戦時中に現れた進化体の中には特殊な個体も存在した。特に分かりやすい見た目をしていたり要注意の能力を持つバーテックスは名前付きと呼ばれ、個体名を付けられていた。
「皆さん、今回は切り札を使わないようにしましょう」
バーテックスの襲撃。その軍勢を観察している際に、杏が放った言葉である。いつもは進化体が現れる度に頼っている【切り札】を使わないようにする、という杏の言葉に千景と若葉が苦言を呈す。
「切り札を使わないように、と言われてもな…」
「…どうしても使わなきゃ切り抜けられない時も、あるわ…」
「ですが…」
珍しく杏が食い下がろうとした時、横合いから友奈の声が差し込まれる。
「まぁ、使い過ぎたら何か有るかも知れないからね。キミコさん危うきに近寄らず、だよ!」
「…それを言うなら君子危うきに近寄らず、だ。キミコさんを増やすな」
「あれ、そうだったっけ?同じ同じ、気にしないの!」
「それよりも、来るぞ!!」
襲撃を始めた星屑に向かい、彼らは各々の武器を振る。いつもと変わらない、と言うのは少し違うのだろうが、もう慣れてしまった事だ。緊張感は保てど、既に恐怖は無い。だが、直ぐに異変は訪れる。初めにそれに気付いた――いや、直面したのは友奈だった。
「くっ…!?」
「友奈!?」
「若葉ちゃん、来ちゃダメ!若葉ちゃんまで押し潰されるよ!」
今回の襲撃は今までと比べて、異常なまでに数が多いのだ。格闘という戦い方の都合上、対多数戦が苦手な友奈が数に押し潰されかけていた。後ろから射撃で援護していた杏が指示を飛ばす。
「タマっち先輩、行ける!?」
「悪い、杏…ここは動けそうにない…!」
「千景さんは――」
「手が、足りないわね…!」
「俺が行く!!」
想真を除き、誰も救援には行けない。本来はローテーションで1人は休んでいるハズだが、今回に関してはあまりの数の多さに総動員せざるを得なかったのだ。1番フットワークが軽い想真ですら友奈の元へ辿り着くまでにかなり手間取っている。切り札を縛るという事がどれだけ難しいか、全員は薄々感じ始めていた。
想真は神機を構えて疾走し、友奈の周りに群がるバーテックスを薙ぎ払う。それでも溢れてくるバーテックスに対して想真は不利だと悟り、友奈の手を引いて後ろに跳ぶ。
「ソーマ君、危ないっ!!」
「っ、らあッ!!」
懐に潜り込まれ、あわや大惨事になりかねない。だが、慌てずに左手を神機の峰に添える。すると、剣形態の神機が折れ曲がり、銃口が姿を表す。そのまま引き金を引くと、紫色のオラクルの爆発が起こる。爆発に巻き込まれたバーテックスは粉々になり、同時に想真も反動で後ろへ更にスライドする。
これがロングブレードにのみ搭載された特殊機構【インパルスエッジ】だ。ロングブレードは本来ショートとバスターの中間を目指して造られた刀身であり、ショートの連撃とバスターの一撃火力を兼ね備えている。最も汎用性が高いが、貫通力と破砕力はほぼ一切無く、刀身自体は斬る事に特化したとも言える。それをインパルスエッジで補うのがセオリーだ。
だが――
「攻めの手が、足りない…!」
まだ劣勢で済んでいる。それはロングの性質である火力と手数の両立が出来ているからだ。これがショートかバスターのどちらかであったなら、とっくの昔に押し切られている。ショートでは一撃の威力が、バスターでは手数が足りていない。
友奈と共に戦おうとしても、インパルスエッジがそれを阻む。インパルスエッジの属性は爆発だ。当たれば痛みは無いとは言え、かなりの衝撃と吹っ飛ばしに襲われる。それで友奈に負担を掛けるのは避けたいが、だからと言って即興で連携しろと言うのも難しい。
今はどうにか劣勢で済ませられているが、時間が経つに連れて他の勇者も押されていくだろう。いや、既に綻びが見え始めている。想真が遊撃から友奈の防衛に入った為、今まで想真が倒していた分の皺寄せが他の勇者へと向かっていたのだ。あと5分凌げるかすら怪しく、10分は保たないだろう。
(切り札を使わないなんて言ってられない…!今までとは数が段違いだし、何よりこれ以上渋るのはみんなの命が危ない。なら…!)
