橘想真の神機にのみ顕れる現象。元から神機に備わっている機能である変形とは違い、神の力を喰らって初めて成立する。
その機能のロジックは単純であり、発動させる条件は神機を用いて勇者の使う神器を喰らう事。だが、これは力を借りている訳ではなく『喰らっている』為、神器を喰われた勇者は勇者としての力を失う事となる。
現在、土居球子の【輪入道】と伊予島杏の【雪女郎】の力を喰らっている。
勇者土居球子、及び伊予島杏が死亡して数週間後。乃木若葉、高嶋友奈、郡千景の3人の勇者と橘想真に方舟外のバーテックスの掃討を命じた。
怪訝に思っていた4人だが、瀬戸大橋を渡ると今まで交戦してきたバーテックスとは比べ物にならない程のバーテックスが構成されていた。
ソレを倒す為に先ずは乃木若葉、郡千景が切り札を使用。橘想真も同時に死亡した勇者の力を使用し神機を【変異】させ、超大型バーテックスへと攻撃を仕掛けた。
しかし、前回の襲撃で戦ったサソリ型バーテックスにダメージを与えられたのは高嶋友奈の【酒呑童子】と橘想真の【神機の変異】だけだった。それと同じく今回の超大型バーテックスに効く武器は橘想真の神機しか無く、その神機すら効果は薄いようだった。
無数の通常体バーテックスへの対処に追われ、戦闘が始まってある程度経つまでは傍観していた超大型バーテックスも戦闘に参加し、火球を放ってきた事も有り高嶋友奈が【酒呑童子】を使用した。
それにより戦況が変わる事が期待されたが、高嶋友奈の身体は完治していなかった。外見上は完治していたように見えたが、身体の内部は完治していなかったのだ。【酒呑童子】を神樹から降ろそうとした段階でその負荷に耐える事が限界であり、精霊による装束の変化すら危うい状態で突貫。超大型バーテックスに攻撃を仕掛けようとした瞬間に大量に吐血し、気絶。気絶した高嶋友奈を橘想真がどうにか回収。そこから橘想真の独断で撤退する事を判断し、撤退した。
この出撃により得られた情報は少ない。現時点での勇者ではバーテックスの攻勢に耐える事は難しく、勇者システムの更なる改良が急務である。
「――クソッタレ」
想真はそう口にした。目の前の硝子の向こうには
どれもこれも、数日前に戦った超大型バーテックスによるものだ。正確には友奈は戦えてすらいなかったが、想真はもっと自分が強ければと悔やんでいる。球子と杏の力を上手く扱えていないから、こうして勇者が傷付いてしまったのだと。
もっと強くなれる。自分が【変異】と呼んで使っている力は球子と杏の力だ。この程度の力である訳が無い。そう考えていると足元に包帯が転がってくる。幸いにも解けていないらしい。
「…あなたは…」
「…諏訪の巫女?看護士の手伝いでもしてるのか。」
「藤森水都です。…そうですね。何もしないっていうのが性に合わないので、お手伝いさせて貰ってます」
「そうか。…じゃあな」
「待って下さい」
さっさと帰ろうとした想真を水都が引き留める。
「お見舞いにいらしたんですよね。面会謝絶ではありませんし、少しだけ入ってみませんか?」
「…本当に良いのか?」
「はい。ドクターには良いって言われてますし。…それに、誰も怒れやしませんよ」
「どういう意味だ?」
「中で説明しますよ。どうぞ、入って下さい」
ICUのドアを開けた水都の後に続いて中へと入る。中は薬品臭く、機械の音が規則正しく鳴っていた。その音が友奈の心拍と同じペースだと思うと、どこか不思議な気分になる。
「――大社の人はもう解っているんですよ。あなたが居なければ人類が滅ぶって」
「……………」
「でも、急に扱い方を変えれば良い感情は持たれない。だから無干渉を貫いているんです。…回りくどいですよね」
「…謝られたらはいそうですか、なんて言える程生易しい事をされていない。どんな事が有ろうと俺は大社を許す事は無いだろうな」
「そうでしょうね。大社もそう思っているから、色々変わったんですよ?」
そう言うと水都はポケットからスマホを出し、ニュース記事を表示して想真に見せる。そこには大社の代表が変わったという旨の記事が掲載されていた。
「…アレが素直に退陣するとは思えないが」
