ゴッドイーターはバーテックスの襲撃により天涯孤独の身となった20歳未満の者達を集めている。戦いの中で死生観は歪んでいき、そこから想真の『ゴッドイーターは捨て石』という考えが生じていった。
「レクリエーションを、するぞ」
自分1人で訓練をしようとしていた想真に、声をゆっくりと掛けてきたのは若葉だ。いきなり放たれた、しかも予想外の人物から放たれた言葉とあっては想真も一瞬固まった。
「……は?」
「だから、レクリエーションをするぞ」
聞き間違いかと思い、1度聞き返したがそうではないらしい。
「俺はいい。俺が居ても楽しくなくなるだけだ、お前らだけで楽しくやれ」
「お前が居なきゃ楽しくないんだ。私だけじゃない、みんなの意見だ」
「…白鳥が許すと思うか?」
恐らく、球子が知っているという事は歌野が想真に抱く想いの正体は勇者の全員が知っている。ならば、と想真はそれを利用する事にした。憎んでいるとあれば、流石の勇者も諦めるだろうと。
だが、若葉は言い切った。
「許すさ」
「何だと?」
「許す、と言った。問題は無い。だから、来い」
あまりにも強引だ。だが、そうでもしないと来ない事を若葉達は知っている。想真は首をガックリと落とすと、ボソッと言った。
「――分かったよ」
「…土居、俺じゃ駄目か…?」
「せ、先輩…でも、私…!」
「ずっと好きだったんだ。今までも、そしてこれからも、愛してる」
学校の壁と想真に挟まれる球子。いわゆる『壁ドン』と呼ばれる体勢だ。珍しくスカートを履いている球子と、初めて学ランを着る想真。その2人の顔は赤く、だが間近で見つめ合っていた。気のせいか、球子の身体が小刻みに震えている。
「土居…」
「―――あーーーーもう!!!もう無理だ、ムーーーリーーーだーーー!!!!!!」
想真を押し退け、両手を大きく振る球子。その先にはビデオカメラを構えた杏が居た。何故こうなっているか、それは若葉の言った『レクリエーション』の結果としか言いようが無い。
若葉のレクリエーションとは、ほぼ実戦に近い状態で行われるバトルロワイヤルの事だった。歌野は若葉に武器の相性的に完封され、友奈と球子は想真と戦ったが敗北。若葉と想真と千景の三つ巴の戦いとなったが、意識外から放たれた3本の吸盤付きの矢に頭を撃ち抜かれ、杏の1人勝ちとなった。
1位は誰にでも命令出来る、つまり王様ゲームのような感じで行われたゲームだ。その結果想真は学ランを、球子は女子の制服を着させられ、杏の好きな恋愛小説のワンシーンを演じさせられているという訳だ。
「あー!ダメだよタマっち先輩。キスしろとは言わないけど、フリくらいはしてくれないと」
「無茶言うな!すっごい恥ずかしいんだぞ!?」
「…許してやれ。球子も不慣れなんだ、いきなりフリと言われるのも酷だろう」
「いやなんで想真は平気なんだよ!もっと恥ずかしがれよ!」
「まぁ、慣れというか何と言うかな…諸事情だ」
アリサもこういった恋愛小説が好きだった事も有り、ロクなプレゼントなんて用意出来なかった戦場では恋愛小説のシチュエーションを真似していた事がある。最初は不慣れだったが、想真自身アリサの望むものは出来る範囲で用意したいと考えていた事も有り、表面上ならキザなセリフも言えるようになっていた。それでもアリサ曰く「心が籠もってない」そうだが。
「千景さん達は…」
「いや…ぜっっったいやりたくないわ…」
「じゃあ想真さんと千景さん、こちらに来て下さい」
「…話を少しは聴いてやれ…」
ピシッとした格好に慣れていない想真は学ランを脱ぎたがるが、後ろから球子に押されている為仕方無く杏が指定した場所へ歩いていく。次はどんなシチュエーションをやらされるのか。そう思った瞬間、目の前に1枚の紙が差し出される。一際目立つ字を読むとそこには【卒業証書】と書かれていた。
「…これって…」
「卒業証書ですよ。千景さんと想真さん、今年で卒業って聞いたので、皆で作ったんです!」
「……嗚呼」
そうだった、と想真は思った。忘れていたが、今年で想真は15歳。義務教育を終え、本来なら高校への進学を決めているハズの年齢だ。確かに、卒業証書を貰うのは自然な事だろう。だが、想真にとってこの紙は初めて見るものだ。存在こそ知ってはいるが、小学校を卒業する前にゴッドイーターになった為、卒業式など経験していない。
