神機はバーテックスのコアを利用して製造されている。それ故にバーテックスの特性を色濃く受け継いでおり、捕食したモノの特性を利用し、自らを変異させる事が出来る。それがどんなものであっても。
心の底では信じていたのかも知れない。奇跡なんて無いと嫌でも学んだハズなのに、特別な命なんて有りはしないと知っていたのに、縋ってしまったのだ。甘えてしまっていたのだ。勇者なら変えられると、変えられなかった現実をきっと変えてくれると。
その結果がこの惨状だ。信じたから、失ってしまった。本当に愚かな話だとは思わないか?間違っている事を信じ、学んだ事を今回は違うと否定し、その結果また同じ事を繰り返してしまったのなら。
――それは全部、自分のせいだ。
「杏っ、球子ッ!!しっかりしろ、オイ!」
太い尾針は球子の左胸と杏の腹部を貫いていた。腹部からだけではなく、両目両耳からも出血しており、尋常の傷ではない事が見て取れる。
「――そ……ま……」
「馬鹿、喋るな!!命を縮めるだけだぞ!!」
穴が空いた勇者装束を開き、傷を診る。杏の白い身体に穿たれた紅い穴は肺を貫通し、その傷口の周りはジュグジュグと赤く爛れていた。毒が有るのだ。そう判断した想真は腰のケースから【
「何をしてる!?飲まなきゃ死ぬんだぞ、早く飲め!!」
「……タマ…もう…ておくれ…」
「馬鹿言うな、まだ助かる!花見するんだろ!?まだキャンプにも行ってない!死ねないだろうが!!」
どうにか喋っている球子だが、ところどころで声が掠れている。杏に関してはもう喋る事すら出来ていない。目を動かす程度は出来ているが、それもかなり弱々しい。
想真は半ば縋る様な気持ちで2人にデトックス錠を飲ませるが、2人は飲み込もうとしても咳き込んでしまう。液体が絡んだような咳が聞こえて、想真は2人の背中を叩く。すると、血液と共にデトックス錠が吐き出されてしまった。とても小さい薬だが、もう飲む事すら出来なくなっていた。
「………っ」
「杏…?」
杏は弱々しく想真の袖を引き、首を横に振る。もう意味は無いと伝えているのだ。だが想真は諦められない。もう仲間を死なせたくないのだ。
「ううぅうおおぉおぉおおおお!!!!」
後ろから友奈の叫び声が聞こえる。振り向けば友奈は一目連の力を解除し、新たな精霊を降ろそうとしていた。想真も大社から聞いた事のある、勇者の適性が高い者しか使えない切り札の中の切り札。【鬼札】と呼ばれるものだ。
それを見た想真は戦いの終わりを悟る。あの力はこの戦いを終わらせる。そう思わされる程、今の友奈から溢れる力の余波は強大だった。
「……なぁ……」
「どうした、球子!」
「た、ま…たちの…ぶき、を…」
「武器か、武器がどうした?」
「…たべ、ろ…」
「なっ…!?おま、そんな事やれる訳が無いだろうが!死ぬんだぞ!?そんな事をすれば、もう助からないんだぞ!?」
杏と球子の命は勇者の力によってどうにか保たれている。それを想真が喰らえば、勇者の力は失われる。そうなれば、この2人の命は消えてしまうだろう。それを想真は良しとしない。
「…そうま――」
――やめろ、それ以上言わないでくれ。死なせたくないんだ。お前を、杏を、殺させたくなかったんだ。頼む。もう俺から仲間を奪わないでくれよ。俺に大切な人を殺させないでくれよ!!!
