完成体バーテックスとの戦闘の際に土居球子と共に落命した。
だが、彼女の知識と類稀なる観察眼により遺された勇者たちの記録は大社により厳重に保管されている。精霊の改良に利用されているが、その作業はかなり難航しているらしい。
「………また、こうして外に出られるとはな。どんなコネを使ったのやら」
想真はいつもとは違う服を着て、ショッピングモールの中で独り言を零した。周りの話し声がガヤガヤと理解不能な音の羅列になって耳に入るが、それもバーテックスの立てる音と比べればオーケストラの様にすら聞こえる。
帽子のつばを上げて、視線を送るのはアクセサリーショップの中だ。その中には3人の少女──友奈と若葉とひなたがアクセサリーを選んでいる光景が。こうしていると世界の為に戦う勇者ではなく、ただの中学生にしか見えない。
「…本来はそれが普通なのにな」
あんまりではないか。想真はそう思わずにはいられない。本来は普通の学校に通い、こうして放課後に友達と遊ぶ事が普通ではないのか?その普通を奪われ、本来なら味わう事など無い痛みと苦しみ、哀しみを強要されている。
「初めから創らなければ良かったじゃねえか…不都合になったから消すなんて、餓鬼の癇癪と何ら変わらねえ」
そんな事を考えていると、横から声が掛けられる。
「想真さん」
「ひなたか。どうした、2人と一緒に居なくて良いのか?」
「その2人があなたを呼んでいるんですよ。行きましょう」
「いや、俺は…遠慮しておく。あの店は俺には少し難度が高い」
2人が入っているのは女性向けのアクセサリーショップ。そういったファッションに疎く、また関わりも薄い想真にとってこの店に有る商品はどれをどこに身に着けるのか、全く解らないのだ。それ故に想真は入る事を辞退した。だが、そんな想真に対しひなたは言った。
「あなたが今こうやって外に出られている理由、分かっていますか?」
「………」
「…分かってない訳有りませんよね?あの大社がこうしてあなたを外に出しているのは、ひとえにあの2人の熱烈なお願いが有ったからです」
どんな理由、動機が有ろうと想真は殺人犯である。その事件自体は大社の働き掛けによって揉み消されたが、今は大社という管理組織の弱みを決して見せてはならない時期なのだ。そんな状況下でゴッドイーターであり、殺人犯である想真を外に出すなど愚の骨頂だ。
だが、そんな理屈も勇者の懇願には敵わない。文字通り『世界を守る勇者』の頼みはこの世界では何よりも優先すべき事項である。勇者はそれを断った所で戦わないような人間ではないが、大社としても断り難い。どんな世界でもそうだ。どれだけ逼迫した状況でも、生贄に対してはどこまでも優しくなれるのだ、人間という生き物は。
「ほら、こうしている間にも2人が待っているんですよ」
「……分かった。行けば良いんだろう、行けば」
そう言ってアクセサリーショップに入る想真。中に入って2人を捜すと、案外直ぐに見つかった。ヘアゴムなどのヘアアクセが売られている棚の前に居た。その表情は真面目そのもので、少し嫌な予感がした。
「──ソーマ君、頼みがあるんだ」
嫌な予感が的中した。この大体頼みの内容は理解出来ているが、念の為続きを促す。
「…何だ?」
「私達が着けるアクセサリー、選んで欲しいの」
「……………………正気か?」
そう言って若葉の方を見るが、若葉は無言で頷くだけだ。この態度では、想真がどれだけ論じた所でこの頼みを辞退する事は出来ないだろう。いつもは皆に合わせる方が多い友奈だが、たまに凄まじい頑固さを発揮する時がある。今がその時だ。
「──分かった。だが、俺はこういうものの事は全く分からん。だからどんな物を選んでも文句は言うなよ」
そう言って棚に手を伸ばす。想真に分かるアクセサリーなんてヘアゴム程度のもので、使い方が全く解らない物も沢山ある。だが、想真は既に決めていた。何となく、それでもきっとこれなら似合うのではないか、そう思った物が。
「これ…」
「とても…綺麗だな」
想真が選んだのは桜の花びらが飾りにあしらわれたヘアゴムと、青い花が涼やかなバレッタだった。
「友奈の勇者装束のモチーフは桜だって分かるんだがな。若葉のモチーフは分からなくてすまないな。だが、若葉はこういう凛としたイメージがあった。…すまない、俺のセンスじゃこれが限界だ。気に入らなかったら違うのを──」
「──今買ってくるね!若葉ちゃんのも、良いよね!」
「あぁ、頼む」
