かつて日本に存在した自衛隊の成れの果て。科学技術で国を守ろうとしていたが、バーテックスの力に敗れた事で大社の采配により警察と合併され、自警団としての役割に就く事になった。
お前が殺した
――知っている
お前が見殺しにした
――解っている
救えた命もあった
――当然だ
いつもお前は護れない。今までも、これからも
――きっと、そうだろう
「――クソッタレが」
起き抜けの一言がこの一言だ。目覚めが良いかどうかなど、聞かずとも分かる。最悪の目覚めだった。
上体を起こして部屋を見回すと、部屋はグチャグチャになっていた。元々綺麗とは言い難い部屋だったが、強盗にでも入られたようにも見える。だが、想真は酔っ払っていた訳ではない。むしろ、鮮明に昨日の事は覚えていた。大社を敵に回し掛けた事、勇者が止めた事、癇癪を起こした子供のように部屋の物を破壊した事。そして、千景に縋ってしまった事だ。
(…まるでガキの癇癪だ。馬鹿な事をしたな)
ゴミ袋を机の引き出しから取り出すと、想真はゴミを纏める。本当に色々な物が壊れている。椅子の足が折れていたり、机の天板が割れていたり。怒りに呑まれていたのでどれだけ大暴れしたのか記憶は曖昧だが、少なくとも尋常ではないくらいにキレたのだろう。
「――
割れたカップの処理をしていると、指に鋭い痛みが走る。割れた断面を触ってしまったのだろう、切れた指先からは鮮血がじわりと溢れる。絆創膏を置いていないのは覚えているので、1度人差し指を咥えると血を舐め取り、それからは再び片付けに戻った。疼痛が指先を襲い続けるが、これも咎なのだろう。そう割り切るとまたゴミ袋にゴミを入れていく。
無事な物を数える方が難しいこの部屋で、壊れていない小物を見つけた。机の上に置いてある2つの写真立てだ。いつもは伏せてあるその2つだが、無事だった事に少しの喜びを覚える。その写真立てを立てると、当然ながら写真が入っている。どちらも複数人で写っており、勿論想真もその中に写っている。
(どれだけ怒りに呑まれても思い出に縋るんだな、俺は。…女々しい事この上ない)
1つは第1部隊のメンバーで撮った写真だ。これ以外の写真はもう戦禍によって失われた為、ある意味この写真が遺影とも言えるだろう。仏頂面の想真に、無理やり肩を組もうとするタツミ。その逆サイドに位置取り、想真にそっと寄り添うアリサ。その後ろに、まるで両親のように優しい微笑みを湛えた竜胆と朔夜が立っている。未だに色褪せない思い出だ。
もう1つの写真は最近撮ったものだ。球子の突然の思い付きにより、想真をセンターに置いて撮ったのだ。弾けるような笑顔の球子と友奈に、若干苦笑い気味の杏。写真慣れしてないのか、少し引き攣った笑みの若葉とその隣で満面の笑みを浮かべるひなた。少しだけ口角を上げた千景に、咄嗟に上手く笑えず変な表情になってしまった想真。球子に振り回される形で撮影した写真だが、何だかんだ大事に思っている。そうでなければ、わざわざ写真立てになんて飾らない。
「…飯、食いに行くか」
一通り片付けが終わり、1度壁を見てから*1スマホで時間を見ると12時を過ぎていた。飯時と言っても良い時間で、動いた為身体は空腹を訴えている。レーションで済ます事も考えたが、生憎そのレーションは切らしていた。と言うより、粉々になっていて食べられないと言った方が正しいのだが。
部屋を出て、食堂へと向かう。疲労がまだ解消されていないのだろうか、足が少し重い気がした。
「…いつもの」
「あいよ!」
いつもの、というのはいつぞやのトッピングを5種類載せたうどんの事だ。友奈が【勇者うどん】と名付けていたが、想真は食堂に来た時はこれしか食べていない為『いつもの』で通じるようになっていた。
適当な席に座って待っていると、ブザーが鳴る。重く感じる足取りでカウンターまで行くとうどんが乗ったお盆を受け取り、自分の席へと向かおうとする。
「あ、ちょっと待ちな」
「…なんだ?」
「これ、オマケだよ。まかないで悪いけど、食べてくれると嬉しいね」
そう言ってお盆に乗せられたのはチャーシュー丼だった。だが、まかないにしては豪華だと感じた。失礼だが、目の前の女性から他人にまかないを出す時に工夫するような雰囲気は感じられない。想真の為に作ってくれたと思う方が妥当だろう。
それ以前に、女性は大社の職員だ。この食堂は想真も含めた大社のトップシークレットが使う食堂だ。それ故に外部に委託する事はしない。故にこの女性は大社の職員であるのは確実なのだが、想真への態度は勇者と接する時と全く変わらない。
