享年15歳にして、壮絶な死に様であった。
戦いの最中、危機に陥った橘想真を庇って戦い続ける。限界を超えて戦闘を続行した事により勇者の治癒力で治せる範疇を脱し、その結果死亡した。
最後の戦闘の以前は精神的に不安定となっており、それ故の短絡的な行動も多かったがある時を境に落ち着きを取り戻している。タイミングは橘想真による殺人事件の直後であり、その中で何かしらの出来事があったと思われるがどちらも黙秘した為、真相は闇の中に葬られた。
乃木若葉曰く、「最も人間らしい勇者」である。
──なんで、どうして。俺は今まで何をしていた!?
そんな思いが胸中を掻き回す。目の前の光景は想真の理解の範疇の外にあり、そして受け入れ難いものだった。
「……想真」
──嘘だ、悪い冗談だ。最近よくドッキリを仕掛けてくるからな、これもそうなんだ。だが、それにだって限度はある。そこは弁えてくれ頼むじゃないと俺はこんな事を本当だって受け入れてしまうやめろ見せるな
認めたくない現実に、想真は両腕を叩き付ける。折れた左腕と穴が空いた右肩が激しく傷んだ。
「お前のせいなんかじゃない、悪いのは私だ。…お前は、何も悪くない」
目の前に置いてあるものは傷付き歪んだ手甲。見るも鮮やかだった桜色は泥と血の色に汚れてしまっている。
──それは、高嶋友奈の神器そのものだった。
バーテックスの襲撃。それは普段なら神託が下され、その日までに人間は必死に準備をして対抗する。だが、今回は違った。勇者達が郡千景の死を乗り越える前の、まるで畳み掛けるような襲撃。不意打ちにも近いソレに、大社は戦慄した。
「樹海化だと!?まさか、まだ神託も下っていないのに!?」
「動揺しても仕方無いよ若葉ちゃん!私達はやれる事をやるしか無いんだから」
「行くぞ、2人とも。…まだ人類を終わらせない為に」
「──数が、多過ぎる…!」
「分かり切った事を言うなよ若葉。重要なのは物量に質が揃ってるって所だ。…もう出し惜しみなんてしてこないだろう」
「なら、私達も出し惜しみなんて出来ないね。…最初から使うつもりでいかなきゃ」
「【鬼札】は使うなよ。まだ切り札だ。完治したとは言え、アレは身体への負担が掛かり過ぎる」
2人が返事をする前に、バーテックスは3人を喰らおうと突っ込んでくる。バーテックスの目的であろう人間の滅亡は目の前だ。この3人を殺せば抵抗する手段は人類には無く、瞬く間に蹂躙されるだろう。
「この動き、何かがおかしい…!」
若葉は直感でそう悟る。バーテックスの攻め方には何かしらの意図があると。余りにも多すぎる数故に何の統一性も無い動きに見える、それは正しいのだろう。だが、ほんの一部だ。無限にも思える軍勢のほんの一部に今の勇者達を陥れる、致命的な何かがある。
「突破された!?」
「お前らは前に出てどうにか食い止めろ!多少の撃ち漏らしならカバーする!俺は後ろに戻って突破したヤツらを倒す!!」
「ああ、任せ──」
その時、若葉は脳に電撃が走ったような感覚に襲われた。それは敵によるものではなく、今まで感じていた違和感が確信に変わった閃きのようなもの。だが、それは遅過ぎたのだ。制止しようとしたその時には既に想真は神樹に向かった星屑を倒す為に戻っていて、そして
「──ソーマ君ッ!!!」
「クソっ、やられた!!友奈、突破出来るか!?」
「っ、無理かな…
『──俺の事は気にするな!!』
耳に着けたインカムから想真の声がする。いつも戦いの最中に壊れるか失くすかしていたが、どうにか役に立った瞬間だった。
『お前らは前だけを見ろ!…安心しろ、死のうなんて思っちゃいない。奇跡を見せてやろうじゃねえか!!』
バーテックスの壁越しに見える紫色の光芒に想真が必死に抵抗している事が分かる。2人は任された事を成そうと前に進むが、バーテックスは徹底して2人を無視している。ひたすら想真の方へ向かっている。