「皆さん、私が切り札を使います!少しの間だけ耐えて下さい!」
間髪入れず、精神を鎮めて神樹へとアクセスする。自らの底から力を引き出す様な感覚と共に、自分が何か別の存在に成ったかのような感覚。目を開ければ、杏の勇者装束は違うものへと変貌を遂げていた。
杏が降ろした精霊は【雪女郎】。雪女とも呼ばれるソレは、日本の冬を象徴し司る存在。その権能は雪と氷を自在に操り、杏が力を行使するその場所は極寒の地へと変わる。
「アンちゃ〜ん!!なんにも見えないよ〜!?」
「…寒い、わ…」
「皆さん、動かないで!直ぐに終わらせます!!」
自分が伸ばした手の先すらも見えない猛吹雪が戦闘域を覆い尽くす。仲間達の寒さを訴える声をスルーし、1分ほど力を使うと解除する。吹雪が晴れた景色には、凍りついたバーテックスの破片と生き残った少数のバーテックスしか無い、白銀の世界に変わり果てていた。
「おお、すごいな…あんず」
「やったね、アンちゃん!もう敵も、あと少ししか残ってないよ!」
「だが、切り札は使うなと杏自身が言っていたのに、使って良かったのか!?」
杏の凄まじい精霊の力に感嘆しつつも、自分の武器を振るいながら掃討戦を開始する。
「そうだぞ、あんず!使ったら何があるか分からないんだろ?」
「えっと、大丈夫だよ…きっと。私、今までの戦いで1度も精霊の力を使った事無かったし、他の人が使うより安全だよ」
杏は危うい理屈で答える。使う回数が少なければ安心という保証は全く無いが、既に変調が表れている球子が使うよりは安全だろう。1番リスクを背負わずに事態を処理するには、杏が切り札を使う事が1番の安牌だった。
「まぁ、説教は後だ!今は残ったバーテックスを――」
そう言って球子が瀬戸内海の方向に振り返った時、異様なモノが見えた。
バーテックスの大群だ――加勢に来たのだろう。だが、それだけでは異様と言うには足り得ない。異様なのは、バーテックスの大群を率いる様に先頭を悠々と進んでくる、巨大なバケモノ。これ程の大きさの進化体は【丸亀城の戦い】で未完成に終わった巨大バーテックス以来だ。
「…まずいぞ、アレは…!」
楽観主義者の球子でさえ、冷や汗を流す。それ程の異質さを巨大バーテックスは放っていて、勇者達に
球子だけではなく、この中で2番目に有効的な判断を下せるであろう杏ですら攻撃して良いのか躊躇っていた。そして、最も実戦経験が豊富であろう想真は――
「アレはっ、アイツは…っ!」
思い出す、死んでいく仲間達。何人も死んだ。アレを倒す為に何人も、何十人も死んだ。
「私が行きます!この中では私が1番攻撃力が高いハズです!」
「やめろ、それは――」
「――凍れッ!!」
無意味だ!!叫ぼうとした声を、杏の声が切り裂く。杏のクロスボウから凄まじい冷気と吹雪が巨大バーテックスへと向かう。先程とは違い、今回は一点集中故に威力は段違いだ。段違いであるハズなのだ。巨大バーテックス――サソリ型の周囲に居た数体の星屑は余りの冷気に凍りつき、砕け散っていった。
しかし――
「そんな!?」
サソリ型には全く効いていない。矢は容易く弾かれ、その外殻には軽く霜がついた程度だ。杏が驚愕した次の瞬間、サソリ型バーテックスの尾が杏に襲い掛かる。尾の先端の針が、少女を串刺しにせんと迫る。
「うわっ!?」
咄嗟に後ろに跳んで回避する。更に2度、3度と跳躍して距離を取るが、その間も杏の頭の中には1つの思考しか浮かばなかった。それ程までに今の状況は衝撃的で、かつ絶望的であった。
(精霊の力が効かないなんて…!じゃあ、一体どうすれば…!?)
