ゴッドイーターが服用する薬剤の殆どはオラクル細胞に作用するものである。それ故に服用すると少しずつ疲労が顕著になっていく。特に回復錠、筋力増強薬などはオラクル細胞から直接肉体に作用する都合上、負担が大きい。
それ故にゴッドイーターが持ち込める薬の量には制限があり、規定の個数以上摂取すると動けなくなったり、戦闘終了後に副作用に悩まされるなどの後遺症が顕れる。
「くたばれ…!」
その言葉と共にバーテックスは斬り捨てられ、塵へと還る。周りを見回してももうバーテックスは居らず、これで今回の襲撃が終わった事を悟った。
バーストが解除された想真は身体にのしかかるような疲労感と倦怠感に耐え切れず、神機を落として膝をついてしまう。友奈はペタンと座り込み、千景は神器を支えにしてどうにか立っている様子だ。疲労に負けずどうにか立てている若葉は流石と言ったところか。
今週に入って何度目か分からない襲撃である。以前は1ヶ月に1回あるかどうかという頻度だったが、杏と球子が死んでからは畳み掛けるように襲撃の数が増えていた。いつ起こるか分からない襲撃に備えているせいで精神も摩耗し、【変異】を使っているせいでネガティブな思考に囚われる事も心無しか多くなっている。
「…みんな、怪我は…まぁ、してるよね」
「私達はまだ良い。だが、想真は…」
「気にするな、そこは回復錠でどうにか賄える。それに前よりも後衛がやりやすくなったからな、まだ戦えるさ。俺よりも――」
「――俺よりも?」
「…いや、何でもない。そろそろ引き上げるぞ」
想真にとって心配なのは自分の事では無く、千景の精神状態だ。比較的メンタルが強い想真でさえネガティブな感情に囚われるのだ、勇者としての力があっても精神的には脆い千景が精霊の力の反動に対して万全でいられるとは思えなかった。
それは友奈と若葉も同じだが、2人は『強い』人間だ。他人を傷付ける前に自分の行動に気付けるだろう。それも過剰な信頼と言われればそれまでなのだが、少なくとも千景よりは放っておけると想真は思っていた。
だが現代の闇は想真の想定よりも遥かに速く、そして静かに千景の心を蝕んでいたのだった。
戦いが終わると、勇者の3人と想真は大社直営の病院で検査を受ける。それにはひなたも着いてきている。いつもは笑みを浮かべているひなただが、この時ばかりは表情が暗い。それが何故か想真には分からない事だが、何となく話し掛ける気にはなれず、待合室に置かれている新聞を手に取る。
度重なる樹海の侵食による災害や事故。そして一般の人に漏れてしまった球子と杏の死。本来は隠し通すつもりだった情報を隠す事がもう不可能だと悟った大社は勇者の死とこの頻発する事故や災害がバーテックスによるものだと公表した。新聞やニュースなどは大社からの強い情報統制により、勇者の勝利や大社の活動を前向きに伝えていた。
(…人はそんなに鈍くない。少しでも不穏な気配が有ればそれを感じて、ロクでもない行動に走る。閉鎖空間ではそれが特に顕著になる。…方舟は、沈むのかもな)
「すまない、2人とも。待たせたな」
検査室から出て来た若葉は想真が持つ新聞の記事に気付いた。友奈は恐らく精密検査か、それとも入院だろう。彼女は酒呑童子を使ってから大社の検査は厳しくなった。本人は気にし過ぎだと言っているが、大社からすればまだ足りないくらいだろう。これ以上の勇者の死は方舟の崩壊に繋がりかねない。
死んでも良いとすれば、好感度が地に落ちた勇者くらいのものだろう。
「被害者…また出てしまったな」
「若葉ちゃんが気にする事では有りませんよ。むしろ、若葉ちゃんと千景さんのお陰で被害が最小限で済んでいるんです」
「…切り札の使い過ぎだと言われた。身体にもかなり無理が来ている、とも。だが、侵食を最小限にするに早期決着を望めば使わざるを得ない…」
若葉は溜め息をついてソファーに腰を下ろす。
「俺の【変異】も神機にかなり負担を掛けているらしい。戦いの中で壊れる危険性も看過出来ん…なるべくなら使うなと技術部から言われたな」
