神樹からの声、予知である【神託】を人類に伝える役目を担う少女達の事。巫女は勇者よりも人数が多く、適性も緩い。未だに適性が謎であり厳しい勇者に対し、巫女は所謂『霊感』が強ければ神樹に選ばれ、巫女となる事が出来る。
霊感の強弱により見える神託はハッキリとしているかどうかが決まる。巫女の人数が多いのには諸説有るが、現在は神託の精度を高める為という考え方が主流である。
『イヤだっ、死にたくないぃ!!』
『クソ、助けられる程の余裕は無い!退け、退却だ!』
『でも、隊長!!』
『良いから逃げるぞ!!総員退却、責任はオレが取る!!』
耳にこびりついて離れない戦火の記憶。目の前でさっきまで戦い、背中を預け合っていた仲間が肉塊に変わる。転がってくる腕は鮮血を撒き散らし、生温かく鉄臭い液体を想真の顔に数滴付けた。また、部隊から1人居なくなった。
「…バーテックス…」
今、想真は生きている。丸亀城の本丸から海を眺めている。顔に海風が当たり気持ちが良いが、少し肌寒い気もする。むしろ、今はその肌寒さがちょうど良い。
隔絶された世界、それが今の人類の生存圏だ。『方舟』とも呼ばれるこの生存圏の名前にはきっと勇者達がバーテックスを打ち破り、まるでノアの方舟の神話の様に世界をやり直したい。そんな祈りが含まれているのだろう。
人類最後の砦、反逆の為の基地。そう言われて神格化されているこの方舟だが、彼からすればただの袋小路にしか見えない。敵が滅ぼすべき人間が散らないように、ただ1箇所に追い立てた様にしか捉えられない自分が嫌になる。
【ゴッドイーター】になって数年が経った。初めは沢山居たゴッドイーターも生き残りはもう自分と、恐らくはもう1人。その1人も今では生きているかどうかすら怪しく、生き残りはもう想真1人と言っても過言ではない現実だ。良い仲間ばかりだった。だから、その仲間を殺したバーテックスは許し難い存在なのだ。
「…橘さん、ここに居たのか」
「……その端末を使えば俺がどこに居るか分かるだろう。それとも何だ、俺が外を眺めちゃいけないとでも言うのか?」
「そんな事は言っていない。隣、失礼するぞ」
座る事は確定事項の様に座る若葉。何か言う気にもなれず、彼は右に動いて彼女の座るスペースを空けた。話を切り出す気は無い想真が立ち上がろうとした時、横から若葉の問い掛けが聞こえた。
「…実戦とは、どんなものなのだろうか」
「……………」
「私達は私達の以前に散っていった勇者とは違い、実戦を知らない。大社の人達も、実戦は知らない。だからあなたに訊くしかない。実戦が、どんなものなのか」
彼は暫し黙る。思い出すのはあの阿鼻叫喚の地獄絵図と怒声、血のニオイ。仲間は居たが、それでも拭えないその記憶から導く結論は1つだ。
「…実戦は地獄だ。俺達も初めはお前達の代わりに人を守ろう、むしろ勇者じゃなく俺達が世界を救おうなんて謳ってた。だが、現実はそうも甘くはなかった」
「……………」
「【星屑】に喰われ、【進化体】に蹂躙され、何人も死んだ。命からがら撤退して、怪我を治してまた出撃。何度も何度も何度も何度も何度も繰り返していく内に、何百人も居たゴッドイーターは1桁代になり、そして生き残りは俺だけだ」
「…私達はあなた達の二の舞になるのか…?」
「……お前達は【勇者】だ。
そこから先は続かなかった。どう続けようとしたのか若葉には解らない。終始無表情で淡々と語る彼の言葉に、彼の意志は見えなかった。まるでわざと自分の表情を消しているかの様な、そんな気がしながらも若葉は中へ入っていく想真の背中を見送る。彼の背中に、とても悲痛な空気を感じながら。
「自主練!付き合って貰って良いかな?」
「…郡か土居を誘え。あぁ、乃木もこれから戻ってくるだろう。だから俺の必要性は無い、分かったな?」
「私はソーマ君としたいの!」
「………………」
部屋に帰ろうとした矢先、想真に飛び込んできたのは友奈のワガママな言い分だ。ワガママどころか理不尽を片足を突っ込んでいるかの様な言い草に想真は昔を思い出す。
ゴッドイーターの中でも虎の子だった想真によく突っ掛かってきた少年、何度も自主練や模擬戦を申し込まれたが刃を交える度に強くなる少年に想真も追い付かれない様にと鍛錬に励んだものだ。その彼は――
「……まぁ、鍛錬不足で死なれても困るからな。やるだけやってやる」
「やったぁ!じゃ、訓練所はこっちだよ!」
案内されたのは屋内訓練所だった。言ってしまえば道場と同じそこは壁に何種類かの武器が立て掛けられており、幾つかの武器は想真ですら見た事が無い武器で、随分と特徴的な武器を使うんだなと思う。
友奈は棚から鉄の籠手を取り出すと装着、布を巻いて構える。女子中学生が使うとは思えない程無骨で、武器だから当然だが物騒なソレに想真は少なからず衝撃を覚える。