現在の勇者の中で最も強く、そして強力なバーテックスを殲滅出来る手段である精霊の力。それは勇者の弱点をカバーしながらも長所を伸ばせるものである。それすら無効化して平然と闊歩するサソリ型に対し、杏は恐怖を抱く。
その間に通常個体も次々と融合し、サソリ型程ではないが巨大な進化体を形成する。切り札を縛っている状態ではそのバーテックスにすら苦戦してしまう。
「ちぃっ…!」
「マズイよ若葉ちゃん!これ以上増えたらもう…!」
前線で食い止めようとした想真だが、質と数を両立したバーテックスは止められない。跳躍しながらモルターを連射し、その反動で勇者の元へと退却する。
「…使うわ、切り札…!」
「待って下さい、ちか――」
1番初めに決断を下したのは千景だった。制止する杏の声を振り切り、勇者装束が変化していく。千景と全く同一の姿が現れるのは千景の精霊である【七人御先】の能力である。
「もう迷っている場合ではない!使うぞ!」
「…うん!」
それに続くように若葉は義経を、友奈は一目連の力をその身に降ろす。
「っ、また懐かしいヤツが居るな…!」
勇者に続こうとした想真に飛び掛かる巨大な影。それは紅いマントを羽織る虎のようにも見える。
「コイツは俺が相手する!任せたぞ、勇者…!」
想真が対峙するのは【ヴァジュラ】と呼称されるバーテックスだ。虎を想起させるその姿に違わず、如何なる場面でも落ちない機動力と強力な雷を操る能力を持つ。胴体が弱点ではあるが胴体を覆うマントは非常に硬く、あらゆる刃も衝撃も通さない強敵である。
サソリ型を任せるのも非常に怖いが、サソリ型の強みは尻尾を用いた高速かつ高威力の攻撃だ。それ故によっぽどの事が無ければ負けないと想真は判断し、高機動かつ危険なヴァジュラを相手にする事にしたのだ。
「征くぞ…!」
1人で戦う事は慣れている。特に想真の部隊ではヴァジュラを1人で倒せて1人前とすら言われていた。懐かしい相手だ、そう思いながら想真はヴァジュラに向かって疾駆した。
(…あぁ、結局全員切り札を使ってしまった…)
杏は他の勇者が切り札を使う光景を見て、自らの力の足りなさを悔やんでいた。もっと自分が巧く立ち回れていればこうはならなかったかも知れない。もっと楽に戦いを運べていたかも知れない。他のみんなは切り札を使わずに済んだのかも知れないのに――
「――あんず、危ないっ!!」
「ッ!?」
球子の声で杏は我に返った。目の前にはサソリ型、その尻尾は杏に向かっている。もう手遅れだ。ここからでは避けられない――
――間一髪、球子が乗る旋刃盤が間に合う。球子は杏の手を取り、旋刃盤の上に引っ張り上げる。直撃は避けたものの流石に避け切れず、尻尾の先端が杏の左手に掠ってしまう。
「あんず、大丈夫か!?」
「大丈夫、ちょっと掠っただけだから……え?」
ほんの少し。包丁の浅い切り傷程度の掠り傷だと言うのに、杏の左手はみるみる内に腫れていく。傷の周りは赤く爛れたように腫れ上がり、しかも左手は痺れて感覚が無くなっていた。
球子は旋刃盤を操ってサソリ型だけではなく、他の巨大バーテックスからも距離を取り、杏の左腕を見る。
「杏、腕がっ…!?」
「…あのバーテックスの針、毒があるんだ…!」
「くっ、あいつ…!」
球子はサソリ型を睨みつける。だが、杏は決して弱気を見せなかった。クロスボウを右手でしっかりと握り、
「右手が無事なら、戦えるから!」
「…そうか。なら、早く治療できるようにさっさと戦いを終わらせるぞ!」
球子はそう言ってサソリ型の巨体を見据え、旋刃盤を操る。サソリ型は攻撃の対象を完全に2人に絞ったのだろう。尾の先を旋刃盤に向け、ゆらゆらと揺らしている。それは鎌首を擡げる蛇の仕草にも見えた。
「攻撃は最大の防御!あんずとタマで同時に攻撃を仕掛けるぞ!!」
「うんっ!!」
雪女郎と輪入道の同時攻撃。サソリ型は熱に弱いかも知れないし、急激な温度差により装甲が壊れるかも知れない。何より、球子の旋刃盤の質量は凄まじい。
旋刃盤は尾の攻撃を躱して接近し、杏は全身全霊の吹雪をサソリ型に見舞う。吹雪を当てた部分に球子の旋刃盤が炎を纏い、突進する!
