バーテックスの因子を投与されているだけあり、身体能力は普通の人間より遥かに良い。五感や治癒能力も常人より強化されている。
だが、戦時中のゴッドイーターは常に戦場に居るというストレスと仲間の死が日常茶飯事という環境のせいで精神的ショックを受ける事が多く、それ故に無痛症や摂食障害に陥る事が多かったという資料が残っている。
「スゲー豪華なご飯だな…」
「ホント…こんなに大っきい伊勢海老とか、どれだけ高いか分かんないよ」
「有り難く頂こう。皆が、これだけ私達に期待してくれているという事だろう」
目の前に並ぶ豪華絢爛、見目麗しく食欲を唆る料理の数々。1品だけでも高価であろう料理が多く並ぶ御膳に、球子達が感嘆の声を漏らす。それに若葉が綺麗に纏める言葉を言うが、想真からすればもっと汚い魂胆で言われている事が丸分かりだった。
これはただのご機嫌取りなのだ。勇者が受けているお役目は誰も代わりにはなれない。例えば今の大社のトップが死んだ所で、きっと直ぐに後釜に収まる者が出てくるだろう。今現在でどれだけ強い権力を握る者が死のうが、その空いた枠には誰かが直ぐに成り代わる。だから、代わりが出てくるか解らない勇者に媚を売っておかなければならない。不安で圧し潰されそうだから、そうして人事を尽くして天命を待つという状況にしておかなければ狂ってしまう。謂わばこの料理と待遇は『お供え物』なのだろう。
「まぁ当然ね…私達は、誰にもできない事をしているのだから……」
「まぁ、取り敢えず食べようよ!ずっとこのまま置いておくのも悪いし、ほら!手を合わせて――」
「「「「「「いただきます」」」」」」
友奈の言葉で想真も含め、同時にいただきますを言う面々。刺し身やステーキを美味しそうに食べる中、球子がある問題に直面する。
「…これ、どうやって食べれば良いんだ…?」
御膳の中でも特に目立つ、大きな伊勢海老。頭付きの伊勢海老の剥き方が解らない球子は頭を抱えていた。変に剥くと身が台無しになる故、下手に手出しが出来ない。やり方を知っていそうな杏や若葉は他の料理に舌鼓を打っていて、こんな些末な事で水を差すのは憚られる。後回しにしよう、そう思って他の料理に手を付けようとした時、対面から声が掛けられた。
「…剥き方、分からないのか?」
「…え?」
「伊勢海老、食いたいんじゃないのか。どっちだ?」
「ま、まぁ…食べたいけど」
「なら寄越してみろ。やり方は見せてやる」
「…じゃあ、頼む」
想真に伊勢海老を渡すと、想真は球子が分かりやすく見やすい角度で伊勢海老を剥き、その見事な身を顕にした。その身を球子に渡す――と思われたが、想真は自分の剥いていない伊勢海老を球子に渡し、言った。
「やり方は見せた。やってみろ」
「え、でも失敗するかもだし…」
「良いから、やってみろ」
球子は挑戦してみるが、やはり想真の様に上手くはいかない。残念ながら失敗してしまった伊勢海老を口に含もうとした時、自分の目の前に想真が剥いた伊勢海老が差し出される。見れば、空いた手で自分が失敗した伊勢海老を要求しているではないか。
「な、なんだよ」
「挑戦はしたんだ。失敗したとしても、褒美は要るだろう?…次が有る。だから今回は俺にそっちを寄越せ」
「でもコレ、失敗してるし」
「なら、次は俺にお前が成功させた伊勢海老を寄越せば良いだろう。違うか?」
「…まぁ、それもそうだろうけど…」
「分かったら寄越せ。それに、その程度ならリカバリーも利く」
そう言って失敗している様に見える伊勢海老を剥く想真。それを見て傍らの杏が球子にこっそり話し掛けた。
「大分関わりやすくなったね、想真さん」
「そうか?」
「前より格段に優しくなったし、厳しい空気感みたいなのもあんまり感じなくなったしね。戦いの時も、必要以上に前に出る事は無くなったし」
「…聴こえてるぞ、伊予島」
「ぇ、あ…ごめんなさい」
「謝る必要は無いだろうが。お前らは以前より強くなった。連携も取れるようになったから、俺が前に出て負担を請け負う必要が無くなっただけだ。…それに、信頼もそれなりには出来る程度にはなっているからな」
「ソーマくんがデレた!」
「デレてはいない。俺は事実を口にしてるだけだ。まぁ、前のお前らは信頼どころか信用にすら値してなかったがな」
「…中々手厳しいな」
「まだ完全に背中を預けると言ってる訳じゃない。精進する事だな」
「…な〜んだかんだで面倒見良いんだよな、想真」
「ね!」
そう言って笑う勇者達。想真は何も言わずに黙々と食べ続けている。だが、全員気付いていた。僅か、極僅かに。想真の口角が上がっている事に。言われてみればやっと解る程度にしか上がっていないが、想真の口角は確かに上がっていたのだ。
