ゴッドイーターが装着している、赤い大きな腕輪。ファッションの為ではなく、神機を使うに必須である偏食因子を投与する役割を持つ。その機能が停止すると体内のオラクル細胞に侵食され、バーテックスと成る。
心臓や頭と並ぶ大きな弱点だが、当たれば終わる心臓や頭とは異なり、やられればバーテックス化してしまう腕輪の方が弱点としては大きい。
旅行
あれから年が明け、1月になった。幾度のバーテックスの襲撃を危なげ無く捌いた後、神樹から暫くの間は襲撃は無いとの神託が下った。
今居るのは香川県の高松市。四国有数の温泉地であるここに、勇者達と想真は休養に来ていた。本来想真は来るつもりが無く、また大社も想真を連れて行くつもりは無かったのだが、旅行の事を告げられた際に勇者達が嘆願したらしい。想真自身はこの旅行の事を知らず、3日前に突然知らされたのだ。
外れた事が無い神樹の神託と言えど、万が一外れてしまうかも知れない。その危険性を看過する事は出来ず、だからといって勇者のリフレッシュは欠かす事は出来ない。ならば
(…なんとまあ、馬鹿な話だ。大社も馬鹿だが、
事実、この温泉は混浴ではない。想真はそういった邪な気持ちは一切無いのだが、中学生くらいの年頃になれば少し男子を遠ざけたくなるものではないだろうか、と思う。まぁ、それも仕方無いだろう。前に球子を脅そうとした時にキョトンとした表情で返されてから薄々気付いていたが、勇者達は底抜けにお人好しなのだ。だから、あんな半裸で壁ドンしても危機感を抱かない。
(…まぁ、土居は論外だとして伊予島はそういうのに敏そうだが、他はどうなのやら)
確かに杏は恋愛小説を好んでいるが、想真は恋愛小説と官能小説を勘違いしている。恋愛小説には甘酸っぱい青春ラブストーリーが有るが、そういうベッドの上でのファンタジーは描かれていない。つまり杏もそういう事には耐性は無いし疑いもしない、他の勇者と同じという事だ。それに今の想真は気付いていないのたが。
「あんず、お前も育ってないか…?」
「え…まさか、タマっち先輩?」
「問答無用ぉぉぉ!!」
想真は背中に男湯と女湯の仕切りが来る様にお湯に浸かっている。なので後ろから湯船で戯れる音が響き、高く上がった水飛沫が頭に降り掛かる。露天風呂なので少しばかり肩が冷えるので、首までしっかりと湯船に浸かる。
(…いつの間に、湯船にも入れる様になったんだろうか。前はシャワーを浴びる事すら気持ち悪かったのに)
自分がした事を忘れた訳ではない。だが、あの5人と関わっていく内にフラッシュバックは無くなっていた。正確にはそんな陰気な事を思い出す前に球子が勇者の輪の中に連れ込み、想真と話していたのだ。きっと意識している訳ではない、球子自身の性質なのだろう。悩みを聴いてすっきりさせるのが友奈なら、悩みを聴かずに引っ張り回して有耶無耶に出来るのが球子と言えるのかも知れない。
「想真ー?ちゃんと風呂入ってるか〜?」
「…………」
「返事しないとそっちに殴り込んで確認しに行くからな〜?入ってなかったらタマが全力で風呂に入れるぞ〜?」
「やめろ。しっかり入ってるから、絶対に入ってくるなよ」
「ハハハ、冗談だからそうガチな声出すなって!」
「タマっち先輩ならやりかねないから言ってるんだと思うよ?」
「なっ、想真もあんずもタマをどう思ってるんだよ!?」
「球子は私達のムードメーカーだろう?私達には欠かせない存在だな…とは言っても、誰も欠けてはならんのだが」
「流石はみんなのリーダーだね、若葉ちゃん。私もその通りだと思うな!」
「ふふ、想真さんも随分と仲良くなったんですね。私としても嬉しい限りです」
「…………」
やはり、想真からすればひなたはどうにも接しにくいものだ。別に彼女が何か悪事を企んでいる訳ではないし、陰で突き放す様な言葉を言われた訳ではない。想真は机上での戦いは苦手だが、相手が何かを抱えているかどうか程度なら勘で分かる。だからこそ、何かを感じるひなたはどうにも仲良くしにくい。今まで大人の思惑に振り回されてきた想真だからこその感性だ。これに関してはそうそう治るものではない。
「……そろそろ上がるか」
タオルで水分を拭き取りながら更衣室へと歩き出す想真。襟足が首に届く程全体的に長くなった髪を鬱陶しいと思いながら、想真は着替えるのだった。
「あれ?ソーマ君の荷物がこんな所に……運んでおこうかな」
友奈は廊下に放置されている想真のボストンバッグを見つけた。あの想真なら廊下で寝る事すら有り得ると思った友奈はボストンバッグを持ち上げ、自分達の部屋へと運ぼうとしたその時、ボストンバッグから荷物が溢れる。やっちゃった、と落ちた荷物をバッグに詰め込んでいると、写真が有った。5人で写っている写真で、想真の他に4人写っていた。
「…この写真――」
「――何を見ている、高嶋」
「あ…そ、ソーマ君…ごめんなさい!バッグを運ぼうとしたら荷物が落ちちゃって…でも、中身を見るつもりは無かったの!」
