神喰らいは人造勇者である   作:たぴぃ

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 高嶋友奈:2

 バーテックスとの戦闘時に橘想真を庇い、死亡した。本来は彼女ではなく橘想真を狙っての攻撃だったが、彼女はその矛先を自らに向ける事で命と引き換えに橘想真を存命させた。
 彼女の中には今まで彼に助けて貰ってばかりだった、という負い目にも似た感情があり、その感情故の行動だったと予想される。死体は見付からず、更に勇者の力が霧散した痕跡すら発見されなかった事から神樹の中に迎えられ、英霊になったと考えられる。


EP7 未来へ
代護


 「ごめんなさい…っ!私はっ、そんなつもりじゃなかったのに──」

 

 へたり込むひなたは滂沱の涙を流し、目の前の扉に手を伸ばしていた。もう開く事は無い、そしてここから出ていった者はもう2度と会う事は叶わない。惨い戦いへの扉だ。隣で昏昏と眠る若葉の手を握り、ひなたは悔やみ続けるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「──ひなた。お前、俺を避けてるな?」

 「…え?そんな事有りませんよ?」

 「俺にそんな粗末な嘘が通じると思うか?観念しろ」

 

 突然想真に呼び止められたひなたはそう言われ、目を閉じる。

 実際、ひなたは想真の事を避けていた。遅かれ早かれ、ひなたが秘めている事は伝えねばならないのに、逃げていたのだ。巫女としての責務を果たさずに、上里ひなたは逃げていた。

 

 「…そう、ですね。ここでは話しにくい事ですから、私の部屋に来て下さい。そこなら、話せますから」

 「分かった」

 

 そう言ってひなたは想真を自室へと招く。想真は頭を動かさずに視線だけでひなたの部屋を観察する。全体的に小綺麗に整頓されていて、棚に置いてあるカメラは趣味である若葉の観察の為の物だと判る。正に優等生の部屋、と言った所だろうか。

 

 「女性の部屋をジロジロと見回して…マナー違反ですよ?」

 「…あぁ、悪いな。こうしてお前と対面して話すのはかなり珍しいからな、柄にも無く緊張してるんだ」

 

 変わったな、とひなたは思う。出会った当初の想真からは想像出来ない程愛想が良くなった。これも勇者のみんなのお陰だ、と思うと喜ばしい気持ちが湧いてくるが、その彼女達がもうこの世に居ない現実に胸に刺さるトゲが存在を主張してくる。

 これは錯覚だと強く念じてもその幻の痛みは強くなるばかりだ。彼女達の死にすら立ち会えなかった自分がこんな痛みを感じるのはお門違いだと、分かっているハズなのに。

 

 「──た…ひなた?」

 「え、あ、あぁ。すいません。それで、最近私が想真さんを避けてる理由でしたね」

 

 言いたくない。この事は若葉にすら知らせていない、大社の上層部とひなたしか知らない事だ。だからこそ想真と若葉には知らせなければならないのに、ひなたは知らせずにいる。

 目の前の想真の目は真っ直ぐにひなたの目を射抜いてくる。乾いた唇を舐めて濡らすとゆっくりと喋り始めた。

 

 「…最近大社の中で、ある動きがありました」

 「動き?」

 「はい。それは…その、正直な事を言いますと、人類の現状は現在詰みに限りなく近い状況です。バーテックス側も私達を詰ませに来てるのは前線で戦っている想真さんの方が解っていますよね」

 「…あぁ、そうだな。小規模な襲撃を重ねて、疲弊した所に大規模な襲撃を掛けて勇者を1人ずつ落としてる。俺もそうだが、人間である以上疲労は溜まる。…何より勇者はそう簡単に増やせるものじゃないし、ゴッドイーターは増やして良い存在じゃないからな、戦力の増強もままならない状態だ」

 「その通りです。ですから、それ故に対話の余地が生まれたんです」

 「対話の余地…!まさか、お前らが生贄になったと言うのか!?」

 「…はい。巫女の中でも選りすぐりを4人選出してバーテックスに捧げ、対話を試みたんです」

 

 生贄、というのは何も悪魔や怨霊の専売特許ではない。むしろ、そういった願い事に犠牲を求めるのは神々の専売特許だ。生贄を求め、捧げられればその命を代償に恵みを齎す。これこそが神の原型だ。

 神樹は神霊と契約を結ばせ、普通の人間より半歩神に近い存在となる事を代償として勇者の力を与えている。ならば、元のルーツを辿れば神樹と源流は同じであるバーテックスならば生贄を捧げれば、こちらの要求をある程度呑むことは当然の事だった。

 

 「それで、結果はどうなった?」

 

 想真は怒らない。事実、このまま行けば負けるのは人類なのだ。死んでもいい命ではあるが、死んでいった仲間の為にもそう簡単に捨てる訳にはいかないのだ。何より、ここでひなたに詰め寄る事は生贄となった巫女達の覚悟に泥を塗る事となる。それだけはしたくなかったのだ。

 