掛かってこないのか?そう思うが想真は1つの結論に至る。そう言えば自分は武器を持っていない。きっと友奈は自分が武器を持つのを待っているのだろうと。一通り道場を見回すが、彼が使っていた様な武器は無い。ならそれに似た武器を使おうと、木製の刃が厚い剣を持つ。
「………これで良いか。掛かってこい」
「じゃあ、行くよっ!!」
拳を引く友奈。と思いきや初撃はコンパクトな振りから繰り出される蹴りだった。軽く半身になって躱すと追撃のパンチが襲い来る。嵐の様に絶え間なく繰り出される蹴りや殴打を体捌きだけで躱しながらも彼は驚愕する。
通常、想真の経験則ではあるがバーテックス戦に於いて対人戦の技術は必要ない。必要なら想真が生き残れている訳が無い。だが、目の前の彼女は違う。連携の繋ぎに多少の粗は見えるものの、常人からすれば遥かに高い領域にある格闘技の数々。手慣れているソレは想真の隙を作り出し、その間隙に必殺の拳を捩じ込む事に注力されていた。
適当にあしらって終わらせるつもりだった。だが、もうそんな思考は無い。相手は実戦を知らないが、今の彼にとって友奈は『敵』足り得る事が出来た。だから想真は、その手に握る剣を振るった。
「――っと、危なかったぁ…」
「……加減はする。が、手加減はしない。気張れよ…!」
「望むところ、だよっ!!」
人間離れした踏み込みの速度、ソレを見誤った友奈は腕を構えて防御の構えを取る。が、想真はそのまま攻撃する事は無かった。向けられていた殺気はブラフ、そのまま左に回った彼は友奈の肩に向けて剣を振る。それを剣の腹を殴る事で防いだ友奈だったが、弾かれた勢いを利用しての回転斬りに利き手である右手を痛打され、友奈は顔を顰める。
だが、友奈の右手を痛打した剣も悲鳴を上げていた。ミシリ、と音にはならないが手応えで分かる剣の悲鳴。だが、重さ的に中に鉄棒が仕込まれているであろう剣がそう簡単に折れるなど有り得ない。老朽化と言われればそうたが、実際は数年前に作られたであろうこの木の剣の寿命が早いとも思えない。しかし、想真には心当たりがあった。
――浸透勁か。何とも変わった技術を…
浸透勁とは中国から伝わったとされる、所謂『古武術』に分類される技術だ。蹴りやパンチなどの殴打には衝撃が伴う。その衝撃を余すところ無く全て浸透させる技術、それが浸透勁というものなのだ。腕を殴れば骨に、腹を殴れば内臓に、そして剣を殴れば全体に。100%中100%の衝撃を伝える技、それが浸透勁の極意であり基本である。
が、そんな技など話には聞いた事はあれど現実に有るとは思っていなかった。だから対処法なんて『当たらない』という単純なものしか思い付かないし、更に言えば彼の使っていた剣は特別製で、折れる事など殆ど有り得ないというものだった。そのせいで力任せに振る事も多く、剣術と言った高尚な技など期待出来そうもない。
なら身体能力と磨かれたセンスで差を付ける。そう決定した想真は前へと飛び出す。
「はっや…!」
先程までの受けの姿勢から一転、攻めに転じた想真の剣は疾く、故に大きな威力を持つ。どうにか受ける友奈に攻め立てる想真、段々と2人の得物が限界に近付いていく。友奈の腕は痺れで、想真の剣は耐久力が。
「――っ、ラァッ!!」
裂帛の気合いを込めた斬り上げが、友奈の両腕をカチ上げる。そのまま最上段に構えた剣を全力で振り下ろす。このまま行けば脳天にブチ当たり、怪我では済まないかも知れない。が、温まっている想真はそんな事は頭から吹き飛んでいた。
殺すつもり、ではなく殺す為に振るう剣。それが近付くのを見て友奈の顔に怯えがチラつく。それを見た想真は腕に急制動を掛け、ギリギリで止めようとした。が――
「あいたっ」
剣は折れ、折れた剣先が友奈の頭に軽く当たる。既に剣はボロボロで、中の鉄芯も折れていた。急制動の反動に耐えられなかったのだろうが、それでも軽く当たっただけで良かったと内心胸を撫で下ろす。勇者は人類の希望なのだ、もしも傷付けたとしたら大社が黙ってはいないだろう。
「…俺の勝ちだ…まあまあ楽しかったぞ」
「むぅ…絶対リベンジするからね!」
「…その内だな」
そう言って道場から出る想真。裏表の無さそうな友奈には好感を抱くが、同時に憐れみも覚える。想真達ゴッドイーターは所詮、間に合わせであり紛い物だ。故に一般人がゴッドイーターの存在を知る事は無い。
だが、勇者は違う。神に選ばれた人類の最強の鉾にして最後の盾、それが勇者だ。だから人類を治める為に頻繁にメディアで取り上げられる。つまり勇者はプロパガンダ的な利用価値も高いのだ。それがどういう事を意味するのか、それが解らない程馬鹿ではなかった。
これから勇者達に強いられるであろう行為に彼は、やはり憐れみを抱かずにはいられないのだった。