「別に、怒っている訳じゃない。見られて困るものは大して……あぁ、コレか」
落ちていた写真を拾い上げる想真。それを見て懐かしむ様な、でもどこか諦めた様な笑みを零す。滅多に無い日常での表情変化だ、いつもなら喜ばしい所だが今回は全く嬉しくなかった。むしろ、どこか悲しくなってくる様な笑みを浮かべる想真を、慰めたくなる程に。
「その人達は、ソーマ君の…」
「あぁ、仲間だった。少なくとも3人は死んでいる。…あと1人、その俺と肩を組もうとしてるバカは生きてるかも知れんが、まぁ生存は絶望的だろうな」
「3人…この女の人達と黒髪の女の人と手を繋いでる人の事だよね。その人達の事は断言出来るんだね」
漏れてしまったその言葉。別に深い意味は無い、単純に気になっただけだった。だが、この言葉を漏らした事を友奈は悔やみ続けるだろう。
「…あぁ。この黒髪の2人は夫婦だった。とても仲が良くて、いつでも一緒に居た。…無数のバーテックスの侵攻を止める為に2人が殿になって、止めた。その2人は出血多量で、手を繋ぎながら死んでいた。幸せそうな顔で、安らかにな」
「…じゃ、あ…もう1人の人は…」
「…死んだ。あの2人は遺体さえ見なければ生きているかも、なんて夢物語を語れたが、コイツだけは無理だ。…コイツは目の前で、死んだ。いや、違うな…」
「え?」
「…俺が殺した。この手で、確かにな」
人殺しという大罪を告白したその目はとても無感動で、仲間を殺したという罪を犯したとは思えない程だった。だが、友奈だから気付けた。いつも皆の輪の中に居ながらも最も客観的に皆を見守っている友奈だからこそ、気付く事が出来た。想真の目は無感動なのではなく、後悔しているからこそ揺れ動かないのだと。
想真は自罰的で、それ故に自分の命を消耗品の様に使う事を厭わない。その奥底には仲間を救えなかった、自分だけ生き残ってしまったという自責が有るからだ。彼は自分が傷付く事を是としている。戦いで受ける痛みは死んだ仲間達からの罰、だから受けて然るべき。言葉にはしない、だが無意識に刷り込んでいる想いが被弾覚悟の戦い方をさせている。
この告白も、きっと想真は罰されるのを待っているのだ。いつも優しい友奈に罪を吐き出す事で、友奈に罵られて軽蔑される事を待っている。それすらも自分への罰にしようと、無意識下に思ってしまうのだ。
「…軽蔑したか?俺は隠し事でお前らを騙して、何も知らないお前らは俺を友達と呼んで笑っていたんだ。何食わぬ顔で、人殺しが紛れ込んでいるなんて気付かずにな」
そう言って、嘲笑って目を瞑る想真。一見すれば友奈を嘲笑している様にしか見えない。しかし、それも違う。これは待っているのだ。友奈に罵られるのを、罰されるのを。
「――私は、何も気にしないよ」
「…随分と嘘を吐くのが上手いんだな」
「嘘なんかじゃないよ。私は何も気にしてないし、気にしない。ずっと、これからもね」
「お人好しを通り越してただの馬鹿だな、お前は。良いか、花瓶を割ったとかそういうレベルじゃない。俺は人を殺したんだぞ?殺人犯が近くに紛れ込んでても気にしないなんて、本当の馬鹿が言う事だろうが」
「でも、仕方が無かったんだよね」
「…は?」
「ソーマ君は優しいもん。自分から殺すなんて事はしないって、それだけは断言出来るよ。ソーマ君は誰よりも優しくて、だから傷付いちゃうって」
「俺が優しいって言うんなら、優しくないヤツはこの世に居ないだろうよ」
「…ソーマ君はそうやって認めないけど、みんな解ってるんだよ。確かに言い方はぶっきらぼうで怖いかもだけど、本当は心配して言ってくれてる事」
「俺はただ未練がましいだけだ。ガキの頃に少しだけ夢見てた正義の味方なんて馬鹿げた理想と、現実の乖離に耐えられないだけのクソッタレが俺だ」
「でも、助けてくれたのはソーマ君だけだったよ」
「俺がいつお前を助けた?お前の気のせいだろう」
「2回目の戦いで。それから危なくなる度に、私の事だけじゃなくて他のみんなも助けてた。ソーマ君からすれば私達が『勇者』だから助けてるだけかも知れないけど、実際に私達はソーマ君に助けられてるんだよ?」
別に、助けている訳ではない。それが仕事、任務だからと言って死なせないようにしているだけだ。ただ償う為に、守れなかった仲間に手向ける様に、守っているだけだ。
頭の中がグチャグチャになる。今まで抱いていた歪んだ価値観の全てが否定されて、友奈の言う暖かなモノに侵される。
だが、その気持ちに蓋をする。マンホールを嵌める時の様にピタリと蓋をして、その乱れる想いを全部押し込める。希望をシャットアウトするのだ。希望なんて夢物語を見た所で、圧倒的で絶対的な現実に叩きのめされるのだから。
「…アイツらも待ってる頃だろう。そろそろ部屋に行くか」
「え、あ、うん」
何も感じていない様に部屋へと向かう想真。まだ想いは届かない。想真の中に『彼女』が巣食っている限り、きっと届く事など無いのだろう…