「――たのむよ」
球子と杏は自分達の武器をもう1度顕現させ、力を振り絞って想真の前に神器を持ち上げる。その想真は俯きながら神器を受け取ると、神機を構える。
「…どうしてだろうな、球子。目は良いハズなんだ…なのに、やたらと視界が歪むんだ…!」
滲む視界に反して身体は淀みなく次に行う行動を実行していく。神機が変形し、黒い恐竜の如きアギトが顕になる。グジュルグジュルとグロテスクな音を立てる
「守れなくて、済まない…先に待ってろ、俺もいずれそこに行くから」
「…は、は…でき、るだ…け、おそく…な…」
神器を上へ放り投げる。そのまま、落ちてきた旋刃盤とクロスボウを捕食する。神器が内側から変貌していくのが解る。盾は球子の旋刃盤が黒くなったようになり、銃身も杏のクロスボウとほぼ同一のものになる。
そして、解ってしまう。球子と杏の勇者装束は消え、制服になっていく。そして、勇者の身体でギリギリ耐えていた毒が全身へと回り、命の灯火が消えてしまう。2人の手は力無くパタリと倒れ、2人の目からは光が消えてしまった。
「……………」
想真は2人の目を閉ざす。そして力が抜けて倒れた手を掴み、杏と球子の手を繋がせる。本物の姉妹というものは知らなかったが、まるで肉親のように仲が良かった2人。次に生まれてくる時は本物の姉妹に生まれてきてくれ、と。そう願いを込めて。
――タマも戦うぞ!想真と、ずっと一緒にな!
――そうです。忘れないで、想真さんは1人じゃありませんからね!
「…命は無くとも、お前らの事は俺が覚えてる。俺が、お前らの意志と力を連れて行く」
「あああぁぁああぁあああッ!!!」
友奈が降ろした鬼札【酒呑童子】の力は凄まじいものだった。先程まで使っていた一目連の力がお遊びに感じられる程度には、出力の違いは激しい。
だが、その人の身に大き過ぎる力は毒となる。友奈の拳が振るわれる度にサソリ型の外殻は壊れていくが、同時に友奈の身体も悲鳴を上げていく。一撃一撃を重ねていく度に、どこかの筋と骨が軋むのだ。
「友奈、1度退け!!お前の身体が保たないぞ!!」
だが、友奈は聞く耳を保たない。心の自制が出来ていないのだ。当然の話だろう。彼女はまだ大人ではない。命のやり取りが目の前で成されるのは初めてなのだから。命が消える悲しみと、その消した相手に対する憎しみなど、味わった事が無いのだから。それが親しかった友人の死なら尚更、荒れる心を鎮める事は不可能だろう。
「お前が、お前達がッ!!タマちゃんとアンちゃんをッ!!!なら私がっ!お前達を――」
――殺してやる。
優しい友奈に初めて生まれた、ドス黒い感情だった。心の奥底から湧いてくる殺意に身を任せ、サソリ型に殴り掛かる。どれだけ叩いても消え去らないサソリ型は、殺意をぶつけるにはちょうど良いサンドバッグのようなものだろう。
だが、同時に友奈の勇者装束が消えかけている。理由は分からないが、このままでは不味い。そう感じた若葉は無理やりにでも友奈を止めようとするが力の余波が激しく、義経を宿している若葉も友奈の元へ辿り着けるか怪しいものだった。
「――友奈。もう良い、休め」
「ソーマ君…邪魔しないで!!」
友奈の眼前に想真が現れ、振るわれた拳を盾で受け止める。その盾は全くビクともせず、そして友奈にとっても見覚えのある形をしていた。
「お前の拳は誰かを護る為に在るものだ。何かを壊す為に使うものじゃない。…それも、こんな奴らを壊すのに使うなんてのは、言語道断だ」
「知らないよそんなの…!それより、そこを退いて。私はタマちゃんとアンちゃんの仇を取らなきゃいけないの」
「…馬鹿野郎、お前がそんな事をして喜ぶような連中じゃないと、お前はよく知ってるだろうが!」
