2015年、7月30日。その日、想真は買い出しに出ていた。この田舎にスーパーマーケットは無く、故にバスで1時間も掛かる道のりを1人で歩いていた。千景は夜中外に出る事は危険な為留守番だ。幾ら大人びた想真でもただの小学生だ、夜闇の中多勢に無勢で攻められれば成す術なく負けるだろう。それを防ぐ為に、彼は1人で買い物に出ていた。
昼間は雲1つ無い晴天だった。最近は地震や洪水、津波が多い中で1番ではないかと思える晴天。そのまま日は進んでいき、夜。満天の星空が見える中、凄まじい揺れが日本全土を襲った。突然の大きな揺れによろめく想真。転びはしなかったので、千景を待つ家に向かって歩き始めた、その時――
「何だ…アレは?」
――空から、絶望が降ってきた。
自然とは思えない程不自然に白く、人よりも遥かに巨大であり、口の様な器官を持つソレ。陸棲生物とは到底かけ離れた進化を辿った深海魚か、それとも不完全なまま産まれ落ちてしまった無脊椎動物の様な。今まで人間が見た事がある動物とは全く違う特徴を持つソレに名称を付けるなら適切で単純なものがある。そう、単純だ。人間は自分達の理解が及ばないモノをこう呼び続けてきた。
『化け物』と。
逃げなければ。そう思って逃げようとするが、千景が家に居る事を思い出す。ならば迎えに行かねば、そう思って家の方向を見るがそこには無数の化け物が。ならば山を通れば良い、その発想に至り山を見れば山頂から化け物がゾロゾロと降りてきている。
助けたいが助けられない。想真には少年漫画や冒険活劇の主人公の様な特別な力も無ければ、ここから千景を助ける為の奇策も無い。約束を守る為に助けに行かなければ、そう思う想真だが理性は違う結論を出していた。
「…クソ!」
逃げて、また捜しに来る。それが想真が出した結論だった。ここで死んでしまってはまた助けに来る事すら出来なくなってしまう。しかも都会の方に行けば何かしらの対抗策を用意しているかも知れない。今単身で突っ込む事よりも格段に次に繋ぐ事は出来る。そう結論付けた想真は踵を返し、バスが来る方角に走り出すのだった。
屋敷が壊された。初めは暴徒化した村民の仕業かと思ったが、そうではなかった。雷鳴にも似た破壊音の元へ駆け付けた時、そこに居たのは真っ白で大きな口を持つ『化け物』だった。目や耳が有るのかどうかは判らないが、千景は感じていた。対面する化け物が千景を見ている事を。そして、ソレから向けられる
「っ…!」
凄まじい速度の突進を咄嗟に横に跳んで躱す。が、化け物の突進は凄まじい速さながらもコントロールが利くらしく、化け物の身体に掠った千景の身体は猛スピードで吹き飛んでしまう。壁にぶつかると思った千景は反射的に身体を丸め、衝撃を逃そうとする。直後、衝撃。肺の中の息が無理やり押し出され、呼気となって口から漏れる。
「なに…?」
右手に感じる、木材ではない感触。視線を右手にやるとそこには千景の身の丈を超す程の大鎌が在った。大鎌を握った瞬間ドクンと心臓が脈打ち、身体が熱くなる。まるで身体を創り変えられた様に力が溢れ、見えていた世界が変わった気がした。いつの間にか目の前に迫っていた化け物に向けて無造作に鎌を振るう。不思議な事に、手応えは有ったが無かった。あまりにも滑らかに斬れたせいで、斬ったという実感が無かったのだ。
倒した事に気付けず数分呆けていたが、弾かれた様に千景は走り出した。あの化け物は今の千景にとってはそうでもないが、一般人にとっては強過ぎる。その確信が有ったからだ。
道を阻む化け物を斬り捨て、ただ走る。それは傍から見れば村人を助ける為に奔走している様にも見えるが、そんな訳が無い。むしろ村人なんて死んだ所でどうでも良い、むしろ死んでくれた方が清々する。目的はただ1つ、想真を捜す事だ。
バスまでの道のりを思い出しながらひた走る。肺が灼ける様に熱くなり、身体がもう走れないと訴えても走っていた。襲い来る化け物を適当に振るった鎌で倒し、バスに辿り着きかけたその時、千景は見つけた。
「…ぁ…」
この村には無い、スーパーマーケットのビニール袋。溢れた中身の中には、千景が食べてみたいと言ったスナック菓子やアイスクリームが入っていた。一応八百屋や肉屋があるこの村で、わざわざバスを使って買い物をする者は居ない。村の方で買い物をする方が安い上に運が良ければオマケを貰えるからだ。その上でバスを使う理由などただ1つ、
「―――ッ!!!」
言葉にならない千景の絶叫。どれだけ痛くとも大声を出さない彼女の絶叫は化け物達を呼び寄せ、そして呼び寄せられた化け物は
それを察知した千景は飛び上がり、全力で鎌を振り抜く。着地した後には型などない、滅茶苦茶な大振りで化け物を次々と屠っていく。化け物が周りに1匹も居なくなったこの場所で、千景はぽつりと呟いた。
「…全部、倒す――いえ、殺すわ…私が、全部…!!」
これが彼岸花の【勇者】郡千景の、全ての始まりだった。
前座は終わりです。本番の始まり始まり。