「ぬっ…んくっ、この…」
「まだまだ…甘いわね…そこ、空いてるわよ…」
「んぐっ、ぬぉっ…。次はこっちの――」
「…隙有り…」
「あっ。……勝てない」
「私の唯一の取り柄…直ぐに抜かされたら、立つ瀬が無いわ…」
家に帰ってきた2人は連日学校をサボっていた。出席日数も何も、少なくとも2人を留年させる理由など村には無い。都会の人に対して体裁さえ保てれば、村からすれば2人の処遇などどうにでもなるのだから。それこそ山での遭難、川で溺れて溺死など、事故死に見せ掛ける為の場所なら幾らでも有り余っているのだ。
そんな2人は想真の家でゲームをしていた。現実に絶望した千景が見出した、逃避手段にして特技だ。ゲーム機を起動し、イヤホンを耳に挿せばもう周りの音など聴こえない。その周囲だけ千景にとって良い世界に変化を遂げる。今までは1人で淡々と敵を狩るかネット対戦で顔の見えない誰かと鎬を削っていたが、今は隣に居る少年とゲームで戦っていた。
自分達より歳上の男子を撃退した者と同じ人物には見えない。千景の攻撃が入る度に声を漏らし、どうにか反撃の機会を探るもその思考の間隙を突いた千景の攻撃が刺さる。朝からずっと戦っているが、未だに想真の白星は無かった。それでも諦めずに喰らいついている辺り、負けず嫌いな面もあるのだと千景は認識する。
「レース、バトル、パズル…色んなゲームが有るんだな」
「そうよ…だから、あなたにも得意なジャンルがある筈…」
「それなら良いな。…それに、誰かとこういう事をするのがこんなに楽しいのか、初めて知った」
「そう言えば、想真は…いつも何をしていたの…?」
「俺?俺は…そうだな、着いてこい」
想真は立ち上がり、扉を開けて部屋から出る。そこから少し廊下を歩き、他の扉より大きく色も暗い扉を開ける。そこには2人の身長の2倍は超えているだろう大きな本棚と、その中に詰め込まれた本がズラリと並んでいた。想真は本棚に近付くと背表紙を見ずに無造作に本を取り出す。それを軽く持ち上げると、千景に向けて言った。
「コレが俺の暇潰しだ。ほら」
「本…結構重いのね…」
「まぁ、中々の厚みだからな。何年もここの本を読んではいるが、ここにある本の半分も読めちゃいない。まだこの2つしか読めてないし、暇潰しには事欠かないさ」
それでも本棚2つ分読んでいる事に千景は衝撃を覚える。呆けている千景を尻目に想真は梯子を登り、1冊の本を手に取ると降りてきて千景にその本を渡す。千景はそれを受け取ると、不思議そうに本を眺めていた。
「俺が昔に読んだ冒険活劇だ。多分それなりには面白いと思うぞ」
「…字、細かいわね…」
「暇な時に読めば良いさ。それを読み終わった時、感想でも語り合おう」
「…えぇ、頑張ってみるわ」
さっき渡された本を想真に返し、1度その本を開いてみる。本に馴染みがない千景からすれば凄まじく細かい文字が並んでいて、見ているだけで頭が痛くなる。それでも想真が自分の趣味に寄り添ってくれたのだ、自分も寄り添わねばと目を凝らす。それを見た彼は微苦笑して、千景に言った。
「ゆっくりと慣らしていけ。読書は積み重ねだからな」
「…そうするわ…少し、目が疲れるから…」
「ゲーム出来るんだ、すぐ慣れる」
そう言いながら部屋へと戻る。その道すがら、千景は呟いた。
「…この非日常が、ずっと続けば良いのに…」
「続かねぇよ」
「え…?」
まさか、今までのは嘘だった?そう思い慄く千景に、振り向いて想真は笑った。
「非日常は続かない。この、今を日常にしていく。だから、非日常は続かないんだ」
「…えぇ、そうね…!」
嗚呼、人はこうも美しい。だが、だからこそ赦されぬ。一時の美しさ、一点の美しさこそ在れど、人が為してきた罪業が雪がれる事など有り得ないのだから。