「行っけぇぇぇえええ!!!!」
「お願い、効いて―――ッ!!!」
2人の叫びも虚しく、同時攻撃はサソリ型の装甲に傷をつける程度で終わった。それも、ただ傷付いただけだ。活動に何の影響も無い、多少の傷。旋刃盤はサソリ型から距離を取り、態勢を立て直す。
「全然、効いてないっ!」
球子の
初陣の時現れた柱状の進化体。その防壁を打ち破る術が無かった想真は内部からバーテックスを破壊した。だが、それが出来たのは進化体の外殻を破壊出来たからである。サソリ型の外殻は硬く、全員の最高の一撃を結集しても破壊出来るかは怪しい。
つまり、サソリ型はあまりにも強い。今の勇者達で倒せるレベルを超えているのだ。倒せるかどうかの次元ですらない。抗えるか否か、生き残れるか否か。そのレベルであった。
杏の心を絶望の暗雲が覆い尽くす。
次の瞬間、サソリ型の巨大な尾が杏と球子を打ち付けた。生身でトラックに激突されたような衝撃が2人を襲う。精霊による強化は解除され、杏と球子は空中から墜ちていく。
「杏、球子ッ!チッ、コイツら…!!」
想真はヴァジュラとの戦いを1度放棄し、2人の救援に行こうとするが行き先に雷の球体が撃ち込まれる。何度か捕食したお陰でバースト状態は維持できているが、それだけだ。ヴァジュラと巨大バーテックスを同時に相手取っているから、ここから身動きが取れないでいる。ヴァジュラ1体と巨大バーテックス数匹ならまだ対処出来るが、何十体も来られては処理も間に合わない。
周りを見ても若葉、千景、友奈も巨大バーテックスに足止めされており、2人の救援には誰も行けるような状況ではなかった。
地面に叩き付けられた杏は気を失っていた。
「あんず、起きろ!!」
球子は杏に必死に呼び掛けるが、それでも目を覚まさない。
「くそっ…!」
物事が悪い方へ転じた時、次の出来事も悪い方へ悪い方へと転がっていくものだ。サソリ型は打ち落とした2人を見失ってはいなかった。ゆっくりと歩を進め、2人に狙いを付けて再び尾を振るう。
「くそぉぉぉぉ!!!」
輪入道の力を失い、元の大きさに戻ってしまった楯。巨大なサソリ型の尾を弾くには余りにもちっぽけな楯で、球子は攻撃を防ぐ。
「ぐ、ううぁっ…!」
1度防いでも、終わる事は無い。何度も何度も突き出される尾の攻撃。人を殺す事への執着すら感じる攻撃は、一撃防ぐ事で精一杯の球子へ降り注ぐ。
ガンッ!!
ガンッ!!!
ガンッ!!!!
重い、重過ぎる一撃一撃をどうにか防ぐ球子。明らかに無理をしている。ビルから落ちてくる鉄骨を素手で受け止めるようなものだ。矮小なる人の身で行える事ではない。
ガンッ!!!!
ガンッ!!!!!
ガンッ!!!!!!
「ううっ、ああぁあぅ…!」
一撃防ぐ毎に身体中の骨は悲鳴をあげ、砕けそうになる。足は地面にめり込み、両腕の骨は内側からミシミシと音を立てている。
だが球子は逃げない。逃げる訳にはいかない。球子の後ろには杏が居るのだ。球子が防ぐのを止めれば、杏諸共針に貫かれてしまう。
「……う……タ、マっち…先、輩…?」
「目、覚ましたか…?」
目を覚ました杏が目にしたのは気絶していた自分を守る為に、凄まじい勢いで振り下ろされる尾を防いでいる球子の背中だった。
「早く、逃げろ…あんず…!」
「何言ってるの!?タマっち先輩の方こそ逃げなきゃ…!」
「タマは、無理だ…」
「どうして!?」
「コイツの攻撃で足が痺れてる…と言うか…骨、砕けてるかも知れない…動けないんだ…!」
杏は言葉に詰まる。その間にもサソリ型の攻撃は止まず、旋刃盤には絶死の一撃が穿たれ続けていた。
「お前だけでも…逃げろ、あんず…!」
「ダメだよ、出来る訳ない!」
「出来る、出来ないじゃなくて…やるんだよ…このままじゃ、2人とも死ぬぞ…!」
「嫌!絶対に嫌!また、そんな、こんな事なんて…!」
以前にも同じような事があった。球子は杏を護ろうとする。何があっても護る。例え自分が傷付いたとしても、自分の身を犠牲にして球子は杏を護る。
そんな球子を置いて逃げるなど、杏は絶対にしたくないししない。そもそも、そんな選択肢など無かった。
「あんずの、わからず屋ぁっ……!」
尾の攻撃を受け続けた旋刃盤に、亀裂が入り始めた。
「わからず屋でも良いもん!絶対に逃げない!」
杏は立ち上がり、クロスボウを握って連射する。
(あんず、逃げろって…!)