 「──人類の生存を確約する方法はただ1つ…バーテックスに対抗する手段の完全放棄です」

 

 つまり、服従だ。自ら抗う牙をへし折り、腹を見せて命だけはと懇願する。それこそが人類が未来を繋ぐ唯一の道。だが、その道を選ぶという事はつまり──

 

 「──どのみち、俺は死ななきゃならんらしいな」

 「…ッ!!」

 

 分かっていた。想真は確かに勉学は出来ないが、決して馬鹿ではない。むしろ頭はかなり良い方だろう。だが、今回はその賢さが非常に嫌に感じられた。

 バーテックスへの対抗手段の完全放棄。現在人類が保有する手段は2つだ。1つは神樹から与えられる勇者の力。これの放棄は容易く、若葉が力を放棄すると宣言すれば良い。そうすれば神霊は契約を取り止め、契約が切れる事で若葉と神樹を繋ぐパスが切れる。若葉は晴れて人間に戻れるのだ。

 しかし、もう1つの手段であるゴッドイーター(想真)は別だ。想真を人間の形に押し留めている右腕の腕輪は既に肉体と結合しており、分離は不可能。そもそも分離したとしても想真(人間)の身体はオラクル細胞…つまりバーテックスの因子の侵食に耐え切れず、バーテックスと成り果てるだろう。神機を破壊しても体内に残留するオラクル細胞が霧散する事は無い。

 つまり、想真が生きて力を放棄する事は出来ない。人類が生き残る為には、想真が死ぬ事が必須条件なのだ。

 

 「ゴッドイーターの…バーテックスの研究なんてロクに進んじゃいないしな。仕方の無い話だ。…優しいな、お前は。そんなに泣くなよ」

 「え…」

 

 スカートをギュッと握る手に温かい雫が数滴零れた事でひなたは自身が泣いている事に気付いた。泣きたいのは目の前の彼のハズなのに、溢れる雫を抑える事が出来ない。視界に映る景色が歪み、嗚咽が漏れてしまう。

 

 「俺の代わりに泣いてくれてるのか?有り難い、俺は自分の為には泣けないからな。俺の死を悔やんで泣いてくれてるなら、もっと嬉しい。…なに、気にするな。いずれにせよ消える命なんだ、俺が死ぬ事でお前が生きてくれるなら充分過ぎるほど有意義な使い方だろう?」

 「っ…フォローが、下手なんですよあなたはっ…!」

 

 そんな言葉を聴いて想真は苦笑を漏らす。

 

 「悪い、こんな事なら杏に本でも借りておけば良かったな。…まぁ、ただで死ぬ程安い命じゃないからな。精一杯俺なりに足掻いてみるさ」

 

 そう言って立ち上がる想真はひなたの部屋から出ていく。

 今思えば、この時に彼はある覚悟を決めたのだろう。ここで彼の背中を追うべきだったのかも知れないと、ひなたは思い続ける事となる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 神託が下った。最後の大襲撃が訪れると。これを凌げば人類の勝利であり、負ければ人類の滅亡は必至。そんな重要な局面にも関わらず、挑むのはたったの2人。そんな逆境にも若葉(勇者)は奮い立っていた。

 

 「これに勝てば私達の勝ち…理想は互いに生きて帰る事だが、そうもいかないだろうな。…だが、勝とうな、想真」

 「………あぁ、当然だ」

 「…どうした、想真。流石に怖いか?」

 「…それは、怖いさ」

 

 予想外の返事だった。いつもの傲岸不遜な態度とは違い、今の想真はとても弱く見えた。

 

 「──なあ、若葉」

 「なんだ?」

 「恥を偲んで頼みたい事がある。聞いてくれ」

 「ん、良いぞ。最後になるかも知れないからな」

 

 最後、その言葉を言った事で若葉の胸にも少しだけ恐れが生まれる。

 

 「こんな時に何を言ってるのかって思うかも知れないが…抱き締めてくれないか?」

 「だ、だきっ…!?」

 

 余りにも予想外だった頼みに、若葉の表情が引き攣る。

 

 「悪い、馬鹿な頼みだったな。忘れてくれ」

 「誰がやらないと言った!…実を言うと、私も心細い。これから戦いに行くとなると、些か心配が残る。例え気休め程度でも、今の私達にはそれがプラスに働くかも知れないからな」

 

 そう言って想真を抱き締める若葉。想真は目を瞑る。身体の前面に感じるのは若葉の体温と鼓動だ。生きている、生きているのだ。今、この場で乃木若葉は生きていて、そして共に死への道筋を辿ろうとしている。

 この戦いで死んでも若葉は地獄には行かない。天国にも。恐らく、神樹の中へ迎えられて英霊の1人に昇華するのだろう。良かった、と想真は思う。英霊になるのがどうであれ、きっとそれは苦しいものではないのだと。そう信じているからこそ、彼は──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「──悪いな、若葉」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──彼は、若葉の首筋に注射器を突き立てて中の薬剤を注入した。

 

 「っ、想真…な、にを…」

 

