完成体バーテックスとの戦闘の際伊予島杏を守り、共に死亡した。明るく活発で丸亀城下では民衆に慕われていた為、葬儀には彼女を慕う者や仲が良かった者、話してみたいと思っていた者が集った。
負傷した際、自分の傷と毒により落命を悟り、橘想真に自らの神器を託して逝った。享年14歳、早過ぎる死であった。
千景の死に対し、盛大な葬儀を。それが乃木若葉と高嶋友奈、そして橘想真の真摯な願いだった。戦いから戻り、怪我を治していた3人に対し、大社の職員から掛けられた言葉は3人にとって衝撃的なものだった。
「勇者としての葬儀が、出来ないだと…?」
「そんな、どうしてですか!?ぐんちゃんは頑張って戦ったのに、どうして!?」
「っ…それは、こちらとしても理由がありまして…」
葬儀を行えない理由をのらりくらりと誤魔化す大社の職員に対し、想真は呟いた。
「俺のせいだ。俺の行いが、アイツを勇者として葬る事を許さない。そうだろう?」
「ソーマ君のせい…?そんな訳ないよ!ソーマ君は頑張ってるし、誰よりも戦ってるじゃん!なのになんで──」
「──想真が、人を殺したからか…?」
「…ぁ」
その言葉を聴いて、友奈が固まる。思い出したのだろう、あの時の騒動を。
「大社はこれ以上民衆に嘘をつけない。それは勇者の死因についても同じ。ここで死因を隠しても、どこかしらで秘密はバレる。組織が抱える秘密なんてそんなものだ。…だから、勇者としての大々的な葬儀は行えない。郡千景が橘想真と過去に交流があった事が分かれば、勇者の神秘性が失われかねないからな」
「…訂正は、致しません」
職員のその言葉を聞くと想真は立ち上がり、その職員の肩に手を置く。そしてこう言った。
「アンタも損な役回りを任されたもんだな。…悪いな、俺のせいで」
そして想真は部屋を出たのだった。
「──どうして、あんな顔で死ねたんだ?なぁ、千景」
彼はそう呟いた。キッチリと畳まれた布団に、几帳面に整頓された机。乱雑なのは枕元に積んであるゲームだけだ。立派に見えてはいるが、案外抜けている彼女の一面に想真は懐かしさと悲しさを覚えた。
ベッドの上に置いてあるヘッドホンを手に取り、繋いであるウォークマンを操作する。いつも千景がやっているゲームの音楽を想像していたが、実際に聞こえてきた音楽はイメージとは違うものだった。
「…これは、俺の家にあった…」
それはベートーヴェン作曲、【歓喜の歌】だった。神が与えてくれた世界のあらゆるモノへの感謝と歓喜を謳うその歌は、この世界に於いてはとても皮肉の利いた曲と言えるだろう。
「神への歓喜、感謝か…ハハっ、馬鹿らしい事この上無いな」
辛い事や喜ばしい事があった時、大昔の人々が縋ってきた
これは戦争だ。神々の仲間割れを、勇者という駒とバーテックスという駒で行っているに過ぎない。人間は罪を清算しなければならない、とはよく言ったものだ。もし人間が本当に罪深い存在なら、いっそ滅ぼしてくれれば良いのにと想真は思った。
「──神は人間を平等に創った。なのに、どうしてこんな勇者なんてモノを生み出したんだろうな。お前達だけが痛みを背負って戦ってるのに、他の人間は何も知らずに平和を謳歌してる。…馬鹿らしいな、何もかも。いっそこんなクソみたいな世界なんざ、人間の手で終わらせてみるのも面白いのかもな」
そう言ってみても、何も反応は返ってこない。元から誰も居ない上に、誰かが居たとしても反応に困る言葉だろう。自分はやはり喋る事が得意ではない、と想真は思った。
「でも、どんな形だとしてもお前は世界を守る為に死んだ事になってる。…俺はこんな世界どうでも良いけど、球子と杏の命も礎になって繋いだ世界だ。だから、俺もまだ頑張ってみるよ」
そう言って想真は千景の部屋から出て、自分の部屋へ戻ろうとする。
「──ねぇ、1つ聞いていい?」
「…別に、構わないが」
