大人が使うような長財布。少なくとも女性ウケの為に作られたものではない。中身には無造作にお札が入れられており、中の小銭入れはパンパンになっており、普段からお札で会計を済ませていた事が伺い知れる。
ゴッドイーターになんてなりたくなかった。だからといって勇者になりたい訳でもない。叶うのなら、普通の子供として生まれたかった。お母さんに甘えて、お父さんに守って欲しかった。
──もう要らない。ありふれた『普通』を知れば、私の『普通』には耐えられなくなるから。
抱いて当然の願い事は、もう叶わない。叶えない。叶えたくもない。
『その、ゴッドイーター?っていうのが何なのか良く分かんないけど、打ち上げしよう打ち上げ!』
そんな銀の言葉を受け、4人は大型ショッピングモール『イネス』へと向かっていた。立花の武器は柄を縮めてギターケースに収納している。小柄な立花には少し大きいが、そこはゴッドイーター。重さを感じさせない歩調である。
「ここは…?」
「お?香月さん、イネス知らないのか?」
「そう、ですね…来る必要性が有りませんので」
「勿体無いなー!イネスには何でも有るんだぜ?」
「何でも、ですか」
「おう!よーし、ここはこのイネスマスター銀様が教えてやる!!」
香川の中でもこのイネスは1、2を誇る大きさを誇るショッピングモールである。その大きさに少しだけ驚いた立花に銀は笑みを浮かべる。その後ろで園子は物珍しそうに周りを見回しており、その隣の須美は立花に対しての疑念の視線を送り続けていた。
(ゴッドイーター?私達勇者とは違う、それでもバーテックスに対抗できるお役目…聴いた事は無いわね。それに…神樹様をお守りするお役目にも関わらずこの横文字!!国防の魂が足りてない証拠だわ…)
明らかにそこではない。
若干ズレている須美の内心は分からないが、視線を背中に受けている本人はその視線に気付いていた。
「よし、取り敢えずここで打ち上げしよう!アタシ達の初陣と、初勝利を記念して!」
銀が案内したのはイネスの中に店舗を構えるジェラート店である。4人がけの席に荷物を置き、4人はそれぞれのジェラートを注文する為に店先へと向かう。
「これは…何ですか?」
「ジェラート、知らないのか?」
「リッちゃん、食べた事無いの?」
「食事は
「この異国の食べ物を私から食べる事となるとは…くっ!」
「シオスミは何を言ってるの?」
「シオスミ…?ま、まぁ、鷲尾さんにも思う所があるんだろ。よく分かんないけど」
「私はメロンにする〜!」
「アタシはもう決まってるんだ…ずばり!ここに来て食すべきは醤油豆味!!」
「では私は、宇治金時味にしましょう」
「味…私は…」
「あー、そっか。食べた事無いんだもんな…こういうのはバニラが基本みたいな所あるけど…」
「ではバニラで」
「そ、即断だな。別にもっと悩んでも良いんだぞ?」
「いえ、基本は大事ですから。基本を疎かにしては、応用は出来ません」
「そっか。良い事言うじゃん、香月さん」
そんな訳で銀は醤油豆味、園子はメロン味、須美は宇治金時味、立花はバニラ味のジェラートを注文する。
「取り敢えず、これだけあれば足りますか?」
「ん?…いやいやいや、多過ぎるって!!」
「お〜、リッちゃん太っ腹だね〜!」
「…札束なんてものをこの目で見る時が来るなんて…」
徐に取り出した札束をレジに置く立花に、慌てて仕舞わせる銀。
「こんなに要らないし、自分の分は自分で払うって!」
「…そう言われましても、使い所も有りませんから」
「リッちゃん、自分のものとか買わないの?」
「支給される物で充分事足ります」
「最近の若者とは思えない発言ですね…」
そう言う須美も大概である。
「…そうですね。では、私からのささやかなお祝いという事にしてはくれませんか?初陣に初勝利ですから」
「でも払わせるのもなぁ…」
「まあまあ、リッちゃん本人がそう言ってるし〜。お言葉に甘えようよ〜」
「次の打ち上げがあるなら、そこで私達が払えば良いのではないですか?」
「おぉ〜、次も勝つ宣言だね!」
そうこうしている間に立花はお釣りを受け取り、それぞれが注文したジェラートを受け取る。確保しておいた席に座り、それぞれのタイミングで手に持ったスプーンでジェラートを掬って頬張った。
「…甘い」
「美味しい〜?」
「そう、ですね。こんなに甘くて冷たいものは初めてです」
「そう言って貰えると紹介した甲斐があるってもんだよ。この調子だと、食べた事が無いものは沢山ありそうだしな!」
「…三ノ輪様、鷲尾様は何故難しい表情を浮かべられているのでしょうか?」
「さ、さあ。鷲尾さんも中々個性的な人だからな。っていうか、その『三ノ輪様』って呼び方はやめてくれ。なんか背中がモゾモゾする」
「では、銀様と」
「いや、様付けはよしてくれ。同い年なんだ、呼び捨てで良いよ」
「私も、鷲尾様なんて呼ばないで下さい。私も三ノ輪さんと同じく、呼び捨てで構いませんよ」
「…了解しました、銀、須美」
「いや敬語残ってるじゃん」