「…何故だ?」
「あん?そのまかないの理由かい?」
「どうして俺を敬遠しない?アンタも大社の職員のハズだ」
「つまらない事を訊くねぇ。良いかい、その料理が冷めない内に言っちまうけどね、あたしからすりゃ誰だって変わんないのさ。ゴッドうんたらだろうが勇者だろうが、あたしの料理を食べて美味しいって言うんなら、それで良いのさ。そんで、あんたはいつもあたしの作ったもんを美味そうに食べてくれる。そんな子にオマケをあげても、バチは当たんないさ」
「…変人だな、アンタは」
「変人で結構。あたしはあたし、それは変わんないさ」
(…強い人だな。俺にも、あんな強さがあったらどれだけ…)
椅子に座り、お盆を机に置くとうどんを啜る。いつも通りの味、とても美味しい。だが、どこかすっきりしない。心の奥底に澱みが残り、それが食事という楽しみを阻害しているのだ。味覚的には美味しいと感じ、満腹感も感じるがそれだけ。いつもは感じられる幸福感は、どこにも感じられない。
「――あ、想真!」
「…球子…」
お盆を持って現れたのは球子だ。基本的に杏と居る球子が1人なのは恐らく検診を受けているからだ。勇者は人類に於けるバーテックスに対する唯一の対抗手段。勇者な少しでも身体に異常を訴えれば総力を以て治療し、遠征などという何が起きるか分からない事を終えれば検診が入るのは当然だろう。
1人1人調べるのには当然時間が掛かる。1番最初に終わったであろう球子が1人きりなのは当然の帰結だろう。
「お前、歌野に何言ったんだよ」
「…薮から棒に何だ?」
「かなり怒ってた。いや、あれは怒ってるというより――」
「――憎んでいる、か?」
「なんでそれが解ってるのにお前は!!」
憎まれる事は分かりきっていた。きっと歌野はタツミを愛していた。そんな人の死に様を真っ向から否定され、穢されたのだ。想真も同じく、大社からタツミを否定された。その怒りと理由は全く同一だ。
それでも想真はタツミを穢した。そうしなければ、歌野は心が傷付いたまま戦いに放り込まれる。神樹は人に抗う力を与えれど、決して優しくはない。神樹に牙を剥かない限り神樹は力を与え続け、バーテックスが方舟に居る限り時間を止めて戦う事を強いる。
「…俺が憎まれる事で彼女にとって戦う目的が生まれるのなら、それで良い。支えも無しに生き残れる程、戦いは甘くない」
「だからって…そんな、憎さで生まれた力じゃなくても良いだろ!もっと、もっと他にやりようが有ったハズだ!」
「…漫画の中なら、そうなんだろうがな」
球子が読んでいた漫画は、少年誌でよく見るような印象を受ける。主人公はどんな時でも希望を捨てず、希望を見失えば仲間が正してくれる。そして、最後には悪を打ち砕く。嗚呼、素晴らしい物語だ。とても格好良く、読んでいて気持ちが良い。余程捻くれた人間でなければ、この王道は全員にとってウケが良い。
だが、現実はそうもいかない。
「だがな、球子。希望も憎悪、光と闇、この感情をぶつけた時に勝つのは憎悪、闇だ。どれだけ希望が強くても、憎悪には及ばない。…この世界で、殺意に勝る強い感情は無いからな」
「でも…!」
「…認めたくない気持ちは解る。こんな事を認めちゃならないんだよ、
「そんなの、知らないぞ…!タマ達は人を護る事が使命なんじゃないのかよ、想真!」
「…さっきの俺の言葉が本当かどうか、それは判らない。所詮、俺がそう考えてるだけだからな。だが、人を護るだけなら人間じゃなくても良いハズなんだ」
神が人々を護る為に戦う。そんな話は幾らでもあった。スサノオノミコトとヤマタノオロチの戦いを始めとした神話は、超常の力から人間を護る話だ。バーテックスもそうだ、そのハズなのだ。人の力も知恵も通用しない、日常の中に突如現れた『異常』。それらは圧倒的な力で人間を蹂躙し、文明を破壊した。そんな存在に今は神々ではなく人間が立ち向かっている。無謀な話だろう。
「…神々がアイツらと戦ったのか、それは解らない。けど、神々の力じゃ成せない事を
「想真…」
「俺は良い、大丈夫だ。汚れ仕事は俺がやる。だから、頑張れ」
想真は立ち上がり、食べ終わったうどんを片づける。だが、想真は気付いていない。これではアリサと一緒だという事を。同じ事を繰り返していると。
気に掛けてくれる人の言葉を「大丈夫」という言葉の壁で阻み、戦う事で自分の心の声を封殺する。誰かの為に、世界の為に。そう自分に言い聞かせ、洗脳する戦いは痛々しい。だが、それをやらずにはいられない。歌野と水都が抱いた憎しみは、じくじくと想真を蝕んでいるのだ。