当然、今の2人に構う理由が無いからだ。スルー出来るならスルーして、今のところ最終防衛線となっている想真を殺すか突破して神樹を破壊した方が目的の達成が早いのだから、当たり前と言えば当たり前だ。
「進化体だけでも…!」
若葉の目論見は何もかもが失敗する。想真の負担を少しでも減らそうと進化体を倒そうとするが、その進化体は地面に潜って壁の向こうに行ってしまう。若葉は歯噛みして八つ当たりのように星屑を数体纏めて斬り裂いた。
「想真…!」
「キッツい…なっ!!」
想真の元に殺到する星屑を纏めて斬り捨て、灰になる前に足場にして飛び上がる。包囲網から一瞬だけ脱出するが、直ぐに取り囲まれる。いつもは容易く振るえるバスターブレードの刀身がどこか重く感じる。ふと手を見れば、震えている事が分かる。
「あぁ、そうかよ…ハハ、随分と人間らしくなったな、俺…!」
きっと、怖いのだ。この包囲網の中、たった1人で死ぬ事が。以前なら感じる事が無かった感情だ。こんな事で怖がっていたら、部隊に居た時なんてずっと恐怖を感じておかしくなっていただろう。想真はそう思うが、ふと気付いた。
死に対する恐怖を感じ過ぎた余り、脳が無意識に感情にブレーキを掛けていたのだろう。恐怖で気が
今にもこんな
「──なんて事が、俺に赦される訳が無いだろうがッ!!」
神機の刃が変質する。巨大なノコギリのような形をしていた神機の刃が蠢き、その形は大鎌となる。だが、それは大鎌と呼ぶには異質な形をしていて、剣とは既に呼べない形に成り果てていた。
その形はまるでアルファベットのFのようだった。長い柄の先には大鎌の刃が、それと少しの感覚を空けてまた大鎌の刃が生えている。今までの変異とは違う、本来の形から外れた余りにも歪なその形は、恐れを押し殺して戦う今の想真の心を反映している。
「っ、オオオオォォォッ!!」
星屑を薙ぎ払い、進化体に斬りかかる。歪な刃は容易く進化体の身体を切断し、包囲する星屑を圧倒的な範囲で巻き込んで倒していく。疲労が身体を蝕んでも決して動きは止めない。動きを止めれば即座に身体は疲労に囚われ、またこうして動く事は叶わないだろう。
その思考が油断だった。いや、仕方が無いのかも知れない。バーテックスの誘導が上手かったとしか言えないだろう。星屑の無尽蔵の包囲網に、進化体の攻撃能力による脅威。それに晒されて全方位を警戒出来る方が異常なのだ。それも、
「がっ、ふぐっ…!?」
突如地面から生えたバーテックスに打ち上げられる。そのバーテックスの頭部と思しき部分には鋭利な角のような器官が2本あり、それが想真の右肩を貫いている。想真は身を捩って抜け出そうとするが、それに反応してバーテックスも身体を動かす。
「ぎっ!っづ、うぁあ!!!」
バーテックスが身体を動かす度に貫かれた場所周辺の筋繊維がブチブチと音を立てて千切れ、鮮血が溢れる。人間を殺す事には抜け目の無いバーテックスだ、角に毒が有ってもおかしくはない。痛みに耐えながら抜け出そうと再び身体を動かした瞬間、想真は背中から硬い何かに激突した。
「…………ッ!!」
言葉すら出ない衝撃に意識が遠のく。傷口だけでも塞がなければ失血死する。その一心で腰のポーチからピルケースを取り出そうとするが、星屑の体当たりで吹き飛ばされる。受け身すら取れず、無様に地面に転がる想真。身体の下敷きになった左腕からはゴキリ、という異音が響いた。
「あ゙っ…!」
鋭い痛みが脳を突き刺す。失血も何も、このままではバースト状態が切れてしまう。一刻も早く立ち上がり、手頃な位置にいる星屑を捕食。それから離脱して回復錠を摂取する。そこまでのプランを即座に組み立て、実行に移そうとするが、想真はその時気付いた。
(──身体が、動かねぇ…!)