想真の言葉を途中で遮り、レジへと早足で急ぐ友奈。それを見て想真はやっぱり年相応だな、と思う。
「…笑う事が増えたな、想真」
「そうか?」
若葉の言葉にそう聞き返す。聞き返しはしたものの、自分自身でも分かっている。以前の自分はお世辞にも笑えるような状態ではなかった。でも、今は違う。確かにそこまで頻繁に笑う訳では無い。大声で笑う事も滅多に無い。だが、自然に笑えるようになった。笑みが零れる事を自覚出来るようになった。そんな変化を自分が出来る事に、少しだけ驚いていた。
「ああ。お前は変わったよ、想真」
「お前もな。昔と比べるとどっちも丸くなったな、互いに」
「違いない」
「お待たせ!ちょうどいい時間だし、何かおやつでも食べに行こうよ!」
アクセサリーの会計を済ませた友奈が戻ってくる。スマホで時間を見ると、確かにおやつにはちょうどいい時間になっていた。このモール内の事は知らないので3人のチョイスに任せようと思ったが、ある事を思い出した。想真にも、大社内の施設以外でほぼ唯一知っている店がある事を。
「なぁ、良かったらで良いんだが、ジェラートでも食べに行かないか?」
「ソーマ君がこんなお店を知ってるなんて、びっくりしたよ!」
「そうですね、想真さんはこういうのに興味無さそうですし」
友奈はイチゴの、ひなたは抹茶のジェラートに舌づつみを打ちながら言う。
「…球子が教えてくれたんだ。アイツはここに来た時、この味を食べてたのを昨日のように思い出せる」
「本当に美味しいのか…?味の想像がつかないんだが」
メロン味のジェラートを頬張りながら若葉が訊いてくる。この醤油豆味のジェラートは複雑な味わいで、言葉にして表しにくい味をしていた。正直な話、想真にとってはそこまで好きな味ではない。だが、このジェラートを食べて笑う球子の顔を思い浮かべると、不思議と美味しく感じた。
「…あぁ、美味いよ」
「いやぁ、沢山遊んだね!こんなの遊んだの久し振りだよ〜」
「そうだな。最近は気の抜けない日々だったし、何より暇が無かったからな」
友奈と若葉はそう言って笑う。瀬戸内海に夕陽が反射して、とても綺麗な夕暮れだった。
「綺麗な景色だな。たまたま見つけたのか?」
「ううん、ここは私のお気に入りの場所なんだ。辛い事があったらここに来て、夕陽を見て帰ってたんだよ」
「初耳ですね、友奈さんがそんな事をしていたなんて」
「友奈はあんまり自分の事を話したがらないから、それも当然なのかもな」
友奈は模範的な生徒である。ルールは守り、学校の成績も良い。そんな彼女が大社からの外出禁止令を破っているとは、ここに居る友奈以外の3人からすれば驚きは大きかった。だが、そうでもしないと友奈程優しく在る事が難しいのも事実だ。息抜きは誰にでも必要な事は分かっている。だから誰もその事を追及しない。
誰も口を開かないから、波の音しか聞こえない。そんな中、友奈は口を開く。
「ソーマ君」
「なんだ?」
「ぐんちゃんって、昔はどんな人だったの?」
「…千景か。アイツは──」
初めて会った時の事を思い出す。そうだ、彼女は弱かった。親の行いのせいで虐げられる彼女に共通点を見出し、千景を助けた。
「──お世辞にも素直とは言えなかった。それもそうだろうが、アイツは村の人間から村八分にされていたからな。助けたが、身体は痩せていたし身体中生傷だらけだった」
でも、彼女を助けてからは今までの日々が嘘みたいで。
「ゲームが得意だったのはその時からだ。昔の俺は全く手も足も出なかったな。…俺が渡り合えたのは昔の経験より、ゴッドイーターとしての反射神経とか、その辺が大きいのかもな」
ただ機械的に起きて寝て、無為な日常が一変した。
「戦えるような性格じゃないのにな。誰よりも弱くて、誰よりも臆病な癖に、誰よりも強く在ろうとする。……そんな馬鹿が、戦うなんてな」
ずっと会いたかった、ただそれだけで。
「アイツは頑張ったよ。俺の初めての友達で、俺の仲間で、俺の──」
死んで欲しくなかったのに、死んでしまった。もう帰ってはこないのだ。その事実はとうに受け入れた筈なのに、それなのに。
「──あれ、おかしいな。泣くつもりなんて、これっぽっちも……」
あふれた涙は止まらない。想真の頬を滑り落ち、乾いた地面を濡らす。
「ぁ・・・うぁ、ふっ・・・うあああああああ!!」
──悪いな、千景。今だけは許してくれよ。さよなら、俺の憧れの人。
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