「そこは徐々に直していきま…いく、つもり。…あと、私の事も名前で呼んでくだ…呼んで。敬語も要らない」
「分かったよ、立花」
「了解したわ。…それで、立花。そろそろ本題に入ってくれない?」
全員が半分ほど食べた辺りで須美が話を切り出す。先程までの朗らかな雰囲気から、冷たさすら感じる須美の視線を全く意に介さず立花は口を開く。
「私はさっきも言った通り、勇者とは違う。神樹…様が資格を与える勇者や巫女とは全く違う、そもそも力の源流が違う存在が私です」
「…どういう事だ?勇者の力とかその辺の事、あんまり分かってないんだよな」
「…なるほど。じゃあそこから説明しま…するね。そもそも──」
【勇者】とは、穢れを知らない無垢な少女が神樹に選ばれて成るものである。しかもかなり稀有な適性が必要であり、同じく神樹が選出する【巫女】と比べて圧倒的に数が少ない。その両方の資質を有するのは更に珍しく、神樹の意志を受け取りながらも戦うその存在は大赦の歴史の中でも片手の指で数えられる程しか確認されていない。
勇者の力は神樹から直接引き出しているのではなく、神樹を構成する八百万の神の中から相性の良い神霊を【精霊】としてその身に宿し、その力を引き出して使う。精霊を端末として介さなければ、神々の力で勇者の身体が壊れてしまうからだ。
そして勇者は本人の気質でモチーフとなる花が選ばれる。基本的にその花が被る事はなく、個人の名前以外にも花の名前で呼ばれる事もある。
「──基本的な知識はこんなものかな。凄く大まかに言うと、勇者の力は神樹様からお借りしているの」
「なるほどな。ありがとな、立花。すごく分かりやすかったぞ!」
「どういたしまして。…じゃあ、本題だね。私は──」
ゴッドイーターとは、文字通り【神を喰らう】為に生み出された存在である。だが、その力は神樹から齎されたものではない。理由は簡単で、ゴッドイーターの力とは神を喰らう為の力。そして、
「まあ、罰当たりと言えば罰当たりな名前だもんね〜」
確かにその通りだ。神樹はバーテックスの侵攻から人類を護っているのだから。その名前だけで、ある意味神樹への反逆とも取れる。
しかし、ゴッドイーターの力は神樹が全く関わっていない。目には目を、歯には歯を、毒には毒を、神には神を。そんな単純な理論で考案されて実現されたもの。神樹に選出されずともバーテックスに対抗する為に、バーテックスの力を擬似的に取り込んだ存在。それこそがゴッドイーターなのだ。
当然、バーテックスの力を直接人の身に取り込めばたちまち内側からバーテックスに喰われてしまう。良くて内部から破裂して死亡し、普通なら身体が変質してバーテックス化してしまう。
その欠点を補うものが立花が扱う巨大なハンマーにして銃と盾である【神機】だ。神機は別名武器複合型汎用兵装と呼ばれる。神機はバーテックスの力を擬似的に内包し、それを扱う者に人を超えた力を与える。その神機を駆る者を【ゴッドイーター】と、そう呼ぶのだ。
「──だからある意味では人工的な勇者とも言えるし、違う見方をすればバーテックス側の勇者とも言える。それが私です…私なの」
「その腕輪は何か関係あるの?オシャレには見えないし…」
「これは暴走を防ぐ為の腕輪です。拘束具とかリミッターに近いものですよ」
「邪魔そうだな、デカいし」
「…まぁ、慣れましたよ」
「否定はしないのね…」
「リッちゃん、敬語戻ってる〜!」
「申し訳…ごめんね」
園子の指摘に謝る立花。自分はちゃんと笑えているのだろうか、そう思った所で園子の後ろに居る人影が目に留まる。見慣れた、しかしあまり見掛けたくはないその人影は着いてこいと口だけで告げ、人混みの中へと消えていく。
「…ごめん、御手洗に行ってくるね」
勇者達の返事を聴くこと無く、立花は椅子から立ち上がって人混みの中へと入っていく。
薄暗い、バックヤードの中。普段なら関係者以外立ち入り禁止のこの場所だが、大赦の前では意味を成さない。この世界は大樹を護る大赦により管理され、大赦に逆らう事はつまり破滅を意味する。大赦の職員である事は大っぴらに言う事は規律により禁じられているが、それでも特権は多く存在する。
こういった場所に立ち入る事が許される事も、その特権の1つである。
「──元気そうね、香月さん」
「安芸先生こそ、元気そうで何よりです」
目の前に居る女性は、今までの立花の人生に於いて唯一
「…それで、要件はなんでしょうか?」
「先ずは通達よ。あなたの監視の任を私が引き継いだの。私の任務は勇者とあなたの監視になるわ」
「了解しました…と言っても、私の了解なんて何の意味もありませんね」
「…そして、これは忠告よ。大赦の職員としてじゃない、私個人としての」
「…?」
「気を付けて、大赦の上層部はあなたの想像を遥かに超える程腐っている。何を考えているのか理解も出来ないような連中よ、気を付けて」
「…………………」
そう言ってバックヤードの更に奥へと向かう安芸先生。その背中を無言で見送った立花は踵を返して、3人の元へと戻るのであった。
ウマ娘にドップリ浸かっていたので初投稿です