遠距離型が消費し、携行して持ち込んだオラクル細胞の補充には時間が掛かる為、実戦での補充はほぼ不可能である。
一方で近距離型は【刀身パーツ】によるオラクル細胞の随時回収が可能だが、それを放出する事は出来ない。だが近距離型が回収したオラクル細胞を遠距離型への補充に充てる事が出来る為、複数回の戦闘や長期戦闘が想定される任務では両者が組み合わされる事が多い。
となってはいるが、ゴッドイーターの任務は殆どが遠征だった為組み合わされる事が当たり前であり、近距離型ならまだしも、遠距離型が単身になった場合任務の成功率と生還率は著しく下がってしまうものだった。
神機はパーツを替える事で、様々な戦い方を可能にする。刀身はショート、ロング、バスターの3種類が有り、銃身はスナイパー、アサルト、ブラスト。装甲はバックラー、シールド、タワーシールドが有る。想真は性格と才能的にスナイパーが扱えない代わりに、他の殆どのパーツを使う事が出来る。
だが、唯一。唯一想真が使わない組み合わせが有る。ロング、アサルト、シールドの組み合わせだ。別に、使えなかったり弱すぎる訳ではない。むしろ、ロングブレードには【インパルスエッジ】と呼ばれる新型神機にしか使えない機能が存在し、攻めに関しては随一の性能を誇っている。だが、使えないのだ。使おうとすると身体が固まり、動けなくなってしまう程に。
「…俺が使ってたロングのパーツは壊れて、もうお前のしか残ってない…だが…」
当初は新型神機の試験運用として扱われていた為、その刀身は赤く染められている。装甲も銃身も同じく赤く染められており、それがトレードマークだった。『彼女』が使っていたその組み合わせを使うにはもう彼女の神機パーツを用いるしか無く、だからこそ想真は極限まで渋るのだ。自分のパーツだけで終わらせようとして、メンテナンスが終わっていない時だけ『彼女』の神機パーツを使っている。
「………クソッタレ」
そう悪態をつくと想真は神機保管庫を後にする。自室に戻って寝ようとすると、ポケットに突っ込んでいたスマホが震えた。確実に電話、それも番号を知っているのは勇者と大社しか居ないのでそのどちらかだ。大社からの電話は面倒だからやめて欲しい、そう思いながら画面を見ると表情されている文字は『土居球子』。当たりではあるが外れかも知れない、と思いながら電話に出た。
「何の用だ」
『外に出掛けよう!』
「…主題に入るのが早過ぎるだろう。もう少しそうなった経緯を説明するとかしてから誘え」
『あ〜、それもそうだな。えっと、若葉とあんずが深刻そうな表情で外に出て行ってさ。もしかしたら喧嘩とか決闘とかするかも知れないし、着いて行ってみようって思って。想真もあんまり外に出掛ける訳じゃないし、誘ってみたんだ』
「外出、か…」
別に、行く事自体は吝かではない。どうせこれから気分転換に寝ようとしていた訳で、気分転換としてなら球子と共に出掛けた方が効果が高いだろう。だが、問題は想真がゴッドイーターだという事だ。どれだけの戦果を挙げてもゴッドイーターが隠蔽したい存在だという事に変わりは無い。勇者の球子が言えば外出許可は下りるのだろうが、大社からすれば気持ちの良いものではないだろう。
「…分かった。昇降口で待ってろ、直ぐに行く」
『ホントか!?じゃあ行ってるからな!』
直ぐに電話は切られた。着替える必要は無いので昇降口へ向かおうとするが、目の前にスーツ姿の男達が立ちはだかる。
「…ハッ、大社の精鋭部隊が俺1人にかまけてるとはな。随分と暇なようで羨ましい」
「黙れ。化け物風情が、人間と対等な口を聞いていいと思っているのか?」
「その化け物を生み出したのはそっちだろうが。…何度同じ事を言えば良い?俺は何度も同じ事を言う趣味は無いんだが」
「…どこへ行くつもりだ?」
「話を逸らすなよ。…まぁ良い。お前らの大事な勇者直々のお誘いでな、外に行く」
「そのような勝手が許されるとでも思っているのか?」
「許すさ。
「…このリモコンが何か、分かるか?」