腕を持ち上げようとしても、全く力が入らない。足を動かそうとしてもいつものように地を蹴る事は出来ず、力無く地面を掻くだけだ。痺れにも似た感覚が手足の末端を包んでいく感覚に、麻痺毒に罹っている事を察する。
もうどこも動かない。想真自身は死ぬ気で身体を動かそうとしているが、身体は全く言う事を聞いてくれない。バースト出来ればその限りではないのかも知れないが、それを警戒しているのだろう。星屑は一定の距離から近付いてこない。その上に遠距離攻撃が出来る進化体が最大出力で攻撃しようとしているのだ。
どこからどう見ても詰んでいる。それを解っていながらも、想真は目を閉じる事が出来ないでいた。
(俺の悪運もここまでか…なるべく、苦しめて殺せよ)
戦いに奇跡なんて起きない事を想真は知っている。だから、想真は苦痛を望む。数多の犠牲の上に成り立っていた自分の命を、苦痛を以て清算しようとしているのだ。既に瞼を開ける事すら億劫だが、目だけは閉じない。進化体バーテックスがチャージしている攻撃こそが、想真の【死】なのだ。ならば、それから目を反らすことは許されない。
──あばよ、クソッタレ。
口に出したのか、それとも心中で吐き捨てたのか。それすらあやふやな意識の中で、攻撃が放たれた事だけは認識出来た。極光に染まる視界は目を開く事すら許さない。想真はゆっくりと、目を閉じてその時を待った。
「──ソーマ君は、殺させないッ!!!!」
友奈の声と共に、庇われたというには余りにも強い衝撃に想真は呻く。想真は宙を舞っていた。目を開ければ、そこには何かを放り投げたような姿勢の友奈がそこに居た。その姿は見慣れた【一目連】の力を纏った姿ではなく、あの【
バーテックスの包囲網が、次は友奈を包囲していく。前回の襲撃と同じく、あの中から逃れる事は生半可な力では不可能だろう。前回は千景の死を覚悟した方法で突破した。だが、友奈は助けられない。想真の身体は動く事すらままならず、若葉の義経では火力も応用性も足りない。どう考えても、想真を助けに来たのは判断ミスだった。それでも──
「──今までありがとう、ソーマ君。大好きだよ」
高嶋友奈は、笑顔で想真に感謝を伝えたのだ。
視界が暗くなる。
認めて堪るものか。
意識が朦朧とする。
また喪いたくないのに。
瞼が下がってくる。
まだ戦える。神機を使え。
戦え。戦え。それしか価値が無いのだから。やれるハズだ。そうでなければ、ここまで戦い続けた価値が無い。生きてきた価値が無い。何の為に強くなった?守る為だ。また哀しい思いをしない為に強くなったんだ動けよ早く気絶なんてしてる場合じゃない戦えよ橘想真こんなんじゃ意味が無い逃げろ友奈俺を囮にしろお前が死ぬなんて俺は認めないぞ戦え動け喰らえ守れ動け斬れ動け撃て動け防げ動け戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え
そして橘想真は、意識を失った。
「あ〜あ、私1人になっちゃった。…まぁ、懐かしいと言えば懐かしいのかな」
今思えば、完全に1人で戦うのは勇者としての資格を得た時以来だ。あれからはずっと、他の勇者達と仲良くなる前ですら後ろには誰かが居た。たった1人で敵と戦うのは心細い事なのだと、友奈は思い知った。
近付いてきた進化体を無造作に払った左手で粉砕する。外側からの衝撃に耐え切れなかったバーテックスは爆砕され、灰となった。
