バーテックスの進化系の1つ。虎のような容姿をしており、胴体部のマントは非常に硬く、神機の刃どころか爆発すら通さない。
発電施設を喰らい、学習したのか強力な発電能力を持つ。更に虎のような容姿に違わず身軽であり、その高速機動と広範囲かつ高威力の電撃は数多のゴッドイーターを苦戦させ、殺してきた。しかしながら、慣れれば動きのバリエーションはそこまで広い訳では無く、ゴッドイーターが優勢だった時はヴァジュラを1人で討伐出来れば1人前と言われていた。
しかし、強力な能力と引き換えにコアを有しており、人間側の兵器に転用されていると勘づいたバーテックス側がヴァジュラを投入する事は殆ど無くなった。
人命が1つ失われ、それと同時にゴッドイーターという存在が明るみに出た。それはゴッドイーターを第2の勇者として発表しようとしていた新体制の大社としては非常に痛手であり、大社としても想真を野放しにする事は出来なくなってしまった。
理由を知るのはたった2人、若葉と千景のみ。友奈には心配を掛けてはならないと、2人は知らせていない。大社にこの事を伝えようにも、優先順位はどうしても勇者には劣る。郡千景という勇者の不安定さを今の民衆に露見させる訳にはいかないのだ。
「──とんでもない事を仕出かしてくれましたね、あなたは」
「…あれが最善だったという考えを覆す気は無い。勇者1人と一般市民の命なら、どうしても勇者が勝る。このクソッタレな世界はな」
「解っています。ですが、もうあなたの扱いはどうしても改善出来ません。どうにかイメージも良くなってきた所に今回の事件です。自業自得ですよ」
「……悪いな、交代した後に面倒事を背負わせて」
「元はと言えば私達大人がゴッドイーターなんてものを生み出してしまった事が全ての元凶です。その尻拭いをあなただけに背負わせるのはお門違いなんですよ」
「…あんたは『良い大人』ってヤツだろうな、きっと」
想真は自室で謹慎していた。犯罪者として裁こうとても、大社としては罪を下せないのだ。想真の戸籍はとうの昔に抹消され、無かった事にされている。それは死んだ他のゴッドイーターも同じ、無かった事にされている。存在しない人間は裁けない。それ故に想真の行いはバーテックスの侵攻として処理された。
確かに混乱はあった。方舟の内部にバーテックスが現れた、その公表は混乱を起こしかけたが、それと同時に若葉と千景の2人が想真を鎮圧する動画が動画サイトにアップされたのだ。その動画は大社により直ぐ削除されたが、コピーされた動画がインターネットの海にブチまけられ、ニュース番組でも取り上げられた。それにより勇者の強さが明らかになり、事態はある程度の収束を見せた。これは想真が想定していた事態の収束よりも遥かにスマートなもので、想真としては大満足だった。
「──想真」
「…今日は随分と客が来るな。そんなに茶も茶菓子もストックしてないんだが」
想真は笑ってそう言う。それと対照的に千景の表情は暗いものだ。想真は自分の対面の椅子を引き、千景を手招く。おずおずと座る千景に対し、想真は声を掛ける。
「お前が気にする必要は無いんだ。狂った男に1人殺された、それだけの事件だ。その辺でもよくある、そうだろう?」
「でも、私があんな所に行かなければ……私があなたの言う通りにしないで、自分の価値を他人に証明して貰おうとしてたからこうなった…!」
「気にし過ぎだ、誰もお前を責めない。俺は元々こういう事があった時に汚名を被るのが仕事だ。…それに、俺の戸籍はもう存在しない。だから──」
「──それで良い訳なんて無い!!」
千景が珍しく声を荒らげる。それを見た想真は目を見開き、ただ驚く。そんな想真を後目に千景は言葉を紡ぐ。ずっと思ってきた、目の前の友達への思いの丈をぶつける。
「あなたはいつもそう! 私達の事ばかり心配して、自分の事なんて興味無さそうで!! それでも無理して笑うから何も言えない!!」
「ち、千景…?」
「ゴッドイーターだから何、勇者だから何!? あなたはあなた、私は私じゃないの!? 私は橘想真を心配してるの! ゴッドイーターとしての建前なんて求めてないわ!!」
その言葉に黙り込む想真。確かに想真はいつもゴッドイーターとしての建前を挟んで会話している。本音で話せたのは球子くらいのものだろう。特に2人が死んでからはもう勇者を死なせまいと戦うあまり、昔の戦い方──自分の身体よりも勇者の安全を確保する戦い方をしている自覚はあった。それが勇者の心を痛めていた事には気付けていないのが何とも想真らしいとも言える。
「──ありがとう、千景。心配してくれるのは嬉しい。だが、俺は戦わなきゃならないんだ。…結局の話、人を殺した事には変わりないんだ。人殺しは、償わなきゃならないだろ?」
「でも、あなたは私を庇って…!」
想真は微かに笑って首を横に振る。
「それでも、だ。命に貴賎は無い。…たとえお前を庇ったって理由があっても、あの人を愛する者は居ただろう。それを奪ったのは事実なんだ」
「なら、私も悪いじゃない…私があんな事をしなければ…」
「良いんだ、もう良い。それに、イラついてたのは事実だからな。今まで好き勝手されても文句も言わなかったんだ。仕返しとしては上等過ぎるだろ?」
そう言って想真は笑ってみせる。居た堪れない千景は他の言葉を紡ごうとする。何があってもこの事件は想真のせいではないと、大社の職員にも言った。だが、想真が独断でやったと自分で言っている以上大社としては想真を犯人とするしかない。それが政治だと解っていても千景は呑み込めなかった。
「…考えてみろ、千景。バーテックスを俺達で倒せばこんな罪無かった事になるってな。そう考えれば、この劣勢も踏ん張れるだろ?」
「……………」
「それに
「…そう、ね。そうなれば良いわね」
「そういう事だし、心配は要らない。俺も死ぬ気は更々無いし、お前らを死なせはしない。…さ、明日も早い。そろそろ寝ろ」
「…ええ、そうするわ…おやすみなさい」
「ああ、おやすみ」
部屋から立ち去っていく千景を見送る想真。ドアを閉めると、閉めたドアに背中を預けて座り込む。腕輪を明かりに透かすように目の前に腕を上げると、情けない震えた声で呟いた。
「──みんな。俺はとうとう人殺しになっちまった…」