神喰らいは人造勇者である   作:魔王タピオカ

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 精霊の力

 勇者が降ろす事が出来る力。精霊と呼ばれてはいるがその力は神の力であり、強大な力を降ろして戦う事が可能。
 だが、神の力は人には過ぎたる代物である。精霊の力の反動は精神に作用し、マイナス面での幻覚や幻聴が症状として上げられる。今の所対抗策は見つかっていない。


EP6 過酷なる戦い
対等


 「…一般人にも犠牲者が出たわ」

 

 歌野は端的にそう言った。バーテックスとの戦闘時に形成される結界はある意味神樹の力そのものだ。そしてこの方舟は神樹の力によって保たれている。それが傷付けばこの現実世界にも被害が出るのは当然の話だろう。

 

 「そうか。それは残念だが、あれが最善だった。必要最低限で済んだ事を喜ぶべきだろうな」

 「っ、あんたねぇ!!」

 

 歌野は想真の胸倉を掴む。人が死んだというのに、余りにも事務的な反応をする想真に憤ったのだ。想真は胸倉を掴む歌野を無感動に見つめると、吐き捨てるように言った。

 

 「ハッ、戦えもしないヤツが何を言うんだ?神の加護を失った勇者は勇者じゃない。ただの一般人だろう」

 「…っ!」

 

 歌野はもう戦えない。別に戦う気が無い訳ではないのだ。だが、どうしても変身出来なかった。戦う意欲は有っても、神が力を貸してくれないのだ。

 ただ歌野は変身出来ない理由を薄々勘付いていた。勇者は清廉潔白なる乙女しかなれない。その清廉潔白、という判定がどんなものなのか人間には量り難いが、死んだ男の事を忘れられない今の歌野が清廉潔白と言えるのだろうか?結婚はしていないし、そういった行為もしていない。だが、今の歌野は未亡人と変わらないのだ。

 それなら、神樹が力を貸さないのも頷ける。つまり、歌野がまた戦うにはタツミへの未練を断ち切らねばならない。それがどれだけ難しい事か、想像もつかないが。

 

 「少なくともタツミなら、そんな言い方はしなかった!」

 「タツミは死んだ!!…球子も杏も、もう死んだ。もう居ない者に縋るのはやめろ。却って辛くなるだけだぞ」

 

 そう言って想真は歌野の前から去る。廊下でばったり会ったのはひなただ。無言ですれ違おうとしたが、ひなたの方から話し掛けてくる。

 

 「想真さん、あなたの神機は変異しています」

 「…そうだろうな。どの神機にも盾が刀身に装着される機能なんて無かったし、何よりあの力は2人のものだ」

 「精霊の力は、とても危ういものです。その危険性は生前の杏さんも危惧していました。ですから――」

 「――あの2人は俺の中に居る」

 「…は?」

 「2人の神器を喰った時、声が聴こえた。きっと2人の意志は俺の中で生きてるんだ。…きっと」

 「それはただの思い込みです!良いですか、精霊の力は精神を不安定にするんですよ!あなたはあの2人の精霊の力を同時に使ってしまったから、そう思い込んでいるだけで…ですから、カウンセリングを受けて下さい!お願いですから…!」

 

 想真はひなたからカウンセリングを受けるようにと再三通告されているにも関わらず、一切行っていない。毎回はぐらかされ、煙に巻かれていた。

 

 「…そのカウンセラーは大社の人間だろう?マトモな事をするとは思えないがな」

 

 その一言に尽きる。忘れがちだが、想真は大社からすれば不都合な事実そのもの。想真が居なくなれば戦力は落ちるが、それ以上に不都合な歴史を知る者は居なくなる。戦いの中で死んでくれた方が嬉しい存在なのだ。そんな想真が精神的に弱っているのなら、大社が追い打ちを掛ける事を躊躇う事は無いだろう。

 

 「それなら…それなら私が――」

 「――お前が球子の代わりになれると、本気で思ってるのか?」

 

 話を聴く、ただそう言いたかった。だが、次の瞬間想真から凄まじい怒気が発される。怒っているという感情よりも酷いかも知れない。憎悪にも近しい感情を間近で感じたひなたは黙ってしまう。

 

 「付け上がるなよ。お前は違う。アイツは打算抜きで人を想える人間だった。目の前の人間の為に必死になれる人間だった。お前は何をするにも若葉の為、そうだろう?今俺を気に掛けるのだって、結果的に若葉の為になるからだ。…お前じゃ、球子みたいにはやれないよ」

 

 自嘲するように笑うと、想真は自室へ帰っていく。それをただひなたは見ているだけだった。視界が滲む。想真の声に傷付いた訳ではない。ただ、本質を見透かされた気がしたのだ。

 本当は言い返したかった。私はただあなたを心配しているだけだ、と。でも、出来なかった。思えば、自分の行動は本当に若葉を中心にしている。想真を心配する一方、想真が戦線から居なくなる事が有れば若葉の負担が増えると思っていたのも事実なのだ。いや、むしろそっちの方が大きいのかも知れない。

 ひなたは流れる涙を拭う事無く、自己嫌悪していた。想真にとって球子という存在は何か特別なものだと解っていたのに、安易に踏み込んでしまった事をただ悔いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「…ふざけんなよ…何が付け上がるなだ。付け上がってるの俺だ。悲劇の主人公気取りかよ、橘想真」

 