 想真に手を伸ばし、寄りかかってくるように倒れる若葉を受け止める。大社に言って作って貰った、特製の速効性の麻酔だ。効果はかなり強く、若葉の身体に後遺症が残る事は無いが、少なくとも数日は目覚めないらしい。

 想真の手を弱々しく掴んでいる所から、まだ意識が有るらしい。流石は勇者、とも思うが若葉の事だ。途轍もなく強い意志で無理やり意識を繋ぎ止めているとすら思える。

 

 「死ぬのは俺だけで良い。お前は生きろ、若葉。そして俺達が戦ったという事を後世に伝えていってくれ。…ひなたでもそれは出来るのかも知れないが、それじゃ駄目だ。実際に戦ったヤツだからこそ知ってる事、感じた事は確かに有るからな」

 「ふ、ざけ…そんなこと、で、誤魔化される…わけ、が…」

 「誤魔化してなんかない。俺はむしろ嬉しいんだぞ。…泥臭くて、血腥い戦場で消えるハズだった命がここまで生き残って。そして、未来を託せると思った人を生かす為にこの命を捧げられるんだ。これ程有意義で、意味のある死なんて望んでも手に入れられるもんじゃない」

 

 そう言って笑う想真は、余りにも人間で。ひなたの目からはまた涙が溢れる。若葉の目からも涙が伝う。

 

 「…お前も泣いてくれるのか。本当に最高の友達だよ、お前らは。もし、本当に死後の世界なんて代物があるんなら俺の仲間も紹介するよ。だから、生きてくれ。生きて、生きて、生き抜いて、俺達が命を賭して繋いだ世界がどれだけ良いものだったか、教えてくれ」

 

 その言葉を最後に若葉の意識は途切れる。それでも想真の腕を掴んだまま、力は弱くとも離してはくれなかった。

 想真は若葉の指を優しく解き、若葉の頬に伝う涙を拭って優しく抱き上げ、ひなたの横に寝かせる。そしてひなたの頭を乱暴に、しかしどこか優しく撫でる。その撫で方は正に想真の性格を表しているようで、ひなたの胸は悲鳴を上げそうな程に締め付けられる。

 

 「…お前も若葉も優しいからな。俺の死を自分のせいって責めるかも知れない。俺が何を言っても意味は無いだろうからな、だからお前らは互いに支え合って生きろ。どっちかが一方的じゃなくて、互いに支えて支えられる、そんな感じでな。…取り敢えず、目が覚めたらコイツは怒り狂うだろうからな。宥めるのは任せたぞ、ひなた」

 

 そう言って立ち上がり、扉の前に立つ想真。今ひなた達が居る場所は神樹のお膝元。それ故に樹海化の影響は薄く、時間は止まらない。だが、この扉を出れば襲撃が終わるまで2度とこの中には入って来れず、そしてこの中から出る事も叶わない。例え若葉が目覚めたとしても、想真の元に駆け付ける事は出来ないのだ。

 

 「…そ、想真さん!」

 「………またな、ひなた」

 

 呼び止めるひなたの声にはもう振り向かず、開けた扉を潜る想真。上げた右手をひらひらと振り、別れの言葉を遺して扉を閉ざした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──死地(外界)へと向かう長い廊下を1人で歩く。足音が反響し、それが死神の足音にすら聴こえてくる。あぁ、気が滅入る。

 そう思っていると、最後の扉が目に入る。この扉を開ければもう後戻りは出来ない。無限にも近いバーテックスが俺を目指して攻撃を仕掛けてくるだろう。

 

 『…あなたの武器よ。今の人類のありったけが詰まってる』

 

 スピーカーから声が響く。歌野の声だが、どこか引き攣っているような気がする。…そうか、アイツはこういう場面に立ち会うのは2度目なのか。

 

 「ありがとう、お前も避難しておけ。もうじきバーテックスが来るからな」

 『…あなたは──』

 「──生きろ、白鳥歌野。タツミの事を伝えろ。アイツの最高にカッコイイ生き様を、俺達の次の世代に語り継ぐんだ。それが、タツミがお前に遺した願いだ。お前と水都…好きな人に生きて貰うって事がな。だから最後まで生き抜いて、そうしたらあの世でアイツを1発ぶん殴ってやれ。…タツミの事だ、お前らの返事も聞かずに戦ったんだろ?」

 『っ…!』

 「じゃあな、歌野。もし次に出会えたならこんな歪な関係じゃなくて、お前とも友達になりたいよ」

 

 …悪い、俺もズルいからな。こうやって自分の思いを伝えたまま、返事を聞かずに戦いに行く(死にに行く)。タツミの時ほどは苦しまないだろうが、アイツも優しい人間だ。でも、強い人間でもある。きっと立ち直って、頑張ってくれるハズだ。

 良かった、これで悔いは無い。じゃあ、そろそろ行こう。

 

 

 

 そう言って彼は以前とは比べ物にならない程巨大になった神機を支える車輪を転がし、扉を開けた。

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