杏は意地になったようにその場に踏み留まり、クロスボウから矢を射出する。しかし、その矢すらも体表に軽く刺さる程度で、ダメージを与えられているかすら怪しい。
(でも、逃げないなら…タマが守ってやるしかないだろ…!)
尾の針の攻撃は更に苛烈になっていった。一撃の威力が増し、速度を速くなっていく。
ガンッ!!!
ガンッ!!!!
球子の身体に常人なら一撃で粉砕されかねない威力が注がれる。一撃受ける度に脳天から雷に穿かれたような感覚と共に意識が混濁し、感覚が曖昧になる。全身の激痛に脳が灼け付き、痛みというより痛みを衝撃として受け取っていた。
(けど、守る…!)
衝撃で意識が揺さぶられ、意識が白濁する。全身の骨が砕け、内臓の幾つかが破裂し、体内がぐちゃぐちゃになっていく感覚。ほら、次は左の胸から何かが爆ぜるような感覚。
(けど、守るんだ…!)
もう自分が立っているのかどうかすら解らない。もしかしたら、もう人の形すら保ってはいないのかも知れない。
(でも、あんずだけは傷付けさせない…!)
球子は尾針の攻撃から自身と杏を防ぎ続ける。旋刃盤の亀裂がまた拡がっていく。
ここまで傷を負っても諦めないのは、球子にとって杏を守る事が最優先であり、自身に課した至上の戦う理由だからだ。
(タマの旋刃盤は…【
球子の旋刃盤に宿る霊力は巫女達からそう呼ばれ、崇められていた。神屋楯比売とはその名にも在る通り【楯】そのものである。土地神の王たる配偶神にして、何かを護るという行動の象徴。
球子の旋刃盤はその形状と彼女本来の性格から武器として使われるが、その本質は違う。その本質は【楯】なのだ。自身と、大事な存在を外敵の脅威から護る為の。相手を屠る為の武器ではなく、守る為の防具なのだ。
(タマは楯…!あんずの、あんずを守る為の楯!だから、護らせてくれ…!)
球子の楯に守られながら、その後ろでは杏がひたすらサソリ型に向けて矢を撃ち続けていた。その体表に金色の矢が突き刺さっていく。
(今は効かなくても、一撃一撃が弱くても、撃ち続けていれば…!)
杏のクロスボウに宿る霊力の御名は【
不思議な話ではないか?活発な性格の球子が与えられたものが守る為の楯で、内向的な性格の杏に与えられたものが強力な弓矢。だが、それはある意味2人の内なる想いに合っているとも言えた。
球子は杏を護りたいと願い、杏はその球子の強さに憧れた。ならば、球子には誰かを護る為の楯が。杏には強くなる為の武器がその願いには相応しい。
(タマっち先輩が守ってくれるなら、敵は私が倒す…!)
岩をも粉砕する矢がサソリ型バーテックスへと放たれる――
「邪魔だ、退けバケモノ共ォォォォォォッ!!!」
駄目だ。人の願いなんて無意味だ!
「あ、アあぁあァァあァ!!!」
医者からは止められている量の筋力増強剤を飲み込む。オラクル細胞に作用し、通常では有り得ない筋力を発揮する。バースト状態も合わさって走る速度は大幅に増すが、有り得ない筋力に筋肉自体が耐え切れず、あらゆる筋が悲鳴を上げ、何本かは既に断裂しかけている。
「ふざけるなよ…!また奪われて堪るか!!」
もう少しだ。あと7秒…いや5秒あれば助けられる!!
嗚呼、世界とは何故こうにも残酷なのか。もう2度と失いたくない少年と、互いを守り、敵を倒したいと願う少女達。その祈りも願いも、容易く踏みにじっていくのだろうか。
理由は簡単、世界とはそういうものだからだ。だって、既に言っているだろう?
球子の楯の亀裂は拡がっていき、杏の矢は全く効かず。そして、助けようとした想真は間に合わず。球子と杏は纏めて腹部をサソリ型バーテックスの尾針に貫かれた。
「あ、あぁぁああァァァあぁああ!!!!!?!?!?」
「ぁ…嘘だ…嘘だぁぁぁぁぁッ!!!」