初めて貰うが、ただの紙切れだ。そもそも入学すらしていないし、別に卒業も何も関係ない。いずれは戦いの中で使い潰す命。最終学歴なんて意味を成さない。それなのに、想真は嬉しかった。少し前の自分なら下らないと切り捨ててゴミ箱に捨てているであろうこの紙切れに、無上の価値を感じているのだ。
「…ありがとう」
「あ、想真が笑ってる!」
「珍しいな」
「え、ウソ!?私見てなかった!もう1回笑ってよソーマ君!」
「…笑ってない」
「えー!?」
「…楽しそうね、想真…」
よく見なくても判るほど口角を上げ、笑った想真を遠くから歌野が見つめていた。その顔に浮かぶ感情は無く、どう思っているかは本人にしか分からない。
――いや、歌野にも解っていないのかも知れない。
「額はこれで良いか」
想真は貰った証書を立派な額に入れていた。残念ながら外には出られない為、大社に頼る事になったが問題無く頼んだ物は届いていた。表面上は礼を言った想真だが、内心では自分の頼みを素直に聞いた事に驚いていた。同時に、ガキでも出来る使い程度ならやれるのだな、とも思ったが。
ひとまず、証書は机の上にでも飾っておく。椅子に座って証書を眺めていると、乱雑に置かれた錠剤が嫌でも目に付く。ゴッドイーターの生命線、偏食因子だ。
(…諏訪の近辺には
タツミが何年戦っていたか、大凡の予想はつく。個人が携行出来る偏食因子では到底足りる訳が無い。調達していた事は分かるが、それでも足りなかった。だからこそ彼は単身で戦い続け、未来に託したのだろう。歌野と水都という未来に繋げられる力を、自分の総てを振り絞って。
「…馬鹿野郎が。お前が居なくなったから、ゴッドイーターは俺1人になっちまった」
生きていれば、自分の1つ上だったタツミ。世話焼きで、実は臆病で、誰よりも優しくて、親友だった。誰も信頼出来ないと思っていた自分を変えてくれた、何者にも替え難い存在。ソレを喪ったという事実が、今更になって重くのし掛かる。
「――入って良いかしら?」
「…そういう言葉は入る前に言うものだと思うぞ、白鳥」
唐突にドアを開けて入ってきた歌野に、流石に疑念を隠し切れない。彼女からすれば想真は憎い存在、殺したい人間に入るハズだ。そんな人間の部屋に入ってくるなど、よっぽどの事がなければ有り得ないだろう。
「何の用だ?」
「…本当は、あなたを殺したいんだけどね。どんな思惑が有っても、タツミの事を侮辱したあなたは許せない」
「…それなら何故――」
「――嫌になるくらい説得してくる人が居るのよ。何度も何度も、あなたはそんな事をする人間じゃないって。例えそれが本当でも、理由が有るからちゃんと話せってね」
「…球子か、友奈だろうな。本当にお人好しだな。…タツミと同じだ」
「…っ!!」
想真の口からタツミの名前が出ると、歌野の手に力が入る。想真は机上の写真を見ながら、歌野の方向は一切見ずに問うた。
「――アイツは、泣いてたか?」
「判らないわ。あの人は…最期は私達と顔を合わせなかったから」
「…多分、泣いちゃいないだろう。涙を流してたとしても、泣いてはいない」
「どうしてそんな事が言えるの?あなたはタツミじゃないのに」
「解るんだよ。俺とタツミの価値観はそっくりでな、死生観も同じだった。…俺達は礎だからな」
「…礎?」
「俺達はゴッドイーターだ。喰う事は出来ても、喰ったものを吐き出してそこから何かを育てる事は出来ない。だから死んで、その死体が朽ちて新たな命を育てる土になる」
「何よそれ…ただの自殺願望じゃない!」
「これは俺の言葉じゃない」
「え…?」
「タツミの言葉だ。…アイツが1番、死を恐れながらも命に無頓着だった」
想真の言葉は歌野にとって理解し難いものだった。
「俺は馬鹿だ。どれだけ大事な存在でも、気付くのが遅い。だから失う。力が必要なんだよ」
「話が見えないわね。それがタツミの事を侮辱するのと何が関係あるの?」
「…俺にも解らない。でも、時間が無い。俺達の快進撃はそう何度も続かない。バーテックスは俺達の想像を遥かに超える進化をしていく。…俺達のような末路を2度と繰り返させはしない」
歌野からは想真の横顔と手しか見えない。彼の握り締められた手には爪が掌の皮膚を破る程に食い込んでいた。歌野は想真の部屋を出て、自室へ帰る。余りの怖気に、耐えられなくなったのだ。
自室の壁に寄り掛かり、顔を両手で覆う。そして呟いた。
「――どうしてあんなに泣きそうな顔をしているのに泣かないのよ、あなたは…!!」