【変異】は精霊の力を使うが故に想真の精神に負担を掛けるが、それ以外にも神機を精霊の力で無理やりに変形させている都合上、神機にかなりの負担が掛かる。下手に多用すれば戦闘の中で神機が故障、最悪壊れてしまう事も有るかも知れない。それを考えれば多用は控えたい。
だが、被害を抑えるには勇者の切り札と想真の変異を使わざるを得ない。
「…消耗戦ですね…行き詰まってます…」
「ああ、その通りだ…」
2人がそう呟くと検査室から千景が出てくる。表情は暗く、検査があまり芳しくない結果だった事が直ぐに分かる。
「検査はどうだった?」
「…良い訳無いでしょう。切り札の使い過ぎと言われたわ…誰の為に切り札を使っていると思って…!だったら、切り札なんて使わないで戦ってやるわ…そしたら、どれだけの犠牲が出るか、身を以て知る事になる…四国の人間も、大社の人間も、安全な場所で勝手を言うだけ…!だいたい――」
「千景、もう言うな」
千景の言葉を若葉が遮った。視界の横で、ひなたが悲しそうな顔をしていた事に気付いたからだ。恐らく、千景が言った「安全な場所」という言葉が心に刺さったのだろう。事実、方舟の中は安全なのだから。目の前に居る自分以外の3人の献身で、安全に保たれているのたから。
しかしひなたは優しく千景の手を握った。
「…良いんです、全部吐き出して下さい。それで千景さんが楽になるなら、苛立つ気持ちも、悲しい気持ちも全部私にぶつけて下さい。全部、受け止めますから…」
ひなたの言葉に詰まったように黙り込む千景。数秒の沈黙の後、乱暴にひなたの手を振り払った。
「…放っておいて…私の事は、巫女のあなたには関係の無い事だわ…」
そう言い捨てて千景は病院の出口へと向かう。
「待て、千景!その言い方は無いだろう!」
若葉が立ち上がり、千景の肩に手を置いて引き止める。
「この状況だ、確かに苛立つのも仕方が無い。だが、決して人を傷付けて良い理由にはならないぞ。苦しい状況だからこそ、まず私達が結束して――」
「――あなたは、正論しか言わないのね…」
「何?」
「2人とも、落ち着け」
「正論だけで生きていけるのは、強くて無神経な人だけよ…!私はあなた程強くないし、無神経でもない…あなたに弱い人の気持ちは分からない…!」
「千景も、もうやめろ」
「…こんな時に弱音を言うな!」
「うるさいっ!!」
千景は衝動的に若葉を突き飛ばそうとした。だが、突き飛ばされたその先に植木鉢がある事に気付いた想真は若葉を横に払い除け、自ら千景に突き飛ばされた。
耐えられると思っていたが、衝動的な行動の為力加減が出来ていない事と想真も消耗していた事もあり、後ろに倒れ込んでしまう。植木鉢が割れ、鋭利な破片が掌に刺さる。鋭い痛みが右手に走るが、もう慣れたものだ。眉1つ動かさずに立ち上がる。
「…2人とも、熱くなり過ぎだ。若葉、お前はリーダーだろう?勇者の全員が全員、お前と同じ考え方が出来る訳じゃない。少し落ち着け。千景も――千景!?」
千景は想真達に背を向けて走り去っていく。それを追い掛ける為立ち上がると、後ろから強い口調で制される。
「想真さん、手当てが先です!」
「っ…こんな傷――」
「――回復錠は駄目です!その薬は平時に使って良いものじゃないんですよ…!」
回復錠は傷を取り敢えず治す事に特化した薬だ。摂取する事で体内のオラクル細胞を活性化させて治療する。当然、治す事は出来ても体力の回復は出来ない。むしろ細胞を活性化させるという都合上、体力を余計に消費してしまう事すらある。
万が一今襲撃が起これば、ただでさえ神機に負担を掛けられない想真の肉体に負荷を掛けた状態で戦う事になる。冷静に考えて、こんな時に回復錠を使わせる訳にはいかないのだ。それが分からない想真ではない。
「…分かった、ガーゼと包帯を貸してくれ。直ぐに手当てする」
「私がやりますよ。自分でやるより、きっと早いでしょうしね」
「…頼む」
一刻も早く千景の元へ向かいたい。だって、想真は知っているから。
幸運や幸福は長く続かない。だと言うのにこういう不運な時は違う。何度も不幸や不運が連鎖して、最悪よりも更に酷い方へ酷い方へと転がっていくという事を。