「ご飯も食べて、風呂も入った事だし、なんか暇潰しでもするか?」
今はやっと8時半を過ぎた頃、寝るにはまだ早い時間だ。手持ち無沙汰になった球子は何かで遊ぼうと上体だけ起こして言った。
「そう言うと思って、私は下の売店で将棋を買ってきました」
「渋いね〜ヒナちゃん!私は王道だけど、トランプとUNOを持ってきたよ!」
「…据え置きのテレビゲームなら、そこに有るわ……」
「ふむ、私は花札を持ってきたぞ。少し難しいかも知れんが、覚えると楽しいものだからな」
「人狼ゲームなら、紙とペンが有ればやれますね」
「……じー」
「…なんだ、その目は。俺がゲームなんて持ってきてるとでも思ってるのか?」
「…持ってきてないのか?」
「…チッ、ほらよ」
「オセロか!よ〜し、みんな沢山持ってきたんだな!タマが全部やる、そして全部勝つ!」
結論から言うと、球子は勝てなかった。それは球子だけではなく杏とひなたと友奈も同様で、全てのゲームで勝っているのは千景だ。得意なテレビゲームだけではなく、人狼の駆け引きや花札の運まで味方につけている様な、それ程までに強かった。
だが、そんな千景と僅差でいつも負けているのが想真だ。その想真に喰らいついているのが若葉と言った所で、勇者達は内心驚いていた。基本的にゲームなんてやらなさそうな想真がゲーマーの千景に喰らい付いている事実に、目を疑う程に驚いていた。そんな2人は現在オセロで鎬を削っている。今は黒の想真が優勢だが、それも薄氷の上での戦い。1つ手を打ち間違えれば直ぐ様盤面は白に染まるだろう。
「…想真ってゲーム強いんだな」
「意外だね。そういうのやるって印象は無いのに」
「あんずもそう思うか?タマも全く同じだ」
「でも、お2人は昔馴染みでしたよね。それなら納得出来ませんか?」
「確かに。そう言えばソーマ君とぐんちゃんって友達だったね」
「……かなり前の話なのだけど……」
「そうなのか?」
「あぁ、初めての襲来の時に離れ離れになったからな。郡、そっちの手番だぞ」
「……ここね…」
「これは不味いな。…昔俺と郡は一緒に住んでた時期があってな、その時に互いの趣味を勧め合った。俺の場合は読書で、郡は俺にゲームを教えてくれた。だから多少はやれるってだけだ」
「だから千景はたまにあの分厚い本を読んでいるのか。アレは想真から勧められた本だったんだな」
「…そうね…そして、ここで詰みよ…」
「…負けか。流石に勝てないな」
「でもさ、ブランクが有るのに千景とそんなにやり合えるのって凄くないか?負けてるって言っても、毎回毎回もうちょっとの所だしさ!」
「それを言うなら乃木も凄いだろう。俺は経験が有るからだが、乃木に関してはほぼ初体験で郡に喰らい付いてるんだ。乃木は俺より上手くなるだろうよ」
「だーかーらー!な〜んで想真は自分を下げんのかな!想真はスゴい、タマがスゴいって言うからにはスゴいんだ!こういう時くらい素直に褒められタマえ!」
あまりにも横暴な物言いに、想真は面食らってしまう。だが、その意味は単純に自分を褒めているだけだと気付くと想真は笑う。苦笑に近い笑みだったが、初めて自覚して表情を緩めた瞬間だった。
「…そうだな、有り難く受け取っておくか。ありがとう、土居」
「あぁ!あと、もう1つ言いたい事が有るんだけどさ」
「なんだ?」
「いい加減、タマ達を名前で呼んでくれないか?ずっと名字だけど、そろそろ良いだろ?」
「……………」
本来、想真はここまで親しくなるつもりは無かった。一方的な庇護の関係、勇者よりも前線に出て使い潰される駒だと思い、そしてその関係を保つつもりだった。だが、今は違う。助けるだけではなく、助けられる事もある。ならば、呼び方も1歩進めるべきなのだろう。例えそれが間違いでも、想真は後悔しないだろう。だって、今の想真はこの選択が正しいと思っているのだから。
「…そうだな、それも良いのかもな。…球子」
「やっと名前で呼んでくれたな!」
「杏」
「はい!」
「友奈」
「うん!」
「千景」
「……はいはい……」
「若葉」
「うむ」
「…ひなた」
「はい」
「…これから、よろしく頼む」
返事は無かった。だが、勇者達のその表情は喜色満面といった所だ。表情の起伏が乏しい千景ですら、見て分かる程に口角が上がっている。やっと信用を超え、信頼に至ったのだろうと、勇者達は喜んだ。
「…という訳で、手加減してくれよ想真」
「断る」
未だに勝てない球子は手加減して欲しいと想真に頼むが、やはりそれはそれと断られる。ちなみに、夜遅くなるまでゲームをしていたが結局千景を王座から引きずり下ろす事は出来なかった。