あなた達を遺していくのはとても不安だけど、待ってるわ。私の遺した意志と、みんなの戦い。それを、先に逝って見てるから。
――楠木朔夜
「ねぇ、みーちゃん」
「どうしたの、うたのん?」
「私、タツミが食べてる所見た事無いのよね。野菜だけじゃなくてお魚も、全部」
「…確かに、言われてみればそうだよね。いつも食べてるのってレーション?だっけ。それとあの飲み物。一応ゼリー飲料だって言ってたよ」
「ゴッドイーターしか食べられないけど、凄く美味しいって言ってたわよね。…本当なのかしら」
歌野と水都はタツミの事を話していた。と言うのも、タツミが何かを食べている所を見た事が無いからだ。水を飲んでいる所は普通に見た事はある。だが、野菜を勧めてもなにかと理由をつけて躱され、夜に皆で食べようと言っても調味料の仕込みが有るから、と集まりには参加しない。参加しても中心には行かず、付き合い程度で終わらせてさっさと帰るのだ。
平時はノリが良いからこそ、その異様さが際立っていた。頑なに食事を見せない、その異様さが。
「な〜に話してんだ?」
「あ、タツミさん。いえ、特にな――」
「――タツミって、どうして一緒に食べてくれないの?そういう話をしてたのよ」
「…あぁ、なるほどな。そういう事か」
一瞬だけ意表を突かれたような顔をして、タツミは笑った。タツミは畑からトマトをもぎ取ると、そのまま生で口にする。何度か咀嚼して飲み込むと、そのまま笑顔で完食する。ヘタを地面に埋めると、味の感想を言い始めた。
「うん、甘味と酸味のバランスが良いな。クソ、こんなに美味いならちゃんと冷やして塩掛けて食いたかったな」
「あれ、普通に食べられるのね」
「心配させて悪いな。いっつもレーション食い過ぎてさ、腹いっぱいなんだよ。お前らが見てない所でちゃんと頂いてるから、安心してくれ。美味い野菜だからな、調味料の作り甲斐が有るってもんよ!」
「フフ、そうでしょう!だって私達が作る野菜は――」
「――パーフェクト!そうだろ?」
「ええ!!」
タツミはポケットから携帯電話を出すと、時間を見て顔を顰める。
「どうかしたんですか?」
「いや、もっと2人と話していたかったんだけどな。燻製の仕込みが終わったから家に戻んなきゃいけないんだよ。…あ、そうだ。歌野、水都ちゃん!」
「ん、なに?」
「後で味見、頼んでいいか?
「まっかせなさい!!みーちゃんも、良いかしら?」
「うん。そろそろ作業も一段落しそうだしね」
「よし、ちゃんと準備しとかないとな。まだ試作だし、そんなに期待はするなよ?」
「それは…まあ、大丈夫ですよ。タツミさん謹製ですし」
「そう…あなたは諏訪が誇る諏訪防衛隊副隊長にして、調味料番長なのよ!美味しくないなんて有り得ないわ!!」
「……ハハ、そうだな。じゃ、楽しみにしててくれよな、2人とも!」
そう言ってタツミは笑うと、自分の家へと帰る。その後に続くように歌野も着替える為に歩き出す。水都も歌野に続いて歩き出すが、ふとした違和感に立ち止まった。
(あれ?このトマト、酸味よりも甘味が凄く強い品種だったよね…?今年は出来も凄く良いし…)
トマトは基本的に酸味と甘味のバランスが釣り合っていて美味しいと言えるらしい。だが、このご時世には甘いトマトにニーズが有り、それ故に甘味がとても強い品種が存在する。タツミがもいで食べたそのトマトは甘味が強い品種のハズだ。
水都も1つトマトをもいで食べてみるが、本当に甘味が強い。少なくとも、甘味と酸味のバランスが良いとは言えない。酸味を殆ど感じないからだ。
(…まぁ作物なんだし、味にバラつきもあるよね)
「みーちゃん、どうかしたの?」
「ううん。今行くよ、うたのん」
作物には当然味にバラつきがある。そう結論づけると、水都は少し先に居る歌野に追い付く為に小走りで着いていくのだった。
(……ハハ、上手く誤魔化せてれば良いんだけどな)
タツミは冷や汗を流していた。それは2つの意味があり、1つは自分がつき続けている嘘を上手く誤魔化せているか。そしてもう1つは、微妙な皮の風味がずっと鼻の奥に残っている気持ち悪さからだ。
「…美味い、んだろうな。みんなの顔を見てれば、それぐらいは判る。…でも、味を感じられないんじゃな」
そう、タツミには味覚が無い。ただ、これは先天的な疾患ではなく、ストレスによる後天的な疾患だ。先程食べたトマトも味は感じないし、ただ口の中の触覚は生きている為ジュルジュルとした液体を噛んでいるような感覚で、吐き出しそうになっていた。
歌野達に述べた味の感想は記憶に残っているトマトの味と、テレビで見たタレントの食レポをそのまま丸パクリしただけだ。タツミ自身は味を感じていないし、正直気持ち悪さが勝っていた。
(その点、
そう言って懐からレーションを取り出すと、一口齧る。数回噛むと簡単に飲み込めるようになるし、喉が乾けばゼリー飲料が有る。費用削減の為に無味無臭になっているこの2つは、名目上は味覚を失った者の為にとても食べやすいものになっている。事実、この2つは凄く簡単に食べられる上に気持ち悪くなる事も無い。しかも生きるのに必要な栄養素とカロリーは含まれているとなれば、戦場食としては理想的なものだろう。難点と言えば味覚がある者からすれば味も風味も無い為、食べ物を食べた気にはなれない所程度だろう。
だが、食事という行為に悦びを見い出せなくなったタツミにはどうでも良い事だ。
「…やっぱ、恋しいけどな」
だから調味料を作っているのかも知れない。味が判らない自分が作る調味料で諏訪の皆が笑ってくれる。その事実に、少なからず安心感を覚えているのは事実だ。
だからこそ、同じ幸せを感じられない事がどれだけ辛い事か、既に感覚が麻痺しているタツミにはそれが分からなかった。