「はい。でも、あなたのお陰でゴッドイーター擁護派が権力を取り戻したんですよ」
「俺が?」
「あなたの戦いぶりで、今の人類にはあなたが必要だと抑圧派の人間も理解したんです。そこに付け込む…って言うと言い方が悪いんですけど、どうにか代表を退かせたって話ですよ」
「……議会に呼び出されないのはそういう理由か。球子と杏が死んだ時、間違い無く俺が責められると思っていたが…」
以前の大社なら何かと理由をつけて想真の尊厳を踏みにじるような事を言ってきたものだが、今回は無かった。それをずっと疑問に思っていた想真だが、それで合点がいった。
だが、今の想真にはもう1つ疑問があった。目の前の水都についてだ。
「…お前は俺を憎まないのか?」
「…タツミさんの事で、ですか?」
「あぁ、そうだ。俺はどう繕ってもアイツを殺した、その事実に変わりは無いんだ。なのに、どうしてお前は俺に何も言わないんだ?」
「あなたは私に何を言って欲しいんですか?あなたを憎めば、責めれば満足してくれるんですか?」
「いや、そういう訳じゃないが…」
「私から見たら、そう言いたいように見えるんです。…冷静に考えれば、あなたの言動は優しさから来るものなんだって直ぐ分かりますよ」
「…俺は事実を言っただけで…」
「うたのんだって本当は解ってるハズなんです。あなたが、私達の憎む対象になってくれたって事は。でも、心が整理がまだ出来ない、それだけで。…少なくとも、うたのんはあなたを憎む事で燃え尽きずに済んだのは事実なんですから」
「……………」
「でも、抱え込み過ぎです」
「…何だと?」
「球子さんも言ってましたよ。あなたは誰にも相談しないんだ〜って」
「相談なんて…別にやらなくても悪影響は無いだろ」
「ほら、そうやって1人で抱え込む。…皆さん、心配してるんですよ。あなたの事を大事に思ってるから、こうやって心配されるんてす。嫌いな人間の事心配しますか、普通?」
「それは無いが…」
「なら、もっと吐き出して下さい。…タツミさんはそうしてくれなかったんです。何も言われずに遺された人は後悔するんですよ、絶対に」
水都の言葉には説得力があった。経験談だと、本当に後悔したのだと解る。タツミが何を秘めていたのか、今の想真には分からない。タツミはもう死んでいるのだから。それでも何故想いを秘密にしたのか、それぐらいなら解る。迷惑だと思ったのだろう。タツミが歌野と水都にその想いを伝える事は2人を迷わせる結果になると、そう考えたのだろう。
この考えは想真の予想に過ぎない。それでも、合っている自信が想真にはあった。
「…そうか」
「そうなんですよ」
「いきなり出来るかは分からない。だから、今までよりは善処しよう」
「……ちゃんと善処、して下さいね」
「…分かった」
「話し過ぎてしまいましたね。そろそろ出ましょう。今友奈さんに必要なのは深い眠りですから、ここで起こしてしまったら入院期間が長くなっちゃいます」
「…敬語は抜きで良い」
「え?」
「思った事を言っただけだ。悪いか?」
「…そうです、それで良いんですよ!その調子で勇者の皆さんにも言ってあげて下さいね」
「あぁ、分かったよ。それじゃあな」
想真は友奈の病室から出て、自室へ戻る。その口角は少しだけ上がっているような、そんな気がした。
千景は自分の部屋でネット掲示板を見ていた。見た理由は単純で、ふと気になったからだ。最近の勇者――と言うより、サソリ型が現れて以降は勇者の快進撃は止まってしまった。
今までは勇者に目立った被害を出さず、方舟の中にも何も被害は出さなかった。が、勇者が2人欠けた事により少しずつ被害が顕れ始めていた。
自分達の頑張りがどう評されているか、その評価が励ましになれば良い。千景はそう思っていた。
だが、人間は綺麗ではないのだ。人間はいつでもそうだった。辛い時は
それは勇者も同じだった。人類に残された最後の切り札。その名前は象徴になるには充分で、それ故に捌け口になるのにも充分だったのだ。
「…これ…何なのよ…私達は、ずっと必死に…!」
タイトルが伏せられた掲示板の内容は、この一言で始まっていた。
『やっぱ勇者って無能だわ』
その言葉の内容は、千景の心を抉るのには充分過ぎる程鋭利だった。