そこに、想真を待ち構えていた歌野から質問が浴びせ掛けられる。
「あなたも自分が死にそうになった時でも、最期まで戦おうとするの?」
想真は笑った。別に歌野を馬鹿にした訳ではないが、特にこの質問に笑う要素は無い。想真もどうして笑うのか、自分でもよく分からなかった。
「…そうだな、戦うと思う」
「どうして?あなたが戦わなくても、誰も文句なんて言えないのに」
「確かに文句は言われないだろうな。でも、俺がそれを許せない。…ゴッドイーターだけじゃない、勇者だって沢山戦って死んできた。そんな中で俺だけがのうのうと逃げるのは嫌だから。言ってしまえば、ただの自己満足だ」
「…タツミも、同じだったのかな…?」
彼女も囚われているのだ、タツミが遺した想いに。彼の想いは一方的に託され、遺された2人はその想いに応える事は許されない。だって、伝える人がもう死んでいるのだから。
想真もそうだった。死んだ人間の記憶に縛られ続けてきた。だから、想真は歌野に告げねばならない。このまま歌野がタツミの想いに縛られて、彼女の人生が滅茶苦茶になる前に。歌野から疎まれても良い、そんな事を思いながら。
「さあな、俺にそんな事は分からない。だが、1つだけ確かな事がある」
「…それは、なに?」
「…アイツは、お前にそんな事で悩んで欲しくないって事だ。タツミの事を忘れろと言う訳じゃない。だが、タツミの言葉に囚われて、過去に自分を置いていく事をするな。その先に有るのは未来なんかじゃない。ただの地獄がそこにある。死ぬ事すら億劫になる、生き地獄がな。…お前は、そんな事になっちゃいけない」
「──なら、それならどうしろってのよ!!どこを捜してもタツミはもう居ない!!」
歌野は隈が濃く刻まれた目を見開き、想真に掴みかかる。そして、形振り構わず捲し立てる。
「気付けば、タツミの事を想ってる私が居るの…でも、
見開いた目からは大粒の涙がボロボロと零れ落ち、張り上げた声は震えている。中学生の少女に、どうしてこんな業が背負わされるのか。まだ幼い彼女がこれから背負うものの大きさと重さに、想真はやるせない感情を抱く。
想真には勇者達が居たから、
「──俺にも解らない。ただ、どれだけ辛くても、歩くのを止めたくても。それでも、歩いていくしか無いんだ。…こんな事しか言えなくて、悪いな。でも、それしか無いんだ。自分で受け止めて、折り合いをつけるしか無い。…こんなに想って貰えるなんて、アイツも幸せだろう」
本心だった。小川タツミの事を覚えているのは3人しか居ないのだ。それだけ思い出す回数は少ない筈なのに、彼はこんなにも想われている。それなら彼はまだ死んでいない。記憶の中で、3人が覚えているタツミが生きているのだ。その事に気付かせるのは想真の仕事ではないし、何より今の歌野に何を言っても届きはしない。彼女が彼女自身でその事に気付き、そして自分を赦さなければならない。
「…最近、眠れてないな?温かいミルクくらいなら出すから、着いてこい」
想真は自分の部屋へ歌野を招き入れてベッドに座らせると、ホットミルクを歌野に飲ませる。ゆっくりと飲む歌野の背中を優しく撫でる。昔これをやってくれた人は自分の胸元に抱き寄せていたが、流石にそれはやれなかった。徐々に歌野の頭が船を漕ぎ始める。最近ロクに眠れていなかったのだ、眠くなるのは当然だろう。本来歌野の年齢なら育ち盛りで、よく動いてよく寝るのが自然なのだから。
「…ゃ、だ…寝たら、また、夢…」
「眠れ、歌野。気休めにもならないかも知れないが、傍にいるくらいはしてやれる。…今回は、ゆっくり眠れ」
そう言うと歌野をベッドに寝かせ、手を繋ぐ。眠気には逆らえず、目を瞑る歌野を見届ける。呼吸が深くなり、力が抜けた手をゆっくりと離す。そして机の上にある写真を見て、今はもう居ない仲間へ言った。
「──お前は罪な男だよ、タツミ」