 馬鹿げた発言ばかりだった。心の中にドス黒い感情が渦巻いていて、それが晴れないのだ。女々しいとは思う。2人の死がここまで自分にとって重いものだという事実が、想真にとって衝撃だった。

 

 「()()()2()()…?たった2人だと!?」

 

 自分の考えに怖気が走った。命の価値は等しく重い。1つの命でも重いものなのに、たった2人と思った自分が悍しく、気持ち悪いと感じた。まるで化け物だ、自分の身体も含めて。

 

 「…こんな事してる場合じゃない。俺の事なんてどうにでもなる。…怖がりだからな、誰かが居てやらなきゃ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 暗闇の中、布団に包まって震えていた。腹部を貫かれた2人の死に顔が未だに脳裏に浮かぶ。両目両耳から血が流れ、光が消えた目。それを見て涙を浮かべる彼の姿。

 怖い、戦いでそう感じたのは初陣の時以来だ。あの時は友奈が居たから戦えた。このカーテンを閉め切り、明かりが無い部屋には自分しか居ない。頼りの友奈は病院で絶対安静になっているし、若葉はこういう事には鈍い。強いからこそ、弱い人と同じ目線には立てないのだ。それが解っている以上、若葉に頼る気にはなれなかった。

 

 「…っ、うっ…!!」

 

 食道が灼けるような感覚を感じ、トイレに駆け込む。便座を上げ、食道からせり上がってきたものを便器にぶちまける。何回も吐いている内に胃酸しか出なくなってしまった。もうぶちまけられるような物も腹に入って居ないのに、律儀に身体は嘔吐しているのだ。

 こんなに身体は饒舌に不調を訴えてくるのに、口は全く動いてくれない。たすけて、の4文字すら言えないのだ。涙が頬を伝う。

 

 「――何してるんだ、千景。そこは汚いぞ?」

 「…そ、想真…?」

 

 トイレの扉の向こうで心配そうな目で千景を見ていたのは、少し窶れた想真だった。想真は千景の元に歩いてくると、便器の中を見て眉を動かす。千景は吐瀉物を見られてしまった事に気付き、急いでレバーを捻って水を流す。

 

 「あ…えっ、と…これは…」

 「…強がるな、誰だってそうなるんだからな。少し言うのが遅れたが、入って良いか?」

 

 千景は想真の問いに頷いて返事をする。想真は備え付けのポットで湯を沸かし、持ってきたコップにインスタントコーヒーの粉末を入れる。そして、ゆっくりと口を開いた。

 

 「…1人で怖かっただろう?」

 「え…?」

 「人の…友達の死に直面して、怖かったんじゃないのか?」

 「…そうね。凄く、怖いわ…今も、目を瞑ると瞼の裏に浮かぶの…」

 「…当然だ。人の死なんてものに直面して、それでも元気でいられる人間はそう居ない」

 「でも、きっと乃木さんは…」

 「若葉は強過ぎる、あの強さは異質なんだ。10代とは思えない、正に【勇者】と呼ぶのに相応しい強さを戦い始めてから身に着けたのか、それとも初めから備わっていたのか…それは判らないが、あの強さを持つからだろうな。若葉は痛みや恐怖に対して無神経な節がある。…何かをバネにして強くなれる人間とそうじゃない人間が居るって事を、まだ知らないんだろう」

 「そう、ね…」

 

 失敗や挫折をバネにして強くなれる。とても素晴らしい話だ。どんな物語にもある、ありふれた展開。それを実際に出来たら、どれだけ世界は単純で素晴らしいものになるだろうか。少なくとも、千景はそれが出来ない人間だった。失敗をすればそれをずっと悔やみ、再挑戦しようとしても失敗した経験がフラッシュバックする。そんな、弱い人間だった。

 

 「時間が戻せれば良いのにな」

 「え…?」

 「時間が戻せれば、後悔する事も無い。失う事も、誰かが悲しむ事も無い。…なんて、ただの夢物語なのにな。本当に女々しいな、俺は」

 

 そう言って無理に微笑む想真の顔は見ていられない程に酷い顔をしていた。目の下には隈が浮かんでいるし、まだ傷は癒えていないので生傷が残っている。良く見れば涙を流した跡も残っている。自分の事で手一杯なのに、それでも千景の事を気遣っているのだ。

 

 「…あなたも、辛いのは一緒なのに…」

 「…いきなりどうした?」

 「…あなたは、いつもそう。私はあなたに何も望まない…あなたが強いとも思わないし、あなたが悪いとも思わない。だから――」

 

 千景は想真の手を握る。ゴツゴツとしていて、細かい傷が無数にある手。今まで戦い続けた人の手だ。少し体温は低いが、確かに温かい。ゴッドイーターだろうと、その手は確かに人間の手だった。

 

 「――私とあなたは同じ。…だから、私の前では強がらなくて良い…」

 

 想真はキョトンとした顔をしている。ここまで言って千景は思う。慰めてくれている人に対して言う言葉ではなかったかも知れない、と。対面の想真が何も言わない。沈黙に耐えられず千景は今の言葉を取り消そうとするが、手を握り返してきた想真の言葉がそれを遮った。

 

 「そうか…そうだな。お前は、いつもそうだったな」

 「…どういう意味?」

 「俺の事を気遣ってくれる。どれだけ強がっていても、見透かしてくる。…敵わないな、千景には」

 

 そう言うと想真は千景の手を握り、目を瞑った。

 

 「もう少しだけ、このままで…」


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