黒い本体に赤いボタンが付いているリモコンを隊長格の男は取り出す。正解かは分からないが、確信は持てる。このリモコンは想真の首に着けられているチョーカーの起爆装置だ。このチョーカーには発信器の他に、想真が人類に反乱した時の為に爆弾になる機能がある。あのボタンを押せば恐らく想真の首と胴体はサヨナラを告げるだろう。
「貴様の首輪の起爆装置だ。貴様の生殺与奪権は大社が握っている事を忘れるな」
「…本当に愚かだな。見ていて哀れになってくるくらいには愚かだ」
「何だと!?貴様、このリモコンを使えば貴様を殺せるのだと理解していないのか!?」
「なら、何故さっさと俺を殺さない?」
想真は一歩前に出て、先頭の男の目の前に歩み寄る。身長は男の方が高いが、想真の眼には有無を言わせぬ圧力が有った。
「解らないとでも思っているのか?お前らは俺を殺せない。そもそもそんな権限が与えられていない。未だに勇者は発展途上、人類を護る使命に就くには不安が残る。だからと言ってお前らが前線に立って戦うなんて事は逆立ちしても出来ないだろうが。だから俺を殺せない。
こうしてこんな玩具みたいなリモコンで俺を殺せるぞ、と必死に自分達を大きく見せて、俺の立場を下にしようとしている。本来なら1人でも事足りるのに、こんな雁首揃えて俺の前に立ってるのが何よりの証拠だ。リモコンじゃ抑えられなくなった時、数に任せて制圧する為だろう?
…まぁ、臆病者に負ける俺じゃない。お前ら程度が何人寄り集まっても俺には勝てないさ」
そこまで言うと想真は踵を返し、振り返らずに去っていく。それを見た隊長格の男はリモコンを思い切り握り締め、無言でボタンを押した。
小規模な爆発と共に想真の身体は倒れ伏す。頭を失った身体からは凄まじい量の血液が噴き出し、廊下の床を血液で濡らす――ハズだった。
「勇気を出してボタンを押した所に悪いが、このチョーカーの電源は切れている。その行動は全くの無駄だったな」
カシャン、と音を立てて外した首輪を指に掛けて回し、そのまま歩き去る。これは想真が頼んだ訳では無く、若葉自ら外してくれたのだ。曰く、『友達にこんな物を着けさせる程腐っていない』とのこと。
後ろで何か硬い物を砕く音がする。振り返らずとも隊長格の男がリモコンを踏み潰した事は分かる。やっといけ好かない大社に一泡吹かせられた、と想真はほくそ笑んで昇降口へと向かうのだった。
「あ、やっと来た!遅いぞ、想真!」
「悪い、野暮用が有ってな。まぁそれも終わらせてきたから、気兼ねなく出掛けられるぞ」
「お、やったな!…とは言っても、見失っちゃったんだけどな」
「…まぁ、外を歩けば見つかるだろう。そんなに遠くまで行ける程この休暇に余裕は無いしな」
「ん〜、じゃあタマがこの辺案内してやるよ!んで、あんず達を捜しながら歩けば一石二鳥だろ!」
「そうだな、じゃあ案内を頼むか」
想真達は並んで歩き出す。丸亀城から出たのは久し振りどころか、初めてと言っても過言ではないレベルだ。樹海化が起きた時はその限りではないが、アレは異空間に飛ばされている様なもので、この日常の風景を見る事は出来ない。この街を人間が歩いていて、その中を自分が歩いているこの瞬間がとても新鮮だった。
「ここ!ここのジェラートが美味しいんだよ!」
小洒落た外観の店を球子は指差す。その美味しいらしいジェラート店はちょうど空いていて、想真も小腹が空いていたので戦闘衣の後ろポケットから財布を取り出す。
「…想真って、それ以外の服無いのか?」
「あぁ。ある程度腕のあるゴッドイーターは本来の制服からカスタマイズ出来てな。俺は下はそのままだが、このパーカーとシャツはカスタマイズして貰った。…まぁ、半分無理やりみたいなものなんだがな」
「無理やり?」
「まぁ良い。で、あのジェラート?が美味いんだろう?」
「あぁ、テレビでやってた!」
「なら、これで買ってこい」
そう言うと想真は財布から無造作に5000円札を取り出すと、球子に渡す。
「釣りは要らない、自分の小遣いにでもしろ。足りないなら追加で出すが、足りるか?」
「足りるわ!むしろ、これだけあったら何個も買えるぞ!?」