想真は友奈へ距離を詰めると、鳩尾を殴る。これで気絶しないのは分かっている為、次は後頭部を神機の柄を使って思い切り殴打する。酒呑童子が解除され、ただの勇者装束に戻った事を確認すると想真は友奈を若葉に預ける。
「想真…」
「俺が何とかする。…なんだ、その顔は」
「いや、その…」
「あの2人を死なせたのは俺なんだ、俺が責任を取る。…死にはしないさ。あの2人の力が有るんだ、死ねる訳が無い」
そう言う想真は直ぐ様サソリ型に向き直り、神機を構える。サソリ型は余裕ぶるように尾針の先端をゆらゆらと遊ばせている。その様はこの針でお前の仲間を殺してやったぞ、と見せびらかすようだった。
「…俺の予想は当たってるんだろうな。だけど、そんなのは御免だ。お前らみたいなクソッタレな化け物が
神機を変形。剣から銃ではなく、銃はクロスボウへと変貌した。銃口から放たれるのは冷気そのものと勘違いするような冷気を纏った矢だ。サソリ型の体表に突き刺さり、友奈が破壊した箇所から段々と凍結していく。
サソリ型はたかが道具を使うだけの、精霊も降ろしていない人間に傷を付けられると思っていなかったのかも知れない。怒り狂うように尾針を想真に向けて突き出す。
「こんな力任せな攻撃が、当たると思うなッ!!」
躱して、伸び切った尾に斬撃を浴びせる。が、結合部まで硬い尾は神機の刃を通さない。直後、想真の背後から悪寒が走る。右にステップして避けると、先程まで居た位置を猛スピードで針が通過していった。
「お前が殺した…!ここで死んで良い人間じゃなかったんだ!!まだ明るい未来があった…!これから成長して、恋をして、友達に囲まれて、自分の未来を謳歌して笑って逝くような、そんな良い人生を送る筈だったんだッ!!」
尾針を躱し、地面を転がりながらも想真は確実に矢を当てていく。サソリ型の節々が凍結して動きが鈍くなっていく。これは想真の力ではない。これは杏の可能性、未来の杏ならもっと簡単に使えていた力だ。精霊の力を使う事にリスクが無ければ、杏ならきっとこんな手数に頼る戦法をせずとも一撃で凍らせていただろう。
「それをお前は奪った!
サソリ型の身体を駆け上がる。自分の身体に刺さる事を厭わずに尾針で想真を殺さんと攻撃を仕掛けてくるが、直感に従ってそれを避け続ける。自分の毒は効かないのだろう、その簡単な予測すら想真にとっては苛立ちを助長するだけなのだが。
「…友奈だけじゃない。勇者の力は未来を創る為の力だ。恨みから来る、過去に囚われた力じゃない。だから――」
想真はサソリ型の頂点まで駆け上がると、神機を剣に変形させる。だが、このままでは刃が通らず、弾かれるだけで終わってしまう。そんな事は百も承知だ。だから、
「――力を寄越せ、輪入道!!」
神機の先端に、黒い旋刃盤が装着される。その旋刃盤は炎を纏い、高速回転を始める。電動ノコギリのようになったソレを想真は叩き付けるようにサソリ型バーテックスに振り下ろす。高い不快な音を上げ、サソリ型を斬り裂いていく。ひび割れたサソリ型の身体の各所からは炎が噴き出し、藻掻くように尾針が振り回される。地面に突き刺さる度に地面が変色し、腐食していく。結界が侵食されているのだ。
だが、想真は構わずにサソリ型を殺す。ただ殺す。自分の為だ。神機はバーテックスのコアから造られたモノ。毒を以て毒を制すと言うように、バーテックスの力を以てバーテックスを殺すのだ。それも、過去に囚われた者の為。バーテックスに大事な者を殺され、
「俺が殺す。俺に安らぎなんてものは要らない。
サソリ型が原型を保てなくなり、バラける。溢れ出る大量の
もう誰も、傷付けさせないように。誰も死ななくて良いように、と。そう自分に言い聞かせてバーテックスを狩る想真の顔は――
「――想真、あなた…なんて辛そうな顔をして…」