「ソーマ君はずっとこういう戦いを続けてたんだ…」
退いても、誰も助けてくれない。むしろ自分が退けば多くの人間が死ぬ。そんなプレッシャーの中、常に最前線で戦い続けた彼に友奈は尊敬の念を抱く。気を抜けば死の恐怖に足が竦み、圧倒的な物量を前に顔は引き攣る。この状態で戦い続けろと言うのは余りにも惨く、多くの人間には不可能に近い事だろう。それは死の恐怖を克服する事に他ならない。そんな事が出来るのは、本物の勇者か狂人くらいのものだろう。
「…本当に、頑張ってたんだね。同じ状況に置かれると本当によく分かるよ、ソーマ君の凄さがね」
友奈達のように課せられた使命も無く、ただ巻き込まれただけの少年が人類の存亡を賭けて戦っていたなどと、誰が想像出来ただろうか。少なくとも、友奈は知らなかった。勇者として訓練を受けていた時も、彼は死にかけていたのに。
どうして誰も彼に「ありがとう」と言わないのか。知らないから?確かにそうだ。民間人はそんな事は知らない。だが、大社の人間は知っているではないか。彼らは想真に対し、感謝出来た。するべきだったのに、彼を畏れた者達は彼を虐げた。それでも彼は戦っているのだ。
「私の事優しいって言うけど…全然そんな事無いんだよ。私なんかより、ソーマ君の方が何倍も優しいじゃん」
想真はいつも友奈に優しいという評価を下す。だが、本人からすればそれは間違いだ。確かに穏やかな気性ではあるが、別に見ず知らずの人間を救いたいなんて思っていない。昔はそうだったが、今は違う。今は友達と、その友達が生きる世界を護りたいだけだ。勇者失格だと、友奈はそう思う。自分勝手だと言われても反論する術は無いのだ。
右手の骨が砕ける。以前よりは戦えるようになったが、人間の身体では酒呑童子の力に耐えられないのだ。既に左手の手甲の中身はミンチと変わらない、ただの肉塊と化していた。拳を握る感覚すら無く、痛みですら曖昧だ。
「…泣いてなんてあげない。絶望なんてしてあげないよ、残念だね」
脇腹を喰い破られる。内臓の一部と大量の血液が零れ落ちるが、友奈は気丈に前を向く。そしてバーテックスに対し、皮肉を言ってのけた。
「後悔はあるよ。若葉ちゃんも心配だけど、やっぱりソーマ君の傍に居られないのはすっごく残念だよ」
足が崩れ落ちる。もう立つ事すら出来ないらしい。それでも彼女は笑ってみせた。
「でも、私はこの最期が間違ってたなんて思わない。…ソーマ君風に言うと、そうだね──」
意識が朦朧としていく。座り込んでいるのか、倒れているのかも分からない。喋っているのか、それとも考えているだけなのか。それすらも解らないような状態でも、彼女はこう言うのだ。不器用に、でも穏やかに微笑む彼を脳裏に浮かべて。
「──ザマァ見ろ、クソッタレ共」
いつもの彼女とは掛け離れた、上品とは言えない口調での最期の言葉。でも、そんな言葉で終わるのも悪くない。友奈は落ちていく意識に逆らう事をやめて、緩やかに目を閉じるのだった。
──君は優しいから、きっと泣いてくれるんだろうね。
──ごめんね。でも、私は君に生きていて欲しいから。
──例え身体が無くても、
──誰も、君を責めたりなんてしない。
──だから、自暴自棄にはならないで。
──君がどんな選択をしても、私達は味方だよ。
──世界を救ってなんて言わないから、だから。
──しっかり立ち直って、歩き出してね、ソーマ君。