「そうか?なら、1番凄いのを買ってくると良い。球子が選ぶのなら多分美味いだろ」
「まぁ…買ってくるけどさ。ただ、お釣りは返すからな!?」
「なんだ、律儀だな。別に構わないんだが」
想真の籍は大社所属になっていて、故に肩書は【大社直属対バーテックス非公式部隊ゴッドイーター】となる。どれだけ疎まれようと想真は大社の所属なので、給料が入る。ただ外出は今までしてこなかったので貯まる一方で、銀行の預金は凄まじい事になっている。
しかもゴッドイーターになる前から世間に疎い事が災いし、それ故に金銭感覚が麻痺しているのだ。預金など適当に預けているだけで、今持っている財布には数十万円が無造作に詰め込まれている。必要な日用品は全て大社から支給されている為、貯まるのも仕方の無い事なのだが。
「抹茶と醤油豆、どっちが良い?」
「…お前の好きな方は?」
「醤油豆だな!」
「なら抹茶」
「なんでだよ!?」
「その醤油豆が好きなんだろう?それなら、好きな方を食えば良い。ほら、抹茶をくれ」
「む〜…なんか納得いかないんだよなぁ…」
渡されたジェラートをスプーンで掬って一口食べると、滑らかな舌触りと共にほろ苦く、しかし甘い深い味わいが口の中に広がる。余りにも懐かしい、栄養補給が目的ではない単純な嗜好品の味はとても美味しかった。
「さて、食いながら捜すか」
「何を?」
「…あのなぁ。俺を外に誘った理由、忘れたのか?」
「………一緒に出掛けたかったからだっけ?」
「若葉と杏を尾行する為だろうが。さっき2人を見つけた、食いながらにはなるがしっかり尾行は出来るだろう」
「あ、そうだった!!早く行くぞ想真!!」
「そう焦るな。転ぶぞ?」
「それもそうか。じゃあゆっくり急いで行こう!」
「矛盾してるんだがな…まぁニュアンスは伝わってくるから良いが」
道を歩いていると、本当に生存圏がこの香川しか無いのかと疑ってしまう。実はそれはフィクションで、外に出てみると普通の光景が広がっている――最も惨い戦いを知っている想真でさえ、そう思ってしまう。
隣で幸せそうにジェラートを食べている球子は、ただの少女にしか見えない。いや、むしろそうでなければならないのだ。球子だけではない、他の勇者もそうだ。彼女達は全員惨い戦いに挑む事を強いられている。想真だって解っている。【勇者】など体の良い呼び方に過ぎず、その本質はただの生贄だという事に。
「あの、土居様ですか?」
「え?あ、まぁ、そうですけど」
「いつも私達を護ってくれて有り難うございます。コレ、ほんの気持ちです。受け取って下さい」
「…じゃあ、受け取っておこうかな。ありがとう!」
貢ぎ物は珍しくない。直接渡されるパターンは珍しいが、大社の窓口には勇者への貢ぎ物が大量に送られてくる。それが100%の善意ではないにしろ、今の所は勇者は信じられているのだろう。そう、
(…もし1度でも敗走すれば、この世界は終わる。例え神樹が倒されなかったとしても、内部から崩壊するだろう。外のコロニーと同じように)
想真は知っている、外の世界を。
今どれだけ持ち上げていても、その信頼は簡単に崩れてしまう。そうなれば大社はマイナスの意見を抑圧するのだろうが、ネットという水面下では不満が膨れ上がり、いずれ爆発するだろう。そうなれば真っ先に悪意に晒されるのは想真でも大社でもなく、勇者達になる。
「あ、若葉とあんずだ!2人とも笑ってるぞ!?」
「…なら良いだろ。ほら、さっさと行ってこい。俺はまだ怪我のせいで走れないからな、ゆっくり歩くさ」
「んじゃちょっと行ってくる!若葉〜、あんず〜!!」
勢い良く駆け出す球子と、その球子を相手する杏と若葉を見て思う。護らなければ、と。想真が死んだ所で泣いてくれる人は居るだろうが、困る事は無い。勇者達には悪いが、想真はいざとなれば自分の身を犠牲にして助ける覚悟は有る。
「……絶対だ。次は護ってみせる」
その執念にも似た感情を胸に、想真は合流する。『彼女』の時の二の舞にはならないと、絶対に死なせないと誓って、想真は笑った。