ゴッドイーターを造る為には【神機】が必須である。その神機を造る為にはバーテックスのコアを使わなければならないのだが、自分達のコアを人類に流用されていると察知したバーテックスがコアを改造し、基本的に撃破するとコアも霧散するようになった為、コアの入手が厳しい今はほぼ不可能とされている。
「………眠ったわね……」
自分に抱き着いたまま眠った想真を起こさないようにベッドに寝かせ、部屋を後にする。服を掴まれていたが、それはゆっくりと手を開かせた。
(…想真は戦えるような状況じゃないのに…!)
想真の身体自体には何も問題は無い。さっき寝かせた時に身体を触ったが、異常に身体が凝っているくらいだろう。それは後々マッサージなどのケアをすればどうにかなる問題だ。
だが、精神面は違う。齢20にも満たない少年が数多もの人間の死を目の当たりにし、恋人を目の前で失った。死の危機に瀕しながらその状態に晒されたのだ、戦いの場に立てる事自体が異常だろう。だが、想真はそれを実現している。してしまっている。その事実は、どうしようもない程想真が自分の痛みに鈍い事を教えている。
「…腹立たしいわね…」
普段怒る事が無い千景だ。止めどなく溢れてくる怒りの処理の仕方が分からず、壁を殴りたくなる衝動に駆られた。それはどうにか抑え、自室に帰ろうとすると若葉の部屋の電気が点いている事に気付いた。
どうしようか迷ったが、これは自分1人の問題ではない。そう考えた千景は若葉の部屋のドアを軽く叩く。
「…千景?どうした、こんな時間に」
「…少し、良いかしら」
「別に構わないが…ひなたも居るぞ」
「もし不都合なら席は外しますよ?」
「……申し訳無いけど、そうして貰えると有り難いわ。ごめんなさい…」
「分かりました。じゃあ若葉ちゃん、また明日」
そう言ってひなたは若葉の部屋を出る。ドアを閉めると、ひなたはボソリと呟く。
「…私も勇者だったら、あの場に居られたのでしょうか…?」
いつもそうだ。
「…不謹慎でも、思わずにはいられないですよ。…想真さん」
「大したものは出せなくて済まないな」
「…別に構わなくても良いのに…」
「客人には変わらないだろう?なら、しっかりもてなさねばな」
千景の目の前には急須で淹れられた緑茶の入った湯呑みが置かれている。その隣に添えられている羊羹だが、少しだけ見えたパッケージはそれなりに名のある老舗の店名に見えた。そんな代物をポンと出す若葉に、千景は自分との違いを実感せずにはいられなかった。
「…それで、何の用が有るんだ?こんな時間に尋ねてくるんだ、それなりに…いや、かなり重要な用事だろう」
「…流石ね。そうは言っても、急ぎの用じゃないわ…これは、そうね…お願いに近いものかしら…」
「お願い?」
「ええ…想真の事よ」
少し緩んでいた若葉の顔が、急に引き締まる。
「想真が、どうかしたのか?」
「…結論から言うと、想真はもう限界に近いわ…ゴッドイーターとしての意味ではなくて、精神的な意味でね…」
「…確かに、想真は大事な人を何度も失っているからな。限界と言われれば納得だが…」
「問題はこれからよ…。想真はきっと戦い続けるわ…私達がどれだけ止めても、自分が死ぬまでね…」
「自分が死ぬまで?流石にそれは――」
「――やるわ、想真なら。あの人はそういう人だから…」
思い出すのは議場に居た時の想真だ。出血する程強く唇を噛み締めて耐える姿はとても痛々しくて、黙って見られるものではない。想真は自分の痛みに鈍いからこそ、他人の痛みに敏感だ。だからタツミの事で激昂したのだろう。
「それは分かったが…だが、それを聞いた上で私に何を求めているんだ?私は千景ほど想真の事を理解している訳ではない。だから、私には想真のケアなんて出来ないぞ」
「流石にそこまで望んでないわ…私だって出来るか判らないしね…あなたに求めているのは簡単な事よ。ただ、想真が弱いという事を理解する事、たったこれだけで良いわ…」
「…どういう事だ?いや、理解出来ない訳ではないぞ?だが、趣旨がいまいち掴めないというか…」
「…私達は想真に頼りきりだったわ…いえ、今もそう。想真が無理やり表に出している強さに甘えて、肝心な時に想真に頼る…まるで、あの人が神話の神様みたいに解決してくれるのを待っている…それは、もうダメなの」
「………」
「…多分、土居さんと高嶋さんは無意識に想真を1人の人として接してるわ…あくまで自分と同じく、弱点が有るってね…」
「そう、だな。少し杏は怪しい節が有るが…」
それは千景も同感だ。元々読書好きで自分の世界に没入しやすい性質の杏は、想真の事を戦闘面でも精神面でも強い人と思っている節がある。確かに戦闘面では現在の勇者達よりも遥かに高い力を持ってはいるが、精神面では彼女達と殆ど変わらない。ゴッドイーターという名前が邪魔をして、想真の本質が見えないのだ。
「…だから、あなたに止めて欲しいの…」
「何をだ?」
「死地に向かう想真の歩みを。想真は多分死に場所を求めている。…恐らくこれからそれは、もっと酷くなる」
異様なまでに自己を使い捨てようとする言動は、きっと無意識に死に場所を求めているからだ。家族同然だった仲間はもう全員居ない、ならばあの世に行けば逢えると思うのは自然な事だろう。
だから平気で無茶をする。自分を使い潰すような戦い方をして、死ねれば本望。生き残れば儲けものと言わんばかりの戦い方をする。最近は勇者達1人1人が楔となってそれを防いでいたが、もう分からない。当然だろう。やっと
「…私は、弱い。あなたのようには、なれない…だから、お願い…」
同時に、千景は解っていた。誰よりも想真の事を理解出来る自信はある。だが、きっと自分では想真を救う事は出来ないと。
いつだって英雄は強い。他人の為なら自分の痛みに耐えて笑顔を浮かべ、助けを求める人を引っ張り上げる。千景はそうはなれない。臆病だから、痛みが怖いから、きっと立ち止まってしまう。だから、若葉に委ねる。本当に癪だ。恩を返したいのに、お礼を言いたいのに、それが出来ないと解っているのだから。
その証拠に、千景は両手で膝頭を押さえている。その手が軽く震える程に強く。それを見た若葉は応えた。
「…分かった、請け負おう。だが、お前も一緒だぞ、千景」
「…え?」
「当然だろう。私はお前ほど想真を理解してはいないからな、しっかりと教えて貰わければな。それが呑めないならこの話は無しだが…どうする?」
一瞬呆けたが、隠された意味を理解して千景は微笑む。これは激励なのだろう。あくまで適材適所、千景に出来ない事は若葉がやるだけの事。逆もまた然り、そう伝えたいのだろう。
思い込みかも知れないが、きっと合っているだろう。目の前の若葉が浮かべるドヤ顔混じりの笑顔を見て、そう判断した。それと同時に、やはり若葉こそ【勇者】という称号に相応しいとも思った。
「…分かったわ」
「よし、これで話は終わりだな!もう夜も遅いし疲れてるだろう、早く寝ると良い」
「…あなたもね、乃木さん。…おやすみ」
「ああ、おやすみ」
若葉の部屋を出て、自室へと戻る。気のせいだろうか?その足並みは、若葉と話す前よりも遥かに軽く感じた。それが気のせいであって欲しくない、そう思いながらベッドに潜り込み、千景は目を瞑るのだった…