「─────また会えたわね、シロウ」
『彼女』が、居間に居たからである。
イリヤスフィール・フォン・アインツベルン。
『奴』が、衛宮士郎が愛した少女。
少女は固まる俺達に向かって、雪のように儚い笑顔を浮かべていた。
次回、再び過去編(黒幕の)。聖杯戦争を勝ち残った衛宮くんがどうしてこんな街を作ったのか。その過程がイリヤの口から語られる予定です。物語も佳境。あと3、4話程で終わるかなぁと思います。次回もいつになるか分かりませんが、少し落ち着いたので早めに投稿したいと思います!